クレイ寓話『猫と太陽』 |
クレイ寓話
『猫と太陽』
2010年、あるところに一匹のネコがいました。
「日本の夏は暑いにゃー。湿度も高いし、何て言うかもう最悪にゃー。ぐったりにゃー。お日様の光は好きだけど、やりすぎはよくないにゃー」
そんなことをつぶやきながらごろごろうでうでしていると、一匹の老犬がやって来てこう言います。
「お前は暑い暑いと言うが、昔はもっと暑かったんだぞ。もう二十年前の事だ。太陽は焼き尽くすかの如く照り、人間達が絶えず水を撒く事でどうにか暑さを和らげていた。今の夏なんて、昔の春ぐらいの暑さしかない」
「いいことだにゃー。こんな暑くてはやってられないにゃー。これ以上暑くなったらやってやってってられないにゃー」
ふむ、と老犬はつぶやくと、ネコの傍へと行き語り出します。
「では、ネコよ。冬は好きか?」
「キライにゃー。夏もやってられないけど、冬はやってやってってられないにゃー。寒いと死ぬにゃー。雪なんか降ると、生きるか死ぬかの瀬戸際にゃー」
ふむ、と老犬は考え込み、こう言います。
「知っての通り、日本には四季がある。春夏秋冬だ。しかし今の夏は昔の春程の暑さしかない。春は秋ぐらいの暑さ。そして秋は冬ぐらいの暑さだ。これがどういうことだか解るか?」
ネコは少し考えましたが、ネコなので考えるのが面倒になりました。
「どうなるにゃ?」
「このまま十年二十年と経てば、日本の四季は冬の寒さ、冬よりもっと凄い寒さ、それよりもスゴい寒さ、秋ぐらいの寒さの四つになってしまい、最終的には四季全てが冬になってしまうと言うことだ」
「にゃんと」
ごろりうねうねしていたネコは起き上がり、老犬の方を見て話します。
「そんなことになったら、全てのネコは死んでしまうにゃ!」
「実際、日本ではある一つの種族が全て死に絶えてしまうことは珍しくも何ともない。ネコとて例外ではないのだろう。まあ我々は、寒くなっても喜んで庭を駆け回るがな」
「こうしちゃおれんにゃ! おのれんにゃ! ちょっとひとっ走りして、太陽に文句言って来るにゃ! 夏は夏でやってられにゃーけど、これ以上冬が増えたら死んでしまうにゃ! そんなことになるぐらいだったら、死んだ方がマシにゃ!」
「おい、これ」
老犬が制するのも聞かず、ネコはだっと飛び出して行きました。
しばらく走った後、ネコは気付きます。
「太陽遠いにゃ! どうやって太陽に会いに行けばいいにゃ!」
途方に暮れるネコの前に、物知り狐がやって来てこう言いました。
「あなた、太陽に会いたいの?」
「そうにゃ!」
物知り狐は、長い尻尾をぱたんぱたんと遊ばせながら金色の瞳でじっとネコを観察します。
「その昔、あるライカ犬が宇宙まで行った方法は、ロケットに乗ることだったわ」
「にゃんと! 犬に出来たことが、ネコに出来ない訳ないにゃ!」
ネコはそう言って走り出しました。
走り出して、戻って来ました。
「ロケットって何にゃ?」
「乗り物のことよ。空を飛ぶ」
「絨毯の親戚みたいなもんかにゃ?」
「まあ、そうね……」
物知り狐は、可哀想なネコを見る目で見つめます。
「それで、ロケットはどこにあるにゃ!」
「宇宙開発局にでも行けば、あるんじゃないかしらね」
「ありがとにゃー!」
てってけてー。ネコは走ります。
走りました。
迷いました。
「宇宙開発局ってどこにゃ!?」
ネコは、宇宙開発局の場所を知りませんでした。正確に言うなら、何をする場所かも解っていません。だってネコだもの。
しかし、道路を走る車を見て閃きました。
「そうにゃ! 困った時は誰かに頼る! これはまさしく天才の閃きにゃ! じーにあす・すとろーくなのにゃ!」
ネコはじーにあす・すとろーくの意味が解っていませんでしたが、言葉の意味は大体合っています。そもそも独り言なので、間違ったところで誰も気にしないのですが。
「ヘイ、タクシー!」
ネコがにゃっと右手を挙げると、一台の車が止まりました。ドアが開き、綺麗なお姉さんが降りて来てこう言います。
「あら、どうしたの? 可愛いネコちゃん」
「宇宙開発局に行きたいにゃ!」
「あらあら、何でまたそんな場所に」
お姉さんは、さりげなくネコを撫でながら首をかしげました。
「大事な用があるにゃ! とっても大事な用にゃ!」
「そう。ネコちゃん、お金は持ってる?」
「ないにゃ!」
「まあ、そうよね。でもいいわ。特別に連れてってあげる」
お姉さんはそう言うと、ネコを抱き上げて助手席に乗せます。
「美人なお姉さん、ありがとにゃ! 嬉しいのにゃ!」
「まあ、お上手ね」
お姉さんは、空車の表示を回送に切り替え、タクシーを発進させます。
そして、ほどなくして宇宙開発局の前に着きました。
「う、うええ……うぷっ」
「ネコちゃん、大丈夫?」
「ちょっと、ちょっと酔っただけにゃ。全然平気にゃ。こんな場所で止まれんのにゃ。お姉さん、ありがとうにゃ」
ネコはよろよろしつつも手を振り振り挨拶し、宇宙開発局へと入って行きます。
「コンニチハ、どのようなご用件でしょうか?」
受付には、受付用ロボットがいました。
「責任者を呼べ、にゃ!」
「かしこまりました」
受付用ロボットは、ピコピコと部品を光らせながら、何やら複雑な計算をしているようです。十秒ほどして、チーン! と完了の音が鳴りました。
「おまたせしました。A−12号室へどうぞ」
「ありがとにゃ! それはどこにゃ!」
「こちらの廊下の、突き当たりを右に行けば表札に書いてあります」
「解ったにゃー!」
猫はだっ、と駆けて行きます。そしてA−12号室のドアノブに飛び掛かると、ぶらーんぶらーんとぶら下がりました。
「開けゴマにゃ!」
そして器用にそれを回し、扉が開きます。そこには、若い男の人が立っていました。
「やあ、初めまして。本日はどのようなご用件で?」
「太陽に文句を言って来るから、ロケット一台くれにゃ!」
「なるほど……」
若い男は、くいくいと眼鏡の位置を直しながら何やら呟きます。
「ねずみの嫁入りや太陽とカエルなど、古来より星々や万物と会話出来たのは我々人間ではなく、獣達だ。まさしく、このネコは可能性の獣と言えるかも知れない。普通ではないアプローチ、誰もが御伽噺と馬鹿にするであろうアプローチ。だからこそ面白い、試してみる価値はあるか……」
「何をぶつぶつ言ってるにゃ! さっさとロケットを出すにゃ! 全てのネコのため、太陽と話をつけて来る必要があるのにゃ!」
若い男は、ネコの瞳をしばらくじっと見つめ、こう言いました。
「よろしい、ついて来なさい」
「解ったにゃ!」
こうしてネコは、ロケットの前まで案内されたのです。
「何だこれにゃ! でっかいにゃー!」
「はは、これでも小さい方なんだけどね」
ネコは、今まで見たことないサイズのモンスターマシンに尻尾を逆立てて驚きます。
「これが乗り物だと言うのにゃ!?」
「ええ、そうです」
「人間の技術力は化け物にゃ!」
「そうですね。最早魔法と呼べる程度には」
「スゴいにゃー!」
ネコはてけてけと階段を登り、ロケットへ乗り込みます。
「まあ、難しい操作などはコンピューターに任せておけば大丈夫ですよ」
「ありがとにゃ! それじゃあちょっくら行って来るにゃ!」
ぷしゅん。ハッチが締まり、辺りに仰々しい放送が響き渡ります。
『5、4、3、2、1、ゼロ! ランチ・ア・ロケット!』
こうして、ロケットはネコを乗せて宇宙へと舞い上がり。
舞い上がり、舞い上がり、舞い上がり。
やがて、地上からは見えなくなりました。
それから一月経ち。
ネコはロケットに乗って、ぐんぐん宇宙を進みます。
二月経ち。
ネコはロケットを駆り、宇宙の闇を切り裂いて進みます。
三ヶ月経ち。
ネコはついに、太陽の元まで辿り着きました。
「長かったにゃー! 退屈で死ぬかと思ったにゃー!」
「おやおやネコさん、どうしたんだい?」
太陽は爽やかな笑顔で訊ねます。
「どうもこうもないにゃ! 最近、地球が冷たいのにゃ! 地球寒冷化現象と言う奴にゃ! 氷河期なんて、ごめんなのにゃ!」
「ほうほう、博学なネコさんだね」
「退屈過ぎて、ロケットの中で色々学んだのにゃ! 太陽がもっと頑張って熱くならないから、地球は冷え切ってしまったのにゃ! このままのペースで行くとその内氷河期にゃ! サボるのはやめて、もっと本気を出すにゃ!」
「ふむふむ、なるほど」
太陽は、きらりといい笑顔で言います。
「それじゃあ、今年から少しずつ温度を上げていこう。何か問題があったら、また来てくれ」
「解ったにゃ! ありがとうにゃ! これで全ネコ類は救われるのにゃ!」
太陽は、飛び跳ねて喜ぶネコを見て、嬉しそうに笑います。
「それではさようなら、小さき者よ。私の熱さで燃え尽きてしまう前に、青い星へと帰りなさい」
「確かに、何かロケットがさっきからぴかぴか赤く光ってるのにゃ! 危険にゃ! さらばなのにゃ!」
太陽との交渉を終えたネコは、ロケットを反転させ、地球へ向けて出発します。
一月経ち。
ネコはやり遂げたと言う顔で、満足そうにロケットを飛ばしています。
二月経ち。
ネコは自分のなした偉業も忘れ、早く着かないかとロケットの中でうでうでしています。
三月経ち。
ついにネコを乗せたロケットは青い星へと辿り着き、そして。
突入角を誤り、大気圏で燃え尽きてしまいましたとさ。
老犬は、最近ネコを見ないなあ、と犬小屋の中で心配していました。季節は冬。雪まで降っています。
「真っ黒焦げになったにゃー! あっちっちだと思ったら、何だか寒いにゃー! どういうことだにゃー!」
そこに、あのネコが帰って来ました。
「おお、お帰り。最近見なかったけど、どこへ行ってたんだい?」
「そりゃ当然、太陽とお話して来たにゃー!」
ネコはえっへんと威張りながら、半年の間の出来事を老犬に語ります。
「へえ、それで大気圏って言う場所で燃え尽きたのか。良く無事だったな」
「無事じゃないのにゃ! 燃え尽きて死んだにゃ!」
「死んだ?」
老犬の目からは、ネコはぴんぴんしているように見えます。
「そうにゃ! でもネコは九つの命を持ってるから何とかなっただけにゃ! ないんらいぶすにゃ!」
「そう言えば、昔のネコは九つの命を持っていたと、聞いたことがあるな。現代のネコには、その力は失われてしまったと思ってたけれど」
ネコは寒さを防ぐため、犬小屋に入りながら言いました。
「まあ、十ネコ十色と言う奴にゃ。ネコの中には、命を百万個持ってる太ぇ奴もいるにゃ。それにしても寒いにゃ! でも太陽に話をつけて来たから、今年はマシな方なのにゃ! それでも寒いにゃ! 暖めろにゃ!」
老犬は自分の懐にネコを座らせると、ぐるりと囲むようにネコを包みます。
「しかし、無茶をしたものだな。本当に太陽と会うとは」
「まあ、これがネコのサガだから仕方ないにゃ! 好奇心ネコを殺すと、昔から言うのにゃ!」
こうしてネコは、いつもより少しだけ暖かい冬を、老犬とぬくぬく過ごしましたとさ。
めでたし、めでたし。
説明 | ||
誰に捧げるでも無い。 | ||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
912 | 785 | 12 |
コメント | ||
⊂⌒~⊃´∀`)⊃お読み頂き、有り難く候。(crazytom) とても温かい気持ちになりました〜w いつまでもワンちゃんと仲良くぬくぬくしてほしいです^^(逢坂はるき) ⊂⌒~⊃´∀`)⊃ねこは正義(crazytom) |
||
タグ | ||
クレイ寓話 現代ファンタジー | ||
crazytomさんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |