【腐】香りの魔法 |
本当に綺麗な人だ。
憧れの思いを抱き続けていたその人と対面した時の素直な感想だ。
その人は俺には手の届かないところにいる人で、初めの挨拶だけで、もう言葉を交わすことなどないと思っていたのに。
俺はその人の部隊に配属されて、他の人よりは話す機会が増えた。
ただ、話す度に緊張からか、鼓動が激しくなるため、寿命が短くなっている気がする。
「でな、…クラウド、聞いてるか?」
「あ、ごめん。何だっけ?」
ついつい考えてしまうのは、このところ、顔をお見かけしないからかな。
「…だんなのシャンプーの話。13種類支給されてるらしいぜ。英雄は違うな」
ザックスは遠くを見るように目を細めた。
ザックスが言う「だんな」とは俺の憧れの人なわけだけど、ザックスは名前では呼ばない。それだけ仲良しってことかも知れない。
そのだんな=憧れの人と会う度に何かいい香りがするなと思っていたのはシャンプーの香りだったのか。
薔薇の香りだったり、甘いお菓子みたいな香りだったり。
俺は甘い香りが好きで、本人にもうっかりそう言ってしまったことがある。
「そう言えば、だんな、今日帰ってくるって言ってたな」
「マジで!」
思わず上げた高い声にザックスは、いきなり笑いだした。
「何がおかしいんだよ!」
「いやあ、そんなにだんなのことが好きなのか〜」
「えっ、いや、あの…」
そりゃ、好きか嫌いか聞かれればもちろん好きだと答えるけど、それは憧れからであって…。
「照れんなって。おっ、噂をすれば!」
ザックスはだんな〜と大きく手を振った。
急に声をかけるなよ、心の準備がまだだよ!
「ザックスか」
低い通る声が俺の後ろから聞こえてくる。
「だんな、お土産は?」
「…先に労いの言葉とかはないのか、全く」
「俺からもらって嬉しいっていうならいくらでも」
「別にいらん。土産は後で俺の部屋まで取りに来い」
「クラウドも一緒に行ってもいいよな?」
うわっ、いきなり俺を引きずり込まないでくれっ!
「ザックスが一人で来るよりはずっといい。一緒に来るといい」
ポンポンと軽く頭を叩かれる。
し、心臓が破裂しそうだよ。
「じゃあ、後でな」
その人は、俺の横を通り、立ち去ろうとしていた。
なびく髪の毛から香ってきたのは、甘い甘いバニラの香り。
「なあ、セフィロスのだんな」
ザックスが呼び止めたので、セフィロスさんは歩みを止めた。
「甘いもの、嫌いじゃなかった?」
「嫌いというよりは苦手だというだけだ」
セフィロスさん、甘いもの苦手だったのか。覚えておかなきゃ。
あれ、でも、じゃあ何故バニラの香りなんか? 我慢してたのかな?
とすれば、この香りが好きだなんて、暴言吐いちゃったのか!
「シャンプーの香りは大丈夫なわけ?」
「ああ、これは…」
セフィロスさんは俺の顔をちらっと見て、すぐにザックスに視線を戻した。
俺はちょっと目があっただけなのに、心臓が踊っちゃってるよ。
「魔法だ。気を引くための」
「気を引く!? だんなもそんな努力すんの?」
セフィロスさんは憮然とした表情で、腕を組んだ。
「努力したら悪いのか?」
「いや、違うよ。だんなだったらそんな努力しなくても良さそうだし。な、クラウド」
「えっ、あっ、あの…」
とっさに言葉が出てこない。
「で、気を引こうとしてる相手は誰だよ」
口ごもっている俺に助け船を出してくれたザックスの言葉はいきなり核心をつくものだった。
「お前に言ったらミッドガル中に広まりかねん」
「心外だな。俺は口は固いぜ」
ザックスは、自分の口の前で、横にジッパーを閉じる振りをした。
「それに俺は協力は惜しまないぜ」
ニコニコ笑っているザックスにセフィロスさんは、悪くないか、と頷いた。
ザックスに協力仰ぐセフィロスさんなんて、始めて見たよ。
そんな必要全くなさそうなんだけど。
「この香りが好きだと言った奴がたった一人いてな…」
セフィロスさんはまたも一瞬だけ俺に視線を移した。
「そいつが、気を引きたい相手?」
「そうだ」
…お、俺、そのバニラの香りが好きだって言ったけど…。
まさかな。まさか、そんなわけないよな。
俺は心の中に沸き上がった確証のない期待を一生懸命打ち消していた。
「相手がそう言ったってことはわかったけど、それが誰なのかは、俺には全くわかんないんだけど?」
「それは、また教えるさ」
「それじゃ、協力出来ねぇよ!」
ザックスはセフィロスさんに食いついて、何とか聞き出そうとしている。
「…相手がこの魔法にかかってくれてるのが、わかればいいんだがな」
セフィロスさんは俺に向かって笑顔を見せてきた。
セフィロスさんがこんな穏やかな顔をするのが見られるなんて、俺、幸せ…。
「…ふーん。そういうことか!」
ポンっとザックスが急に手を叩いたので、現実から逃避しかかっていた俺は強制的に現実に戻された。ザックスの表情を伺うと、俺の顔を見てにやにやと笑っている。
「ザックス?」
「だんな、一肌脱ぐぜ!」
ザックスは俺の呼びかけに答えないで、セフィロスさんに片目を閉じている。そんなザックスの言葉を受けて、セフィロスさんは少しうれしそうに口元を緩めた。
「ザックス、恩に切る」
セフィロスさんはそう言うと、何事もなかったように立ち去ろうとした。
「セフィロスさん!」
何が何だかわからないままだったから、思わず呼び止めてしまったものの、何を言うつもりだったんだ、俺ってば!
「…クラウド?」
うわー、何を言ったらいいんだろう。
もっとお話したいです!
……いやいや。こんな廊下で立ち話させてどうするんだよ。
えーっと、えーっと……。
「だんなー、こいつ、もう、魔法にかかっちゃってるかもよ?」
黙りこんでしまった俺の頭の上でザックスの声が響く。
こいつ?
こいつって俺のこと? え? セフィロスさんが気を引きたいのって、え? ええーっ!?
うわー、頭の中が整理できない!
血液逆流だよ。沸騰しそうだし、ザックスってばなんてこと言うんだ!
「そうだといいがな。ま、焦りはしないさ」
「案外、あっさり事が運びそうな気はするんだけど」
「では、そうなるように祈っておいてくれ」
足音が遠ざかっていく。セフィロスさんはこの場を立ち去ってしまった。
結局、俺は何も言えなかった。
「だんな、行っちまったぜ」
「……俺……、とっくに魔法にかかってるよ……」
「クラウド?」
確かに香りの魔法にもかかってる。
だけど、セフィロスさんに初めて会ったその時に、とてつもない魔法にかけられてるんだ。
「セフィロスさん」っていう魔法に。
説明 | ||
FF7 セフィクラ 神羅時代。 セフィロスが好きなクラウドのお話。 |
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