【まどか☆マギカ】Red Fraction【杏ほむ】
[全1ページ]

「――テス、テス。感度は?」

耳に引っ掛けたインカムから暁美ほむらの声がする。

うざったいくらい、律儀なヤツ。面倒ったらありゃしない。

「あー、オーケー、オーケー、本日は晴天なり」

「問題ないようね。GPSもクリア、あなたの位置を捕捉してるわ」

「なあ、コンビニ寄っていいか。腹減った」

「終わったらね」

「へいへい」

 

人っ子一人いない、夜の街を歩く。

商店街は閉じたシャッターまみれで、

そういやあの街の駅前もこんな感じだったなと思い出す。

あの街の駅前は、アレが起こる前からあんなんだったけどな。

 

「ちょいと聞きてぇんだが」

「何?」

「これって、音楽とか流せねぇのか?」

「――ポートを開けるわ。あなたのプレイヤを、インカムにつないで」

「おう、良くわかんねぇが、助かる」

胸元に差したshuffleのイヤフォンコネクタに、インカムから伸ばしたコードを挿し込む。

再生ボタンを押すと、インカムから音が鳴り始めた。いいね。

 

 

      I have a big gun

      I took it from my lord

      Sleep with justice

      I just wanna feel you

 

 

ボリュームを上げると、なかなかいい感じにゴキゲンになる。

インカムの向こうで、暁美ほむらがふふっと笑った。

「何が可笑しいんだよ」

「あなた、こんな趣味があったの?」

「ん? 知り合いのDDR仲間に、適当に詰めてもらっただけだぜ?」

「――ごめんなさい、何でもないわ」

「後で詳しく聞かせてもらうぜ」

 

 

      I'm your angel

      Only a ring away

      You make me violate you

      No matter who you are

 

 

重心を左に崩して、

背後から音もなく伸びてきた影を躱し、

振り返りざまに槍で叩き切る。

ぬるっとしたものを断ち切る感触。

もう変身は済ませてる。

 

「contact.

 9時方向と12時方向に小型の魔獣、複数」

インカムから落ち着き払ったあいつの声がする。

オーケー、オーケー、分かってるってばさ。

 

 

      It's all up to you

      No one lives forever

      Been burn in the hell

      By all those pigs out there

 

 

あー、ところで、9時方向ってどっちだ?

 

まあいいや。

それが天国の方向じゃねぇってことくらい、分かる。

 

魔力を覚醒させて、視界を拡大する。

視界が水平方向に360度開けて、

垂直方向にも余計に90度くらい伸びる。

最初は自分がどこ向いてるのかすら分からなくなった、

ってか一発でひどい吐き気と目眩でグッラグラになったけれど、

もうそんなnoobなザマは晒さない。

 

 

      It's always been hell

      From when I was born

      They make me violate them

      No matter who they are

 

 

右に踏み込んで突きを見せながら、

身体を旋して突進の出鼻をくじき、

防御に回ろうとした手を穂先で払いつつ、

古いエロビデオのモザイクみてぇな顔面に深々と突き、

ガシャンと何かが砕ける手応えがあって、

すぐにそこには何もなくなる。

間髪入れず槍を引いて、

左回りでステップ、

間合いに入り込もうとした魔獣の肩を突き、

バランスを崩したところで左脇下に穂先を見せて、

手が下がったのを見てから、

心臓(あるのか?)を一突き。

 

上下に揺さぶるのは、基本とはいえ、良く効く。

人間相手でも魔獣相手でも。

 

 

      Get down on your knees

      Get a good head on your shoulders

      If it's for your guys

      Go to the end of the earth

 

 

「two neutralized.

 今のあなたから見て後ろから3匹、

 左手奥に1匹いる」

うっぜぇなあ、んなことわかってるっつーの。

 

あ、まあ、なんだ、

左手奥は……うん、あー、確かに、1匹いるわ。あはは。

 

ちょっとムカついたので、先に後ろの三匹を片付けることにする。

奇襲できると信じていたのか、

駆け寄ってきたあたしの姿を見た魔獣どもは、

敵意を剥き出しにして襲いかかってくる。

 

 

      Do what you think

      Give it with dedication

      I'll put out your misery

 

 

音を立てて伸びてきた鉤爪をいなしながら、

槍をコンパクトに振り回して魔獣のつま先を切り裂き、

一瞬動きが止まった相手の土手っ腹に穂先を向ける。

たまらず、魔獣が足を止める。

それにあわせて軽くバックステップ、

残り2匹が突進してきたところで、

魔力を解放して槍の連結を解いて、

斜め方向に大きく振り回す。

 

 

      Have no prayer

      So, i keep the gun with me

      For my safety

      I'll do it with no sweat

 

 

最初の1回転が1匹の首を薙ぎ、

次の回転で首と胴と、2匹目の腹をぶった切って、

3回転めが動きの止まった2匹目を袈裟切りにして、

あたしは大きく右足を前に踏み込みながら、

縦に振った4回転目で最初の魔獣を真っ二つにする。

ザラリとした手応えが、両手に残る。

 

そしてその縦に振った勢いを殺さないようにして、

穂先を自分の真後ろへと投げる。

どこぞに隠れていた1匹があたしの背後に忍び寄っていたけれど、

その一撃がそいつの顔面を粉砕した。

 

 

      They mean business

      No time for sissy pig

      Queen of ocean

      Sing "the volga" to you

 

 

「50ヤード圏内に魔獣の反応なし。

 200ヤード先、ポイントAから本体の反応。

 気づかれたわ」

「あいよ。こっちもいま確認した。そっちから見えっか?」

「いいえ。計画通りに」

「オーケー、オーケー、やりますよ、やりますよ」

 

曲がりくねったアーケード街の先、

淀んだ闇の向こうに、

四つん這いになった魔獣の姿が見える。

あれが「本体」。

本体っつーか、要はこのあたりの魔獣のボスみたいなヤツなんだけど、

あいつはボスのことを「本体」と呼ぶもんだから、

あたしもつい同じ呼び方をしてしまう。

グリーフシードの収穫は「本体」様をぶっ殺すのが一番効率がいいから、

狙うならやっぱりあいつってことになる。

 

 

      No need to think about it

      You do it or you die

      Those aren't tears

      Don't let it trick on you

 

 

やれやれ。

 

おっと、何がやれやれ、だ。

あいつは、相棒として、申し分ない。

こんなデカブツを狩れるのも、あいつと組んだからだ。

 

あたしは、何をやれやれとか思ったんだ?

 

ボリュームを上げる。

走るビートはあたしの足を軽く、

猛るボーカルはあたしの心をクリアにする。

 

血糊を払うみたいに、槍を払って。

 

 

      I am hard as steel

      Get out of my way

      Pay back all at once

      Suck away the tender part

 

 

あたしに気づいたボスが、こっちに突っ込んでくる。

速い。

受け手に回ると、収拾がつかなくなる。

あたしはボスに向かって走り、走りながら、

あたしを引き裂こう伸ばされた鉤爪を、

捌き、跳ね除け、受け止めて、さらに前に走る。

 

あいつの間合いは、あたしの槍よりも長い。

下がってなんとかなる相手じゃあない。

 

 

      You made a mess

      For christ sake, this rotten world

      Shit out of luck

      Go with my vision

 

 

白いローブから湧き出た4本の腕の、

右上腕を槍で受け止め、

左下腕をジャンプして躱し、

右下腕を石突きでカウンター、

左上腕をやむなくあたしの左手で止める。

左手の骨が、ミシッと嫌な音をたてた。

ほとんど本能的に痛覚を遮断する。

折れてはいないが、ヒビは入っただろう。

魔力をさらに発散させ、痛覚遮断と左手の治癒を進める。

クソッ、グリーフシード1枚分、余計に貰うからな、暁美ほむら!

 

残り数歩の間合いを詰めて、

ようやくあたしの距離に入る。

穂先を魔獣の顔面に突き出し、

ガードが上がりきる前にローに撃つ。

左下腕が足元を守りに入ったところで、

気合い一閃、身体をひねりながら思い切りジャンプ、

右の後ろ回し蹴りを魔獣の側頭部に叩き込んで、

ふらついた魔獣の頭に向かって、

回転の勢いを殺さないように槍を叩きつける。

穂先がヤツのこめかみにめり込み、

ぐじゃりとした手応えを残して、眉間から上を切り飛ばした。

 

でも、こんなことで勝利を確信するほど、

あたしはシロウトじゃあない。

 

 

      Light up the fire

      Right on the power

      Weapon... I have it all

 

 

地面に降りようとするあたしを狙って、

両側から豪腕が迫ってくる。

あたしは魔力を一気に解放、

格子の結界を自分の周囲に張って、

その致命的な一撃を受けた。

結界がギシリと嫌な音をたてる。

両足が地面についたところで結界を解除、

転がるようにあたしはヤツの間合いから逃れる。

 

槍を構え直すと、ヤツの頭部はもう再生していた。

こいつは、強烈な再生能力持ちだ。

いつか、さやかが、あいつの持つ魔力全部をぶちこんで、

それでようやくぶっ殺した、そういう類の魔獣。

 

このままでは、勝てない相手。

 

 

      Get down on your knees

      Get a good head on your shoulders

      If it's for your guys

      Go to the end of the earth

 

 

あたしは、じりじりと後退する。

あたしの弱気を察したのか、ヤツは嵩に懸かって突っ込んでくる。

 

あたしは鉤爪を躱し、

丸太みたいな腕の一振りを受け止め、

猛スピードで突っ込んでくるダンプトラックみたいな突進を結界で止め、

それでもあまり有効な反撃をできないまま、

少しずつ後退を続けた。

 

だんだん集中力が落ちてきたのか、

鉤爪を一発、脇腹にもらって、あわてて止血する。

思ったより傷は深いみたいで、

足元がぐにゃりと崩れた。

必死の思いで体制を立て直し、

左手を傷跡にあてがいながら、なおも続く猛攻を捌く。

 

 

      Do what you think

      Give it with dedication

      I'll put out your misery

 

 

「ランデブー・ポイントまであと30ヤード。

 そのまま8時の方向に進んで」

 

やれやれ。8時の方向ってどっちだ?

 

まあいいや。

それが天国の方向じゃねぇってことくらい、

言われなくたって分かる。

どっちかって言やあ、地獄の方向ってやつだ。

 

 

      You made a mess

      For christ sake, this rotten world

      Shit out of luck

      Go with my vision

 

 

拡張した視界の、「後ろ」のほうに、川が見える。

もうこれ以上、下がれない。

魔獣はあたしを追い詰めたことを確信したのだろう、

これまで以上のスピードで飛び掛ってきた。

あたしは結界を広げるけれど、

最初の衝突で結界の軸にヒビが入り、

次の衝突で魔力の檻は粉々に粉砕された。

 

無表情なその顔が、嗜虐の喜びに歪むのが、はっきりと分かる。

 

 

      Light up the fire

      Right on the power

      Weapon... I have it all

 

 

その瞬間、

魔獣の顔が消し飛んだ。

遅れて、銃声。

魔獣の顔が再生を始める。

再生の途中で、また形を失う。銃声。

 

いや、こりゃあ、すっげえなあ。

 

魔獣はなおも再生し続けようとしたが、

身体に馬鹿でっかい穴を開けられ、

腕と足を吹き飛ばされ、

もう一度頭を吹き飛ばされると、

検閲済みのクリスマスツリーみたいになった体が地面に崩れ落ちて、

そして、塵になった。

 

じゃらりと音をたてて、グリーフシードが地面に撒き散らされる。

あたしはそれを拾おうとしたけれど、全身がどこもかしこも痛くて、

その場にへたりこむことしかできない。

 

やれやれ。

……まったく、やれやれ、だ。

 

 

 

脇腹の治療がだいたい終わったころ、暁美ほむらがやってきた。

あいつの身長くらいあるんじゃないかと思うほど、ごっつい銃を担いでいる。

 

「計画通りね。あなたは治療に集中して。

 グリーフシードを回収するわ」

「もう動ける――あたたたっ」

立ち上がろうとしたあたしは、痛みに顔をしかめる。クソ。

 

「しかしまあ、よく当たるもんだな。

 あそこから撃ったんだろ?」

あたしは、川を越えた1キロほど先に見える、高い塔を指差す。

確か、なんとかタワーとか、なんとかツリーとか、

なんだかそれっぽい名前があったはずなんだが、思い出せない。

どうせ、ぶっ壊れてるんだ。名前なんてどうでもいい。

「ええ。でもさすがに、これを持って機動戦はできなかった」

「分かってるって。今回も上手くいった、それでいいさ」

あいつが、回収したグリーフシードの半分を、あたしに手渡した。

1つ余分によこせと思ったけれど、それはまた別の機会にしておこう。

今はとにかくねぐらに帰って、シャワーを浴びて、眠りたい。

 

グリーフシードで臨時に魔力を補給したあたしは、

怪我を完全に回復させて、立ち上がる。

もう、痛覚遮断をしなくても、痛みはない。

 

「おし、帰るか」

暁美ほむらは、黙って頷いた。

あたしは川べりに停めておいたバイクに跨り、エンジンをかける。

あいつはあたしの後ろに乗ると、両手をしっかりとあたしの腰に回す。

 

しっかしこいつ、ほんとに胸ないのな。

あたしも人のこと言えねーけど。

 

無人の街を、ねぐらを目指してバイクで走るうち、

そういえば自分がちょっと空腹だったのを思い出した。

パーカーのポケットを探ると、

ブロックのカロリーメイトが1本だけ残っていた。

なんとも味気ないが、何もないよりはマシだ。

 

あたしは包装紙を噛みちぎり、ココア味のバーをくわえる。

くわえたところで、そういや背中にくっついてるこいつも、

今夜はまだ何も食ってなかったことを思い出した。

あたしはバイクを止めると後ろを振り返り、

口にくわえたカロリーメイトをあいつに見せる。

「食うか?」と、テレパシー。

 

暁美ほむらは、小首をかしげたかと思うと、

あたしの唇ごと、カロリーメイトを口の中に入れた。

思わぬ奇襲にあたしはちょっとひるんだけれど、

すぐに諦めて、あいつの唇をごちそうになることにする。

 

 

 

(了)

 

 

参考:

Red Fraction http://www.youtube.com/watch/?v=l4TG-epVTzc

 

説明
魔獣出現後のほむほむ×杏子なSSです。あんこ視点。ちなみに、いろんな意味で一つ前のSSと対になってます。
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