裏庭の花
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 雨粒がアスファルトに弾ける音を聴きながら、友達の家からの帰り道を走っている。雨合羽を着込んでいるのに、こうも雨脚が強いと内側まで濡れているような錯覚に襲われる。

 近道をしようと町の大通りから外れた道に入り、小さな水溜りを飛び越し、靴で水をはねながら急ぐ。

 思えば今日の天気予報は雨だったけれど、これほどの雨が降るとは思わなかった。午後の空は雲こそあったけれど気持ちよく晴れていて、雨合羽を持たせてくれた母さんを心配性だなと思っていた。今一番役に立っているのは雨合羽なので、なるほど心配するのが大事なのだと思い知らされる。

 道を行き止まりまで走ると、大きな屋敷の低い塀をまたいで裏庭の中へこっそり入った。本当なら家までは大回りしなければならないけれど、ここを抜けるととても近い。

 この近道は気に入っていて、その理由は庭全体を使って園芸をしているからだった。花壇やフラワーゲージのある庭はとても珍しいので、まるで違う国に迷い込んで冒険したような気持ちになれる。

 雨が降っているせいもあって、何度も通っているこの裏庭が一層別世界のように見えた。進んでいくと、庭の半ばに紅茶を飲むためのテーブルがある。しかし、いつもと違うのはテーブル上に花瓶が置いてあることだった。室内の置物のような派手な色をしたもので、雨が振り込むたびにコンコンと硬質な響きを鳴らしている。その音が綺麗だったからか、それとも大雨で気分が高揚していたからか、ふと思いつきの悪戯心で、近くに咲いている花の枝を葉っぱごと一枝折り、花瓶に挿した。

 雨に打たれながら葉を揺らす姿を後ろ目に、上機嫌で花だらけの庭を抜け出ていった。

 

 数日経って同じような雨の日に、これまた同じ雨合羽で道を急いでいた。同じように近道をして、同じように大きな屋敷の裏庭を横切っていく。

 再びこの間のテーブルの横へ来たとき、また花瓶が置かれていることに気がついた。もう一つ違うのは、雨に濡れても大丈夫な耐水性のある厚い紙とハサミが置かれていることだ。

 紙には、お花を切るときはハサミを使ってね、という書き置きのようなものだった。

 自分がこの庭を通っているのがバレていたことにショックを受けた。けれどこの手紙を書いた人がどのような人かも気になった。

 洋服を着たお婆ちゃん? 日焼け対策をした服を着たおばさん?

 どちらにしろ脳裏に浮かんでいたのは人の良さそうな笑顔をした誰かだった。この間のように花を挿すことを想像しつつ、周囲を確認してからハサミを手にとってみると、紙を切るためのハサミと違ってどっしりとした感覚がある。そこでふと思いつき、ハサミで一仕事をして庭を抜け出ていった。

 

 家に帰ると、母さんから今日は何をしていたのかと聞かれる。

 どうせ意味が分からないだろうなと考えると本当のことを言えるもので、紙の花を挿してきた、と答えるのだった。

説明
三題作品です。お題は「はな」「はさみ」「かっぱ」です。
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