時計の中の天使
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 私はある少女の元を訪ねた。この少女というのもただの少女ではなく、不幸な少女で、自分を残し全ての家族を奪われたのだという。彼女の家族はある田舎の大地主で、その土地を近隣の住民に貸し付け、その収入だけで暮らしていた。しかしその貸した土地が随分と高利であり、住民の反感を買っていた。それも高まってきていたという。そんな折にその住民のある夫婦の娘が病気を患い、あえなく死んでしまったようだ。どうやら薬があれば乗り越えられた病気だったらしい。その父親が今回のような非道極まりない事件を起こしてしまったのが全容だった。

 その不幸な少女は、今は遠い親戚の家に居候していて、私は事件当時のことを聞くためにやってきたのだった。見た目よりも余程軽いバッグを引き下げて歩く。

 彼女のいる家へと着いた。腕時計で時間を確認して目的の家の玄関へと入る。アポイントメントは済ましてあったので、親戚の家のものに新聞記者とちゃんと名乗り、説明をすると簡単に家へと上げてくれた。私の取材に立ち会うつもりだったようだが、それは止めてもらった。少女もそれを求めていたようで、私と少女二人での質疑応答の場を設けることができた。

 私は少女のいる部屋の前に立つと、ノックをした。きっちりと二回。少女の声が聞こえてくる。

「どうぞ」

 私は扉を引くと少女の部屋の中へと入った。少女に疑念を与えないように、部屋を見渡す。子供らしい置物はなく、必要最低限のものしかないようだった。それも仕方ないことだろう。親戚の家の部屋であって、彼女の元々棲んでいた部屋ではないのだから。ただ、その中にも目を引く物があった。大きな木製の時計。からくり時計のようだった。時計となっている部分の上部に扉があり、あそこから何かが飛び出してくるのだろう。時計に趣味のあった私は勝手な推測を頭の中に造っていた。

「こんにちは。答えにくい質問もありますが、大丈夫ですか」

 子供を相手にするときのような態度は控えた。彼女は私が座る椅子をすでに用意し、その対面の椅子に凛として佇んでいたからだ。礼節を弁えている子供で大地主というのはやはり確かな情報なのだろうと私を納得させた。

 私は彼女を正面から見据えた。風のない部屋でもゆっくりと揺れる長い髪。一本一本が絹糸のように艶やかな光沢を持ち深い黄金色。端整な顔立ちで瞳の色は家族を失っても、なお消えることのない炎のように清澄な赤色を帯びていた。首から垂れる装飾品は十字架を模っており、少女を覆う金の中で銀色を放っている。服はまだ幼げの残る品で、少女の姿見を年相応のものにするためにも感じられ、奇妙なバランスを保っているようにも見えた。

 美しかった。この一言でさえ彼女を表現仕切れていないようにさえ感じた。

「はい。私の言葉で貴方のため、社会のためになるのなら」

「有り難うございます。では早速ですが犯人は捕まりましたが、その犯人について思っていることを教えて頂けますか」

 私は自分が感じたことを言葉にすることはなく、取材を続けた。彼女は私が思ったことなど耳に胼胝ができるほど聞き慣れているだろうし、彼女のその真剣さに気圧されたからであった。

「犯人を許すことはできません。罪に見合った罰を受け、償いをして欲しいと思っています」

 私は大きめのバッグから仕事用の紙面と鉛筆を取り出すと、腕を走らせた。

「では、貴方はどうやって犯人の毒牙から逃れたのですか」

「今この部屋にもあるあの時計の中に隠れたのです。あの時計は中に子供一人が入れるぐらいの空洞になっていて隠れることができる、と父があの時に教えてくれました。家族が奪われ、私だけが生き延びる。なぜそんなことに神はしたのか。私も一緒に死ねばよかった。そう思った時もありました。でも、それは一時の弱さから来るものと気付くことができました。父を始め家族を犠牲に生き延びたこの命。私の一存だけで簡単に手放すことはできないと悟ったのです」

 私はこの少女の言葉に驚きはしなかった。人の外見は内面によって成されるものだということを聞いたことがある。その言葉はまさしく彼女を表すためにあるかのようにさえ感じられた。

「心中お察しします。その時計を見させてもらってもよろしいですか」

「どうぞ。今は動いていないのですが」

 私と少女は立ち上がり、時計の目の前に立った。先程流し見ただけでは分からないが、横から見ると開くことが出来そうだった。正面から見ると何も仕掛けなどないように見える。きっとそう見えるように造られたものなのだろう。よもや殺人鬼から逃れるために使用されるとは作成した者も思ってなかったろう。

「ここが開くようになっていて、中に隠れていました。中に入っている間はずっと目を瞑って、神に祈りました。その祈りが届いたのかもしれませんね」

 彼女はそういうとふっと目を細めた。私はその隠し扉となっている部分を見た。丸い円形のガラスがはめ込んであって、その後ろの木に金色の天使の絵が描かれている。ガラスの周りにはその天使を印象たたせるような装飾が施されていた。私はその仕組みに疑問を持った。ガラスをはめ込む必要があるのか、と思ったからだ。その疑問を解消する前に彼女に聞いた。

「この時計の仕組みを貴方は知っていなかったのですよね。この時計はどこに置いてあったのですか」

「これは物置の中でひっそりと残っていました。ときおり、家にいるときにたまに聞こえてくるメロディがあったのですが……この時計からだったのでしょうね。父もまさか動いているとは思っていなかったでしょう。いずれ修理をして使えるようにしてもらおうと思っています」

「この時計がいつまで動いていたのですか。いえ、そんなことは知る由もありませんか。無意味な質問をしてしまい申し訳ありません」

「無意味ということはないようですよ。この時計はあの事件のあった日に止まったようです。私がこの中に隠れ、犯人が去るのを生来の望みであるかのように待っていた時でした。時計からメロディが流れ、私は死を覚悟しました。家まで聞こえたのは間違いありません。それも私を探している犯人です。気付かないわけもありませんでした。手にもった十字架を握りしめ、それだけに思いを込めていたのです。やがて、音が聞こえました。犯人が物置の中にやってきたのでしょう。しかし、彼は時計に触れることもなく去っていったようでした」

 その犯人の行動は矛盾している。しかし、その矛盾に彼女は気付いていないようだった。私はそれに気付いたが、質問することはできなかった。彼女に何故死ななかったのかを尋ねると同義だったからだ。

「そうでしたか。この時計の中を見させて頂いても宜しいですか」

 彼女は当然、否定しなかった。

 時計の中は何もない空洞というわけではなく、からくりのための歯車などを残している。だが、子供一人は入れる空洞は確かに存在していた。私は気になっていたガラス部分の裏を眺めた。

 ――私の疑念は晴れた。これでもう十分だった。

「有り難うございました。取材は以上で終わらせて頂きます。粗品としてクッキーを持ってきたのですが、どこかで落としてしまいまして。この腕時計を差し上げます」

「あの、でもこれお高い品なのでは」

「いえ、そんな高いものではありませんよ。それにいらないお金で買った物ですし、気にならさないでください」

「こんなにたくさん装飾が付く品を貰ってもよろしいのでしょうか」

「ええ、貴方には少し大きすぎる代物だと思いますし、質に入れてもらっても構いませんよ。この取材の代金として受け取りください」

「そんな、貴方のご厚意を無下にはできません。大切にさせて頂きます」

「では、さようなら。機会があったらまたお会いしたいですね」

「そうですね。さようなら、またいつか会いましょう。その時にはお礼を必ずしますので待っていてください」

 私は少女に会釈をすると部屋を出た。玄関を出た後に振り返ると、新しい家族と共に私の見送りに少女は来ていた。手を振ってその少女とは別れることになった。私も少女も笑顔だった。

 それから私は宿を求めて歩きだした。日が沈む前には宿を見つけることが出来たのでそこへ泊まることにした。ベッドに入りながら、なぜ彼女は生かされたのかを考える。今日の出来事を反芻する。どう考えても一つしかなかった。

 まず、あの時計からだ。あの時計はからくり時計で間違いない。しかも特殊だ。怪異といってもいいだろう。上部の仕掛けと連動してあの扉部分のガラスが動く。いや、ガラスは動かない。その後ろの隔たりとなっている部分が動くのだ。ガラスを通して中身は露見される。犯人は必ず見ただろう少女の姿を。少女はずっと目を伏せていたため気付かなかったのだ。ただ見つからなかったと思い込んでいる。

 となると、犯人はなぜ少女を殺せなかったか。殺人を犯す気が消失したのだ。なぜ失ったかは語るまでもないだろう。

 やはり事の顛末はそうであったとしか考えられない。私が納得できてしまったのだから。

 私はバッグの中からクッキーを取り出すと一欠片を口の中に放り込んだ。口の中に甘い味が広がっていく。

 そうして私は眠りについた。

 

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こから下は解説となります。

分かる人は読む必要ありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重要箇所

 

1.クッキー

 

2.バッグ

 

3.いらないお金

 

 

この世界の全容。

 

 

冒頭部分に描いてある事件はそのまま。

 

Q.犯人はなぜ少女に対して何もしなかったか。

 

A.あまりにも美しかったから。

 

これは簡単でしたよね。むしろ、え?ってなるかもしれません。しかし、主人公は納得しています。

 

 

では、それになぜ主人公が納得したか。

 

主人公も犯人と同じだったからです。

 

主人公は新聞記者と名乗ってはいますが、名乗っているだけで事実としてあるわけではありません。

自称、新聞記者ということです。

 

形式上取材をしてありますが、当初の目的はクッキーを食べさせるため。そのクッキーの用途は睡眠薬ですね。

結末部にてクッキーを放り込んで寝る描写から察してくれたらいいかと。

 

そして少女を眠らせた後ですが、バッグで連れ去ろうとしています。

そのまま抱えて逃げることは出来ませんから。

 

見た目より余程かるいバッグ、大きいボストンバッグ。

 

にいれて連れさろうとしていたわけですね。

 

 

いらないお金というのは、依頼されたお金です。つまり殺し屋とかそういう類の人間だったわけですね主人公は。

依頼者は死んだ娘の夫婦の母親。家族ではなく夫婦ですから、どちらかはいるということになるかと。

 

 

纏めますと

 

主人公は犯人の妻に依頼された殺し屋であり、新聞記者と偽って少女を攫おうとしていたが、少女の美しさを認識し、実行する気がなくなった。そのため、睡眠薬代わりに持ってきていたクッキーを無くしたといい、代わりに依頼金で買った腕時計を譲渡する。最後にそのクッキーを食べて眠りについた。

 

 

以上、解説でした。

説明
 絵も音楽も人の心を動かす何かを持っている。それはすなわち人間の力ということなのである。 ※2ページ目は解説となります。
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