後悔
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いつか捕まるのだろうか。

論をずらして、視線を外して、少し笑って、距離を離して。

このようなことを続けていれば、

そのいつかは来ないと思っている自分が居る。

なんて甘いことだろうか。

そんなの相手が本気になったら逃げられる筈なんてないのに。

「ねぇ、先輩」

二人きりの部室、逃げようとした矢先に抱きしめられた。

古い紙とインクの匂い。それに混ざる要の匂い。

背に被さる身体が苦しいくらいにこの身を締め付ける。

ただ逃げられないことを理解した。

逃げ方なんて知らない。部室の内鍵は自分から閉めた。

何をされるかはぼんやりと気付いている。

ただ、彼を見れば、諦めは簡単にやってきた。

 

「ねぇ、先輩」

 

部室の机は教室にあるものと同じで、

それを二列ほどに集めただけのスペースに押し倒された。

首筋に掛かる吐息がくすぐったくて息を詰める。

三階の校舎の片隅、日当たりの悪い文芸部の部室は狭くて、埃っぽくて、

でも安心する場所、だった。

それが今、目の前に居る相手の心が

間近に迫っているのが分かっただけで、

胸の鼓動が速くなるのが分かる。

本当は何をしたかったのだろうか。

彼は今までしたかったことを、今からするのだろうか。

目の前に俺は在るのにまだ我慢したような顔をしている。

俺を欲しがった顔をして、今にも泣きそうに瞳を歪めながら、

壊すのが、失うのが、怖いくせに離れる気はないらしい。

俺はただぼうっと相手の瞳を見つめていた。

「好きです」

「そうか」

そう言いながら、田宮は要の瞳が茶色いだけではなくて、

どこかきらきらとして甘い色合いをしていることに気が付いた。

泣きそうだからきらきらしているのかとも思ったが、

それは違うような気がした。

甘い紅茶の上にきらめく星だ、なんて言ったら…

また先輩はロマンチストだとか、詩的だとか言って笑ってくれそうなのに。

熱に浮かされたようなその顔を見ていたら、

今の要には何を言っても無駄だと分かってしまったから。

だから、俺は何の抵抗もせずにじっと全てを見ていた。

セーターのボタンを外す時も、シャツを脱ぐ時も、

特に抵抗はしなかった。

むしろ、袖から手を抜くのを手伝う程度のこともした。

何故ここまでするのかと聞かれたらきっと答えられないだろう。

理由があるとすれば、この甘い色合いをした瞳の輝きが

絶望に塗り替えられるのが嫌だった、そんなところだ。

この手は常に誰かを守っていたいのであって、

突き離すことなどできない。

要するに誰かに、誰にも、嫌われるのが怖いのだ。

 

剥き出しの身体に触れる手はとても恐々としていて、

少しでも過敏な反応を返せば、不安そうに何度も確認をしてくる。

それでも要は止めようとは一度も言わなかった。

ただ、好きだと言った。

気持ち良くもない行為を受け入れた俺は

「良い」と嘘を吐いて、少しだけ笑ってみせた。

その笑みに応えるように要は笑った。今にも泣きそうだった。

 

「暴れてくれなかったですね」

 

田宮の制服のボタンを一番上まで閉め終わった要がそう言った。

拘束もなければ、強要もなかった行為では倦怠感だけが生まれて、

気怠げに首を傾げると、泣きそうな顔をした要が田宮を抱きしめた。

行為の時のようにがたがたと五月蝿く机が鳴ったが

そんなことはどうでもよかった。

ただ、ついに零れ落ちてしまった要の涙に、

はっと目を見開くしかなかった。

どうして泣くのか、そう問いたいのに

さらさらと砂のように零れ落ちていく声は言葉にならない。

「振ってくれないなら、期待してもいいんだよね…亮二」

「かな、…め」

身を竦ませながら名前を呼んだ。

その細い背に手を回すことなど考えもつかず、

茫然と始まる前のように相手の瞳をぼうっと見た。

そして、今にも崩れそうな脆い関係を作り出してしまったことへの後悔が

今更のように湧き出した。

 

ここで好きだと言えばきっと丸く収まるのだろうに。

それなのに、口から零れ落ちるのは

悲しいほどに引き攣れた嗚咽ばかりで。

説明
幼馴染以上、恋人未満。
その関係に馴染み過ぎた二人の話。
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BL 創作 学園 

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