佐天「ベクトルを操る能力?」第一章
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11月初旬の某日。

だんだんと肌寒くなり始める季節に、街中を走っている少女がいた。

寒いから体を温めようとしている訳ではない。

むしろ、体は熱いくらい。

一体、だれがそんな全力疾走をしているのかというと―――『私』だ。

 

 

佐天「うーいっはるー!!」

 

 

私の名前は佐天涙子。

元気が売りの柵川中学の1年生。

もはや、私たちの溜まり場となりつつある風紀委員第177支部に勢いよく乗り込んで早々親友の名前を叫んだ。

いきなりの大きな音に、部屋の中にいた初春がビクッと反応している。

いつもよりテンションの高い私に驚いているのかもしれない。

支部には、初春しかいないようだ。

 

 

初春「あれ? 佐天さん、上機嫌ですね。何かいいことでもあったんですか?」

 

佐天「ふっふっふー。私もついに能力者になったのだーっ!!!」

 

初春「本当ですか!? おめでとうございます!!」

 

 

コンプレックスだったレベル0という表記。

だけど、そんなものとはもうサヨナラ。

ウェルカム、レベル1。

これでテンションが上がらない方がおかしい。

 

 

初春「それで、どんな能力なんです?」

 

佐天「うん。先生が言うには、『ベクトル』を操る能力らしいんだよね」

 

初春「べくとるですか?」

 

佐天「うん! カッコイイよねー、ベクトル」

 

初春「えっと、べくとるってなんですか?」

 

佐天「ゴメン。実は私も知らなかったり」

 

初春「ええっ!?」

 

 

中学1年生だし知らないことの方が多いでしょ。

それに『ベクトル』っていかにも難しそうな単語じゃない?

なんか((身体検査|システムスキャン))の時にもスプーン曲げくらいしかできなかったし。

『ベクトル』ってスプーンを曲げることを意味してるのかな?

いや、まあ違うと思うけど。

そうなると知ってそうなのは、

 

 

佐天「御坂さんか白井さんなら知ってるかな?」

 

初春「あ、そうですね。あの2人ならきっと……」

 

白井「私がどうかしまして?」

 

 

そこに白井さん登場。

外でスタンバイでもしてたのかってくらいいいタイミングだよ。

あれ?

でも、御坂さんは一緒じゃないみたいだ。

 

 

佐天「あ、こんにちわー。今、来たところですか?」

 

白井「ええ、そうですの。何か私に聞きたいことがありまして?」

 

初春「白井さんは『べくとる』ってなんだか知ってますか?」

 

白井「ベクトルですの?」

 

 

常盤台中学ならあるいはと思ったけど、やっぱり知らないかな?

 

 

白井「力量の大きさと指向性を示すものだったと思いますの」

 

佐天「……はい?」

 

 

もっと簡単な言葉でお願いします。

一般的な中学生にも分かるように。

ほら、初春もポカンとしてるし。

 

 

白井「つまり、力の向きですの」

 

初春「力の向きですか」

 

 

『力の向き』ねえ?

それを操れる能力ってつまりどういうことなんだろ?

 

 

白井「でも、なぜ急にそんなことが気になりましたの?」

 

初春「それが……」

 

佐天「どうも、私の能力が『ベクトル』を操る能力らしいんですよ」

 

白井「ということは……」

 

佐天「そうですっ! ついに私も能力者に!!」

 

初春「わー」パチパチ

 

白井「あらまあ! それは、おめでとうございます。佐天さん」

 

佐天「いえいえー」

 

 

こうやって祝福してくれるのはうれしいなぁ。

スプーン曲げしかできないけど。

能力ってもっといろいろできるもんだと思ってたけど、結構不便なところもあるんだねぇ。

 

 

初春「あ、そうだ! 明日辺り、御坂さんも呼んでお祝いしませんか?」

 

佐天「え? お祝い? 気が利くねー、初春」

 

白井「それでは、私がお姉様にも連絡しておきますの」

 

初春「お願いします。白井さん」

 

 

とウキウキ気分な私だったが、その後に風紀委員の仕事が入ってしまったため、半ば追い出されるような形で支部を後にすることになった。

ま、仕事じゃ仕方ないか。

邪魔するのも悪いし。

あ、でも、

 

 

佐天「もうちょっと能力について白井さんに詳しく聞いとくんだったなー」

 

 

さすが常盤台。

私たちとは学習スピードが全然違う。

ここでいつもなら首を突っ込んだりしてちょっと食い下がるけど、今日はそんな気分じゃない。

なんて言ったって、

 

 

佐天(今日から私も能力者だもんねー)

 

 

その事実だけで、世界が輝いて見える気がする。

昨日までとは違う場所に来てしまったのではないかというほどだ。

 

 

佐天(あ、そうだ。分からないなら、自分で調べればいいんだよね)

 

 

うんうん。

そうと決まれば、話は早い。

さっさと帰って、インターネットで調べてみることにしよう。

 

 

佐天「えーっと」

 

 

自宅に帰り、さっそくパソコンを起動。

とりあえず、適当に『ベクトル』と検索してみる。

 

 

佐天「なになに? 大きさだけでなく、方向と向きをもつ量?」

 

 

その説明に続いて、意味の分からない数式の羅列が目に飛び込んでくる。

 

 

佐天「なるほど」

 

 

何か自分を納得させるかのようにそう呟くと、一度画面から目を離し一息つく。

うんうん。

なるほど、なるほど。

 

 

佐天「とりあえず、分からないということが分かった」

 

 

ダメだった。

ちょっと、これは1人じゃどうにもならないかも。

とりあえず説明のところだけ暗記してみて、明日初春に聞いてみようかな?

きっと困った顔するんだろうなー。

……あ、それ面白いかも。

 

 

佐天「ふっふっふ」

 

 

よーし。それじゃ気合入れて覚えるとしますか!

 

 

佐天「……結構忘れてる」

 

 

翌日。

学校に着いた私は机に突っ伏していた。

あれから一生懸命覚えようとしたのだけれども、白井さんに言われた以上のことはついに暗記できなかった。

なぜかって?

……すごく気持ちよく眠れたとだけ言っておこう。

 

 

初春「あ、そうでした」

 

佐天「ん? どうしたの? 初春」

 

初春「私も昨日調べてみたんですけど、『ベクトル操作』ってかなりレアな能力みたいなんです」

 

佐天「え? そうなの?」

 

 

そっち方面は調べなかったなぁ。

どんな特性なのかも未だに理解できてるとはいい難いし。

自分の能力なのになー……。

 

 

初春「白井さんの『((空間転移|テレポート))』が学園都市に80人もいないレアな能力ってことは知ってますよね?」

 

佐天「まあ、一応」

 

初春「ところが、『ベクトル操作』の能力者は、学園都市に2人しかいないんですよ」

 

佐天「2人? 私ともう1人ってこと?」

 

初春「そうです! しかも、そのもう1人って言うのが……」

 

佐天「言うのが?」

 

初春「学園都市レベル5の第一位『一方通行』なんです!!」

 

 

学園都市の第一位と同じ能力?

私が?

 

 

初春「そ、そうなんですよ」

 

佐天「うっそだー」

 

初春「う、ウソじゃありません! ((書庫|バンク))で調べたから間違いありません!」

 

 

ってことは、風紀委員で?

それって職権乱用なんじゃ……。

まあ、確かに普通のパソコンじゃ調べられないだろうけどさ。

 

 

佐天「でも、第一位と同じって言われてもなぁ……」

 

初春「え?」

 

佐天「能力が同じでも、私はレベル1だし、天と地ほどの差がある訳じゃん?」

 

 

例えるなら、大人と子供。

下手をすればもっと差があるかもしれない。

同じ能力だからって大騒ぎするほどのことでもない気がする。

 

 

初春「そ、それはそうかもしれませんけど……」

 

佐天「そうそう。気にし過ぎだってー」

 

初春「佐天さんは気にしなさすぎじゃないですか?」

 

佐天「そんなことないよー? これでも、割と驚いてるし」

 

初春「とてもそうは見えませんけど……」

 

 

まあ、実際に驚いてるんだけどね。

ちょっとだけど。

 

 

佐天「よっしゃー! 今日の授業終わりー」

 

 

授業も全て終わり放課後。

今日は、私の能力開花のお祝いをしてくれることになっている。

場所はいつものファミレスだ。

 

 

初春「それじゃあ、早速行きましょうか」

 

佐天「よーし! それじゃ、早速―――」

 

教師「おい。佐天」

 

 

行くぞー、と言おうとしたところで待ったが入った。

振り返ってみると、犯人は((身体検査|システムスキャン))で私を受け持った先生だった。

なんの用だろう?

 

 

佐天「え? あ、はい。なんですか?」

 

教師「お前は少し残れ」

 

佐天「ええっ!? なんでですか!?」

 

教師「レベル0から初めて能力を得たやつはいろいろとやることがあるんだ」

 

 

そうなの? という視線を初春に送る。

すると、コクリと小さく初春が頷く仕草をした。

能力を得たら得たで、いろいろと面倒なことがあるらしい。

 

 

佐天「そっか。じゃあ、先に行ってて。後から合流するからさ」

 

初春「はい。では、お先に」

 

教師「よし。それじゃ、佐天はこっちだ」

 

佐天「はーい」

 

 

面倒くさいと思いつつも、一体何をするのかワクワクしながら先生の後に着いていった。

初春たちは、能力を獲得してすぐに一体何をしたのだろうか?

 

 

その30分後。

学校での用事を済ませ、いつものファミレスに入ると、いつもの3人が座っているのが見えた。

こっちに向かって手を振っているのが御坂さん。

その隣には当然のように白井さん。

そして、その向かい側に初春が座っている。

待たせてしまったみたいだから、少し急ごう。

 

 

佐天「お待たせしましたーっ」

 

初春「あ、佐天さん」

 

白井「早かったですわね」

 

佐天「はいっ! 簡単な書類と健康診断だけでしたから」

 

白井「健康診断? そんなのありましたっけ?」

 

御坂「能力によってはあるのよ。特に、覚えたては暴走しがちだから」

 

初春「そうなんですか?」

 

 

なんでも、自分の能力で生体バランスが崩れる人もいるそうだ。

レベルが低いうちは、能力を制御できない人も少なからずいるらしい。

それが健康に影響していないかどうかを調べるという訳だ。

ただ、そういった心配ない種類の能力もあるということ。

 

 

白井「それは知りませんでしたわね。ちなみに、どんな検診を?」

 

佐天「簡単な内診と血液検査だけでしたね」

 

初春「へえー」

 

御坂(でも、アレって普通1ヶ月とか経ってからじゃなかったっけ?)

 

 

どうやら、白井さんと初春はその類みたい。

何も言わない御坂さんは、健康診断を受けたのだろう。

電気とかいかにも体に影響ありそうだしね。

 

 

御坂「それで、佐天さんの能力ってなんだったの? 検診受けたってことは、」

 

初春「あれ? 白井さんは、御坂さんに教えてあげなかったんですか?」

 

白井「それが、お姉様ったら、昨日は夜遅くに帰ってらっしゃって……」

 

御坂「ははは……。ちょろーっとね」

 

 

それはちょっと気になる。

お嬢さま夜な夜な出歩き。

それって、つまり……

 

 

佐天「男ですか?」

 

御坂「ち、違うわよ!!」

 

初春「そ、そんなに大きな声を出さなくても……」

 

白井「どうだか? どうせ例の殿方と追いかけっこしていたに違いありませんの」

 

御坂「こほん。それで、佐天さんの能力ってなんだったの?」

 

白井(誤魔化しましたわね)

 

初春(誤魔化しましたね)

 

 

佐天「ふっふっふ。それはですね……『ベクトル』を操る能力ですーっ!!」

 

 

御坂「えっ?」

 

 

その瞬間。

ほんの一瞬だけ御坂さんの顔が曇ったような気がした。

その時点ではなぜそんな顔をしたのか理解することはできなかった。

しかし、その理由を私はのちに知ることになる。

 

 

白井「どうかしましたの、お姉様?」

 

佐天「ちょっと、顔色悪いですよ?」

 

御坂「な、なんでもない! 大丈夫だから」

 

佐天「?」

 

 

気のせいだったのかな?

私が能力持つことでネガティブな気持ちになるような人じゃないし……。

うん、気のせいってことにしておこう。

 

 

初春「あ、そうそう」

 

白井「なんですの?」

 

初春「昨日は知らなかったんですけど、佐天さんの能力って、第一位と同じらしいんですよ」

 

御坂「!!」

 

白井「あら、そうでしたの? どこかで聞いたことがある能力だと思ってはいたのですが、まさか第一位とは……」

 

御坂「…………」

 

 

そんなに気にすることじゃないと思うんだけどねえ。

まあ、学園都市で2人だけってなると騒ぎたくなるのも分かるけど。

でも、当事者ってなるとまたなんとも微妙な感じだ。

 

 

初春「しかも、同じ能力を持ってる人は、他にいないみたいなんですよ」

 

白井「ベクトルを操作できるとなれば、応用力も相当なものですし、制御が難しそうですわね」

 

佐天「そうなんですよねー。未だに、スプーン曲げくらいしかできなくって」

 

白井「お姉様? さきほどからお静かですけど、何かありましたの?」

 

御坂「え? あ、ううん。なんでもないわ」

 

佐天「そういえば、御坂さんはその第一位に会ったことあるんですか?」

 

御坂「―――ッ!!」

 

佐天「え?」ビクッ

 

 

またさっきの顔だ。

たださっきとは違って、すぐに取り繕うことができないらしい。

こんなに辛そうな顔をしている御坂さんを見るのは初めてな気がする。

 

 

初春「み、御坂さん?」

 

白井「お姉様?」

 

御坂「あ、ゴメン。一方通行には会ったことあるわよ。ただ、あんまりいい思い出はなくてね」

 

初春(どうやらこの話題は―――)

 

白井(―――地雷のようですわね)

 

佐天「そ、そうなんですかー。今、家族でも殺されたような顔してましたよー?」

 

 

空気を和ませようと軽い冗談を言ったつもりだった。

そう。

私にとっては。

 

 

御坂「まあ、似たようなものかな」

 

佐天「え?」

 

白井「お、お姉様?」

 

初春「そ、その……」ゴクリ

 

 

御坂「なーんて冗談よ。ゴメンね。驚かせちゃって」

 

 

佐天「はい?」

 

 

何を言っているのか分からなかった。

さっきまでの辛そうな顔がウソのように明るい顔をしている。

あれが演技?

だとすれば、いつの間にそんなに演技がうまくなったのだろうか?

 

 

初春「冗談?」

 

御坂「そ、冗談。大体、学園都市に両親はいないしね」

 

初春「な、なーんだ」ホッ

 

白井「お姉様もお人が悪いですわね」

 

佐天「びっくりさせないでくださいよー」

 

御坂「ゴメン、ゴメン。ちょーっと役に入り込んじゃったかなー。ははは」

 

 

緊張した空気がまるでなかったかのように弛緩した空気が戻ってきた。

御坂さんの雰囲気もいつもみたいに戻ってる。

やっぱりさっきのは演技だったのかもしれない。

 

 

御坂「でもまー、一方通行とか頭真っ白だし、すぐに健康診断してもおかしくはないか」

 

佐天「ええっ!? 白髪なんですか!?」

 

御坂「そうよー。ベクトル操作で紫外線とかも全部はじいちゃってるから、ホルモンバランスが崩れるんだってさ」

 

白井「あらまあ。それはまた羨ましい能力ですこと」

 

 

まあ、私にはそんなことできてないだろうから関係ないと思うけどね。

なんせスプーン曲げしかできないし。

 

 

初春「異常はなかったんですよね?」

 

佐天「ん? 内科の方はね。血液検査はさすがに時間かかるってさ」

 

白井「まあ、今のご様子ですと、特に心配はなさそうですわね」

 

御坂「そうみたいね」

 

 

自分でも特に異常は感じられない。

食欲もあるし、体がだるいという感じもしない。

むしろ、エネルギーが有り余っているくらいだ。

 

 

白井「それで、佐天さんは能力名は決めましたの?」

 

御坂「あ。そういえば、早い人はこの段階で能力名決めるんだっけ」

 

佐天「いえ、まだです。1回は簡単に変更できるけど、2回目以降は面倒な手続きが必要って聞きまして……」

 

初春「そうなんですよねー」

 

白井「ということは、書庫には『ベクトル操作』と載るんですの?」

 

佐天「らしいです」

 

 

いい名前が思いつかなかったってのもあるけどね。

かっこいい感じとか、かわいい感じの名前ってすぐには出てこないよね。

 

 

初春「御坂さんと白井さんはいつ決めたんですか?」

 

白井「私は『((空間転移|テレポート))』のままですの。特に思いつきませんでしたし」

 

御坂「私の『((超電磁砲|レールガン))』は2つ目ね。レベル5になったときに変えたの」

 

初春「そうだったんですかー」

 

 

なぜか1つ目のやつは言いたくないそうだ。

参考にしたかったのに。

でも、確かに必殺技みたいな名前はかっこいいかも。

 

 

佐天「ん? そうすると私の能力名は……」

 

初春「『((古典能力|スプーン曲げ))』ですかね?」

 

御坂「ぷっ……」

 

佐天「しょぼっ!!」

 

白井「ですわね……」

 

 

それなんていじめ?

そんな名前付けるくらいだったら『ベクトル操作』のままの方がいい。

ん?

あ、そうだ。

 

 

佐天「み、御坂さん! 第一位とお知り合いなんですよね!? なにか必殺技を使えるようなアドバイスはありませんかっ!?」

 

御坂「え、えっとねー」

 

白井(地雷原を気迫で乗り越えましたの……)

 

初春(あの剣幕では仕方ないかもしれません)

 

御坂「私からじゃ、自動迎撃くらいしか教えられないわよ?」

 

佐天「え? 自動迎撃ですか?」

 

御坂「佐天さんの能力の場合、反射を常に設定しておくってことかしら?」

 

 

なんだかすごそうだ。

でも、レベル1の私にできるのかな?

そもそも反射とかできないし。

 

 

白井「お姉様。それは、スプーン曲げからでは少しレベルが上がりすぎじゃありませんの?」

 

御坂「し、仕方ないじゃない! 制御方法が全然違うんだもん!」

 

初春「そうなんですか?」

 

御坂「た、確かに初期ヤムチャに、完全体セルと戦えっていうくらい無理かも」

 

佐天「私は初期ヤムチャですか……」

 

初春「スプーン曲げですからねえ……」

 

 

その初春の一言はなぜか私の胸に突き刺さった。

それはもうグサリと音を立てて。

 

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佐天「う……。朝……?」

 

 

翌日。

チュンチュンという雀の鳴き声で私は目を覚ました。

寝起きは最悪。

結局、昨日は、完全下校時刻になるまで大騒ぎし、見回りにきた((警備員|アンチスキル))に大目玉をくらってしまった。

もちろん、それが最悪の目覚めに繋がった訳ではない。

心に引っかかっていたのは―――

 

 

佐天「よりにもよって、スプーンを曲げるだけの仕事をする夢を見るとは……」

 

 

せっかく獲得した能力でそれしかできないという現実。

見ていた夢をあえて口にしてみたのだが、やはり意味不明だった。

単純作業の山で死ぬほどつまらなかったイメージしかない。

 

 

佐天「せめて、他のことができればなー……」

 

 

とそんなことを思わなくもない。

第一位と同じ能力らしいのに、なんでこんなにも不便なのだろうか?

これなら、レベルアッパーのとき使えた風操作の方が……、

 

 

佐天「って、あれもベクトル操作か」

 

 

1人に宿る能力は1つきり。

ということは、あの能力は風を使った能力ではなく、ベクトル操作ということになる。

 

 

佐天「よし」

 

 

何事も挑戦あるのみ。

 

 

佐天「手のひらの上で渦巻きを作るイメージで……」

 

 

レベルアッパーを使ったときのことを思い出して集中。

思い出すのは造作もない。何しろあのときのイメージは強烈に残っている。

何しろあれは、佐天涙子が生まれて初めて能力を使えた瞬間なのだ。

 

 

佐天「むむむ……」

 

 

しかし、5分、10分と挑戦してみるが、一向に風が発生する様子はない。

何か演算をミスしたのか?

それとも、レベルアッパーを使っていないから発動しないのだろうか?

 

 

佐天「ま、そんなもんか」

 

 

覚えたばかりの能力で、そこまで望むのも贅沢だろうという結論を下す。

中には、能力が発現してすぐにレベル4になったという天才もいるようだが、自分はどう考えても凡才だ。

でなければ、とっくに能力も発現していただろう。

 

 

佐天「でも、これでまた1つ前進」

 

 

まだ、使えないということが分かったのだ。

要するに、レベルアッパーを使ったときの自分にまだ届いていないだけ。

それなら、一歩ずつ前に進めばいい。

 

 

佐天「うんうん。私ってばプラス思考―――って、やばっ! もうこんな時間!?」

 

 

時計の刻んでいる時刻は7時45分。

今日も慌しい一日が始まる。

 

 

佐天「おっはよー。初春」

 

 

学校に到着すると、前の席には既に初春が座っていた。

まあ、当たり前か。

時間結構ギリギリだし。

 

 

初春「あ、佐天さん。今日は随分ギリギリの登校ですね」

 

佐天「まあね。昨日、初春に『スプーン曲げしかできないヤムチャ』って言われてすごく傷ついてさ」

 

初春「そ、そんなこと言ってませんよ!」

 

佐天「そうだったっけ?」

 

初春「あれは御坂さんが言ったんです!」

 

佐天「でも、庇ってくれなかったってことは、少しはそう思ってるんでしょー?」

 

初春「ううっ。それは……ですね……」

 

佐天「あははっ。ゴメン、ゴメン。ちょっと意地悪しすぎたかな?」

 

初春「酷いです。佐天さん」

 

 

酷いのはヤムチャの扱いだと思う。

ヤムチャだって頑張ってる。

 

 

佐天「でも、頑張ってる割には報われないキャラだよね」

 

初春「確かに……」

 

佐天「これ以上引っ張るのもあれだし、ここら辺で切り上げようか。もうすぐ授業始まるしさ」

 

初春「そうですね」

 

 

その話を聞いていたかのようなタイミングで担任が入ってきたので、初春は慌てて前を向いた。

今日も空は青い。

 

 

ホームルームが終わると、すぐに1時限目の授業が始まった。

科目は能力開発。

学園都市ならではの教科で、文字通り能力の理論を学ぶ訳だ。

その授業中に、1つ気づいたことがある。

 

 

教師「つまり、『((自分だけの現実|パーソナルリアリティ))』というものが、能力を使うにあたって重要で―――」

 

 

それは、能力を獲得しても、勉強というものは退屈だ、ということだった。

はっきり言って、自分の能力が発現したのは、知識というものによってではなく、レベルアッパーによる経験の方が大きかったように思える。

確かに、「ああ、これがそうなのか」という部分もある。

だけど、それは感覚的なもので、知識があるからできるというものでもないような気がした。

 

 

佐天(能力があれば、少しは面白くなるかと思ったんだけどなー……)

 

 

しかも、この教科は、各能力で共通である部分しか取り扱っていない。

つまり、なぜ能力は使えるのかといったことや、どうやって向上させるのが効率的かといったことを学ぶのだ。

それぞれの能力に合った能力開発を受ける訳ではないので、本当に意味があるのかどうかも怪しい。

 

 

教師「このころから、五感を封じるガンツフェルト実験が行われるようになり―――」

 

佐天(あー、もう退屈……)

 

 

理論ばっかり覚えても、能力は使えないんじゃないかなーと考えていたせいで、睡魔という敵と戦うことになってしまった。

 

 

初春「―――ん。佐天さん」

 

佐天「あ。初春。どうしたの?」

 

初春「どうしたの? じゃありません。もう次の授業に行かないと遅れますよ?」

 

 

どうやら、結果は惨敗。

手鏡を出して、おでこが赤くなっていないかを確かめる。

うん、大丈夫。問題なし!

 

 

佐天「次の授業ってなんだっけー?」

 

初春「体育ですよ、体育」

 

佐天「げっ。私どこだったか確認してないや……」

 

 

体育の授業も、外とは少し違った事情がある。

簡単に言えば、クラス分けが少々異なる。

男子、女子の区分ではなく、能力の似たもの同士が同じクラスに分類されるのだ。

そのため、1クラスでは人数が少なくなるので、学年単位、他の学校では学校全体で一斉に体育を行うこともあるらしい。

レベルの低い学校では、体育教師が多いのが普通で、高レベルの学校になると、一般教師が体育を受け持つところもあるそうだ。

うちの学校では、レベル0が大多数を占めるため、学年単位で行っているという訳。

 

 

初春「まったくもう! うちはクラス分けが少ないから、きっと特殊クラスですよ」

 

佐天「あ、そっか。ありがと、初春」

 

初春「いえいえ」

 

 

うちの能力者のクラス分けは、『((発火能力者|パイロキネシスト))』、『((発電能力者|エレクトロマスター))』、そして『特殊クラス』の3つ。

特殊クラスというのは、聞こえがいいが、つまりは『その他』ということのようだ。

能力に合った運動というものでもあるのだろうか?

 

 

佐天「だーっ。疲れたぁー」

 

 

結論。大差なし。

これもレベルの低い学校ゆえなのだが、それならクラスごとに体育をやれと思わなくもない。

あまり時間もないので、疲れた体にムチを打ち、次の授業の準備を始める。

 

 

佐天「次は、歴史か……」

 

初春「あの先生の授業は、眠くなっちゃうんですよねー」

 

佐天「妙にゆっくりしゃべるからねえ」

 

 

そんなことを話ているうちに、件の先生が教室に入ってきて、授業が始まる。

中学で世界史、日本史と区分されているところは少ない。

他に学ぶことが多いので、高校に行ってから本格的に学習するというカリキュラムが組まれることが多いのだ。

ちなみに、この教科で学ぶことは外と大差ない。

 

 

教師「えー。量子力学者であるシュレディンガーは……」

 

 

能力に関する歴史が多少含まれている点以外は。

もっとも、その辺は『能力開発』の授業と被っているところが多いため、どちらかを集中して覚えればいい点を取ることができる。

 

 

佐天(やらないと、どっちも酷いことになるけどね……)

 

 

と、佐天は苦笑しつつ、ノートをとっていく。

今のところ、この2つはほぼ同じくらいの進行速度なので、さきほど居眠りしてしまった能力開発をカバーしなければならない。

 

 

昼休み前の4限は、((記録術|かいはつ))の授業だった。

能力開発の科目が、理論中心であるのに対して、この記録術の授業は、どちらかというと実践的なものになる。

というよりは、実験的といった方が正しいか。

 

 

佐天「今日は、投薬? それとも、暗示?」

 

初春「えーと、投薬みたいですね」

 

佐天「ってことは、体育館か」

 

 

記録術というのは、投薬、暗示などによる『自分だけの現実』の開発を目的としている。

この科目は、レベル0にとっては苦痛以外のなにものでもない。

もちろん、成績的な意味で。

 

 

佐天「ところで、私たちに使われる薬って安全なのかな?」

 

初春「どうなんでしょう? あんまり気にしたことありませんけど」

 

 

注釈しておくと、この感覚は特別ずれている訳ではない。

実際に、投薬される側の生徒の意識はこの程度の認識であることがほとんどだ。

先生が安全と言っているから安全。

小さいときから学園都市にいる生徒ほど、これが当たり前だと思っている。

 

 

佐天「裏では、かなり危ない薬を使っているっていう都市伝説があるんだけどさー」

 

初春「佐天さんの持ってきた都市伝説の中では、一番リアリティがあって怖いですね……」

 

 

この教科の人気は意外と高い。

特に難しい知識を頭に入れる、肉体を酷使するといった訳ではないからである。

 

 

昼休みを挟んで、5、6限目は数学と英語だった。

この2つは、外の授業と同じであるため割愛。

学校は、6限目までなので、今日はこれでお終いだ。

 

 

佐天「んーっ。今日も学校終わりー」

 

初春「私はこれから風紀委員に行きますけど、佐天さんはどうします?」

 

佐天「どうしようかなー……」

 

 

初春の方から誘ってくるというのは珍しい。

いつもは、佐天の方から勝手にお邪魔している。

今日は特に用事がある訳でもないし、家に帰っても暇なだけだろう。

 

 

佐天「それじゃ、今日も顔出そうかなー」

 

初春「わー、助かります」

 

佐天「え?」

 

 

助かります?

なんだろう嫌な予感がする。

直感的に、佐天は初春のニコニコ笑顔から危険信号を感じた。

それも、今日は支部に立ち寄ってはいけないというレベルの。

 

 

初春「実は、手伝って欲しい書類が山ほど―――」

 

 

部外者に手伝わせるくらいなんだから、相当やばい。

初春が全てを言い終える前に、佐天は教室をダッシュで離脱した。

 

 

佐天は、自室に帰り着くと、ふぅとため息をついた。

初春から逃げ切れたという安堵感からではない。

 

 

佐天「結局、何が変わったんだろ」

 

 

ついに、憧れの能力を獲得したものの、変わったことといえば、体育のクラス分け程度。

喜んでくれる友達もいるし、能力自体に文句がある訳でもない。

ただ、能力があれば何か変わると思っていたのに、結局、何も変わらなかったという現実が待っていただけ。

 

 

佐天「もっと勉強しなくちゃダメなのかなー?」

 

 

そんなことを言いながらベットに倒れこむ。

凡人ゆえに一歩ずつ進まなければならないということは分かっていたけれど、次のステップまでは遥かに遠い。

まるで、先が見えない。

 

 

佐天「能力がないときは、能力があれば十分って思ってたけど、能力が手に入ってからは、それだけじゃ満足できないなんてね」

 

 

持っていないから欲しくなる。

手に入れたら、もっと上を。

あ、これって、能力だけじゃないのかも。

 

 

佐天「確かにあんまり変化はないけど、それでも前に進んでるよね」

 

 

確実に前へ進んでいるなら、それでいっか、といつもの結論にたどり着いたところで、お腹がぐーと鳴った。

いつの間にか外は真っ暗な夕闇に包まれている。

 

 

佐天「よーし! 今日ははりきって料理しよっか!」

 

 

テンションをあげつつ、ベットから跳ね起きて、まずは冷蔵庫を確認することにした。

ゆっくりでも、そんなに大きく変わらなくても、毎日が楽しければそれでいい。

それが佐天涙子の日常なのだから。

 

-3ページ-

 

 

 

 

 

 

―――しかし、このとき既に私の日常が急激に変化しつつあることを、このときの私はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

-4ページ-

数日後 放課後

佐天「退屈な授業はどうにかならないものかねー……」

 

初春「それを私に言われても……」

 

佐天「ま、そうなんだけどさー」

 

初春「それにしても、佐天さんはちょっと居眠りが多すぎるんじゃないですか?」

 

佐天「あははは。それを言われると苦しいかも」

 

初春「能力者になったんですからしっかりしてくださいよね!」

 

佐天「あ。そういえば、今日は風紀委員はあるの?」

 

初春「はい。残念ながら。ここのところは妙に忙しいんですよね」

 

佐天「何々? なにかまた大きい事件?」

 

初春「そういう訳じゃないんです。ただ、白井さんが書類をサボっているのが溜まってしまって……」

 

佐天「それって、元々初春の書類だったりしないよね?」

 

初春「ノーコメントです」

 

佐天(やっぱりか……)

 

佐天「ここ最近、いつもの公園にたいやき屋が来てるらしいからどうかなーと思ってさ」

 

初春「たいやき屋さんですか?」

 

佐天「うん。あのクレープ屋の隣に来てるんだってさ。ライバル出現だねー」

 

初春「たいやきですかー。いいですねえ」

 

佐天「まあ、風紀委員の仕事じゃ仕方ないし、御坂さん誘って行ってみようかなー」チラチラ

 

初春「ううっ」

 

佐天(もう一押しかな? 今日は粘るね〜)

 

初春「さ、さすがに今日サボったら、白井さんに何されるか分からないので、行けないですっ!!」

 

佐天「あらら」

 

初春「ううう……。ですので、明日にでも感想を聞かせてください」

 

佐天「わ、分かったから、そんな泣きそうな目で見ないでよ!」

 

初春「ところで佐天さんは、たいやきの中身は何派ですか?」

 

佐天「えーっと、やっぱりオーソドックスに餡子かな」

 

初春「ですよね! キワモノの感想とかいらないんで、餡子のたいやきの感想をお願いしますっ!」

 

佐天「あー、はいはい。それじゃまた明日ねー」

 

初春「絶対ですよー?」

 

佐天「覚えてたらね」

 

初春「絶対ですよ!!」

 

佐天(それじゃ、御坂さんに連絡しますか)

 

 

佐天は、御坂に連絡を入れると、オッケーとの返事が返ってきたので、公園でのんびりと待つことにした。

今日は天気も良く、肌寒くなり始める季節というのが嘘と思えるほどの陽気で、公園にもちらほらと散歩をしている人がいる。

 

 

御坂「ごめーん。お待たせー」

 

 

ぼーっとしていると、待ったというほどの時間も経っていない内に、待ち人が到着する。

常盤台中学のレベル5、御坂美琴。

自分とは違って、こういう人のことを天才というのだろう。

 

 

御坂「どうかした?」

 

佐天「あ、いえ。ちょっと考え事を」

 

御坂「ふーん?」

 

 

できれば、何を考えていたか触れないで欲しい。

自分が凡人だということは分かっているつもりだが、それを彼女が聞いたら、自分も凡人だと言い出しそうだ。

彼女の口から、直接そんなことを言われたら、ちょっと悲しくなる。いろいろな意味で。

だから、聞かないで欲しい。

 

 

御坂「そっか。じゃ、行こっ!」

 

佐天「はい」

 

 

結局、その思いが通じたのかどうか、彼女はそれ以上の追求をしてはこなかった。

 

そうそう。

今日の目的はたいやき屋。

初春に感想を聞かせることになってるから、うーんと悔しがらせてあげなくちゃいけないんだ。

 

 

佐天「悪くないですねー」

 

御坂「んー。こっちのイチゴ味は失敗かも」

 

 

2人はベンチでたいやきを食べながら談笑していた。

佐天は、初春から強く言われていた餡子。

一方の御坂は、チャレンジ精神あふれるイチゴジャムを選択。

組み合わせ的には悪くなかったのだが、何故か真ん中に餡子も入っていたのが失敗の原因だった。

 

 

御坂「これなら、餡子はいらないと思うんだけど」

 

佐天「あははっ、完璧な蛇足ですねー」

 

 

自炊をしている佐天にも経験がある。

何を作ったとは言わないが、キムチと天ぷらの相性は最悪だということはお伝えしておこう。

 

 

御坂「そういえば、あれから能力の方はどう? スプーン曲げ以外にも何かできるようになった?」

 

佐天「あー、それですかー」

 

 

話が途切れたところで、その話題を持ち出される。

能力を獲得してから、そろそろ1週間になるだろうか。

あれからも、少しは勉強や練習をしたのだが、一向に風は発生する気配がなく、ただ手のひらと睨めっこしているだけという結果になってしまっている。

 

 

御坂「でも、レベルアッパー使ったときはできてたんでしょ?」

 

佐天「そうなんですよねー」

 

 

何が悪いのか見当も付かない。

ほんのちょっとでも風が生まれれば、大喜びなのに。

 

 

御坂「どんな感じで練習してたか教えてくれる? 何かヒントがあるかもしれないし」

 

佐天「ええと……」

 

 

たしか、手のひらで渦を作るイメージで……。

あとは、レベルアッパーのときのことを思い出してたかな?

 

 

御坂「それなら、少しくらいは操作できてもおかしくないはずなんだけど……」

 

佐天「ん? あ、そっか」

 

御坂「何か分かった?」

 

 

風を生み出すイメージじゃなくて、操作するイメージなんだ。

だから、閉め切った部屋の中じゃ、風がなくてできなかったんだ。

 

 

佐天「それなら今なら……」

 

 

今日は天気が良く、風も少ない。

だが、まったく風がない訳ではない。

手のひらを上に向け、集中する。

風を操作するイメージ。風を操作するイメージ。

 

 

御坂「あっ!」

 

佐天「え?」

 

 

一体何が起こったのか、すぐには分からなかった。

だが、目の前では、風が旋回をするように渦巻いている。

うちわにも劣る勢いではあるのだが。

ちょっとしたことに気づいただけで、こんな簡単にできるなんて。

 

 

佐天「やった! やりましたよ、御坂さん!」

 

御坂「ちょ。落ち着いて、佐天さん」

 

 

ついつい、嬉しさのあまり、隣に座っていた彼女に熱烈なハグをしてしまう。

そのせいで、発生していた風の渦はあっけなく消え去ってしまったのだが、そんなことは些細なことだ。

さっきできたのなら、きっと今だってできる。

そう確信することができる。

 

 

御坂「そういうことの積み重ねが、能力の向上に繋がるのよ」

 

 

少し時間を置いて、冷静になった佐天に、御坂がそう告げる。

1回できれば、それだけ『自分だけの現実』が強固なものになっていくらしい。

 

 

御坂「試しに、また風を操作してみて」

 

佐天「え、えーっと」

 

 

手のひらの上で風を操作するイメージ……。

ん。よし、できた。

そよそよと、心地よい風が、手のひらの上で渦巻いている。

たしかに、さきほどよりも簡単に、風の渦を作ることができたような気がする。

 

 

御坂「『((自分だけの現実|パーソナルリアリティ))』っていうのは、簡単に言えば思い込みなのよ。そう単純に成功しないようなことだと、なかなか確立は難しいんだけどね」

 

佐天「分かったような、分からないような……」

 

 

イマイチ、イメージが掴みにくい。

抽象的な説明だからだろうか?

 

 

御坂「例えば、時計を見ながら、今何時かを答えることはできるわよね?」

 

佐天「はい? それは当たり前じゃないですか?」

 

 

彼女が言いたいことが良く分からない。

それと『自分だけの現実』と何が関係しているのだろう。

 

 

御坂「じゃあ、時計を見ないで今何時か答えられる?」

 

佐天「え? それはちょっと厳しいですね」

 

御坂「そういうこと」

 

佐天「?」

 

御坂「適当に答えれば、時間は当たるかもしれない。けど、その次も正確に答えられる可能性は低い」

 

佐天「はあ……」

 

御坂「能力も同じで、時間を答えるのに成功したとき、それを当然と受け止めるか、偶然と受け止めるかの違いなのよ」

 

 

つまり、それを当然と受け止められれば、次も時間を当てられる。

 

そう、事実を歪めて。

 

その歪みが能力に該当し、成功するのが当然と受け止める気持ちが『自分だけの現実』になるそうだ。

 

 

佐天「じゃあ、さっきのは、私が風を操作するのが当然だと思っていたから成功したってことですか?」

 

御坂「そう。さっきのだけじゃなくて、能力っていうのはそういうものなの」

 

 

能力とは、現実を侵食する力。

なかったことをあるようにしたり、あったことをなかったことにしたりと。

 

 

佐天「そうだったんですか。そんなことすら知りませんでしたよ」

 

御坂「本当はこういうことを授業でやるはずなんだけどね」

 

佐天「似たようなことは聞いたかもですけど、難しくて理解できなかったんででしょうねえ」

 

 

シュレディンガーがどうのこうのと教える前に、こんな風に分かりやすく教えてくれればいいのに。

理屈よりも分かりやすさ重視で、というのは学問の街としてはダメなのだろう。

学者先生たちは、小難しい言葉が好きだし。

 

 

御坂「でも、そこに気づけたなら、今までよりも能力開発は楽になるわよ、きっと」

 

佐天「なんだかそんな気がしてきました」

 

 

根拠なんてないけれど、そんな気がしてくる。

あ、これも『((自分だけの現実|パーソナルリアリティ))』なのかな?

 

 

御坂「そうやって、ちょっとずつ『自分だけの現実』を確立していくことで、確実にレベルアップしていくのよ」

 

佐天「な、なるほど」

 

 

しかし、彼女はレベル1からレベル5になったという話だが、どれだけ努力すれば、その領域にまで達することができるのだろう?

今までも、相当の努力をしていたらしいということは知っていたが、実際に能力を得てみると、その凄さがひしひしと感じられる。

 

 

佐天「やっぱり、御坂さんはすごいですね」

 

御坂「そうかな?」

 

 

やっぱり、御坂さんはこんな反応。

でも、また分かったことが1つ。

1人で行き詰ったら、他の人の力を借りよう。

そうすれば、少しだけかもしれないけれど、先が見えてくるはずだ。

 

 

佐天「それじゃ、またやってみますね」

 

御坂「そうそう。その調子」

 

 

今日は大きな前進。

たいやきを包んでいた紙くずを、手のひらの上で飛ばして遊ぶ。

これだけでも、私にしてみれば、人類が初めて月に立ったというレベルの出来事だ。

 

 

御坂「なかなかいい感じなんじゃない?」

 

佐天「そうですか?」

 

 

そういえば、風の強さも、ほんのわずかだが強くなっている気がする。

 

 

御坂「佐天さんの場合はベクトルの操作だから、どこからどこまでの風のベクトルを操作するかによって強さも違ってくるのよ」

 

佐天「はい?」

 

御坂「つまり、操作範囲の指定ね。始点と終点を意識するといいかも」

 

 

急に難しいことを注文してくれる。

範囲の指定って言われても、今だって特に意識していないのに……。

 

 

佐天「え、ええっと……」

 

 

四苦八苦しながら、範囲の指定のコツを掴もうといろいろ努力はしてみた。

が、すぐに能力が打ち止めになってしまったので、続きはまた今度、と言い残して今日は解散することにした。

 

 

時間戻って、2人が解散する少し前。

佐天が紙くずを飛ばして遊んでいるころ、そんな2人を遠くから眺めている男がいた。

電磁レーダーの外に位置していたため、御坂が気が付かなかったもの仕方ない。

2人を眺めている男に、たいやきを持って近づいてきた女が話し掛ける。

 

 

???「どうしたの? また、好みの小さい女の子でも見つけた? あひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 

その顔から出たとは思えないような下品な笑い声。

目の前の男を挑発しているようにしか聞こえない。

だが、男の方は、大して気にした様子も見せずに、2人を眺め続けていた。

そのうち、男は首筋に手を当てると、舌打ちをして、何かを確信したようにボソリとつぶやく。

 

 

???「あの女……」

 

 

その白髪の男の真っ赤な瞳は、確実に佐天涙子の方を見据えていた。

 

-5ページ-

ピピピピ。

クリアな目覚ましの音が聞こえてくる。

 

 

一方「ふァ……」

 

 

((一方通行|アクセラレータ))の朝は早い。

同居人が起きる前に、朝食の準備を済ませ、彼女らを起こしに行くのが彼の日課だ。

特に、居候先の黄泉川愛穂は高校の体育教師をしているため、朝7時30分までに出勤しなければならない。

なので、彼が起床する時間は、朝6時という時間になる。

もともと朝食は当番制だったのだが、「1人で朝食を取りたい」と言ったら、「じゃあ、お前が作れ」と言われた次第である。

 

 

一方「眠ィ……」

 

 

寝ぼけ眼を擦りながら起床すると、まず洗面台に直行し、顔を洗う。

これによって、意識を覚醒させ、準備に取り掛かるのが彼の習慣だった。

 

 

一方(今日の朝飯はどォすっかな……)

 

 

洗面所から、キッチンへと移動する。

すると、一番最初に目に飛び込んでくるのは、何台もの炊飯器だ。

これが、1人で朝食を取りたいと言った元凶である。

朝、昼、晩と1日3食ご飯では飽きても仕方ない。

というか、ご飯とコーヒーは合わなかった。

 

 

一方(学校の給食ってのは、米と牛乳らしいからな。それを考えりゃまだマシなのかねェ?)

 

 

そんなことを考えながら、一方通行は、パンをオーブンに突っ込み、フライパンに卵を落とした。

 

 

朝食が済むと、ちょうどタイマーをかけていた炊飯器が音を鳴らす。

このとき、きっかり6時30分。

自分と同じパンではなく、わざわざご飯を用意するのだが、同居人たちはなぜか喜んで食べる。飽きないのだろうか?

そして、おかずとして用意したのは、納豆と味噌汁。

納豆は、番外個体がすごく嫌な顔をするので、最近は朝ごはんの定番になってきている。

また、味噌汁がインスタントではなく、きちんとミソを溶いて作っているという辺り、本当に朝食を作るのを嫌がっているのかイマイチ判断に困るところである。

 

 

一方(よし。こンなもンか)

 

 

3人分の朝食の準備が整うと、同居人を起こしに行くことにする。

まずは、黄泉川。

彼女はとにかく寝起きが悪い。

1人で暮らしていたときは、どうやって起きていたのか分からないというレベルである。

 

 

一方「オイ。黄泉川、起きろ」

 

 

被っている布団を引っぺがす。

黄泉川は下着で寝ることが多いのだが、今日もその例に違わない格好をしていた。

だが、一方通行はイチイチ反応などしない。

 

 

一方「起きろっつってンだろ」

 

 

電極のスイッチを一瞬入れて、ベットを蹴り、布団から黄泉川をはじき飛ばすと、次の部屋に向かう。

 

 

黄泉川「うおおああああああっ!!?」

 

 

床に落ちる瞬間、妙な叫び声がするのもいつも通り。

 

 

同居人を起こすといっても、実際に起こすのは黄泉川だけのことがほとんどだ。

 

 

打ち止め「おはよー、ってミサカはミサカは夢うつつの状態で挨拶してみるー」

 

((番外個体|ミサカワースト))「ううう……。やっぱり朝は苦手……」

 

 

この2人は、黄泉川と似たような起こし方をしたら、次の日から自分たちで起きてくるようになった。

部屋に目覚まし時計も置いていないので、黄泉川の叫び声が目覚まし代わりになっているのだろう。手間がかからず助かる。

同居人は4人なのだが、最後の1人は起こさない。

芳川は、ベットから蹴り落としても起きないという猛者なのだ。

勝手に起きてくるので、それまでは放っておくというのが、この家でのルールとなっていた。

 

 

打ち止め「今日の朝ごはんは何? ってミサカはミサカは尋ねてみる」

 

一方「納豆」

 

番外個体「げっ」

 

 

またかよ、という顔で、一方通行を睨む番外個体。

その視線を軽く流し、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出す。

大体そのころには、身支度を整えた黄泉川が朝食の席に着いている。

身支度といっても、ジャージを着ただけで、化粧などといったことは一切しない。

オマケに、朝食を食べたらそのまま学校に直行である。

本当に色気がない。

 

 

打ち止め「いただきまーす」

 

黄泉川「いただくじゃん」

 

番外個体「いただきます」

 

 

味噌汁などをよそってやり、彼女らが食事を始めると、一方通行はテレビの電源を入れ、適当にチャンネルを回す。

近頃の事件や事故などを取り上げていたが、特に気になるようなニュースはやっていなかった。

実に平和なものだ。

 

 

7時に黄泉川が家を出ると、一方通行がやることは2つ。

洗濯と掃除。

学園都市最高の頭脳の無駄遣いもいい所である。

 

 

一方「暇だなァ……」

 

 

5人分の洗濯をして、家の中を徹底的に掃除する。

かなりの分量があるにも関わらず、一通りのことを済ませるのに30分もかからなくなった。

元々は、3〜4時間かけてやっていたのだが、家事を効率化させすぎて暇を持て余してしまう結果となっていた。

ちなみに、打ち止めと番外個体は一切手伝わない。

何をしているか詳しくは知らなかったが、世界中の妹達とコンタクトを取っているのだろう。

話相手には事欠かない2人なのだ。

 

 

一方「どォしたもンかねェ……」

 

 

持て余している暇を有意義に使うため、外に仕事に出るというのも1つの手ではある。

だが、アレイスターがいる限り、いつ自分や同居人たちが襲撃を受けるか分からない。

そのような事情があるため、長い時間家を離れる訳にはいかないのだ。

つまり、そんな彼にできることといえば、

 

 

一方「寝るか……」

 

 

睡眠である。

昼夜問わず襲撃の可能性があるので、小まめに睡眠を取ることは理に適っていた。

昼飯を作るのも一方通行なので、腹が減れば同居人の誰が起こしてくる。

 

時刻は午前8時。

芳川はまだ起きてこない。

 

 

黄泉川「たっだいまー」

 

打ち止め「おかえりー、ってミサカはミサカは元気いっぱいにヨミカワを出迎えてみるー!」

 

 

昼食も終わり、午後3時になると、黄泉川が帰宅してきた。

学校で授業が終わると、このように一度帰宅し、警備員としての仕事に出発する。

 

 

番外個体「せんせーは頑張るねぇ」

 

一方「まったくだな」

 

 

ソファーに寝そべったまま、まるで他人事のように対応する一方通行と番外個体。

番外個体は、ロシアから帰ってきてからの数日間。

一方通行は、それ以前にもここに来たことはあったが、9月30日の事件に巻き込まれたせいで、ほとんど番外個体と同じくらいしか滞在していないはずだ。

平和が合わないだ、なんだと言っているにも関わらず、ここ数日で慣れすぎである。

 

 

黄泉川「そこで暇そうにしてるお二人さん」

 

一方「あァ?」

 

番外個体「ミサカも?」

 

黄泉川「反応したってことは、実際に2人とも暇なんだろ? ちょっと買い物をしてきて欲しいじゃんよ」

 

 

つまらない手に引っかかった2人をニヤリと見つめる黄泉川。

だが、一方通行にしてみれば、外に出るのも悪くない。

 

 

一方「別に構わねェよ」

 

 

ひょっとしたら、またくだらない連中が外をうろついている可能性もある。

そういった連中がいないならば、今のところは心配する必要はないということだ。

 

 

杖をついて外に出ると、キョロキョロと辺りを見回す。

特に不審な影は見当たらない。

 

 

一方「どォ思う?」

 

番外個体「うん。また、ご飯にかけるものばっかりだね」

 

 

番外個体は、黄泉川から受け取ったメモを見ながら、ぶつぶつ文句を言う。

真剣に言っているのか、茶化しているのか微妙に分かりにくい。

そんな番外個体を、一方通行がギロリと睨む。

 

 

番外個体「おー、怖い。冗談だって。そう怒らないでよ」

 

一方「なら、さっさとオマエの意見を聞かせろ」

 

番外個体「様子見なんじゃない? 準備が整うまでは何もしてこないと思うよ」

 

 

ケロッとした様子でそんなことを口にする番外個体。

この場合の準備というのが何を指すのかは、まだ分からない。

一方通行の殺害。

あるいは、打ち止めの拉致。

はたまた、別の策略か。

どちらにしろ、自分か打ち止めがその中心にいることに変わりはないだろう。

 

 

一方「チッ。受身ってのは、性に合わねェンだけどなァ……」

 

番外個体「けけけ。おモテになることで」

 

 

番外個体もそんな策略で送り込まれた1人だったはずだが、もはや記憶の彼方のようである。

どちらにしろ、そこそこの警戒をしつつ、相手の出方を見るくらいしかすることはなさそうだ。

そんな訳で、他にすることもないので、2人は黄泉川に頼まれた買い物を済ませることにした。

 

番外個体「慣れないねえ」

 

 

買い物を終え、店を出ると、番外個体がそうつぶやく。

相変わらず、スーパーには間の抜けたポップソングが流れ、平和が当たり前だと思っている学生たちで溢れていた。

店を出た今でも、そのポップソングが耳から離れない。

暗示でもかけられたような気分になったのか、番外個体は顔をしかめている。

 

 

番外個体「脳から消えにくい音程、リズムでも研究してるのかな?」

 

一方「知らねェよ」

 

番外個体「こんなんでミサカたちが日常に溶け込むことなんてできるのかねえ?」

 

 

この場合の“たち”とは、番外個体と一方通行のことだろう。

店の中で、一方通行は明らかに避けられていた。

多少、丸くなったとは言え、殺気を放ちすぎなのである。

 

 

一方「そォも言ってらンねェだろ」

 

番外個体「そうだけどさー」

 

 

ブツブツと文句を言う番外個体だったが、公園に差し掛かったところでふと足が止まった。

番外個体の視線の先をたどると、そこにはワンボックスカーを改造したようなクレープ屋とたいやき屋の屋台が営業している。

視線は、そこに釘付けだった。

 

 

一方「太るぞ」

 

番外個体「た、食べたいなんて言ってないし!」

 

 

しかし、目線は反らせないでいる番外個体。

一方通行は、ハァとため息をつくと、公園の中に足を踏み入れることにした。

 

 

一方「好きなもン買って来いよ」

 

 

そう言うと、適当なベンチを探し腰を下ろす。

今回の買い物で、生ものは含まれていたなったので、少しくらいゆっくり帰っても問題ないだろう。

 

 

番外個体「別に食べたいなんて言ってないじゃん」

 

一方「なら帰るぞ」

 

番外個体「あー。でも、せっかくだし、少しくらい食べていってもいいかなー」

 

 

結局、見栄よりも、食べたいという欲求が勝ったようだ。

というより、屋台を発見した時点で、すでに決着は付いていたような気もする。

実に素直じゃない。

「あなたも食べるでしょ?」という提案を、一方通行が丁重にお断りすると、番外個体は屋台に向かっていった。

 

 

一方「そォいや、あいつ1人で買い物なンて大丈夫か?」

 

 

先日、スーパーで商品を盗むだとか、食中毒のフリをするだとか言っていたことを思い出す。

サイフは持っているはずなので、大丈夫だとは思うが……。

ある意味、打ち止めが初めておつかいをするより危険だ、ということに気づいた一方通行の背筋に冷たいものが走る。

 

 

一方「そンときはそンときか……」

 

 

万が一の場合は、番外個体を埋めることにしようと決めたところで、あることに気づいた。

顔見知りの人物が少し離れたところにいたのだ。

妹達のオリジナル、御坂美琴である。

なぜ一目で分かったのかというと、友人らしき人物と一緒にいたからだ。

妹達と一般人が仲良くおしゃべりしているというのは考えにくい。

幸いこちらにはまだ気づいていないようである。

 

 

一方「なンでこンなところに……、ってそりゃ俺の方か」

 

 

番外個体が帰ってきたら、一刻も早く公園を去るのがベストだろう。

鉢合わせでもしてしまったら、何を言われるか分かったものではない。

彼女たちは何やら話をしているらしかった。

とても聞こえるような距離ではないので、何を話しているかまでは分からなかったが。

 

 

一方「アイツに友達なンていたンだなァ……」

 

 

失礼なことを言っているように思えるが、意外と笑えないのが現実だ。

レベル5という怪物は、どうしても周囲から浮きがちになってしまう。

だから、自分を慕うものや部下のようなものはできても、友人ができるケースはそう多くはない。

例えば、一方通行とか。

その点、御坂美琴は、他のレベル5と比べて人付き合いがうまいのだろう。

その友人らしき人物が、彼女と違う制服を着ている点からもそのことが窺える。

包み紙を飛ばして遊んでいるところを見ると、その友人は風力使いなのだろうか?

 

 

一方(あ? ……いや、そンな訳)

 

 

わずかに空気の流れが風力使いのそれとは違っている気がする。

気のせいか?

 

 

番外個体「どうしたの? また、好みの小さい女の子でも見つけた? あひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 

と、そこに番外個体がたいやきを持って帰ってきた。

だが、今はそんなことより確認しなければならないことがある。

 

首に付けられたチョーカーの電源をONにする。

たったそれだけで、そこにいた色白の男は、学園都市最強の超能力者の姿に変化する。

いや、変化するというより、力を取り戻すといった方が正しい。

その莫大な演算能力で、一方通行は、目の前の事象を瞬時に理解する。

 

風力使いの能力は、風を生み出すことである。

電気や炎を使う能力者と同じで、何もないところから風を作り出す。

しかし、あの女は、自分の周囲の風を取り込んで風の渦を発生させていた。

いや、それだけならまだ風力使いの可能性はある。

低レベルの能力者なら、自力で演算できない部分を、元からある物で代理することも珍しくないからだ。

だが、彼女は『全く』風を生み出していない。

つまり、あの女は風力使いではないということになる。

何かの余波で風が発生しているということでもなさそうだ。

 

自力では風を発生はせないにも関わらず、風を操る能力。

一方通行には、そんなことを可能にする能力に1つしか心当たりがなかった。

 

『ベクトル操作』

 

つまり、自分と同じ能力。

 

 

一方「あの女……」

 

 

だが、まだ確信はできない。

もしかしたら、新種の能力である可能性もあるし、風しかベクトル操作できない能力者の可能性もある。

番外個体が何やら話しかけてきているが、一方通行は全て無視し、ポケットから携帯を取り出す。

ダイヤル先は黄泉川愛穂だ。

 

 

黄泉川『もしもし? そっちから電話かけてくるなんて珍しいじゃん』

 

一方「急ぎの用件だ。調べてもらいたいことがある」

 

黄泉川『言ってみるじゃん』

 

 

緊急性を察知したのか、黄泉川の声色が真剣なものになる。

これならば、説得する手間も省ける。

 

 

一方「俺と同じベクトルを操作する能力者が、最近登録さてれないかどうかだ」

 

黄泉川「少し待ってな」

 

 

『最近』と付け加えたのは、絶対能力進化実験の際に、同じ能力者はいないと聞いたことがあったからだ。

もっとも、同じ能力者がいても、演算能力の差は歴然としていただろうが。

 

 

黄泉川「お待たせ」

 

一方「で、どォだ?」

 

黄泉川「該当が1件。数日前に登録されたばかりじゃん」

 

 

やはり。

これで、あの女が同じ能力を持っていることは確定だろう。

 

 

一方「名前は?」

 

黄泉川「柵川中学1年、佐天涙子って子じゃん」

 

一方「分かった。後はこっちで何とかする」

 

 

そう言って、通話を切る。

さて、これからどうしたものか……。

今は、超電磁砲も付いていることだし安全だろう。

手を打つなら早い方がいい。

 

 

一方「番外個体」

 

番外個体「何さ。今の今までずーっと放置してたクセにー」

 

一方「オマエは先にこれ持って家に帰ってろ。俺はやることができた」

 

番外個体「えっ!? ちょ、待っ―――」

 

 

番外個体が文句を垂れる前に、足元のベクトルを操作し、道路の方へと飛び出す。

既にこれからどうするかは決めている。

とりあえず、あの((統括理事|お人よし))のところに行くために、タクシーを捕まえることにしよう。

 

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佐天「―――ッ!!」

 

 

その朝、佐天は飛び起きるように目を覚ました。

悪夢にうなされていたという訳ではなく、妙な胸騒ぎに駆られたと言えばいいのだろうか?

言葉ではなんとも表現しにくい。

 

 

佐天(うわー。なんか嫌な感じー……)

 

 

寝汗でパジャマが張り付いて、気持ちが悪い。

もしかしたら、やはり悪夢を見ていたのかもしれない。

 

 

佐天「昨日なんかあったっけ?」

 

 

昨日は、御坂美琴と共に公園に行って、たいやきを食べた。

あとは、風を操作できて、大はしゃぎしていたくらいだ。

悪いことが起こったという記憶はない。

 

 

佐天「悪夢どころか、いい夢見てもいいと思うんだけどなー……」

 

 

時計を見ると、午前6時。

起きるには少し早いくらいの時間だが、とても2度寝などできそうにない。

 

 

佐天「ま、登校前にシャワーを浴びるにはちょうどいいか」

 

 

早く起きなかったら、汗臭いまま学校に行くところだったよね。

と、そんな風に、持ち前のプラス思考で頭を切り替える。

少しゆっくりシャワーを浴びようと、パジャマを洗濯籠に投入し、バスルームへと入っていった。

 

 

汗を流し終わると、時刻は7時をまわっていた。

いつも起きるのがこのくらいの時間なので、ここから普通に支度すれば遅刻することはない。

部屋のカーテンを開け放つと、今日はどんよりとした天気だった。

 

 

佐天「雨とか降らないよね?」

 

 

傘を持っていった方がいいだろうか?

テレビをつけ、天気予報を確認する。

……うん。特に雨の心配はないみたい。

ただ、ここ最近の天気予報は、以前ほどあてにならないので、用心のため一応持って行くことにしよう。

 

朝食を取り、軽く髪を整えると、身支度は完了。

制服は、シャワーからあがったときに既に着替えている。

今日使う教科書の準備も大丈夫。

 

 

佐天「よし。完璧!」

 

 

時間は7時30分。

そろそろ家を出る頃合いだ。

 

 

佐天「いってきまーす」

 

 

別に同居人はいないけど、家を出るときに挨拶をするのは習慣。

自分の中のギアを一段階あげる儀式みたいなもの。

明るく元気に楽しくが、私のモットー。

そうだ。昨日使えるようになった風操作で、どう初春にイタズラをするか考えながら行くとしますか!

 

そんな風にして、今日も1日が始まる。

大きな変化もなく、ゆっくりとした前進を続ける1日が。

つまり、佐天涙子の日常だ。

 

 

佐天「ういはぁるぅ―――!!」

 

初春「きゃあああああああっ!?」

 

 

学校に着いて、初春を補足した瞬間、登校中に考えたイタズラを実行した。

出会い頭のスカートめくり。

やはりこれしか思いつかなかった。

とはいえ、これ以上有意義な能力の使い方もない。

 

 

初春「酷いです、佐天さん」

 

佐天「あはは。ゴメンねー、初春」

 

 

しかし、成果はイマイチ。

チラッと青と白のストライプの縞パンが見えたくらいだった。

これなら、手でやった方がマシだったかもしれない。

 

 

初春「せっかく、能力が使えるようになったのに、スカートめくりに使わないでくださいよ!」

 

佐天「でもさー。この能力を極めれば、距離が離れててもスカートめくりができる訳じゃん?」

 

初春「じょ、冗談ですよね?」

 

 

あまりの恐怖の言葉に、初春の顔が思わず引きつる。

一方の佐天は、曖昧に言葉を濁すが、ニコニコ笑顔を絶やさない。

きっと半分以上本気なのだろう。

 

 

初春「そ、そういえば、昨日のたいやき屋さんはどうだったんですか?」

 

 

これ以上話を続けるのは危険だと判断した初春は、話題を変えることにしたようだ。

「まあまあだったかなー」と、いかにも特別な何かがあったような返答をする。

そんな風に、HRの始まる時間まで、他愛もない会話を続けたのだった。

 

 

そんな平穏な日常に変化があったのは放課後だった。

 

 

教師「佐天涙子は残るように」

 

佐天「え?」

 

 

学校が終わった後のHRで、担任が佐天に居残りを命じたのである。

先日の登録と検査の際にも似たようなことを言われたが、まだ何かすることがあるのだろうか?

 

 

初春「何かしたんですか?」

 

 

初春の反応を見ると、そういうことではなさそうだ。

ということは、何か叱られるようなことをしてしまったか?

いや、特に憶えはない。

 

 

佐天「さぁ? 心当たりはないんだけど」

 

 

強いて言えば、初春のスカートをめくったことくらいなものだ。

……もしかして、それだろうか?

担任が、解散の号令を出すと、佐天は教卓のところに恐る恐る近づいていった。

 

 

佐天「先生?」

 

教師「ああ。佐天か。実はお前に来客だ」

 

 

私に?

付いて来いというセリフと共に、先生が教室を出て行く。

どこの物好きが私に会いに来たのかという疑問があったが、何も答えてくれないので、仕方なく後を付いていくことにした。

 

 

先生に案内されるがまま付いていくと、応接室の前で立ち止まった。

どうやら、ここに自分の客が来ているらしい。

ふぅと呼吸を整え、若干緊張しながら部屋に入ると、若い白髪の男がソファーに座っていた。

 

 

佐天「こ、こんにちは」

 

???「オマエが佐天涙子か?」

 

 

挨拶の返しもなしにその男の赤い眼に睨まれたので、佐天は思わず怯んでしまった。

「あ…」とか「う…」とか言ってしまい、質問にまともに返事ができない。

あまりにも鋭い眼光が、恐怖の感情しか起こさせなかったのだ。

それも、返答できなかったのも仕方ないくらいのレベルで。

 

 

???「チッ」

 

 

だが、男はこういった反応には慣れているようだ。

軽く舌打ちしただけで、それ以上気にしたような素振りをみせず、自分の前の席に座れと佐天を促す。

しかし、当の彼女は、足がすくんで動けない。

 

 

???「もう一度聞くが、オマエが佐天涙子か?」

 

佐天「そ、そうですけど……。どちら様ですか?」

 

 

これ以上イライラさせるのもまずいと思い、勇気を振り絞って目の前の男に返答する。

名指しで指名されているということは、自分が目的でここまで来たのは間違いない。

こんな怖い人が、学校まで来るほどのことをしてしまったのだろうか、と佐天はますます青くなる。

 

 

一方「一方通行って言えば分かるか?」

 

佐天「第一位の!?」

 

 

もちろん知らないはずがない。

ここ数日で何度も耳にした名前だ。

学園都市レベル5の第一位『一方通行』。

たしかに、白髪など聞いていた風貌と一致する。

 

 

佐天「そ、その一方通行さんが、私なんかになんの用ですか?」

 

 

ここまで来た以上、なんらかの目的があって来たのだろう。

だが、佐天は本当に何もした覚えはない。

それどころか、会ったのも今日が初めてのはずだ。

そんな人物がわざわざ会いにくるなど、普通ではない。

 

 

一方「確認するが、オマエの能力は『ベクトル操作』であってンのか?」

 

佐天「は、はい」

 

 

別に、同じ能力を持っているから顔を見に来た、という訳でもないだろう。

いくら同じ能力者とは言っても、自分はレベル1。

目の前にいる男はレベル5なのだ。

確かに、その辺の他人よりは関係があるかもしれないが、それも『血液型が同じ』くらいのものでしかない。

いや、血液型が同じということの方がまだ関係はあるかもしれない。

レアな血液型でも、輸血ができたりするのだから。

能力が同じで得することは、計算式くらいのはずだ。

 

 

一方「なンだ。分かってンじゃねェか」

 

佐天「え?」

 

 

自分が何を分かっているのかが、まるで分からない。

なんとも妙な状況に陥っている気がする。

 

 

一方「簡単なことだ」

 

 

一方通行が、つまらなさそうにそうつぶやくと、佐天のことを見据えてこう続けた。

 

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一方「俺が、オマエの能力の開発担当になったンだよ」

 

 

 

 

 

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佐天「……………………はい?」

 

 

 

能力開発担当?

第一位が?

一体、どうしてこんなことになってるの?

つい、そんな風に思わずにはいられない。

 

 

一方「よろしく」

 

佐天「え? あ……。よ、よろしくお願いします」

 

 

かつて、力を欲するがあまり後悔することとなった『最強の超能力者』と『元無能力者』。

 

 

―――この出会いが、物語と佐天涙子の日常を加速させることになる。

 

 

                  第一章『Turning Point(日常の変化)』 完

 

 

【第二章『Who are you?(非日常との邂逅)』に続く】

 

説明
佐天さんが能力を獲得した話。
第一章『Turning Point(日常の変化)』
自己評価★★★★☆
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タグ
とある魔術の禁書目録 佐天涙子 一方通行 

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