魂の還る星[ところ]第1話”しずく”
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第1話”しずく”

 

深い海の底から浮かび上がるようにゆっくりと僕の意識は浮かび上がっていった

 

意識を取り戻した時、最初に目に写ったのはレトロな雰囲気の扇風機だった

 

鈍い光沢を帯びた銅製の羽根が柔らかな夕陽の色を照り返しながらゆっくりと回っている

 

僕は心地よい涼やかな風を受けながらふかふかのベットの白いシーツの上に横たわっていた

 

なにもかもが皆懐かしい

 

懐かしがるような記憶も無いくせに確かにそう思った

 

僕が覚えているのは想い出の無い世界、静かで、清潔で、そして冷たい研究室

 

なのになぜこの色と暖かさに懐かしさを感じるのだろう?

 

「目が覚めた?」

 

 

ぼうっと天井を見つめ、取りとめの無い想いに浸り続ける僕の視界に不意打ちで人影が割り込んだ

 

優しい声、暖かい笑顔、夕陽に輝く金髪、そして見たことの無い紋章の描かれた白いドレス

 

声を掛けられて初めて僕はベットの隣に見知らぬ女性がいることに気がついた

 

その瞬間に僕に組み込まれた自動警戒機能が相手を生体スキャンしていた

 

[武装:無、脅威度:低、総合判定:一般市民と推測されるも、市民登録情報にアクセス不能のため未確認、【要警戒】]

 

意識を失っている間の外部状況履歴が残っていないことも気になったが、

それよりもデータベースにアクセスできないという事実を知り、僕はベッドから跳ね起きると距離を取った

 

「ここはどこだ?」

 

無意識に声が詰問口調になっていた

 

「どうしたの?」

 

僕の挙動に不思議そうな仕草をするその女性を睨みつけながら再度問いただした

 

「質問に答えろ!”ここはどこか”と聞いている!」

 

今度の僕の声は戦う者の声、暖かな夕陽が少しずつ水平線に姿を隠し、夜の翳りと冷たさが混じりだした気がした

 

かろうじて次に口にしかけた言葉だけは声に出さずに飲み込むことが出来た

 

(なぜあの人がいない?)

 

でも声には出なくても顔には出ていたのだろう

 

一瞬だけ表情を曇らせ、再び微笑を取り戻した女性、そして冷徹な目を向ける僕、奇妙な対比、一方通行の緊張

 

「ここはARIAカンパニーですわ」

 

その奇妙な緊張の間に傍らの階段の影から落ち着いた柔和な声が割り込んだ

 

「私は天地秋乃、その娘はアリシア・フローレンス、このARIAカンパニーのウンディーネです」

 

再び生体スキャン、そして出た結果は同じ

 

[市民登録情報にアクセス不能のため未確認、【要警戒】]

 

新たな人物の登場に身構えながらも僕は奇妙な齟齬感を感じていた

 

それは彼女達の言っている事が未知の情報ということでは無かった

  

彼女達の声にはいささかの敵意も、悪意も、それどころか咎めすら含まれていなかった

 

ある種の虚脱感を覚え、構えを解いて力を抜いた、その直後だった

 

【警告:後方より物理攻撃】

 

空間受動レーダーの緊急警報が僕の脳裏に響く

 

振り向きざまに僕の目に入ってきたのは白い色だった

 

「すわぁぁぁ!」

 

先の2人とは微妙に異なる紋章を描いた白いドレスを着た長い黒髪の女性が右脚を高く上げ

残像すら追えなさそうなほどのスピードで僕の後頭部を蹴りこもうとしていた

 

その神速の蹴激を左手の人差し指と中指だけでハイヒールの踵をつまんで受け止める

  

【敵対行為を確認、対人兵装照射準備完了:許可を】

 

僕自身の1部を構成するADS(自動防衛システム)が攻撃許可を求めてくる

 

既にADSはアニヒレーターを体内に構成し相手をロックオンしていた

 

「却下する、目標の敵性は未確認、兵装解除」

 

【了解、警戒態勢は維持】

 

大人の自分の蹴りを子供の姿の僕に指2本で止められてその女性は驚愕で口を大きく開けたまま固まっていた

 

自分の身がどれほどの危険にされされていたのかなど露知ることも無く、それはとても滑稽な姿だった

 

彼女が呆然としていたのはほんの一瞬だった、すぐにその目に闘志が甦ると僕と視線を合わせ睨みつけてくる

 

視線と視線がぶつかり合い火花の散りそうな緊張が生まれた

 

「アリシアとグランマをどうするつもりだ!」

 

彼女の怒気のこもった声に、僕は心中で溜息をついた

 

(むしろ君達が僕をどうしようとしていたのかを聞きたいよ)

 

解けないこう着状態に飽き飽きし、合わせていた視線を少し下げ、一言指摘してやった

 

『白』

 

彼女は足を挙げたまま不思議そうな顔をしていたが、それが何の色なのか気がつくと真赤になった

 

「こっ、このマセガキ!」

 

慌てて脚を引っ込め太腿をぴっちり合わせると、両手でスカートの前を隠して後ずさる

 

僕は呆れた溜息ついて、心の中でぼやいた

 

(やれやれ)

 

でもどうしてだろう、今ちょっと楽しいな?

 

自分の矛盾した感情に僕は笑った、そして驚いた

  

「な、何がおかしいんだ、ぼうず!?」

 

自分の事を笑われたと思って血色ばむ彼女は気がつかなかっただろう

 

それが僕の生まれて初めての笑顔だったということに

  

僕が自分が笑ったことを驚いているということに

 

心地よい驚きに浸っている最中、背後から温もりと甘い匂いとともにそっと抱き寄せられた

 

アリシアと紹介された女性が僕を抱きすくめていた

  

「大丈夫よ晃ちゃん、この子はいきなり知らないところに来てびっくりしているだけなのよ」

 

その言葉で正面の蹴り女が「晃」という名前だと判った

 

アリシアの接近にはもちろん気づいていた

 

しかし僕は先ほどのスキャン結果と緩慢な動きに攻撃意図無しと判定して彼女を無視していたのだ

 

「その子は、晃・E・フェラーリ、姫屋さんの所のウンディーネよ」

 

天地秋乃と名乗った他の2人より一世代上の女性が僕を覗き込んだ、グランマは通称らしい

 

その声の柔らかさと穏やかさには揺ぎが無い

 

「晃ちゃんはね、あなたが倒れているのをここまで運んで来てくれたのよ」

 

そう言って駄目押しのように微笑んだ

 

「でもなかなか目を覚まさないから私のベッドに寝かせておいてあげたの」

 

アリシアが僕の頭を撫でながら説明を引き継ぐ、そうすることで僕が安心すると思っているのだろう

 

「子供の割には重かったぞおまえ!」

 

さっきまで怒りと恥ずかしさで赤くなっていた晃が今度は陽気な笑顔で赤くなっていた

  

僕の緊張感が吸い取られるように解けていった、なぜこんな人達のことを警戒していたのだろう?

 

密かにADSに警戒態勢解除を命じ、スタンバイしておいたバリアと武装も全て解除した

 

ADSが僕の命令に論理的根拠性が無い事を警告してきたが指揮権限で黙らせた

 

「もう暗くなるわ、お家まで送ってあげるわね、お家はどこ?」

 

アリシアの声に安らいでいた僕の心は再び緊張した

 

まず僕にはここがどこなのかわからない、ARIAカンパニーといわれてもそれがどこにあるのかがわからない

 

彼女達は安全な存在だろう、だが質問の仕方や回答次第では不審を招く恐れがある

 

感覚を広げ建物内の情報端末を探す、驚くほど旧式なものしか感知できない、かなり辺鄙な田舎なのかもしれない

 

「僕はどこで倒れていたの?」

 

質問に質問で切り返し誘導尋問を試みた、それで得た回答はあまりに意外なものだった

 

確かその地名は海没したヴェネツィアの地名のはずだ?

 

わからないふりをしてまた聞きなおした

 

「ヴェネツィアって確かもう沈んじゃったよね?」

 

「それは地球のヴェネツィアだろ、ネオ・ヴェネツィアは火星だぞ?もしかして観光客か?」

 

正面の晃が「何言ってんだこいつ?」と顔に書いてあるような表情で不思議そうに答える

 

だが、僕はもうそれを気にしている状況ではなくなっていた

 

火星?確かに理論上はおかしくない、事実上の最初のワープだって地球から火星へワープアウトしたんだ

 

しかしやっぱりおかしい、火星のテラフォーミング計画は立案されてはいるがまだ実現していないはずだ?

 

既に窓外はとっぷりと暮れ、夕闇に包まれていた

 

頭を整理するために窓から海を見やった僕は、水平線に上ってきていたいびつな月を見て、驚愕の叫びを挙げた

 

「なんでフォボスがあるの?!」

 

そっと肩に手を置かれた、振り向くとグランマが僕に微笑んでいた

 

「貴方は観光客の子?それともAQUAの子?もしかして本当は・・・」

 

優しい声も、暖かい笑顔も、照明に輝く金髪も変わらない

 

でもその後のグランマの一言が僕を凍りつかせた

 

グランマは微かな躊躇いの後に口にした

 

「未来から来たの?」

 

率直にいえばグランマの予想は間違っていた、それは一瞬でわかった

 

僕が凍りついたのは、グランマの言葉をきっかけに別の可能性が頭に浮かんだからだ

 

僕の胸中を知る好も無いグランマはそのまま話し続けた

 

「AQUAに観光に来た子がネオ・ヴェネツィアを沈んだと思うのは不自然よね?」

 

そこで一息切る

 

「そしてフォボスがあるのを不思議がる、これでAQUAの子供でも無いことも確かね、でも・・・」

 

そしてにっこりと微笑むと念を押した

 

「フォボスが潮汐力で崩壊し、ネオ・ヴェネツィアが海に沈むほど遠い未来から来た子ならおかしくないわ?」

 

「・・・」

 

僕は気まずい気持で沈黙し、その場は重力が増した気がするほど重い雰囲気になった、ほんの一瞬だけ

 

「・・・なんてね!どう、おもしろかったでしょ?」

 

まるで乙女のようにクスリと無垢な笑いで破顔するグランマの明るい声にその場の硬直が解かれた

 

話について来れず呆然としていたアリシアと晃も一息遅れて笑いだした

 

慎ましやかなアリシアの笑いと対照的に晃は爆笑していた

 

でもつられて笑った振りをする僕の心中は確信に近い想定に行き当たりそれどころではなかった

 

そしてその心の乱れも収まらぬうちにアリシアの言葉で嫌な現実に引き戻された

 

「そういえばまだお名前も教えてもらっていなかったわ」

 

無邪気に笑顔で問いかけてくるアリシアからはグランマと同じ種類の空気が感じられた

 

「・・・」

 

今度の僕の沈黙は本当の意味で寂しい沈黙だった

  

  

   

  

僕には名前が無い

   

  

  

  

医師も研究員も僕の知る人間達は全て僕を「あれ」とか「これ」とか物として呼んでいた

 

かって僕には名前があった、でもそれは僕と共に消えてしまった

 

帰って来た後、彼らは僕にその名前は付け直さなかった

 

存在してはならない物に名前などあってはならない、そう思ったのだろう

 

どうしたらいいんだろう?数瞬の逡巡の後、僕はセオリー通り真実を混ぜた嘘を吐いた

 

「・・・・・・・・・セリオ」

 

「?」

 

アリシアが僕の顔を覗き込む

 

「僕は・・・”セリオ”」

 

「それが貴方の名前なのね?」

 

「・・・」

 

恩人に嘘を吐いた罪悪感で押し黙る僕の沈黙を、アリシアは肯定の意味と取り違えた

  

いや「取り違えてくれた」んだ・・・

 

「そう・・・それじゃセリオ君のお家はどこかしら?遅くなる前に送ってあげなくちゃね!」

 

「・・・わからない」

 

「え?」

 

さすがにこの開き直った答えにはアリシアもびっくりした顔をした

 

これ以上、ここで真実を明かして良いとは思えない、でもどうすればいい?

 

晃は僕を睥睨しながら眉を顰め、なぜかグランマは対照的に平然としていた

 

「どうして?」

 

今度のアリシアの問いは本気の心配、ますます僕の心に呵責が圧し掛かる

  

「・・・暑くて頭がぼうっとして・・・それで気がついたらここにいて・・・それで名前しか思い出せない」

 

僕の苦しい言い訳に晃の目が鋭さを増してくる、僕は無意識に俯いていた

 

その僕の苦境を救ってくれたのはグランマだった

 

「きっと熱中症の影響で一時的に記憶が混乱しているのね、なにかお家の人が判るものは持って無い?」

 

僕の身元を現すものは研究所を出るときに意図的においてきた

 

そもそも名前すら与えられていない僕にはIDカードすらない

 

その時の僕の持ち物は僅かな現金とクレジットカード、そして生まれて始めての買い物のデジタルカメラ、この3つだけ

 

しかもクレジットカードの記名欄は空白という不自然さだった

 

身元証明などなくても困った時は僕を監視しているエージェントが影で何とかする

 

だからテストのための付き添いすらなく街に放り出されたのだ

 

僕の持ち物を事細かに検め、何も収穫が無いことに諦めたグランマが僕に提案した

 

「今日はもう休みましょう、明日になれば具合が良くなって何か思い出すかも知れないわ」

 

とりあえず時間は稼げる、そう思い僕は同意した

 

「じゃあアリシア、この子を今夜ここに泊めてあげてね」

 

「はい」

 

「「え!?」」

 

グランマとアリシアの受け答えに僕と晃の声がはもった

 

「どうしたの晃ちゃん」

 

アリシアの不思議そうな声に晃が心配そうな声を出す

 

「どうしたのって、アリシアおまえ本当にここに泊める気か?」

 

「どうかして?」

 

普通は迷子センターに預けるだろう?

 

多分常識的に考えてそう言うであろう晃の意見に賛同し、そして今夜脱走してやろう

そう思っていた僕の企みは、予想の遙か斜め上を行く晃の思考によって粉砕された

 

「いや、いくら小さいとはいえ一応男だしな・・・、それが一晩一つ屋根の下で・・・」

 

口ごもる晃に僕は心の中で突っ込んだ、どうかしてるのは晃の発想の方だ!

 

「あらあら晃ちゃんはおませさんね」

 

グランマも同感だったのだろう、本当に楽しそうに”10歳の男の子を「ケダモノ」と意識する”晃の意見を笑った

 

「大丈夫よ、今夜は私もここに泊まるから」

 

そのグランマの一声で晃は納得して意見を引き下げた

 

でも僕はかえってグランマとアリシアをマークした、この2人はいろんな意味で要注意だ

 

ーーーーー

 

その後、4人で夕食を摂っている間、晃は僕のデジカメに興味を示していた

 

「いいなぁこのデジカメ、社長の写真を撮りたいんでちょっと借りていいか?」

 

馴れ馴れしく晃が僕のデジカメを弄繰り回しながら言う、市販品のデジカメなら機密も何も無い

  

もちろん僕は1秒で了承した、でも晃、社長をそんな態度で撮影するのか?おおらかな社長だな

 

「水先案内人はね、火星猫を社長にして仕事をするのよ」

 

不思議がる僕にアリシアが教えてくれた、猫が社長とは不思議な風習だ

 

それではたと気がついた、もしかして僕が目を覚ましてからずっと視界の隅でまとわりついていた猫・・・

  

まさかあのもちもちぽんぽんがARIAカンパニーの社長!?

 

「そうよ」

 

楽しそうに笑うアリシアの笑顔に他人事ながらARIAカンパニーの経営の行く末を心配していると

グランマが見慣れぬ服を持ってきた

 

「お風呂が沸いたからお入りなさい、それにその服も汗を一杯吸っているでしょう、湯上りにはこの着替えを着てね」

 

そして何か楽しくてたまらぬ悪戯でも見つけたように口元を隠して笑った、なぜかアリシアもつられて笑っている?

 

「それじゃあ、この服はクリーニングしておいてあげるわね」

 

グランマはそういって研究所を出るときに支給された僕の着衣を畳んで持っていった

 

(”クリーニング”とはどっちの意味かな?)

 

あの服に仕込まれている監視チップの存在を思い浮かべながら僕はそのグランマの背中を見送った

 

アリシアに手を引かれてバスルームに向かう途中、背後から晃に声を掛けられた

 

「じゃあこのデジカメはありがたく借りとくぞ!」

 

別れ際、陽気な声とは裏腹に晃が僕に気の毒そうな同情の視線を送っているのが気になった

  

その後、一緒に入浴しようと服を脱ぎだしたアリシアを脱衣所から追い出すのに散々苦労し、

バスルーム攻防戦を繰り広げることになった

 

でも本日のメインイベントはこれからだったんだ

 

風呂上りにグランマの用意した着替えに袖を通して僕はやっと晃の同情の視線の意味を悟った

 

この服、女の子の服じゃないか・・・

 

ーーーーー

 

グランマは少年が入浴している間にデジカメを持った晃に伝言を頼んだ

 

「そのデジカメを”局長”さんに頼んでね、”グランマからの特別のお願い”と付け加えて」

 

晃はデジカメを受け取ると姫屋ではなく”ロッジ”に向かってゴンドラを漕いで行った

 

後の事をアリシアに頼むとグランマも少年の服を持って自分のゴンドラで夜の海に漕ぎ出した

 

かつて”トレーナー”と名乗っていたあの青年の所に向けて

 

グランマの胸を焦燥が駆っていた、何故なのか判らない、でも早くしなければあの子は”消える”

 

グランマの確信は母親のそれだった

  

ーーーーー

  

晃はすぐに”ロッジ”についた

 

これほどの”力”への入り口が、こんな日常の傍に存在していることに晃は畏怖を感じていた

 

しかしその”力”は驚くほど彼女に友好的だった

 

”局長”は晃からデジカメを受け取ると快く協力を諒解してくれた

 

しかしグランマの付け加えた伝言を聞くと心配そうに表情を曇らせた

 

「”特別のお願い”と申されたのですか・・・」

 

考え込む”局長”の姿に晃は胸騒ぎを感じながら”ロッジ”を後にした

  

ーーーーー

 

私はあの子がお風呂に入った後、残されたあの子の私物を改めて見直してみました

 

小額の現金と無記名のカード、それがあの子に残された全て

  

たったそれだけが他者があの子の存在に関わっている証でした

  

あの子を取り巻くものはあの子がいた痕跡すら残すまいとしているのでしょう

  

泣き出しそうになるのを堪えて私は夜のデッキに出ると呼びかけました

  

”あなたがあなたを助けたように、あの子のことを助けてあげて”

  

その夜、私はシャワーを浴びながらあの子の心を感じて泣いたのです

 

ーーーーー

  

僕の風呂上りと入れ替わりにアリシアがお風呂に入った

 

晃は自分の会社の寮に帰ったはずだ

  

そして”クリーニング”に出かけたグランマはまだ帰っていなかった

  

机の上には僕のカードが元通り置いてあった

  

僕はそのカードに一瞥をくれて思った

  

(アリシア、そこには君が知りたがっている僕の真実など何も無いよ)

  

火照った身体を冷まそうと夜風にあたるためにデッキに出た

  

見慣れた夜空と違う星空を眺めた

  

光る砂粒のような天の川を眺めた

  

僕はあそこにいったことがある、そしてそこで消えて帰って来た、でも今度は・・・

  

その先を想うのをやめて目を宇宙の海からAQUAの海に落とした

  

緩やかな波にうねる暗い水面に遠く対岸の街の灯りが煌いている

  

そこにも星空があった

  

そこで彼等に出会った

  

白いゴンドラに乗った褐色の肌の女性

 

その隣に佇む高い背鰭の巨大な黒い影

 

フォボスの光の元で幻想のようにその姿が浮き上がって見えた

 

「こんばんわ」

 

褐色の肌の女性が微笑みと共に語りかけてきた

 

 

「私はアテナ」

 

そして僕の心に直接想いが響いた

 

”僕はジョーイ・・・君の心は僕に似ている”

 

”彼”の想いが僕の中に流れ込んでくる

 

僕はそれを感じ取って思った、そうか、そういうことか・・・

 

そして口を開かずに彼と彼女に語りかけた

 

”君も僕と似ているね、でも・・・・・・・・・僕はきっと還ってこれない”

 

 

 

 

 

 

夜の海に僕の瞳から1滴の雫が零れ落ちた

 

第1話 終

説明
2007年6月「天野こずえ同盟」様にて初掲載、2009年4月「つちのこの里」様にて挿絵付き細部修正版掲載
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