電波系彼女 |
「全宇宙のみなさんこんばんは!という訳で始まりましたぱるすの海賊ラジオ」
ああ、今日もまた始まったんだな。
夏休みの宿題を地味―に解いていた俺の耳に飛び込んできたスケールの大きな、いや大
きすぎて少々どころかかなりピンボケになっているジングルを聴いて俺は思った。
ここ最近たまに放送されてるこのラジオ、パーソナリティーの女の子がしゃべり倒すだ
けなんだが、そのマニアックさについていけない部分が結構あるものの、話しを広げすぎ
て自分でも何を喋っているのか分からなくなっているんじゃないかと思えるほどの暴走っ
ぷりや、どうもCDじゃなくその場でカラオケを使って歌っての曲紹介など、他の番組じ
ゃなかなか味わえないカオス具合が結構楽しみだったりする。
「本日1通目のおたよりは」
ラジオのいい所は、声から勝手に相手を想像できるところだと思う。
映像のない事で足りない部分は自由に補完できるっていうのは想像力を持った人間には
とても魅力的に映るし(俺が思うままに思考の翼を広げられるって事じゃなく一般的にっ
て意味だが)テレビと違って生放送が多いから時々思わぬアクシデントがあって、それが
またキチンと構成の決まった番組とは違った魅力をかもし出している。
パーソナリティーが有名だったりすると相手を勝手に想像するなんて無理な話だけど、
俺は天野ぱるすなんて名前は今まで聞いた事ないから、周りにはいない清楚なお姉さんタ
イプの可愛いくて優しい女の子をイメージして一人でにやけたりしているわけだ。
もちろん声質を無視してガチムチ兄貴を思い浮かべるのは勝手だが、俺にはそんな趣味
はない。
「ペンネームぱるすの弟さんからのメールです。ぱるすねーさんこんばんぬ、はいこんば
んぬー」
付き合い始めの恋人同士が変な名前で呼び合ったり、二人の間だけで通じる合言葉を作
ったりと、傍からみれば『はいはい好きにしてくださいよ』ってな、あまーい雰囲気の一
部だけを切り取って薄めたようなやり取りを聞いて、こういうベタなのってまだ有効だっ
たんだなと、なんだか可笑しいやら恥ずかしいやらで耳を閉じたくなってしまう。
とは言うものの、どうせ無理やり聴かされるなら俺もメールを読まれてみたいと思わな
くも無かったが、それなりの回数を聴いている割にあて先を聞き逃してるし、ってそもそ
もどうやってメールを送るんだろう。
先月交通事故にあってから突然聞こえてくるようになったこの番組に。
話は1ヶ月前にさかのぼる。
その日俺は帰宅して買い置きしてあった煎餅が切れていることに気づき、えっちらおっ
ちら自転車をこぎ近所のコンビニにお菓子を買いに行った帰りの交差点で事故にあった。
平均的な身長に体重、どこからどう見ても健康体の俺はちょっと入院なんてものに憧れ
たりもしていたが、実際そうなったら退屈だなんだと愚痴をはくに決まっている。だから
当然左右も確認したし勿論赤信号を無視するなんて無茶もしなかった。しかし、交差点を
渡りきる直前自転車の後輪になにか衝撃があったな、と思った直後に俺の意識はブラック
アウトしていた。
幸い怪我は擦り傷程度で大した事は無かった。それよりも目が覚めてから大げさに心配
する家族や病院での検査なんかが待ち受けていて、事故そのものよりその後の処理のほう
がよっぽど大変に感じたほどだ。
軽傷だった持ち主と違い、残念ながら俺の愛車は息も絶え絶えあわや即死かといった状
態だったので、警察から帰ってきたら線香のひとつでも上げてやろうと思った。
そして、この事故以外には特にどうって事のない一日で終わるはずだった。
普段は家族揃って食事をすることなんて滅多にないのに、その夜は流石にというか当然
というか珍しく全員を待ってから晩御飯になった。
元々食事時にはゆっくり会話をしつつ、のんびりと過ごすのがウチの日常だけれど、こ
の日は俺の体のことが気になるのかいつも以上に会話が多い。
ま、当たり前だけどな。
自転車の壊れっぷりに比べ体の受けた傷はほぼ無傷と言って良い程度とはいえ、これで
食卓の会話に事故の事が何も上らなかったら凹むぞ。
だが大怪我をしての復帰祝いって訳でもないんだから俺の好物ばっかり並べられたりす
るのはちょっと気恥ずかしい。
一歩間違えば今頃ここでテーブルを囲んで家族と過ごすことなんて出来なかっただろう
し、家族の気持ちも解らなくないけどな。
俺の右側で鳥のから揚げをぱくついている3つ年下の妹である「秋」は、家族の中で一
番現実的思考の持ち主で、もしぶつかってきた車が見つかったらしっかり賠償させないと、
とかなんとか中学生には似合わない科白を吐いている。
父と母の2人で切り盛りしている洋食屋の帳簿付けを一手に引き受けている身としては
気になる部分なんだろう。
そんなリアルな話ばかり持ち出して「お前は兄貴の体の事は心配じゃないのか?」と問
いかけたくなったが、
「おにーはついてるよねぇ、自転車ぐっちゃぐちゃだったのに体はかすり傷程度でさ、体
はもう大丈夫なんでしょ?」
なんて気遣う可愛いことをキチンと言ってくる。
良かった、自転車以下の存在じゃなくて。
父と母も、
「お兄ちゃんご飯足りてる?おかわりは?」とか
「とにかく体が無事で良かった、事故にあったって電話で聞いたとき、パパは心臓が止ま
りそうになったんだから」
飲みなれないお酒を飲んで赤ら顔になりながら瞳をうるませている。
俺が気を失っている間の手続きは驚くことにこの2人でやったらしいが、店のメニュー
に、
「夏の女神の祭典!トマトとナスの冷製サラダ」や「森の小人と白雪姫のワルツー3種の
きのこと白身魚のグリル、林檎ソース添え」
なんて、こんなメニューで誰が注文するんだ?といったこっぱずかしい名前を付けてる
お花畑なだけの人じゃなかったんで一安心だ。
「そういえばおにー、柚葉ちゃんにはもう話したの?」
秋にそう言われて、すっかりと柚葉の存在を忘れていたのを思い出した。
「ああ、ご飯終わったら話しとくよ」
「連絡遅れちゃったから柚葉ちゃん怒ってるだろうねえ……」
「だよなぁ、でも、事故の直後なんだしいつもみたいキレたりしないだろ」
「わかんないよー?昔っから柚葉ちゃんおにーには手加減しないからねー」
お前……不吉なことを言うなよ……。
食事が終わり2階の自分の部屋のベランダから隣の家の窓を軽くノックすると、見慣れ
た顔がすぐに出てきた。
彼女の名は四堂柚葉。櫛を通してもひっかかる事のなさそうな艶やかな黒髪で、年齢に
してはかなり低い部類に入る身長に、やや痩せぎすな体型、何に驚いているのか問いかけ
たくなる大きな眼とお転婆と言う言葉がぴったり来る性格を持つ俺の自慢の?幼馴染だ。
「今そっちに行くから」
いつもはくるくるよく動く愛嬌のある目が今日は笑ってない。
ウチと同時期に建てられた隣家は両家の設計ミスによって、俺の部屋と柚葉の部屋はベ
ランダ同士で繋がるような格好になっていて、普通なら即作り直すようなもんだが、子供
同士が同年代と言うこともあるし両親同士の馬があったのか結局両家を郢ォぐ渡り廊下のよ
うな状態のまま今に至っている。
Tシャツにスパッツといういかにも身軽な服装で、20センチの隙間を乗り越えるとす
たっと俺の部屋に着地する。
ベランダ伝いにお互いの部屋を気軽に行き来できるのはいいがこういう時ちょっと困る
な。
ベッドに腰掛けた俺を腰に手を当てて見下ろす柚葉はやけに大きく見えた。
「ひーかーりーッ、なんで無事だったならすぐ連絡しないのっ!?今日は心配で心配で仕
方なかったねッ!」
柚葉自慢の黒髪が逆立っているように見えるのは気のせいだろうか。可愛い子が怒ると
本当に怖いぜ。
柚葉は男女隔てなく接しているおかげで男からも女の子からも好かれているけど、フェ
レットなんかの小動物を思わせる小さな作りの顔、綺麗に磨き上げられた黒髪や少し垂れ
た目、150センチちょっとというお世辞にも高いといえない身長で活発に動き回る姿は
保護欲をかきたてられるのか結構な数の男から告白をされているらしい。
その割に今まで誰かと付き合ったって話は聞かないけどそれは正解だと思う。
皆の前では上手く猫をかぶっているようだが一皮剥けばコイツは見た目どおりの可愛ら
しいタイプなんかじゃなく、殴るわよ!と言った時にはすでに手が出ている、俺にとって
は不幸な事だがある意味素晴らしい運動神経を天から授かったヤツだって事を長い付き合
いで知っているからだ。
子供の頃ついつい一緒に遊ぶって約束を忘れて飛び蹴りやパンチを食らったり。
誕生日に作ってくれたケーキを
「美味しい?どう?正直に言ってみて」
なんて聞いてくるから、バカ正直にマズイって答えたらコントみたいに顔にぶつけられ
たり……まあこれは俺が悪かったなって反省はしてるけど。
他にも似たような仕打ちは沢山あるけど多すぎて思い出せないほどだ。
最近は手が出る代わりにお茶を奢らせるという手段を覚えたようで、それは多少大人っ
ぽくなってきた証なのかもしれない。
「いや、連絡をしようとは思ってたんだけどな……」
「さっき秋ちゃんから電話貰ったわよ」
ギロリとこっちを睨む。
「すっかり私の事なんて忘れてたみたいねぇ?」
普段の柚葉はどちらかと言えば高音の、ありていに言ってしまえば多少鼻にかかったア
ニメ声なんだが、この時聞こえてきたのは地の底から搾り出すような、そう、地獄の悪魔
達でさえ号令一つかければサーイエッサーの復唱つきで延々とマラソンや腹筋腕立て懸垂
なんかでしごかせることができそうな声だった。
それはともかく柚葉は普段の自分の声がいたくお気に入りらしい。
なぜならその声質がもたらす作用を十分に知り尽くしていて、ちょっと面倒な用事を抱
えた時、手を組み長いまつげをバサバサと揺らし、上目遣いで、
「オ・ネ・ガ・イ」
なんて言いながら見つめられたら俺が断りきれないのを知ってるからだ。
あざといなぁ、とは思うけどその狙いすぎともいえるポーズは実際柚葉のキャラクター
に良く合ってて可愛いと思うし、ついつい兄になったような気持ちでお願い事を聞いてし
まう、我ながら甘い気はするが。
「えー……っと……そのー……まあ……忘れてたようなそうでないような……」
秋の奴、俺と柚葉の関係を面白がってる節はあるけど、これはひどいだろっ。
「子供の頃からずっと一緒なのに、連絡ひとつもしないなんてちょっとひどいとは思わな
い?」
柚葉がほっぺたを膨らますのも無理ないなと思った。
俺や柚葉の住んでいるこの町は小さな山を切り開いた新興住宅街で、お互い小学校に上
がる時に引っ越してきて以来、何度か違うクラスになったりもしたけど小中高校とほぼず
っと一緒だった訳だし返す言葉も無い。
「んー、わりぃ、確かに色々忙しくて忘れてたのは謝る」
こういうときは素直に謝るのに限るってのが今まで柚葉と付き合ってきて得た知恵だ。
小さい頃からなにかあるとすぐに怒られたけど、仲が悪くなることもなくずっと一緒に
やってこられたのはこの俺の冷静な判断の賜物と言えるだろう。
「……まあいいわ、体は無事みたいだし謝ってくれたから今日のところは許してあげる」
他にも何か言いたそうだったが柚葉はそこで会話を切り上げると自分の部屋へと戻って
いった。
最後にこう付け加えて。
「あんまり心配させないでよね?交差点では左右に十分気をつける事、いい?」
「おう、おやすみ」
パンチもキックも飛んで来なかったのは正直意外だったが、流石に事故に遭ったって事
で遠慮しただけかもな。柚葉の辞書にその言葉が載っていたらの話だが。
ぼんやりとそんな事を考えながらベッドに横になっているといきなりそれはやってきた。
「全宇宙のみなさんこんばんは!今日も始まってしまいました、ぱるすの海賊ラジオ!そ
れじゃあ元気よく1曲目の紹介から、ラジオネーム毎日が夏休みさん初め26票獲得、今
週の第5位、天野ぱるすで『オトメはソレを我慢できない』」
続いて聴こえてきたのはやけに調子っぱずれの歌。
何だこれ??
突然聞こえてきたそのラジオに俺はかなり驚いた、なにしろ部屋にはというか家にはラ
ジオなんて無かったし、そもそも部屋にあるコンポやパソコンにも手を触れてなかったん
だから音が聞こえてくるはずも無い。音の出所を探して部屋をうろうろしたり窓を開けた
りするうちに、その音はヘッドフォンで音楽を聴いてる時のように頭の中に響いているの
に気づいた。
えーっと、ちょっと冷静になろう俺。
今確かに俺はラジオから流れる音楽を聴いてるよな?でも音がどこから聞こえてるのか
は分からない……というか頭の中で勝手に流れてる気がする。
大概の事じゃ動じない俺もさすがにこれには混乱した。
念のために秋にもさりげなく音楽が聴こえてないか聞いてみたけど、答えは予想通り。
秋には何も聴こえていないらしい。
「つまり、これは俺にしか聴こえてないって事か……」
事故の後遺症?いやいやこんな変な後遺症なんて聞いたことないぜ。
いつの間にか番組も終わりに近づいていたらしく、脳内ラジオから流れる女の声が番組
の終わりを告げている。
「それじゃ、またお会いしましょう!お相手は天野ぱるすでしたっ!」
正直頭を抱えたくなるような状況だが、これが先月俺に起こった事件のあらましだ。
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ライトノベルっぽかったり、古臭かったり | ||
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