ダンジョンキーパー(四)
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 セノミの社務所から渡り廊下を隔てた先にナルサワたちの母屋が建てられている。

その母屋の中にある居間でナルサワとカワグチ、カラの3人がちゃぶ台を囲んで、コマを詰問するように座っていた。

太陽はすでに落ち、室内灯の明かりだけが部屋を照らしている。ガス灯に暖められた空気が部屋の温度を上げ、より張りつめた空間を作り上げているようにも感じられた。

ダンジョンの入り口は日没と共に締め切る。そのため、ナルサワたちは太陽の隠れたことを確認すると仕事を速やかに終わらせ、コマを呼び寄せたのだった。

ポウはというと、登録を終えるとセノミの母屋、あてがわれた部屋に荷物を置いてすぐにダンジョンへと入っていった。

3日間はダンジョンに挑戦することになるので、彼女のことを話すには最適とも言える時でもある。

「コマさん。なぜ勝手にあんなことを言ったんですか」

 開口一番にナルサワはコマを問い詰めた。「あんなこと」とは当然、コマがポウに対して言った「母屋を貸す」ということである。

「もちろん、おぬしらがどんな反応をするか楽しみだったにきまってるではないか」

 対して、コマは飄々と笑みを浮かべるだけでとくに3人を気にする様子は見せなかった。

「こっちは真剣なんですよコマさん!」

「冗談じゃ。そう青筋立てて怒鳴りたてるな」

 両耳を折りたたんで「聞きたくない」とでもいうような姿をとるコマであったが、真剣な表情を向ける3人に「むぅ」と一声うねるとしかたない、とでも言いたげにあぐらをかいた膝の上に手を置いた。

「なに、あやつは宿に金を使いたくないみたいじゃないか。野宿させるわけにいかないなら、ならここに泊めてやるのが人情ではないのか」

「だが、それじゃあダンジョンキーパーとしての立場が危うくなっちまうぜ」

「また……別の冒険者が……同じことを言う……かも」

すかさず言い返すカワグチの言葉に、カラが同意する。

ナルサワもその点を一番憂慮していた。

ダンジョンキーパーは冒険者に平等でなくてはならない。これはダンジョンを管理する上では欠かすことのできない掟である。

冒険者に不平等ではいらぬ不都合を生む原因となるし、最悪ダンジョンの運営に支障をきたす事件の引き金にもなりかねない。

ならば、一度冒険者に与えた待遇はすべての冒険者に適応されるべきである。

つまり今回のコマが行った処置は、冒険者が宿に金を使いたくないときはダンジョンキーパーの家たるセノミの家を貸す、ということを決定付けることにもなりかねない行為であった。

「それぐらいはわかっておるわ。組合の方ではどうなっておる?」

「今回は初めてのウェストからの冒険者ってことで、まずはセノミ預かりの特例にする、てことにした。まあ幸いなんとか言い聞かせられそうだが、それにしても……」

「わかっておるって。手間を掛けさせてすまなかった。だが、少々気にかかることがあっての」

「気にかかること?」

「うむ」

 コマが腕を組んで考え込む。仕事の間は大勢集まる人の中にも気味悪がる人もいるため、しっぽは袴の中に押しこんでいる。今ではしっぽ用に空けた穴から外に出しているが、それも上下にぱたぱたと揺れていた。

「あれは金に汚いわりに身なりが貧相じゃったの」

 言われてナルサワは昼間のポウの姿を思い描いた。

綺麗な金髪に、青い瞳。そればかりに目がいってしまって他をなかなか思い描くことができなかった。

 それはカワグチも同じようで、あごに手を当てたまま考え込んでしまっている。

「なんじゃおぬしら、いくらなんでもおなごにうつつを抜かしすぎじゃろ」

 呆れたように二人を見つめたあと、「カラは気づいておったよな」と言った。

「ん。泥のにおいも」

「さすがにカラは鼻がきく。まあ、あれだけケチケチしていれば身なりはともかく、それなりに金を抱えていそうなものじゃがの。だが、そういうわけでもなさそうじゃ」

「わざわざ遠くウェストから旅に来てるんだ。そりゃ持ち歩ける金には限界があるだろ」

「それはそうじゃが……どこか気になっての。あれは金に汚いのではなく、なにか別の理由がありそうな気がしてならんのじゃ」

 どこか釈然としないといった感じのコマは、ちゃぶ台にあごを乗せ、耳をぴくぴくと動かしている。

 それをよそにナルサワはポウの言動を思い起こしていた。

 ポウが言った「家」という言葉。

(私には自分に金をかけるほど家に余裕は……)

 ナルサワにとってウエストの風景、ましてや一般家庭の様子などは知るよしもない。

しかし、ポウからこぼれ落ちた必死な様相はナルサワにある奇妙な感覚を呼び起こしていた。少し前に、夜中ふと目覚めて廊下に出たら、月明かりで伸びた自分の影を死んだはずの父親と勘違いした時があった。

ナルサワはその時と同じように奇妙で、どこかで見たことがあるという感じであった。

視線をちら、と壁際に向ける。

父親の形見であり、一族にしばらく伝わり続けていると言われる名刀、真改国貞が刀掛けに置かれていた。

 ポウの家はいったいどのようなものなのか。

かすかにそう思うのだった。

「気になるなら本人に直接聞けばいいじゃねえか」

 カワグチの声にふと我に返ったナルサワは思考を押しとどめる。

今は別の事を考える時ではなかった、と自分に言い聞かせて意識をちゃぶ台の方へ戻した。

「聞いて、話してくれるならそれで越したことはないんですけど」

「あの様子では話すとは思えんのう」

 ちゃぶ台に預けた体を起こしてコマは3人を見た。

「まあ、そういうわけで宿に置くよりここで面倒を見て真意を覗いてみようと思ったわけじゃ。なによりこの広い母屋で3人だけというのもつまらんじゃろ」

「いや、つまるつまらないじゃなくてですねコマさん」

「……結局は……興味本位?」

「そうともいえるかのカラ。かははは」

「……事態は笑って過ごせるものじゃねえがな」

 それぞれ三者三様に溜息をつく。

コマの突拍子のない行動はいつものことと思いながらも、その後のことまで手を尽くさねばならぬということにはなかなかやっかいに思うのだった。

「なにはともあれ、ポウが戻って来たらすこし話をしてみることにしよう。ポウのやつめ、荷物を置いたらさっさとダンジョンに入っていきおったから、いろいろと聞く暇もあったものではないではないか」

 それにはナルサワも同意であった。

なにを抱えているのか知らないが、とにかく同じ屋根の下に暮らすことになった以上、意思疎通をしておくのは必要であろう。

そう思って、しかし、なにを話そうかとも思うナルサワだった。

幼い頃から一緒であった守り神のコマとカラは別として、ダンジョンの管理にあたり女性と話すこと自体が久しいナルサワにとって、同じ年頃の女の子というものはまさしく未知の存在といってもよかった。

ウェストの風情、ポウの故郷、好きな食べ物、嫌いな食べ物……そしてポウの家族のこと。

あれこれ思い浮かべるが、今考えても詮方ないと思い、ひとまずは思考の隅に追いやった。

まずはポウが戻ってきてから、そう思っていた。

しかしナルサワにとっては思いもよらない方向事態が待ち受けていたのだった。

ポウがダンジョンに入ってから3日――帰還予定日時を過ぎても戻ってこないのである。

数年前、両親が死んだ日の時のように。

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ダンジョンキーパー本編の4です。
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