魂の還る星[ところ]第2話”はもん”
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第2話”はもん”

 

夜が明けた

 

ある意味今までで一番不機嫌な朝だった

 

昨日の夜、女の子の服を着せられたのは逆セクハラな気がしたが我慢した

 

それしかないのであれば我慢してするしかない、したくなくてもするしかない

 

しかし女性というものはいくつになっても着せ替え人形がお好きらしい

  

それは容認しよう、でも僕がその対象にされたことは絶対に容認できない

 

そしていま、僕はまた甚だしく不本意な状況に置かれていた

 

「ごめんなさいね、クリーニングが終わるのに夕方までかかるそうなの」

 

   グランマ、謝罪するよりも男の子の服を用意してもらえないでしょうか?

 

「ここであなたのサイズにあうのは私の子供の頃のお古だけなのよ」

 

   アリシア、物持ちが良すぎるよ、それにどうしてウンディーネの制服なの?

 

「に、似合うぞ!わははははははははは!」

 

 

   晃・・・覚えてろよ、今日は「何色」か楽しみにしてるからな?

 

爆笑する晃を涙ぐんだ目で睨みながら朝食のテーブルについた

 

結局、晃はあの後、外泊許可を貰ってARIAカンパニーに泊まっていった

 

晃とはいえ一応は年頃の女の子なのだからそんな簡単に外泊など許されないだろうと疑ったが

 

グランマのところに泊まる、と言ったら寮長は即許可を出したらしい、物分りが良すぎる寮長め・・・

 

ーーーーー

  

「ゴンドラを漕いでみる?」

 

朝食が終わるとアリシアがゴンドラの試乗を勧めてきた、あまりに唐突だが正当な理由があった

 

昨日は何がなんだかわからなかったが、落ち着いて周りを見るとこの街は海の中に浮かんでいる

 

街全体が中世のヴェネツィアに似せて創られているそうで、どおりで街中が水路だらけなわけだ

 

他にも聞きたいことは一杯あったが、軽率な行動はやめて差し障りのなさそうなことから情報収集することにした

 

彼女たちはここでウンディーネと呼ばれる水先案内の観光業を営んでいるらしい

 

「でもどうしてウンディーネっていうの?水先案内人の訳はパイロットでしょ?」

 

随分と意訳が過ぎるな?と思って聞いてみるとなぜかその回答が晃から来た

  

「清楚可憐なあたしには水の妖精がぴったりだからな!」

  

「晃には似合わないよ・・・」

  

うっかりこっそり口に出してしまった呟きが聞こえたらしく僕の頭に拳骨が落ちた

  

とりあえずゴンドラを漕ぐことが出来ないと出歩くこともままならないと言うので

頭のたんこぶをさすりながら必要に駆られてゴンドラの練習をすることになった

 

アリシアは自分が前に使っていた黒いゴンドラを貸してくれた

  

いままでにたくさんのアリシアの先輩を育てたゴンドラだという

  

液体上に浮力で浮く乗り物に乗るのは初めてだったがアルゴリズムを変換して対応し、

すぐに乗りこなせるようになった

  

「うまいわね・・・」

 

アリシアは感心していた

 

「飲み込みが早いっていうよりも、前に船に乗ってたことがあるみたいだな?」

 

晃は感心するというよりも値踏みするような口ぶりだった

 

「液体も気体もエーテルも流体力学の基本は似たようなものだよ」

 

いい気になって僕は口を滑らせたことに気づいていなかった

 

「はぁ?」

 

晃がまた「何言ってんだ、こいつ?」の顔で僕を見返した

 

「なんだ、エーテルって?」

 

その晃の声に僕は沈黙した

 

おかしなことを言ってしまった恥ずかしさではない

 

それは楽しいことから現実に引き戻された沈黙

 

僕はアリシアに頼むことにした

 

「アリシア、もしもこの街にも図書館があったら明日連れて行ってくれないかな?」

 

今日はこの格好じゃ表を出歩けないから、とチクリと嫌味を言うのはやめておいた

   

ーーーーー

  

遙かな沖合いに強い透明な日差しを浴びながら白と黒の2つの心が浮かんでいた

 

”君が僕にしてくれたことを、今アリシア達がやってくれている”

  

”そう・・・”

  

白は蒼い海の上の世界の心

  

黒は蒼い海の下の世界の心

  

2つの心はその境界で一つになっていた

  

”大丈夫、あの子は救われるよ、ここでなら”

  

”・・・”

  

ジョーイの心にアテナは沈黙した

  

”じゃあ、ここでなければ?”

  

アテナの問いかけにジョーイは答えた

  

”それは・・・僕にも感じ取れない”

  

その答えに心を澄ませていたのはアテナだけではなかった

  

ーーーーー

  

午後も練習は続いていた

  

というかムキになった晃と僕の勝負が続いていた

  

晃としては僕に遅れを取ったのが我慢ならなかったらしい

  

無理も無いかもしれない、晃はウンディーネの水の3大妖精の1人だ

  

その晃が生まれて始めてオールを握った子供に競争で負けたとあっては納まるまい

  

大人気ないと言ってしまえばそれまでだが、僕にも晃を非難する資格は無かった

  

実を言えば僕もムキになって宇宙的なインチキをしていたのだ

  

まさかそのことを話すわけにもいかず、僕は少し後ろめたさを感じていた

  

『白!』

  

その時、突然下半身が涼しくなったかと思うと僕の耳に晃の爆笑が響いた

  

「晃!」

  

とっさに怒鳴りながら裾を押さえる

  

「わはははは!あたしの恥ずかしさが少しはわかったか!?」

  

晃は腹を抱えて笑っていた、笑いすぎて腹痛を起して涙ぐんでいる

  

昨日のお返しというわけだな?男らしいくせに根に持つ奴だ・・・

  

でもおかげで僕の心の呵責は無くなった、今日はこれでいいだろう

  

「とりあえず僕の服を返してくれないかな?女装はもういやだよ」

  

デッキに佇むグランマとアリシアを振り返って頼んだ

  

こればかりは本気で勘弁してほしい

  

「そうね、もう仕上がっているはずだわ」

  

そういうグランマまでが楽しそうに笑っていた、あんまりだよ

  

「晃ちゃん、だめよ」

  

アリシアだけが僕の味方だった

    

ーーーーー

  

グランマは晃と子供の様子を見ながら昨夜のやり取りを思い出していた

  

     「よくここがわかりましたね・・・」

  

      青年は呆れたように、感嘆したように、そして嬉しそうに言った

  

     「あなたなら何か調べてもらえると思いましたの」

 

      グランマの柔和な笑顔が青年の造り笑いを崩した

 

     「それで私のところに来たんですか?一応生物工学専門なんですけどね」

 

      だからこそ、という言葉をグランマは飲み込み、心の奥底に収めた

 

      青年は今度は本当の笑顔で笑いながら折りたたまれた子供服を受け取った

 

     「なんとかがんばってみましょう、ご期待に沿えるように」

 

そのやり取りを思い出しながらグランマは夕陽を背に自分のゴンドラに乗り込んだ

 

「それじゃ行って来るわね」

 

そして微笑とともにゴンドラを滑らせた

 

ーーーーー

  

「申し訳ありませんな・・・」

 

局長はフロリアンの日陰の席で、向かいに座ったグランマに面目なさそうに言いながらデジカメを手渡した

 

「あなた方ですらわかりませんでしたの?」

  

グランマは差し出されたデジカメを受け取らず、代わりに薫り高いロシアンティーのカップを口に運んだ

  

「技術的には我々の側とそれほどの違いはありません、・・・といってもこの民生品を調べた結果だけですが」

  

局長は手にしたデジカメをひっくり返し、画面をグランマに向けながら操作した

  

「物としても何も問題はありません、中には写真が1枚記録されているだけでした・・・地球の光景です」

  

そこで局長は言い淀んだ

  

「しかしその1枚に写っていた”物”が問題でした、これを御覧下さい」

  

デジカメに納められた画像が浮かび上がる、古ぼけただの記念物と化してしまった1隻の艦(ふね)

  

「これがどうなさいましたの?」

  

グランマの不思議そうな問いかけに局長は少し躊躇ってから問い返した

  

「グランマ・・・いえ天地さん、あなたはお名前からして日系の方ですね?」

  

「それがなにか?」

  

グランマはなぜ局長が自分の先祖の出身を問うのか訝しがった

  

「この艦は遙かな昔にあなたのご先祖を守って戦い、そして記念に保存されることになった艦です」

  

「そう・・・」

  

別のスクリーンに浮かび上がった情報を斜めに読み飛ばしながらグランマは気のなさそうに相槌を打った

  

何の気なしにそれを読み続けていたグランマは文章のある箇所に目を留め眉を顰めた

  

グランマの視線の動きを追っていた局長はその反応を確かめてから切り出した

  

「そのデジタルカメラは恐らく新品です、かすり傷一つ無いどころか、部材のどこにも経年劣化が認められません」

  

グランマの目が細まる、局長は視線をそらさずその目をしっかりと見返しながら耳障りに押し殺した声で言った

  

「あの子供が何者であるかはともかく・・・記念艦三笠は21世紀中期の地球の海面上昇で沈んでいるのです」

   

ーーーーー

   

デジカメを受け取り、沈黙のままサン・マルコ広場を後にするグランマの背中を見つめる局長のテーブルに

ウェイターが気配も無く立ち寄ると、空になったカップを下げながら局長の耳元に何事かを囁いた

 

局長は手に持った新聞に目を落とすと、それを読む振りをしながら小さく呟いた

 

「絶対に手を出すな、”ミナセの末裔”が動いている、他の全てのロッジのメンバーにも伝えてくれ」

  

ウェイターは慇懃に頭を下げるとカップを乗せたトレイに1枚のメモを隠して踵を返した

  

メモには局長の直筆でたった1行のメッセージがあった

  

<我々は何も知らない>

  

ーーーーー

  

サン・マルコ広場を後にしてゴンドラを漕ぎ続けた先に待っていた青年の声は緊張していた

  

「結論から言います、私にわかったのは”私にも何も判らない”これだけでした」

  

「あなたほどの人でも判らないのですの!?」

  

グランマの声に驚きが混じる

  

青年は少し落ち込んだように答えた

  

「我々の技術水準を遙かに超越したテクノロジーです、チップの素材がなんであるかすら解析不能でした」

  

「・・・」

  

グランマの沈黙は重い

  

「お預かりした服はお返しします、残念ですがチップはもう処分しました」

  

きちんと折り畳まれた服をグランマに渡しながら、そっと静かに囁いた

  

「気をつけてください、あの子供が何者なのかはそれ以上にわかりません」

  

そして躊躇いながら、もう一言付け加えた

  

「無神論者の私が言うのも皮肉なことですが・・・」

  

そこで息を切ると残りを一気に続けた

  

「あなたのご先祖の国、日本の神道にはこういう世界観があったそうですね?”物にも魂が宿る”」

  

  

  

  

  

  

僕という波紋が世界に広がり始めていた

 

第2話 終

説明
2007年6月「天野こずえ同盟」様にて初掲載、2009年4月「つちのこの里」様にて挿絵付き細部修正版掲載
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