竜と少女【ECO】
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■ !注意! ■

 

この作品には、NPCと特定のプレイヤーキャラとの『軽い恋愛要素』が含まれています。

そのような描写・絡みが苦手な方、

好きなNPCが他のプレイヤーキャラに好意を持っているのが嫌!という方はご注意下さい。

(登場キャラはエミルドラゴン(竜ver)です)

 

表現の都合上、一部公式設定と違っていたり、

明かされていない部分等は筆者の創作設定となっています。

また、お話のメインキャラクターに

私がメインで操作しているキャラクターが登場しますが、

あくまでお話の主役はエミルドラゴンなので、

気になる方は脳内でお好きなキャラクターに置き換えて下さい。

 

 

以上の注意書きを読んだ上で、

問題がない・大丈夫という勇気あるお方は次のページへお進みください。

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其処は其処に在らざる場所。

 

 青く輝く空と海、純白の砂浜の先にある、巨大なくじら型の岩。

 かつて、この浜辺に存在しなかった奇怪な岩山の中は、到底岩とは思えぬ世界。

 星の海。白い虚無。現実世界の残骸。

 

 そのもっとも深い場所に、”彼”はいた。

 

 

 大地の色をした厳めしい姿と、それに反するように鮮やかで可憐な妖精のような羽と、この世に存在しない姿をした愛らしい黄色の花を咲かせた尾。

 装飾が施された羊のような角を持つ”彼”を、名乗る前に”竜”と認識するものはまずいない。

 人々が想像する竜とは違う姿形をした彼だが、まぎれもなく竜だ。

 

 人類――エミル達の守護者でもある彼。

 

 その名は。

 

 

 

 ―――エミルドラゴン―――

 

 

 

 

 

【竜と少女】

 

 

 

「ん…?」

 幾重にも道が折り重なる騙し絵のような世界のさらに奥、”終淵”と呼ばれる場所に鎮座する竜が声をあげた。

 狂気に侵された画家が描いたような、歪み、決して混ざり合う事のないものを無理やり混ぜたようなこの地を訪れる者は多くない。

 それ故、竜が言葉を発するという事は滅多にないのだが、今、彼の目の前には一人の人間がいる。

 いや、人間と呼ぶのは相応しくないだろう。何故ならその人物の頭上には光輪が輝き、背には小さいながらも純白の翼が生えているのだから。

 まどろみで時を潰していた竜だったが、ゆっくりと意識が覚醒し、目の前の人物の姿を認識していく。

 年は十七かそこらだろう、桃の花と同じ色をした長い髪に純白の竪琴、よほど疲れているのか、両手両膝を付き肩で息をしているため顔はわからないが、纏っているものを除けばこの少女には見覚えがある。

 少女は暫く、ぜえぜえと大きな呼吸を繰り返していたが、落ち着いてきたのだろう、どうにか起き上がり顔をあげた。

「…ああ、やっぱりアンタか」

 自分の記憶と目の前の現実が一致した事に、エミルドラゴンは納得したような声をあげる。その言葉には納得の響きのほか、喜びも混じっていたが…彼は気付いていない。

 へへ、と疲労と照れからやや情けない笑いを浮かべ、少女は竜の傍へふわりと飛び、彼の足もとへ腰を下ろした。

「こんにちは、ドラゴンさん」

「よう、久しぶりじゃねぇか。サリル」

 竜は足元の少女に顔を寄せ、その名を呼ぶ。

 自分を見上げる金緑の双眸が嬉しそうに細くなり、久しぶりと返事を返した。

「ほんとはもちょっと顔出したいんだけど、やっぱり遠いねぇ」

 まあな、とエミルドラゴンは頷き、先ほどのサリルの様子を思い出す。

 歴戦の猛者さえも、油断すればあっという間に屠られるような魔物が徘徊する空間を、癒し手である彼女が突破するのは容易ではない。まして、単身で奥地へ行くのであればなおさら。

 ここへ辿り着くまでに、敵の攻撃を掻い潜り、追いかける魔物を引き離そうと必死で羽ばたいたのだろう。

 心身共に疲れ果てたという様子で辿り着いた姿を思い出した瞬間、思わず噴き出してしまった。

「あっははは…でもあそこまでヘロヘロになって来る奴ってそうそういねぇよ。ちょいと運動不足なんじゃね?」

「むう、そんなことないもん! ちゃんと冒険してるよ。ほら、もうこの服だってもらえるくらいになったんだし」

 そういってサリルは着ていた服の裾をつまんでみせた。

 竜が以前、サリルと出会った時、彼女は控え目ながらも典雅な雰囲気の宝石が飾られた純白のワンピースを纏っていた。記憶が確かならば、高位の吟遊詩人だけが纏う事を許される服だろう。

 今、目の前にいる彼女が纏っているのは、春の空を映した色彩のローブに、淡い桃色の百合があしらわれた大きな帽子。真の強さを手にした者だけに贈られる、聖帝の名を冠する装束だ。

 暫く会わないうちに強くなったものだ…と竜は内心思っていたが、口から出た言葉は

「またまたぁ。この前より絶対肉増えてるって! 特に胸とか胸とか。胸とか」

 人と違う構造の肉体でありながら、くっくっと含み笑いをする竜の言葉に、サリルの顔は一気に朱を帯び、さっと自分の胸を隠すよう腕で覆った。もっとも、少女の腕だけで隠れるような質量の胸ではないので無駄な努力でしかないが。

「ちちちちちがうもんふえてないもん! 前とおんなじだもん!」

 真っ赤になりながらぶんぶんと頭を横に振るサリルの様子に、さらに笑いがこみあげてきたエミルドラゴンだったが、ふと彼女の手に握られたもの気付くと

「お? 面白いモンもってんな。俺の力のにおいがするぜ」

 すい、と顔をよせ、サリルの手にある”それ”を見る。

 それは、錆か劣化か鈍色をした楽器。

 だが、それは楽器と呼ぶにはやや奇怪な姿をしており、リュートのような形状の柄の先は、どの様な力が働いているのか、柄の根元にある羽のような板と同じものが三枚、浮かぶようについていた。

 エミルドラゴンの視線を追い、自分の持つ楽器の存在を思い出すと、ああとサリルは頷き

「あ、そだった。これ、ドラゴンさんへ会いに行くなら、これ持っていきなさいっていわれたんだ」

 そう言って手にした楽器をエミルドラゴンへ見せるように持ちあげた。

 もちろん、彼には見覚えのあるものだった。

 サリルが纏う衣装同様、強さを示した者だけが手にする事ができる古の武器。吟遊詩人である彼女にとって相応しい楽器”真弦・ソウルゲイザー”である。

 同じ空間に留まっている人間が目覚める前の武器を作るため、冒険者がそれを手にし、力の解放を願って自分の所へ来る事は少なくない。

 自分の元を訪れたサリルも同じなのだろうが、先ほど彼女が言った「会いに行くなら」という言葉がエミルドラゴンには気になった。

 会いに来た理由は、武器の覚醒ではない?

 エミルドラゴンの元へ訪れる人間は、大抵彼に戦いを挑むか、武器の覚醒を頼む者達ばかり。用事がなければ会いに来る者は皆無だろう。

 武器の覚醒が”ついで”なら、どんな理由があって来たんだ?

 エミルドラゴンが疑問を抱いている事にも気付かず、サリルは言葉を続けた。

「なんかね、もういいかげん新しい楽器にしなさいっていわれちゃって。これ、ずっと長い間使ってたから」

 そう言ってサリルの目線が自分の足元へと移る。

 エミルドラゴンもそちらに目を向ければ、使い古された白い竪琴が見えた。

 かつては純白だったであろう、優美な曲線を描く竪琴は長い戦いであちこち装飾の模様が剥げ、飾り用の宝石が抜け落ちている部分も見受けられたが、弦だけは手に入れたばかりと同じくらい、ぴんと美しい直線を保っている。

 きっと、何度も修理しながら、丁寧に使ってきたのだろう。それでも、戦いの中で劣化を免れる事は避けられない。

 竪琴と歌を媒介とする術を使う吟遊詩人にとって、楽器の大破だけは避けなければならない。もし、戦闘の最中に壊れでもしたら致命的な隙となる。 

 サリルに新しい武器の入手を示唆した者も、その事を危惧していたのだろう。

 長年の相棒ともいえる白い竪琴を、年老いた友をいたわる様に撫でていたサリルだったが、エミルドラゴンの方に向き直ると、手にしていたソウルゲイザーを彼に差し出した。

「ね、ドラゴンさん。この楽器の力、解放してもらっていいかな?」

 これ持ってきたから、と革袋を取り出し、楽器の傍へ持ってくる。彼がecoinと呼ばれる通貨を集めている事を知っていたサリルは、対価であるecoinを、彼がいつも冒険者に希望する一万枚持ってきたのだ。

 相棒と別れるのは名残惜しいのだろう、だが、戦いに身を置く以上感傷で生命を危険に晒すわけにいかない。それが仲間の命を預かる癒し手であればなおさら。

 少女の内にある小さな決意を瞳の中に見たエミルドラゴンは、大きな爪先でそっと鈍色の楽器を持ち上げると

「よし、じゃあちょいとばっかしその武器の力を引き出してやるよ…っとその前に。すぐ終わらせるから目ぇつぶっててくれ」

 サリルが楽器を手放し、目を閉じてさらにその上から両手で押さえるのを確認すると、彼はまるで菓子を食べるように鈍色の楽器を己の口の中に放り入れた。

 古の武器達の原材料は、エミルドラゴンの力の欠片。それが武器という形に成形される際に変質し、折角の力を発揮できない状態となってしまう。そのため、変質した武器を己の体内にある力に触れさせ、元の状態と同じようにする…すなわち、武器としての真価を発揮できるようにするのだが、傍から見て”武器を口に入れて咀嚼して吐き出している”ようにしか見えない。なので、彼は力の解放を行う時、相手に目を瞑ってもらっているのだ。

 咀嚼する事数回、彼の内部の力に触れた楽器がその口から吐き出される。

「もう目を開けて良いぞ」

 言われた通り、サリルが目を覆っていた手を退けてみると、黒金色のエミルドラゴンの爪の先に、黒地に緑の輝く文様が入った不思議な楽器があった。形状は覚醒する前とほとんど一緒だが、鈍色に包まれていた時と違い、模様とも呪文ともとれる柄が光る緑色の線で描かれており、柄から伸びる弦も同じような細い光で作られている。

 あまりにも変わりすぎたその姿に、サリルは大きな瞳を見開いて、彼から楽器を受け取った。

「すごーい…。さっきと全然ちがう…」

「だろ。それがその武器の真の姿だ。俺を倒した事のあるアンタなら、その武器の本当の力を使う事ができるだろうよ」

「ありがと、ドラゴンさん! へへ、よろしくね新しい楽器さん」

 嬉しそうに目覚めたばかりのソウルゲイザーを腕に抱いたサリルの様子に満足げに頷くエミルドラゴンだったが、ふと、何かを思いついたのか

「なぁ、せっかく新しい楽器を手に入れたんだ。ちょっと試しに弾いてみねぇか?」

 彼の突然の提案に、サリルは少し驚いたようだったが、すぐに笑顔で頷いた。

「うん! あ、そだ。何ひこっか」

「なんでもいいよ。アンタ吟遊詩人だろ? アンタが好きな奴歌ってくれよ」

 アンタが歌ってくれるなら何でもいいからさ。

 エミルドラゴンは内心でそう付けたす。

 流石に吟遊詩人としてそれなりのキャリアを積んできただけに、サリルは自身の中でどの歌にするか迷っているようだった。吟遊詩人は己の知識や情報の語り部である。長い旅を重ね、その知識や情報量は語るに相応しいものをすぐに選べるようなものではない。

 どれにしようかあれにしようかと悩んでいたサリルだったが、ようやくどの歌にしたのか決まったらしく、エミルドラゴンの手にもたれるように腰を下ろすと、そっと指先で光の弦を弾き、言の葉を紡ぎ始めた。

 弦の音色は緩やかに空間へ満ちていき、極彩色の異空間の空へ吸い込まれ、竜と少女がいる白い床に広がり、少女の唇から紡がれる歌声は弦の音色と重なり、真珠のような音の連なりをもって二人を包み込む。

 サリルが謳い語る物語は、エミルドラゴンの知らないものだった。

 健気な機械種族の娘と変わり者の科学者の話、怖がりな少女とその姉の騒動、海賊と人魚の切ない恋物語…。きっと、彼女が旅をしてきた中で体験した出来事なのだろう。

 長い事、この閉ざされた空間で過ごしてきたエミルドラゴンにとって、瞬きよりも儚い人の生の中で紡がれた物語達は、まるで煌めく宝物のように眩しく思えた。

 頭を垂れ、サリルがもたれていない手の上に顎を乗せると、エミルドラゴンは深く、ゆっくりと呼吸を繰り返し、音色に心も体も委ねた。もし、人の姿をしているのなら、瞳を閉じて聞き入っているところだろう。

 何もない空間を満たす音の波に、竜は安らぎを感じ、心の中に幸せのぬくもりが満ちていくのを感じていた。

 ―――どのくらいそうしていたのだろう。

 陽光が宵闇に滲んでその輝きを失うように、音色の余韻が消えてもまだ、エミルドラゴンは言葉を発する事も、動く事もしようとしなかった。

 自分の中に満ちた音と温かさに酔いしれ、かみしめるように。

 歌が終わり、反応を示さないエミルドラゴンの様子をいぶかしむサリルだったが、声をかけるのも憚れる気がして、彼が動くのを静かに待った。

 音で満ちていた空間に、今度は沈黙が満ちて二人を包む。

 流石に心配になったのか、サリルがエミルドラゴンの瞳を覗きこむと、彼の大きな顎が動き、低く言葉が発せられた。

「――――俺さ、歌聞いたの、すげぇ久しぶりなんだ」

 ぽつりと、静寂に包まれた虚無の間に小さな呟きがこぼれる。それは、巨大な体を持つ竜が発したなどとは思えないほど小さな声で。

「前に聞いたのは…いつだったかな。アンタが来るずっとずっと昔なのは確かだけど。でも、ここにいるとわかんねぇんだよ。時間ってのがさ。もしかしたらアンタが来る以前に歌を聞いた事自体、俺が夢で見ただけかもしんねぇし」

 滑らかに磨き上げた翡翠のような瞳を遠くに向け、エミルドラゴンは己の記憶を手繰っていく。それはあまりにも平坦で、膨大で、虚ろな。

「最近はここまで来る奴も増えたけど、アンタみたいに長く留る奴はいない。戦いが済めばみんな帰っちまう…。そうしたらまた、俺は誰の声も聞かないし、歌なんか聴く事なんかもっとねぇんだ」

 淡々と、だがはっきりと言葉の裏に長寿生命体だからこそ受け入れなければならない寂しさが、竜の口から紡がれる。

「もう、どんだけそうしてきたんだろうな…俺は。そんで、俺はいつまでそうしていかなきゃなんねぇんだ…? いつまで…俺は、独りで…」

 ふ、と言葉の最後に小さなため息を交え、竜は言葉を発するのをやめた。

 サリルは彼が言葉を発するその間、ただ静かに耳を傾けていたが、手にした楽器を地面に置くと、エミルドラゴンの横顔…羽の飾りがあしらわれた角部分に手を伸ばし、そっと寄り添った。

「サリル?」

 不意に感じた体温に、視線をそちらへ向け、エミルドラゴンは驚く。少女の瞳から一粒、涙が零れ落ちていったから。

「私が…。私が、ドラゴンさんに歌、いっぱい歌ってあげる。歌をきいたのがいつなのか、わすれないようにいっぱい歌うから。だから…だから…」

 瞳から止めどなく涙を零し、それでも懸命に言葉を紡ごうとするサリルを見て、エミルドラゴンの胸に小さな痛みが走る。

 自分は何を言ってしまったのだろうか? 彼女を悲しませたいわけじゃないのに。

 己のために歌を奏で、笑ってくれる少女に対し、竜は心のどこかで甘え、縋ろうとしていた事に気付くと激しい後悔と羞恥に襲われた。

 だが、それと同時に己のために涙を流してくれる事に嬉しさを感じたのも事実であって。

 

 自分のために親身になってくれる者が今まで他にいただろうか?

 

 あまりにも永過ぎる時の中、刃交わす戦友-とも-はいた。同じように人の子らを見守る同胞も。

 だけど、共に想いを分かち合える相手はいなかった。痛みを感じ涙を流してくれる相手も。

 愛しくて愛しくて、ずっと傍にいてほしいと思う相手も。

 少女が寄り添う方へほんの少し頭の重みを傾け、彼女の体温や柔らかな腕に心を預けるようにもたれると、

「ごめんな、アンタを泣かせるつもじゃなかったんだ。―――でも、ありがとな。俺のために泣いてくれて」

 

 申し訳ないと思った。だけど、嬉しかった。

 

「今はもう大丈夫だよ。遊んでくれる奴もいるし、アンタもいるし」

 

 自分のために涙を流してくれた事が。こんなにも自分の事を考えてくれた事が。

 

「…な、サリル。もし、アンタさえよければ―――」

 

 もし、許されるのなら。どうか。

 

「私さえよければ…?」

 首を傾げ、あどけなく尋ね返す少女の顔を見た時、言葉が途絶えた。だけど、それもほんの僅かな事。

「アンタさえよければ、またここにきて歌、歌ってくれねぇか? さっき歌ってくれた奴も面白かったけど、もっと色々聴きてぇんだ」

 竜の申し出にサリルは涙をぬぐい、笑顔で頷いた。

「うん! 今度はもっとたくさん歌うよ。新しい歌もいっぱいおぼえてくる!」

 来た時と同じように、明るい笑顔を浮かべる少女に、竜は安堵の息を小さくついた。それは彼女の涙が止まった事か、また笑ってくれた事か、それとも違う…何を意味するのかは自分でもわからないけれど。

 サリルは楽器を手に取ると、エミルドラゴンの鼻先を優しく撫でる。

 その柔らかさと温かさに心地よさを感じ、甘えるように鼻先を手に押し付けるようにすり寄ると、彼はゆっくりと彼女から頭を離し、立ち上がった。

 凛と背を伸ばし、異次元の扉の前に鎮座するその姿からは先ほどの弱々しさも、寂しさの片鱗も見受けられない。

 ぱたん、と尾を大きく振ると、竜はいつも通りの明るく威勢のいい声で

「おう、約束だ! 忘れんなよ?」

 小さな天使族の少女を見下ろし、無邪気に、幼い子供が遊ぶ約束をするのと同じように念を押す。

「わすれないよ。約束だもん。――じゃ、私そろそろかえるね」

 軽やかに地を蹴ると、また会いに来るからと告げ、己の世界――人類が生きる世界へ繋がる時空の歪みへと歩みを進めた時、エミルドラゴンは先ほど胸に浮かんだ疑問を思い出した。

 それは、サリルが彼を訪ねてきた理由。

 戦いを挑むのではなく、かといって武器の覚醒が目的でもない。それ以外に何の用事があって来たのか、彼には思い当たる節がなかった。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

「なあに?」

「なあ…、アンタ本当に何しにきたんだ?」

 ぶっきらぼうともとれる言い方だったが、サリルは気を悪くした風もなく、笑って答える。

 

「ドラゴンさんに会いに来たんだよ」

 

 思ってもいなかった言葉が返ってきた。

 何か用事があって会いに来たのではない。用事そのものが会いに来る事だったのだ。

 自分に会う。ただそれだけのために、非力な少女は広大な迷宮を、魔物の群れをくぐりぬけてきたというのか。

 まさかそんな相手がいるなんて―――

 もし、彼が人の姿をしていたのなら、その顔は赤く染まり、動揺しているのが明白だっただろう。

 表情筋のない爬虫類に似た竜の姿は、内心の驚きと嬉しさを隠し、彼の心は少女に悟られる事はなかった。

「それじゃ、また遊びにくるね!」

 屈託のない笑いを浮かべ、大きく手を振る少女に、ドラゴンも

「あ、ああ! 今度は友達もつれてきて遊ぼうぜ!」

 尾をぱたりと振って見送ると、サリルはもう一度またね、と言って、己の世界に戻るため、時空の歪みを潜っていった。

 

 小さな翼の、これまた小さな羽毛を光の欠片のように残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女が去った後、竜は頭を腕に乗せ、またまどろみ始めた。

 眠っている間は、この淀んだ時間を意識する事無くやり過ごす事ができる。

 己の意識を、深い深い眠りの底へ沈めながら、彼は思い返す。

 

 

 ”もし、アンタさえよければ”

 

 

 

 ――ずっと俺の傍にいてくれないか?――

 

 

 

 飲み込んだ言葉を頭の中で思い返し、自嘲する。余りにも身勝手すぎる願いだ、と。

 時間すら忌避していくこの空間で、人の子達が生きる事は不可能に近い。本来在らざる空間は外と時間の流れを隔離し、悠久の時を生きる自分と、この次元の生まれである魔物以外の時間を閉じてしまう。

 閉ざされた時間に生きる人の子は、同じ言葉を繰り返し、同じ行動を繰り返すだけの存在となって、時という流れから消失…すなわち人の世界で言う”死”を迎える事になる。

 もし、あの少女が彼らと一緒になってしまったら?

 想像しようとしたが、身震いを覚えすぐに頭の中で打ち消す。そんな事、想像の中であっても耐え難い。

 閉じられた時間の人形にしてしまうくらいなら。彼女が心から笑い、歌わなくなってしまうのなら。

 今の孤独を受け入れる方がずっといい。

 

 

 ゆっくりと意識が遠のくのを感じ、彼は一つだけ願う。

 

 

 今、この世界で自分の傍にいる事は望まないけれど、せめて夢の中では隣にいてほしいと。

 

 いつか見た夢のように、どこか知らない小島で、人の姿をした自分と彼女が寄り添い時を過ごしたように。

 

 

 孤独を甘んじる代償としては小さいけれど。

 

 

 

 眠りの先、少女の笑顔がある事を願い、彼の意識は闇へと落ちて行った。

 

 

 

 

-end-

説明
2010年作。ブログにもアップしましたが、こちらの方にもアップ。
内容が若干特殊なため、2ページ構成となっていますが、本文は2ページ目からとなっております。
念の為ワンクッションおかせていただきましたが、閲覧の際はご注意下さい。
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