とある日の夜
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■とある日の夜■

 

 見慣れた木目模様の天井が、常備灯の淡い光に照らされている。

 

 布団の中からその光景を見ていた七瀬八重は、枕元に置かれた携帯電話へと手を伸ばしディスプレイを確認した。

 深夜2時。

 本来の起床時間には遥かに早い。

 

「……?」

 

 不思議そうに、八重は首を傾げた。

 何故、こんな時間に目が覚めたのだろう。

 加えて、妙に意識がハッキリとしている。

 

「……ああ、そう言えば」

 

 巻き戻される記憶の中、一つの思い当たり。

 風呂上がり、就寝前での時間を居間で過ごした際にコーヒーを飲んだのだった。

 

 潦景子が飲んでいる姿を見ての気紛れだったが、青野真紀子や由崎多汰美に半ば本気で「眠れなく為る」と心配された事が、少しショックだった。

 確かに身体の成長は色々と足りていないかもしれないが、別に子供な訳では無い。

 

「……筈、なんですけどね」

 

 八重は呟き、顔を顰める。

 景子と一緒に布団へと潜った後、何時も通りに眠る事は出来た。

 が、こんな早くに目が覚めていては駄目だろう。

 友人達の忠告通り、就寝前のコーヒーは控えるべきかもしれない。

 

「そう言えば、にわちゃんは……」

 

 八重が隣を見ると、景子は布団の中で可愛い寝息を立てている。

 

 幸せそうな寝顔で、スヤスヤと。

 八重と同様、コーヒーを飲んでいたにも関わらず、だ。

 

「……」

 

 何とも言えぬ敗北感を覚え、思わず八重は目を逸らす。

 

 視線の先はカーテンの閉められた窓。

 ユラユラ、と。

 隙間から、柔い光が差し込んでいた。

 

「七、瀬」

「ッ!!」

 

 突然、名前を呼ばれ、八重は思わず身体を震わせた。

 慌てて振り返るが、声を出して呼んだ筈の景子は、変わらぬ寝息を立てている。

 

「……寝言?」

「……」

 

 だったのだろうか。

 八重は小さく安堵の息を漏らしてから、、その頬を緩ませる。

 

 今、景子の夢に自分が出演している。

 それが、何となく嬉しかった。

 

「にわちゃん」

 

 お返しとばかりに、小さな声で呼んでみた。

 無論、景子は寝ているのだから、八重の声に応える筈が無い。

 

「にわちゃん」

 

 それでも、八重は再び景子の名前を呼ぶ。

 あわよくば、もう一度、自分の名を呼んで欲しくて。

 

 今度は背後から聞くのでは無く、その姿を見たくて。

 

「にーわーちゃん」

「……ん」

 

 三度目の正直か。

 少し間延びした言い方の呼び声に、景子は小さく身動ぎした。

 

「んぅ、、八重」

「え……」

 

 人懐っこい笑みを浮かべ、開かれた口から発せられたのは自分の名前。

 しかし、それは彼女からは一度も発せられた事の無い単語。 

 

 予想外の言葉に一瞬、固まる八重だったが、、やがて苦笑いを浮かべつつ、再び布団へと潜り込んだ。心持ち、目覚めた時よりも景子との距離を縮めて。

 

「今度は私にも言って下さいね? ……景子」

 

 耳元で囁いてから、八重は瞳を閉じた。 

 

 夢の中で自分よりも先に「名前」を言われた自分への嫉妬を隠す様に。

 

 

説明
 サイトからの転載で、トリコロ(海藍)より「八重×にわ」の作品です。
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トリコロ 七瀬八重 潦景子 百合 

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