暁美ほむらの平穏な1日(リメイク) |
身支度を整えたらウィダーを喉に流し込んで玄関を出る。
「おはよー、ほむらー」
「おはようございます、暁美さん」
「おはよ、ほむらちゃん」
家の前で待っていたのはいつもの3人。
美樹さやか、志筑ひとみ、そして、まどか。
「おはよう、みんな。行きましょう」
私たち4人は連れだって学校に向かう。
「今日もいい天気だねー、ほむらちゃん」
「そうね、まどか」
「うーん、ほんっとポカポカしてるねえ」
ふあ、と美樹さやかは大きなあくびをする。
「これじゃあ今日は眠くなっちゃいそう」
「あら、今日も、じゃないかしら? 昨日も数学の時間、ほとんど寝ていたでしょう?」
「う……いやあ、相変わらずほむらは手厳しいねえ、あははは」
笑って誤魔化そうとする美樹さやか。
「でもさやかちゃん、今日の数学の小テスト、大丈夫?」
「え!?」
美樹さやかは素っ頓狂な声をあげる。
「まどか、マジ? あたし聞いてないんだけど!?」
「昨日、授業の終わりに先生が言ってたよ……ね、ほむらちゃん」
私は頷く。
「うあー、ノートとってないよあたし」頭を抱える美樹さやか。「こ、こうなったらカンニングするしか――」
ふふ。
相変わらずの粗忽者ね、美樹さやか。
「それには及ばないわ」
私はカバンからルーズリーフを取り出す。
「予想問題よ。3回くらい目を通せば、赤点は免れるでしょう」
「うお、マジっすかほむら大先生! いや、大明神様!」
パンパン、と手を叩いて拝まれる。
「うふふ、よかったですわね、美樹さん」
「助かったよー、仁美も見る?」
「そうですわねえ……鹿目さんはどうですか?」
「いいかな、ほむらちゃん」
「勿論よ」
「実は昨日の授業、あんまりよくわからなくて困ってたんだ。ありがとう」
「いいのよ、まどか」
「そういえば暁美さん」
「志筑さん、何かしら」
「いつも作成なさってる予想問題の的中率、とでも高いですわね。なにかコツがありますの?」
「そうね……」
だってこの世界は、私にとって“4週目”だから――なんて言えないので。
「統計よ」
……自分でも、微妙な誤魔化し方だった気がするわ。
「ちかれたー」
ぐでー、と机に突っ伏す美樹さやか。
「あたししぬー、昼ごはんも食べれずに死んで霊になるー」
「ふふ、今日は大変だったね」
クスクスとまどかが笑う。無理もないわね。一時間目の小テストで精魂を使い果たしたところに、まるで狙い澄ましたかの様に毎時間毎時間、美樹さやかは当てられたのだから。しかも厄介な問題ばかり。私が後ろの席に居なかったら、どうなっていたかしら。
「ほら、さやかちゃん、ごはん食べにいこうよ」
「よっしゃー、最後の力をふりしぼるぜー」
ふらふらと立ちあがる美樹さやか。
「で、どこいくー?」
「うーん、今日はお天気もいいし、屋上かなあ」
まどかの言葉を聞いて、私は一瞬だけソウルジェムに注意を向ける。……屋上に誰か居ないか、魔法で探る。居た。巴マミ。友人と弁当を食べている。
「まどか、今日は食堂にしましょう」
まどかを、巴マミに出会わせたくなかった。これまでのループを振り返ると“巴マミとの出会い”が、魔法少女になるきっかけで――そして私は、まどかを魔法少女にしたくはなかった。
「うん、いいよ」
「おー、さっすがほむら、わかってるねー」
思いがけないことを美樹さやかに言われて、私は少し驚く。
「いやー、実は3時間目あたりからくらくらしててさー、貧血かな。ちょっと日光とかキツいんだよね」
「ほむらちゃん、気づいてたの?」
偶然よ、と正直に言おうとして――けれど私は、少しだけ見栄を張っていた。
「ええ。ところで仁美は?」
「仁美ちゃんは委員会の集まりがあるんだって、終わったらくると思うから、メールしておくね」
昼食を済ませたら午後の授業。そしてホームルームが終わり――
「書道のお稽古がありますので……」
志筑仁美は1人で帰り。
「今日は会議なの、たぶん17時までかかるかな」
まどかは保健委員会へ。
「あたし、ちょっと用事なんだ」
美樹さやかは行方をくらます。
そして私は掃除当番。二階南の階段。ごくごく小さいスペースだから私1人が担当。人通りが少ないおかげで、汚れもそんなにない。箒でさっと掃いて済ませる。
「こんにちわ、暁美さん」
声を掛けられて見上げれば、そこには巴マミ。
「この前の話、考えてくれたかしら」
私は思い出す。同じ魔法少女なのだから協力して魔女と戦おう、そんなことを言われた記憶がある。
――死ぬしかないじゃない! あなたも! 私も!
前回のループの巴マミの姿が頭をよぎった。佐倉杏子を殺し、私に、まどかに銃を向けた。……判ってる。今のこの巴マミとは関係のない話だ。
けれども。
「……ごめんなさい、もう少し考えさせてもらっていいかしら」
私の口からは、そんな言葉が出ていた。
「そう」
思案顔の巴マミ。
「できれば争わずに済むことを祈っているわ」
去っていく。
私も、あなたとは争いたくない。いつか、この気持ちも整理がつくのだろうか。ついてほしいと、願った。
掃除が終わったのは16時で、保健委員会が終わるまでかなり時間があった。どうしようか。私は何の気なしに図書館へと足を向けた。本を読んで時間を潰すのもいいかもしれない。
そしてそこで、意外な人物を見つけた。
美樹さやか。
ひどく真剣な表情で本に向かっている。いつもの、活発そうなイメージとはかけはなれた様子。
私は声をかけた。
「あら、偶然ね」
「お、ほむらじゃん。掃除もう終わったの?」
「ええ、2階南の階段だもの」
「あー、そりゃ楽勝だわ」
「隣、いいかしら」
「どうぞどうぞ」
私は美樹さやかの横に座る。
「何を読んでいたの?」
「えっと、さ」
本の表紙をこちらに向ける。リハビリの本だった。
「恭介の腕が動くように、何か手伝いができたらな、って」
「健気ね」
「そんなんじゃないよ。ただ、ほおっておけなくってさ、恭介、すごく苦しんでるし……」
「あなたのそういう優しい部分、素敵だと思うわ」
「や、やめろい。さやかちゃんを口説いたって簡単にオチはしないぜい」
「ふふ、そういうつもりじゃないわ。思ったことを言っただけよ」
そう、美樹さやかは優しい。
前のループ、あなたが魔法少女になった理由を、私は覚えている。
あの時、私も巴マミも、そしてまどかも深手を負っていた。誰一人としてまともに戦える状況ではなかった。けれども魔女はそんな事情を考慮してはくれない。人々を襲い、ついには志筑仁美へと魔手を伸ばしていた。
私たちは傷ついた身体を押して戦ったけれど、魔女は想像以上に強大で……誰もが死を覚悟した時。
あなたが現れた。魔法少女として。
――みんなが戦って傷ついてるのに、見過ごせないよ。
それから4人で戦うようになって、あなたはいつも、私やまどかを守ろうとしてくれていた。その恩は今も忘れていない。恩を返したいと思っている。前のループの様な不幸な結末を、あなたに訪れさせはしない。
「ねえほむら、今って何時くらいかな」
私は腕時計を見る。
「16時15分ね」
「まどかが委員会終わるのって、17時だよね。あたしも一緒に帰っていいかな」
「勿論よ」
「それじゃあさ、まどかが来たら起こしてもらっていい?」
ふぁああとあくびする美樹さやか。
「午後の授業ハッスルしすぎちゃってさー」
言いながら机に突っ伏し――3秒後には寝息を立てていた。
無理もないわね。午後はバスケットの授業、美樹さやかは縦横無尽、勢い余って隣のコートに助太刀するくらいの活躍だったもの。
「すー」
穏やかそうに眠る美樹さやか。
その顔を見ながら私は考える。
これまでのループを考えるなら、このあと間違いなく美樹さやかは失恋する。荒れるだろう。普段の様子からは考えられないほど、美樹さやかの心は脆い。
――私達に妙な事吹き込んで仲間割れでもさせたいの?
――まさかあんた、ホントはあの杏子とか言う奴とグルなんじゃないでしょうね?
私が話した魔法少女の真実を、受け止められないくらい。
さらに言えば。
私が真実を話した時は、まさに失恋した直後で、美樹さやかはひどく苛立っていた。
――私この子とチーム組むの反対だわ。
――まどかやマミさんは飛び道具だから平気だろうけど、いきなり目の前で爆発とか、ちょっと勘弁して欲しいんだよね。
それが本心からの言葉ではないことを私は知っている。
なぜなら美樹さやかは、魔女になる寸前、私にこう告げたのだから。
――前は、ごめん。勢いでつい、心にもないこと、言っちゃった。
――あんなこと言っておいて、ずうずうしいけど、さ。
――まどかのこと、お願い。
――実はさ、さやかちゃん、アンタのこと、結構頼りに思ってたんだよね。
美樹さやか。
前のあなたが遺した意思は、きちんと私の中に息づいている。
まどかは私が守る。
けれどそれだけじゃなくて。
今のあなたも、守ってみせる。
ひとまずは、そう。
上條恭介のことを、どうすればいいか。
単純に、美樹さやかの恋が実れば解決、というわけではない。それは、志筑仁美の失恋を意味する。
志筑仁美もまた、私の大切な友人だ。彼女が悲しむ顔も、また、見たくはなかった。
……どうしたらいいのだろう。
そんなことを考えているうちに。
「あ、ほむらちゃん!」
保健委員会が終わったのか、まどかがやってくる。
「さやかちゃんも待っててくれたんだね。でも、寝てるのかな」
「疲れてるらしいわ。ひとまず起こしましょう」
私は美樹さやかの肩を叩き――少しだけ魔力を流し込んだ。
「……はっ!」
目を覚ます美樹さやか。
「あ、まどか。もう終わったの?」
「うん。さやかちゃん、ほむらちゃん、一緒に帰ろ」
かくして私たちは3人で学校を出る。
「でもほむらちゃん、すごいよね」
ふふ、と笑いながらまどかが言う。
「さやかちゃん、すごく寝起き悪いのに、ほむらちゃんだったら簡単に目が覚めちゃうんだもん。どうやってるの?」
魔法、だなんて言えない。
私は誤魔化すことにした。
「判らないわ。強いて言うなら……相性かしら」
「まーあたしたち、ベストカップルだし?」
美樹さやかは私の手を握って高く掲げた。
「図書館でも口説かれちゃったしね―」
「えっ!? ほ、ほんとなの、ほむらちゃん」
「……そういうつもりはないわ」
「くぅ、振られちまった! やっぱりあたしの嫁はまどかしかいねー!」
がばっ、とまどかに抱きつこうとする美樹さやか。
私は、なぜか、それを腕で制止していた。
「おろ?」
首をかしげる美樹さやか。
「おろろ、これは嫉妬ですかな?」
「違うわ。公衆の面前よ」
場所は駅前の大通り。人目も多い。
「ふーん、ふーん」
にやにやと意地悪げに笑みを浮かべるさやか。
「いやあ、ツンデレっていいもんですなあ」
などといって、1人で盛り上がる。
「そういえばさやかちゃん」
まどかは言いながら、右の方を指さす。
「病院に着いちゃったけど、今日はどうするの? 上条くんのお見舞い」
「うん、行ってくるよ。遅くなるかもだし、2人は先に帰っててよ」
「それには及――」ばない、待っているわ、と言おうとして。
けれど。
「じゃあ、今日はわたし、ほむらちゃんに送ってもらうね」
まどかが、まるで遮るようにそう言った。
「おっけー、2人とも気をつけて帰りなよー」
「ありがと、またね。ほら行こ、ほむらちゃん」
「え、ええ」
私は若干の違和感を覚えながら、まどかについていく。いつもなら、一緒に待つ、って言うはずなのに。
「ねえ、ほむらちゃん」
しばらく歩いた後、出し抜けにまどかが言った。
「何かしら」
「もしかしてさやかちゃんのこと、待ってたかった?」
「いえ。けれど、いつもはそうしてたから」
「そっか」
なんだかまどかの様子が、おかしい。どこか、冷たい。
「まどか」
「なに」
「機嫌を損ねてしまったかしら」
「ううん、そんなこと……ないよ」
「なら、いいのだけれど……」
会話が途切れ、無言で私たちは進む。
どうしたんだろう。
明らかに変だと感じる。
けれど、まどかは私からの言葉を拒絶してるみたいで、何も言えなくて。
やがて、分かれ道に辿り着く。
左に行けばまどかの家、右に行けば私の家。
「じゃあ、わたし、こっちだから……」
どこか寂しげな様子で帰っていくまどか。
それを放っておける私ではなかった。
「待って」
その手を掴んでいた。
「少し、家に寄っていかない?」
自分でも驚くほど積極的な言葉だと感じた。けれど、今はそれを言うべきだと直感していた。
「え、でも……」
「私は、もう少し話をしたいわ」
すこし強引に手を引くと、まどかはそれに従った。
「あのね」
まどかが口を開いたのは、少ししてからのことだった。
「……ごめんね」
今にも消え入りそうな声だった。
「えっと、ね……その、ね……」
まどかは、自分なりにどう言葉にしていいか迷っているようだった。
私は、急かしたりはしなかった。まどかなりに考えがまとまるまで、待った。
やがて。
「最近ほむらちゃん、さ」
ポツリ、とまどかはそう呟いた。
「さやかちゃんと、すっごく仲、いいよね」
そうだろうか。
「今日だって、予想問題見せてあげてたし、当てられたら答え教えてあげたしさ。貧血を気遣って食堂に行こう、って言っあげたり、図書館で仲よさそうにしてたり……さやかちゃんだって、口説かれたとかベストカップルとか言ってたし……。仲良しさんだな、って」
言われてみれば、確かに、そう見えなくもない。
「だからちょっと、寂しいな、って。それでなんだかもやもやして……ごめんね」
それを聞いた私は。
――クラスのみんなには、ナイショだよっ!
これまでのループで出会った、魔法少女のまどかを思い出し。
そして、同じ顔同じ声同じ姿をしていながら、魔法少女ではなく、少し自信なげな今のまどかを。
ひどくいとおしいと、感じた。
気づくと握った手を引きよせて、私はまどかを抱きしめていた。
「わ、わ……」
初めて正面から抱きしめたまどかの身体は、やわらかくて暖かくて、ずっとそうしていたいくらい、心地よかった。自分の中で優しい気持ちが広がって、それがだんだんと喉の方にせり上がってくるような感覚があった。
私は口を開いていた。
「まどか、あなたを軽んじる気なんて、ないわ。私は不器用だから伝わらないかもしれないけれど、あなたのこと、一番大切に思ってる」
あなたのために、私は何度もこの時間を巻き戻してるんだから。
「だから、大丈夫。寂しがる必要なんて、ない」
「ほむらちゃん……」
まどかも、私の身体を抱き締めた。
「……ごめんね、ありがとう」
私たちはしばらくそうして抱き合っていて――遠くから自転車の音が聞こえて、慌てて身を離した。
「あ……」
どこか惜しそうなまどかの表情。
私は。
「今日、夕食、一緒にどうかしら?」
そう、誘いかけていた。
「いいの?」
「歓迎するわ。何なら、泊まっていって。一度、ゆっくり過ごしたいと思っていたの」
「ほんとう?」
「ええ」
「えへへ、嬉しいな……」
照れながら浮かべた、まどかの笑顔は、とてもとても可愛らしくて。
私はひどく、幸せな気分だった。
まどかが居て――それだけじゃなくて、さやかや仁美と過ごす、日々。
いつまでも続けばいいと、思った。
説明 | ||
短編です。ほむらさんと、さやかと、仁美と、まどかの素敵な日常。ループ4週目とかおりこ☆マギカ1話以前の状況をイメージしてます。ほむさやに見えるかもしれませんが、ほむまどです。(見習い脱出のためにpixivから転載) | ||
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