れい70 R1
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【罠】

 

 夜の廃工場が目の前にそびえ立つ。懐中電灯の光が弱くあたりを照らす。

 情報によると、ここのはずだった。

 とりあえずの先乗りは自分だけだった。後発隊はあと五分で到着するはずだ。

 彼女はキョロキョロとあたりを見回す。

 彼女の動きは訓練されたものでも何でもなく、一般人のそれだった。

 何の警戒心もない感じがありありと出ている。

 

 人の気配もしなければ、何かがある感じもない。

 うーん、どうしよう?

 突如、脚が持って行かれるような感覚あった。

 立位のバランスが崩れる。

 一秒後、ライフルの銃声が響いた。

 彼女は悲鳴を押し殺し、倒れた。

 懐中電灯が転がった。

 どうやら足を撃たれたようだ。

 なんとか立ち上がろうとするが、うまくいかない。

 どこから撃たれているのか分からない。立つことを諦め、なんとか建物の影に這う。片方の革靴が脱げ、地面に転がっている。

 果たしてここが狙撃地点から見て影になっているかもわからない。

 女性は黒い制服を着ていた。下はタイトスカート。一般的には知られていないが、統合幕僚の制服だった。

「っ、つつ・・・」

 撃たれた足をきつく押さえる。膝に当たっている。暗闇に彼女の鼻を啜る音がした。

 狙撃してきているは殺害目的ではなさそうだった。この暗闇で正確に脚をねらって来ているのだ。

 やっぱり、騙されたのか?

 彼女は考えた。人を信用することが大前提の彼女にとって、これは人間の、何度目の裏切りだろうか?

 気を取りなおして、腰のホルスターを触る。手持ちの銃はミネベア九ミリ拳銃のみだ。弾倉には八発。

 この銃はなるべく使いたくはなかったが、そんなことを何時まで言っていられるか分からない。

 しかし、ライフル相手にハンドガンではやりあえない。

 

 高台から暗視スコープで狙う男には、彼女が隠れているところが緑色だが、昼間のように明るく見えた。

 さっき撃った脚から血が流れ出て、地面に溜まっているのが見える。血は周りよりも温度が高いので緑色に明るく光って見えた。

 ちょっと量が多い。太い血管にでもあたったのだろうか?

 早めに接近して確保しないと、危険だ。

 狙撃手をそのままに、他の三人の男たちが動き出した。

 

 三人。狙撃手はそのままか。

 彼女は考えた。

 どんどん包囲を狭められる。

 脚は言う事を聞いてくれそうにもなかった。運悪く、膝関節に当たっている。飛ぼうが走ろうが、小学生でも十分追いつくだろう。

 

「武器を捨てろ!」

 かなり近くから男の声がした。

 とりあえず、ホルスターから銃を抜く。脚を押さえていたせいで、銃がヌルヌルと滑った。

 頭の上にかざして、投げた。

 遠くで銃の落ちる、重い乾いた音がした。

 

「そのまま頭に手を載せてゆっくり立て」

 ひとりが銃を構えたまま彼女に命令する。

 足を撃たれているのに、酷な要求だ。

 彼女は撃たれた脚をかばうようにゆっくり立ち上がると、近寄ってきた男に素早く、打たれた脚で回し蹴りを食らわせた。関節が壊れている脚がおかしな方向へしなる。

 綺麗に決まり、男は倒れ、動かなくなった。

 二人目の男は彼女の軸足を狙って撃ってきた。

 狙いとは違い、先程ライフルで打たれた脚の腿あたりに当たった。

 彼女は再び短い悲鳴を上げ倒れる。これでは立ち上がることは無理だ。

 男は間髪入れずに駆け寄り、ひと蹴り入れようとしたが、彼女は素早くその脚をつかみ、ひねる。男もすぐさま体を回して彼女の保持を解く。そのままその手を踏みつける。指がありえない方向に曲がる。

 男も彼女も、格闘術を心得ているようだ。

 三人目の男が彼女の肩を撃つ。これだけの近距離だ、外れるはずもなく、もはや彼女は動けなくなっていた。あと自由なのは、片足だけだ。

 男のひとりが結束線を出した。

 彼女自体が目的のようだ。

 

 暗視スコープの先に男二人と彼女の対峙が続く。先程回し蹴りを食らった男も気が付き、仲間に加わった。次第に彼女に近づく。

 

「れいっ!」

 声のした方を彼女は見た。

 自分のルームメートの釼持りさが走ってくるのが見えた。彼女は後発隊のメンバーに加わっていたはずだ。

 背の中ほどまで髪を、フワフワした羽のようなものが付いたリボンで結んだ小柄な女性だ。

 彼女も同じ制服を来ている。

 20メートル。

 彼女は全力で走りながら、両方のポケットから何かをばらまいた。

 それらは地面にまいた感じではない。

 

 ぱんぱんと乾いた音がして、数カ所で閃光が瞬く。れいを取り囲んでいた男たちの銃が落ちる。

 正確に武器を保持していた手を打ち抜かれている。

 彼女も腰のホルスターからミネベアを抜いて男たちに狙いをつけながら走りこんでくる。一切のカバーもフェイントもなく、ただただまっすぐだ。

 彼女の小さな手には大きすぎる銃だ。重そうに、両手で頑張って水平に保持している。

 男たちは一瞬躊躇したものの、セカンドウェポンに持ち替え後退する。

 走りこんでくる小さな女の子ひとりに三人の男たちが後ずさりする様子は、ちょっとしたカタルシスを覚える。

 

「れいっ、大丈夫?」

 小柄な女性は周りの男達を牽制するようににらむ。

「りさ?・・あいたた・・・。三発被弾。背後の高台にスナイパー」

 

 スナイパーの第二射。正確に今現れた女の子の脚にあたるはずだ。

 甲高い金属音と、空中で激しい火花が起きて、弾丸は彼女の前で消えた。

 暗視スコープで見ると、彼女を中心として、コンパスで円を描く用に、線状に地面がどんどん白くなっていく。地面が焼けている。

 第三射目。

 激しい火花となって、空中で弾道が消える。

 彼女まで届かない!

 

 見つけた!

 彼女、りさと呼ばれた彼女の食いしばった歯の奥で声がした。

 

 スナイパーは暗視スコープから目を離した。肉眼で見てもわかるくらい、彼女を中心とした地面がコンパスで描いたように円状に赤くなっている。

 これがそうか!

 そう考えるまもなく、空気を切り裂くムチのような音がしたと思った直後、背後から二発、拳銃のような乾いた音がして、ライフルのスコープとスナイパーの肩を打ち抜いた。

 

 振り返っても、何もない。

 

 こいつらは手に負えない。撤収だ。

 

 三人の男たちは銃を乱れ撃ちながら後退して行く。

 スナイピングポイントも撤収する。

 利き腕をやられているので、ばらまきながら後退と言う方が的確だ。

 どれも、りさ達に届くことなく、空中で激しい火花を散らしてそれていく。あるいは跳弾となって暗い空へと吸い込まれる。

 二人をそこにとどめておくのが目的のようだった。

 最後のひとりが置き土産に手投げ弾を投げた。

 それは、重力の法則を無視して、りさから数メートルの空中で静止した。

 爆発。

 至近距離のハンドグレネードの衝撃波でも、彼女の髪の毛一本揺らすことができなかった。

 ただ、煙と炎で周りが見えなくなる。

 彼女を中心とした半球だけが、完全に静寂な空間だ。

 

 静寂があたりを包む。

 りさの体は静電気を帯びたように青白い光を帯びている。その光が弱まると同時に、彼女は肩でひとつ、息を吐いた。

 地面が彼女を中心とした円状に、数センチの線となって、赤く焼け爛れている。まるで溶岩のようだ。時々の石の爆ぜる音がした。

 風に乗ってオゾンの生臭い匂いもする。

 

 「れい、大丈夫?」

 りさは膝をついて、れいを覗き込む。そして、手を握った。

 れいの手が冷たい。彼女の手はいつも温かいが、こんなことは珍しかった。

 「だいぶ体液が失われたけど」

 伊武れいは仰向けに倒れたままおかしな方向に曲がった指を見た。

 すぐに、統合幕僚の後発チームが駆けつけ、現場が明るくなる。

 彼女の周りはまるで牛乳をこぼしたかのような、白い液体が水たまりのように広がっている。

 彼女の撃たれた傷からも、白い液体が流れている。

 あたりにはほんのりと甘い臭いがただよう。

 

 車から制服の男が降りて来て言った。

「釼持二尉、ご苦労」

「宗像一佐、すみません、逃げられました」

 釼持りさは敬礼した。片方の手でれいの手を握っている。

「りさ、げんかい・・・・」

 伊武れいは目を閉じると動かなくなった。

「・・・宗像一佐、れいは大丈夫でしょうか?」

 宗像はまゆを潜めた。片足は腿と脛に被弾、右肩も被弾、左手の指はおかしな方向に曲がっている。痛々しい状況だ。これが赤い血でなくて本当によかったと思った。

 「スリープモードに入った。今朝、定期メンテだったから、ここから8時間は大丈夫だ。まずはラボへ」

 宗像は部下に命令した。

 技官がれいを担架に乗せてワゴン車に収容した。

 

「宗像一佐」

「何か?」

「伊武三尉に付き添ってもよろしいでしょうか?」

 宗像は気がつかないふりをしたが、りさの目には涙が溜まっている様に見えた。

「許可する。ただし、明日の朝一番で発砲申請をよろしくな。事後処理だが」

「ありがとうございます。宗像一佐」

 彼女は敬礼すると、小走りにワゴン車に乗り込んだ。

 

 彼女は乗り込むと横たわっているれいの横に座った。

 人工血液で、彼女はべとべとだった。

 時間がたつと、本当の血液のようにやや固まる。

 ワゴン車に横たわるストレッチャー、車内の蛍光灯の青白い色。

 伊武れいは白い血液のせいか、肌も透き通るように色白だ。

 少し茶色い髪の毛が、真っ白な肌と対照的なコントラストだ。

 長いまつげ、今は閉じたままだ。

 呼吸はとてもゆっくり、機械的になっている。

 りさは、れいの髪の毛を撫でた。

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【ガイノイド れい70】

 

 彼女の修理は朝までかかった。

 人工血液に気泡が混じってしまい、それを抜くのに時間がかかったそうだ。

 再起動も特に問題なく終了。

 

 釼持りさは、技官に呼ばれて処置室に入った。伊武れいは、ベッドで上半身を起こし、りさを見た。

 れいは検診の時に着るガウンのような物を着ていた。紙コップを持てばバリウムが似合う感じだ。

「れい!よかった!」

 りさは、れいに抱きついた。

 れいからは少し、甘い匂いがした。

 人工血液がまだどこかについているのかもしれなかった。

「そんなやわじゃないでしょ。血液が流出しすぎただけじゃない。致命傷じゃないし」

 れいはりさが心配しているのを理解し、努めて明るく言った。

「うーん、そうなんだけど、やっぱり心配だよ。すごい痛そうだったけど、大丈夫なの?」

 れいは頷いた。

「痛いというデータは残っているよ。普通、人間がどんな反応をするかもわかっているしね。動作に支障が無い範囲で、再現しているだけだから、本当に痛いのか、というと、否だねぇ」

 りさは複雑な表情をしている。

 そんなりさの心情を察してか、れいは続けた。

「まあ、物にも魂は宿るよね。これ、日本人の考え方の肝」

 

「入って良いかな?」

 ラボのドクターが顔を出した。

「お、釼持くん、お久しぶり」

 初老のドクターはにっこり笑った。

「結局、左股関節から先、右肩から先、左肘から先の交換。人工血液はそっくり交換。大破だよ、大破。もう少し大切にしてやってくれないかねぇ」

 そういうと、れいに、紙を渡した。

「今回の修理伝票。よく読んでね。帰る前に、質問があったらどうぞ。ちなみに、なぜ、四肢の非常弁が作動しなかったのか、調査中。原因が判明したら、近日中にバージョンアップする予定。君と同じで夜勤明けで眠いので早くしてね!」

 りさはその紙をさっと取り上げるとれいよりも先に見ていた。

「陽電子頭脳の動作チェック、T仕様。バックアップバッテリーの交換、A仕様。並列化処理、PFC八リットル、左脚部パーツ、右腕部パーツ、左手先パーツ。まあ、普通だよね」

 れいは頷いた。右肩を回し、左手指を開いたり閉じたりしている。

「あとは実際に使い込まないとね」

 れい達、合成人間と呼ばれるガイノイドは、こう言ったパーツ交換も想定し、厳密な手足指の制御系は持っていない、ということを、りさは前にれいから教わった。自分が動かしたいという意思通りに動くようになるには数時間から数日の訓練が必要だ。

 赤ちゃんが成長するのと同じ道筋を、彼女は超高速で辿る。

「制服だけど、あれはもうだめだね。新しいやつが今日中に寮に届くらしいから、まあ、それでも着て帰って」

 ドクターは自衛隊の訓練時に使う体操服と、下着類を置いて行った。

「はい、りさ、回れ右!」

 れいがそういうと、りさはくるりと背を向けた。

 れいはいろいろなことを知っているし、理解している。

 

 りさはちらりと振り返る。

 れいは、ベッドから降りて、こちらに背を向け検査着を脱いでいる。

 検査着の下には何もつけていなかった。彼女の身長は女性としてはやや大きめ、170あるので155程度のりさよりも大きな背中だった。中性的な感じもあり、まるで少年のようにも見える。その背中は白磁のように美しく、シミやほくろは一切ない。

 少年的な背中からとはミスマッチだが、、脇からはそこそこな横胸が揺れるのが見える。それは身長と民族的な平均的な値で作ってあるそうだ。

 腰の細さも、平均的。美しいバランスだが、ちょっと痩せ気味の、他にはどこと言って特徴のない体だった。

 あたりまえだ。目立たないように作っているのだから。そして何よりも、量産品で簡単に手に入る服のサイズにしておかないと面倒だ。

 だからか体型的には少年のような印象になる。

 

 しかし、こんなにリアルな体が必要なのか、いつも不思議に思う。

 さらさらの髪の毛、やわらかく揺れる胸、弾力のある腰回り。ちゃんとへそまで作ってある。

 そして豊かな表情。感情があるかのような振る舞い。

 ひとに似せて、ひとが作った人でないもの。

 それは神への冒涜だと、ある人達は言う。

 人は神が造りたもう物。人を模した、人でないものを人が作ることは許されない、と。

 

 だが、日本人は違う。

 

 ひとの作った物にも魂は宿る。

 

 れいを見ていたりさははっといきを飲んだ。

 交換したパーツから先の色が、若干違う。

 右の肩甲骨から、左の腰の付け根から先、左右の尻の色。若干違う。

 ぞっとした。

 またこの感覚だ。

 なんだか分からないが、やはり、れいは生物ではない。

 この現実を突きつけられると、どう表現して良いかわからない感情が込み上げてくる。

 嫌悪感?

 不気味の谷間?

 

 れいは、まだ脚の制御が上手くいかないようで、上手に下着に脚を入れられずにふらふらしている。彼女はあしを下着に引っ掛け、バランスを崩し、ベッドに手をついた。

「おっと?」

 れいはちょうど振り返ったような格好になった。

 りさと目が合った。

「やーらーしー、みてたなぁ」

 れいはさっと肩をすぼめ、両手で胸を隠すと、伏し目がちにりさの反応を見た。

「あはは」

 りさは力なく笑うとカーテンを閉めた。

 あんなリアクションを何で覚えたのか知らないが、妙に生々しかった。

 れいは、自分の行動に反応する人間を観察するのが大好きだ。その反応から次の反応を得て、どんどん学習を積む。

 りさは、最近はれいをいとおしく思うようになってきた。時々感じる不気味な感情が気がかりだったが。

 

 釼持りさは統合幕僚監部情報本部所属だ。階級は伊武れいよりもひとつ上の二尉。

 サイコキネシスとか、念動力とか呼ばれるものを、生まれながらに持っている。

 自衛隊ではその力の研究を進めている。

 天然での発現率が低く、戦力としても当てにできないので、この能力を使ってどうこうということもなく、単に研究対象である。要は、敵がこんな力できたら、ということへの対策という感じだろうか?

 この力はいろいろな応用ができる。その応用もみんなのアイディアで研究を進めている。

 昨夜展開した位相差空間の力場は、自衛隊の技官の発案でできるようになったものだ。

 自分の力で、空間の位相を少しずらすと、そこを通るものは波的な特性を持つ光や電波以外は全て、破壊されてしまうのだ。一種、バリアのようなものである。当たる角度によって、消滅したり弾かれたりする。自分の首あたりを中心とした、ほぼ球体を展開するので、足元が焼けてしまう、とけてしまうのが問題なので、まず屋外でしか展開できない。

 建物内で展開しようものなら、床が抜ける。

 昨夜使った武器は、開発者がファンネルと名付けた(ビットにするか、ファンネルにするかでもめたという、マニアックな武器)、単発式の拳銃のような武器である。一度に十二個程度であれば、自由に扱える。範囲は対象物が目で見えること。昨夜は八発投げて、五発使った。

 八発・・・五発・・・

 ポケットには空の五発と未使用の三発が残っていた。

 

「あ」

「ん?りさ、どうしたの?」

 体育教師のような格好のれいが振り返った。片手を三角巾で吊り、交換した方の脚に負荷をかけるように斜めに立っている。

「報告書。忘れてた」

 ラボのエントランスでりさががっくりした。

「寮に帰る前に、いっかい、統幕、よらせて」

 シャトルバス乗り場まで歩く。れいはびっこをひいている。手も脚も、まだ制御がうまく行っていないようだ。しかし、今日一日歩き回れば、きっといつもと変わらないように歩けるようになるはずだ。

 ラボからシャトルバスで統幕を経由することにした。

 れいも、制服が届くのを寮で待つのが嫌なので、先にゲットするとかで一緒についてくるという。

 

 まだ朝も早い。

 始発バスを待つ。

 九一五ラボ発なので、まもなく来るはずだ。

 と思うまもなく、すぐに来た。

 この時間は、統幕や近所の駅からラボの社員たちが乗ってくる。

 始業は九時半。

 シャトルバスなので、乗車、降車口がひとつしか無いので、みんながおりるのを待つ。

 

「あ、70(ななまる)?。りささんも」

「あ、65(ろくごう)?。早いね」

 れいと瓜二つの女性が降りてきてステップの最後でジャンプして飛び降り、会釈した。れい70よりも一回り小さいが、髪型も顔つきもほぼ同じだ。服装はれい70と同じようにシンプル極まる。ジーンズに無地のTシャツ、スニーカー。

 若干65の方がよそよそしさを感じるのと、65の髪の毛が真っ黒なのだけが違った。

 りさは初めて会ったが、65と呼ばれたやや小さなれいはりさのことを知っていた。

 りさは、何かしらの奇妙な感覚を感じ、とっさに言葉が出なかった。それでもぎこちない会釈をした。

 65と呼ばれた方が、心配そうな顔をして70を見た。

「大丈夫そうだけど」

 65は70に言った。

「今日一日でなんとかなると思う」

 70は一瞬間をあけて答える。

 じゃあ、といって、二人は別れた。

 りさはれいから前に、説明を受けたので知っている。れい70とれい65の間には、今の会話以上の膨大なデータがやり取りされたはずだ。

 設計者にもよくわからないと言う、とんでもない機能なのだが、陽電子頭脳はお互い、ある種力場のようなものを持っていて、それがだいたい十メートル以内であれば、力場の干渉を利用し、お互いのデータを超高速でやり取りできる。データの転送レートは落ちるものの、市街地で数キロまでデータをやり取り出来るらしい。接触した場合は一瞬でお互いの陽電子頭脳を入れ替えることもできると聞いた。れいを作ったエンジニアたちにも謎のこの機能で、れい達は通信と並列化を行っている。

 他のガイノイド、アンドロイド達が経験したこと、得た知識をどんどん蓄えて行っているのだ。

 釼持りさは初見だったが、れい65は、れい70から得た知識で、釼持りさのことを知っているということだ。

 

 正式には発表になっていないが、このEVE計画で五十体の合成人間が作られたらしい。二十五体の男性型、二十五体の女性型。このうちの男性五体、女性五体が起動完了、実地試験中で、わかっているのは、目の前にいる伊武れいが身長百七十あるので70さん、他にさっき会った65さん、60(ろくまる)さん、55(ごーごー)さん、50(ごーまる)さんがいるらしい。

 55さんはりさと同じ身長なので少し親しみがわくかもしれないが、自分よりちいさい50の存在も気になる。まるで子供の身長だ。

 ラボにいれば全員に会えるのだろうが、同じ顔をして大きさが違うれいがぞろぞろいると言う光景は、どう考えて気味が悪い。

 釼持りさのことも、事細かにデータ化され、ファイリングされて共有化されているはずだった。

「もう一人のれいさんが知っていたのって、そういうことでしょ?」

「うーん、それ、ちょっと違うよ」

 釼持の問いかけに、れいは言った。

「データとしてだけで、データ化できないものは共有できないからね。例えば、愛とか、気持ちとか感情とか」

 れいはまっすぐにりさを見た。りさは意識こそしなかったが、きっと、はい?って顔をしていたに違いなかった。

「まあ、そんな顔しないで聞いてね。私に感情があるかとか、愛情があるかとかは、人間の愛情や感情、ひいては生命とは?の定義があやふやである以上、それが私に宿っているかどうかという論議はナンセンスだよ。そういった、よく分からない、数値化できないものは共有できないんだ」

 れいはバスにのって続けた。

「だから、りさがギュッとしてくれた圧力はデータ化できても、それの意味はデータ化できないんで、一連をデータ化する意味が無いんだね。これこそまさに、私の持つ陽電子頭脳がバックアップが効かない、オンリーワンだ、ということになるんだけどね。そうやって私たちはデータは並列化されるんだけど、ひとりひとりは別々の個性を勝ち取っていくのだよん」

 りさは、宗像一佐がれいを自分たちに預けている意味が、何となくわかってきた気がした。

 

 統合幕僚に寄り、所定の手続を終えた。

 制服をゲットして、リハビリと称して落ち着きなく歩き回るれいを連れて、りさは寮に戻った。

 途中、すでにれいは三角巾を必要としなくなったようで、ゴミ箱に捨てていた。

 歩きまわったおかげで、びっこもほぼなくなった。

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【女子寮の同居人】

 

 寮は四人部屋で釼持りさと伊武れい、それにりさの同期の相原優子が同室である。

 もともと釼持りさと相原優子の二人で使っていたのだが、そこに伊武れいが増えた感じとなっている。もともと四人部屋の設計なので、特に支障はない。

「あ」

 部屋のドアを開けたりさは思わず口にした。誰もいないと思っていたのだ。

「あ、じゃないでしょ、あ、じゃ。朝帰りっすか?」

 自分の机で本を開いていた優子が振り返りながら言った。

 りさと年の頃も違わない女の子だった。下フレームで支えるちょっと変わったメガネは近眼用だ。

 下はスカートなのに、上はタンクトップだけの格好だった。この上に何かを着て出かける、一歩前なのだろうか?

 細くて大きいなれい、小さくて妹みたいなかわいいりさとは違って、格段に女性らしい。

 胸元からは二人にはない、胸の谷間がのぞく。

「あんたこそどこ行ってたのよ、昨日大変だったんだから」

 りさは自分のベッドにドスンと座ると、ばったり横になった。

「シャワー浴びさせてもらうわよ」

 りさのけだるそうな声に優子は言った。

「昨日今日と私はオフですが、それが何か?」

 優子は本を片付けながらそっけなく言った。そして椅子を回して二人を見た。

「私も今日、休みになったわよ、午前中寝るけどね」

 りさはベッドがら重そうに起き上がると、制服のジャケットをぬいでネクタイを外した。そのままベッドに脱ぎ散らかす。

「れい、詳しい話、してあげて」

 れいは両手で頭の上に丸を作った。りさがシャワー室に消えると、れいはせっせとりさの制服の形を整え、ハンガーにかけてホコリを取った。

 

 浴室には洗濯機がある。りさは着ていたシャツと下着を脱ぐと、投げ入れた。

 

 だめだ、猛烈に眠い。

 

「りさ、私もシャワー浴びるから、洗濯機回さないでねー」

 れいの張り気味の声が聞こえた。

「ラボで清掃したんじゃないの?」

 りさはめんどくさそうに声を張り上げる。

「ペーパータオルで拭かれただけ」

 りさはシャワーブースに入ると、湯を熱くしてシャワーを出した。

 頭から一気にかける。

 シャワーの音がし出した。

「ラボ? れい、どうしたの?」

 れいは一通り昨夜のことを優子に話した。

 謎の通報、それに続いての調査命令、そして謎の男たちと自分が大破したこと、その他もろもろを順を追って説明する。

「だから変なにおいがするのかぁ」

 優子はれいの頭をつかんで匂いをかいだ。

 事件そのものにはあまり興味がないようだった。

「変な匂いとは失礼な」

 れいは優子を振り払って言った。

「これ、人工血液の匂いでしょ?」

 指摘されたれいは不安そうな表情を作った。最近はますます表情が豊かになっている。

「そんなに変な匂いなの?」

 れいは自分の腕や手のひらの匂いをかいだ。いや、かぐフリをした。

 れいには嗅覚はない。

「あはは、そこら辺は臭わないよ」

「じゃあどこ?」

「ひ・み・つ!」

 れいはうなった。

「わかった、りさに聞くよ。そのにおいって、優子は嫌い?どんな匂い?」

 優子はニヤリとして言った。

「美味しそうなスイーツの匂い!」

 優子はふざけてれいに飛びかかると、ベッドに押し倒そうとした。

 れいが驚いて避けようとしたので、勢い余って、コンクリートの壁にれいの頭がぶつかり、ボーリングの玉を床に落としたような鈍い音がした。

「わ!」

 優子はびっくりしたが、れいはびくともしない。

 そのまま優子は倒れこみ、れいの上に覆いかぶさった。

 れいは優子の肩を押さえ、持ち上げると、首をかしげた。

「スイーツって、褒め言葉?かなぁ」

「れい、あたま大丈夫?」

 優子はドン引きして聞いた。

「全然大丈夫。私の石頭は90式が踏んでも潰れませんから」

 

 りさはシャワーから出ると、パステルカラーのTシャツだけを着て、目を半分開けたまま、頑張って髪の毛を乾かし、それが終わると目覚まし時計をセット、すぐに布団にもぐりこんで寝てしまった。

 睡眠不足で夢遊病のようになったりさは、誰にも止められなかった。

 れいも優子もなるべく目を合わせないように他のことをしているふりをする。

 こんな時のりさは、意味もなく不機嫌なことが多い。

 

 すぐに、りさの寝息が聞こえた。

「やっと寝てくれました、と」

 優子が大きく伸びをする。

 れいもそれを見て、真似る。

「れい、引っ張って!」

 椅子に座った優子の手を大きく伸ばして引っ張る。

「あ、あ、あ?、気持ちいい」

「れいも引っ張ってあげようか?」

「やってみてやってみて!」

 れいは椅子に座ると、優子に両手を引っ張ってもらう。

「どう?」

 優子が頑張って引っ張る。

「ごめん、何も感じないや」

「だろうね・・・」

 優子もれいも、お互い少しがっかりだ。

 

「じゃあ、シャワー浴びてくるね」

「ごゆっくり」

 優子は再び本に目を落とす。

 れいは脱衣所で着ていた服を洗濯機に投げ入れると、洗濯開始のボタンを押した。

 水の量が決定したので、洗濯機が要求する洗剤の量を測って入れた。そろそろ漂白剤も入れて、除菌したほうがいいかもしれない。りさか優子に売店で買ってもらおう。

 ふと見ると、りさはずさんにも、下着をそのまま入れているので、ネットをさがして入れてあげた。

 自分のはスポーツタイプのワイヤー無しなので、そのままで問題ない。

 

 ふと見ると鏡に自分が写っている。

 よく見ると、胸と肩の色が脇を境にして若干違う。交換した脚も正面は付け根から、後ろは腰辺りから若干違う。

 こすってみても、変わらず。しかし、接合部分ははっきりとは分からない。

 たしか、人工血液がなじんでくると、色も徐々に落ち着いて、同化するはずだ。

 洗濯機の蓋を閉め、スタートボタンを押した。

 

 れいは湯温を四十二度に設定し、丹念に全身を清掃する。

 頭を洗い、顔を洗う。普通の人間と違って、目も指でごしごしあらう。目を開けたまま顔を泡だらけにして洗う姿をみて、りさも優子も仰天していたのを思い出す。

 鼻にお湯を入れて洗う。くちから出す。よく吐き出しておかないと、あとで文字通りの鼻水がドバっと出る。

 耳にお湯を流し込み、あらう。そんなに穴は深くできていないので、ここは適当。集音装置は完全防水なので、あまり気にする必要はない。

 耳たぶは汚れがたまるのでよく洗う。

 うがいはろ過フィルターくらいまでの深いところまでお湯を入れて、おえっと吐き出す。

 人間で言うところの肺にあたる、熱交換器とガス交換機は水濡れ厳禁なので、気を付ける。咽頭蓋の制御が難しいので特に気をつける。

 上から下へ洗っていく。

 体がやわらかいので手が届かないところはどこにもない。

 外装は適当で大丈夫。

 日常生活防水七級相当。普通の人間と同じような感じでくらせる。

 ただ、浮力が足りないので水に落ちたら沈む。

 沈んで呼吸停止から十五分程度で生体部品がやられるので、スリープモードに移行する。そこから八時間程度は陽電子頭脳のみを保護できる。そうなったら、本体は全交換となる。

 八時間を過ぎると、バックアップバッテリーの余力次第で、最大四百時間程度は基本インストールされている部分は残る。残念ながら、起動後の記憶が残るかは運次第となる。

 

 最近、風呂に入って不思議に思うことがある。それは、自分にへそがあることだった。

 一緒に大浴場に入ったときに見るが、りさや、優子にもある。二人にとっても、別段、何かの役に立つものでもなさそうだった。

 人間の場合は、母親の胎内から栄養をもらう、へそのう、と言うものがあるが、それのジョイント部分だった場所だ。

 自分の場合は体を鋳型から出すときや、型に流し込むときのバリかとも思ったが、そういうわけでもなさそうだった。それだったら、凹ではなく、凸になるのが理論的だ。

 やはり、どこまでリアルに作り込むか、というのがエンジニアの腕の見せどころなのだろうか?自分は工場で製造されたものだから、へそのうも、へそも存在しなくても良いはずだ。

 今起動した自分達5体は有機タイプの試作品だから、メーカーデモとか展示会にも連れていかれるので、やはり人間と区別がつかないくらいに作りこまないとお客さんは満足しないのだろうか。

 将来は、もっと簡素化したモデルになるはずだ。デパートのマネキンみたいな感じだろう。あるいは、無機タイプの、プラスチックや金属で本体ができているものが主流になるかもしれない。のこり四十体のEVEプロジェクトの仲間たちは、陽電子頭脳とインターフェイスの頭蓋骨格、脊椎のみ出来ているのを最後に見たので、次の実地試験はきっと、もっとロボットロボットした仲間がロールアウトしてくるだろう。

 れいはへそを広げるように、グリグリと洗った。こんなところまで作りこんで生体部品を使っていたら、それこそ一体につき戦車一台分のお金がかかってしまう。それが戦車一台分の戦力にも相当しないので、こんな無駄なことは、非論理的だ。

 人間の考えることは、本当によく分からないことが多い。

 それにしても、ここはよくゴミが溜まる箇所だ。

 

 れいがシャワーから出てくると、優子は雑誌を読んでいた。

「ドライヤー、借りるね。りさ、起きちゃうかな?」

「大丈夫、一回寝たら、数時間は絶対起きないから。おお、れい、ちゃんとバスタオルを巻いて出てくるのは感心感心。だんだん恥ずかしくなってきた?」

 れいはりさの寝顔を見ながら、ドライヤーで髪を乾かす。

「りさに教えてもらった。羞恥心ってやつ。普段他人に見せないところは恥ずかしいところなんだって」

「ほー、りさにしては良い例えね」

 優子はその様子を微笑ましく見ていた。

 髪もかなりリアルで、まるで人間のようだ。

 ちゃんと手入れすれば、それに応えてサラサラ、ツヤツヤになる。材質は秘密らしいが、何らかの生体パーツのはずだった。

 しかし、伸びることはない。

 半年前、初めてここに来た時と全く同じ髪型だ。ショートカットのまま、増えることも減ることも無い。いや、厳密に言えば時々抜けているので減っているのだろうが、ラボにメンテで行くとちゃんと植毛されているそうだ。

 外見は全く成長しないが、中身はめざましい進歩を遂げた。

 最近のれいは、まるで人間のようだ。

 れいは、ガイノイド。有機タイプのガイノイド。

 そして実地試験中。ほとんど同じ顔の違う大きさのモデルが他に5体、メーカーやら何やらで生活を送っている。そのうち、最強の戦闘能力を持つ、自衛隊納品予定の自衛隊モデルの一体が目の前にいる。他にも秘書モデル、警察モデル、看護婦モデルなどがいるらしい。

 あらゆる近代格闘技の格闘術を全てマスターし、力は10人力、垂直跳びは5メートルを超え、鉄パイプをも曲げる腕力を持ち、戦車が踏んでも潰れない石頭。銃火器の扱い、兵器の扱い、機械類の扱いは天才的、一度見聞きしたものは完全に記憶し、それが忘れ去られることはない。

 外見はちょっと大きな女の子、という感じだ。

 中性的な感じを受ける顔立ちも、日本の女性の平均値だそうで、これといって特徴がないが、これは好みの分かれるところか。

 とにかく、あまり目立たないように作られている。

「あ、そうだ、そろそろ燃料入れないと」

 れいはそう言うとドライヤーを止めた。

「髪の毛、今流行のドライ素材だから早く乾くのだ」

 これは彼女流の冗談だ。

「優子もなんか飲む?」

 れいは、台所に歩きながら聞いた。

「じゃ、コーヒーよろしく。あと、燃料というのはやめなさい」

 バスタオル一枚まいたままでお湯を沸かす。ドリップコーヒを入れ、自分はお湯をコップに注いだ。そして砂糖を大量に溶かしてかき混ぜている。

「はいどうぞ、優子はブラックでいいよね」

「サンキュ」

 れいはそのまま自分のベッドに座ると、砂糖水の入ったカップを傾けた。

「れいがいれると美味しいね」

 優子はしみじみと言った。

「まーねー。とは言ってもねぇ」

 れいは自分のコップを見た。

 砂糖を溶かしただけのお湯。

「私にも味覚、嗅覚があればねぇ、きっともっと美味しく作れると思うけど、知識として入れ方を知っているだけだからねぇ。これ、発音以外に役立たない、役立たず」

 れいは舌を出して引っ張った。それは人間と特に区別はつかない。しかし、味覚はない。

「バージョンアップに期待するよ」

「バージョンアップ程度でなんとかなるの?その問題。いいじゃん、飽和砂糖水。それはそれで素敵な感じ。なんか、おこさまっぽくて。変などろどろとか、錠剤とかガンガン行くよりかはいいじゃん」

 優子は一口飲んだ。

「そういえば、ラボで血液新品に全取替えしたんじゃなかったっけ?」

 れいもちびちび飲んでいる。彼女は何時までも飲み込む、という行為が苦手で、一気に飲もうとすると口の脇からこぼしてしまうので、ちょっとずつ飲む。

「人工血液、はじめから養分は入っていないからね。酸素の運搬とクーラント作用が主なので。交換したら、まずは糖分補充。とりあえずは五十グラム」

「れいはいいよなぁ、甘いもの飲んでも太らないし」

「私、もっと太りたいよ。りさや優子の女の子らしい感じに比べて痩せ過ぎだと思う。ね?」

 れいは真顔で言うと、立ち上がってバスタオルを広げた。

 自分で見下ろし、優子に見えるようにする。

 これといって特徴はないが、ちょっと痩せ気味の非常にバランスの取れた体だった。むろん、人間との区別はつかない。無駄な肉はなく、しかし、筋肉質ではない。腹筋からへそのラインもモデルのように綺麗だ。また、シミやにきび、ほくろなどは一切ない。体中がほぼ均一の色だ。

「はいはいわかりましたよ!ちゅうか、ほら!羞恥心!。普段人に見せないところは?」

「恥ずかしいところ!」

 優子に怒られ、れいはバスタオルを巻いて続けた。

「もっと太って、シミやシワが出来たりして、どんどん人間っぽっくなりたいなぁ」

「・・・本当に?」

 れいは頷いた。

「人間になることは無理だけど、人間にはあこがれる」

「なんか、泣かせる話だねぇ」

 優子は目頭を大げさに抑えた。

「人間に叶わぬ恋をしてしまった悲しい女の子のおはなし。人魚姫は秘密の薬品で人魚から人間になれたけどね。れいはどうやったらいいんだろうね」

 れいは一瞬だけ考えて、言った。

「ひとつ解があるとすれば、豊富な知識と経験の積み重ねかな」

 続けていった。

「人間とは違って、半永久的な頭脳を持っているしね」

 れいは指先であたまをこんこんと叩いた。

「この特殊チタンに守られた、プラチナ/イリジウムのスポンジ合金の陽電子頭脳」

「不老長寿、それこそ人類の夢じゃない」

 優子の言葉に、れいは首を横に振った。

「死があるからこそ、生が輝く」

 そして続けた。

「人間はそれを知っているじゃない」

 れいは無表情だ。彼女はこの手の話が苦手だ。

「私は半永久的な頭脳を持っているけど、優子もりさも私よりも先に・・・いなくなっちゃうんだよね」

 死と言う言葉を選ばないところに、れいの葛藤がわかる。彼女の頭に刷り込まれている三原則の第一条に引っかかっているのだ。ここら辺をどう理解していくのかでれいの陽電子頭脳が機能を停止する、という最悪の事態もありうる、デリケートな問題だった。

「そうだけど、まだまだ先の話だよ」

 優子は続けた。

「ねえ、れいは私たちと話をしたり、一緒に居たりするときに、人間はなんて行動の遅い生き物なんだろう?って思わない?」

「まあ、こっちが質問して、答えが返って来るまでの間に他のいろいろな作業をしていることがあるよ。ひどいときは単語と単語とか単音と単音の間に別の作業をしていることもあるし」

「あなたの陽電子頭脳はものすごい速度の計算能力を持っていて、人間がどんなに一生懸命考えて、早く行動しても、それには全然追いつけないの。あなたと私たちでは流れている時間が違うのよ」

 優子はれいのところに行って、れいの頭を撫でた。

「私たちにとってのこの先の数十年は、あなたにとっての何万年に感じるとおもうよ」

「私、前から感じているんだけど、二人がいなくなることに耐えられる自信が無い・・・どうしよう」

 れいは、本当に不安そうな顔になって優子を見上げた。

「まあ、お別れは絶対いつか来るけど、それまでにいっぱい楽しく遊んで思い出作ろうよ」

 れいは不安そうな顔で頷いた。

「思い出は、絶対忘れない自信がある。二人は私の心の中に永久に生き続けるという解釈でしのぐしかないのかな・・・?」

 優子はれいの頭をぎゅっと抱きしめた。

「私に泣く、という機能が有ったら、いまはぼろぼろ泣いているよ」

 れいは瞬きを早くして言った。

 優子もれいがいとおしい。

-4ページ-

【アウトレットでお買い物】

 

 りさがベッドに座ってれいを睨んでいた。

 れいはたまらず時々視線をそらす。

 りさは寝ぼけモードだった。

「ほらりさ、どうすんの?午後になったよ!せっかくのオフなんだからさぁ」

 りさは半開きの目を閉じると、すっと倒れかけた。

「二人で遊び行っちゃうぞ。れい、今日はショッピングモールでかけよう!」

「良いねぇ。どこどこ?」

「アウトレットなんかどうよ?」

 りさも目をこすった。

「う・・私も行く。夏服の普段着がそろそろ欲しい」

「じゃあ、ぱっぱと準備!」

 優子が言った。

 よく見るとふたりとも着替えて、優子はメイクも終わっている。れいはいつも通りノーメイクだが、私服に着替えている。

「がーっずるい!ちょっとまってまって!」

 りさはベッドがら飛び降りると、バタバタと準備を始めた。

 

「じゃあ、みんな抱き合って」

 優子が言った。

 れいとりさはその言葉に従って、部屋の中で三人でぎゅっと抱き合った。

 れいが一番大きいので、ふたりを抱える格好だ。

 りさはれいの胸に耳をつける。

 れいに心臓の鼓動はない。血液を循環させているのは磁性体の流体力学を使った無拍動のポンプだ。でも、体は暖かく、柔らかだ。

「いくよ?、一二の三!ジャンプ!」

 部屋の中で三人で飛んだ。

 その瞬間、ぐいっと腹の中からけられるような感覚があり、次の瞬間の着地は雑木林の草の上だった。気がつくと森の中で三人で抱き合っていた。周りの背の高い雑草が焼け切れている。ちょっと焦げ臭い。煙も少し。空間ごと転送するときに起きる、破壊現象だ。

「前に来たことあるからね、ここなら安全。アウトレットまで歩いて五分だよ」

 相原優子は数少ないテレポーテーションができる能力者だ。

 能力は自衛隊で最強、戦車くらいなら飛ばすことができる。正確さ重さ/距離はそれぞれ反比例するが、まあ二百キロくらいまでなら誤差一メートルくらいで飛ばすことができる。目視範囲であれば数センチ、行ったことがある場所であれば一メートル程度の誤差だ。

 行ったことがないところは出来ないことはないが、危険なのでやらないそうだ。

 出現先の空間の物質を押しのけて出現するので、大きい範囲を飛ばせば飛ばすほど、爆発的な衝撃波が発生する。三人でぎゅっと抱き合って、なるべく見かけ上の体積を減らして、飛ぶことによって、その衝撃波を和らげると言うことだ。それでも、消えた部屋ではその分の体積の真空が発生し、圧力波は、部屋のガラスやドアを揺らしたことだろう。

 出現先の森では空気が三人の体積分だけ押しのけられたが、低周波の圧力波を発生させた程度で、ひらけた空間なので音も広がって逃げるはずだった。

 森を少し歩くと、アウトレットの駐車場に出た。自衛隊の寮からざっと百五十キロ。

 平日でも結構混んでいる。

 最近は平日のバスツアーで主婦も来るらしい。

 りさと優子は自衛隊からクレジットカードを支給されている。だが、月額の上限が五万円と決まっている。さらに、給料天引き。もっとも、そんなに外出もしないし、衣食住が保証されている寮の生活では、使い切ることはほぼ無い。

 れいは備品扱いなので給料も小遣いもないが、必要なものはりさと優子が買ってあげることが多かった。

 みんなで端っこから順繰り回ることにした。

 まずはトイレ。

 れいの排水は一日に一回くらいでいいのだが、やはり人間の生活習慣をまねて、りさ達と常に同じタイミングでトイレに入る。そしてトイレで用を足した振りをする。

 三人でなかよく連れションのあとは、りさはちょっとカジュアルなスーツ系の店にご執心。夏のブラウスとパンツを数点購入。あまり買い込んでも、寮のクローゼットに入りきらなくなる。

 荷物持ちはれいの役目。れいは、衣食住に対して興味が無いが、買い物を楽しむ周りの人間に興味がある。人間観察が大好きである。

 優子は流行を追うタイプ。今年のはやりの色や服などには敏感である。そういった服を数点購入。もっとも、アウトレットと言う意味で言えば、少し流行や季節から外れているわけだが、背に腹は代えられない。

 れいは身長があるので、ジーンズ系の少年ファッションが多い。今日はジーンズに男物のゆったりした白Tシャツ。本人の好み、と言うわけではないが、本人に好きも嫌いも無いので、りさと優子、二人で決めている。大きな着せ替え人形のようだが、いかんせん、女の子にしては、でかい。なかなか合う服が無い。自衛隊モデルだけあって、175センチの男性の服がほぼ合うように設計されている。

 れい本人は動きを妨げない、機能性を求めるので、ジャージとか体操服が好きな服と言えるかもしれない。去年のラボの忘年会の時にキャッツアイネタで着させたレオタードはいたく気に入っていたが、あれこそ究極の理想的な服装かもしれない。

 

 やがて、ある程度買い物したものがたまってきた。

「よし、撃ち出すから、人気の無いところへ」

 優子を先頭に、周りの目を気にしながら、駐車場の隅っこに来た。

「じゃあれい、いっこいっこ渡してくれる?寮のベッドの上に飛ばすから」

 あとは流れ作業だった。連続して飛ばすと、命中精度が上がるとかで箱だったら一つ一つ出現先で載せていくことも可能だそうである。

 れいがわたす、優子が触るとぼん、と消える、れいが渡す、優子が触るとぼん、と消える、この繰り返しだ。

 りさは見張り役。

 世の中、サイコキネシスとか、テレポートなんてありえない話だ。

 れいの様なガイノイドも実現はまだまだ先だと思われている。

 そう考えると、おかしな三人組が自由に買い物していること自体に違和感もある。

 とにかく、世間一般様にバレないようにバレないように。

「はいおわり。あとは部屋に戻ってのお楽しみ」

 寮に戻ったあとはファッションショーだ。

 

 ここで、コーヒーを飲んで一休みと言うことになった。

 ここにはシアトル系珈琲の店が入っている。

 優子はなんとかフラペチーノ、りさは、季節限定の甘い飲み物を頼んだ。

 れいはいつも通り、水。

 ガムシロップを数個ゲットしていつものように砂糖水を作っていた。

 

「久々のオフ、おつかれさま?」

 りさが言った。三人で乾杯した。

「女子高生、多いねぇ」

 りさは周りを見回して言った。

「もう学校終わった時間だしね。ここの近くの女子高があるから、買い物にくるんじゃないの?」

 優子はそういうと、フラペチーノを吸った。

「いいなぁ、私なんか田舎だったから、周りは田んぼだけしかなかったよ。最近の女子高生はいいなぁ」

「りさ、遠い目になっているよ。そんな昔の話じゃないでしょ」

「もう十年近くも前の話よ。優子も同じでしょ」

「自分は二十歳で年齢が止まっているの!」

 優子は言い放つ。

「どっちにしても、私まだ生まれてないね」

 れいの一言は、時々刺がある。

「そういえばさ、女子高って言ったよね、そばにあるの」

 優子が続けた。

「れいってさ、女子高で下駄箱にラブレター入るタイプだよ、絶対」

「え?女子高だよ?」

「あのくらいの女の子はね、かっこいい女の子に憧れるひとも居たりするんだよ」

 りさも乗ってきた。

「でも、女の子と女の子では子孫は残せないよね?」

 れいは目を丸くして聞いた。

 優子は首を左右に振って言った。

「あのさ、れい、子孫を残すためだけに男女は恋愛をするわけではないのだよ」

 りさも続ける。

「そうそう、誰かを好きになるって言うのは、子孫を残すためだけではないの。だから、女の子が女の子を、男の子が男の子を好きになると言うことだって起こり得る」

 優子は飲み物をすすった。

 れいは唸っている。

 人間は難しい。

「れい、こっちを見ているあの女子高生の集団にニコッと微笑んでご覧」

 優子がなにかを企んでいるような顔でれいに言った。

 れいは何の疑問も抱かず、与えられた命令に従う。優子に言われるがままにニコッとした。

 数人の女子高生がどっとわいた。

「ほらほら、罪なやつだねぇ」

 優子は無責任だ。

 

 その集団から、友達に促されるように可愛らしい女子高生がひとり近づいてきた。

 りさは、こんな時期が自分にもあったな、などと、清楚な感じの女子高生を見て感傷に浸った。

「モデルの方ですか?」

 やはりれいに興味があるらしい。

「いえ、自衛隊です」

 りさと優子はバカ正直なれいに吹き出したが、あえて助け舟は出さない。

 れいは積極的に嘘はつかない。微妙なそこら辺のやりとりは見ていて退屈しない。

「私がよく読む雑誌の読者モデルにそっくりな方が・・」

「私の顔は平均的に出来ているから、ある意味、誰にでも似ているように見えるかも?」

 れいは明らかに助けてと言うサインを出しているが、二人は完全に無視し、逆ナンだと言って、静かに騒いでいる。

 他の女子高生二人も合流した。

 

 優子の言う通り、三人はそばの女子高の二年生だった。期末試験が終わったとかで買い物に来ていたそうだ。

 で、友達のひとりが、読者モデルに似ていると思ったれいに興味を持ったらしい。

 れいは当然読者モデルなんかやったことも無いが、日本人の平均値で出来ている顔は、ある意味、誰にでも似ていると言える。見る角度によっては美人であり、ボーイッシュであり、大人の女性であり、少年であり。いろいろな要素を兼ね備えている。

 それに、百七十センチという、モデルっぽいデカさ。でかい読者モデルとかいるのかは疑問が残るところだが。

 れいにとっても女子高生との話は刺激的なようだ。わからないことがや単語がどんどん出てくる。経験値がどんどん上がっていく気がする。

 逆に女子高生達はれいの不思議な話し方、ずれた話の内容や、変に崩れた知識のバランスにぼちぼち気がついてきている。

「れいは世間知らずのお嬢さまだからね」

 優子が必殺の一言を繰り出した。問題の大半はこれで解決する。

 最終的には何故か今日の試験の話になり、れいが今日出題されたと言う数学の問題を解くことになった。

 りさも優子も、やったはずなのに全然理解できない基礎解析や代数幾何の数学の問題だ。

 高度な数学で構築されている陽電子頭脳に解けない問題は無い。

 女子高生たちに、先生よろしく、数学の問題の解と解き方を示す。

 彼女たちは答え合わせに一喜一憂した。

 

 なんじゃこりゃ?

 りさと優子は顔を見合わせた。

 

 女子高生達と別れたれい達はテレポートしやすい場所へ移動した。

「れい、モデルいけるかもよ?」

 優子が言った。

「なんで?」

「その、全て平均値ってのが、あなたの強みだよ」

「モデルって、もっと痩せてて、綺麗な人では?」

「たしかに行けるかも?」

 りさもなるほどと頷く。

「れいねぇ、十分痩せてて綺麗なんだけど?」

 優子が言う。

「ラボのデザイナー、結構マニアックなひとで、きっと綺麗に作りたかったんだと思うよ」

 優子は半分笑いながら言った。

「わらってるじゃん」

 れいはむっとする。

「まずは、防衛ホームかな。ミス統幕とか」

 優子の妄想は膨らむ。防衛ホームは自衛隊の機関誌だ。

「ミス何とかは人間じゃないとヤバイでしょ。ガイノイドなんか、どんなデザインだってできるんだし。ミスガイノイドとかだったらありうるかもしれないけど、それって、デザイナーの大会じゃない?」

 れいの指摘はもっともだった。

「れいを人間と比較することこそ意味がある!」

「ま、とにかく帰りましょ」

 

 人気のない森に着くと、来る時同様、3人で強く抱き合った。

「帰りは誤差が危ないから、寮の屋上に飛ぶからね」

 優子の掛け声で、ジャンプした。

 次の瞬間は見慣れた寮の屋上の上に着地だ。

 夕日がきれいだ。

 階段の鍵は閉まっているが、りさが簡単に開ける。

 夜はみんなで買った服を着て評論会だ。

 そして明日からはまた通常の任務が始まる。

説明
★人間の女性と見分けがつかないハイブリットガイノイド、伊武れいシリーズ。
 この作品は、Viva!Girls!の外伝です。本編では語られることのない、サブキャラクタたちの活躍を描いていきます。
 れい70は、ガイノイド、伊武れいシリーズと自衛隊特殊部隊の特殊能力を持った女の子たちの日常や活躍、友情を描いていきます。

 第一巻に当たるR-1では、れい70、釼持りさ、相原優子たちの関係性を描いていきます。また、後半はアウトレットでお買い物。女の子たちのちょっとした日常です。このロールを読めば、3人の関係性や、環境などばっちり!れい70シリーズの入門書的な話です。
この作品は、クリエイティブ・コモンズのAttribution-NonCommercial-NoDerivs 2.1 Japanライセンスの下でライセンスされています。
 この使用許諾条件を見るには、http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/2.1/jp/をチェックしてください。
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