【RKRN】和顔愛語【忍者に向いてない’s】 |
「先生!早く!」
医務室で薬の整理をしていた善法寺伊作は、廊下から聞こえる慌ただしい声に僅かに首を傾げると、手を止めて障子の方へ視線を送った。
ほどなく部屋に駆け込んできたのは一年は組の乱太郎、きり丸、しんべヱで、彼等に引きずられる様に担任である土井半助が一緒に入ってくる。部屋を見回した乱太郎は伊作の姿に気がつくと、小さく頭を下げ声を上げる。
「あの、新野先生は」
「今留守だよ。誰か怪我したの?」
伊作の言葉に頷くと、土井先生が……としょんぼりしたように三人は項垂れる。
「大した事ないと言ってるだろうが」
「僕で良かったら手当しますけど」
呆れたように言う土井に伊作は困った様に笑うと、一応保健委員ですからと医務室に常備している包帯や消毒薬を準備する。
「お願いします!先輩!僕達の所為で土井先生怪我したんです!」
鼻から溢れる鼻水を拭いもせずにすがりつくしんべヱに伊作は苦笑すると、頭を撫でてやる。すると乱太郎もきり丸も伊作に頭を下げてお願いしますと声を揃えた。
「手……ですか?」
ぱっと見外傷らしい外傷は土井に見当たらなかったが、右手に巻かれている包帯を見て伊作は確認するようにそう言う。すると土井は頷いて困ったように笑った。
「一応応急手当は山田先生にしてもらったし、大したことはないんだが、この子達が大騒ぎしてな」
「だって!八方斎に右手あんなに痛めつけられてたじゃないですか!」
その時の光景を思い出したのか、乱太郎が涙目になって言うと、土井は彼の頭を撫でる。水軍の関係でドクタケの出城に忍び込んでいた一同は、しんべヱが八方斎に見つかり、土井は右手だけで崖に宙づりになったのだ。左手には水軍のお頭をぶら下げて、そこで八方斎に右手を痛めつけられた。
「それでも、お前達がちゃんと助けてくれただろう」
「でも……」
もう少し早ければと乱太郎もきり丸も後悔しているのだろう。間一髪の所を助けられたものの、土井は右手を負傷した。
「とりあえず、伊作にちゃんと手当してもらうから心配するな。お前達は風呂に入って寝なさい」
土井の言葉に、渋々と言うように医務室を出ていく三人組の姿を見て、伊作は思わず吹き出す。
「相変わらず先生大好きですね。あの子達は」
その言葉に土井は笑うと、包帯を自分で外す。その傷口を見た伊作は僅かに眉間にしわを寄せたが、ほっとしたように息を吐き出した。
「毒の心配はありませんね。棒手裏剣か何かで何度も刺されたんですか?」
「そんなもんだ」
傷の治りは遅いかもしれないが、血も止まっているし、山田の処置が良かったのだろうと伊作は傷薬を塗り込むと、丁寧に包帯を巻きなおす。元々戦忍であった山田にはこの手の応急処置は慣れたものであろう。
「痛みは?」
「……心配するほどじゃないよ。チョーク握れるように包帯巻いてもらえると助かる」
困った様に笑った土井を見て、伊作は少しだけ驚いたような顔をすると瞳を細める。
「任せて下さい」
手裏剣を握れる様にではなく、チョークを握れる様にと言ったのが可笑しかったのだ。この人はやっぱり先生だと。
包帯を巻き終わると、土井は右手を何度か開いたり握ったりして巻き具合を確認すると、満足そうに笑い伊作の頭を撫でた。
「ありがとう伊作。助かった」
まるで一年生にするような仕草に、伊作は一瞬驚いたような顔をしたが、直ぐに顔を綻ばし瞳を細めた。純粋に嬉しかったのだ。
「鼻垂れ小僧が立派になったなぁ」
感慨深げに言う土井に、伊作は顔を赤らめると驚いたように声を上げた。
「覚えて……いたんですか?」
確認する様な伊作の言葉に、土井は、ああ、と短く返事をして瞳を細めた。それを見て伊作はひゃぁと悲鳴を上げ、忘れて下さい!と思わず言葉を零すが、直ぐに思い直したのか、少し俯いて小声で言う。
「あ、やっぱり覚えてて下さい」
「どっちなんだ」
呆れたように言う土井に、伊作は困ったような顔をした。土井が5年も前の事を覚えているとは思わなかったし、自分としては恥ずかしい部類に入る思い出なので忘れて欲しい気もするが、忍者を目指す原点の様な事なので、覚えていてくれたのが嬉しくもあった伊作はどうしたらいいのか解らずに、どうしたら良いんでしょうか……と途方に暮れたような声を上げた。
忍術学園に入ったばかりの頃の伊作は、今に負けず劣らずの不運体質で、周りからは忍者に向いていないといつも笑われていたし、本人もそれは自覚していた。自分だけならともかく、クラスの足を引っ張り、いつもチームを組んでくれる友人の食満留三郎にまで迷惑が及ぶのではないかと思い悩んだ伊作は、夜中一人で忍術学園を辞めようかと庭で一人で泣いていた。そこで初めて土井と話をしたのだ。当時新米教師で、担当クラスを持っていなかった土井は、専門である兵法と火薬に関して上級生の授業を受け持ってはいたが、一年である伊作とは直接関わる事は殆どなかった。しかし、校医である新野から、一年は組の保健委員であった伊作の話を聞く事はあり、一応名前と顔は一致していたのだ。
鼻を垂らして泣きながら、友達に迷惑が掛るから学園を辞めたいと言う伊作の頭を撫で、土井は優しく笑い口を開く。
──友達の心配するよい子だね。私はね、伊作。何でも出来る優等生より、落ちこぼれでも優しいよい子が好きだよ。
学園に入って初めて人から褒められ、頭を撫でられた伊作は驚いたし、親身になって話を聞いてくれる土井に好意を抱いた。土井は自分も地面に座り込むと、小さな伊作を膝に乗せて頭を撫でながら、もう少しだけ頑張ってみないかと、学園に残る事を勧めた。
土井自身もどちらかと言えば忍者には性格的に向いていないのを自覚していた。運が良かったのは山田伝蔵に紹介されて忍術学園に就職出来た事であろう。教科担当と、実技担当で分かれている為に、土井でも先生として何とかやっていけていた。
この戦の多い世の中で、自分や大切な物を守る手段はいくつあっても足りない。例え忍者として将来的にやっていけなくても、忍術学園で学んだ事は、伊作にとって役に立つであろうし、もしかしたら、自分の様に、戦忍として以外の道を見つけるかもしれない。そう思い、土井は自分の話も織交えながら、伊作に話をしたのだ。
伊作はその時の事を今でも覚えている。心が折れそうになる度に、土井と眺めた月を見上げて、あの時の事を思い出すのだ。
──先生……僕は頑張って、貴方の様な大人になりたいと思います。
そう言った伊作に、優しく笑いかけた土井はずっと変わらないまま、優しくて子供たちに好かれる先生として今も忍術学園にいる。
伊作は不運でも、頑張れば何とかついて行けたし、友達にも恵まれた。六年生に上がる頃には、あれだけいたクラスメートも減って、気がつけば、は組は伊作と留三郎しか残っていなかった。他のクラスも二名ずつしか残らなかった事を考えれば、伊作は十分過ぎるほど努力を重ねたのだろう。
「恥ずかしいですけど、覚えてて下さって嬉しいです」
「私にとっては初めてのよい子の生徒みたいなものだからな」
困った様に笑った土井は、現在一年は組の先生をしている。落ちこぼれだと笑われているが、皆友達思い、先生思いのよい子だと伊作は感じていた。先程の様子を見ても、いつも子供たちに囲まれて楽しそうにしている土井の姿を見てもそれはよく解る。
「……本当はね、彼らを一流の忍者にするには別の接し方があるんだと思う」
そう零した土井の顔を見て、伊作は思わず顔を上げる。すると、土井は困った様に淡く笑った。
「でも、彼等は忍たまである以前に、やっぱり子供だから、私は彼等に笑っていて欲しいんだ。……忍者どころか、最近は先生にも向いてないんじゃないかって悩むよ」
「そんな事ないです!」
声を荒げ否定した伊作を見て、土井は思わず目を丸くする。普段は温和な性格で声を荒げる事が少ない伊作の反応に驚いたのだ。
「伊作?」
「確かに、一流の忍者になるには綺麗事だけじゃ無理です。僕もそれはよく解っています!」
学年が上がる度に増す任務の難易度と、その非情さに伊作は何度も心が折れかけた。友を救うより、任務の達成を優先させるのが一流の忍者だと。けれど、伊作は忍者として失格の烙印を押されても、怪我人を放置する事もなかったし、敵味方関係なく手当てをするという自分の信念を貫き通した。忍者として三流でも、人としては己が目指した道を違えたくはなかったのだ。
「忍者として一流になれなくても、先生が生徒達に教えた事は絶対に役に立つし、先生が好きだと言った、優しい人になると思います!先生が大事に育てた子達は、きっと将来、沢山の人を守って助ける、優しい大人になります。だから……先生も今のまま頑張って下さい。僕は……貴方みたいな大人になりたくて頑張ってるんです」
今にも泣き出しそうな伊作を見て、土井は優しく頭を撫でると小声で詫びる。
「すまなかった。ありがとう、伊作」
その言葉に年甲斐もなく涙腺が崩壊した伊作が泣きながら鼻をすすると、土井は苦笑して、顔から出るものが全部出てるぞと言い手ぬぐいを差し出した。それを受け取った伊作は鼻をかむと、恥ずかしそうに俯いた。自分の理想を土井に押し付けているのは解っていたが、どうしても言わずにはいられず、吐き出してしまえば今度は恥ずかしくなったのだろう。
「他には内緒だけどな伊作……」
そう切り出した土井の言葉に、伊作は顔を上げると言葉に耳を傾けた。
「私はね、子供達には一流の忍者になるより、素直でよい子のままいて欲しいんだ。ここで学ぶ事は、彼等が幸せになる為の武器であって欲しいと思ってる」
「先生」
「……大切な物って簡単に壊れてしまうだろう?だから大事にしなきゃいけないし、守らなきゃならないと思う。私は……大切な物を守る術がなくて悔しい思いをしたから。もっと早く色んな事を学んでいればと後悔した事もあったよ」
土井は忍術学園の卒業生ではなかったし、どこで忍術の修業をしたのか伊作は聞いた事もなかった。ただ、山田伝蔵の紹介で忍術学園の先生になったらしい話は聞いてた。
守れなかった物があったから、彼は子供達に惜しみなく、彼等が泣かなくて良い様に己の持っている物を分け与えるのだろうと伊作はぼんやりと考える。痛みを知るからこそ、彼は優しいのだと。
「大人が勝手に始めた戦で、子供が泣く歪んだ時代に生まれた事を嘆くより、何かしようと思ったんだ。自分の持ってる技術を子供達に教えてあげれば、きっといつか、彼等の助けになるんじゃないかって、勝手に願ってね」
ああ、先生はやっぱり先生だ、そう思って伊作は微笑む。誰が何と言おうと、自分の理想の大人で、そんな彼の様に伊作はやっぱりなりたいと再度確認した。
「忍者になってもならなくても、先生の教えた子達にとっては一生先生は先生ですよ」
「……ありがとう。他の人には言うなよ。怒られるから」
確かに一流の忍者を育てる事を目標とした忍術学園の先生としては問題があるかもしれない。けれど伊作はそれでも良いと思い、頷くと笑う。
「はい」
「手当、ありがとう。子供達が心配するから私は戻る」
立ち上がった土井を見て、伊作は慌てて薬棚を開けると、薬草や換えの包帯を出し土井に渡した。
「こっちが痛み止めで、こっちが傷薬です。包帯はマメに換えて下さいね。それからえーっと……」
バタバタと説明を始める伊作を見て、土井は穏やかに微笑むと、大丈夫だからと瞳を細める。
「……僕も心配なんですけど……」
その言葉に土井は目を丸くすると、ぷっと吹き出す。随分図体は大きくなったのに、小さくなって泣いていた頃の伊作とだぶって可笑しかったのだ。それと同時に、素直に育った事が嬉しくもあった。
笑われた事に困惑した伊作は、土井の方を眺めて首を傾げるが、彼はすまないと短く言うと、伊作の頭を軽く叩き微笑む。
「相変わらずで安心した。おやすみ」
「はい。お大事に」
土井の姿を見送った伊作は、広げた薬を片付けるとふぅっと小さくため息をつくと、廊下に出て空を見上げた。
月が淡い光を湛えて闇夜を照らしている。忍者にとって月明かりも忌むべきものであるが、好きな物は仕方がないと、伊作は瞳を細めた。友達に恵まれた事も、先生に会えた事も幸せな事で、忍術学園を辞めなくて良かったとしみじみ思い、自然と顔がほころんだ。
──大丈夫。まだ頑張れる。
一流の忍者になれなくても、彼の願いを叶えようと伊作は思った。人を思いやって、助けて、自分の大事な物を守り通そうと。それが恩返しなのだと考えて。そうすればきっと彼も喜んでくれると信じて。
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RKRN。忍者に向いてない’s話。時系列的に六巻辺り。 | ||
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