小さな幸せ |
クリスマス。白い雪に、灰色の雲。白く染まる町。
その世界で存在を主張するように、真っ赤な服を着た人が居ました。赤い上下の服に、白いひげ、これまた赤い帽子をかぶった人。傍には白くて大きな袋がありました。
サンタさん。
おそらく、誰もが見た瞬間そう思うであろう姿。
ある民家の屋根の上で腕組に仁王立ちをしているので尚更です。
サンタさんはふぅ、と小さく息を吐き出し、そして、
「あんの、くそ赤っ鼻がぁぁ!! 仕事があるってのにどこほっつき歩いてるってんだ! あの野郎!」
見事な悪態を吐きました。空に向ってガァっと叫び声を上げ、イライラしたように腕組をしたまま下界を見下ろします。
時神様にお仕えする精霊で、クリスマスを司る、サンタクロース。
今日は、この性格の悪いサンタさんのお話。
曲がりなりにも精霊であるサンタさんは基本的に人間の目には見えません。それでも、人間達に幸せを届けるために今日は仕事をしなければなりません。
『じゃぁ、サンタクロース。どんな幸せでもいいから届けてきてね。気に食わないからって子供殴っちゃだめだよ』
出かける直前の時神の笑顔が思い起こされます。最後の台詞は過去に事例があるので釘を刺された次第。
「ったくよぉ。仮にも神のくせにねちっこいんだよ。あのくそ野郎……つか、あの赤鼻マジでどこ行った?」
キョロキョロと苛立ったように周囲を見回しますが、肝心の存在は見つからず。
サンタさんは仕方無いと言ってひょい、と屋根から飛び降りました。
ごすっと白くて大きな袋から音がしますが気にしない。中に何が入っているかはサンタさんにしか分からないことなのです。
今日は12月24日。サンタさんの格好をしていても何の違和感もない日です。なのでサンタさんは人間に見えるように実体化し、町を歩き始めました。
日本という国です。この国はいろいろな国のイベントを取り入れているため、一番精霊さんが多い国でもあります。サンタさんはこの国のクリスマス担当なのでこの国にやってきているのですが、実家は雪国です。
「はぁ……毎回思うが、俺程この仕事に向いてない奴も居ないよな」
とんでも無い爆弾発言登場です。まぁ、どちらかといえば幸せよりも不幸をもたらす方が得意なお方のご様子です。
「……?」
サンタさんが何かに気が付いたように足を止めました。視線の先には小さな男の子が泣きじゃくっています。
「ガキは無意味に幸せになる日じゃねーのか? 今日は……ったく!」
悪態をつきながらサンタさんは面倒臭そうに男の子の元へと歩いていきます。
男の子は自分の方に歩いてくるサンタさんに気が付いたのか顔をあげました。
「おい」
「う、ひっく……サンタ、さん?」
「おぉ、サンタ『様』だ。ガキは無意味に幸せになる日だってのに……なんだってこんなところで泣いてんだ?」
「う、うぅ……お母さん、いなく、ひっく、なっちゃった……」
「……迷子程面倒くせぇガキもいねーよな」
「ふえ?」
「あぁ、こっちの話だ」
サンタさんという職業としては逃しちゃいけないセリフが飛び出しました。無視しましょう。
「それで、お前は迷子になったから泣いてるのか?」
「う、うん……」
「そうかいそうかい。じゃ、そこで一生泣いてろ」
「え?」
何度でも言います。サンタさんの発言です。
「泣いてりゃ助けてくれると思ってるんだよな……ガキは。だから嫌なんだよ。泣いて何か変わるのか?」
腕組をして、男の子を見下ろしながら。冷めた目でそう言うサンタさん。男の子はそんな事を言われたことが無かったのか呆然としています。
「大きな声で泣いていれば救われるのか? 本当にこの国はいい国だな。いい国過ぎて吐き気がするぜ」
やれやれと言った風にサンタさんは首を振りました。男の子は驚き過ぎて涙も止まっている模様です。
「……ん?」
サンタさんが何かに気が付いた様に一瞬だけ視線を動かしますが、すぐに男の子へと視線を戻しました。
「そろそろか。いいか、ガキ」
「っ!」
びくっと体を震わせて男の子はサンタさんを見上げました。
「泣いて何か変わるのならいくらでも泣いてろ。手を差し伸べてくれる人間は中には居るだろうよ。でもな、目の前のサンタは差し伸べてくれるような奴に見えるか?」
「………………」
ふるふると首を横に振る男の子。サンタさんは小さく笑いました。
「だろ? だから言っておくぜ。人間そんなに甘くねぇ。お前はまだ小さいから何言ってるのかわかんねぇだろうが言っておく。でかくなったら泣いてるような暇なんぞねぇ。それと、」
「坊や!」
「クリスマスを無邪気に楽しめるのはガキの間だけだ。だから、今日明日辺りはずっと笑ってろ」
母親の声が聞こえ、サンタさんは踵を返して男の子から離れていきました。それと同時に男の子が母親に抱き締められる音が聞こえてきました。
サンタさんはどうでもよさそうな表情で白くて大きな袋を肩に担いてその場を去っていきました。
「坊や、大丈夫だった!?」
「大丈夫だったよ、ママ」
「良かった……あら、迷子になったのに泣いてないのね」
「うん。サンタさんがね、」
男の子は先ほど出会ったサンタさんの事を話し始めました。母親としては子供にはまだ難しい話で説教をするコスプレサンタに複雑な表情です。
「でね、サンタさん言ったんだよ、今日は笑ってろって」
数年後、サンタさんのあの言葉が身にしみて男の子が思い知るのは、また違う話です。
「くっそ。俺の幸運体質どうにかなんねーかな。精霊だからしょうがねーか」
むぅ、と思案するサンタさん。サンタさんは自然と幸運を招いてしまう幸運体質です。精霊でも強力な方らしいので救いようが無いというのがサンタさんの言葉です。恐らく、この幸運体質のおかげで男の子は母親に出会うことが出来たのでしょう。
「サンタなんかいねーもん! 俺はしんじねーからな!」
「あんだと?」
サンタさんとしては聞き捨てならない言葉に顔をしかめながら声のした方向へと視線を向けます。
そこには、少年が母親に向かって叫んでいる光景でした。恐らく、10歳前後と思しき年齢でしょう。そろそろサンタの存在を疑う時期です。
「サンタなんかいるわけねーだろ! そうやって大人が嘘ついていいのかよ!?」
「そんなこと、」
「なんだよ! サンタなんかいねーんだ! 居るなら姿見せろってんだ、!」
ガッとサンタさんは後ろから少年の頭を引っ掴みました。
「おぅおぅ。姿見せてやったぜクソガキ」
「なっ! 誰だ、てめぇ!」
「見ての通り、通りすがりのサンタ『様』だ。てめぇ、サンタがいねぇとか抜かしやがったな? 目の前の俺を見て何だと思うんだよ」
「ただのサンタのコスプレ野郎だろ。ニセモノになんぞ興味ねーやい! 本物出しやがれ!」
「だから本物だっつってんだろうが」
ペシン、とサンタさんが少年の頭をひっぱたきます。
「ち、ちょっと貴方、」
少年の母親がさすがに口を挟もうとした瞬間、少年が噛みつくようにサンタさんを怒鳴りつけます。
「何しやがる! このチビ!」
「はぁ!? あんだとこのチビ! てめぇ俺より身長低いだろうが!」
「けっ! お前俺より年上の癖に身長低いんだよ!」
サンタさん、あまり身長高くありません。どちらかというと小さいです。サンタハットの補正があったとしても、大人の男性と比較すると少々(というかかなり)小さい部類です。
「うるっせぇ! 小さくていいんだよ! てめぇなんぞに言われる筋合いはねぇ!」
サンタさん御乱心です。少年の母親がどうしてよいのか分からずにオロオロし始めました。
「はぁ……それに、俺はいいんだよ。お前とは違うから。それよりもだ」
腕組をしてサンタさんは少年を見下ろします。
「サンタがいねえだなんて本気で思ってんのか? お前」
「そりゃそうだろ。どこにいるってんだ。願ったって何もくれねーんだ。サンタなんていねーんだよ!」
「……そりゃそうだろ。なんだってたかが人間一人の願い聞いてやらないといけねーんだ?」
「んなっ! サンタってそういう奴のことだろ!? プレゼントをくれるのがサンタだろ!?」
「甘ったれんなよ。サンタだって暇じゃねーんだぜ? 現実に存在はしてても、そんな面倒くせーことしねーよ」
サンタさんの言葉に打ちのめされてご様子の少年。サンタさんはその表情を見てため息を吐きました。
「ったく……しょうがねーなぁ。プレゼントはくれてやれねーが、」
ぽん、と。サンタさんは少年の肩を叩きました。
「今夜、空見てみろ。お前にサンタを見せてやる」
じゃぁな、とだけ言ってサンタさんは少年の元から去っていきました。母親が少年を見ます。
「期待なんかしねーからな!」
少年が声を張ると、サンタさんはひらひらと振り返りもせずに手を振ったのでした。
「変なサンタねー」
「チビの癖に変だった」
「確かに小さかったわねーあの子」
少年は母親の言葉に違和感を覚えることはありませんでした。
「よぉ」
「! ってっめぇ! こんのくそ赤鼻! どこ行ってやがった!」
「そんなに怒るなよサンタさんよ」
背の高い青年でした。もっこりとしたジャンバーにジーパン。白い耳あてに灰色のマフラーと完全防備をしています。どれだけ寒いのでしょうか。
「しゃーないだろ。寒かったんだ」
「お前、自分の出身地雪国って知ってるか?」
「知ってる。寒いもんは寒いんだ。文句言うな」
サンタさんは文句の代わりに拳を振り上げて青年の腹を殴りました。頭を殴ろうとしたようですが、いかんせんサンタさんは背が小さいので届かないようです。
「けほっ。それで、なーんか無茶なお題拾って来たみたいだが?」
「無茶って……てめぇがちゃんと仕事すれば無茶でも何でもねぇだろ」
「えー面倒臭い」
「一発じゃ足りねぇみてぇだなぁ」
「判ったよ。判った判った。仕事するって」
サンタさんの脅しに、青年はオーライオーライと手で制止を掛けます。
「それで、今日のお仕事は何ですか? ご主人さま」
「こういう嫌味な時だけご主人扱いすんじゃねぇ。本当に性格悪いなてめぇ」
「いえいえ。サンタさんにだけは言われたくないです」
サンタさんの無言のボディブロー二発目。モロにみぞおちにのめり込んだ模様です。
「おら、行くぞトナカイ」
「へーい」
相棒の赤鼻のトナカイさんとは少々折り合いが悪いご様子のサンタさんでした。
「さて、と」
肩に担いだ白くて大きな袋。彼らの仕事は人間に小さな幸せをもたらすこと。その小さな幸せにより、少しでも神の手に入れる信仰心を増やすのが精霊のお仕事です。それを入れるのが、この白くて大きな袋。
「おい、赤鼻。行くぞ」
「つくづく人使い粗いよな」
「うるせぇ」
立派な角を生やしたトナカイが蹄の音を鳴らし、ソリを引いて歩いて来ました。確かに鼻は赤いです。
「さみぃ。マフラー」
「けっ。自分で巻きやがれ」
「蹄だとやりにくいんだよ……人間の姿になっていい?」
「駄目だ」
一刀両断とはこのことを言うと思います。サンタさんは寒いと文句を垂れるトナカイさんを放ってソリに乗り込みました。
「ハイよー! シルバー!」
「何か違う気がするが、行くぞ」
トナカイさんが駆けるとソリはぐんぐんと空へと昇って行きました。上空から見降ろす町はとても綺麗でした。キラキラとした町の明かりと街灯達。それに拍車をかけるかのようなクリスマスのイルミネーション達。輝かんばかりの町の上空には、最も綺麗な光を放つ満月が居ました。
「さて、見てるか? クソガキ」
サンタさんが膝の上で白くて大きな袋の口を開けました。開けたとたん、虹色に輝く光が我先にと袋の中へと吸い込まれていきます。
それは、とても幻想的な光景で。町から生まれいでる虹色の光を吸いこんでいきます。
サンタさんは歌います。綺麗な声で。虹色の光を祝福するように歌います。
一晩中、歌い続けるのです。
「どうせ、サンタなんかいないんだ。あの野郎はウソついて……」
少年はカーテンを開けました。夜空には虹色の光が瞬いていました。その虹色の中心に、赤い服に赤い帽子。トナカイの引くソリで空を駆ける、サンタさんが居ました。
言葉なんか出ませんでした。あのサンタさんが本物だっただなんて、誰が想像したでしょうか。
少年は自分の胸から虹色の光の球体が飛び出し、その光の羅列に参列していくのを見ました。
「……なんだよ……かっこいいじゃん。チビ野郎!」
夜空に叫んでも、その声は届く事はありませんでした。光の中に、溶けていく様な、そんな気がしたのでした。
「あー疲れた。ソリ引くのって疲れるんだぜ。知ってたか?」
「………………」
知らん、と目で語るサンタさん。
一晩中歌い続けていたおかげで、サンタさんは家に帰ってくる頃には毎回声が出ません。それ故か、トナカイさんの独り言のようになってしまうのです。
「時神のところに持っていくのは明日でもいいんだろ」
「………………」
こくん、とサンタさんは頷きました。
サンタさんの家は大雪の降る国の最も雪の多い場所にあります。そのせいか、窓の外では雪が積もっていて窓も開けられそうにありません。火を灯す形式の暖炉だとか、石で出来た家だとか。おおよそ現代というものについて行く気の無いつくりの家です。
暖炉に火を灯して、サンタさんはソファに座りました。機能を失った喉は痛みを訴えていますが、サンタさんはその痛みに慣れているせいか気にしません。トナカイさんが喉の為に精霊界の薬草を煎じて作った飲み物が出されました。
「それにしても、相変わらず喉の酷使がひでーな。お前、人使いも粗ければ自分の事にも頓着しないからな。その性格どうにかしたらどうだ?」
「………………」
余計な御世話だ。と目で語るサンタさん。ずずず、とマグカップを啜ります。
「仮にもお前……サンタの前に、」
「………………」
嫌そうな雰囲気が漂いますが、トナカイさんは迷うことなく言いました。
「『女』なんだぞ。もう少し体気を使え。判ったか? 『エリザ』?」
「………………」
うるせぇ、と目で語るサンタさん。飲むのに邪魔になったのか、白いつけ髭を外します。ついでとばかりに帽子を脱ぐと、金色の髪がアップにまとめられていました。
口うるさいトナカイにイライラしながら、エリザ・サンタクロースという名の精霊の女の子はマグカップを啜るのでした。
説明 | ||
時神様にお仕えする季節精霊。季節のイベント毎に存在する精霊達のお話。今回は口が悪くて性格も悪い、そして暴力的で手も早いサンタさんのお話。そしてサンタさん最大の秘密とは……?クリスマスに起こる、小さなお話。幸せを運ぶために、精霊さんは今日もがんばります。 | ||
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