ヒューレインジョーク 5 |
五分後
いつものごとく俺の性別の話になると、周囲の人間は困惑する。
禿頭親爺はそれ以上に追求することをしなかったが、気まずげな沈黙が五分は続いたというあたりで口を開いた。
「そうだな。だが、説明するのも日坂戸譲が来てからのほうが何かと都合が良いと思ってな。
そろそろ来る話になっていたんだが・・・、まぁ、ゆっくり適当な所にかけて待っていてくれ。」
そう促され、俺と丸太は酒造の前に設けられた簡易的なカウンターに腰掛けた。
「僕も彼女が此処に来る頃合を見計らって来たのですが・・・、めずらしいですね、彼女が遅れるなんて。」
「まぁ、最近は新規の人間を取り締まるのに忙しいんだろう。譲は自分の生活もあるってのになぁ・・・。」
どうやら禿頭親爺も日坂戸のファンらしい。憤る様にまた頭皮を直に掻き毟り始めた。
「自分の生活って?」
「そりゃ、日坂戸譲は今年から社会人だもの。一般社会で就職してあくせく働いているのさ。」
驚いた。異能者が就職とは。俺の表情にもその色が出たのか、丸太が繋いだ。
「このSFSは君のように自制の利かない異能者、つまりは一般社会との共生が難しい人間が集まってできたコミュニティーだってことは最初に話したよね?
そしてコミュニティーの今の存続意義は多様化していて、一概にはどういう目的で組織されているのかは言えないものとなり、
一般社会との共生を諦めた人間以外にもさまざまな人間がアクセスしてきている。
例えば、リーダーの様に完全に自身の異能を制御下における人間で且つ、一般社会との共生も可能な、当初では考えられないような異能者がね。」
「俺には眩しくて直視できないな。」
「そう腐るなよ。此処の生活だって悪くはないんだぜ?此処だと君も就職先がないでもない。」
「前に言ってた斡旋口がどうこうって話かい?」
「ああ、そうだ。そこらへんの事はちゃんと覚えているかい?」
「あの時は・・・、お前が酒を無理に勧めるから、よく覚えてないんだ。」
「あはは、君があんなに酒に弱いなんてね。隣の女子大生を押し倒した時は、カメラを持ってくるんだったと後悔したね。」
「その話はもういいよ。」
「じゃあ、このSFSが如何にして実力社会の体質を獲得するに至ったのか、辺りかな。記憶がないのは。」
「ああ。まったく覚えていない。」
「そうか、じゃあ掻い摘んで唐突に聞くけど、異能者としての評価基準は何だと思う?」
「・・・似た奴が他に居ない希少な異能かどうか、とか?」
「惜しいかな。異能者同士で代替が利くかではなく、その異能が現代技術と代替が利くかどうか、だね。
利いたとしても、高額の費用を投資しないことには実装不可能な代替装置であった場合、
例えば、天文研究所の望遠鏡だとか、核融合研究所のプラズマ装置だね、それら異能者も有能視される。
それと対比して例えば、”空を飛べる”なんていう有史以来誰もが一度夢見た異能であったとしても、
飛行機に乗ればいいじゃないか、と言われてしまえば、このコミュニティーではその者の価値はそれで決まってしまうんだ。」
「何でそんな価値観が広まったんだ?」
「一つは結成当時の面子に学術関係のコネクションがあったから、今でもそういった傾向の依頼が大半を占めるんだ。
故に一般社会と共存できない異能者の死活問題として、唯一の雇用先に関わってくるんだ。
これがいけなかったのかもしれない。」
「何が?」
「恐らく今現在、このコミュニティーが数多く抱える問題の禍根はそこにあったのさ。
ある日突然、自分の周囲に怪現象は発生し、薄気味悪いと思うもそれらは実は制御の利かない己が超能力ときた。
異能の性質、程度にもよるのだろうが、一般社会での成功を諦めざるを得ず、流れ流れて辿り着いたこのコミュニティーでさえ、異能の性質次第で身の振り方が決定付けられてしまう。
そうなると、その時にはもう異能がその者に与える影響力を嫌でも自覚させられてしまうし、同時に異能は生活水準の格差にも繋がるから、異能者、ひいてはこのコミュニティーに所属する人間は異能を重視し、実力社会なるものの土台は完成するのさ。
この価値観の流布が昨今の新規、古参の異能者同士の関係悪化を加速させる触媒になっていますよっと、さっきの話に繋がる訳。」
「で、俺の就職先の話じゃなかったか?」
「そうだっだね。詳細はまだ定かではないが、君の異能は地質、硬度云々に関わらず地面に一定規模のクレーターを開けるだろう?これが例えば何らかの圧力の働きによって発生するものならば高分子化学の実験装置、あるいは鉱物の加工装置の一パーツとして用途は望めるかもしれない、それなりに有望だと僕は思うよ。」
「誰が斡旋するんだ?ギャラは?」
「僕がする時もあるし、掲示板でも求人してるよ。
本来、情報以外の対価取引の原型はこの求人募集だったんだけどね、発展目まぐるしくも形態は多様化していく。
ギャランティーも一概ではないが、平均にして百万は軽く越えてる。どうだい、少しは希望が出てきただろ?」
「そうかもな。晴れて俺も業界人ってわけだ。なんだか笑えるよ。」
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