Only one
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「アタシ達って、よく考えてみたらお互いの事を余り知らないのよね……」

「うん。だって、アスカの誕生日もこの間初めて聞いたんだもんね」

 

アスカの誕生日に食堂の隅の喫茶スペースでお茶を飲んだ時に判った。

カードで精算しようとして、カードの更新アラームが鳴った時に。

 

保護されてる身柄じゃ暇だから、僕達はこんな事を話しながら喫茶スペースでお茶を飲んでいた。

勿論、あれから僕達が頼むのはホットミルクティ。

ミルクの円やかな風味と、紅茶のさり気ない渋味。

単体だと全然合わない様に見えるのに、合わせてみると凄く美味しい。

これって、性格が全然違う僕達が仲良くしてるのに似てるよね?

 

「……そうだ!」

「何?」

「僕達のプロフィール」

「それがどうかしたの?」

「あれ、見せて貰えないかな?」

「そんな物見てどうするの?」

「これからの事を考えたら、これって知っておいてもいい事だとは思わない?」

「そうね。シンジの言う通りだわ。一緒に暮らしてた時にそうしておいても良かった筈だもの」

 

 

 

「……という訳なんですけど、僕達のプロフィール見せて貰えませんか?」

「ほら、ミサトが持ってたアタシ達のプロフィールって、アタシ達自身が忘れてる様な事も書いてたでしょ?」

「まぁ、そうね。でもあれは――」

「ええ、僕達が見ちゃいけない様な事も書いてるんですよね? やっぱり難しいですか?」

 

以前、ミサトさんの部屋で見た監督日誌と一緒に置かれていたプロフィール。

チラ見だったけれど、その中には僕達自身が知らない様な事も書かれていたのが判った。

だから僕達が知ってはいけない様な事が書かれていると思い当たるのに、然程時間が掛からない。

 

「確かにその通りよ。でも、プロフィールそのものにはそんな事は書かれていないわ。あれはミサトが注釈したの」

「じゃあ?」

「ええ、必要ならプリントアウトしてあげるわ」

 

リツコさんは仕事中の合間を縫ってMAGIからアウトプットしてくれた。

 

 

 

 

 

受け取ったプロフィールには案の定、僕自身も知らない僕の事が書かれていた。

 

「へぇ……僕って京都生まれだったんだ」

「キョート! ジャパニーズ・キモノ! マイコにゲイシャね!」

「ああ、それ位の事は知ってるんだね」

「ドイツで加持さんに見せて貰ったのよ、日本の写真集。ドイツには無い模様の生地が素敵だった!」

「結構知らない事があるんだなぁ……父さんも母さんも京都に居たなんて」

 

まぁ、僕が自分の事を知らない事が多いのは当たり前かも。

僕がまともに父さんと会話をしだしたのはここ最近の事だし、それも回数が少ない。

父さんは母さんの事を話してくれた事も無い。

 

「で、実際キョートってどんな所なの?」

「とても古い町だよ。僕も小学校の修学旅行で行ったきりだけど、何て言うか、職人さんが一杯居る所って感じがした」

 

土産物屋に入ると実際、京都で作られた織物や小物の土産が多かったからかも知れない。

僕の住んでいた第二もそれなりに古い町が残っていたけれど、農家の方が多いから印象に残ったんだろう。

 

「いつか一緒に行けたら良いわね」

「それ、良いね。でもどうせならみんな一緒が良いな。出来れば、父さんも」

「そうね。きっと楽しいわ」

 

今はまだサードインパクトで混乱しているから無理だけど何時かは、という希望を口にする事が楽しかった。

今迄の僕も、アスカも、そういう何気ない希望を持った未来を考え付く事が無かったから。

そんな話をした後、アスカはジャケットのポケットから携帯を取り出すと、何かを必死に打ち込んだ。

 

「何してるの?」

「ん? あのね、シンジのこれからしたい事をメモしてるの」

「どうして?」

「ん? だって、アタシ達お互いの事知らなかったじゃない? だから判った事をメモしたいなって」

「へぇ……?」

 

アスカは自分が知らなかった僕の事、つまり僕の答をメモしてるって事か。

 

「アタシ、シンジの事が知りたいの。だから何でもいいから書き留めておきたくて。だって一杯あり過ぎるんだもの」

「そんな、僕の事聞いても何も無いよ?」

「そんな事無いわ。アンタだってアタシに聞きたい事とかある筈でしょ?」

「あ……そっか。じゃあ、このプロフィールが質問シートだ」

「そういう事」

 

僕とアスカはお互いのプロフィールを交換した。

それを見ながら、お互いに質問する為に。

 

「アスカは十二月四日が誕生日」

「シンジは六月六日が誕生日……アタシより半年年上なのね」

「生まれた年は同じ二〇〇一年、血液型も一緒なんだね」

「アタシはドイツ、ベルリン生まれ。シンジは……日本のキョートね」

「うん。きょ・う・と。言ってみて」

「きょ・う・と、きょ・うと、きょうと、京都……」

「OK。じゃあ、アスカ。僕から質問いい?」

 

 

 

それからお互いに質問したけれど、ホント他愛ない事ばかりって言うか。

好きな食べ物とか、飲み物とか。

好みのお風呂の温度とか……これはアスカが自分が湯の温度に五月蝿いからだ。

得意な教科とか、苦手な教科とか、好きな教科とか、嫌いな教科なんていうのもあった。

得意だから好き、苦手だから嫌いって一括りには出来ないからね。

好きだけど苦手なんてものも無いとは言えない。

 

とにかく、僕達はそんな子供の様な質問を繰り返した。

今更改まってと思うものもあれば、成程と呻るものも。

でも、確かにお互いを知る事は出来るけど……これってやっぱり違うんじゃないかなぁ?

矢継ぎ早に浴びせられるアスカからの質問に、僕は何故か違和感を持った。

 

「ねぇ、アスカ?」

「なぁに?」

「確かに僕、この間は少しずつ知る事は出来るって言ったけど」

「そうね」

「幾ら何でもこれは一気過ぎない?」

 

僕はこれから生活していく中で、少しずつお互いを知る事が増えていくんだろうなぁってニュアンスのつもりだった。

ほら、何気ない動作とか言葉とかで、その人の成りが解るって事があるから。

そうやってお互いの事を知っていく事で、僕は僕達のこれからが決まるんじゃないか、って思ってた。

 

「そう?」

「こういう事ってさ、別に改めて聞かなくてもいいと思うんだけどな?」

「そうかしら……?」

「そうだよ。だって、聞かなくても一緒に居れば判る事が多いと思うよ?」

「うーん……でも、やっぱり本人の口から知りたいものなのよ」

「どうして?」

「どうしてって言われても……」

 

アスカは口篭ると、僕の顔と手にした僕のプロフィールを交互に見つめた。

そして、重そうに口を開いた。

 

「……好きな人の事って知りたいと思うもの。何だって良いの。小さな事でも。アタシには、そうする事しか出来ないもの。

 そうやって、増やしていく事しか出来ないの。そうする事でしかアタシ……」

 

アスカの細い肩が震える。

泣いてはいないけれど、唇を噛み締めている。

きっと涙が流れていないだけで、実際は泣いてるんじゃないかと思う位、悲壮な表情だった。

それを見ていると、何だか胸が詰まる。

 

「どうして、それしか出来ないの? これからだって僕は――」

「シンジの所為じゃないわ。アタシが弱いからなの。だからこうして、シンジの好きな所を増やすの。

 そしたらアタシ、側に居ても大丈夫な気がするの」

「アスカ……」

 

アスカは、どんな気持ちでそう思えるんだろう?

アスカは何時も、どんな時だって弱い事なんて無かったのに。

どんなに強い使徒にも向かっていけた位なのに。

ずるい事しか言えない僕を受け止めてくれた位強いのに。

 

――だからか。

 

強さって、信じてるものがあるからぶれないって事だ。

アスカはそういうものが欲しいんだ。

なら、僕がアスカに言える事は決まってる。

 

「アスカは、弱くないよ」

「弱いわよ」

「そうかな? 今だって僕から逃げてないもの。もし、僕が同じ立場だったらどうしてただろうね?」

「それは――」

「僕は、逃げたよ。逃げて、逃げて、今こうして君の事を傷付けてる」

 

僕はまだ、答を出していない。

 

 

 

僕は、震えるアスカの肩を抱き締めた。

今の僕に出来る事はそれだけだから。

 

「僕はね、こう思うんだ。ゆっくりでもいいから、少しずつ解っていけたら。そうして何時か、同じ物を見る事が出来たら、って。

 だからそんなに早く答を出そうとしなくてもいいと思う。だって、アスカ……不安だったんだよね?」

「――!」

 

今の僕が言える、精一杯の事を胸の奥から搾り出す。

今この時点での僕の気持ちを。

 

「僕が抱えている気持ちがどういうものなのか、僕にはまだ区別が付けられないのは確かなんだ。

 好きとか嫌いとか、大きな区別は何となく判るけれど、細かく考えるのはまだ巧く出来ないっていうか、判らない。

 でも、アスカとこうして一緒に居るのは好きだよ。どういう好きかははっきり言えないけどね」

「ホント?」

「うん。だから、待ってて。きっと答は出すから」

「……ん、解った。待ってる。きっとよ?」

 

アスカは震える手で、僕の背に手を回してくれた。

カサカサと紙に皺が寄る音がした。

多分アスカの手にある僕のプロフィールだ。

もう、必要無い。

プロフィールが無くても、お互いの事を知る方法は幾らでもある。

そう、例えばキスとか。

 

僕はアスカの体の微かな震えを抑える様に、彼女の頬にキスをした。

その後アスカの顔を見ると、凄く驚いたみたいで目を真ん丸にして、頬が真っ赤になっていた。

 

「……ぅ」

「どうかした?」

 

顔を覗き込むと、何だかバツの悪そうな表情を浮かべてアスカは僕から目を逸らした。

逸らした目に視線を合わせると、更にアスカは視線をずらした。

だから僕はその動きを追う様に視線を合わせた。

するとアスカは更に視線を逸らす。

 

 

 

僕が視線を合わせる度に、アスカは視線を逸らし続けた。

どれだけの間そうしていたんだろうか。

何度かそんなやり取りを繰り返した後、アスカは更に頬を赤くして呟いた。

 

「もう……何時からそんなに鋭くなっちゃったの?」

「え? そう?」

 

鋭い……かなぁ?

どっちかと言うと鈍いと思うんだけど。

自分の事だけで精一杯で、他の事なんて見ようともしなかったし、見ても理解出来なかったし、理解もしなかったし。

 

「そうよ? だって、アタシが思ってる事当てちゃうんだもの。ビックリしちゃったわ」

「でも、そう思ったから言っただけだよ? 今迄だってずっとそうだよ?」

「前はそんな事無かったわよ。的外れだったり、適当だったりしてたもの」

 

言われてみれば、そうなんだろうか?

ただ……前と今と比べて違う所があるとすれば、相手が何を言いたいのか深く考える様になったのかな?

前は相手が何を言いたいのかよりも、表情だけを見て、気分を害しない様にしようって思ってた所がある。

後、相手の言葉の真意を読み取れなかったかも知れない。

 

――あぁ、そっか。あれは、こういう事だったんだ。

 

融け合う意識の海での記憶。

 

『自分しかここに居ないのよっ!』

 

アスカに罵られた記憶。

あれは、夢か幻か。

それとも本当にアスカ自身だったのか。

余り定かではないけれど、確かに僕の本質を突いていた。

 

原因は言わなくても判る。

僕もアスカも、一度は全て融けた。

そして形を取り戻した。

あの時は融けている人の声が全て聞こえたから。

その声は、僕の本音と建前を引き剥がして、僕の心の全てを剥き出しにした。

でもその分、僕は僕自身を見つめ直す事が出来た。

その過程で、何処か変質した訳ではないとは思う。

何というか、今迄気付かなかった事に気付く様になって、少しだけ他人を、大人を理解したって事なのかな?

 

だから、僕は――。

 

 

 

「ねぇ、アスカ? もし、今迄の僕と今の僕が違うのだとしたら、多分それは君のお陰かも知れない」

「え?」

「あの海の中での事、覚えてる?」

「……うん。アタシ、シンジには随分酷い事ばかり言ってたみたいね」

「でも、逆に僕達、お互いの本音も知る事が出来たよね?」

「そうね。けど……その分傷付いたりもした」

 

剥き出しになった心は、心の奥底に隠していた物を曝け出す。

これ程苦痛を伴った事は無い。

 

「だけどその分、今こうして一緒に居られるんじゃないかなって思わない?」

「どうして?」

「だって、一番知りたいけど訊くのが怖くなる事をもう知っているんだよ? これ以上知りたくなる様な事ってある?」

「あ――」

「もうこれ以上無い位の事を知ってるのに、更に質問する様な事があるなんて思えないけどな?」

 

僕はもう一度、アスカを抱き締める。

そうすると、アスカは再び僕の背に手を回して、耳元で小さく囁いた。

 

「でもね、シンジ? 女の子が常に知りたい事はたった一つだけなのよ?」

「え? 何?」

「ふふっ……内緒♪」

 

 

 

 

 

その後、幾ら訊いてもアスカは教えてくれなかった。

何時訊いても内緒だって言って、答をはぐらかすんだ。

それか、僕にはまだ早い、とか。

でも、たった一つだけ知りたいなんて、女の子って案外欲が無いんだなぁ。

 

そんな事を、様子を見に来てくれた青葉さんに相談してみたんだけど――。

 

「は? そんな事? 近頃の子供ってのは難しい事考えるんだな」

「そうなんですか?」

「女なんて古今東西年齢不問、男に訊きたい事は一つだけだぜ?」

「それって何なんですか?」

 

「Love me? 愛の価値は何物よりも重いって奴さ。答なんて自ずと判るだろ?」

 

前言撤回。

女の子って、とっても欲張りだ!

説明
後日談其の弐拾漆。
沢山の質問よりもたった一問だけ。
2011/02/06 Pixivへ投下。
◆サイト格納済「Slow Bird」後日談。
この話の続きや前日談はサイトで御覧下さい。
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