水たまりの中で巡り会う者 |
ドラマなら通行人A。漫画ならコマの隅に描かれるであろう私は、この世っていう物語の脇役だ。派手、華美、目立つ、なんて無関係のそのまた無関係。学校を休んだって仲の良い友達数人にしか気づかれない……そんな感じの。
誰しも自分の世界の主人公、なんてかっこいい言葉があるけど、そんなの嘘っぱちって中学生の終わりに気づいてたり。今は箱庭学園の立派な女子高生だから当然理解している。
そんな私は現在進行系でクラスのお当番をもくもくと実行中。胸の高さまであるクラスメート全員分のプリントを落とさないよう腕の角度を変えながらぺたぺたてくてく職員室を目指す。担任の先生に届けたら職務終了。お疲れ様でしたーって後で呟いとこう。
閑話休題。さて、あえて加えてもう一度説明しておくと私は地味ってわけではないが普通っ子代表。没個性な、平凡万々歳組だ。それなのにこの日、人生で体験する筈もない超度級事件に遭遇した。それはきっと偶然。だけれども必然だったのだと後に感じたのは、立派な絵に額縁や見学人が必要なように、その不思議で不気味で奇妙な現場を見る人間が必要だったのだと思われる。だから、決して私が主要人物の内にいたりとか考えたりしない、もう中学二年生じゃないんだからね。
――その人は絵に描いたような素朴で、普通な雰囲気を纏い、ひょろりと理事長室から出てきた。だけれども、おやっ、と私が思ったのは、その人に主人公級のド迫力があったり少女漫画の男子級に美麗さんだったりではなく、他校の学ランを着ていたからである。それ以外に特徴はなく、色白で目がくりっとしてるなぁなんて……あらま立派な個性。
ふと、目が合った。
ビビビ何かを感じる。
――運命の、出会い? いやいや……でも、胸に動悸が。
「『んー、あれ? どっかで会ったっけーきみ』」
……否、運命も胸の動悸も違った。
そもそも彼は私と目を合わせようとしたのではなく、何かに焦点を合わせる途中だったのだ。
すすすーって降下する視線に合わせて私も顔を向ける。そこに――
くりんと頭上ではねた一房の髪、眉間のシワと苛立ち気に細められた団栗眼、ヘの字なおちょこ口――小柄でキュートな理事長先生の孫である、不知火半袖さんが廊下の壁に寄り掛かっていた。不機嫌ですよオーラをだだ漏らしで、バームクーヘンをもっしゅもっしゅなんて効果音つきで租借中。口の周りについた食べカスはまるで気にしていない。
漫画で言う主人公のぱーちぃクラスのお人が、ビニール袋片手に廊下でお食事に出くわした。今まで感じたことのないナニカの予感。
今し方現れた学ランの方は(名前しらないから代用)、ナンパみたいに軽ぅい口調で、なんて、唐突に言った。
「『そう、たとえば毎朝洗面所で歯を磨く時にいつも会ってるみたいな』」大きな目が瞬きを繰り返す。
「…………初対面ですよ」
重い沈黙を破り、不知火さんは唇から赤い舌を出した。
「初対面のぽっと出があたしの食事の邪魔をしないでくださいよ」口の周りをぺろりと舐めながら、怒気を含んだ声色で――、
「箱庭学園はあたしの食堂だ。つまみ食い企んでんじゃねーよ、喰らうぞ!!」
ド迫力な目ヂカラ。背景にゴゴゴゴ、凄みを感じる。
「『……………こりゃあ驚いた』」
学ランの方は口をぱっかり開けてのんきに放つ。
「『確かに初対面! 初めて会ったよ。まさかこの世に実在するとはね』」
「『なんていうかそう、』」言い淀む感じで濁し、適切な言葉を満足そうに紡ぐ。
「『――僕に似てる奴ってのが』」
その一言が、彼と彼女に対しての違和感を半分ほど削った。
違和感。
不思議で、
不気味の、きっと、それが答えのかけら。
心持ちとしては、遠目から鏡を覗き込んでいる感じ。
二人は身長も、体格も、性格も違って――だけど性質が、ああなんて――。
……さっきまでの私を否定。学ランの方、超不気味だ。開けちゃあいけないパンドラの箱型人間みたいに、隠しきれない怪しいオーラがぷんぷんしてる。もちろんそれは不知火さんもだけど、彼女は元々エキセントリックで有名だから知ってるし。
「適当なこといってんじゃねーよ。あんたに似てる奴なんかいねーし、あたしに似てる奴もいねーよ。わかってんだろ?」
「『あははっ。まーそりゃそーだ。で、ひょっとしてきみもマイナス十三組?』」
「いえいえ理事長の孫じゃあありますが、あたしは、一年一組のノーマルですよ。もっともおじーちゃんはあたしを見てマイナス十三組の設立を思いついたらしいですけどね」
「『…………なっとく。ま、今度ゆっくり話そうよ、不知火ちゃん――で、いいんだよね? 転校手続きって結構面倒でさ。今、本当に立て込んでるんだ』」
突っ立っている間によく分からない会話の応酬が終了し、学ランの方(今の会話で八割方先パイと推定)がくるりとこちらへ向かって進行してきた。立ち聞きしちゃった後ろめたさと危険信号を感じて、曲がり角に注意しながらずりずり後退する。
しかし、遅かった。
「『やぁ』」
今度こそ視線がかちあい、片手をあげてナチュラルに話し掛けられた。
「ど、ドーモ」ここまでの文章で私、初会話。きょどって五文字なう。
曲がり角の向こうから携帯の着メロが聞こえてくる――と、共に不知火さんの笑い声。お電話中、うらやましー。そんなに離れていないはずなのに、声はずいぶん遠くに感じる。嫌な汗が額を伝う錯覚すら、ねえ。
「『ところできみ、朝ごはんはパン派? お米派?』」
「えーっとどっちも好きです」
またもや変なナンパの乗り。普通に返す私も私。
「『ダメだよーハッキリしなきゃ。まだまだ若いんだから白黒つけていないとあっという間に老けこんじゃうよ。あと、人の話は立ち聞きしちゃいけないな』」
「……そうですね、すみませんでした」
いけないなんて少しも思っていないって顔に書いてありますよ? ――って反論するほど私も馬鹿じゃあない。
「『あー謝らないで。悪いことしてないのに、悪いことしたみたいじゃん。だからー、そーだなあ……。あ、そんな僕らにぴったりな解決方法があるよ、ぎゃふんって言ってくれない? 女の子にぎゃふんって言われるの中学二年生からの夢なんだ』」
片手をぽん、なんて叩いて妙案を思いついたようにしたり顔。
断る選択し、なし。
「ぎゃふん」
「『あははっ。ありがと、うれしいよ』」
満面の笑みを浮かべる人に対して私は、生まれて初めて、気持ち悪いと思った。
優しげに諭す言葉にも、嬉しげに喜ぶ言葉にも、なんの重みも感じられない。だから、ニコニコ笑ったまま掲げられた手にいつの間にか握られている巨大な螺子についても、なんの疑問すら沸かなかった。
考えることすら無意味で無価値に思えたからだ。
「『きみ、もしかしてこれから職員室に行くところ?』」
「はい、プリントを提出しに」
「『ふーん、おつかれさま。あれものほしそうな目してるね、その山持ってあげるよ』」
すっと伸びてきた色白の長い手をすり足でかわす。
「せっかくですけど、結構です。当番の仕事ですから」
「『えらーい、そのけなげなところ僕の妹にも見習わせたいよ。実在しないけどね。ねえ、ついでに僕も連れてって、職員室に用があるんだ。転校生だから何分苦労してるんだ、理事長室につくまでも迷子のお散歩しちゃったし』」
その一言でもう、逃げることは不可能だった。カチコチになりながら、せめて声だけでも震えないように、ごあんないシマス、ってお腹から振り絞って言ったら別人みたいな声だった。
早足で、歩き出す。途端背中からはマシンガンのように言葉が投げかけられる。
「『ところで今日は不思議な日だねー。初対面とは思えない子にまた出会ったよ。きみとはどこか、っていうかどこででも会ってるし、どこででも会えるよね。そう、たとえるなら人の雑踏の中、日々生活しているなら必ず会わなきゃいけないっていうか――』」
「……そうですね、私、普通ですから。普通が当たり前ですから」
どこにでもいて、どこかにいて、どこぞにいる――必ず。そんな人間が、私。
対して学ランの方は、主人公にも脇役にも善役にも悪役にも当てはめれない――はまらない、型破りとも違う、規格外な人種。あなたとはどこでも出会ったことがありませんよー。
そんな私の心を見透かしたようにつらつらと語りだす。
「『どうしてそう、諦めれるのかな。向上心がないって変だよ? 人は息をして歩いてたら何かしら変化するものなんだ。成長しないって不気味だなあ、それがきみの個性だとしてもお兄さんからすると――可愛い後輩に躍進して欲しいなあ、なんて』」
背後でビュウゥン、不気味な音。多分、先ほどから握られていたあの螺子が放り投げられた音だ。
でもそれは当たらない。
「成長、躍進――なんて私には瞑想で迷走ですよ」
痛みはこない、だって背中を貫くであろう螺子は私に接触すらしないのだ。
本来、あなたとも出会うこともなかった筈なのだから。
だって。だって私は――
「普通で普通に普通っ子ですから、そんな特別行事は起こりません」
後ろからついてきているから、学ランの方の表情のちっとも想像できない。
笑っているのか、驚いているのか――ま、なんでもいいよね、関係ないし。
私、普通だもん。関係ないもん。
「先パイ。職員室までエスコートしますのでどうぞ、ついてきて下さいね」
振り返らずに片頬を歪めて笑った。
説明 | ||
不知火ちゃんと球磨川君のファンです。というか初めて漫画読んだ時に不知火ちゃんが好きになり、後から出てきた球磨川君も好きになるのは……一緒ですもんね二人とも!自然現象だあこれ!得に今回がりがり勢いよく書いたこの話は七巻の個人的に名場面なあれ。あのシーンはうふふふふふあははははーでした。それでもってこれが夢小説か問われるとうふふふふふあははははーです。それじゃあどんなのか。答えは人生初の心霊体験みたいな、です | ||
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