My Little Lover 3 |
誕生日に彼女の欲しいものをプレゼントしてからも、僕達の関係はそう変化は無い。
毎日彼女は寝起きの悪い僕を起こしに来る。
そしてその後手を繋いで一緒に登校するのも変わらない。
もし変わった事があったとしたら、お互い意思表示をした事で正式に付き合い始めたって事位。
それで丸く収まったと思ったら、中々そうは行かなかったり。
どうしてこう、物事は巧く行かないんだろうね?
My Little Lover 3
問題は、毎年恒例のイベントが発端だったりする。
顔を真っ赤にしながら義理だと言ってチョコの入った包みを投げつけるのが今迄の彼女のパターン。
ところが、今年はそうは行かなくなったのが問題になったんだ。
折角付き合い始めたのに幾ら何でも投げ付けるのは良くない、って事を彼女は親友から諭されたらしい。
僕は別に気にしていなかった。
今迄彼女の事に関しては、彼女の気持ちどころか自分の気持ちにすら気付いていなかったのもある。
ただ、毎年彼女から貰えるというだけで、僕自身が満足しちゃってたからだ。
例え義理だとしても、表立って僕にチョコをくれる事そのものに。
だって、家族と同じ位大事だと思って貰えてると思ってたしね。
その証拠に毎年くれるチョコは、僕への物も、僕の父さんへの物も、彼女のお父さんへの物と全く一緒だった。
そして毎年、その日の夜は三人一緒にチョコの包みを開けて、中身を摘まみながらお茶を飲むのが通例。
正直、僕は今年もそれでいいと思ってた。
しかし、話はそうは問屋が卸さない。
彼女の様子があからさまにおかしくなった様なんだ。
問題の日が近付くにつれて、挙動不審というか、何処か気が立ってる様で落ち着きが無い。
「どうかしたの?」
「……何でもないわよ」
「ホントに?」
「何でもないったら!」
何て言うんだろう、ピリピリしてる感じ?
何かを気にしてる。
僕と付き合い始める前も、結構ピリピリはしてたと思う。
でもアンテナの矛先は僕に向いていた。
今は僕じゃなくて、周囲に向いている気がする。
何か、気に障った事でもあったのかな?
その理由は程無く判明した。
情報源は僕の悪友の一人。
眼鏡を光らせながら校内新聞の特ダネになる瞬間は見逃さない、写真部のエースだ。
「知ってるか? 全校女子の間で密かに取られているアンケートの噂。誰にチョコを渡したいかって奴。
一位は陸上部の短距離の先輩らしいんだけどさ、今年はお前にも何人か票が入ってたそうだぜ。
アイツ、その情報をもしかして何処かで聞いたんじゃないか?」
チョコレートを渡したい?
僕に?
そんな馬鹿な。
僕は彼女と付き合ってるのに。
「それであんなにピリピリしてるって事?」
「それしか考えられないだろ?」
「不味いよ、それ。僕が付き合ってるのは――」
「ああ。それでもって奴だろうな。どうする? もし受け取ったら、アイツの事だ。修羅場は間違いないぜ?」
冗談じゃない!
ただでさえ最近は積極的に笑ってくれる事なんてないのに、余計に不機嫌になっちゃうよ。
どうしよう。
彼女が機嫌を損ねないで、他の子のチョコを受け取らなくて済む方法を考えなくちゃ。
その場で断るのも失礼だし……と言って断らない訳にもいかないし。
どうしてもって言われたら、断れない自信だけはあるから困るんだよね。
何より、彼女からのチョコが貰えなくなる状況を避けないといけない。
となると……あれしかないよね。
「……決めた。当日は学校サボる」
「ま、それが妥当な判断だろうな。お前のその性格じゃ、強気に出られたら断れないだろうし」
「うん。はっきりキッパリ断れる自信が無いよ。断らなかったら絶対チョコ貰えなくなる」
「俺ならチョコだけは頂くけどね。義理だろうが本命だろうが縁が無いからな。貰えるだけでも有難い」
悪友の言う様に断る事が出来れば良いけれど、出来る自信が無いなら学校をサボる方が遥かに安全だ。
もう一人の悪友ならどうするだろう……?
いや、アイツは逆にキッパリ断るだろうな。
何てったって、アイツの彼女は生真面目だもんね。
ここでの幸運は、ウチの学校が土足で選択制の授業だったって事だ。
決まった席や靴箱が無ければ、チョコを入れる場所が無い。
後でチョコを見つけたなんて事にならなくて済む。
受け取りたくなければ学校を休めばいいんだから。
問題の日の当日。
僕はサボり宜しく惰眠を貪る事にした。
付き合い始めてからは毎日怒られながら起きる事は無くなった。
そりゃあ、ぶっきら棒な態度が見え隠れするのは変わらなかったけど。
ただ、サボるとなると怒られるんだろうなぁとは思った。
それでも受け取りたくないものを受け取らないで済むなら、出席日数の一日位どうって事ない。
「ちょっと、起きなさいよっ!」
「んー……今日は休む。お休み」
「こっ、こら! 二度寝するなっ!」
……寒い。
いつもと同じく布団を引き剥がされた。
これをやられると、その内風邪を引きそうな気がするのは気の所為だろうか?
「ねぇ、いきなり布団剥ぐの止めない?」
「布団剥がなきゃ起きないじゃないの!」
「だから、今日は起きなくていいの。明日は起きるから」
「何解んない事言ってんのよ……」
「面倒な事は避けたいだけだよ」
僕は彼女の手から布団を取って、再び中に潜った。
暖かい。
やっぱり冬はこの暖かさに勝てる物は無いね。
「何が面倒なのよ? 相変わらず頓珍漢な事ばかり言うわね」
「後で話すよ……。取り敢えず、今は寝る。後で家に行くから今日は学校に一人で行ってよ」
「ちょっとぉ! 起きなさいってばぁ!」
彼女の声を無視して眠るのは気が引けるけど、やっぱり僕は面倒な事は避けたいんだよね。
彼女の臍が曲がってチョコが貰えない方が嫌だ。
他の人は他の人、僕は僕、だ。
暫くの間、布団の上から僕を睨む彼女の気配がした。
ジリジリと迫る気配はやっぱり尖ってる。
どれくらい経ったんだろうか。
再び横になって布団の暖かさにうとうととし始めた頃、ふっと彼女の気配が緩んだ。
そのまま足音がして、僕の部屋の襖が開閉する音がした。
彼女はどうやら僕の部屋から出て行った様だ。
台所から母さんと彼女の声が聞こえて来るという事は、彼女も僕に倣って学校を休む事にしたみたい。
母さんの笑い声が特に大きく聞こえるからね。
――よくそんなに笑えるなぁ。
そんな事を思いながら、彼女と母さんの話し声を子守唄にして、僕は再び眠りに付いた。
再び僕の意識が浮上した時、時計を確認すると既にお昼を過ぎていた。
ゆっくり身を起こして携帯を確認する。
メールが入っていたので確認してみると、案の定悪友達とその彼女からだった。
悪友の一人とその彼女からはどうかしたのかと心配しているメールが。
しかし、事情を知っているもう一人の悪友からは、今朝の様子のレポートが入っていた。
やはり僕は休んで正解だったらしい。
教室を覗いて僕の姿を確認していたらしい子が数人、僕を指名してきた子が一人。
『休みだって聞いてガッカリしてたみたいだから、アンケートの噂も強ち嘘じゃなかったって事だ。
良かったじゃないか、事前に対策が出来て。修羅場は免れたぞ』
メールを見てホッとしている僕が居た。
もし学校に行ってたら、きっと一緒に居る彼女が気を悪くするのに違いないんだ。
そう考えると休んで良かったと思う。
けど、彼女と付き合ってなかったとしても、受け取るのは躊躇しただろうなぁ。
好意自体は嬉しくても、応えてあげられないもんね。
それにやっぱり、彼女と一緒に居て当たり前だと思ってたから、そうじゃなくなる様な事は出来ないし。
だから彼へのメールには、情報料は後でと返事をしておいた。
「……随分と遅かったわね?」
「うん」
キッチンに行くと、母さんが自分の分のお昼を片付けていた所だった。
「かなり怒ってたわよ」
「うん……」
炊飯器の蓋を開けると、丁度一膳分だけご飯が残ってた。
食器棚から茶碗を出して盛り付けていると、母さんはコンロから朝の残りらしい焼き魚を取り出して皿に盛ってくれた。
「まぁ、今日に限って休むって事は、それなりに考えてるんでしょうけど」
「ま、まぁね?」
ご飯を盛り付けた所で朝昼兼用の食事としては量が少ないのに気付く。
しかしもうご飯は無い。
仕方ないので戸棚からカップラーメンを取り出し、ポットから湯を注ぐ事でしのぐ事にした。
「食べたらちゃんと説明してくるのよ」
「うん、判ってる」
ラーメンが出来上がる迄の間にお茶と味噌汁を用意していると、母さんはエプロンを外してキッチンを出て行こうとする。
そこで気付いた。
そういえば母さん、今日の仕事はどうしたんだろう?
「母さん? 今日は仕事は?」
「ああ、その事話そうと思ってたのよ。実は今日お休み取っててね。これから支度して出掛けるの」
「へぇ」
「お父さんと外で待ち合わせて食事してくるから、帰りは多分遅くなるわ」
じゃあ、僕は一人分を用意すればいいのか。
後で冷蔵庫の中身を確認しなくちゃなぁと思っていたら、母さんはとんでもない事を言い出した。
「そうそう、お隣のご夫婦も一緒に食事だから。あなた、夕食はお隣に行きなさいね。用意はもう頼んであるし」
「えぇ?! 冗談でしょ?」
「冗談じゃないわよ」
「いや、でも!」
「そんな事言われても、もう頼んじゃったし。ご飯食べたら行ってらっしゃい」
驚き過ぎて抗議している間にコンロに掛けていた鍋の味噌汁が沸騰して、口にする時は舌に軽い火傷が出来てしまった。
まさか揃って両親が居ないなんて。
いや、こういう事は以前から普通に日常だった。
ただ付き合いだしてからという事に限定すると、両親が夜遅く迄留守になる事なんて無かった訳で。
――うわぁ……どうしよう……。
いざ二人きりだと意識すると、逆に緊張してしまうと言うか。
自分の体が自分じゃないみたいで、一挙一動が何だかぎこちない。
結局あれから、僕は温め過ぎた味噌汁で舌を火傷しつつ、少しのび掛けたラーメンを啜り、焼き魚と米粒を押し込んだ。
そして動揺した頭を落ち着ける為にシャワーを浴びて、身嗜みを普段以上に整えて、彼女の家に来た訳だけど。
――会話が持たないよ……。
話をしようとしても言葉が続かない。
油の切れたゼンマイが入った機械みたいだ。
「お茶、淹れ直す?」
「う、うん。お願い」
また彼女が僕の顔をジッと見るんだ。
その視線を感じると、逆に硬くなってしまう。
「はい」
「ありがと……」
僕は彼女が淹れ直してくれたお茶を啜ったが、味なんて全く判らない。
しかし、こんな事をしている場合でもない。
一番の目的を果たさなければ、彼女の家に来た意味が無い。
「えっと、朝の、続き……なんだけど」
「えっ? あっ、そっ、そうねっ。話して貰おうじゃないのっ」
うーん……ますます不味い。
意識し過ぎちゃってる。
彼女なんて耳迄真っ赤にしてるし。
それでもちゃんと話さなきゃ。
「えっと、ちょっと噂聞いちゃってさ。今年は何か、チョコを渡したいって子が居るらしいって」
「へ、へぇっ。随分物好きな子が居るのねぇっ」
「う、うん。僕もそう思う」
「それでっ?」
「あ、あのっ、ほらっ、僕は知らないしさ、相手の子の事」
「うん」
「知らない子から受け取ってって言われても、受け取れないんだけどっ、どうしてもって言われたらっ」
「言われたらっ?」
「うん、断りたいけど、断りきれない気がしちゃって……」
「ふぅん……?」
「あ、いや、そのう……そういう事になったら、嫌って言うか……」
「チョコ貰うのが嫌な訳?」
「違うよ! そういう事になったら、君の方が嫌な思いをするんじゃないかって……」
「え? アタシ?」
「うん。だって、僕の彼女は君だし……それに、僕が欲しいのは君からのチョコだけだし……」
一気に何とか説明したけど、あれ……?
何か雰囲気がおかしくない?
彼女が黙り込んじゃった。
しかも何だか顔が青い様な。
「どうしたの?」
彼女の顔を覗き込むと、何故か目を逸らした気がするんだけど。
気の所為かな?
「何か気を悪くする事でも言った?」
「そっ、そんな事無いわよっ?」
更に顔を覗き込むと、また目を逸らす。
これは明らかに僕を避けている様な。
「……ねぇ、何か隠してる事でもある訳?」
「え? やだっ! そんな事無いってば!」
あ!
今度は体ごと向きを変えた。
間違い無い。
彼女は僕に不都合な事を隠してる。
「正直に話して欲しいんだけどな。何を隠してるのさ?」
僕は背を向けた彼女をそのまま抱き締めた。
ぴくん、と一瞬だけ彼女は体を硬くしたけれど、すぐにその緊張は解れた様だ。
何だか申し訳無さそうに僕の腕の中で体の向きを変えて、小さな声で呟いた。
「……食べちゃった」
今僕が耳にした言葉は聞き違いだろうか?
「ねぇ、もう一度言ってくれる? ちゃんと聞こえなかったんだけど」
「だから……食べちゃったんだってば」
誰が、何を?
「それって、どういう事なのかな……?」
「えっとぉ……チョコは無し?」
彼女が指差す部屋の隅のゴミ箱には、確かに何かを包んでいたと思われる包装紙の残骸が。
ピンク色のリボンまで見えている。
「ええっ?!」
「だってぇ……折角チョコ渡そうと思ってたのに、朝起きないし……」
「だからってこれは無いんじゃない?」
「そんなの言われても……起きてくれないから、アタシのチョコなんて要らないんだと思って……」
「ちゃんと後で説明するって言ったよね?」
「面倒な事は避けたいなんて言うんだもん!」
頬を少し膨らませて、上目遣いに少し睨む彼女の目の端には涙が滲んでいた。
もしかして、ミスリード?
朝のやり取りを思い返す。
彼女が布団を剥がしたから、僕は彼女の手から布団を取り返して、そのまま布団の中に潜り込んだ。
会話した内容は、今日は休むという事と、面倒は避けたいから寝る、という事。
ヤバい。
眠気に任せて喋ってたから、肝心の主語が抜けてる。
「あー……御免。説明足りなかった」
「もう! あんな事言われちゃ目の前真っ暗になったんだからね!」
「うん、御免。悪かった」
「ホントに……? ホントにそう思ってる?」
「思ってるよ」
もうこれは平謝りするしかない。
主語が抜けてたから、彼女は僕が今日自体を面倒だと思ってると錯覚したんだから。
そりゃそうだよね……あれだけじゃ今日自体の事だと思っても仕方ない。
何てったって説明してなかったんだから。
彼女が若干涙目になって膨れっ面をしているのも頷ける。
でも、それとこれとは別の話。
一番欲しかった彼女からのチョコが無いなんて!
「でもさ、チョコが無いってのはあんまりじゃない?」
「そんなの、アンタがややこしい事言うからでしょ?」
「けど、後で説明するって言ってるのに早とちりしちゃってるのもどうかと思うけどなー……」
楽しみにしてたのになぁ……。
手作りじゃないのは残念だけど、やっぱり彼女からっていうのは特別だからね。
ちょっと意地悪だとは思ったけど、やっぱりそこら辺を突いておかないと。
「うぅ……悪かったわよぉ……」
彼女は恨めしそうに僕を見る。
さっきの青褪めた顔色は既に元に戻っていた。
寧ろ赤味が差している。
やっぱり頬が赤い方が彼女らしいというか、可愛く見える。
こういう風な彼女の方が、ずっといい。
しかし、チョコが無いというのは本当に残念だ。
特に彼女から貰えないというのは。
そこで気付いた。
彼女が食べてしまったという事は、チョコは彼女の胃の中という事で。
つまり――。
「ねぇ? チョコは食べちゃって胃の中なんだよね?」
「……怒ってる?」
おずおずと心配そうな目をして彼女は僕を見る。
僕は安心させようと、抱き締めた腕の力を強めた。
「怒ってないよ」
「ホント?」
「うん。でさ、チョコは胃の中なんだよね?」
「そうだけど……」
我ながら、こういう発想の転換は中々良いんじゃないかなと思うんだ。
「じゃあ、今は君がチョコになってる様なものだから、君の事、食べていいよね?」
ん?
何をしたのかって?
別に怪しい事じゃないよ?
引っ叩かれたりなんて事も無かったし。
キスって甘いんだね、アスカ。
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Happy Valentine! 2011/02/14 Pixivへ投下。 |
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