雨の日。
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「ふああ…」

 青年は一つ欠伸をして、もぞもぞと布団の中で動いた。

 少し跳ねた、おさまりの悪い短めの髪をかき回しながら、枕元の目覚まし時計を見る。

 十一時だった。午前十一時一四分四八秒。

 一瞬焦ったが、今日は休みだと思い直して、もぞもぞと再び布団にもぐりこむ。

 しかし、折角の休みを寝て過ごすのも何だか無駄な気がして、のっそりと立ち上がった。

 彼は頭をかきながら、ぼんやりとした表情のまま、カーテンを開けて外を見た。

 雨だった。

 一気にやる気が失せたのか、青年は一瞬顔をしかめると、ソファーに座ってまた欠伸をした。

「だるい……」

 彼は雨が嫌いだった。憂鬱になるではないか。洗濯物も乾かないし。

 確かに、雨に濡れた新緑は綺麗だし、雨でしか見られない景色の表情もあるけれど。

 青年はしばらく考えると、またのっそりと立ち上がって歩き出し、台所に向かった。

 コーヒーを淹れるため、そして二つの揃いのマグカップを用意するために。

 

 

「本降りになったなあ…」

 一人の若い女性が、空を見上げて呟いていた。手には、無地の白い傘がある。

 そう長くない髪を揺らして、彼女は笑っていた。時計を見る。

 十一時だ。午前十一時一六分三二秒。

 そろそろ起きたころだろうか。あの寝ぼすけの青年は。

 きっと渋い顔をしているに違いない。彼は雨が嫌いだから。

「綺麗なのになあ」

 彼女は雨が好きだった。雨に濡れた新緑は綺麗だし、いつもの景色も違う表情を見せる。

 確かに、憂鬱になるときもあるし、洗濯物は乾かないけど。

 けれどもきっと、あの何にしても不精な青年は、部屋でごろごろしているに違いない。

 そう思い、その顔に陽光のような微笑みを浮かべて、女性はまた歩き出した。

 

 

 そろそろ来るだろうか、と、青年は時計を見る。

 彼女は雨が好きだから、きっと外に出ているだろう。

 物好きなことだとは思うけれど、彼女が好きならそれでいい。自分は雨が嫌いだが。

 コポコポと音を立てるコーヒーをぼんやりと見ながら、彼は砂糖を用意しに行く。

 もうそろそろのはずなんだけどな。

 小さく呟いて、何か茶菓子はないかと探す。生憎何もなくて、彼は小さく舌打ちをした。

 気がついてみれば、まだ寝巻きのままだった。まあいい、と思い直す。いつものことだから。

 ミルクを用意し終わったところで、玄関のチャイムが鳴る。

 返事をしながら出て行く。そこに立っているのも誰かはわかっている。

 ドアを開けて、まず入ってくるのは、呆れたような彼女の表情。そして、仕方ないとでも言うように笑う、彼女の声だろうから。

 

 

 予想通りだった。まだ起きたばかりなのだろう、この青年は。

 いつものこと。わかっていても笑みがこぼれる。

「コーヒー、用意してくれてる?」

「おう、もちろん」

 勧める彼の後ろについて、中に入っていく。淹れたてのコーヒーの匂いが、嗅覚を心地良く刺激した。

 それぞれの好みの味。彼女はミルクをたっぷり入れるのが好きだし、彼は砂糖を少し多めに入れる。

 もうわかりきった、それぞれの味覚。それを用意する時間も、何となく楽しい。

 たまには、こんな休日もいいかも知れない。絶対に彼は外に出たがらないだろうけど。それが少しだけ不満だけれど。

 こうして、2人でのんびりコーヒーでも飲みながらぼんやりするのもいいかもしれない。

 そう思って、彼女はまた笑った。

 

 

 彼は雨が嫌いだった。

 彼女は雨が好きだった。

 彼は雨が嫌いで好きで、彼女は雨が好きで嫌いだった。

 雨になれば、彼女が訪ねてくるから。

 雨になれば、彼が外に出たがらないから。

 それでも彼は雨が嫌いで。

 それでも彼女は雨が好きで。

 結局。

 彼と彼女はそんな日が、この上なく好きなのだった。

 

説明
やはり習作。前作同様2003年頃です。こういう雨の日もいいと思うのです。
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