蝶の夢 (パンドラの塔)
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鈍い光が、眼の前で瞬いていた。

銀色の輪をひとつずつ連ねて作られた銀色の鎖、綺麗な鎖がわたしの首を絞めている。

わたしに馬乗りになって鎖を両手で握り締めているのは、わたしの一番大切なひとだった。

 

……エンデ。

囁く声が掠れる。苦しい。息が出来ない。ああ、それなのに……それなのに、わたしは今、とても落ち着いている。安らぎと恍惚の最中にある。

手足がじんじんと鈍く痺れて冷えていく。逆に首と頭はまるで熱を持ったようにあつい。

 

……エンデ。

わたしは囁く。愛しいひとの名前を。世界で一番好きな名前を。

頬にぽつりと冷たい水が当たる。それは涙だった。エンデの眼から、涙のしずくが溢れて落ちてくる。ぽつり、ぽつりと。

 

どうしたの? どうして泣いているの?

 

わたしはエンデに手を伸ばそうとした。そして気が付いた。わたしの視界に映ったわたしの右手は、もう人間の手じゃない。獣の手。半分だけど、確実にヒトではないものに変化している手。

 

――そうだ、わたしは。わたしが。

わたしが、お願いしたんだ。

エンデに、お願いしたんだ。わたしを殺してと。

 

「ごめん」

 

エンデが嗚咽の間からそう言った。

 

「セレス、セレス……ごめん、君を守れなくて……セレス、」

 

エンデは謝り続ける。その言葉にわたしは胸が苦しくなった。

どうしてあなたが謝るのだろう。悪いのは、わたしなのに。

獣の呪いにかかって、あなたが助けようとしてくれているのに、わたしはあなたに殺してほしいと頼んだのだ。

 

「ごめん、セレス、ごめん」

 

エンデは謝り続ける。

ごめんなさい、とわたしも謝った。

言葉にならなくても、そう言った。

 

 

弱くてごめんなさい。

 

「セレス、セレス」

 

醜くても生き続ける勇気がなくてごめんなさい。

 

「僕がもっと強ければ」

 

あなたにこんなことをさせて、泣かせてしまってごめんなさい。

 

「君を守れたのに……」

 

 

泣きながら謝り続けるエンデの唇から、小さな蝶々がひらりと出て来た。

真っ赤な、綺麗な蝶々が。

あれは、エンデの魂? エオスの神の元に還る、魂?

でも、どうしてだろう? 死に行くのは、わたしなのに。

あなたの魂が飛び立つはずは、ないのに。

……それとも。

 

それとも、あなたはわたしと一緒に死んでくれるの?

 

――ああ、神様。エオスの神様。

 

エンデ。

わたしは、あなたを傷付けることだけは、したくないのに。

それなのにわたしは、それを嬉しいと感じてしまった。

 

「……セレス……」

 

こんなに罪深いわたしのために、あなたは泣いてくれる。

それだけで、わたしはもう幸せ。

 

だから、もういいの。

泣かないで。ありがとう。嬉しい。幸せ。

 

エンデの綺麗な蝶々は、ひらりと舞い上がっていった。

きっとわたしの魂は、あんなに綺麗な蝶にはなれない。この鎖がわたしの首を引きちぎってしまっても。

わたしの唇からは蝶は出ないだろう。

 

遠くから鐘の音がした。

 

 

説明
パンドラの塔、『色のある夢』なイメージです。セレス視点。
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