Skylove 第2〜4話
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第2話 彼の行き先

 

夕方。

海ではしゃぎすぎてへろへろになったドライブは、ラグーンの背中の上でだれていた。

日も大分落ち、体全体に受ける風が冷たくなってきている。

『眠って背から落ちるなよ』

家に向けて飛行を続けるラグーンが呆れたように言う。

「落ちるかよ。俺はドラゴン飛行歴十年以上の大ベテランだぞ」

言い返し、あろう事か高速で飛行しているラグーンの背中の上で仰向けになった。

『落ちても知らぬぞ!』

文句を言うラグーンだが、誰よりも冷や冷やしているのはラグーン自身だった。

過ってドライブを落としてご臨終させてはいけないと、神経を尖らせて飛んでいるのだ。

いつになく良い風を感じ、ラグーンがそれに乗って飛行速度をさらに上げようとしたその時だった。

風の塊がラグーンにぶつかってきた!

『あ、風』

特に慌てるでもなく、ラグーンは翼を大きく羽ばたかせた。

しかし、ドライブは違った。

「うあああああっ!!拾って、拾ってえぇぇぇっ!!!」

ドライブが"落下"しながら叫ぶ。

不意にぶつかってきた風に態勢を崩し、ラグーンの背中から滑り落ちたのだ。

『ドライブ!』

そこへ図ったようにやってきたラグーン。猛スピードでドライブのすぐ隣まで降下する。

「お願い!拾って、拾って!落ちてるぅぅぅっ!!!」

『断る』

ラグーンの一言。翼を一振りすると、ドライブから一気に離れてしまった。

「いやぁぁぁぁっ!!」

絶叫を空に残し、ドライブはラグーンの翼の強風にあおられ、森へと落下したのだった。

がささささっ

静かな森に招かれざる客の落下音が響き渡り、森の大きな木々が派手に揺れる。

どさっ

堅い地面にドライブが落ちた。

「く・・・そぉ・・・・・・」

地面に横たわりひとしきりうめくと、息を切らして立ち上がった。あんなにも高いところから落ちたにもかかわらず、かすり傷程度のようだ。

ものすごい形相で空を見上げれば、ラグーンが上空を旋回しているのが見えた。

ドライブが森から出てくるのを待っているのだろう。

「ラグ――――ンッ!!」

森の外に向けてドライブが走り出した。すごい勢いで森を駆け抜け、やがて川に出た。

少し細めの川の中心にある、中洲にラグーンはいた。何事もなかったかのように平然としている。

「ラグーンッ!何で助けなかったんだ!俺死ぬところだったんだぞ!」

何も言わないラグーンに余計に腹が立ったのか、ドライブは顔を真っ赤にしてわめき散らした。

『大丈夫なようだな』

ドライブの様子を見て、当たり前のようにラグーンは答えた。そして、大きなあくびを一つする。

「何が大丈夫なようだな、だ!木の上に落ちたから良かったようなものの、もし何もない地面だったら俺死んでたんだぞ、わかってるのか!?」

『だからあおったのではないか』

済まして答える。

「俺の怒りをあおってどうするんだよ!」

まだまだドライブの怒りは治まらない。するとラグーンは首を振った。

『誰がおぬしの怒りをあおったといっておるのだ。我があおったのはドライブ、おぬし自身だ』

「やっぱ俺じゃねえかよ」

『違う、そういう意味ではない!おぬしの落下地点はあのままでは固い地面であった。だから我はぎりぎりまで近づいて、風の力でおぬしをあおって落下地点をずらしたのだ。だから大きな木の上に上手く着地したろう?』

言われればそうだった。ラグーンはわざわざ自分のところにやってきた。

そして、強烈な風を起こして去って行った・・・その風にあおられ、ドライブの体は舞い上がり、舞い上がったところで再び落下したのだ。

そのおかげで落下速度は弱まり、さらに体が森のほうへ飛ばされ、ドライブは大怪我を免れたというわけだ。

『我もすぐに捕らえようと思ったのだがな。思ったよりもおぬしの落下速度が速かったのだ。本当は背中に着地させるつもりだったのだが・・・』

そういうとすまなそうに頭を低くした。

『すまぬな』

「・・・・・・」

『とっさに思いついた方法があれしかなかったのだ。くわえるか、足で捕まえようかと思ったのだが、リスクが大きすぎてな。あの落下速度だ。失敗すれば大惨事は免れなかった』

ドライブは相変わらずラグーンをにらんだまま立っている。

まだ機嫌の直らないドライブにラグーンは困惑した表情を見せた。

『傷は痛むか?我が治してやるぞ』

ドライブの顔を覗き込むように首を持っていく。

「・・・」

『ドライブ?』

ばしっ

ドライブの手がラグーンの鼻先を叩く。驚いてラグーンは首を引っ込めた。

「ほら、行くぞ!日が暮れるだろう?」

そういうとドライブは浅い川を渡り、ラグーンの背中によじ登った。

『―――――― わかっておる!』

首を掲げ、空に向ける。ラグーンは静かな森に一つ吼えると大きな翼で空へと再び羽ばたいたのだった。

 

 

「夕飯の時間までには帰りなさいっていつも言ってるでしょうが!」

遊びすぎて日が落ちてから家に帰ってきたドライブとラグーン。そんな二人を待ち構えていたのはドライブの母親、エルビアだった。

「二人も揃いも揃って・・・どうしてお母さんの言う事が聞けないの!」

ごちんっ!

エルビアが手に持っていたステンレスの"おたま"がラグーンの頭を直撃する。

毎度の事だった。

硬い鱗で覆われているドラゴンのラグーンにステンレスのおたまは大したダメージを与える事は出来ない。それを承知の上でエルビアはラグーンにおたまを振るのだった。

『すまぬ・・・』

そして、いつものように頭を低くして反省の姿勢を見せるラグーン。そんなラグーンの様子を見て、ドライブはさも不機嫌そうにため息をついた。

「いつまで経っても俺は子供じゃないんだぜ?だって修学院だって卒業したしさ。母さんだって、修院を卒業したら立派な大人だって言ってたじゃんか」

「言動が子供だって言うの!少しは節度を持ちなさい。もう、十七でしょう?」

「―――――― こいつは数百歳だぞ」

ドライブはラグーンを指差した。

「ドライブ!」

エルビアの一喝にドライブは肩をすくめた。

「分かったよ・・・。ラグーン、行くぞ」

『・・・・・・』

シュウゥゥッ

ラグーンの体が輝き、形を変え、収縮していく。

「すみません、母殿」

ものすごく申し訳なさそうな表情で縮こまっている人間の姿のラグーンがいた。その哀れな様子に、エルビアは少し笑ってしまった。

「本当にもう・・・。ラグちゃん、分かってるとは思うけど、ドライブを甘やかさないで頂戴」

エルビアは釘を刺す。

怒っている時や真剣な時は"ラグーン"とそのまま呼ぶ事が多いが、普段や、機嫌がいい時は"ちゃん"付けで呼ぶのだ。いつもの口調のエルビアに、安堵したようにラグーンは息をついた。

察するに、ドライブとラグーンの事を少しは許してくれたようだ。

「・・・はい」

ラグーンは小さい声で答えた。

仁王立ちのエルビアをすり抜け、二人は家に入った。

「ドライブ。母殿の言う事を跳ね返すような事を言わないでください。火に油を注いでどうするんです」

洗面所で手を洗いながらラグーンが非難するように言う。

「だって、実際そうだし?十七って言ったら超大人だろ?あ、明日教習所の申し込みに行かないと」

タオルで手を拭き終えると、ドライブはタオルをラグーンに投げて行ってしまった。

「教習所って・・・。エレカーの免許取る暇なんか無いでしょうに」

タオルをきちんとたたみ、ハンガーにかけると、ラグーンはドライブの後を追う。

「お前まで俺を非難するのかよ。俺の忠実な僕(しもべ)じゃなかったのか?」

「僕はそんな契約をしたつもりはありませんがね。あくまでもドライブの翼となることを誓っただけです」

「同じだろ」

「どこがです」

二人でリビングに入る。

そのリビングにある大きなテーブルに、たくさんの料理が並んでいた。

いつもの量の倍はある。そして、特別な日にしか出てこない料理ばかりだった。

「・・・ドライブ。母殿はあなたの卒業をお祝いしたかったんですよ」

小声で言い、ドライブをつつく。

「―――――― そ、そんなの当然だろ。今日は特別な日なんだから」

ぶっきらぼうに言うドライブにラグーンは笑った。

「母殿にお礼を言わないと駄目ですよ」

「うるっさいな!分かってるよ!!」

怒ったように答えると、不機嫌そうに席に着いた。

そして、料理の一つをつまみ食いしようと手を伸ばした時だった。

ピンポーン

玄関のインターホンが高らかに響いた。

「はい、ラグーン、行って来ーい」

つまんだ鶏のからあげを頬張り、さも当然のようにドライブは言った。

・・・・・・どうやったらこの性格は直るんだろう・・・

ため息をつき、ラグーンは玄関のドアを開けた。

「こんばんわ!」

元気な声をかけてきたのは満面の笑みの少女だった。

「こんばんわ、カシス」

昔からの知り合いの二人はいつもの挨拶を交わす。

カシスはドライブの同級生で、修学院を主席で卒業した秀才だ。家も近く、昔はお互いの家に泊まったりする程仲が良かった。

「カシス、卒業おめでとうございます。すみません、ちゃんと家まで言いに行けなくて」

「いいのいいの!ドライブも卒業したんだし。でね、お母さんがこれ作ってくれたから、ドライブにって」

そして、カシスは籠を差し出した。

「高級モルス牛のローストよ。ラグーンも好きでしょ?」

上にかぶせられた白い布を取ると、なんともおいしそうな肉の塊が現れた。

「僕が全部食べて良いんですか?」

真顔のラグーンに、カシスは笑った。

「だめだめ!それは一人で食べたいのはわかるけど・・・皆で食べてね」

「ドライブなんかに食べさせるなんて・・・もったいない・・・」

心底残念そうにラグーンはため息をついた。

「そう言わずに、ね?じゃ、ちゃんと渡したから。帰るね」

「上がっていきませんか?ちょうど夕食を始めるところなんですけど」

「有難う。でも、あたしも家でお祝いして貰うから、家に帰るわ。バイバイ!」

手を振り、早々にカシスは帰ってしまった。

「・・・カシスはあんなにいい子なのに・・・。どうしてドライブはあんななんだろう?」

命令口調で、つっけんどんのドライブの不機嫌そうな顔が思い浮かぶ。

成績優秀で人当りも良いカシスとドライブを比べてしまい、ラグーンは二度目のため息をついて玄関のドアを閉めた。

「ほら、カシスからですよ。お祝いにって」

「カシスが?あいつも卒業生だろ」

また別の料理に手を伸ばし、一人で食べているドライブが首をかしげた。

「わざわざ持って来てくれたんですよ。後でちゃんとお礼を言ってくださいね」

「また面倒な・・・」

「ドライブ!」

「分かったよ!メールでも入れとくよ!」

ラグーンに注意され、ドライブは不機嫌そうに答えた。

いつものように二人が言い合っていると、エルビアが現れた。

「さあ、夕食を始めましょう。今日は特別な日なんだから」

さっきの怒りの表情はどこへやら。満面に笑みで、大きなケーキをテーブルの上に乗せた。

「そして、今日は特別にお酒ね」

テーブルの下からシャンパンのビンを持ち上げて見せた。

途端、目が輝くラグーン。急いで席に着いた。

エルビアはラグーンのグラスにシャンパンを注いだ。そして、ドライブにはジンジャーエールを。

それから、自分のグラスにシャンパンを注ぐ。

エルビアがグラスを持つと、ラグーンも、つられてドライブもグラスを手に持った。

「ドライブ、今日は卒業おめでとう。あなたがここまで育ってくれて、お母さんとても嬉しいわ」

ドライブは恥ずかしそうに視線をそらした。

「ラグーン。あなたも飽きずにドライブに付き合ってくれて有難う。これからもドライブの事宜しくね」

ラグーンは嬉しそうにうなずいた。

「では。ドライブの卒業と、前途を祝しまして」

三人のグラスが高く掲げられる。

「乾杯!」

カチン

互いのグラスが高らかに鳴る。

グラスのシャンパンを一気に飲み干したのはラグーンだ。飲み干すと、満足そうに息をついた。

「ドライブの卒業試験も終わったし、ラグちゃんの禁酒も解禁ね。ご苦労様」

エルビアは空になったラグーンのグラスにシャンパンを注いだ。

ドラゴンのラグーンではあるが、酒を好んで飲んでいる。

だが、ドライブが卒業を果たすまで禁酒すると誓っていたのだった。

半年振りの酒に、ラグーンはハイスピードでグラスを空けている。

「そうだ。母さん。これをって」

ドライブは思い出したように籠を渡した。

「あら、美味しそうなローストビーフ!」

「カシスが持ってきてくれたんです」

「まあ・・・。ちゃんとお礼しなきゃね。せっかくだから早速頂きましょう」

そして、エルビアは籠を持って台所に消えた。

「ドライブ、そこのサーモン取ってください」

「ほいっ」

ドライブはサーモンを皿に取り分けてラグーンに渡した。

「有難うございます」

もくもくと料理を食べる二人。

ローストビーフを切るのに手間取っているのか、エルビアはなかなか戻ってこない。

「なあ、ラグーン。これからの事なんだけど」

「ええ。操術士訓練校に行く準備をするんですよね」

「――― と、思ったんだけどさ」

グラスに残っているジンジャーエールを全て飲み、ドライブは一息ついた。

「マスターに挑戦しようと思ってるんだ」

「マスター・・・?マスターって、もしかして、術の最高位"マスターの称号"の事ですか?」

驚いた表情でラグーンが問うと、ドライブは無言でうなずいた。

「だって、訓練校卒業したって、操術士になれる確率は低いし。講座だって、結局は術関係の内容がほとんどだろ?操縦だってシミュレーターだし、結局就職してから実践って感じだ。だったら、マスターの称号を貰ったほうがいいと思わないか。就職率だって断然良いしさ。操縦技術は就職してから一から教えてくれるって聞いたし、訓練校に行くのは必須じゃないから」

訓練校というのは、飛空挺の操術士になるために、専門の知識を学ぶ所である。

通常ならば、飛空挺の操縦の仕方や、その他知識を学ぶ事で操縦が可能だが、ディオール大陸に存在する飛空挺は、特殊な技術を使っていた。

それは、術と科学技術の融合。

術とは頭の中のイメージを具現化する事だ。意思、意志力、精神力の三拍子がそろって初めて実現される。己の頭で作り上げたものを意志力を持って制御、精神力を持って具現化するのだ。

それを応用し、操縦者の意思をコンピューターを介して機体を動かす技術を開発した。

それがマインド・リンゲージシステム(MLS)と呼ばれる技術だ。

ハンドルやパネルを使って機体を操るより、MLSで動かした機体の方が動きが機敏で、精度が高く、より安定した航行が可能となる。

ブルーフォースと呼ばれる飛空挺がその代表で、飛空挺は人を目的地に運ぶだけではなく、空中庭園、空中ホテルなど、空に浮かぶ"島"としての需要も高い。

また、MLSを搭載した飛空挺を操縦する術者の事を操術士(そうじゅつし)と呼ぶ。

「確かに、学術院のマスターの資格を取れば、どの飛行企業でも就職しやすいでしょうけど・・・。でも、いつマスターが取れるか分からないんですよ?訓練校なら三年くらいで卒業できますけど・・・」

「俺は確実に就職できるほうに行きたいんだ。マスターの称号だって、一度取得すれば、一生の物だしさ」

ドライブが言っているマスターの称号とは、エンドレス国で行われている術の資格認定制度の事だ。適正試験を受け、合格する事で称号を得る事ができる。

称号を得るという事は、術者として優れた技術を持っている証明であり、術の教員免許や就職斡旋など、さまざまな特典がついてくる。就職にも非常に有利なのだ。

だが、称号の取得は難しく、十数年かけて取る者も少なくない。

「挫折する人も多いと聞きますよ。大丈夫なんですか?猛勉強は必至ですよ」

「術の勉強なら喜んでするよ。そうそう、この町を離れてさ」

「ルクレージュを離れる?どこで勉強するって言うんです」

何を言っているのかとラグーンは眉をひそめる。

「どこでも。なんかもう、世界中が俺の勉学地って感じ?」

ドライブは大げさに両手を広げ、うっとりしたように言う。

「・・・術が発達しているのはディオール大陸だけですけど・・・」

「とにかく、称号を得るためにはこの町を離れる事が先決なんだ!井の中の蛙じゃ駄目だ。広い視野で世界を見ないと!」

――― なんだか目的が町を離れる事にシフトしてませんか・・・?

操術士になるためにマスターの称号を修得したほうが良いという話から始まり、そのためには住んでいる町を離れて文献を広める事が必要だと、ドライブは熱く語っている。

早い話が、町を離れてぶらり旅と行きたいらしい。

「それ、すごく思いつきな上に、ただ単に旅がしたいだけでしょう?」

「何が悪い?」

冷ややかな視線のラグーンに、ドライブは偉そうに返した。

「修学院は卒業した。それだけでも十分!だけど、俺はさらに高みを目指すんだ。操術士という名の、空のエンターテイナーになるために!」

「ぐふっ!」

高らかに宣言したドライブに続き、ラグーンはタイミングよく咳き込んだ。

「あー、から揚げをいっぺんに口に入れすぎました。苦しかったー」

と、ドライブそっちのけで安堵の息をついている。

「お前ちゃんと話し聞いてるか・・・?」

「聞いてはいましたよ。でも、僕がどうこう言う事じゃないですし。全ての決定権は母殿にありますから」

「問題はそれなんだよな。お前から断ってよ」

「お断りします。自分から言ってください。大人なんでしょう?」

そっけなく言い、ラグーンは三杯目のシャンパンを飲み干した。

「冷てーなー。お前から言ってよ。お願い、ラグちゃん!」

「嫌ですってば。母殿、昔から旅だけは駄目だって厳しかったじゃないですか」

旅に出るような事はするなと、昔からずっと言われていたのだ。

それを破るような事をしたら・・・

ステンレスのおたまが頭を直撃するだけではすまないだろう。

「高級ジャーキー・・・お徳用・・・」

どこからかドライブはジャーキーがぎっしり詰まったパックを取り出した。

「ぐっ・・・!」

そのお徳用パックを目にし、ラグーンはうなった。

「母さんを口説いてくれたらこれをあげようかと思っていたのに・・・残念だな」

ドライブは悲しそうな表情でそのお徳用パックを戻した。

「いっつもその手じゃないですかー!わかりましたよ、頼めばいいんですよね!」

高級ジャーキーの誘惑に負けたラグーンはやけくそ気味だ。それににやりと笑ったのはドライブだ。

「よしっ、頼んだぞ!できるだけ早くにね」

機嫌よくラグーンの肩を叩く。

ドライブが困ったときは、ラグーンに高級ジャーキーをちらつかせて言う事を聞かせるのだ。ラグーンも大好物が貰えるとあって、まんざらでもないらしい。

「なんだかにぎやかな声が聞こえるわね」

話がちょうど収まった頃、エルビアが切り分けたローストビーフを持ってやってきた。

「何を話してたの?」

すると、ドライブとラグーンは一瞬顔を見合わせた。

「この料理が美味しいなって思って。母殿、今度この料理のレシピ教えてください」

苦し紛れに言ったラグーンが指差したのは甘だれの肉団子だった。

「あら、珍しい。ラグちゃんがそんな事言うなんて。いいわ、教えてあげる。今度の夕食に作ってね」

「お願いします」

ラグーンがドライブの家にやってきてから、エルビアに家事のなんたるかを全て叩き込まれたのだ。

週に二回はエルビアと交代で夕飯の支度もこなす。また、空を飛べる事を利用して配達のバイトをしているのだ。ただのドラゴンという扱いではなく、家族の一人だ。

「お前、この前みたいに変な葉っぱを入れるなよ。あの風味は俺たちには合わないんだからな」

もくもくと料理を食べていたドライブが言った。

「そうねえ。普通に作ってくれればそれでいいんだけど」

それはラグーンがビーフシチューを作ったときだった。

ラグーンがシチューに、"お気に入りの葉っぱ"を入れて煮込んだのだ。本人からすれば美味しい料理だったらしいが、ドライブとエルビアには不評だった。

お気に入りの葉っぱとは、ラグーンがドラゴン時に好んで摂取する木の葉の事だ。

香辛料や香り付けに使う月桂樹の葉の代わりに入れたらしい。

「もう大丈夫です。葉っぱは僕だけの楽しみにしますから」

ラグーンは苦笑した。

「ところでドライブ」

「うん?」

ドライブはカシスが持ってきたローストビーフをフォークに刺した。

「カシスはこれからどうするか聞いてるの?」

「カシス・・・?さあ・・・?卒験が忙しかったし、最近話してないよ。それに、あいつがどこに行くかなんて関係ないし」

自分とは全く関係がないとでも言いたげにドライブは料理を進めている。

「関係なくないでしょ。仲が良いんだし」

「仲が良いのは昔の話だよ!そんな事俺に聞かないでおばさんに聞けばいいだろ。いつもそこら辺で井戸端会議してるんだから」

「大人は別の話題で忙しいの。・・・ドライブ。これから先のことは、あなたが全て決める事よ。責任を持ってちゃんと行動なさい。いいわね」

急に真顔になり、エルビアは言った。

「―――――― 分かってる」

どこか心を見透かされたような気がし、ドライブは罰が悪そうに小さく返したのだった。

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第3話 息子の思い、母の願い

 

「じゃあ、僕、夜食しにいきますね」

「あまり遅くならないようにね」

夕食後、間もなくラグーンは家を出た。いつものようにエルビアはそれを見送る。

ラグーンは食事の続きに森へ出かけたのだ。

さっき、料理をたらふく食べたラグーンだが、すぐに腹をすかせるらしく、森で木の葉を中心に摂取しているのだ。

もちろん、人間の姿ではなく、ドラゴンの姿に戻り摂取しているらしい。

エルビアはラグーンの姿が見えなくなると、家に戻った。

そして、リビングでテレビを見ているドライブに対面するように床に座った。

「母さん、テレビ見えないんだけど・・・」

目の前に座られ、テレビが見えなくなったドライブは怪訝そうだ。

「そうね。でも今はお母さんの話を聞いて欲しいの」

「・・・・・・」

静かな声に、ドライブは異変を感じ、ソファに預けていた体を起こし、床に正座した。

「――― 話って何・・・?」

「ドライブ、あなたがそうしたいと願うのなら、お母さんはそれを否定したりしないわ。それが危険を伴う事でも、あなたが責任を持ち、大人として行動できると言うのなら、それも否定したりしない」

―――――― 俺の進路の事か・・・

エルビアには操術士訓練校に行くと言ってある。もちろん、ドライブにそのつもりはない。

ついさっきラグーンに言ったように、まずはルクレージュを離れるつもりなのだ。

その件に関しては、ラグーンからエルビアに説明してもらうはずだったのだが・・・

いきなりこんな形で話を振られ、ドライブは緊張していた。

「ドライブ、あなたは将来何になりたいの?」

「操術士」

一つしかない答えに、ドライブは即座に口にする。

「じゃあ、そうなるために、あなたはこれからどうするの?」

「・・・」

ドライブは返答に詰まった。もし、ラグーンに話した内容と同じ事を言えば、エルビアの怒号がドライブを襲うだろう。

「――― はっきり言いなさい」

その真剣な眼差しに、ドライブは思わず視線をそらした。

「あなたの決意はその程度のものなの?お母さんにはっきり言えないくらい薄っぺらい決意なの?」

「違う!」

喧嘩を売るような言葉に、ドライブは声を荒げた。

「なら、お母さんにちゃんと話して。ちゃんとお母さんの目を見て話しなさい」

ここまで言われて引き下がるわけにも行かない。ドライブは深呼吸し、エルビアの目を見た。

「が・・・学術院に行こうと思って・・・。マスターの称号を持ってたら、就職にも有利だから・・・」

「あなたのレベルですぐに院に入れると思うの?」

ドライブはこの場からとんずらしたい気持ちを押さえるように、正座した膝の上で拳を硬く握った。

「だから・・・俺・・・、ルクレージュを・・・」

「・・・」

エルビアは無言でこちらをじっと見ている。

「ルクレージュを離れて旅をしようと思うんだ!大陸中を見て、色んな術に触れてみたいんだ。術だけじゃない、色んな視野を広めたいと思ってる。・・・浅はかだって思われるかもしれないけど、俺はそうしたいんだ・・・」

思いを声を大にして訴える。

怒られる事など承知の上だ。エルビアはドライブが目的地のない危険な旅に出る事を望んでいない。

旅をするという行為を、ドライブは小さい頃から否定され続けていた。

その反動だろうか。進路を決めなければならない日が近づくにつれ、ドライブの旅をしたいという思いは強くなっていった。

「それで、本当に学術院に行けるの?行って、称号を得られるの?」

威圧的に聞くエルビア。

ドライブは自分でも不思議だと思うくらいに力強くうなずいていた。

「俺は絶対成し遂げてみせる。そして、一流の操術士になってみせる。――― 父さんみたいに」

「・・・」

口を真一文字に結んだ息子の姿がとても大人に見えた。

今まで知らなかったその真剣な姿に、エルビアは口元を緩めた。

「・・・そう。あなたが決意するなら、お母さんは賛成するわ。あなたの夢を成し遂げるために、努力なさい」

「母さん・・・」

怒りの鉄槌が下されると思いきや、まさかのエルビアの言葉に、ドライブは気が抜けたようにつぶやいた。

「あなたはお父さんの更なる上を目指すのね。学術院で称号を得るなんて」

「だって、訓練校に行く以外に操術士になるにはそれしか思いつかなくて・・・」

本当は、"旅をする理由"が"マスターの称号を得るため"以外に思いつかなかったのだ。

「そうね。称号のためなら旅も出来るしね」

・・・ばれてる・・・

さすが母親は息子の心を見事に読む。

「・・・でも、母さん昔から俺に旅だけは駄目だって言ってたのに・・・。どうして許してくれたの?」

その質問に、エルビアは一瞬だけ表情をこわばらせた。

「お母さんの弟・・・、シグノアを知ってるわよね」

ドライブはうなずいた。

「うん、シグノア叔父さん。若い頃に死んだ・・・。えーと、俺が四歳くらいの時だっけ。俺、覚えてるよ。父さんの代わりだって、よく肩車してもらった事。あの時、本当に嬉しかったんだよなー」

ドライブの記憶の中で亡き叔父の顔が思い浮かぶ。小さい頃の出来事ではあるが、叔父に遊んでもらった記憶ははっきりと覚えていたのだ。叔父はドライブの大好きな人だったのだ。

しかし、懐かしむドライブとは逆に、エルビアは少し寂しげな表情だ。

「ええ、そうよ。わがままを言っていたあなたの事をよくなだめてくれたわ。―――――― そのシグノアは・・・旅の途中で命を落としたの」

ドライブの表情が凍りついた。

そんな事聞いたこともなかったのだ。病気で死んでしまったと教えられていた。

「嘘だろ・・・?」

「旅の途中でモンスター討伐隊に参加した時、返り討ちに遭ってしまった・・・そう、同じ隊にいた人が言っていたわ」

まるで近所を散歩するかのようないつもの挨拶を残してシグノアは旅立った。

それから半年も経たないうちの出来事だった。

普通に大陸を回る程度の旅ならば悲劇は起こらなかっただろう。だが、シグノアは自ら危険な場所に身を投じてしまった。

「囮となって一人モンスターの群れに立ち向かい・・・二度と戻らなかった。剣を立ち振るう後姿が最後だったと」

「最後の姿・・・?で、でも、葬儀の時、叔父さんは・・・」

「あなたには敢えて見せなかったのだけど、葬儀の時の棺桶の中にシグノアはいなかったのよ。彼の遺品だけ納めたわ」

ドライブは急に背筋が寒くなった。

こんなにも身近な人物が、こんなにも悲惨な結末を迎えていたなどと知りもしなかった。

さらに、それが旅の途中だと言うのだ。

まさに、今から自分が立ち向かおうとしているそのものだ。

「だから、母さんは俺が旅をする事をあんなにも否定して・・・」

「シグノアとあなたを重ねてしまったのよ。もし、あなたが同じ目に遭ったら・・・と。でも、そんな考えはもうやめにしたの。ドライブはドライブよ。シグノアとは違う。あなたは旅の先に目標が待っているわ。それを必ず達成なさい」

「・・・・・・」

「無茶だけはしないのよ、絶対に。"己の力量を知りたいがため"に命を粗末にしないで」

エルビアの言葉が胸にずしりと重みを残す。

「それから。いつまでもラグーンに頼っていないで、大切な事はちゃんとお母さんに言いなさい。ラグーンはずっとあなたのそばにいるわけじゃないのよ」

「もしかして、俺たちの話聞いてたの?」

さっきからあの密談をなぞったような話ばかりだ。

「あなたたち二人が大声でわめいていれば、嫌でも聞こえるわ」

少し意地悪そうにエルビアは笑った。

「嘘だろ〜」

なんとも格好悪い結果になってしまったと、ドライブは仰け反った。

「それから、ラグちゃんをジャーキーで釣るのはやめなさい。可哀想でしょ」

「だって釣れるんだもん。母さんだってジャーキーで釣ってるだろ?」

ドライブとエルビアが言うジャーキーと言うのは、"高級ジャーキー"という文字がパッケージにでかでかと掲げられた犬用のジャーキーだった。

見た目にはそこらへんのジャーキーと変わりは無いのだが、ラグーンに言わせると、この高級ジャーキーは一味違うのだと言う。

一口食べて以来、ラグーンはその高級ジャーキーをいたく気に入り、高級ジャーキーと引き換えに色んな事を引き受けるようになったのだ。市販のジャーキーなのだが、ルクレージュには売っておらず、ドライブもエルビアも独自ルートでわざわざ入手しているのだった。

もちろんだが、その入手ルートをラグーンは知らない。

「あら。お母さんはラグちゃんの仕事手伝いの正当な報酬としてお金の代わりに渡しているのよ。あなたとは違うの」

「一緒だろ」

「そのラグちゃんはどうするの?連れて行くの?」

ドライブは腕を組んでうなった。

「うーん、連れて行くとうるさいし・・・でも、いると何かと便利だし・・・」

「計画的に行動なさいね。準備をしっかりしてからじゃないと、旅を中止にするわよ」

「わ、わかってるよ・・・」

その"準備"が厄介なのだ。バイトで路銀はある程度溜めているが、そんなもの微々たる額だ。支度金に使ってしまえば後が無い。

「大丈夫なの?」

「だ、大丈夫に決まってるだろ!・・・風呂入ってくる」

訝しげな顔のエルビアに、ドライブは慌てて首を振り、そそくさと立ち去ったのだった。

 

 

「今日の葉っぱはなんだかしっとりしていて柔らかかったような気がしますけど・・・明日は雨かな」

がさっ

ラグーンは一振りの木の枝を庭に投げた。この木の葉を気に入ったのだろう。美味しいと思った木の枝を折り、こうやって庭においておくのだ。次の日の朝につまみ食いするためだ。

夜空を見上げ、大気の匂いをかぐ。

「やっぱり少し湿っぽい・・・。夜中には雨が降るかもしれませんね」

顔をしかめ、家に入る。どうやら雨が嫌いらしい。

「今帰りましたー」

「あら、お帰りなさい。早かったのね」

リビングからエルビアが顔を出す。

「母殿、早ければ夜中に雨が降るかもしれません。洗濯物は控えた方が良いでしょう」

「そうなの?もう干しちゃったのよね・・・仕方ないわ、取り込まなくちゃ。ラグちゃんの鼻はよく利くから助かるわ」

エルビアはサンダルに履き替え、庭に出て行った。ラグーンは靴を脱いで家に上がった。

どうやらこのルクレージュでは、家は靴を脱いで上がるものらしい。

風呂に入ろうと脱衣所のドアに手をかけたときだった。

二階への階段を上がるドライブを見つけ、ラグーンは声を掛けた。

「ドライブ!さっきの話ですけど、母殿には明日――― 」

言いかけたラグーンの言葉をドライブは手を振って遮った。

「あー、その話はもういいよ」

「え・・・?でも、母殿に・・・」

「それなら決着ついたし。母さんは全部承諾してくれたよ」

「!」

すると、ラグーンはすごい勢いで階段を駆け上がり、ドライブに詰め寄った。

「こ、高級ジャーキーは・・・?」

「ミッション失敗。報酬無し!」

ビシッと、ドライブは両手でばってんを作った。

妙な声を上げながらへたり込んだのはラグーンだ。

「楽しみにしてたのに・・・」

「残念だったな。次のミッションをお楽しみにな〜」

ドライブは自室に入った。すると、続けてラグーンが入ってきた。

「ここは俺の部屋だぞ。勝手に入んな」

ぼやーっとした表情でラグーンはドライブを見つめている。

「なんだよ、そんな目で見るなって!次があるだろ、次!」

「いつですか、それ」

「さあな。俺の気分次第」

ドライブはベッドに寝転がって雑誌を手に取った。

「どうしてドライブから母殿に話したんですか〜。契約違反ですよー、違約料としてジャーキーよこして下さい」

「俺から話したんじゃないもん。母さん、俺とお前の話し聞いてたんだってさ。こそこそしてないで、ちゃんと話なさいって言われた」

「あーっ!ドライブの声が大きいからですよ!僕のジャーキーが・・・」

「うるっさいな。さっさと俺の部屋から出ろ!」

面倒そうに言い、ドライブはラグーンに背を向けた。

「・・・でも、母殿がよく許してくれましたね。旅するなって口をすっぱくして言っていたのに」

「その理由も聞いた」

「?」

「母さんの弟が・・・俺の叔父さんなんだけどさ。旅の途中で死んだんだってさ」

「・・・へ?」

背は向けたまま、ドライブは話した。

「だから俺を旅に行かせたくなかったんだって。・・・でも、叔父さんと俺は違うから・・・俺には旅の先に目標があるから、それを達成するためだけに無茶をしないで旅をしろって」

「・・・そうだったんですか」

「正直、かなりショックだった。俺、叔父さんの事大好きだったから。まさか、そんな事があったなんて。そんな事知りもしないで旅がしたいだなんて軽はずみに・・・」

ドライブは仰向けになり、自分の顔に雑誌を乗せた。

「母さんに悪い事したかな」

「でも、軽はずみではないでしょう?」

「・・・」

「母殿が言うように、旅はあくまでも通過地点です。ドライブにとって過酷なのはその先です。訓練校に行けば楽だったでしょうけど、ドライブは敢えて別の道を選んだわけです。勇気のいる事だと思いますけど」

「何が勇気だよ」

ぶっきらぼうな反応に、ラグーンは苦笑した。

「それに、母殿はドライブを認めてくれたんですよ。ドライブが大人としてちゃんと行動が出来るって。でなきゃ、こーんなワガママ愚息を旅に出したりしませんって!」

笑ったラグーンの顔に雑誌がヒットした。

「・・・こういう行為が愚息といわれる所以なんですよ・・・」

「そんな事言うのお前だけだ!それに、俺はお前の息子じゃねえだろ!」

「同じようなもんですよ。こーんなに小さい頃から面倒見てんですから」

ラグーンは肩幅に手を広げた。

「そんなに小さくねえよ。お前、物の尺し方間違ってんじゃないの?」

「僕から見たらこの位なんです。あーあ、あの頃はまだ擦れてなくて可愛かったんですけどね。どこで育ち方間違ったんだか」

「・・・お前、本っ当に口減らずだな。出てけっ!!」

再び雑誌が飛び、ラグーンは身軽に交わした。

「それで、明日はどうするんです?エレカーの免許でも取りに行くんですか?」

一旦廊下に出、ドアから顔を半分覗かせてラグーンは聞いた。

「いや。まさかこんなにすんなり旅を許してくれると思ってなかったからさ。"ユンハカ"んとこに行って預けてたボードを取りに行こうかと思って。お前は?」

「僕は配達の仕事があるのでパスです。それに、ユンハカさんところに行くの怖いので・・・」

苦い顔のラグーン。どうやら、ラグーンは"ユンハカ"なる人物が苦手らしい。

「"切り刻まれる"かもしれないもんな。お前がミンチにされたら俺困るし」

「・・・・・・」

「ま、そう言う事だから。おら、早くドア閉めろ」

「はいはい、おやすみなさい」

ばたんっ

ドアが閉められると、ドライブはベッドから下り、投げた雑誌を拾い上げた。

"ザ・操術士読本!"

「自分の道は自分で見つけるべきだ。俺は絶対に俺なりの方法で操術士になってみせる」

ドライブは雑誌をゴミ箱に投げ捨てた。

そして、クローゼットを開けて大きなスポーツバッグを取り出した。

「母さんの気が変わらないうちに・・・」

旅立つ予定日も決めていないドライブは、早々に旅支度を始めたのだった。

 

 

次の日の朝。

昼前に起きたドライブは、町外れにある白い壁の家にやってきていた。

大きな庭を備えており、その周囲には格子鉄線が敷かれている。バラックの小さな倉庫まである、怪しげな家だ。

「俺のボード、ちゃんと直ってるよな・・・」

ボードとは、若者に人気のスポーツの一つだ。ボードは一般的な呼称で、正式名称はエアウィングと言う。

スノーボードのような車輪のついていないボードで、空を"サーフィン"する事ができる。エンジンがついているため、風がなければ飛べないと言う事はない。だが、風にあおられやすいため、風に乗っていかに上手く飛ぶかが鍵を握る。

特殊コーティングされたボードと靴の裏が完全に密着し、搭乗者が落下しないようなシステムではあるが、危険なスポーツである。

空の簡易移動手段として使われる事も多い。

また、エアウィングの搭乗者の事をウィンガーと呼ぶ。

ドライブはそのボードを取りに来たのだ。

がしゃっ

カードキーでロックを解除すると、金網の扉をくぐり、庭に踏み入った。

ドライブが呼びかけるより早く、その人物は倉庫から顔を覗かせた。

「ドライブ!!」

かなり汚れた白衣を着た男がドライブに手を振っている。それに気付いたドライブが倉庫に足を進めた。

「ユンハカ、この前預けてたボード取りに来たんだけど」

挨拶もなしに言うと、ユンハカと呼ばれた男は得意げにうなずいた。

埃で汚れためがねを掛けなおす。

「うんうん、分かっているよ。エアウィングの事だね」

ふふふと怪しい笑みを浮かべ、倉庫の奥で何か準備を始めた。

ドライブは目を細めて倉庫を見回した。本の詰まった棚。頑丈そうな金属製の棚には鎖が下がり、南京錠が掛かっている。その中には薬品らしき液体の入ったビンや注射器が陳列されていた。

大きなテーブルにはノートや設計図やら色々なものが散乱している。

家の外見や、倉庫の中、そして、中で作業しているメガネを掛けた白衣の中年男を見れば、誰だってそれがマッドサイエンティストだと思わざるを得ない状況だった。

とは言え、彼はルクレージュで有名な研究者なのだ。町の人間はその事を承知済みだ。

「今度は何やってんだ?追尾型照明弾は諦めたのか?」

追尾型照明弾とは、人の後ろを付いて回るスポットライトの事だ。夜間、手を煩わさずに足元を照らす目的で開発されたものだ。防犯機能付きで、機能を動作させると、ライトが天高く飛び上がり、周囲の人間に身の危機を知らせるのだ。

その追尾型照明弾の開発機のテスト中、機器が暴走し、ボードで走行中のドライブと激突してしまったのだ。ドライブはとっさにボードを立てに取ったが、すごい勢いでぶつかり合ったボードと開発機は粉々になってしまった。

それで、ユンハカはドライブのボードを修理していたというわけだ。

「諦めたわけじゃないよ。また挑戦するよ。何事も失敗は付きものさ」

懲りた様子も無く言い、ユンハカは黄ばんだ布にくるまれたボードを取り出した。

「改良するって言ってたけど、どれだけ変わったんだ?」

「早まらずに。さあ、君のボードだ」

布が床に落ちる。

久しぶりに見る自分のボードに、ドライブは眉をひそめた。

「何が・・・変わった?」

大穴を開けていた箇所も綺麗に張りなおされている。あんなに酷い状態だったのに、よくもこれだけ綺麗に修理できたものだと感心はするが・・・

ドライブは、ユンハカが持ったままのボードをこんこん叩いた。見た目には以前のボードと変わりはない。

「前のボードと変わらないじゃん・・・」

落胆したドライブに、今度はユンハカが眉をひそめた。

「だから早まらないようにって。ほら、持ってみて」

ユンハカは押し付けるようにボードを渡した。そのボードを手にし、ドライブは首をかしげた。

「・・・軽い事しか特徴に無いし」

文句たらたらのドライブに、ユンハカはため息をつき、ボードを取り返した。

「あのねえ、軽量化ってどれだけ大変かわかってるのかい?私がどれだけ苦労して開発した軽量素材をこのボードにつぎ込んだと思っているんだ」

「まぁ、そうだけど」

ユンハカはボードを床に置いた。

「ごちゃごちゃ言ってないで早く乗ってごらんよ。凄いから」

「乗れって・・・ここ倉庫じゃん。こんなところで乗ったら部屋が風でさらにめちゃくちゃになるぞ」

「良いから、試してごらんって」

言われ、しぶしぶ乗った。そして、恐る恐る電源スイッチを押した。

ボードが床より僅かに浮いた。

「おっ・・・!」

途端、ドライブの表情が変わった。

「んー、いい反応だね〜」

「すげぇ、これ、離陸がすっげースムーズ!しかも、静か!」

ユンハカが倉庫の中で乗れといった理由が分かった。通常のボードにあるような、強風や振動が無いのだ。

絶賛の声に、ユンハカも得意げだ。

「静音性にはこだわったからね。離陸だって、普通のボードのあの、がくんって衝撃は可能な限り吸収。それに・・・」

「何かあるのか?」

「セーフティーリミッター外したし」

ドライブはボードの上から勢いよく飛び降りた。

「ちょっと待て!!それって、安全装置だろ?大事なものを取るなよ!!」

「取った故の成功だよ、ドライブ。それがどれだけの可能性を秘めているか・・・さあ、ゆけドライブ!君が第一号の被験者だ!!」

「嫌だ!」

意気揚々としたユンハカとは逆に、ドライブは一歩退き、首を振って拒否する。

「大丈夫だって。ラグーンがいるだろう?」

「関係ねぇっ!」

「セーフティーリミッターってのは、命を守るための安全装置じゃないよ。人がスピードを出し過ぎないようにするための制限装置だ。怖がらずに走ってごらんよ。病み付きになるから。はい」

ユンハカは小さな装置を渡した。インカムのように見えるが・・・。

「何これ?」

「リンカーだよ。飛空挺のやつと同じ。ボードと操縦者の意志を繋ぐんだ」

「ちょっ・・・マジで!?」

「マジだよ。飛空挺の操縦練習だと思って行っておいで。君が思う以上にそのボードは凄いはずだから」

通常のボードは、ボードの上面に取り付けてあるアクセルを踏み、踏み具合を調整する事で加速度が変わる。そして、体の重心を変えることで方向を変えることができる。

だが、このボードは違った。アクセルではなく、リンカーを通したドライブの意思が加速度に変わるのだ。

「リンカーはイメージする飛行を具現化する手助けをしてくれるだろう。君が空を飛びたいと願えば願うほど、リンカーを通してボードがそれを実現してくれるよ。もちろん、行きたい方向もね。急停止だってできるし、バックもできるよ。そうそう、普通のボードと違うのは、滑走路がいらないって事かな。垂直上昇ができるから」

ユンハカの話も半分に聞き、ドライブは耳にリンカーを装着した。

「ボードに乗ったまま外に出てごらん。コントロールは足で動かすよりずっと楽だよ」

ドライブは恐る恐る意思をリンカーに送る。それを読み取ったリンカーは、ボードを倉庫の外へとゆっくりと滑らせた。

「足で何もして無いのにボードが勝手に動く・・・!」

奇妙な感覚にドライブは興奮している。

「当然さ。リンカーは意思を具現化するための道具だからね。術と同じだよ」

ドライブは空を見上げた。空を飛びたいという欲求が段々と大きくなっていくのが自分でも分かった。

ユンハカのほうを振り返る。すると、彼は笑顔でうなずいて空を指した。

ドライブもうなずき返し、静かに目を閉じた。

"空を飛びたい"

その意思をリンカーが読み取ったその時。

冷たい風がドライブを取り巻いた。

ゆっくりと目を開ける。

「!」

そこは天高い空だった。

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第4話 省エネ対策は万全に!

 

「とっ、飛んでる・・・!!」

ボードにただ直立していたドライブはいつの間にか空にいた。眼下に見えるユンハカが小さい。

『ね?すごいだろ?』

突然、ユンハカの声が頭に響いた。風の音の中、とてもクリアに聞こえ、ドライブは驚いて声を上げた。

「ユンハカ!?」

『リンカーだもの。最低限の通信機能は搭載済みさ。自作骨伝導装置はクリアに聞こえるだろう?』

「クリアに聞こえすぎて正直ウザイ」

『・・・ドライブ・・・君は私の技術をことごとくけなすね・・・』

自慢げに言ったユンハカだったが、ドライブのドライな一言に思わず本音が出てしまう。

ユンハカの嘆きも無視したドライブは、町を回ろうと体を傾けた。が、傾ける前にボードは勝手に方向を変えた。

それは非常に奇妙な感覚だった。このボードが生き物に思えてしまう。

『どうだい、ドライブ。今までのボードとは一味違うだろう?』

「リミッターを外したってこういうことなのか?」

飛んだということが分からなかったほどスムースに上昇した。今までのボードとはまるで違う感覚に、戸惑いつつも驚きを隠せない様子でドライブは問う。

『リンカーを装備したのは私の力だけどね。リミッターを外したおかげで好き放題にカスタマイズ出来たってわけさ』

カスタマイズとは言うが、違法改造だ。

「すげぇっ!すげえよ、ユンハカ!」

『これでラグ君の背中に乗らなくても済むね。ま、飛行高度は限界あるけど』

「どれくらいの高さまで飛べる?」

『さあ・・・?試した事無いから分からないけど。五十メートルくらいは行くんじゃないかな』

「オッケー、試してみる!」

ドライブが意識を集中させると、ボードはさらに高度を上げた。

これで町並みが見渡せるほどになった。

「ラグーンの背中から見る世界とはまた違う!すっげー!」

いつもならラグーンの背中に乗って空を飛ぶドライブだが、今日は邪魔なラグーンの頭がない。さらに、うるさいお小言もない。

まさに、ラグーンに代わる飛行機だ。

『ドライブ。感心するのは良いけどさ、操作性とか飛行高度とかちゃんと覚えておいでよ。そのボードにまだフライトデータレコーダを入れてないんだよ。君の感想だけが頼りなんだから』

「ひゃっほー!」

ユンハカの言葉を無視し、ドライブは風を切って飛ぶ。

エンジンの音も、羽ばたく翼の音も無い。風の音だけがドライブを取り巻く。

さすがにラグーンの飛行速度には及ばないが、今までのボードでは味わえない自由を感じていた。

"意思で操作する"とはこういう事なのだと体全体で感じていた。

「まさにマキシマム!このボードの名前まんまじゃん!」

上空に顔を向ける。真っ青な空に煌くものを見つけた。

飛空挺だ。

自分の意思で飛空挺を動かす感覚は一体どれだけの驚きに満ちているのか。薄っぺらいボードの操作でこんなにも感激しているのだ。飛空挺はその驚きをさらに上回るのだろう。

そう考え、操術士になりたいという思いはさらに強くなった。

『どう?意外に凄いだろ?』

「久々に感心した!すげえよ、ユンハカ!」

『感心したなら、ユンカース博士と呼んでくれたまえ』

「略称は若者のたしなみだろ?変態科学者の名前はどうでも良いとして、このボード、市販化したら大もうけだぞ!」

言うところ見ると、ドライブの言うユンハカとは、"ユンカース博士"の略らしい。

ユンハカ改め、ユンカースは残念そうにため息をついた。

『私は儲ける為に作ってるんじゃないよ。君がラグ君の背中に乗らなくても風を感じられるようにって作ったんだ。世界でたった一つのボードだよ』

「ユンハカ・・・」

ただの変態科学者だと思っていたが、自分だけのためにこんなに素敵なボードを作ってくれた。

そんなユンカースを誤解していた自分を、ドライブは恥じた。

『そういうわけで、ラグ君はもう用済みだよね?』

ユンカースの弾む声が響いた。

「は?」

『これからはさらなる生体工学の時代!ラグ君なら、良い生体材料になるはず。無駄にはしないから』

「こんの、変態科学者野郎〜!!」

『失礼な!まあ、すぐにバラすのは勿体無いから、まずは簡単な組織検査からかな。そうそう、ラグ君がドラゴンから人間に変体するときのデータも取ってみたいし。実に興味深い!』

「やっぱり変態じゃねえか!」

『私だって、できるならラグ君が女の子だったら・・・って思うよ。彼がメスだったらもっと良かったんだけど・・・』

残念そうなため息がドライブの耳に届く。

「隅から隅まで本当に変態野郎だな」

憎しみを込めてドライブは言う。

だが、そんな事は気にしないとでも言うように明るい声が返ってきた。

『素敵な褒め言葉を有り難う。とりあえず、町を一周したら戻っておいで。何か不具合とかあったらすぐに連絡ね。点検するから』

「はいはい。じゃあな!」

ユンカースの声を振り切り、ドライブは快適な空の旅と決め込んだのだった。

 

 

昼食時にもかかわらず、ラグーンは広い庭で一人せわしく動いていた。配達に預かった荷物のチェックをしているらしい。

リストと荷物を照らし合わせては、重い荷物を運んでいる。

「ラグーン!」

重い荷物を積み終え、後は軽いものだけだと一息ついたとき、突然声がかかった。

「こんにちは、カシス」

「今日も配達のお仕事?」

たくさんの荷物をせっせと運んでいるラグーンを見ていたらしい。ラグーンは手を休めると苦笑してうなずいた。

「ええ、お得意さんからの依頼で、イグヌまで運ばないといけないんです。今回はちょっと数が多いので、荷物のチェックに時間がかかって」

「イグヌって森の向こうの村よね。用事があるからそこまでは行けないけど、荷物並べるの手伝うわ」

カシスは小型のコンテナに荷物を運び始めた。

「有難うございます。助かります」

たくさんの小さな荷物をコンテナに詰めていく。ラグーンはこのコンテナを手足にくくりつけて空輸するのだ。

ちょっとした荷物なら大きな袋に入れて手でも運べるが、今回はたくさんの荷物を運ばなければならないため、コンテナを借りてきたらしい。

「ねえ、ドライブは?」

「ユンハカさんのところですよ。ボードを取りに行くとかで」

「まだそんなことやってるんだ。訓練学校に行く準備しなくていいのかな」

「ああ、それなら、ドライブは行くのやめましたよ」

「ええっ!?なんで!」

驚いたカシスは荷物を崩しそうになった。慌てて荷物を支え、疑問のまなざしをラグーンに向けている。

「だって、操術士になるんでしょ?訓練校が一番の近道なのに」

ドライブが操術士になりたいと夢を語っていたことはカシスも知っていた。だから、どう勉強すれば操術士になれるか、詳しく調べていた。それが訓練校だとドライブは言っていたのだが・・・。

「旅に出るんだそうです。そして、エンドレスの術資格認定、マスターの称号を目指すんだそうですよ」

「ええっ!?」

さっきよりも驚いた声を上げるカシス。今度はラグーンが何事かとカシスをうかがっている。

「マスターの称号?ドライブも?」

「え?じゃあ、カシスも称号を・・・?」

カシスはこくこくうなずき、興奮した口調で話し始めた。

「うん。あたしは院で勉強しようと思って。実は学術院の入学試験受けてたの。何とか合格できたから、来週からエンドレスのデルタに行こうかと・・・」

デルタはエンドレスの首都で、マスターの称号を得ようと術者が集う、いわば術者のメッカだ。

「さすがカシス。学術院の試験をパスするなんて・・・じゃあ、来週から院生なんですね。おめでとうございます!」

マスターの称号を得るには高度な術技術が必要になる。そのため、学術院で術を学び、そして、選ばれたものだけが称号を得られるのだ。

称号を得られるのはほんの一握りだが、学術院への入学も非常に狭き門なのだ。

「有難う。でも、院生になったはいいけど、ちゃんと称号を得られるかな・・・。目指すならやっぱり最高位のマスターが良いけど、何年かかることやら」

「マスターでなくても、術者のレベルに合わせていくつかランクがあるんでしたよね」

最高位はマスターの称号だが、それ以外にも称号は存在する。マスターを諦めた者は、自分の実力に見合った称号を得、学術院を出るのだ。

「ちょっと・・・ううん、かなりハードル高いけど、あたしはマスターを目指すわ。ドライブに負けたくないもの」

すると、ラグーンは笑った。

「それなら大丈夫ですよ。ドライブがマスターの称号を得られるわけないですから。大体、院にも入学していないのにどうやって称号を得るんだか」

「特別外部認定制度ってのもあるみたいだけど、ドライブそれを狙ってるのかな・・・」

「もしかして、院に行かなくても試験を受けられるって事ですか?」

「多分そんな意味合いだったと思う・・・。資格を得るには厳しい条件が必要だったと思うけど」

「そう言えば、マスターの称号は取ると言ってましたけど、学術院には行くとは言ってなかったですね。また、無理難題なことを思いつきで・・・」

深くため息をつくラグーン。本当に大丈夫なのかと心配になってきた。

「ドライブはマスターの称号のために旅をするって、おばさんに言ったの?」

「ええ、建前は。でも、旅をしたいから称号を得ようとしてるんです」

ラグーンはきっぱりと言った。

「いいなぁ・・・。あたしも旅してみたいなぁ。院は窮屈そうだし・・・」

「老若男女、院にはいろんな人がいるでしょうね。面白い術を修得出来たら、僕にも教えてください」

「習得するまでに廃人にならないように頑張るわ。で、ラグーンはどうするの?ドライブに着いて行くんでしょ?」

さも当たり前のように言ったカシスに、ラグーンは首を振った。

「え!この町にいるの!?」

意外な返事に、カシスはまたまた声を上げた。

「仕事がありますし。しばらく一人で過ごせば、旅がどれだけ大変なものか痛感して帰ってくるでしょう。それまで待ってます」

「・・・ラグーンらしくない発言ね。ドラグーンとかって、二人でワンセットみたいな感じだったのに」

ドラグーンとは、"ドライブとラグーン"の略語だったりする。町ではこの言葉が浸透しており、ドラグーンといえば、ドライブとラグーンのことを指すのだ。

「そろそろドラゴン離れをしてもらわないとと思いまして。町には母殿もいますし、ドライブがいなくなることで仕事もはかどります」

「確かに、雑用でこき使われることはなくなるかもね・・・」

エルビアからの頼まれものや、自分でしなければならない宿題など、ドライブはラグーンに押し付ける癖があった。

昔、自分を慕ってくれる幼いドライブが可愛くて仕方なく、ついついわがままを聞いてしまったせいだ。そのせいでゆがんだ性格になってしまったと、ラグーンは今さらながらに後悔していた。今は出来るだけ言いなりにはならないと意地を張ってはみるが、高級ジャーキーをちらつかされては受けないわけにはいかなかった。

「でも、あれは正当な報酬ですから」

「何が?」

考えが思わず口に出てしまい、ラグーンは慌てて首を振った。

「あ・・・いえ・・・。今度のお給料日に何を買おうかなって」

「ラグーンって本当に偉いわよね。ドラゴンってそういうものなの?」

聞かれ、ラグーンは首をひねった。

「――― まれ・・・でしょうか・・・」

「ドラゴンが皆そうだったら楽しいのにね。あたしにもラグーンみたいな頼れるドラゴンがいれば良いのに」

「どんどん頼ってくださいよ。ドライブのわがままに付き合うのは飽きましたしね。カシスの頼みなら喜んで引き受けますよ」

「有り難う。ラグーン大好き!」

ドライブもそうだが、カシスもまたラグーンにとって大切な家族だった。

三人で日が暮れるまでよく遊んだものだ。

時は過ぎ去り、ドライブもカシスも自分の夢に向けて飛び立とうとしていた。成長していく二人を見守るのはラグーンの楽しみなのだ。

「僕はいつだってドライブやカシスの事を考えています。何かあったら連絡ください。どんなに遠い場所でも、僕の翼があればひとっ飛びですから」

「正直、ルクレージュを離れるのが怖いの。だって、見知らぬ土地で生活がスタートするんだもの。でも、ラグーンがそう言ってくれると、あたしも安心して院に行けるわ。ラグーンならきっとすぐに駆けつけてくれるから」

カシスの屈託の無い笑みに、ラグーンも嬉しそうにうなずいた。

「ねえ、お昼ご飯食べた?」

「それがまだなんです。母殿はご友人と食事をするとかでしばらくは帰ってきませんし。僕は配達を終えてから食事の予定です。イグヌの手前に穴場があるんですけど、そこで済ませようかと思って」

ラグーンの言う穴場とは、"美味しい葉っぱがある場所"である。決して美味しい料理店ではない。

「それって森の中じゃない?大丈夫?あそこを荒らし回っている凶暴なモンスターがいるって新聞に載ってたけど・・・」

ルクレージュ周辺は比較的穏やかな地域だ。しかし、町に被害を及ぼさない程度のモンスター類は存在し、こうやって新聞に載るほどの被害をもたらすモンスターも時折現れるのだ。

カシスの心配に、ラグーンは苦笑した。

「大丈夫です。僕ドラゴンですよ?」

「それもそうよね・・・余計な心配だったわ。ねえ、あたしも一緒して良い?お弁当買ってくるから」

「ええ、もちろんです。一人で食べるよりかは誰かと楽しくおしゃべりしながらの方が消化に良いですし。でも、何か用事があるんじゃないですか?」

「ううん、いいの。大した用じゃないし。それに、ラグーンの背中に乗って風を感じられるのも今の内だから。天気のいい日にラグーンと一緒に飛びたいの。良いかな?」

特に用事が無くてもラグーンの背に乗って空を堪能していたカシスだが、ここ最近は卒業試験やらで忙しく、すっかり疎遠になっていたのだ。

ラグーンの背にいると気が安らぐ。そして、ラグーンと会話しているその時間がとても大好きだったのだ。

「分かりました。じゃあ、行きましょう!先にお弁当買ってきてもらえます?その間に出発の準備を終えるので」

「オーケー!行って来る!」

遠ざかっていくカシスの背中。成長したその姿に、ラグーンは少し胸が痛くなったような気がした。

変化が訪れようとしているのを肌で感じていた。今までに無い大きな変化。

それがもたらすものを考え、ラグーンは静かに目を閉じたのだった。

 

 

ドライブが飛んでいってから既に一時間以上が経過していた。

うるさい客人がいなくなった倉庫で、ユンカースは仕事の依頼を淡々と・・・いや、耽々とこなしていた。

この依頼を失敗するわけにはいかない。成功させなければ、望みに望んだ報酬がふいになってしまう。それは、金では得られない、またとない報酬だ。

手元の小さい機械を分解しては組み立て、動作を確認している。その機械は色違いのものが二つあった。持ち替えては、耳に当てたり、他の機械に繋いだりして動作をチェックしている。

真剣そのものだ。

だからこそ"呼びかけ"に気付かなかったのだ。

『ユンハカーッ!!!』

ユンカースの脳天を、つんざくような声が貫いた。

「いっ・・・!?」

危うく機械をすべり落とすところだった。メガネをかけなおし、ユンカースはインカムに手を添えた。

『いい加減答えろよ!何度呼んでると思ってんだてめぇ!』

ドライブだった。リンカーの通信でずっと呼びかけていたらしい。インカムを装着しっぱなしだったユンカースだが、作業に集中するあまり、まるで聞こえていなかったようだ。

「ド、ドライブ・・・」

『やっと出たな・・・!おせえよ!』

ユンカースの反応の鈍さに相当怒っているのだろうか。終始怒鳴りつけるような声がユンカースの脳を揺らす。

「悪かったよ・・・大事な仕事をしてたんだ。で、どうしたんだい?そんなに怒って」

『仕事してる場合じゃねーだろうが!ボードが落ちたんだよ!バッテリー切れ!!』

「バッテリー切れ?」

『なんか急にピーピー言い出して、着陸する前に落ちたんだよ!なんだこれ、全然バッテリーの持ち悪いじゃん!』

「仕方ないよね。機械は電気食うもんだし。色々手を加えたから消費電力は前より増えてるし、軽量化の為にバッテリーも小型のに換えたし」

『使えねえよ!バッテリー切れじゃ、どんなにすごい機械でもただの粗大ごみだ!』

「省電力装置つけてないんだ。時間が無かったから仕方ないだろう?そんなに文句言うなら帰っておいで。また預かるから」

面倒そうに言うユンカース。

『馬鹿!俺・・・今・・・ど・・・・・・・だっ・・・・!』

通信に急に雑音が入り始める。

「ドライブ?」

『・・・か・・・!』

ブッ

通信の切れる音。ユンカースは一人納得するようにうなずき、インカムをはずした。

「ああ、そうか。なるほど」

と、ドライブの事など気にもしていない様子でつぶやいた。

「後で文句を言いに来るんだろうなぁ。その前にこっちの仕事を進めないと」

ドライブの事はそっちのけで、ユンカースは再び仕事に没頭始めたのだった。

「嘘だろ・・・!?」

ドライブはリンカーをはずした。今まで点灯していたランプが消灯している。こちらも電池切れだ。

「あんのやろーっ!!どうすんだよ!帰れんだろうが!」

ドライブは悔しそうに地団太を踏んだ。

気持ちよく飛んでいたら、電圧降下のアラームが鳴り響いた。方向転換し、慌てて町に戻ろうとするも、ボードは急に降下を始め、一分も経たないうちに完全に動かなくなってしまったのだ。

調子に乗って、町からかなり離れた場所まで飛んできてしまった。そして、途中墜落。

歩いて帰るには一体どれくらいかかるのか・・・。しかも、どっちを向いて歩けばいいやらで、ドライブは完全な迷子になっていた。

空はラグーンの背に乗って行き交う事が多いために見慣れているし、上空なら場所も把握できる。だが、森の中で一人で行動する事など無い。土地勘ゼロだ。

「マジかよ・・・」

反応の無いリンカーを握り締め、ドライブは絶望的につぶやいた。

リンカーも電池切れで通信手段が他にない。

だが、ドライブは何かを思いついたようにポケットの中を探った。手に取った四角いもの。

その四角いものを目にしたドライブの表情がさらに暗いものに変わった。

「圏外・・・」

所持していた携帯電話も、この場所では圏外だった。通信エリアの狭い安い料金プランを選んだ事を激しく後悔していた。

けちけちしないで、どこでも電話プランにしていれば・・・と。

「大体なんで料金によって通話エリアが変わるんだよ。意味分からん」

大人の事情に不満をぶちまけつつ、ドライブはボードを担いで歩き始めた。

「あー、うそー!ケータイの電池も切れそうだー」

どこか電波の入るところは無いかと、ケータイを確認しながら歩いていたドライブだったが、電波のアンテナが立つ前に、電池の残量メモリが一つ減ってしまった。三つあったメモリは今や一つ。

最悪の状況だ。

「夜まで待たないといけないのかよ・・・」

さすがに帰りが遅くなれば、誰かが捜索してくれるだろう。それを見計らって光の術でも使って位置を知らせれば良い。

エルビアにはこっぴどく叱られ、町の住人からは白い目で見られることだろう。

「あーっ!それだけは嫌だ〜!」

一人文句を言いながらとりあえず歩き続ける。時間が経つのは早い。迷子になってから既に一時間が経過していた。

黙々と歩いていたドライブだったが、急に立ち止まり腹を押さえた。

「腹減った・・・」

起きてから何も食べていない。何かつまんでくるのだったと後悔した。

「はぁー・・・どこかに美味いもん落ちてないかな・・・」

こんなところにそんなものが落ちているはずが無い。それでも、ドライブは辺りを周囲深く観察しながら進んでいく。

生い茂る緑の木々、柔らかい木漏れ日が差す森の中を、一人腹を抱えてうなっている。そんなドライブの表情が急変した。

「・・・?」

ドライブは目を閉じ、匂いをかいだ。

眼光を鋭くし、周囲を見回す。そして、ある一点に注目した。ゆっくりと近づき、茂みを掻き分けた。

「やっぱり!」

予想が当たり、ドライブは歓喜の声を上げた。

「クルムの実か。懐かしい」

赤い実のなる木の枝を折った。この甘酸っぱい美味しそうな香りは赤い実から漂っている。ドライブはその香りを察知したらしい。

さくらんぼくらいの大きさの赤い実で、甘酸っぱい味がするのだ。確か、ラグーンがこの実を大好きで、木を枯らしてしまうほど食べつくした事もある木だ。

森に来た時はおやつ代わりによく食べたものだ。

ドライブは実を手にとっては口に入れを繰り返し、空腹を満たした。ついでに、特別実がたくさん生っている枝を折った。どうやら道中に持って行くつもりらしい。

「あれからどれだけ経ってるんだ・・・?」

枝を肩に乗せ、ドライブはケータイを取り出した。

―――――― 液晶は真っ暗だった。

「・・・電池切れてる」

ケータイを地面に叩き付けたい衝動を必死に押さえ、ドライブは苦い表情で歩き始める。

ボードに始まり、リンカー。そして、ついにケータイまでもが電池切れで機能停止してしまった。

重なる電池切れが招いた不幸。

今日は厄日だ。

「一体どれだけ歩けば着くんだよ・・・」

時間だけが無常に過ぎていく。このままでは本当に捜索願いが出されてしまう。

道なき道を歩き、細い川にぶつかった。

川のせせらぎの音が気持ちいいが、悠長に堪能している場合ではない。とりあえず、川下に向けて歩いてみる事にした。

ルクレージュにも川が流れている。運がよければ町にたどり着けるかもしれない。

時々クルムの実をつまみながら無言で進んでいく。

がさっ

茂みが揺れる音に驚き、ドライブは振り向いた。

飛び出してきたものを確認するや否や、ほっと息をついた。

「・・・・・・なんだ、シカか」

胸をなでおろし、再び歩き始めようとした時だった。

がささっ

一際大きく茂みが揺れた。ドライブはびくりと体を震わせた。振り返らず、硬直している。

そうしていると、背後からかなり強い光が差し込んだ。

ずんっ

重量感のある音。その後、木が大きく揺れ始めた。

「ひっ・・・!」

振り返ったドライブが見たもの。

「うわぁぁぁっ!!」

ドライブに巨大なモンスターが襲い掛かった。

 

説明
「俺は絶対に飛んでやる!あの大空を俺の力で・・・!」
ドライブは拳を天に突き上げ、心に強く誓ったのだった。
そんなドライブに従う一頭のドラゴン・ラグーン。
『食への欲求は本能だ。仕方あるまい』食欲(特に高級ジャーキー)に忠実で、心強いパートナー。
二人(+そのほか色んな人々)が織り成すコメディ&シリアスファンタジー。
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ドラゴン 魔法  ファンタジー コメディ シリアス お笑い 

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