レッド・メモリアル Ep#.01「新たなる歴史 Part1」-2
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《プロタゴラス市内》 53丁目

 

4:18 P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 『タレス公国軍』の準備はセリアが思った以上に早かった。

 

 どうやら自分がヘリに乗ってくるまでに、偽造の身分や、潜入捜査に必要なバックアップ、監

視装置などを用意しておいたようである。

 

 おかげで、一週間はかかるという潜入捜査の準備は、セリアが《プロタゴラス空軍基地》を訪

れる、数時間以内で終わっていた。

 

 最初から自分を落とせる事を前提で、あのリーとかいう男は動いていたに違いない。セリア

はそう思った。

 

 そして、実際に彼はセリアを説き伏せた。どうもあの男は、油断ならない。

 

 ジョニー・ウォーデンのアジトが迫って来る。アジトとは言っても、彼らは表向きは、港の廃品

回収業者に過ぎない。

 

 もちろんそれは建前に過ぎず、ジョニー達の組織、ヤング・ソルジャーは、港の廃品回収業

者の建物内に、大量の武器弾薬を隠しているという事だった。

 

 だがその武器弾薬がどこにあるのかは、セリアも突き止められなかった。本当にどこに隠し

ているというのだろうか。

 

 セリアは、港の業者の建物の一つに入っていった。打ちっぱなしのコンクリートで作られた、

それほど大きくない無機質な建物。

 

(セリア、感度良好だ。そのまま行け)

 

 耳の中に耳栓よりも小さな通信機が入っている。その中に囁くようなリーの声が聞えてきてい

た。

 

 セリアは何も答えずに、建物の中へと入っていく。彼女の首から吊るしたペンダントの中にも

高性能のカメラが入っていて、近くに停車した車の中にいるリー達へとその映像が伝わってい

るはずだった。

 

 今ではセリアは、白いスーツに身を包み、シャツの首元をはだけさせていた。首から提げた、

カメラ入りのネックレスは少し目立つが、十分すぎるほど魅力的である点は完璧だろう。

 

 街のチンピラ程度が相手ならば、たとえ36という年齢のセリアであっても、その魅力でどうと

でもなる。油断を見せたところを一気に落としてやればよい。

 

 だが、ジョニー達はチンピラではない。れっきとしたギャングなのだ。十分な作戦と容易が必

要になる。

 

「ねえ、ジョニー、いる?」

 

 廃品解体器具の置かれている店内のカウンター。そこにいる若い男にセリアは尋ねた。以

前、ジョニーの組織に、元麻薬密売のやり手として潜入したセリアだったが、この男は知らなか

った。

 

 多分、新しく入った、下っ端の男だろう。ジョニー達のチームのメンバーは皆、あくまで廃品回

収作業員の格好をさせられる。この男もその例に漏れず、薄汚い作業着を着せられていたの

だ。

 

 十分に色っぽく見せてやっているセリアだったが、果たしてこの色仕掛けはこの男に通じるだ

ろうか?

 

 

 

 

 

 

 

(ねえ、ジョニーよ。知ってる?)

 

 セリアと、ジョニーの組織のメンバーとおぼしき若い男とのやり取りは、セリアが身に付けた

通信機によって、港の近くに停車した、リーと、捜査官の元へと送られていた。

 

(ジョニーなんて奴は知らねえ)

 

 セリア達のやり取りが聞えて来る。車内に取り付けられた光学モニターにも、はっきりと現れ

ている。ジョニーの姿をも確認できるだろうし、彼がボロを出せば、それもしっかりと記録に残る

のだ。

 

(じゃあ、こう言っておいて、セリアが戻ったって)

 

 とっておきの言葉を言い残すかのようにして、セリアは若い男にそういった。すると、若い男

は何かに驚いたかのように、ゆっくりと、廃品回収の受付カウンターから後ろへと後ずさる。

 

「どうやら、動き出したようですね」

 

 リーのすぐ側にいた、褐色肌の若い捜査官、デールズがそのように言ってきた。

 

「セリアがどう扱われているか次第だ。彼女は唐突にジョニーの組織から姿を消したんだから

な」

 

 油断ならない様子でリーが言う。隣のデールズは、まるで長時間の張り込みでもしているか

のようにコーヒーを飲んでいたが、リーは何も口にしていなかった。

 

「どうやら、伝説の捜査官のお手並み拝見という所ですね」

 

 と、若い捜査官は言った。デールズ・マクルエムは、ここ最近、リーの部署に配属されてきた

ばかりだ。士官学校を出てきたばかりで、まだ額面だけのエリート意識を見せているかのよう

ないでたちをしている。こういう連中はプライドが高い事をリーは身をもって知っていた。だが、

セリアを見るデールズの目は、どことなく輝いて見えた。

 

「ほう? 君もそう思うのか?」

 

 デールズと一緒にモニターを覗き込み、リーは言った。

 

「ええ、そうですよ。ありとあらゆる捜査を強引ながらも解決し、その摘発率は、80%以上。軍

の上層部でも話題だと聞きます」

 

 まるで憧れの大先輩を見るかのような目でデールズは言う。しかしリーは、冷ややかな目で

彼の顔を見た。

 

「ああ、そうだけれどもな、軍の上層部、そしては彼女の事を良く思っていない。つまり、その話

題と言うのは良い話題では無く、彼女にはあまり期待しすぎるなという事だ。君も上に睨まれた

くないのならばな」

 

「え、ああ、はい」

 

(やああ、セリア。久しぶりだ)

 

 モニターのスピーカーから、図太い男の声が聞えてきていた。リーは、すぐにモニターに映っ

た男を、過去の手配画像と一致させる。

 

「来たぞ。ジョニーだ」

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりね、ジョニー」

 

 と、セリアは言った。だが彼女はすでに警戒していた。廃品回収業者の建物の中にまんまと

入っていたセリアだったが、四方から現れた、ジョニーのチームのメンバーに囲まれていたの

だ。ジョニー自身もセリアの体の1.5倍はあろうかと言う体格をしていたのだが、現れたほか

のメンバーも皆、かなりの体躯だ。セリアの体があまりに小さく見えてしまう。

 

 セリアは潜入捜査をしたときに、これらの男達の名前も顔も前科も把握していた。どれだけ

注意すべき人物かという事も。

 

「本当に久しぶりだよ。しかし、実にオレはがっかりしていた。何しろお前が、突然いなくなって

しまったのだからなあ?いやあ、全く。オレの部下達は、そんなお前の事を、実は裏切り者だっ

た、なんて言ってしまう始末なんだ」

 

 ジョニーは楽しいものでも言うかのようにセリアに話してくる。自分が優位に立っている時は、

非常に悠々とした口調。それが、ジョニーの大きな特徴だ。だが、セリアは警戒の色をはっきり

と示さざるを得なかった。

 

「それは、心外ね」

 

 ジョニーに向けてはっきりと警戒の目を向けるセリア。大の男に囲まれていたが、怖気づいて

はいない。手も震えていないし、心拍数だって一定だ。

 

「だが、困ってしまったよ、セリア。いやあ、オレ達が行っているビジネスは、実にデリケートなも

のでね。ほんのちょっとの失敗も許されないんだ。いや、オレ自身は常に失敗をしないように警

戒している。だが、困ったことが時々起きてしまうんだ」

 

 そう言いつつ、ジョニーはセリアに近付いてきた。

 

 セリアは明らかに身構えていたのだが、ジョニーはそんなことなど気にもしていない。

 

「そういった、仲間の裏切りとか、疑惑とかって、ドロドロとした嫌なものだろう? 実にドロドロ

として、さわり心地も悪いし、気分も悪くなる。だけれどもな、そんな疑惑なんていうものも、セメ

ントみたいにいずれは固まる。そう、そのセメントのようにがっしりと固まってくるのさ。そうすれ

ば、何も問題は無い」

 

 ジョニーがセリアの腕を指差して言った。

 

 セリアは、突然、自分の左腕に感じた重みに思わずうめいた。何かと思って腕を上げてみる

とそこに現れたものに驚いた。

 

 ごつごつとしたセメントのブロックが、自分の腕に張り付いているではないか。しかも張り付い

ているなどというものではない。

 

 まるで手錠のように、コンクリートの塊が、左腕を、スーツの上から取り囲むかのようになって

締め上げている。

 

「な、何よ、これ?」

 

 ジョニーの部下に囲まれても落ち着いていたセリアだったが、さすがに動揺を隠せなかった。

すると、ジョニーの部下達は、苦笑を漏らしたようだった。

 

「どうも、お前がオレ達の中に入り込んだ、サツだって話を聞きつけたんだ。分かるか? お前

がサツだったって話さ。サツって言うのは、オレ達にとっちゃあ、ゴキブリみたいにしぶとく、し

かもどんな所にも入り込む。まさか、なあ? セリア? まさかお前が、なあ…」

 

 左腕に付けられてしまったコンクリートのブロックを取り払おうとするセリア。しかしそれは完

全に手錠だった。

 

 振り払うことなど出来ない。がっしりと腕にはまっている。どうやってこんなコンクリートのブロ

ックを付けられたのかさえ、彼女には分からなかった。

 

「お前がサツだなんて、なあ。変な噂だよな?」

 

 ジョニーはセリアのすぐ目の前に立ち、そう言って来た。もっと彼と距離を取らなければ、何

か武器を隠し持っていたら避けられない。

 

 だがセリアの後ろにも大柄な男がいたのだ。逃げようと思っても逃げられない。

 

(おい、セリア。どうした? 何が起こっている?)

 

 耳の中でリーが叫んでいる。そのくらい分かっているわ。でも、どうしようもないのよ。

 

「ええ、変な噂よ。そんな事、あるわけがないわ」

 

 セリアから漏れた言葉は、その場しのぎの発言でしかなかった。

 

「ほおお、そりゃあ疑って悪かった、セリア。だが、やっぱりきちんと確かめなきゃあだめだよ

な?」

 

 ジョニーがそういった瞬間、セリアはもう一方の腕にもずっしりとした重みを感じた。まさかと

思って腕を上げてみると、そちらにもがっしりとコンクリートの塊が取り付けられてしまっている

ではないか。

 

「何よ! これ!」

 

 両腕を、まるで手錠のようにコンクリートの塊が取り付いていたのだ。

 

「外に、ここから100メートルくらい離れた場所にだが、1台のバンが止まっている。何て事は

無い、目立たないデザインのバンさ。だが、この港では見ないやつだし、どうも様子がおかし

い。何て言ったってそのバン。お前が現れるすぐ前に現れたバンなんだからな?」

 

 ジョニーが耳元で囁く。セリアは、コンクリートを付けられた塊で、彼の顔を殴ってやる事もで

きたが、踏みとどまった。これは潜入捜査なのだ。再びジョニーの仲間にならなくてはならな

い。

 

 そう。彼がいくらセリアを弄ぼうとも、仲間にならなくてはならないのだ。

 

「バン? 知らないわよ、そんなの? 私と何の関係があるって言うの?」

 

 わざととぼけるセリア。手段と言えば、こんな方法しかないのだ。

 

「じゃあ、そのバンを調べても良いよな? 実はな、今日は港で大事な取引があるんだ。外部

に情報が漏れるとまずい。実にまずいんだ」

 

 取引、という言葉にセリアは反応した。

 

「何の取引よ?」

 

「さあな? だけれども、お前には後でじっくりと話を聞きたいと思っているんだ。オレと、お前の

仲だろ? 何でも話してくれるよな?」

 

 ジョニーもとぼける。彼の方が、今の状況では何手も先を行っていた。

 

 これが潜入捜査でなかったら、セリアは思わず唇を噛み締める。目の前にいる大柄な体の

男が『能力者』であろうと何であろうと、簡単に倒してやる事ができるのに。

 

「悪いなあ、セリア。お前を今回の取引に一緒に参加させてやるわけにはいかないんだ。何し

ろ、オレ達の大事な、大事な、取引がかかっているんだ。ここで大人しくしていな」

 

 するとジョニーはセリアの両腕に取り付けてしまっている、コンクリートの塊を掴む。するとどう

だろうか? 分かれていた2つのコンクリートの塊が、一つへと繋がってしまうのだった。

 

 しかも接着剤などで繋げられたのではない。セリアは、自分の腕がを拘束しているコンクリー

トの塊が、分かれていた状態から完全に、一体化するのを見ていた。ちょうど、ハンダゴテのよ

うなもので付けられてしまったかのように。

 

 一瞬で溶かして、また再び固めることができなければ、こんなに完全にコンクリートを一体化

などできないはずだ。しかしセリアは拘束されている腕を通して、熱い感覚を感じなかった。気

がついたら、コンクリートは一体化していた。

 

「私は、サツなんか知らないわ。ねえジョニー。私はあんたの所にもどってきてあげた。それだ

けで十分でしょう?」

 

 と、セリアが言っても、ジョニーは譲らなかった。

 

「ああ、その通りさ、セリア。だからお前がびびる事なんて何も無い。また友情を築き上げよう

ぜ」

 

 ジョニーはそう言ったが、瞬間、彼女の体を突き飛ばしていた。するとセリアの体は、廃品回

収場の壁の方へと飛ばされていく。その壁にしたたかぶつかると思ったセリアだったが、不思

議だった。

 

 彼女の体は、まるで沈みこむかのように、そのコンクリートの壁の中へとめり込んだのだか

ら。

 

 セリアの両腕を拘束しているコンクリートが、壁の中へと沈み込んでしまった。そして次の瞬

間には、壁は硬くなっている。セリアは両腕に手枷を付けられて壁に鎖で繋ぎとめられてしまっ

た囚人と化した。

 

「ジョニー! 久しぶりに会った友人に対して、失礼すぎるわよ!」

 

 とセリアは叫んだが、彼も、彼の部下達もセリアに対して、嘲り笑うだけだった。

 

「悪いが、取引が終わるまでだ。いいか?セリア。それが済んだら、じっくりと話し合おうや」

 

 ジョニーはそういい残し、その場からどこかへと向おうとする。部下達も一緒だ。ここからどこ

かへと向おうとする。

 

 取引で、と言っていたから、ジョニー達が向うのは、港に違いない。ジョニーは、何かと港で取

引をする事をこだわっている。何故かは分からないが、港で取引をする事が多い。

 

 この光景は、ネックレスに仕込まれたカメラによって、リー達へと情報が伝わっているはずだ

った。

 

 もしジョニー達が、取引によって、何らかの武器の密売をしていれば、彼らがその現場を押さ

えられる。そう願うしかなかった。

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「おい、セリア。大丈夫か?」

 

 突然ブラックアウトした画面、激しい物音を通信機から聞いたリーは、セリアへと呼びかけ

る。彼女に何かあったのか? 最期に聞いたセリアとジョニーの会話からして、彼女がジョニー

達に疑われているという事はほぼ間違いなかった。

 

「セリア! 聞えるか!」

 

 リーは再度呼びかける。

 

「駄目ですね、こりゃあ。通信機が壊れてしまっているし、ネックレスの方のカメラも、真っ暗

だ。最近のは凄く小柄にできているけれども、どうしてもデリケートだから、すぐにイカレちまう」

 

 デールズが、通信機の受信機を軽く叩きながら言った。

 

「直せないのか? 早く復旧させろ」

 

 リーはデールズにそう言ったものの、彼は慌てて否定してくる。

 

「だ、駄目ですよ。これじゃあ。壊れているのはあっちだから、どうしようもない」

 

「しまったな、突入するには早すぎる」

 

 リーは、自分の頭に着けているヘッドセットを軽く叩きながら考えた。ここで軍の部隊を突入さ

せてしまっては、潜入捜査は台無しになる。ジョニーが『能力者』で、テロリストと何らかの取引

をする現場を押さえなければ、彼はすぐに釈放されるだけだ。

 

「どうするんですか? トルーマン少佐?」

 

 デールズは慌てて、リーに尋ねて来るが、彼は頭をフル回転させていた。

 

 こうなった以上。とるべき選択は一つしかない。

 

「港の倉庫の屋上に、部隊を派遣しろ。ジョニーが近く、何者かと取引をするのだというのなら

ば、その現場を押さえる」

 

 だが彼の言う取引は、ジョニーが、セリアという(多分、彼らはセリアを警官だとでも思ってい

るのだろう)存在がやって来た事で、中止になるため、確実に押さえられるという保証はなかっ

た。

 

 取引はジョニー達の警戒か、彼らの取引相手の警戒により、中止か延期になるかもしれな

い。

 

「トルーマン少佐。本部へと連絡して、部隊を動かしますか?」

 

 だが、デールズがそこまで言いかけたとき、リーは何かの物音を聞きつけた。

 

「待て。静かにしろ、何かがおかしい」

 

 その刹那、突然、2人と運転手の乗ったバンに、一発の銃弾が当たってきていた。バンの中

へと飛び込むことはなく、銃弾はバンの装甲によって弾かれる。

 

 続いて2発目の弾丸が発射された。それは、バンの装甲に再び当たる。3発、4発。さらには

数え切れないほどの勢いで銃弾がバンに命中してきていた。

 

「伏せろッ!」

 

 リーはデールズをかばって、狭いバンの床に共に身を倒した。

 

 銃弾は連続してバンの装甲に叩き付けられる。

 

 リー達の乗ったバンは、表向きこそ、うぶれて年季の入ったバンにしか見えないが、内装は

装甲によって作られており、そうそう簡単に銃弾が貫通してくる事はない。徹甲弾ならまだしも

だが、襲撃者は従来のマシンガンを使っている。

 

 数発もバンに撃ち込まれると、マシンガンの音は止んだ。外で何人かが話している。

 

「外部マイクに変更します」

 

 デールズがそう言って、身を起こして計器類の一つを操作した。

 

「こりゃあ駄目だ。ただのバンじゃあねえッ!」

 

「まるで、戦車だぜ。何でこんな所にこんなモンがありやがるんだ?」

 

 外で口々に言い合っているのは、ごろつきのような口調をした男達だ。おそらくジョニーの仲

間達だろう。

 

 さっき、ジョニーはこのバンの存在をセリアに指摘していた。おそらく、部下を確認にやったの

だ。

 

「早く、バンを出しましょう」

 

 デールズがそう言った。

 

「いや、このバンが装甲車で、しかも中に私達が乗っていると、ジョニーに知れたら、潜入操作

は続行できなくなる。セリアもどうされるかわからん。捜査は無意味に終わるだろう」

 

 リーが言ったとき、外部音声を集めているマイクから、外の男達の声が聞えて来る。

 

「おい、中を調べてみようぜ」

 

「いいや、さっさと、ジョニーに報告だ。ヤバいものを見つけたってな!」

 

「いやいや、もっといいものがあるぜ」

 

 口々に言い合う3人の男達。その内の一人が何かを持っている事を、リーは外部カメラで確

認した。

 

 細長いスーツケースのようなものだ。ごつごつとした作りで、民間の製品には見られないよう

なもの。

 

 だが、そのケースを持った男が、中から取り出したものを見て、リーは、更にこの状況を打破

する必要性に迫られた。

 

 外の男は、スーツケースから対戦車用のロケットランチャーを取り出し、リー達の乗ったバン

の方へと向けていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

《プロタゴラス港》6番埠頭

 

 

 

 

 

 

 

 ジョニー・ウォーデンは部下を5人連れ、《プロタゴラス港》の6番埠頭へとやってきていた。

 

 ここで、ある取引が行なわれる。準備は万全だった。

 

 だが、唯一の心残りがセリアだ。あの女が警官か、何かの政府の捜査機関の捜査官である

かもしれないという事は、以前にセリアがふっと現れて、またふっと消えてしまった事からも、ジ

ョニーは警戒していた。

 

 しかし、あの女の持つ、薔薇の花とそのトゲの関係にも似た、美しさと凶暴さは、そこらの警

官には無いものだ。むしろ自分達の方に近い存在とさえもいう事ができるだろう。

 

 ジョニーはそう思い、一時はセリアに心を許してさえいたのだ。それなのに。

 

 セリアが刑事か、政府の捜査機関か、そんな存在だと分かってしまってはどうしようもない。

もしかしたら、この取引の事を嗅ぎつけたのだろうか?

 

「なあ、ジョニー。今日の取引は中止にしたほうが良いんじゃあないのか?」

 

 ジョニーの部下の一人が彼に言った。

 

「馬鹿言っちゃあいけねえ。この取引はな、ただの武器とか麻薬の取引とは違う。一世一代の

大勝負なんだよ」

 

 ジョニーは部下に喝を入れるかのようにそう言った。

 

「だ、だがよォ。サツが来ているんだぜ。さっき見回りに行かせた奴らも、おかしなバンを見つ

けたって」

 

 別の部下がそう言って来たもので、ジョニーはその部下の胸倉を掴んで体を持ち上げた。ジ

ョニーの方が何センチも身長は高かったから、部下は足をばたつかせる。

 

「おい、お前頭の中空っぽか? これは、オレの人生がかかっている取引なんだよ! こんな

港を仕切って腐っていくだけの奴じゃあないって事はお前にも分かるよな? だから、オレはこ

の取引で人生を変えていってやるのさ」

 

 ジョニーはそこまで言うと部下の体を放り出した。

 

 するとその時、

 

「やあ、ジョニー・ウォーデン君。どうやらトラブルのようかね?」

 

 港の埠頭に現れた一人の男。その男は一人、女を連れている。2人ともスーツ姿だ。男の方

はサングラスをかけている。企業のビジネスマンというよりもむしろ、政府機関の人間にさえ見

える人物達。

 

 いつもならば身構えるジョニーだったが、この男と女は知っていたから、警戒を緩めた。

 

「いいや、大したトラブルじゃあない。ちょいと部下が生意気な口を利いたんでね。説教さ。だ

が、大したものじゃあない。オレは部下に手を上げる主義はねえんだ」

 

 と、ジョニーが言うと、彼の取引相手である、長身のサングラス男は一歩歩んだ。その背後か

ら女も同じように歩幅を合わせる。

 

「ほう、そうかね。それで、“商品”は用意してあるのかね? 次の機会には、すぐに取引できる

ようにと、言っていたが?」

 

「ああ、まあな。そっちこそ、ちゃんと金を振り込めよ」

 

 と、ジョニー。

 

「もちろんだ。我々はしっかりと取引をし、必ず相手には報酬を振り込んでいる。それも、君達

のような、組織のようなグループでは10回の武器取引をしても手に入らないような額をね。だ

からこうして、我々はビジネスを続けてきている。

 

 だが、やはり“商品”は見せてもらわなければね」

 

 ジョニーの目の前にいる男は、きちんと順序だてて物事を話している。まるで子供にでも聞か

せるかのように。

 

 まるで自分達を子供使いしているんじゃあないのか、とジョニーは思いかけたが、大切な取

引を、下手な感情で不意にしたくはなかった。

 

「お前の望んでいる“商品”なら、目の前にいるぜ」

 

 ジョニーは含みを込めて言った。だが、男はさして驚かなかったようだ。

 

「ほう? では、まさか君が?」

 

「ああ、そうさ。オレ自身が“商品”だ。オレの持つ『能力』がな。てめーらに、最高の値段で売り

つけてやる」

 

 ジョニーは声も高らかにそう言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ジョニー達の根城である、廃品回収業者の建物に、腕を固定されて拘束されているセ

リアは、急いでこの場から脱する方法を考えていた。

 

「ねえ、ジョニーは一体、何の取引をしようって言うのよ? どこへ行ったの?」

 

 セリアは自分を落ち着かせながら、彼が一人だけ見張りに置いて行った部下に話しかけてい

た。

 

 だがその部下は新顔で、セリアの事など、この場で初めて知ったらしく、椅子に座りながら、

雑誌を読んでいた。

 

 ジョニーが側においている者達のように、特に大柄でもない。痩せている上に、若造にしか過

ぎない。ただの街のチンピラの成り上がりだ。

 

 雑誌、と言っても、小型の基盤が取り付けられた透明なディスクから、ホログラムで空間に表

示される、光学的な紙面で、昔ながらの雑誌とは大分異なる。

 

「さあ? 知らねえな? オレは何も聞いちゃあいねえ」

 

 と、部下は知らん顔で言ってくる。本当に彼は何も知らないようだったが、聞き出している価

値はありそうだ。

 

 今の状況のままでは、潜入捜査が全て無駄になる可能性もあった。だが、現在、取引が行な

われているというのならば、その現場を押さえてしまえば、ジョニー達を拘束できる、具体的な

証拠を掴めるかもしれない。

 

 セリアはそう思い、ある行動に出ることにした。

 

 彼女は心を落ち着かせた。焦ることはない、自分には必ずできる。これを使うのは、割と久し

ぶりだったが、軍の捜査機関で荒っぽい仕事をしていた時は何度も使ってきた。

 

 だからできる。要は焦らない事が大切なのだ。

 

「ねえ、あなた? ジョニーの所は長いの?」

 

 セリアはそれとなく、ジョニーの若い部下に尋ねてみた。

 

「いいや、半年くれえかな?」

 

 彼は雑誌の電子画面に目が行ったままで、セリアの方を向いていない。しめたとばかりにセ

リアは更に集中した。

 

「彼っていい人?」

 

「まあ従ってさえいりゃあな」

 

 そう答えた瞬間、ジョニーの若い部下は、自分の目の前にセリアが立っている事を知った。

 

「あらそう? それは良い人ね」

 

 相手が何かをする間もなく、セリアは、手に付けられた、半分溶けかかっているコンクリート

の塊で相手を殴りつけ、怯ませた。

 

 さらに、セリアの腕を拘束していた腕から、ぼろぼろと、コンクリートの塊は剥げ落ちていく。

 

 コンクリートから解放されたセリアの腕は、ジョニーの部下の若い男の喉笛を掴んでいた。

 

「ジョニーはどこへ行ったの?」

 

 セリアは相手の喉笛を掴んだまま、彼の体を持ち上げていた。セリアは相手の男よりも若干

背は低かったものの、腕を挙げれば、まるで軽いものを持ち上げるかのように持ち上がってい

た。

 

「し、知らねえよ」

 

 そう男が答えたのも束の間、彼の声は絶叫に変わっていた。

 

 セリアが手袋をしたままの腕で掴んでいる男の喉。そこから煙が上がり、肉を焼く音が聞えて

きていたのだ。

 

「どこよ? 答えなさい」

 

 そう言い放った、セリアの体は、うっすらとオレンジ色に発光していた。特に手の部分がぼう

っと光を放つ。

 

「港、み、みな…、と。ろ、6番ふ、とうだ…」

 

 男は、焼かれている喉から、必死になって声を漏らしていた。

 

「そう、教えてくれてありがとう」

 

 そう言うなり、セリアは相手の喉から手を離した。若いジョニーの部下は、廃品回収工場の床

の上に力なく投げ出される。彼の体からはまだ煙が上がっていた。

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 セリアは、目の前で喉を押さえながら悶絶した男の姿を見やった。

 

 大丈夫。命には別状はない。ただ、きちんと医者に見てもらわなきゃあ、一生掠れた声を出

し続ける事になるでしょうね。

 

 セリアはそのように思い、自分の手を見つめた。ホットプレートのように熱を持った、セリアの

手。それは自分自身の体に触れる事も危険だったから、熱が冷めるまでは、自分の手に触れ

ないよう、彼女も気をつけながら行動した。

 

 男の体はその場に置き去りにして、そのまま、ジョニー・ウォーデンのアジトから外へと飛び

出していく。

 

 もう夕暮れ時だった。あと1時間ほどで日が沈んでしまう。ジョニー達は取引で出かけると言

っていたから、それよりも前に彼らを抑えなくてはならない。

 

 セリアは携帯電話を取り出した。すでに彼女の手は冷め始めていて、携帯電話に手が触れ

ても平気だった。

 

 だが、電話はいつまで経っても繋がる気配がない。

 

「リー。何やってんのよ。連絡は密に、でしょ! まったくもう!」

 

 セリアは荒々しく携帯電話を閉じた。ジョニー達は、怪しげなバンを発見したと言っていたか

ら、もしかして、リー達は襲われているのかもしれない。

 

 なら、彼らの確認だけでもしておくべきか、とセリアは迷う。リー達のバックアップが無けれ

ば、この捜査は失敗に終わってしまう。

 

 しかし、ジョニー達は取引に出かけたのだから、任務を優先するしかない。危険だが、バック

アップ無しで、彼らを抑えるしかないようだった。

 

 セリアは駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 リー達は自分達の乗ったバンに向けて、ロケットランチャーを向けてくる男の姿を、モニター

越しに見ていた。

 

「参ったな。あんなものを持ち出してくるとは!」

 

 外部モニターを見ながら、リーが苛立ち混じりに言った。男は照準を定めて、今にもリー達に

向ってそのミサイルを発射して来ようとしている。

 

「どうしますか? 外に脱出して、交戦するしかないでしょう!」

 

 一緒にバンに乗り込んでいる、デールズがリーに言った。

 

「ああ、そうだな。だが私一人で十分だ。お前達はここにいろ」

 

 そう言って、リーは銃を一丁取り出した。何の変哲も無い。ただのオートマチック銃だ。

 

 リーはそれを手に持ったまま、外へと飛び出していこうとする。

 

「ちょっと待ってください! そんな銃一丁ばかりで、いったい何ができるって言うんです!?」

 

 デールズは叫ぶ。しかしながら、リーはまるで聞く耳を持っていないかのようだった。

 

 リーは銃を片手にバンの外へ飛び出していくなり、ロケットランチャーを構えている男に向け、

ためらい無く銃弾を発射した。

 

 一瞬、リーの銃がフラッシュライトでも照射したかのように光ったのを、デールズは目撃した

事だろう。

 

 しかし、ロケットランチャーを構えた男の方も、リーが銃弾を発射したのとほぼ同時にミサイ

ルを発射していた。

 

 リーの背後にあるバン目掛けて、そのミサイルは飛んでいく。

 

 リーの放った弾丸も、男目掛けて飛んでいった。途中、ミサイルと弾丸がすれ違う。ほんの、

0.1秒にも満たない、極僅かな一瞬。あまりに大きさが違いすぎる両者。しかし、ミサイルとす

れ違う瞬間、弾丸は激しい光を放った。その光と共に、弾丸は空間に何かを残す。

 

 そしてそのまま飛んでいった。

 

 ほぼ同時に発射された、ミサイルと弾丸だったが、リーの弾丸の方は、先にロケットランチャ

ーを持った男を倒していた。

 

 それ自体は正確な銃撃だった。相手を殺傷するに十分である。

 

 一方でミサイルの方は、弾丸が放った光の位置で静止していた。空中でただ静止しているの

ではない。受け止められていたのだ。

 

 それも光の網によってである。空間に突如として現れた光の網は、ロケットランチャーを確実

に捉えていた。まるで網で物を包み込むかのようにして、空間に繋ぎとめている。

 

 光の網自体は、道路の路面、さらには、古い電柱へと繋ぎとめられていて、大の男をも捉え

られそうなほどの大きさの網を創り上げていた。

 

「野郎ッ! 何をしやがったッ!」

 

 バンに迫って来た男は、ロケットランチャーを担いだ一人だけではない。別の方向からリーに

迫る男。手には銃を持っており、それをリーに向って撃ち込んできた。

 

 明らかに相手の方が先制だった。リーは銃をロケットランチャーの男の方へと向けたままだ

ったからだ。彼がバンを飛び出してから2秒も経っていない。

 

 銃弾はリーへと向った。しかし彼はその弾丸の軌道を、自分に到達するよりも前に先読み

し、素早く避けた。

 

 それは目にも留まらぬ動き。おそらく並大抵の人間ならば目視することなど出来ない。

 

 リーは弾丸を避け切った後で、素早く撃ってきた男へと2発の弾丸を撃ち込んだ。

 

 リーが銃を撃っている隙にも、相手の男は弾丸を彼へと撃ち込んできていたが、それは、リ

ーが放った2発の弾丸から出現した網が、細かい目を空間に張り、全て受け止めてしまうのだ

った。

 

 リーの放った2発の弾丸は、正確に、彼と対峙した男に迫る。

 

 更に背後から3人目の男が迫る。しかしその男に向って、リーに続いてバンから飛び出してき

た、デールズがテイザー銃(発射式のスタンガン)を放った。

 

 細かい電極を体へと打ち込まれた男は、激しく打ちひしがれたかのように体を痙攣させる。し

かし気絶するまでテイザー銃の電極からは電流が流れ続けた。

 

「まさか、あなたも『能力者』だったなんて、知りませんでした」

 

 デールズが、感心したようにリーの方を見つめて言った。しかしリーは、

 

「おいッ! さっさと運転手をバンから降ろせ」

 

 と、デールズとバンの運転手に向って言い放った。運転手はびっくりしたかのように、慌てて

バンから飛び降りた。

 

「悪いが、『能力者』というのも万能じゃあない。私の『能力』にも不十分な所がある…」

 

「な、何ですか? それは」

 

 デールズがそういいかけた時だった。

 

 直後、光の網から解放された、ロケットランチャーのミサイルがバンへと飛び込んだ。瞬間、

バンは吹き飛び、猛烈な衝撃波を放つ。

 

 デールズと運転手はその爆発に巻き込まれることは無かったが、衝撃に押し倒されてしま

う。

 

 リーは、その爆風を受けても平然と、バンの方を見つめていた。

 

「それは、光の網の強度が、ミサイルを防ぐのに十分じゃあないって事だ…」

 

 静かにそういったリー。

 

 彼は目の前で、自分達がいままで乗っていたバンが粉々に吹き飛んでしまっても、まるでロ

ボットのような表情を絶やさなかった。

 

 眉一つさえ動かさなかったかもしれない。

 

 デールズはそんなリーの姿を見て、この男は、ただ軍の上層部にいる連中とは根本的に何

かが違う。という事を知った。

-4ページ-

「さあ、どうするんだ? このままオレを連れて行くっていうのかよ?」

 

 ジョニー・ウォーデンは、スーツ姿の2人へと近付き、そう尋ねた。目の前の2人は、ジョニー

にとっても得体の知れない連中だったが、この取引に参加する以上、怖れている必要は無か

った。

 

 何しろ彼らが欲しい“モノ”は、目の前のジョニー自身に他ならないのだから。ジョニーは自分

に手出しがされない事をすでに確信していた。

 

 港に夕日が差し込む。スーツ姿の男女は、ごろつき同然のジョニーの仲間達に囲まれても、

表情一つ変えなかった。

 

「ああ、連れて行く。我々が、君の『能力』を本当に使えるものだと判断したら、だがね…」

 

 男の方がそう言って来た。

 

「それだけじゃあねえ。オレ達がちゃんと金を受け取らないと意味が無いぜ? 取引ってのは、

お互いが納得して初めて成り立つもんだろう? オレはボランティアでお前達に協力するわけ

じゃあねえんだ」

 

 ジョニーはそう言った。

 

「もちろんだ。だが、我々の支払いは済んでいると言ったはずだぞ。チェックしたまえ」

 

 そう男はジョニーに言った。彼は何のためらいを見せる事も無く、当然の事であるかのように

言っている。

 

「おいチェックしろ。オレの口座だ…」

 

 そんな、怖れも何も知らないかのような男達の態度に戸惑いつつも、部下に指示を出すのだ

った。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、セリアは単独で港へと乗り込むことにした。

 

 リー達とは連絡が付かないし、一刻を争う様子だったからだ。それにジョニー達はまだセリア

が、軍の人間だと言う事を知らない。

 

 つまりまだ潜入捜査は続いているという事なのだ。

 

 港のコンテナ群に身を隠しながら、セリアは移動していった。ジョニー達の取引場所には見当

が付いている。それは、以前の潜入捜査で、セリアは、港における彼らの縄張りを良く知って

いたからだ。

 

 腕にくっついていた、細かいコンクリートの破片。セリアは手で触れることによって、さらにそ

れを溶かした。

 

 コンクリートの塊を、一瞬のうちに手錠のようにセリアの腕にはめ込む。さらに、その腕をコン

クリートの壁へとめり込ませてしまうなんて、ただの人間には出来ない。

 

 セリア自身も、自分の手で触れるだけで、コンクリートの破片を、熱し、高温によってどんどん

溶かしていってしまう事ができる。セリアのやっている事も、ただの人間にはできる事ではない

だろう。

 

 だが肝心な事があった。それはジョニー自身も、セリアと同じような『能力者』であるという事

だ。

 

 彼は、自分自身の『能力』を使う事によって、それを武器密売へと応用しているに違いなかっ

た。

 

 だったら、軍の職務に復帰した以上、セリアにはその現場を押さえるという義務がある。何に

変えてもだ。

 

 やがて彼女は、港にいる数人の人間を見つけた。

 

 あれは、ジョニー達に違いない。コンテナ群の隙間を縫うように移動していき、セリアは、ジョ

ニー達に近付いた。

 

「ジョニー。確かにあんたの口座に振り込まれている。間違いない。話を付けたのと同じ額だ」

 

 そう言ったのは、ジョニーの部下の一人だった。

 

「そうか。よし。へへへ。ありがとよ…」

 

 ジョニーの顔が笑みを浮かべている。元々、ニヤニヤとした表情をよくする彼だったが、ここ

まで笑みを浮かべることは無かった。

 

 ただ単なる一回の武器密輸が成功したというわけではないようだ。ジョニーの笑みには何

か、彼自身にとって未だかつてないほどに大きな、プラスになった出来事を意味している。

 

 一体、何の取引をしているというのだ?セリアが見渡す限り、彼らが専門としている武器弾薬

は見つけることが出来ない。

 

 ジョニー達が武器取引以外の何かに手を出し始めたのだろうか?しかし、彼らが密売しよう

としている何かしらの“商品”が見当たらない。

 

「では、ジョニー・ウォーデン君。君は私達と一緒に来てもらおうか」

 

 聞きなれない男の声が、港の埠頭に響いた。セリアは物陰から、その男の方を注目する。

 

 男の他に、女がひとり。二人とも地味な色合いのスーツを着ており、セリアが見る限り、どこと

なくその姿は役人風だった。

 

 セリアの知らない人物が、ジョニー達と何かしらの取引をしている。これは警戒する必要があ

りそうな出来事だった。

 

「おい、大変だぜ。ジョニー」

 

 と、ジョニーの背後から一人の部下が言った。

 

「な、何だ? こんな時に?」

 

 少し苛立たしげな様子でジョニーが尋ねる。

 

「ミッチ達が、変なバンを見つけたってんで、探りを入れていたんだ。だけどさっきから連絡が

無かったから、もう一人送ったら、ミッチ達がやられているのが見つかったんだってよ!」

 

「な、何だと、それはどういう事だ?」

 

 ジョニー達が慌しくなる。バンとは、リー達が乗ってきているバンの事だ。それに、部下がやら

れた、という事は、リー達のバンに襲撃をかけて、逆に倒されたということだろう。

 

 事もあろうか、セリアではなく、リー達の方から潜入捜査がバレてしまう事になろうとは。

 

 セリアは、手袋をはめた自分の手を握り締めた。

 

「どうやら、面倒なことになってきたようだな? ジョニー・ウォーデン君?」

 

 スーツ姿の男の方が言った。

 

「へ、た、大した事じゃあねえぜ」

 

 ジョニーが戸惑いつつもそのように言った。もう少しセリアはコンテナの陰から、彼らの動向

をうかがう。

 

「だがウォーデン君。我々はすでに言っておいたはずだ。この取引は非常にデリケートなもの

だと。いかなる失敗も、支障も許されないと。君の部下が発見していたバンとやらに乗っていた

のは、警察か、それともどこかの捜査機関か」

 

 スーツ姿の男が冷静にそのように言い放つ。しかし、

 

「う、うるせえ。すぐに何とかするからよ。おい!全員散って、バンに乗っていた奴らを見つけて

来い!」

 

 と、ジョニーが言い放つが、

 

「こ、この港でか?だって、港の作業員だっているんだぜ?」

 

「いいから、この辺りにいる怪しい奴らだけ捕まえて来い!警備員の連中だっていい!」

 

 ジョニーは大分あわてている様子だ。その慌てぶりから、彼がこの取引にどれだけのものを

賭けているかが伺えるかのようだ。

 

 だが、黒いスーツの男は無情にも言い放った。

 

「残念だなあ、実に残念だよ。君は、今まで何件もの武器取引を行ってきた。それでついにマ

ークされてしまっていたようだな?安全だからと思ってここまで来たというのに。これでは話が

違う」

 

 そう言いつつ、ジョニーから、スーツの男は、後ずさる。

 

「お、おい、てめーら!一体何を言っているんだ!」

 

「気付いていないか?ウォーデン君?“君は囲まれている”いや、私たちも、と言った方が良い

だろう。全く。君はどうやら、政府から相当な大物だと思われていたようだぞ」

 

 スーツ姿の男の声にセリアははっとした。自分がここにいる事がバレてしまったのか?

 

 だが、そうでも無いようだった。ジョニー達は、セリアがいるコンテナよりもさらに広い範囲を

見つめている。

 

「何よ!あいつ、一体何をする気なの!」

 

 セリアは思わず口に出していた。何故なら、彼女が見上げた、自分の背後のコンテナから

は、銃を構えた武装部隊が現われていたからだ。

 

 おそらく十数名はいる。一斉に銃を構えて、それをジョニー達へと向けていた。

 

「お前たちは完全に包囲されている!大人しく投降しろ!」

 

 拡声器から聞こえてくる声。見上げれば、セリア達の頭上には、『タレス公国軍』のヘリまで現

われてきていた。

 

 これじゃあ、潜入捜査が全部不意になるじゃあない。セリアは思った。こんな事をすることが

できるのは、あのリー・トルーマンしかない。彼らがけしかけたのだ。

 

 最前線で動いているセリアの事など考えもせずに。

 

「悪いがジョニー君。君たちとはここでおさらばだ。これ以上付き合っていられないね。“会社”

のためでもある」

 

 黒いスーツの男女は、ジョニー達とは距離を取って、埠頭に停泊しているボートの方へと向か

いだした。

 

「おい!お前たち!そこで止まれ!」

 

 と、拡声器から響き渡る声、たぶん部隊長だろう。

 

 だが、その男女は止まろうとはしなかった。代わりに、埠頭に停泊している船から突然、機銃

掃射が始まった。

 

 町中のチンピラが持っているような銃とは桁が違う。重機関砲が、船から次々に銃弾を発射

した。

 

 その銃弾は、『タレス公国軍』のヘリに次々と直撃した。あっと言う間にヘリは火と煙を上げ、

港へと落下していく。

 

 ズシンと来る重い音が港に響き渡った。

 

「おい!ジョニー!今の内だ!さっさと逃げるぜ!」

 

「くっ!」

 

 ジョニーの部下が、混乱の中で、ジョニーの体を引っ張って連れ出そうとしたが、ジョニーは、

一番肝心なものを取り逃したかのような表情で、港の先にある船を見つめていた。

 

「おい!ジョニー!」

 

 と、彼の部下が叫ぶ。スーツ姿の男女が乗ってきた船からは機銃掃射が続いていて、武装

部隊の方は手出しができていない。

 

 ジョニー達がこの場を脱出するならば、今しかないだろう。

 

 彼は名残惜しそうに外を見つめていたが、部下に引っ張られ、埠頭の外へと連れ出されよう

としていた。

 

 部隊はジョニー達よりも、機銃掃射をしてくる船の方へと集中していた。今のままでは、ジョニ

ーを逃してしまう。と判断したセリアは、思わず外へと飛び出した。

 

「待て!ジョニー!」

 

 と、叫び、セリアはジョニーの後を追った。彼らはアジトの方へと逃げていこうとしている。

-5ページ-

「おい!お前!手を挙げて投降しろ!」

 

 ジョニーを追い、港のコンテナ群の中へと飛び込んだセリアは、眼の前に現れた武装部隊の

隊員に銃を向けられた。

 

 だが、

 

「邪魔よ!どいていなさい!」

 

 と、セリアは言い放つなり、その部隊員を拳で殴りつけ、あっと言う間にのしてしまった。

 

 コンテナの先へとジョニーは逃げていく。

 

 あいつを捕える事が目的だろう。今更、私を捕えて、あいつを取り逃したら一体この捜査は

一体何だったというのだ?

 

 セリアは素早く携帯電話を取り出して、さっきかけた番号にかけ直した。

 

 

 

 リーは、自分の胸ポケットで鳴りだした携帯電話を素早く取った。彼自身は小型無線機を着

けていた為、部隊との連絡は、無線で行なうことができる。

 

 携帯電話で連絡をしてくるのは、一人しかいなかった。

 

「どうしたセリア?突然連絡を断って、無事なのか?」

 

 港の方から激しい銃撃音が聞えて来る。だが、部下のデールズを従えながらも、リーは、まる

で平穏とした草原を歩くような足取りだった。

 

(ちょっと!あんたどういうつもりよ!部隊を突入なんかさせて!この捜査を駄目にするつもり

なの!)

 

 電話先からも銃撃音が聞えて来る。セリアの方も激戦状態となっているようだ。

 

「奴らの取引相手が現れた。もうこれ以上泳がせる必要は無いだろう?だから、部隊を突入さ

せたまでの話だ」

 

 リーは冷静にそう言いながら、銃撃戦が行なわれている埠頭の方へと歩みを進めていく。

 

(ジョニーが逃げているのよ!それに、奴らの取引相手は、予想以上の相手よ!あんたが派

遣した部隊は苦戦しているわ)

 

 と、電話先からセリアが大声で言ってくる。

 

「セリア?お前はジョニー・ウォーデンを追っているのか?」

 

 リーが尋ねると、すかさずセリアは答えてくる。

 

(ええそうよ。あんた達の部隊が、下手に手を出そうとしたから、こいつは、¥脱出しようとして

いるのよ!)

 

「だったら、セリア。お前は、ジョニーの後を追え。奴を捕らえろ」

 

 少しも考えることなく、リーは冷静にセリアにそう言い放った。すると彼女は、

 

(言われなくてもやっているわよ!)

 

 と荒々しく言い放つなり、電話を切ってしまった。

 

 リーは電話を閉じると、今度は無線機の方の部隊に向って言う。

 

「α部隊聞えているか?相手は何人だ?」

 

 すると、今度も激戦地、しかもさっきのセリア達よりも近い銃撃音が響き渡ってくる。

 

(こちらα部隊!現在、少人数の武装勢力と交戦中!現在、沖合いへと一隻の船が、攻撃を

行ないながら逃走している!)

 

 それは、リーが派遣した部隊の隊長の声だった。

 

「隊長。沖合いへと逃走している船は、ジョニー・ウォーデンが取引を行なおうとした2人を乗せ

ているのだな?」

 

 冷静に、確認を取るかのようにリーが尋ねた。

 

(はい!そうです。2人の男女はその船に乗り込みました!)

 

 すかさずリーは、

 

「よし、隊長。何としてもその船を逃すな!絶対に捕えろ!」

 

(しかし、相手は重機関砲を、2台船に設置しています!更に、こちらの銃器の射程からは遠く

離れてしまって)

 

「ならば、ヘリを派遣して捕えさせるようにする。何としてもその船を逃がすな」

 

(了解)

 

 隊長がそのように言うと、リーは思わずため息を付いた。しかし、手には油断無く銃が持たれ

ており、いつ誰が現れても発砲できる姿勢ではある。

 

「あの、トルーマン少佐」

 

 背後からそう言って来たのは、彼の部下のデールズだった。

 

「何だ?」

 

「い、いいんですか?セリアさん一人じゃあ、ウォーデンを逃してしまいますよ」

 

 と、銃を片手に持ち、いつ発砲してもおかしくないようなリーに、彼は恐る恐る言うのだった。

 

「じゃあ、君が追ったら良いだろう?」

 

「え?」

 

 突然のリーの言葉に、デールズは戸惑った。

 

「ジョニー・ウォーデンなど小物だ。逃がしたって何の支障も無い。街のチンピラ一人のため

に、我々軍が動くと思うのか?」

 

 冷ややかにリーは言うのだった。

 

「ジョニーの事などセリアに任せておけ、奴は所詮、黒幕に近付くための足がかりに過ぎん」

 

 そういって、リーはさらにその脚を埠頭の方へと向わせた。デールズもその後に続いた。

-6ページ-

 セリアは、ようやくジョニー達を、港の入り口付近で追い詰めていた。

 

 彼らは、港の裏口から、高い塀をよじ登って外へと脱出しようとしていたが、その隙にぴった

りと背後から付けていたセリアが追いついたのだ。

 

「ジョニーッ!」

 

 セリアは叫び、彼らへ急接近していく。そんな彼女の姿を見たジョニーは、再び心底驚いたよ

うだった。

 

「セリア?何故こんな所にいる?お前は、アジトで動けないはずじゃあ?」

 

 警戒する、共に逃げてきていたジョニーの仲間達。だが、セリアは、そんな仲間の内の一人

を拳で殴り付け、気絶させてしまうとジョニーに近付いた。

 

「て、てめえ!何をしやがる」

 

 と言い放ち、ジョニーの部下の一人が彼女へと銃を向けた。だがセリアは臆する事なくジョニ

ーへと近付く。

 

「ま、まさか。セリア、てめえ、サツだったのか?お前がオレ達を売ったってのか?」

 

 ジョニーはそう言い、まじまじとセリアの顔を見つめた。どうやら彼は、最後までセリアが警察

や政府の捜査機関関係者と信じたく無かったようだ。

 

 だがセリアは、ジョニーの顔を見つめ、決然とした表情で言った。

 

「ええ、そうよ。ジョニー。最後までこの私を信じたかった?でもおあいにくさま、最初から私は

あんたを逮捕しにいるのよ。もし大人しく掴まらないのだったら、殺したって良いって思ってい

る」

 

 そう言い放ったセリアの眼からは、危険な匂いが漂っていた。ジョニーもその眼に気が付い

ただろうか?

 

 その眼は、セリアがいつでも人を殺せるのだと、そういう事を示していた。

 

「残念だな、セリア。オレはお前を信頼していた。戻って来た時だって、オレはお前を信用しよう

と必死だったんだぜ」

 

 だがセリアは、

 

「そんな事はどうだって良い。さっさと投降しないと、この場所にさっきの部隊がやって来て、あ

んたを捕える。それだけ」

 

「おいおいおい、待てよセリア? お前は銃を向けられている。それも3人にだ。投降しなきゃ

あならないのは、お前の方なんじゃあないのか?」

 

 確かにセリアは、3人のジョニーの部下達に銃を向けられている。普通の人間ならば、もは

やどうする事もできないだろう。

 

「オレとお前の仲だ。例えサツだって構わない。オレをこの場で見逃してくれたら、何もしねえ、

な?いいだろ?オレをこの先、地獄の果てまで追いかけてきてくれたっていい。だから、今はオ

レを見逃せ。いいだろ?」

 

 ジョニーは、まるで恋人に話しかける男のように言ってくる。だがセリアは全く態度を変えなか

った。

 

「こんな銃で、わたしがビクつくとでも思った?まだまだ甘いわね。ジョニー?」

 

 と言うなり、セリアは、自分の目の前に向けて来られていた銃を、それを握っていた男の手か

ら素早く?ぎ取る。更にその?ぎ取る時の動作を利用し、セリアは、素早くジョニーの部下に肘鉄

を浴びせていた。

 

 セリアの肘をまともに受けたジョニーの部下は、数メートルは吹き飛ばされ、港のアスファルト

の上を転がった。

 

 すかさずジョニーの部下が、セリアに向って銃を放ってくる。だが、セリアはその銃弾を、目に

も留まらぬ動きで交わし、素早く撃ってきた男へと近付くと。顔面を正拳突きで殴りつけた。

 

 幾ら顔面を殴りつけると言っても、その動作は的確に相手を捉えていなければならない。セリ

アは、正しい武術の姿勢を取り、最も効果的な正拳突きを繰り出していた。

 

 ジョニーの部下達にとっては、目にも留まらない動きだったかもしれないが、セリアは瞬時の

内に正確なフォームを取っていた。

 

 そしてセリアが拳を前方へと繰り出すその瞬間。彼女の体はオレンジ色に輝き、手からは、

炎が燃え上がった。彼女自身は手袋をはめていたため、炎からは体が守られていたが、その

炎は、ジョニーの部下の体へと燃え移る。

 

 ただの正拳突きに、更に目にも留まらぬ速度、そして、炎が付加され、致命的な一撃となっ

た一撃が、ジョニーの部下に襲い掛かる。

 

 その男は、まるで巨大なものに襲い掛かられたかのように、後方へと吹き飛ばされていっ

た。

 

 そんなセリアを見ていたジョニーは、驚きの表情を見せている。どうやら彼は、たった今、セリ

アの持つ『力』について知ったようだった。

 

「こ、これは、驚いたぜ。セリア。まさか、まさかな、お前が。お前もなのか?」

 

 ジョニーはセリアの方をまじまじと見つめた。

 

 セリアは、また手に炎を点したままだった。その炎はセリアの着ているスーツに燃え移って来

ることは無く、彼女の拳で燃えているだけだった。しかし、もしその拳に触れようとも言うなら

ば、大火傷を負うだろう。

 

 セリアはそんな拳を、今度はジョニーへと向けた。

 

「お前も?それは、どういう事なの、ジョニー?」

 

「今更、隠しておいても、しょうがねえが、オレもなんだぜ…。お前がその拳に点している火のよ

うな、普通の人間にはできない事ができる」

 

 ジョニーの告白。だがセリアは特に驚かなかった。ただ炎を点した拳を前に向けつつ、彼に

迫る。

 

「それはそれは。でも、だったらますます、あなたを捕えなくてはならなくなったわ」

 

 とセリアは言い、拳の炎を彼の鼻先へと持っていった。それは、銃の銃口を向けられている

よりも、ジョニーにとっては迫力がある事だろう。銃口は冷たい鉄だが、炎は生きた手のように

相手にいつでも襲いかかろうとする。

 

「ありがたいねえ。オレも大物になったって事か。だが、まだだぜ。セリア?オレは、まだ捕まる

わけにはいかねえんだ!」

 

 そう言い放ったジョニー。セリアは彼へと向けていた拳で、すかさず殴りつけようとした。しか

し正確に放ったはずのセリアの拳は相手を捉えるような事はなかった。ジョニーが背にしてい

た、港の敷地の塀に叩き付けられただけだ。

 

 セリアの拳の一撃によって、港の塀は一部分が砕ける。だが、セリアは、そのままふらつき、

バランスを崩しそうになった。

 

 足元が、ふいに不安定になっていたのだ。

 

「恐ろしいな、セリア。お前はそんな『力』を持っていたのかよ? さっさと気付いておくべきだっ

たな」

 

 と、セリアの拳をかわしたジョニーが言った。だが、完全に避けられたわけではなく、一部の

炎が飛び火したらしく、彼は顔に火傷を負っている。

 

「あんただって、この『力』については何も言っていなかったじゃあない?」

 

 そうセリアは言って、彼女は自分の足下を指した。

 

 セリアの足元には、港のアスファルトの地面が広がっているはずだった。だが、今セリアの足

元に広がる地面は、その一部が、固まる前のアスファルトのように液状になってしまっていた。

 

 どろどろになった地面。セリアは足場を奪われ、ジョニーへの攻撃のバランスを崩してしまっ

ていたのだ。

 

「お互い様だ。それに、オレは、人生の転換期をお前に奪われた。これ以上、付き合う暇はね

え!」

 

 そう言ったジョニーは、今度は何をするのかと思いきや、港の敷地と、外を隔てている、塀へ

と飛び込んでいくではないか。

 

 ジョニーの体は、塀の中に飛び込んでしまうと、まるで水の中に飛び込んだかのようにそこへ

と沈み込んだ。

 

 セリアはすかさずジョニーの後を追おうとした。しかし、ジョニーの体は壁の中を通り抜けてお

り、しかも通り抜けた後、セリアの目の前には再び硬い、コンクリートの塀が立ち塞がってい

た。

 

 セリアが、その塀に向って拳を叩きつけても、少しばかり抉れる程度でしかない。ジョニーは

一瞬の内に、このコンクリートの塀を、反対側に通り抜けられるほど溶かし、それを一瞬にして

硬めてしまっていた。

 

 塀に拳を叩き付けたセリアは、目の前で肝心の男を取り逃した事に、怒りを感じ、今度は

荒々しく塀に向って蹴りを見舞っていた。

 

 そんな感情的な自分に嫌気が差し、セリアは更に舌打ちをするのだった。

 

 

Next Episode

―Ep#.02 『新たなる歴史 Part2』―

説明
■前作『虚界の叙事詩』と世界を同じにしていながら、登場人物は全く新しいものとなっており、新しい物語となっています。
■世界規模の戦争が懸念される、“静戦”の時代―。 西側の世界『タレス公国』では、 軍に属する、リー・トルーマンが、伝説の捜査官、 セリア・ルーウェンスを呼び出し、 対テロ捜査を進める。

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