【まどか☆マギカ】Ave Maria(後編)【ほむあん】 |
どこまでも続く夜道を、軽トラックに乗って走っていた。
「なあ、暁美ほむらさんよ」
「……何?」
「お前さ、グリーフシードの分け前管理とか結構シビアなのにさ、
あんまり贅沢してる感じしないよな」
「そうでもないわ。私の武器、日本じゃどれも高いもの」
「盗むんだったら高いも安いもないだろうが。
そりゃ、盗みにくいものではあるだろうけどさ」
「何が言いたいの?」
「あたしはさ、簡単なわけよ。
美味いものが食いたい。いい部屋で寝たい。だからカネがほしい。
グリーフシードで魔力を補充すれば、カネの心配をしなくていい。
だからグリーフシードが欲しいし、だから魔獣を狩ってる」
「グリーフシードをお金に変える方法と効率に疑問を感じるけど、
それ以外には異論はないわ」
「あたしがちまちま働いて懐に入るカネに比べたら、
効率なんてお話にならないっての。
いや、ちげーよ、そんな話をしてるんじゃねぇんだ」
ガタン、と車が揺れた。
「あんたはさ――何のために魔獣を狩ってるんだ、暁美ほむら?」
あいつは紙コップに入った冷め切ったコーヒーを飲むと、
しばらく口を閉じて、それからもう一口、コーヒーを飲んだ。
まぁ、話したくないことって、あるわな。誰にでも。
でも、ちょっと残念だ。
わりと立ち入った話をしてもいいくらいには、
こいつのことを信頼しているし、こいつにも信頼されてると思ったんだけど。
コーヒーを飲み終えたあいつは紙コップを窓から投げ捨てると、
もう一度、その小さな唇を開いた。
「世界を守りたいからよ。だから戦う」
あたしはまじまじとあいつの顔を見る。
おいおい、冗談だろ。なんだそりゃ。
「あなたは違うの、佐倉杏子?」
◆
左右からぶん回された切っ先の片方を槍で受けて、
もう片方をダッキングして躱し、
ダッキングした勢いのまま槍の柄を床で回して足払い。
あいつは大げさにジャンプして柄をやりすごすと、
あたしの額めがけて剣を打ち下ろす。
余裕を持って頭上に槍を掲げ、受け止める。
まあ、なんだ。
一発一発がそんなに重いわけじゃないし、
そこまで攻撃が早いわけでもない。
クソ、なんだか思い出しちまうな。いろんなことを。
あたしは穂先を突きつけてあいつの突進を牽制しつつ、数歩後退。
間合いが開くのを嫌ったあいつは穂先を払って無理に前進しようとしたが、
あたしは払いにきた剣の力を使って穂先を足元に残す。
穂先が膝頭に刺さりそうになったあいつは、
悔しそうな表情を浮かべながらその場で踏みとどまった。
まったく、シロウトもいいとこだ。
殺ろうと思ったら、すぐに殺れる。間違いない。
クソ。
そんな腕で、なんで魔法少女やってんだよ。
いやそもそも、なんでお前はそんな元気いっぱいに生きてるんだよ。
あー、もう、頭悪いな、あたしは。
この世は、奇跡と魔法でいっぱいだ。
例えば、妹の親友が死にたての妹を見つけて、
そこにキュウべえの野郎が現れて、親友ちゃんを唆す。
「ボクと契約すれば、その子を生き返らせてあげられるよ!」
でもって、生き返った妹もまた、契約する。
剣が左から袈裟斬りで落ちてくるけど、
あたしはそれを無視して右を守る。
吸い込まれるみたいに、剣が右に変化して、槍の腹を打った。
よくいるんだよ。左右の変化を、変化させることを前提で打ち込むヤツ。
まったく、この世は奇跡と魔法で、いっぱいいっぱいだ。
◆
Ave Maria
Gratia plena
Maria, gratia plena
Maria, gratia plena
目が覚めた。
あたしの隣のシートではほむらが眠っていて、
東の空が少し明るくなり始めている。
そうだった。
あんまり眠かったもんだから、
インターチェンジに逃げこんで仮眠してたんだった。
Ave, ave dominus
Dominus tecum
世界を、守る、か。
馬鹿だね。
ああ、大馬鹿だ。
Benedicta tu in mulieribus
Et benedictus
なんでだろうなあ。
なんで、こうなっちまうんだろうなあ。
影で隠れて何度も泣いて、
傷だらけになりながら、
なんで、こいつは戦い続けられるんだろうな?
あたしにゃ、無理だよ。
目先のお得感なしに、こんなこと続けられるもんか。
世界を守る? どこの勇者様だっつーの。
Et benedictus fructus ventris
Ventris tuae, Jesus.
ああ、でもさ。
そういう――そういう話って、いいよな。
最後に愛と勇気が勝つ、そんな物語。
そういうのって、いいよな?
あんたの物語が、そんなのだったら、本当にいいのにな。
なあ、暁美ほむら。
◆
ハイから素直にローに落ちてくる突きを軽く躱しながら、
あたしは方針を決める。
まず、この元気な妹をぶちのめす。
足の一本でも折れば、しばらく動けないだろう。
それから教主様もとい事務長をぶっ殺して、体の中に巣食った魔獣を追い出す。
できれば殺したくなかったんだけど、殺らずに済ませる余裕がない。
決めちまったら、あとはやるだけだ。
あたしはローからハイに上がってくる剣を穂先に絡めて、
天井高く跳ね上げて、
その瞬間、背後から腹にヒヤリとした何かが滑りこんできて、
焼けるような痛みが爆発した。
咄嗟に痛覚を遮断して、床を転がる。
体制を立て直したあたしに、血刀をぶらさげた妹が襲いかかってくる。
速い!
なんとか一発は槍で受けて、ほとんど本能的に突き返したが、
あいつはその突き返しを捉えると、
目にも止まらぬ速度で再び突き返してきた。
防御がまるで間に合わず、右胸をざっくりとやられる。
口から血の塊が飛び出す。
とどめをさすつもりか、大きく振りかぶったあいつの腹を、
カウンターで蹴っ飛ばして、あたしはなんとか間合いを取りなおした。
立ち上がることはできたけれど、出血が止まらない。
魔力を自分の怪我の治癒に回しているけれど、血が止まる気配がない。
何だ。何が起こったんだ。
あたしは、いったい、何をされた?
「魔女・杏子。あなたは、自分の傲慢さゆえに、倒れる」
妹が冷たい声でそう告げる。
「あなたが今の今まで戦っていた相手は、
あなたの願望が映し出していた『私』。
あなたの心の中で、私は戦い慣れない、シロウト同然の剣士だった。
そうであってほしい、そうあなたは願った」
出血が止まらない。
痛みはなんとか消しているが、
喉の奥から溢れ出る血で窒息しそうなのはどうにもならない。
「この剣は、教主様より授かった、退魔の剣。
魔女の力では、この剣で受けた傷を癒せない。
私はあなたを滅ぼし――あなたを超える」
はいはい、左様ですか。
超えるも何も、お前のほうがずっとずっといい子だっただろ。
あたしは魔力での治療を諦め、痛覚の遮断に専念する。
しっかし、馬鹿だなあ。
体は動くようになったみたいだけど、
あいかわらず、頭でっかちのままじゃねぇかよ。
瀕死の敵を前に、なんで手の内を明かすかな。
分かってるよ。
騙し討ちしたみたいで、気が引けてるんだろ?
こんなことせずに、最初の一発でソウルジェム割っちまえば良かったのに。
馬鹿だなあ。
ほんとうに、馬鹿だなあ。
まったく、馬鹿だ。馬鹿だよ、あたしたちは。
◆
あたしは、槍を構える。
まだ、あたしは死んでない。
まだ、この戦いは終わってない。
妹は、そんなあたしを、見下したような目で見ている。
戦術としては正解だ。
無理しなくたって、もうすぐあたしの体は機能しなくなる。
そうしたら、ソウルジェムを踏み割ればいい。
でも、これならどうだ。
あたしは、血を吐きながら、にやりと笑う。
「……なってねぇな。なっちゃ、いねえ。
やっぱり、お前は、シロウトだ。
来いよ。姉ちゃんが、ケンカの仕方を、教えてやる」
安い挑発に、あいつは簡単に乗った。
顔を真っ赤にして、剣を構え直す。
だから、「なってねぇ」ってんだよ。
やれやれ。
やれやれ、だ。
結局、一番甘かったのは、あたしだった。
あたしたちは、たぶん、同じ願いを抱いて、魔法少女になった。
魔法少女になった、と言えば聞こえはいい。
あたしたちは、自分の願いのために、武器を手にとった。
「ぶちのめす」? 「足の一本でも折る」?
アホか。
あたしは武器を持っていて、あいつも武器を持っている。
願いの果てに殺し合いの道具を手にとって、
生きるか死ぬかの舞台に上がった以上、
あたしたちにできるのはただ、殺し合うことだけだ。
それが、あたしたちにとって、誠実であるってことだ。
さあ、来いよ。
相手になってやる。
◆
足元がふらつく。
目が霞む。
妹の攻撃は、相変わらずそこまで重いわけじゃないが、
スピードに追いつけない。
今以上の致命傷はなんとか避けているけれど、
こっちの攻撃は全部捌かれ、あいつの攻撃は確実にあたしの命を削っていく。
まだだ。
まだ、あたしは死んでない。
左から猛スピードで入ってくる剣先を、
槍の穂先で捉えようとして、
途端にふっつりと剣が消えて、
右から突きが滑りこんでくる。
ギリギリのところで体を引いたけれど、
右肩をざっくりと斬られた。
妹の顔が、優越感で少し笑顔になる。
のけぞった姿勢のままあたしは石突きを低く振り回して、
あいつの足を狩ろうとしたけれど、
あいつは必要最低限のジャンプで柄を躱して、
それと同時にあたしの首を狙って横薙ぎで鋭い斬撃。
ギリギリで躱せたけれど、頬が少し切れた。
まだ。
まだ、あたしは負けてない。
泥水に浸かったような足を必死で動かして体を左に捌き、
短い間合いからの突き。
あいつは距離を見きってスウェイ。
あたしを槍のグリップをすこし緩めて、手の中で柄を滑らせる。
目算よりもさらに伸びてきた攻撃に、あいつが少し驚いた顔をするけれど、
力の乗っていない攻撃は簡単に剣で弾かれた。
妹の目に、殺気が篭る。
さっきの、あの突き返しが、来る。
あたしは強引に、一歩前へと踏み出し――
踏み出しながら、眼を閉じる。
◆
そういえばほむらと組んでいたとき、一度だけ、
どこぞの魔法少女と殺しあったことがあった。
あたしらが言うのもなんだけど、
そいつは本当にどうしようもなかった。
魔力を使ってやりたい放題、悪行三昧を繰り返し、
邪魔をするやつがいれば、誰彼なく手にかけた。
親に酷く虐待されてたって噂は聞いてたけど、ものには限度がある。
やっていいことと悪いことの境目は、曖昧だけど、ちゃんとあるんだ。
いつもみたいに、あたしがそいつを開けた場所に引っ張り出して、
ほむらが狙撃で動きを止めた。
右足を吹っ飛ばされたそいつは、ほむらが到着したときにもまだ生きてたが、
もうそんなに長持ちしないのは明らかだった。
あたしらに向かって、そいつは呪詛を撒き散らし続けた。
「いつか思い知るだろう!
いつかきっと、お前たちも、私と同じことをする!
いつかきっと、お前たちは私の正しさを知る!」
あたしは呆れて、そいつにとどめを刺そうとした。
でも、ほむらが、あたしの前に出た。
そのときあいつは、本気で怒っていたのだろう。
後にも先にも、あんなほむらを見たのは、あれっきりだ。
あいつは、震える声で、言い放った。
「いつかは、今じゃないわ。
私は、あなたじゃあ、ない」
ほむらは拳銃を抜き、そいつのソウルジェムを撃ちぬいた。
しばらく、あたしたちは無言だった。
あたしには、ほむらにかけるべき言葉が、見つからなかった。
だってあいつの肩が、小さく震え続けていたから。
5分ほど、そうやって突っ立っていただろうか。
ぽつり、ぽつりと雨が降り始めて、
それでようやくあたしはあいつの肩に手を置いて、
「帰ろうぜ、暁美ほむら」とかなんとか、言うことができた。
あいつの頬が濡れていたのは、雨のせいだ。
きっと、そうさ。
◆
あたしと妹の目の前で、閃光が炸裂する。
もう何年も使ってなかった、
つか、もう使えないだろうと思ってた、技。
もともとあたしは、この手の技が得意だったんだよね。
あたしは目を開けて、妹の額のソウルジェムを狙って右の肘打ち。
突然の光に目が眩んでいたあいつは、
それでも軽くしゃがんで肘を躱す。
甘いっての。
あたしは肘を振り抜きながら、
右手で握っていた槍の柄であいつの額をさらに狙う。
フェイントなんかじゃあない。
一発一発、当たれば即死の、攻撃。
これが実戦ってやつだ。
あいつは剣を掲げて、槍の柄をがっちりと受け止めた。
あたしの最後の攻撃を受け止めたという確信がその顔によぎって、
至近距離から、豪速の突き返しが、あたしの心臓に走る。
やれやれ。
あたしはさらに体を左に捻りながら、
右肩近くに魔力を集中させる。
踏み込んだ勢いを殺さないように、
魔力で強度を増した右肩甲骨付近を、
あいつのソウルジェムに叩き込む。
密着状態でのカウンター鉄山靠は即死、
ゲーセン通いしてる奴ならみんな知ってる。
あたしの右肩に、妹の魂が砕けた感触が残った。
やれやれ。
妹の体が、へたりと床に崩れて、
あたしの膝も地面に落ちた。
べしゃりと、鈍い音。見るまでもなく、足元は血の海だ。
……やれやれ。
◆
まだ、戦いは終わってない。
あたしは、懸命に意識をこっち側に引きとめようとする。
視界の隅のほうで、教主が剣を片手にあたしの方に歩いて来るのが見える。
あいつを殺して、
あいつを操ってる魔獣を殺す。
それが、あたしの戦いのフィナーレ。あたしの、救済。
あたしはのろのろと体の向きを変え、
冷ややかな微笑を貼りつけた男に向き直って、
渾身の力を込めて槍を投げつける。
槍は、1mも飛ばずに、床に転がった。
その勢いに引っ張られるように、あたしも前のめりに倒れる。
どうやら、ゲームオーバー、らしい。
悔しくないかと言われれば、そりゃ悔しい。
でも結局、そういうことなんだろう。
いろいろあったけど、あたしはそれなりにこの人生、楽しんできた。
無茶もやったし無理も通したし、
もちろん無茶をされたり無理を通されたこともあった。
そりゃそんなもんだ。今更、後悔なんてあるはずない。
ただ、まぁ、もし――
いや。
もう……
◆
そのとき、教主の背後にあったステンドグラスが崩壊して、
キリストが磔になった十字架がコナゴナに吹っ飛び、
そして教主の上半身が消し飛んだ。
床を何回かバウンドしながら、教主の残骸が教会に撒き散らされる。
遠くで、微かに、銃声。
教主の体から黒い煙みたいなものが湧き上がり、
おなじみの魔獣の姿を取ろうとしたが、
途端に頭が吹っ飛び、体に大穴があいて、
床にグリーフシードが撒き散らされた。
また、微かな銃声。
まったく――あのおせっかいの、バチあたり、め。
よりによって、イエス様までふっ飛ばさなくていいだろうに。
霞む意識のなかで瞬きすると、あたしの目の前には、暁美ほむらが立っていた。
時間を止めて、走って来やがったな。
馬鹿だ。本当の、大馬鹿だ。
ほむらが、何かを言ってる。
あたしにはもう、あいつが何を言ってるのか、それすら分からない。
ほむらはあたしを仰向けにして、
血塗れの床に膝をつくと、
グリーフシードをあたしのソウルジェムに押し当てた。
魔力が補充されるのが分かったけれど、もう、無駄だ。
教主が死んだせいか、怪我は魔力で治るみたいだけど、
あたしの体が死んでいく速度は、
魔力が補充される速度よりも、魔力で治療できる速度よりも、早い。
あいつもそれを理解したみたいで、諦めたように立ち上がった。
まったくなあ、こんなとき、ゆまがいればなあ。
――ん? ゆま?
ゆまって、誰だったかな。
はは、もう、わけわかんねーや。
ほむらのテレパシーがあたしの脳味噌に入ってこようとするけれど、
あたしは魔力を使ってそれをはねのける。
気持ちは分かるけど、もう、勘弁してくれよ。恥ずかしい。
もう、いいじゃねぇか。
でもなあ、ほむら。
この世界って、守る価値、あんのかな。
あたしは、何のために、戦ってきたのかな。
結局あたしも、いったいなにが大切で、何を守ろうとしてたのか、
なにもかも、わけわかんなくなっちまった。
結局さ、何かを願うってのは、そういうことなんじゃねーのかな。
さやかは、すげー頑張ったと思うんだよ。
でもさ、あの上条とかいうのの手が治ったせいで、
コンクールとかコンテストとか、そういうのにどうしても勝てなくなった、
そんなヤツだっているんじゃねえのかな。
それが悪いってことじゃないさ。全然、悪いことじゃない。
でもさ、そうやって祈って祈られて、願って願われて、
その挙句の果てが殺して殺されての連鎖だっていうんだったら、
人間の歴史って、何なんだろうな?
祈るって、何なんだろうな?
ああ、畜生、また、雨かよ。
このオンボロ教会、まだ雨漏りしやがんのか。
わかってる、わかってるよ、ほむら。
こいつは雨だ。雨だよな。
大丈夫さ、ほむら。
少なくとも、あんたは、あたしを、救ってくれたよ。
あたしは、あんたに、救われた。
だから、大丈夫、大丈夫さ、ほむら。
あんたは、きっと、大丈夫。
雨は、まだ、降り続いてる。
あたしは、せめて、笑おうとする。
(完)
参考文献
Ave Maria http://www.youtube.com/watch?v=2bosouX_d8Y
説明 | ||
魔獣出現後の杏子(+ほむほむ)なお話です。杏子視点。いつもどおりな展開の後編をどうぞ。 |
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