【ポケダン小説:ツタージャ/フタチマル】深緑の研究隊 〜第一話:奇妙な出会い〜 |
「おかぁさん!おかぁさぁん!!」
遠くの方で、誰かの声が聞こえる。
甲高い、耳に触る子供の叫び声だ。
「おかあさん!ねぇ、おかあさんってば!」
その子供は、何度も母親を呼び続けている。
声が枯れるまで、涙が枯れるまで、何度も、何度も。
「おかあさん!お願い、返事をしてよ!」
母親の手を握り締め、願うように叫び続ける。
だが、母親から言葉が返ってくることは無い。
「おかあさん…。お願い、私をひとりにしないで…。」
大粒の涙が瞳から溢れ、頬を伝ってゆく。
堪え切れなくなった感情を隠そうともせず、その子は泣き続けた。
「…ツタージャ…?そこに居るの…?」
「…おかあさん!」
祈りが通じたのだろうか。
ベッドの上で目を閉じていた母親、ジャローダがゆっくりと瞳を開いた。
「おかあさん!私が見える?」
「ええ…見えるわ…。ちゃんと、見える…。」
その言葉は嘘だと、その子にはすぐに判ってしまった。
なぜなら、その子を見つめる彼女の瞳からは、既に光が失われていたのだから。
「ツタージャ…よく聞きなさい。」
「…何?ちゃんと聞いてるよ。」
「あなたは…とっても賢い子…。お母さんの、自慢だった…。」
「…やめてよ。"だった"なんて、言わないでよ…。」
その子は何度も首を横に振った。
母親の手を強く握りしめながら、言葉を否定するように。
「ごめんね…、ツタージャ。これからは…自由に…。」
それが、母親の見せた最後の笑顔。
それが、母親から娘に贈られた最後の言葉だった。
「いやぁ…、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そうして、私の母であるジャローダは、此の世から息を引き取った。
半分閉じかかった瞳の向こうには、薄闇が広がっていた。
部屋の中は静寂に包まれ、物音ひとつ聞こえてこない。
カーテンの向こうに見える空もまだ暗く、鳥ポケモンの鳴き声すら聞こえなかった。
まるで、自分だけが世界から切り離されてしまった、そんな感覚だった。
「…また、あの夢ね。」
両手で顔を覆いながら、ツタージャはつぶやいていた。
心に染みついた、幼いころの思い出。
いや、暗い気分を思い出させる夢となった今では、もうトラウマと呼ぶべきかもしれない。
「どうして、あの夢ばかりなのかしら…。」
ツタージャの中に眠っている母親の記憶。
その中でも、最も強いものが最後の光景だった。
他の記憶は年月とともに風化していっているというのに。
あの記憶だけが、心にこびりついて離れない。
「いっそのこと、全て忘れられたらいいのに。」
思わず、本音をこぼしていた。
全て忘れられれば、もう苦しむことは無くなる。
それがたとえ、母親との繋がりを失うことになっても。
ツタージャにはそれだけの覚悟を持っていた。
「さて、もう眠れそうにないし…。起きようかしらね。」
藁でできたベットから降り、隣にあった水差しを手に取る。
透き通った水を喉に流し込むと、心なしか頭がすっきりと冴えたような気がした。
ツタージャはテーブルの上に置いてあったカバンをしょいこむと、そのまま部屋のドアに手をかける。
「じゃ、行ってきます。母さん。」
彼女は最後に振り返り、棚に飾られた写真に向かって声をかける。
そこには、ふたりのポケモンが映し出されていた。
一方のポケモンは、まだ幼いころのツタージャ。
もう一方のポケモンの顔には、黒いマジックで乱暴に線が引かれていた…。
夜明け前のトレジャータウン。
そこにいつものポケモンたちの姿は無い。
昼間はあれだけ賑わっているというのに、その光景が嘘のように静まり返っていた。
夜明け前のこの時間では、店を開くポケモンたちですら眠りについているようだ。
街は静かな朝の空気に包まれ、太陽に照らされる時を今か今かと待っていた。
そんな寂しさのあふれる街を、ツタージャはひとり歩いていた。
大きな探検隊用のバッグを背負い、大通りの真ん中をぽてぽてと歩いている。
「やっぱり、この時間は静かでいいわね。」
街を吹き抜ける冷たい風を感じながら、嬉しそうにつぶやいた。
変わったことに、彼女はこの時間がたまらなく好きだった。
人の匂いが残されていながらも、静寂に包まれた寂しげな雰囲気。
それはまるで、突如人が居なくなってしまった遺跡のよう。
そんな独特の空気の中に居る時が、一番落ち着けるのだ。
「さてと。今日は何処に行こうかしら…。」
道端にあるベンチに腰掛けながら、大きな地図を広げる。
そこには、近くにあるというダンジョンの場所が記されていた。
「ここは行ってみたし…。次はこの森にしようかしら…。」
自分の中にある記憶と照らし合わせながら、地図にマーキングをしていくツタージャ。
その慣れた手つきからは、相当冒険に手慣れていることが分かる。
「食料を買ってなかったから、あまり深いところはダメね…。とすると…。」
ぶつぶつと独りごとをこぼしながら、目的地に検討をつけていく。
30分ほど悩んだところで、候補は片手に収まるほどになった。
それらのダンジョンに印をつけると、ツタージャは満足げな顔でマップを閉じる。
「よし、後は行ってみるしかないわね。時間もあるし、何箇所か回れるかしら…。」
太陽の様子をうかがおうと、空に目を向けた、その時だった。
ツタージャの視線の先に、一匹のポケモンが立っている。
両の足にホタチを携えたしゅぎょうポケモン、フタチマルだ。
「おはよう。いい天気だね。」
彼はにっこりとほほ笑みながら、片手をあげて話しかけてきた。
一方のツタージャは軽く視線を振っただけで、とくに興味もなさそうに歩きはじめる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!ねぇ!」
完全な無視を決め込んで歩きはじめるツタージャを、何とか引き留める。
引きとめられたツタージャは、迷惑そうな顔のまま振り返った。
「何?私、忙しいんだけど。」
「いやいや、そんなこと言わないでさ。ちょっとお話ししようよ?」
「何のために?」
「何のためって…。ホラ、こんな朝の街で偶然、バッタリ出会っちゃったんだからさ!」
「ふぅん…。」
ツタージャは訝しむような目つきのまま、ジロジロとフタチマルを見ていた。
やがて、小さくため息を洩らすと腕を組んで話し始めた。
「ひとつ。偶然にしてはタイミングが良すぎる。目の下のクマを見れば、起きて待っていたのがバレバレ。」
「えっ!?」
「ふたつ。足音も立てずに近寄ってきたのは何か目的があるから。普通の散歩ならそんなことしない。」
「ううっ!」
「みっつ。私は急いでるの。これ以上ついてこないで。」
ツタージャは言いたいことだけ言い放つと、そのまま街の出口へ向かい始めた。
一歩のフタチマルは、その言葉と迫力で呆気にとられ、ぽかんと口を開けっぱなしだ。
その間にも、ツタージャはどんどん遠ざかっていく。
「あっ、ちょ、ちょっとまってよ!」
はっと気を取り直したフタチマルは、彼女の後を慌てて追いかけた。
そして、その肩に手をかけようとする。その瞬間だった。
目にもとまらぬ速さで、ツタージャの手がフタチマルの首に触れる。
その手には、鋭い輝きを放つ一枚の葉が握られていた。
ツタージャが腕をスッと引くだけで、フタチマルは瀕死に陥るだろう。
その様子を想像し、一筋の冷や汗が頬を伝う。
「忙しいって言ったの聞こえなかった?それとも、聞く気が無いのかしら。」
ツタージャの言葉には、容赦の無い冷たさと怒気を含んでいた。
まさに一触即発。へたに口を滑らせれば、彼女は確実に葉を引くだろう。
「ちょ、ちょっと待ってよ!僕はただ…。」
「"ただ"で済むような用事なら、私のことを見張ったりしないでしょ。」
「そ、それはそうなんだけど…。」
「一言だけ聞いてあげる。簡潔かつ明瞭に、本当のことだけを述べなさい。」
嘘をつくことも、変な誤魔化しも通用しない。
それほど、ツタージャの瞳は本気だった。
さっきから首筋に感じている、冷たい感覚がその証拠だった。
フタチマルは大きく深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせようと努力する。
だが、ツタージャの突き刺さるような視線で睨まれていたのでは、それも上手くいかない。
「ね、ねぇ…。この手、どけてほしいんだけど…。」
「…その言葉でいいのね?」
「うわー!わかった!言う!言います!」
フタチマルは瞳を閉じ、余計なことは考えないように努めた。
心臓が早鐘のように鳴り、気分が悪くなってきたがそんなことを言っている暇は無い。
ぱっと眼を開くと同時に、震える声で彼女に言い放った。
「好きです!付き合ってください!」
朝焼けと静寂に包まれた街の中に、フタチマルの声が響き渡った。
それは、聞いている方が恥ずかしくなるような青い台詞。
もしも周りに他のポケモンがいたとしたら、れいとうビームを受けたように凍りついたことだろう。
フタチマルは顔を真っ赤にしながら、ツタージャの返事を待った。
一秒一秒が永遠かと思えるほど、時間がゆっくりと過ぎていく。
だが、フタチマルには待つことしかできない。
ツタージャから返事を聞くまでは、どんなに長くとも、つらくとも、待ち続けるしかないのだ。
そして、とうとう。
フタチマルの目の前で、彼女の口がゆっくりと開いていく…。
「無理ね。」
彼の完敗だった。
説明 | ||
ポケダンの新作が出る気配が一向にないので、自分で作ってしまおうとおもいまして…。(爆) 主人公はもちろん、ツタージャたんです! まだ下書きの段階なので読みにくいところも多々あるとは思いますが、そこら辺は後々修正していくつもりですので、生温かい目で見守ってやってください。 | ||
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