ダンジョンキーパー(一)
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 東の空から光が昇ってくるのが見える。日に日に太陽が顔を出す時間が早くなってきているのを、ナルサワは毎朝の掃除で実感するようになった。

 ナルサワの住居であり、ダンジョンの入り口にあたるセノミは昼になれば多くの冒険者でごった返す。そのため、ナルサワは小さい頃より朝のうちに大鳥居から境内を掃き清めることを日課としていた。

 境内には2体の狛犬が向かい合って鎮座している。その間を竹箒で掃いている内に、ある一つの考えが頭をよぎってきた。

(今年で20歳か)

 すでにあの夜からは数年が経とうとしていた。

 冒険者の救出失敗と当主の死亡。

 当時はこの事件が冒険者の間で大変な動揺をあたえた。

当然である。冒険者たちが安心してダンジョンにアタックできたのもダンジョンキーパーの後ろ盾があればこそであったし、そもそもダンジョンキーパーに冒険者登録をしないとダンジョンに入ることすら許されないのだ。彼らの根幹を揺るがすほどの衝撃を与えたに違いない。加えて次期後継者がいまだ幼い少年であったということから、ダンジョンは閉鎖という噂までまことしやかに流布されていった。だが、それも事件を聞き伝えでしか知らない冒険者の間だけであり、実際にはそうはならなかった。

顔なじみの冒険者たちが幼くしてダンジョンキーパーとなったナルサワを補佐し、守り神のコマ、カラの回復をまってダンジョンは再開されることとなったのである。

硬い箒が石畳を掃く乾いた音が響く。

青年となったナルサワは大人たちの手助けでここまでこれたことを感謝しながら、もう一つ、胸のうちでぐるぐると回る思いを抱いてた。

(俺はこのままでいいのだろうか)

 当主となって数年、もう大人といえる年齢となったナルサワは様々な冒険者を見続けてきた。

一攫千金を夢見る者、スリルと冒険を求めに来た者、強い相手と戦いたい者、家族を養うために来た者……。割合的にはその昔戦に出ていたというような屈強な男たちが多いのだが、中には女性や自分と同じ年齢の冒険者も存在した。

そんな自由気ままな冒険者と比べて、自分はずっとこのダンジョンの入り口、セノミに一人ではりつけられる日々を過ごさなければならないのだ。

いままでも、ひょっとしたらこれからもずっと。

そして待っているのは両親のように……。

「なにを辛気臭い顔をしておるのじゃ」

 後ろから突然声を掛けられてナルサワははっと顔を上げる。

振り返ると、二体の狛犬の足元に二人の少女が立っていた。

両者とも腰まで届く長い黒髪を持ち、巫女装束に身を包んでいる。

その顔立ちはどちらも端整で美しく、片方は童子のような小さい身体に快活な笑みを、もう片方はナルサワと同年代の少女が持つ身長より少し高い程度の背丈で、慎ましく、また心配そうな表情を浮かべていた。

男性であれば思わず振り返りそうな少女たちである。しかし、この二人には明らかに人間とは異なる外見的特長を有していた。すなわち、その本来人間が耳を持つ部分には犬の耳を、巫女服の後ろからはふさふさのしっぽが見え隠れするのである。

「コマさん、カラさん。いたんですか」

「ああ。我らはお前の守り神じゃからな。お前の行くところは我らも付いてくぞ」

口を開けた狛犬の下にいる少女は頭の後ろで組んだ腕をそのままにナルサワの元まで歩みを進めた。その後ろで控えめに、口を閉じた狛犬の下にいたもう一人の少女も付いてくる。

彼女たちこそナルサワの、ひいてはダンジョンキーパーの一族に仕える守り神で狛犬のコマとカラであった。

普段はこうして人型をとっているが、ダンジョンに入ればその鼻と耳を使ってダンジョンキーパーを自在に案内し、遭難した冒険者を見つけることができる。ダンジョンキーパーの職務は彼女たちがいるからこそできる仕事とも言えるのである。

「おぬしがそんな顔だと送り出す冒険者も安心してダンジョンに潜れん。のう、カラ」

「(こくん)」

 カラと呼ばれた犬耳の少女がうなずく。

「おぬしには我らがついておる。安心せい」

 そう言ってコマは薄い胸を張り、ナルサワの背中をバシバシと叩く。彼女たちなりの励ましに心が軽くなる感じがした。

なるほど、一人じゃない。

そばに人がいるだけでこんなに心が変わるのかと驚きを覚えるナルサワであった。が、次のコマの一言で再び重石がのしかかるのを感じた。

「ありがとう、コマさ……」

「経験はいずれ付くのじゃ。若いことを不安に思うことは無い。気楽にいけ気楽に。わははは」

「……」

 楽観的に笑うコマをよそに、そうじゃない、とナルサワは思った。

 ナルサワの悩みはたしかに若いことだが、それは若いからこそ、このままでいいのかという不安だった。

コマとカラが目の前にいるので顔にはその思いを出すまいと思うが、そう思うたびに心はどんどんと影をさすのだった。

(このまま、このダンジョンの入り口で生涯を過ごすのか?そしてとうさんとかあさんみたいに……)

 脳裏に数年前の夜がよぎる。鼻腔を襲う体液の匂い。生気を失った両親の顔。

 そしてその顔がまるで水面のように自分の顔を映し……。

「ナルサワ!」

 コマの大きな一声で再び頭を覚醒させられた。

顔を下げるとすぐ目前にまでコマの顔が迫っていた。

「え……」

「なにをぼさっとしておる。とっとと掃除を終わらさんか、阿呆」

「あ、ああ。ごめんなさい」

 手にした竹箒でさっと境内を掃く。

気の早い冒険者は日が昇ってからすぐにでもダンジョンに向かう。もたもたしていられないのはたしかだった。

早く掃除を終わらせようとさっと砂埃を脇にどかすのと同時に、暖かく、やわらかいものに包み込まれる感触が体に広がった。

「カラさん?」

「だいじょうぶ」

 いままで沈黙を守っていたカラが、唐突に後ろから抱きついてきたのだ。

 体を包みこんだカラの体からはかすかに日の匂いがする。急に抱きしめれた驚きとともに、胸元に感じる双球の感覚に心臓が跳ね上がった。やや上気した顔を後ろに向けると、垂れ目がちな瞳が迎えてくれた。そのまなざしが頭の中の水面をかき乱し、心に生気がよみがえってくるのを感じる。まるで母親に抱き上げられた赤子のような気分を覚えていた。 

「私たちがついてる。守ります。今度こそ、あなたを」

 今度こそ、と言う言葉に並々ならぬ気配を感じてもしかしてと思う。

(カラさんはわかっている……?)

耳元でゆっくりとささやかれる言葉に目を閉じ、寄りかからないように注意しながら体の力を抜く。

数秒立ってから「ありがとうカラさん」と礼を述べてカラの胸から離れた。

完全に不安が取れたわけではないが、一時的にでも心の平穏を取り戻せたことにナルサワは感謝していた。

後のことは後で考えよう。今は今のことを考えなくては。

「まあ、そういうことじゃ。大船に乗った気で気楽にいろ」

「うん」

「……ありがとう」

 3人を暖めるように朝日はさんさんと降り注いでいた。

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ダンジョンキーパー本編の1です。
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