夕暮れの出会い |
私がいつものように帰路についている途中、道の隅で子供たちが何かを取り囲むように騒いでいるのが見えた。
普段からこの辺りは彼の遊び場になっているから、特に不思議な光景ではない。
しかし、何故だか私はその様子が気になった。
「何してるの?」
私が近付いて声をかけると、子供たちはビクッと肩を震わしてから私の方を向く。
警戒されるかと思ったが、何人かは私の顔に見覚えがあったらしく少しホッとした顔になった。
「あのねー、エネコがいるのー」
「エネコ?」
子供たちを代表して、活発そうな女の子が言う。
その言葉を聞いて輪の中を見てみれば、丸いピンクの物体があった。
こねこポケモン、エネコが丸まった姿だ。
初めて見るその姿に私は息をのんだ。
ここはタマムシの近辺、ニャースならともかくエネコなんてそう簡単にお目にかかれるものではない。
「誰のエネコだろう。トレーナーは近くにいるのかな?」
私は顔を上げて辺りを見るがそれらしい人影は見えない。
「この子すてられちゃったみたいなの」
そんな私の様子を見て、先ほどの女の子がそう教えてくれた。
よく見ると彼女の手には一枚の髪が握られている。
許可をもらってその紙を見ると、そこには一文簡潔にこう書かれていた。
『誰か拾ってあげてください』
あぁ、なるほど。
その一文、たった一文だがこの子の状況を理解するには十分すぎた。
別に珍しいことじゃないだろう。
最近こうやってポケモンを捨てるトレーナーは多いと聞く。
むしろこうやってメモを残しているのが良心的だと思えるぐらいには。
「ねぇおねえちゃん。どうしてこの子すてられちゃったのかなあ」
「うーん……」
子供の一人がエネコを見ながら泣きそうな声で言った。
この子たちはまだまだポケモンと共に過ごす日々というものを夢見る世代だ。
ポケモンと旅する日常に憧れているこの子たちには、自分からポケモンを手放すトレーナー行動が理解できなくても無理はない。
実際は、彼らが思ってるほどキラキラした世界ではないのだとしても。
「……とりあえず、この子をポケモンセンターに連れて行こうか。ジョーイさんに頼めば、面倒見てくれるか、故郷に帰してくれるかすると思う」
その場で回答を避けるため、そんな提案をした私は少し卑怯だとは思う。
だが、この状態を解決するためにはそれが一番いいだろう。
私はそっと子供たちの円の中に入り、エネコを抱き上げた。
人慣れしているのかエネコはとくに抵抗もせずに、私の腕の中に収まる。
やはり一度トレーナーと共にいたポケモンは野生とは違う。
ふと子供たちを見ると少し残念そうな顔をしていた。
彼らはもう少しエネコと一緒にいたかったのかもしれないと思ったが、気付かなかったことにした。
そのまま子供たちに声をかけ、ポケモンセンターに向かおう、そう思った。
「ねぇ、おねえさんがこの子のトレーナーにならないの?」
唐突な少年の声。
私は思わず動きを止めてしまった。
「わあ、いいねそれ」
「おねえさんのとこだったら、わたしたちもまたあそびにいけるよ」
私の困惑をよそに、子供たちは大賑わいだ。
たしかにポケモンセンターに預けるより、この辺りでよく見かける私のほうが彼らからしたら都合がいいのかもしれない。
やっぱりエネコとここで別れるのが悲しいのだろう。
「ねぇ、おねえちゃん、その子のトレーナーになってあげて! おねがい!」
「おねがい!」
子供たちの大合唱に私は冷や汗が出るのを感じた。腕の中のエネコも重くなった気がする。
たしかに、私の年齢はもう十分ポケモンを公的に持つことが許される年齢だ。
一応空のモンスターボールだって持ち歩いている。
まだポケモンと旅する権利のない子供たちからしたら、「すごい」存在だ。
けど、私は違う。私はトレーナーじゃない。
「え……えっと……」
子供たちの期待に満ちた眼差しに私は思わずたじろぐ。
「悪いけど……私には無理かな。トレーナーじゃないし……ポケモンの扱いにも慣れてないから」
数年前、私はポケモンと共に旅立つことをしなかった。
旅が嫌だったとか、ポケモンが嫌いだとかそんなことではなかったと思う。
本当にただなんとなく、旅立つことをしなかったのだ。
幸い両親も大して拘らなかったので、そのままずっと私はポケモンと関わらずにここまで育ってきたわけだ。
いきなりエネコのトレーナーになることはできそうにない。
「そっかぁ……」
明らかに落胆した顔をする子供たちに少し申し訳ない気分になる。
私は卑怯にもそれに気付かないフリをする。
そうやってことを納めてしまうのがこの場合は一番いい……はずだ。
卑怯な自分が嫌で仕方がなかったが、ここでそれを言っても仕方がない。
「とにかくエネコをポケモンセンターに連れて行こうか」
子供たちを促して、私はポケモンセンターへ向けて歩きだした。
その時だった。
今まで私の腕の中で大人しくしていたエネコがいきなり跳ねた。
「うわっ……」
驚いた私は思わず体勢を崩し、尻もちをついた。
肩にかけていた鞄が道に投げ出され、中から本やノートが散らばる。
「おねえちゃん大丈夫?」
子供たちが心配そうにのぞきこんできた。
その気恥ずかしさをごまかすように、私の視線はエネコを追いかけた。
エネコはちょうど鞄からちらばった物を興味深そうに見ている。
散らばった持ち物。その中に一つだけ小さなボールが混じっていた。
あの日何かの役に立つかも、ともらって使わずにいたモンスターボール。
なにを思ったのか、エネコはそのモンスターボールに飛びついた。
「あっ」
止める暇もなく、ボールが開きエネコが中に吸い込まれる。
一回、二回、ボールが左右に揺れる。
そのまま三回目も揺れ、高い音を出して止まった。
「……え?」
なにが起こったのか、しばらく理解することができなかった。
こういうことに関しては私より子供たちの方が素早い。
瞬く間に、子供たちの歓声がわき上がった。
「おねえちゃんエネコゲットしちゃった!」
「すごい、あんなふうになるんだあ!」
「バトルしなくてもゲットできちゃうんだなあ」
大盛り上がりの子供たちをしり目に、私の頭は混乱状態だった。
何故こんなことに……。
おそるおそる、ボールを手に取る。
「えっと……どうしよう……」
エネコが、私のモンスターボールに入った。
つまり、このエネコは私のポケモンということになるんだろう。
「そのエネコ、おねえちゃんのことがきにいったのかな!!」
困惑している私の横で、興奮したような声が聞こえる。
「ねえおねえさんそのこどうするの?」
「おねえちゃんがトレーナーになってあげれないの?」
手の中にあるモンスターボール。
その中には間違いなくポケモンが入っていて。
別にポケモンが嫌いなわけじゃない。
なんとなく勇気が出ない。
ゆっくりと開閉スイッチに手をかける。
ボールが開き、中からエネコが出てくる。
ピンクの体を持つ、小さなポケモン。
エネコに視線を合わせるように、私はゆっくりとしゃがんだ。
「えっと……私が、トレーナーでいいの?」
おっかなびっくりにエネコに尋ねる。
エネコは一度首をかしげて、それでもゆっくり私の方へと歩いてきた。
子供たちの歓声が響く。
私はそっとエネコを抱きあげた。
「おねえちゃん」
最初に話してくれた子が、少しだけ不安そうに私を見る。
「こうなったら仕方ないしね。私がこの子のトレーナーになるよ」
私がそう言うと、その子はにっこりと笑ってくれた。
「さて、一応この子の健康チェックしないといけないから、やっぱりみんなでポケモンセンターに行こうか」
「うん、いこういこう」
「おねえさんおれにもエネコさわらせて!」
「あ、ずるいわたしもー」
わいわい騒ぐ私たちを気にもせずに、エネコは小さなあくびをした。
私が出会ったポケモンはすごくのんびりやさんらしい。
説明 | ||
いつもと同じ帰り道、私は子供たちに囲まれているエネコと出会った。 トレーナーの資格等の設定はアニメよりです。その他の世界観についてはゲーム、アニメ、漫画を見た上で私が考えた独自解釈が多々加わっておりますので注意してください。 それにしてももっと上手くできなかったものか……いろいろ残念な出来になってしまいました。いつかリベンジします。 とりあえず小説投稿のテストです。 |
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