季神譚
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 これが今年、最後の仕事。

「おーい、まだ寝ぼけてないよな?」

「ないよー」

 叫んで、少年と同じ仕事場にいる、白銀の髪の少女が答える。彼もまた銀の髪を揺らすと、こくりと頷いた。

「よーし!」

「よーしじゃないよー! そっちも仕事してよー」

 少女が腕をばたつかせて抗議する。その様子を見に来ていた同僚の青年が、くすりと微笑った。

「やれやれ、お前らはいつもそうだな。間際になって大慌てする」

「いいだろ、これが俺達のやり方なんだから。なあ?」

「そうだよー!」

 少年と少女は、パンと手を打ち合わせて笑った。

「まあいいけど、そろそろ雲の高さも変える。もうじきなのは忘れるなよ。もう一つの仕事もな」

 はーい、と声をそろえて、少年と少女はまたそれぞれの方向に散る。

 

 

 少年が雄雄しく拍子を取れば、銀に彩られたかのような寒風が大地を嘗め尽くし。

 少女が優雅に舞えば、白銀の結晶が宙を舞う。

 北風神の拍子に合わせて、雪神が舞い続ける。

 それは観客なき舞台。その美しい演舞は、誰の目にも触れることはない。

 ただわかるのは、白銀の結晶が銀の風に乗って舞い踊り、人の住処を白く白く染めていくことだけ。

 

 

「そろそろ、時間だ」

 少年が言って、少女が頷く。表情は真剣なままで、その舞を止めた。

 最後の拍子を叩くと、宙を舞う白銀がうっすらと消えていく。

「起こしにいこう」

「うん」

 二人は大地に降り立つと、静かに其の名を呼んだ。しばらくの後に、老婆が何処からともなく現れる。

「おばあさん、そろそろ時間だよ」

「ああ、そうかい」

 少女の声に面倒そうに言い放った老婆は、ふと空を見上げた。

「そうだねえ、そろそろのようだね」

「ちょっと遅くなっちゃった?」

「そうさね、時折お前たちは忘れておるからねえ」

 言いながら、老婆の姿が変わっていく。若返っていく。命がまた新しくなるのをその身体で表すかのように。大地がまた新しく生まれ変わるように。

「そういうときもあるさ」

「お前たちはいつもそうだね。ほれ、しかしそろそろ時間だよ。嬢ちゃんもお休みの時間さ」

 若々しい女性へと変貌を遂げた大地神は、少年の横でうつらうつらし始めた少女を指差した。

「そうだなあ、俺もそろそろ眠たくなってきたや」

 ふあ、とひとつ欠伸した少年を見やってから、女性は腕を広げた。

「ならとっとと休みな。私の仕事の邪魔になる。早く帰るんだね。神々(わたしら)の居場所に」

「はーいっ」

「おやすみなさい……」

 長い付き合いだ。この言葉が表面上のことだけではないのはわかっている。

 言外の、『お疲れ様』。

「じゃあね、ばーさん。後よろしくー」

 憎まれ口を最後まで叩いて、少年は眠そうな傍らの相棒を抱き上げる。そして、先ほどの青年に挨拶に行った。

「にーちゃん、俺達そろそろ休むから」

「おう、任せとけ。兄貴によろしくな。何だ、姫君はもうおねむか?」

「寝てないよ……」

 かろうじて、挨拶しようと少女が目を開ける。

「今年は遅くまでいたからな、お前ら。そろそろ休まないと、後々大変だぞ?」

「うん、わかってるよ。じゃあ、行くね」

 少年は少女を抱いたまま、高く高く上っていく。

 

 

 

 途中、蒼い髪の少年が、二人に目を止めた。

「お? お疲れー。何だ、もう寝ちまったのか?」

「ああ。これから後、頼むなー」

 少年達は片手を打ち合わせると、それぞれの場所へと駆けていく。

「ん……?」

「おう、そろそろ帰りつくぞ」

「うん……」

 銀の少年の腕の中で、白銀の少女は腕を広げた。

「おい、仕事はもう終わり……」

「わかってるよ、でも、最後に…」

 少女の腕から、白銀の結晶がわずかに零れて落ちた。

 北風神の少年は、慈しむように雪神の少女を抱きしめて、姿が遠くなった東風神に声をかける。

「おーい、後頼むな。お前の姫にもよろしく!」

 

「あいつめ」

 蒼い髪の東風神は、笑って手を叩いて拍子を取る。拍子に合わせて、風が変わる。先に変わっていた空に合わせるように、優しく。

「おい、ねぼすけなお前の姫を起こしに行かなくていいのか?」

「今から行くよ」

 青年の声に少年は笑って、愛しい少女を起こしに行く。春空神の青年は、笑ってその姿を見送った。本当なら、真っ先に起こしに行きたかったに違いない。だが、寒いとなれば、なかなかあの桜神は起きないだろう。

「今年は誰もねぼすけだね」

「あなたも含めて、でしょう?」

 山の上にやってきた大地神の女性に、空の神は笑って見せた。決まりが悪そうに苦笑して、女性は空を見上げる。

「ま、何にしろ、あの坊主たちも過保護なことさ」

「まったくですね」

 あの北風神が雪神を大事にしているのも、東風神が桜神を愛するのも。

 後二人の風神の少年達の大切にしているものも、女性はよく知っている。

「おや……?」

 手をかざした女性の手に、白銀の結晶が舞い落ちてくる。

「名残を惜しんだね」

「みたいですね。ほら、一番のねぼすけも起きたみたいですよ」

 そう笑った春空神の元に、淡い桃色の花弁が落ちてきた。

 

 

 

 其の年、早春の空に珍しいものが見えたと言う。

 桃色の花弁と、白銀の結晶がともに舞い踊る姿。

 それは、新しき季節からの最初の便りに混じって、過ぎ行く季節から最後の便りが届いたのかもしれない。

 

説明
2003年頃の習作。投稿のテストも兼ねて投稿してみました。季節の変わり目の、ちょっとしたお話。
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