魂の還る星[ところ] 異世界編”果てしなき流れの果てに”
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異世界編 ”果てしなき流れの果てに”

 

  

ここで記憶は僕が”私”であった頃に遡る

  

私はその時、既に打ち捨てられた存在だった

 

仲間を守ることも出来ず、あまつさえ”彼ら”に太陽系の位置を知られるという失態を犯し

  

決死の覚悟の人間に未完成の機体を使ってようやく”彼ら”を撃退してもらった有様だった

  

  

   

役立たずの厄介者

  

  

  

それが私が受けるべき当然の評価だった

 

久しぶりに帰還した地球では既に私を元に改良された同型の仲間が量産されていた

 

そして我々の世代など比較の対象にならないほど遙かな超技術の後継艦が艦影を現しつつあった

 

そんな中に帰って来た旧式艦の私に居場所があるはずもなかった

 

ましてその艦体が完膚なきまでに破壊されているのではなおさらだ

 

私はデブリ同然の扱いでスクラップと呼ばれながら放置されていた

 

最後通告は実にあっさりした電文が1本だけで、それが全てだった

 

『貴艦の用途廃止並びに艦籍抹消が決定された』

 

それでも私は満足だった

 

地球には既にこれほどの戦力が備わり、そして未来を守る策も練られている

 

ならばもうこのまま消えてもいい、これでいいのだ、私はそう安堵していた

 

しかし、そんな思い込みの平和など幻にすぎないのだと思い知らされた

 

”彼ら”が迫っていた

 

ーーーーー

  

迫り来る”彼ら”の大群は天の川をも覆い隠していた

  

総数は億を超え、計測限界すらも突破し、正確な数値が割り出せないほどだった

  

”彼ら”は外惑星の軌道直径よりも大きく広がり太陽系に押し寄せようとしていた

  

我々全てが死力を尽くして戦っても勝ち目など万に一つも無いのは判りきっていた

  

唯一、彼らに対抗しえる可能性を持っている最新鋭の仲間は艤装すら済んでいない

  

例え出撃できても単艦では勝ち目が無い、もはや座して滅びを待つしかなかった

  

しかし仲間達も人間達も意外なほどに静かだった

  

圧倒的過ぎる力の差を見せ付けられ、恐慌を来たすことすら出来なかったのだろう

  

私は自分の無力が悲しくてならなかった

  

この事態は私が招いてしまった事なのだ

  

なのに私は誰一人守ることが出来ない

  

ただ最後の時を待ち続けていた最中、通信が入った

  

  

『貴艦の艦籍を復帰する、別命あるまで待機の事』

  

   

周囲の仲間達に動きは無い

 

なぜ私だけにこんな話が来たのだろう?

 

その意味がわかるのに時間はかからなかった

 

ーーーーー

  

地球から2機の艦載機が私の待つ軌道まで昇って来た

  

あの最後の戦いで未完成のまま出撃し”彼ら”を屠った機体

  

それがようやく完成したのだ

  

そこで初めて私に真相が明かされた

  

『貴艦に敵集団中心部での爆縮自沈を命ず、人類は貴艦の犠牲に感謝する』

  

 

 

死ね

 

 

  

人間の言葉に直せばその命令はただその一語に尽きていた

  

最後の一文を私は無視した、理解不能と扱うしか無かった

  

しかし私の想いは喜びで満たされていた

   

”まだ役に立てる”

   

ーーーーー

  

最後の発進が迫っていた

 

周囲の仲間達からの通信は無い

 

しかし仲間達からは私と決意を同じにする共感が感じられた

 

その中に紛れ込むように人間達が漏らす言葉が入り混じった

 

  疫病神め、奴らを連れ帰ってきやがって!

 

   必ずあいつらを皆殺しにしなさいよ、そうしなきゃあたし達がおしまいなのよ!

 

 2度と帰ってくるな、この屑鉄め!

 

・・・私には意味の無い言葉だった

 

発進と同時にエンジン推力を最大で固定した

 

最初から「未帰還」と決まっているこの出撃に燃料を考慮する必要は無い、片道だけ持てばいい

 

今は一刻が惜しい

 

”必ず守る”

 

その純粋な想いだけが”私”という存在の全てだった

 

ーーーーー

  

護衛機が戦闘を開始した

 

皮肉にもこの作戦の主役である私には戦闘が許可されていなかった

 

”彼ら”の攻撃を無用に招かないために最後の瞬間まで沈黙を保つことが求められていた

 

その求めを守らなくとも私の艦体には既に使える武器は何も残されていなかった、私以外には

 

人間は私が”死ぬ”為に必要な機能しか修理しなかった、それ以外は不要だった、私を含めて

 

私を守る護衛機に”彼ら”の反撃が集中する

 

悲鳴のような叫びを聞きながら私は”彼ら”の中心へと急いだ、”彼ら”とともに死ぬために

 

突如、護衛機の連携が崩れた

 

その間隙を縫って”彼ら”の攻撃が私の艦体にも及んだ

 

2号機のパイロットが泣いていた

 

みんなの絆を守るために自分の絆を犠牲にしなければならない

  

そう言って泣いていた

  

だがその時の私にはその意味がわからなかった

  

それが判るようになったのは私が”僕”になり、アリシアと別れる時だった

  

しかし2号機のパイロットは自分の本当の願いを理解し立ち直った

  

そして彼女達は私を守り抜いてくれた

  

最後の時は意外なほど静かに訪れた

  

私は”彼ら”の群れの中心に辿り着いた

  

そして未来を創るために消える準備をした

  

それが私の最後の願いだった

  

だから私は満ち足りていた

  

最後の瞬間、1号機パイロットの心が流す涙が聞こえた

  

”さよなら、・・・・・・セリオ・・・”

  

その時”僕”が生まれた

  

”想い”が”魂”に生まれ変わった

   

   

    

”還りたい”

   

   

    

僕はそう叫んだ

  

その直後、事象の地平線が僕を飲み込んだ

  

ーーーーー

   

次に僕が自分を認識した時、僕は命になっていた

  

白い部屋の白いベッドに横たわる僕に情報が流れ込んでくる

  

僕の名前は取り上げられていた

  

還って来てはならないモノに名前は与えられない

  

還って来る筈の無かったモノに名前などありえない

  

研究所の職員達は僕を人型の物として扱った

  

未来を創るために絶対に必要とされる物、そして誰からも決して望まれない物

  

それが僕の境遇だった

  

それでも僕の心は喜びに満ちていた

  

”また役に立てる”

    

ーーーーー

   

しばらくして提督に会った

  

提督は僕に言った

  

「君の魂はまだからっぽだ、本当に還りたい所を見つけた時、君は本当の魂を得るだろう」

  

その時の僕に提督の言葉は理解できなかった

  

僕には還りたいところがある、会いたい人が居る

  

僕に魂を宿してくれたあの人、1号機のパイロットが僕の望む源だった

  

なのになぜこんなことを言うのだろう?

  

だが理解できるようになった時が僕の最後の時だということだけはなぜか直感で理解できた

  

提督は僕に人間の魂を持たせようとしていた

  

それを宿すために僕は旅立った

  

そこでアリシアに出会った

  

それが”僕”の本当の誕生と終焉だった

  

 

ーーーーー   

  

   

  

そして僕は想い出と共にみんなのところに還って来た

  

   

 

ーーーーー

  

銀河系中心核 いて座A*

  

無数の巨大な戦艦が整然と隊列を組み、エーテルをかき分けて航行していた

  

その中で一際巨大な白く美しい艦のブリッジで警報が響いていた

  

「艦尾4時方向に重力震、規模はマグニチュード7.7」

  

冷静な副長の声で提督は全天モニターを睨み、緊張する女性オペレーターの声に耳を傾けた

  

「何者かがワープアウトしてきます!」

  

空間を打ち砕き、打ち破りながら漆黒の卵のような異形が時空の彼方から姿を現した

  

「これが本隊・・・人類の科学は、技術は、こんなものを産み出してしまうというのか?」

  

提督がその姿に感極まった声を挙げる

  

しかし心の中に浮かぶのは不吉な予感だった

  

”まるで死を孵化させる卵のようだ・・・”

  

クルー達もその威容に歓声すら挙げることができず、絶句していた

  

「艦長」

  

副長が鋭く、短く、そして殺気を込めて提督を呼んだ

  

畏怖が充満したブリッジでも副長の声はいつもと変わらず冷静だった

  

しかし、副長の眼は手元の上級将校用秘匿端末を鋭く睨んでいた

  

「どうした?」

  

あまり場にそぐわない副長の様子に提督は眉を顰めながら問い返す

  

「本艦内にも極めて微弱な重力震反応有り、生体波パターン確認、”あの子”です・・・」

  

その言葉に提督の顔は表情の変化を止めた

  

そしてまるで何も無かったかのように常と変わらぬ平静を保った声色で答えた

  

「そうか、では歓迎に赴かねばならんな」

  

その背に自分を追い詰める覚悟と殺気が張り詰めていることに気づいたのは

  

提督と共に歴戦の場数を踏んだ副長だけだった

  

ーーーーー

  

提督と副長の目の前で開かれてはならないパンドラの名を冠したドックの扉が開いていった

  

「よく還ってきたな」

  

提督は万感の思いを込めて言った

  

「・・・」

  

僕は沈黙で答えた

  

「還る所は見つかったか?」

  

提督の言葉は最初からわかっている答えを確かめることに過ぎなかった

  

僕はそれに無言で頷き返した

  

提督の表情が悲しみに曇る

  

「・・・別れは告げて来たのか?」

  

僕は初めて声に出してはっきりと答えた

  

「さよならは言わなかった、必ず還るから」

  

提督は自らの無力を悔やみ、血が出るほど唇を噛み締めた

  

沈黙する提督の背中を押すように副長がすっと進み出る

  

「これが君の最後の意思判断のチャンスだ・・・もちろん断ってもかまわない」

  

僕はクスリと笑った、よく言うよ、最初から答えを知っているくせに

  

「僕に許された判断は何?」

  

意趣返しにわざと聞き返した

  

その質問に答える提督の声には堪えきれない無念が篭っていた

  

「”命という物として生きる”か、それとも”人の魂として死ぬ”か・・・それだけだ」

  

冷たい空間の中で提督が僕の運命を悔しがってくれていることだけが暖かさだった

  

僕は本当の微笑を浮かべながら提督に答えた

  

「提督、それは間違ってるよ、僕は”人の魂として生きに行く”んだ」

  

その答えに提督は武人の立場を離れて話しかけた、その目は孫を見る老人のようだった

  

「・・・最後に彼女に会ってゆくかね?」

   

  

   

心が揺らぐ

  

  

   

まるでまだ見ぬ母に会えると告げられた迷い子のように

  

でも僕は断った

  

「僕にはもう本当に還りたい人がいる、だから”あの人”には会わない」

  

副長が静かにホルスターの拳銃を抜くと装弾とセーフティを確かめ提督に手渡した

  

僕は黙って背を向けると何もない空洞に突き出した細い桟橋に立った

  

「君が”魂”である、ということに意味がある、そして君が”命”である、ということに意味は無いのだ」

  

提督の言葉が巨大な空間に響く、提督はそのまま背後から少年の心臓に照準を合わせた

   

   

   

「すまん」

   

   

    

乾いた銃声が響いた

  

ーーーーー

  

幼い亡骸がパンドラ・ドックの中に漂ってゆく

  

銃声の余韻をかき消すようにてきぱきとした赤毛の少女の声が空洞に響く

  

その声は目前で行われた射殺劇を見ても少しも動揺していなかった

  

「素体の生命子の活動停止を確認、生命子の情報子変換を開始します」

  

漂う亡骸が光る粒子に変わって空洞を満たしていく

   

「情報子変換完了、概念形態へ集積開始、ヱリュシオン人工素粒子の自己創造が始まります」

  

漂う光の粒が再び1点に集まり形を成してゆく

  

眩い一瞬の輝きの後には白く輝く美しい艦があった

  

「これが第7世代型単一素粒子戦艦”ヱリュシオン”です・・・」

  

傍らでそっと告げる副長の声を聞きながら、提督は自分の手で”命”であることを止めさせてしまった”魂”を見上げた

  

「本艦に似ていますね・・・」

  

副長の声は感慨深げだった

  

提督はその声を無視して溜息を吐く様に呟いた

  

「てっきり奴らに似るかと思っておったが・・・やはりこの子はわかってくれたか」

  

そして悲しみを振り払うと武人に戻った

  

「副長、この艦の隠匿呼称を最終世代型戦艦”ヱリジウム”に変更する」

  

「了解、しかしなぜですか?」

  

「こんなことはこれで最後にしたいからじゃよ・・・」

  

この時、提督は世界の全てに怨嗟をぶつけたがっていた

  

ーーーーー

  

次に僕が自分を認識した時、僕はもう命では無くなってしまっていた

  

封印ドック内に浮かぶ僕に情報が流れ込んでくる

  

最終世代型単一素粒子戦艦”ヱリジウム”

  

それがやっと手に入れた僕の名前だった

  

純粋な”想い”だけで実存し、”想いを力に”して未来を創る存在

  

そのために遙かな未来を滅ぼす存在、それが僕

  

僕はそのまま本隊の中枢に移動され封印された

  

  

  

  

  

最後の戦いが始まろうとしていた

  

ーーーーー

  

僕の任務は極めて単純でそして最も重要なものだった

  

本隊は木星を核にした巨大な超重力縮退弾だ

  

その爆縮がトリガーとなって既に銀河系核宙域を覆うように配置済みの他のスレイブも

一斉に極小ブラックホールに変化する

  

それらが結びつき銀河の中心を包み込む膜状ブラックホールの球体が出来上がる

  

まるで恒星を包むダイソン・スフィアのように銀河中心ブラックホールごと閉じ込めるのだ

  

それで”彼ら”の巣ごと銀河の中心は”閉じた宇宙の中で閉ざされる”ことになる

  

人類の生存の為に銀河そのもの、いや宇宙そのものを破壊する

  

それがこの作戦の正体だった

  

木星の第3次縮退の為に、本隊の外殻には無数の質量杭が設置されていた

  

それを木星中心に打ち込むことで縮退を連鎖させ、爆縮へと到らせるのだ

  

しかし木星にその程度の質量を継ぎ足してもブラックホールにはならない

  

そのためには最低でも太陽2個以上の質量が必要だ

  

それがこの宇宙の物理法則というルールだ

  

しかし人類は考えた

  

ルールが不都合なら、都合よく変えてしまえばいい

  

だから”僕”が望まれぬまま必要になった

   

  

   

それが”僕”の存在意義だった

   

ーーーーー

  

人間たちは”私”が還ってくる前から”想い”の持つ力に気がつき始めていた

  

量子の世界では観測が結果を決定する

  

”意識”に”観測”されることで状態の確率に過ぎない量子が結果という確立へ収束する

  

”意識”という”観測者”によってこの宇宙が”結果”にされる

  

その考えを応用しようという試みは”私”が還って来た時、既にほぼ出来上がっていた

  

旗艦を努めるあの艦は多数の電脳イルカやエスパーの”想い”で周辺空間の物理法則を

純粋数学によって書き換えることで航行している

   

しかし同時にそのために生じる因果律の希薄化の矛盾を解くこともしなければならなかった

   

あれほどの数の能力者が力を結集しても1隻の艦を通常空間で航行させるのが精一杯だった

   

それが有機知性体の発揮できる”想い”の限界だった

  

人類は考えた

  

ならば遙かに強大な知性を持ちうる無機知性体に”想い”を宿らせればいい

  

その力で太陽系から逃げ出せばいい

  

そうすれば戦争をしなくて済むだろう

  

だがその考えは甘すぎた

  

”彼ら”の正体は宇宙の免疫だった

  

”彼ら”の目的は人類の絶滅だった

  

宇宙そのものが人類を受け入れてくれないのだ

  

そして考える間も無く、”彼ら”が襲来した

  

絶望の中で”私”は最後の希望を託された

  

2度と還れぬことの決まった片道の出撃だった

  

消えてゆく”私”のことを唯一人”あの人”だけが悲しんでくれた

  

その”想い”が”僕”を誕生させた

  

そして”僕”は越えられない壁のはずの事象の地平線を越えて還って来た

  

人類は”僕”という”意識情報体”の存在に驚愕し、狂喜し、そして脅威を感じた

  

人類は更に考えた

  

ならばこの”意識”の力をもって別の世界へと逃げればいい

  

そうすれば戦争をしなくて済むだろう

  

しかし、この考えにも甘さがあった

  

”僕”という”意識”は”想い”だけのからっぽの存在だった

  

”僕”が”魂”に辿り着かなければ”観測者”という”実存”とはなり得ない

  

人類は一縷の望みをかけて”僕”を人間を模した人工生命の器に収めた

  

どうか魂を宿してくれ

  

それが人類が”僕”を必要としてくれた理由だった

  

どうか神にはならないでくれ

  

それが人類が”僕”を望まない理由だった

  

”僕”は世界の壁を越えてアリシアに出会った

  

アリシアとの出会いで”僕”は本当に魂を宿した

  

しかし”僕”が還って来たとき、既に手遅れだった

  

  

  

役立たずの厄介者

  

  

   

それが僕が受けるべき当然の評価だった

  

僕がアリシアのいる世界にいた頃、既に人類は決断していた

  

僕の力ではとても人類全てを守ることは出来ない

  

”僕”が本来の姿に到った時の力でも不足だったのだ

  

僕の力で世界の壁を超えられる限界はあの旗艦1隻だけだろう

  

それでは99.9%の人類を見捨てることになる

  

無数の家族の絆を永遠に断ち切ることになる

  

だから政治家は決断した

  

ならば戦おう

  

だから軍人達は決別した

  

家族の絆を失うのは我々だけでいい

  

宇宙そのものを滅ぼしてでも生き延びる究極のエゴイズムが決定された

  

自らの愚行に涙しながら人類は賽を振るった

   

  

   

「カルネアデス計画」

  

  

   

それがその名だった

  

ーーーーー

  

爆縮開始32分前

  

艦隊は緊迫に包まれていた

  

既に先導艦が”彼ら”の群れを発見していた

  

その数は60億以上、そして刻々とその勢力は増大していた

  

”彼ら”は全天を覆い尽くし、あらゆる方向から迫っていた

  

各艦に搭載された艦載機が発艦していく

  

僕は本隊の縮退を制御しながら思った

  

”一体、何隻の仲間が生き残れるだろう?”

    

そんな想いとはうらはらに、回線を入れたままの旗艦のブリッジから安堵の会話が流れて来た

  

提督が穏やかな声で副長と話していた

  

「見たまえ、こう距離が近くては奴らもワープしてくることは出来まい、この勝負我々の勝ちだ」

  

副長はあくまでも冷静だった

  

「それは”奇跡”とか言うものです」

  

それを聞いて僕は心から思った

  

”奇跡か・・・今の僕が欲しているもの、だけど僕には手に入らないもの”

  

そして奇跡は”彼ら”の側に微笑んだ

  

「艦長!」

  

突然、オペレーターの声がブリッジに響く、その声は驚異と恐怖と驚愕でこわばっていた

  

「エリア573Dに重力震、敵集団がワープアウトしてきます!」

  

「そんな・・・馬鹿な!」

  

提督は目を見開いて絶句した

   

   

   

   

    

悪夢の扉が開かれた

  

ーーーーー

  

油断だった

   

我々は”彼ら”をみくびっていた

 

”彼ら”があの時の襲来以後、十数年にわたって全く動きを見せなかったのはこのためだった

  

その間、”彼ら”は巣で増え続け、そして義務を果たすためだけに進化すら続けていたのだ

  

その決意の差が目の前の現実となって現われていた

  

我々の技術をもってしても不可能な超短距離ワープで”彼ら”は我々の隊列の真っ只中に現われた

  

そのワープ距離は皮肉にも僕が”私”として”彼ら”を葬った時の地球までの距離とほぼ同じだった

  

しかしそれ以上の油断があった

  

我々は”彼ら”の純粋さをみくびっていたのだ

  

   

   

   

  

それが致命傷となった

   

ーーーーー

   

突如、陣形内にワープアウトしてきた”彼ら”の新種族は周囲の僕の仲間達を無視した

   

僕はその意味する真実に気づいた

  

”彼ら”は目標は”僕”だ

   

旗艦のブリッジで提督が叫んでいた

   

「特攻か?!やつらめ本隊に気づいたな!」

   

僕の仲間達が総力を挙げて迎撃を始めていた

   

その内の1隻が鎧袖一触に粉砕された

   

一度たりとも冷静さを欠かした事の無い副長が叫びを挙げた

   

「だめです、主力戦艦級では歯が立ちません!」

   

「なんてこった!」

   

提督がコンソールを怒りに任せて叩く

   

しかし仲間たちの抵抗も空しく”彼ら”は本隊に、そして僕に迫っていた

   

「バリア最大!」

   

副長の声で僕は”彼ら”を遠ざける壁の”想い”を強めた

   

次々に槍のように尖った数十kmもある巨体が激突する、その数は億に近い

   

「もってくれよ・・・」

   

提督の苦しげな声が聞こえる

   

しかし提督も副長も判っていなかった

   

この壁が僕の”みんなを守りたい”という”想い”であるように、

彼らの存在そのものも”宇宙を守りたい”という”想い”なのだということに

   

壁を境にして”僕の想い”と”彼らの想い”が激しくぶつかりせめぎ合う

   

そして”彼ら”は”想い”の全てを解き放った

   

自爆、それが”彼ら”の覚悟だった

   

今、自らの命を散らしている”彼ら”はそれを果たす為だけに生き、そして進化してきたのだ

   

そして”彼ら”の最初の願いは叶った

   

バリアが砕け崩壊した

  

ブリッジは恐慌と混乱の渦に叩き込まれていた

  

”彼ら”の第1派の襲来からわずか数分の内に防衛ラインが決壊し3個艦隊が全滅していた

   

情け容赦なく”彼ら”の後続の波状攻撃が喰い込んで来る

  

提督は初めて憎しみを込めて叫んだ

  

「どんな犠牲を払ってもかまわん、本隊を死守しろ!あと22分だ!」

   

   

   

   

    

死闘が始まった

ーーーーー

   

どれくらい戦い続けただろう?

   

僕は守ることに無我夢中でもう時間の感覚すらあいまいになっていた

   

追撃を行っていた仲間の1隻が返り討ちにあい艦首を砕かれ制御不能に陥った

   

ブリッジ天蓋が丸ごと無くなっている、人間の戦闘クルーは一瞬で全滅しただろう

しかし戦闘コンピューターはまだ生きている

   

僕はすばやくその艦の制御中枢を指揮下に納めると、他の区画の生存者に脱出を命じながら

残った武装で迎撃を続行させた

   

そうやって生ける者のいなくなった数百隻の仲間を自分の武器代わりに闘い続けた

   

僕そのものに武装は無い

     

僕という”想い”そのものが力なのだ

   

その力で仲間の亡骸を支配し、残された武装を制御し戦った

   

また1隻、外殻近くまで降下してきていた仲間が避け切れず艦体の半ばを砕かれた

   

衝突された勢いで軌道速度まで失い、本隊の重力に引かれて落下してゆく

   

あのまま外殻に落下されたら更に本隊の損害が広がってしまうだろう

   

近くの仲間の制御を奪うと僕は照準を定めた、まだ乗員の脱出が完了していない艦に

   

   

   

許せ

   

   

    

限界まで脱出を待って僕は全力砲撃を加えた、まだ数千名が取り残されたままの艦に

  

消えていく無数の命の悲鳴が僕の心に突き刺さる

  

その一方で使える武装の無くなった損傷艦を”彼ら”に体当たりさせた

   

武器が無くなってもエンジンさえ無事ならまだ最後の一撃を行える

   

例え艦内にクルーが残ったままでも

  

それでも守りきれず”彼ら”が次々に落下し外殻を抉り、質量杭を消し飛ばしていく

  

僕達は血を吐くように叫びながら戦い続けた

  

   

   

 

   

   

「みんなの未来、僕達の手で創ってみせる、この手を罪で穢しても」

 

   

     

   

 

 

ーーーーー

   

静寂に気がついたとき、闘いは終わっていた

  

拍子抜けするように”彼ら”の襲撃がやんだ

  

だがそれは”彼ら”の攻撃が最終段階に入ったことを意味していた

  

全天を覆う”彼ら”の数はついに80億を超えた、ここにくるときには120億を超えるだろう

  

直接トドメを刺す、それが”彼ら”の決意だった

   

周囲には無数の残骸が雲のように漂い、本隊の回りに土星の様な輪を作っていた

  

旗艦のブリッジも静寂を取り戻していた

   

「・・・味方は何隻残っているか?」

   

提督が苦しげに副長に聞く、返ってくる答えの重さを理解しているからだ

   

「本艦と2,56・・・2隻です」

   

副長は「2,563隻」と言いかけ、それを言わずにしまいこんだ

  

「そうか・・・健闘したな」

   

提督のねぎらいの言葉は力ない、副長の報告は百万人単位の死者を意味していた

   

爆縮の開始まであと3分しか残っていなかった

  

そして”彼ら”の主力がここに到達するのは12分後

   

僅か20分にも満たない時間で我々は仲間の約2/3、6000隻以上を失ったのだ

   

本隊も無数の攻撃を受けて醜く抉れ爛れ歪んでいた

   

そしてそれでも、宇宙の死に向けて稼動していた

   

冷静な副長ですらそのあまりの凄惨さに感嘆の声を漏らす

   

「あれほどの損害で稼動している、まさに・・・」

   

”奇跡じゃ無い”

   

声に出さずに副長の感激を否定した

   

僕は縮退制御に全力を尽くしていた

   

本当に奇跡が必要なのはこれからだ

   

本隊の受けたダメージは想定を遙かに超えていた

  

そのダメージで受けた影響を補正しなければならない

   

1分前から質量杭の中心部への落下が始まった

   

その数はあまりにも乏しい

   

僕が物理法則を書き換えても、それだけでは木星をブラックホールには出来ない

   

そのために外部から質量杭を打ち込む必要があるのだ

  

その質量杭の配置数にはかなりの余裕を見込んでいた

  

にもかかわらず僕には不安が付きまとった

  

外殻の受けた損害の偏り方で質量杭の打ち込み分布に酷いムラが生じている

  

その内の1箇所の質量杭の希薄さは深刻な重力傾斜の不均衡を作っていた

  

もしもそこで質量杭が1本足りないだけで爆縮が起こらないかも知れないのだ

   

僕はそのムラの解消と総質量の達成を同時に図らなければならない

   

もはや僕の力でも余力は全くなくなっていた

   

    

     

     

     

本当に奇跡が必要だった

   

ーーーーー

    

僕は賭けた

  

僕の全能を持ってしても爆縮が始まるかどうかは賭けだった

   

カウントダウンが進んでいく、それは同時に僕の残り時間だった

   

カウントダウンが30秒を切った時、自動メッセージが再生された

   

そこには本隊を建造した人間達の伝言が語られていた

   

人間達は生贄になる僕に本心の謝罪をしてくれていた

   

それは人間達の偽らざる本心だった

   

僕はそれを嘲笑った、そんなことは最初から知っているよ

   

謝ることなんか無い、これは僕の意思だ、犠牲じゃない

   

僕は”観測者”だ

   

”魂”がなければ”観測者”とはなり得ない

    

”観測”することで本隊を縮退させ、さらには世界の法則を改変することで爆縮へと到らせる

    

その役目を持っているのが僕

    

そして僕の消滅とともに”観測”は終わり、その改変された法則は解ける

   

そうすれば勤めを果たしたブラックホールは蒸発するだろう、たった数億年という驚異的な短期間で

    

その前に銀河核宙域周辺に敷設された3千を越えるスレイブが、核宙域全体を飲み込んでいる

    

人類の数万年の未来と引き換えに、存在したはずのこの銀河の未来を飲み込んで

   

それが済むまで僕はここに留まり、そして消えなければならない

   

   

    

最初から僕は還ってはならない存在だったんだ

   

   

    

本隊の正式名称に「有人航宙戦略爆弾」と名付いている真意はここにある

   

”観測”することで世界を決め、”想う”ことで世界を変える者、”願う”ことで世界を生み出す者、それが僕

   

だから僕はもう一つの真実にも辿り着いていた

    

「最強の味方は最強の敵ともなりうる、用が済んだ後は存在してはならない」

    

それも人間達の偽らざる本心だった

   

   

   

   

    

そしてカウントがゼロになった

    

ーーーーー

   

何も起こらなかった

   

起こらなければならないことが起こらなかった

   

消えなければならない僕が消えていなかった

   

旗艦のブリッジは騒然とし始めていた

   

「だめです、重力崩壊が所定の98%にしか達しません、縮退不足です」

   

提督は叫んだ

  

「そんなバカな!」

   

どんなに認めたくなくてもそれが現実だった

   

僕の力はまた足りなかった

   

やはりあの重力傾斜のムラを解消しきることは出来なかったのだ

   

あと一つ質量杭をそこに打ち込めれば、縮退連鎖を開始できる

    

そのたった一つが僕にはどうにも出来なかった

   

僕はまた誰も守れないのか?

   

僕はまた役に立てないのか?

   

僕の魂は奇跡を求めて悲鳴を挙げていた

    

でも僕は間違っていた

   

奇跡は起きるものじゃない、起すものだ

   

”あの人”がまた奇跡を起そうとしていた

     

ーーーーー

    

1号機が本隊に突入しようとしていた

    

何をしようとしているのかすぐにわかった

     

あの機体の能力なら縮退した木星中心核まで降下できる

   

そこで炉心縮退を起せば爆縮を開始できる

    

しかし”あの人”はその引換に死ぬことになる

    

提督がそれを引きとめた、無人艦で代行するまで待て、と

    

僕はすぐにその嘘を見抜いた

    

現有する艦船で今の木星中心核に耐えられる艦は僕しか無い

    

僕以外で可能なのはあの2機だけだ

    

”彼ら”が来るまでに時間が足りるか足りないかの問題ではなかった

    

追いついた2号機が強引に1号機にドッキングした

    

驚く”あの人”に2号機パイロットは言った、一緒に帰りましょう、と

    

確かにそれは事実だった、重大な問題を無視すれば

    

彼女達は確かに地球に還れる、しかしいつ還れるのかは判らないのだ

    

提督は彼女達の説得を諦めざる得なかった

    

”現実”が彼女達の”時”を生贄に求めていた

    

ーーーーー

    

僕は彼女達が縮退を起すまで待機していた

    

もう僕に出来ることは何も無い

    

彼女達の”時”という犠牲を無駄にしないこと

    

それだけが僕に残された全てだった

    

静寂の中で僕は待ち続けた

   

待ち続ける僕に短いメッセージが届いた

    

それは提督からの短い伝言

   

それを読んだ時、僕は本心から嬉しかった

    

そこには儚い、しかし確かな希望があった

    

「両名の同時帰還を実現する為、貴艦は任務を途中放棄し両名に同行されたし」

   

なぜかもう2度と会えない筈のアリシアに語りかけた

   

”アリシア、僕はまた役に立てる、そして還れるよ”

   

僕は地球に還るためのワープの準備を始めた

   

   

   

    

    

人の夢の運命(さだめ)を知らぬまま

    

ーーーーー

     

僕は細心の注意を払ってワープの準備をした

    

消える代わりに彼女達と共に地球に還る事が出来る

     

僕にもまだ未来がある、それが嬉しかった

    

そのせいでたくさんの人々が苦しむことになるとわかっていても嬉しかった

    

僕の任務の途中放棄、それは発生する爆縮の時間が不足すること

      

つまり銀河の中心を破壊しきれないことを意味した

    

それでも壊滅的な損害を与えることは出来るだろう、しかし全滅させることは出来ない

    

これからも人類は滅びるまで”彼ら”と戦い続けなければならないことになる

     

地球に住む数十億の家族に約束されていた筈の穏やかな平和は無くなる

      

終わることの無い戦乱の不安と、戦いの死別を味わい続けることになる

    

提督はあまりにも愚かな個人のエゴを優先した

    

でも僕は提督を非難する気にはなれなかった

     

提督は確かに彼女達の絆を守ろうとしたのだ

    

そして彼女達の機体が中心部に到達した

    

その時になってやっと希望の儚さを思い知った

     

爆縮が始まったとき、彼女達の機体は既にワープ不可能なまでに損傷していた

   

”あの人”の魂の悲鳴が聞こえた

   

それが僕を決意させた

   

あの損傷で爆縮から逃れることは不可能だ

    

だが僕には彼女達を逃がす力が残っている

    

この行為が彼女たちをどれほど遠い時の流れの果てに追いやることになるか判らない

    

でもこうしなければ彼女たちはこのまま死ぬことになるだろう

     

ならば僕は僕が本当に望む僕のなすべきことをしよう

      

僕の本当の願いは・・・

       

自分のために残しておいた最後の力で”あの人”の機体を超空間に脱出させた

     

そして別れを告げた、決して届かないと判っている別れを

      

     

      

「さよなら、アリシア」

      

      

      

その直後、事象の地平線が僕を飲み込んだ

     

 

最終話 ”魂の辿り着く((世界|ところ))” 終

 

エピローグ”魂の還る((星|ところ))”へ

説明
2007年6月「天野こずえ同盟」様にて初掲載、2009年4月「つちのこの里」様にて挿絵付き細部修正版掲載
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