幸せは鈴蘭の丘から |
幻想郷という場所もそれなりに広いもので、人間の足だけに頼った活動範囲など限られたものである。
無名の丘もまた、そんな人間の足で通うには少し遠い位置に存在している。
大結界異変の際には無名の丘のほぼ全域に咲き乱れていた鈴蘭だったが、現在では花の数も随分と落ち着いている。
それでもなお辺り一面は鈴蘭ばかりの場所は存在しており、そこには二つの影が今存在してる。
「やっぱり、貴女がいつもいる辺りの鈴蘭は元気ね」
「いきなり何しに来たかと思えばスーさんを持っていくだなんてー」
大きな白い日傘と大きなバスケットを手に、咲いている鈴蘭を一本ずつ丁寧に抜いていく風見幽香。
そして、その幽香の背中を納得のいかない顔で睨むメディスン・メランコリー。
……何故かメディスンの頬や服が汚れているのは、何かしら一悶着あったからだろう。
「何度も言ってるじゃない、必要な分だけよ。それに簡単には枯らせないわ。私が摘むからにはね」
「むむむ……」
「ふふっ。唸るだけになったって事は分かってくれたって事でいいのかしら?」
「うぎぎ……!」
どう見ても納得はしていない様子である。
とはいえ、昔ならば辺り構わず毒を撒き散らし、弾幕を放っていたはずのメディスンがここまで大人しくなっているのだから、それなりに思慮分別は学んでいるようではある。
果たして学び方が平穏無事であったかどうかなどは知る由もないが。
「……はぁ。全く貴女も頑固ねぇ」
「な、何よ!また実力行使?!」
「弱い相手を力でねじ伏せる行為なんて何回やったところで面白くもなんとも無いわ」
くるり、と今まで背を向けていたメディスンに幽香は向き直り、何をするのかと思いきやそのまま自分の足元を確認してそこに座りこんだ。
そして、ちょいちょい、とメディスンに向かって手招きをする。
……その手招きの意味を、メディスンは知っている。
「…………」
「いつまでそうやって不機嫌そうな顔してるのかしら。可愛い顔が台無しだわ」
「不機嫌にしたのは何処のどいつよ」
「半分は貴女のせいね」
「……もう半分は?」
「まだ説明が足りてない私のせいって所ね」
自らの膝の上に座らせたメディスンの頬についた汚れを拭いながら、幽香が静かに微笑む。
髪についた泥も払いながら、幽香は言葉を続けた。
「今日は人間の使ってる暦で言う5月1日。この日はね、人間が親しい人に鈴蘭を贈る風習があるのよ」
「人間が? 鈴蘭を?」
「そう。外の世界でも一部の場所では今でも続いてる風習だそうよ」
「ふーん……」
「そして、鈴蘭を贈られた人には幸運が訪れる。縁起物ってところよ」
「……なんでまた幽香が鈴蘭を集めるのと関係が出てくるのさ。人間にはあまり近寄らないくせに」
私と一緒でさ、と付け加えるメディスン。
「花に関わる事だから、かしら? それだけの話よ。同じ花なら、私が売る長持ちする花の方が喜ばれるのよ」
「……どうせすぐ忘れるわよ。長持ちするって言っても、いつかは枯れちゃうんだから」
「そうかもしれないけれど。花をあげたって事実は残るわよ」
「じゃあ別に花じゃなくてもいいじゃない! なんで花なのよ!」
再び声を荒げ始めたメディスンを、幽香はぎゅっと後ろから抱きしめる。
暴れないように抑えたようにも見えたその行為だが、その意図は分からない。
「……鈴蘭の花言葉。知ってる?」
「『純粋』、だったかしら」
「そうね。まるで貴女のよう。多少の私心はあるけど、それぐらいが妖怪らしくて素敵だわ」
くすっと笑いながら、幽香はメディスンの頭に手をやる。
人形でありながら、その髪は間違いなく生物が活動を行っている結果から生まれたものであるのは間違いない。
……そんな髪を、幽香は撫でながら続ける。
「鈴蘭にはね。『幸福の訪れ』というのもあるのよ。贈られた人が幸せでありますように。そんな優しい気持ちを込めて、一緒に贈るものが、鈴蘭の花なのよ」
「……」
「……人間は得てして理解しがたいところもあるけれど。そういう感情も決して忘れない生き物よ」
「だったら……!」
言いかけたメディスンの言葉を止めるように、再び幽香はメディスンを強く抱く。
「…………メディスンは優しい子なのは、私がよく分かってるわ。貴女が考えている事もそれなりには理解できるけれど、まずは人間を知って理解することから始めなきゃ」
「……」
「小さな些細な事でも、人間というものをもっと知る機会になり得るわ。何も知らぬまま、ただただ己の理想を掲げてみても。虚しいだけよ」
「……」
「まぁ、そんなわけで。 ……鈴蘭持っていくけど。良いかしら?」
幽香の前には、メディスンの背中。表情は伺えない。
そんなメディスンをよいしょ、と持ち上げ、幽香は立ち上がる。
「ま、貴女の答えなんて聞いてないんだけれどね?」
「ちょっ、やっぱり横暴よそれはー!!」
「ふふふ、止めたければ力づくで止める事ね! 今の私は誰にも止められないわ!」
「ありがちな台詞を言って誤魔化そうとするな!」
幽香の手から離れ、綺麗に着地したメディスン。
その表情は、先程と変わらない。
「一応聞いたげる。鈴蘭持って行っても良い?それともOK?」
「…………好きにしたらいいわ」
選択肢が無い?はははまさかそんな事があるわけ無いじゃない。と言う存在はここにはおらず。
ようやく折れたような形でメディスンは納得した。
* * *
「これだけあれば十分ね」
「うぅ……スーさん……元気でね……」
大きなバスケット一杯に入った鈴蘭を、最後の最後まで名残惜しそうな表情で見つめるメディスン。
やれやれ、とそんな様子を見かねたのか、幽香はメディスンに3本の鈴蘭を手渡した。
「……なにこれ」
「一本は、私から貴女への贈り物という事にしてちょうだい。貴女に幸せは必要不可欠だもの」
「……現在進行系で不幸な気分なんだけれど」
「お金と運は天下の回り物よ。不運ばかりではないわ。気を落とさないで!」
「……もう突っ込むのもしんどいわ。で。もう二本は何?」
「そうね、貴女の身の回りにいる存在にでも手渡したらどうかしら。幻想郷にいる存在なら大抵は今日のことは知ってるだろうと思うし。人間の気持ちを分かってみるのも良いんじゃない?」
「私がこれを渡す相手なんて……」
いないわ、と言い掛けてふと脳裏に浮かぶ数名の顔。
不定期にやってくる竹林ご一行と、いつぞや派手にドンパチした魔法使いと。
なんでこういうときに限ってあんたらが出てくるのよ、と内心舌打ちがしたくなったが、それまでの沈黙を答えとされたらしく幽香は笑う。
「……あ、別にその一本私に贈ってくれるのもありだけど?」
「まだそんな事言えるなら弾幕つけて返してやるわよ?!」
「おぉ怖い怖い」
それだけ怒れる元気があるなら問題ないわね、と呟きながら幽香はメディスンに背を向けた。
またくるわ。と付け加えて。
暫く来るな。とメディスンは返した。
数日後、再び無名の丘にやってきた幽香は、メディスンを見かけてにやりと笑った。
あ、これはまた何かあったんだな、と。
メディスンが渡した二本の鈴蘭の行方は、また別のお話……
説明 | ||
5/1の鈴蘭の日に。 メディは書き甲斐がありそうな子です。 |
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