【Pridear Sky】愛おしきは繰り返され
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 それは素朴な疑問から始まった。

「…父さん達って、それぞれどんな武器使ってるの?」

 俺が持ってきた氷水をそれぞれ喉に通しながら、二人は目を丸くした。

 

 リーディアの敷地内にある演習場。

 父さんと母さんは、ここに戻ってきている間は必ず、朝六時から一時間、日課と称してそれぞれ木刀を持ってここで打ち合いを行なっている。無論これはリーディアに帰っている間(つまり二人にとっての貴重な休息の時間なんだけど)、少しでも身体をなまらせない為だ。俺個人としては、こっちに戻ってきてる間ぐらいゆっくり休めばいいのにと思うけど、二人から言わせれば俺と一緒にいるだけで充分休めてるんだそうだ。そう言われてしまうと、こっちとしても反論の言葉は見当たらず。

 そして俺も、これまた二人が帰ってきた時限定になるけど、二人の打ち合いをすぐ傍で見るのが日課になっている。勿論、隣にはディオ。俺が無意識に零す『すげえ』とか『うわあ…』とかいう類の感嘆詞を、受け止めてくれるありがたい存在だ。

 で、今日もその演習が終わった。いつも通り母さんの動きは全身バネにでもなってんじゃないかってほどしなやかで素早く、尚且つトリッキーなものばっかりだし、それを一つも読み損ねる事なく受け流すことが出来る父さんも父さんだ。母さんは、父さんの一撃を受けるんじゃなく避ける事しかしない。多分、受けたら確実に力負けするって事が分かってるせいだ。

 そこで、何気なく浮かんだ疑問。

 俺はいつも二人が木刀を握って操ってるとこしか見たことがないんだけど、でも、二人にだって得意武器ぐらいあると思う。それが何なのか、ちょっと尋ねてみようと思った。

「時と場合にもよるけどなぁ…」

 額に浮かんでる汗をタオルでふき取りながら父さんが呟いた。

「んじゃ、色々使えるんだ?」

「まあ、一応な」

「でも、カインの獲物はあれじゃん。両手剣(ツーハンドソード)」

 こくん、ともう一口水を飲んで母さんが付け加える。

「お前がアレ使ってる時ほど、「こいつは敵に回したくない」って思うことないよ」

「へえ…」

 あれだけひらりひらりと父さんの攻撃を避けることが出来る母さんが、そこまで言うということは、そういう事なんだろう。ただの木刀ですら受ける事をしようとしない母さんが、まず『立ち向かいたくない』と暗に言うぐらいだ、よっぽどの威力が付加された武器になるんだろう。…聞いた当人の台詞じゃないんだけど、何とも恐ろしい。

 …ん、という事は。

「父さんが持つイルシオリスも、形状は両手剣?」

「ああ、そうなる。で、ミラーナのが片手半剣(バスタードソード)」

「だから、見た目おんなじデザインしてても、大きさが一回り違うんだ」

「そうだったんだ? 俺、てっきり同じもんかと思ってた」

 まあ、二人が持ってるイルシオリスをまじまじと見る機会なんて今までなかったんだから、よく知らないのも当たり前なんだけど。そういえば言われてみると、この二人がそれぞれイルシオリスを持ってる時、二人の身体と剣の対比が微妙に違ったような気がしないでもない………。うーん、数えるほどしか見た事ないからいまいちはっきりと『こうだ』と言えないのがなんかもどかしいなぁ。

「ディオは、父さんと母さんのイルシオリスを見たことあるんだっけ?」

 足元にいる相棒に声をかけたら、ディオは

「わう!」

 と鳴いて尻尾をピンと立てた。肯定だ。

「つっても、ディオは俺達よりリファールの傍にいた時間の方が断然長いから」

 と、父さん。

「回数そのものは、きっとお前とそう変わらないさ」

「そうなの?」

「わふっ」

「そうだって」

 母さんが、何だか楽しげにそう言って、そしてその後俺の頭をくしゃくしゃと撫ぜた。

「お前がそういう事に興味示すなんて珍しいな」

「…そうだね、俺もそう思うや。でもこれからの事考えると、早めに自分で自分の獲物決めておきたいってのはあるんだよね」

 十八の誕生日を迎えたら、俺はリーディアを出て、自分の足でこの世界を見て回ろうと思ってる。勿論、それは二人の許可を得た上で決めた事であって、独断じゃない。そしてもう一つ言うと、二人が今いる世界に足を踏み入れるためでもない。父さんと母さん、そして二人の仲間が命がけで守り抜いた世界を、この目でちゃんと見てみたいって思ったのは、例の15歳の誕生日……つまり“あの”祭と、その前後にあった出来事のお陰だった。

「ミストに合う武器かぁ…」

「俺達が稽古を付け易いのはやっぱ剣になるけど」

 父さんの視線がずれた。視線の先にあるのは、壁に引っ掛けられた数々の武器のレプリカだ。勿論どれもこれも刃は付いてなくて、どっちかって言うとこの演習場を彩るモチーフみたいなもんだ。

「適当に選んでみたことは?」

「あるよ。俺も扱いたいのは剣だし、演習場にあるレプリカをとっかえひっかえして。とりあえずその場で暇そうにしてたラン兄に相手して貰って、打ち合いはしてみた」

 何せこの演習場には色んな種類のレプリカが飾られているもんだから、こう言うのも何だけど、所謂“選り取り見取り”っていう奴で。

 因みに、その時のラン兄は口ではなんだかんだ言いつつちゃんと俺に付き合ってくれた。ああいうとこが、ラン兄のいいとこだと思う。(余談だけど、その打ち合いの後、いつの間にかセア姉がもって来てくれていたレモンスカッシュを飲んだら、これ以上なく身体に染みた)

「一通り扱ってみたけど……個人的な感想を言うと、細身剣や太刀だと少し軽いんだよね。でも、両手剣だと逆に振り回されてる感じ。手に馴染みそうなのは、やっぱ長剣や片手半剣だと思う」

 …つっても、どれもこれも一度か二度ぐらいしか使ってないから、まだ正確なとこは分かんないんだけども。まあ、初期印象って大事だろうし。

「へえ……」

 母さんが口の両端をにんまりとばかりに持ち上げた。あれ、何だろうその顔、なんか、凄く面白い事を思い付いたって顔に書いてある気がするんだけど。父さん譲りの勘が、なんか凄く嫌な予感を俺に告げている。

「そこまで考えてるって事は、さ」

 母さんの手に握られてる木刀が、その手から離れる。宙を舞って、そして収まったのは俺の手の中。あ、やっぱり? やっぱりそういう事なんだね?

「あとは、使い倒していくしかないと思うんだ」

「そうだな、俺もミラーナと同意見だ」

 いつの間にか父さんまで笑ってる。その手にはしっかり木刀を持って。さっきまで母さんと休む間もなく打ち合ってはずなのに、その疲れを微塵も見せない笑み。凄いなあ、と思ったのは一種の現実逃避だったかもしれない。何せ、俺は二人の打ち合いを見ることはあっても、それに参加した事は一度もない!

「…えーと、マジ?」

「安心しろ、手加減はしてやる」

「当たり前だよ! 父さんに本気で来られたら、俺殺されるって!!」

「なんだミスト。最初から弱気じゃ、出来るもんも出来ないぞ?」

 無茶を言ってくれる。ついさっきまで感嘆の言葉しか出てこないような凄まじい打ち合いをしてた人たちの、その片割れと手を合わせようってんだから。これで自信満々に胸を張れるほど俺は自分の力を過信しちゃいない。

「とりあえず15分だ。次の15分はミラーナと」

「うへえ……」

「そんな顔しない」

 母さんがばし、と肩を叩いて、笑顔を一つ。

「強くなれるよ、お前なら」

 いつもなら嬉しいその言葉も、今この場では地味かつさりげなく重たい重圧に感じたわけで。…でも、こんなんでへこたれてるようじゃ、世界中を旅するなんて無理だ。それも分かってる。分かってるから、よし、腹を括れ。ミスティアーク。

「……頑張る」

 一言零して、木刀を持って演習場の中心に立った。

 向かい合うようにして父さんが立つ。そして、さっきまで俺がいた場所に母さんとディオ。丁度俺と母さんが入れ替わってる構図だ。

 とりあえず15分。次の15分は母さんと。

 ……丁度30分後の俺を想像してみる。絶対絶対無傷でいるはずがないという確信だけは持てた。

 持てたから、だからもういっそ、開き直って。

(『思ってたよりやるな』ぐらいの台詞は言わせてやるっ)

 その結果、打ち身の類の怪我が増えようと、どうせ怪我をするのは分かってるんだから構うものか。今はまだ父さんにも母さんにも遠く及ばないってのは分かってる、でも今この瞬間、二人と向き合える貴重な機会にうじうじと尻込みするぐらいなら、いっそ二人に少しでも俺のことを認めさせるべく奮闘した方が断然いい。

 …俺の考えてることが、父さんには読めたんだろうか。少し喉の奥で笑いをかみ殺した後、

「うん、いい顔をしてる」

 と言った。そして付け加えるように。

「あの時のあいつとそっくりだ」

 あいつってのは多分母さん。あの時ってのは、二人がはじめて打ち合った時かなんかだろうか?

 それは俺の全く知らないことで、そしてそれを深く掘り下げる時でもないって事も分かってた。木刀を構える。それを見て父さんも。母さんとディオが、俺達二人を真っ直ぐに見ている。

 母さんがすっと手を上げた。息を吸い込んで、前だけを見る。今の俺が出来る限りに、神経を研ぎ澄ます。

 

「始めッ!!」

 

 凛とした声と共に、母さんの手が空を裂いた。

 それと同時に、俺と父さん、お互いが持ってる木刀は鈍い音を立ててぶつかり合っていた。

 

説明
 とある家族の話。父と母と長男。
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