a dandelion【幻想水滸伝3】 |
―――春だな。
急にふいた風に乗った春の花の香りを感じ、ルックはふっと思った。
北国ハルモニアに遅く訪れた春。
誰もいない、宮殿からも街からも離れた川の土手で、ぼんやりしていたルックには、微かな花の香りがはっきりと感じられた。
彼が腰掛ける土手にも、黄色い小さな花がぽつぽつと咲いており、若草の中で映えるその黄色は、さながら緑の海に煌く光のようであった。
(そういえば…昔ビッキーがよく花冠の練習してたっけ…)
黄色い花が咲く頃、決まってビッキーはルックを相手に花の冠を作る練習をしていた。
不器用なのか、それとも何か別の問題―そのようなものがどんなものかはともかく―があるのか、だいたいはうまく行かずにばらばらになったり、不恰好になったりした。
ルックがひとつひとつやり方を説明しても、ビッキーはなぜか教えた手順どおりにできず、結果意味不明な物体になったりするのだ。
その事を思い出したのか、ルックの顔に微笑が浮かぶ。どことなく、寂しそうな笑い。
…そう、彼女と最後に会ってから、十五回目の春を迎えていた。
ビッキーが行方不明になる事はよくあったし、その時はたいてい自分が探しにいった。
もちろん、トラン解放戦争の後にも行方不明になり…三年後にようやく再会を果たしたのだ。
だが、ここまで長い間見つけられない事はなかった。
どんなに魔力でビッキーの居所を探し当てようとしても、まるで世界から”ビッキー”という存在が抜け落ちてしまったかのように、本人はおろか手がかりすらもつかめなかった。
手元にあった黄色い花をつかみ、優しく手折る。
ルックの碧の瞳に映る黄色。だが、彼の瞳は花の黄色のむこう側にある想い出を映していた。
「また会ったら…もう一度冠の作り方、教えてあげるんだけどな…」
誰にいうでもなく、自分で意識していたかどうかも疑わしいくらい自然に出てきた言葉。
心の奥にある素直な気持ちの片鱗を、唇に乗せた時だった。
「はうーーーーーーーーーーー!!!!!」
微妙に間が抜けた声が聞こえた。それも、頭上から。
この声にはいやと言うほど聞き覚えがある。…むしろ、待っていたくらい。
ルックが見上げたその先、何もない虚空からまるで忘れ物のように放りだされ、落ちてくる白い姿があった。
「――っ!!」
声を出すよりも、認識するよりも、体は早く動いていた。
落ちてくるその姿を腕を伸ばして受け止めようとする。『それ』が落ちてくる位置は…突風に煽られでもしない限り…ルックの所だろう。
腕に落下の速度も加わった「それ」の重みがずしんとくる。
「くっ…」
落ちてきたものの重みは大したことはないのだが、魔術一辺倒で、あまり筋力を上げていなかったルックには、その重みは応えたらしい。
「いたたぁ…。また、失敗しちゃったなぁ…。ねぇ、大丈夫?」
「……相変わらずだね、ビッキー」
自分の腕の中に抱きとめた少女…ビッキーに、ちょっと皮肉めいた言葉をかけるルック。
だけど、その顔に浮かぶ微笑は、今、彼らに触れる風のように優しい。
「え? あれ? えーと……………あ、ルックくん!?」
名前をよばれ、一瞬きょとんとしたビッキーだったが、まじまじと自分をうけとめた青年の顔を見つめ…記憶の糸がつながると、ぱちんと両手を打ち鳴らした。
「あ、やっぱりルックくんだ!大きくなったねー。私よりも大きくなったんじゃないかなぁ?男のコって成長早いんだねー」
屈託なく笑っていうビッキーの言葉に、ルックの胸の中で花のように広がる嬉しさとともに、ちくりと刺す小さな痛みを覚えた。
――そりゃあそうさ。あれから十五年たってるんだから――
悲しいくらい変わらない彼女と、成長してしまった自分。
腕に感じる重みが、かつて彼女を受け止めたときよりもほんの少しだけ軽く感じた。それが自分が”少年”ではなくなったという証。
だが、彼女はかわっていなくて。
そんな気持ちが胸に広がり、彼の顔に陰りが生まれる。
「…? ルックくん、どうしたの? どっか痛いの?」
覗き込んでくる翠の大きな瞳。
変わらない、ビッキーの無邪気な様子に、ルックは内の痛みを払うように頭を緩く降ると
「いいや、なんでもない。―――…そうだ。ビッキー、昔練習した花冠、もう一度教えてあげるよ」
片腕はビッキーを抱きとめたまま、もう片手に握ったままの黄色い花を彼女の前に差し出した。
「え?…わぁ、もうこのお花が咲く季節なんだねー…。でも、上手くできるかなぁ…」
じっと黄色い花を見つめるビッキー。
ルックは笑いながら「わかるまで教える」というと、腕の中の少女を己の膝の上へと降ろした。
少年時代では、若さゆえに照れが先立ってできなかったけれど、今はごく自然に、この少女と接する事ができる。
そういう意味では、年月のズレは彼にとってはいい結果をもたらしたのかもしれない。
ルックの膝の上のビッキーも、それが嬉しかったらしく、近くにあった黄色い花に手を伸ばし、ひとつ、またひとつ摘んで行く。
その白い小さな手は、あっという間に黄色の花束を作り上げた。
こんもりと丸い、素朴な花束。
「いいかい? まず、軸を作って、それに続けるように、こう…」
説明しながら、ルックは手にした数本の黄色い花を一つに纏めていく。
それは見る見るうちにリースのような円を描き、程なくして一つの太陽色の冠ができた。
「え、えっと…こう…?」
そういいながら、ビッキーの手はすでに教えられたものと違う形を作り出している。
本人は必死に、言われた事を実践しているつもりのようだが。
「違うよ。まず、この一本を持って…」
ビッキーの手の上に、ルックの手が重なる。
彼女は気づいただろうか?
彼の手が、十五年前よりもずっと大きく、”男性”の手になっている事を。
暖かく、すっぽりとビッキーの手を覆う大きな手。
ルックにリードされながら、ビッキーはぎこちないながらも、確実に花を輪にしていく。
それは、円を形成していくには少々いびつではあるけれど。
「ほら、で…この茎はこっちのと一緒に留めるんだ」
「うーん…こんな感じ?」
二人の手から生まれた黄色い花の列は、ゆったりとしたうねりを描き、最前列の花が、今、最後尾の花の後ろに並び、黄色い円陣ができあがった。
「わぁ! できた! できたよ!」
初めて自分の手から作り出せた花の冠を両手で高々と掲げ、ビッキーが弾んだ声を上げる。
「ありがとう! ルックくんのおかげだよ!」
満面の笑顔を向けるビッキーに、ルックも自然と頬が緩む。
「あ、そうだ…」
ビッキーは掲げたままの冠を下ろし、それをしばし見つめていたが
「これ、あげるね。初めて上手にできた記念」
言葉と一緒に、そっとルックの頭上に冠を載せた。
彼の唐茶色の髪に、黄色がよく映える。
「…ありがとう」
心のまま、少年時代ではいえなかった台詞が、唇から紡がれる。
ルックの言葉に、嬉しそうに微笑むビッキー。
「あ、そうだ! ねえ、もう一個冠作ろうよ! 今度は一人で頑張ってみるから!」
跳ねるように立ち上がると、ビッキーは軽やかな足取りで前へ駆け出した。
ルックが座っているところより少し離れた場所にしゃがむと、花を摘んでいる。
「じゃあ、今度は君の分を作らないとね」
無邪気にはしゃぐビッキーを眺めながら、ルックが立ち上がった瞬間。
「―――ふぇっくしょん!」
花粉に鼻をくすぐられたか、ビッキーが盛大なくしゃみをした…途端、その姿はまるで幻のようにそこから消えうせていた。
「ビッキー!?」
慌ててルックがかけよる。
ビッキーがいた場所には、何も変わることなく草が風にそよいでおり、一つ違う事は、先ほどまで彼女が集めていた花が散らばっていたという事。
何気なく、自分の頭上にある冠に手を伸ばす。
確かにそれは、たった今まで彼女と自分が作り上げたもの。
少なくとも、ビッキーが現れた事は幻でも夢でもないという証。
「…やれやれ。またいっちゃんたんだな…」
くすりと、苦笑交じりの笑いが漏れる。
思っていたよりも、昔と比べて心に焦りや不安はない。
何年経とうとも、必ず彼女とは会える事がわかったから。
「―――今度は、いつかな。僕がおじいさんになる前には会いに来てよね」
十七の頃のような、皮肉めいた言葉と、それとは裏腹に浮かぶ優しい笑顔。
ルックが見上げた空は、柔らかな水色が広がり、その上に白い雲がいくつかふわりふわりと浮いていた。
また、間の抜けた声と一緒に白い姿の彼女が現れないかと待つように、彼は日が落ちるその時まで、花の咲く河原で、空を見ていた。
頭上に、ほんの少し時を共有した証の、黄色い冠を乗せたまま。
-end-
説明 | ||
2003年作のルック×ビッキー小話。 共同運営サイトが閉鎖した時にお蔵入りになったのでこちらにアップ。 書いたのが相当古いので、拙い部分も多数あると思いますが、なまぬるくスルーしていただけるとありがたいですorz |
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