世界でいちばんつよいうさぎ (オリジナル)
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 ある所に、大きな森がありました。

 森はさまざまな動物たちがたくさんいて、みんなそれぞれに暮らしていました。

 この森の奥の奥には、おうさまの花とよばれる、それはきれいな花が咲いていました。

 おうさまの花はふりたての雪のようにまっしろで、とてもいい香りがするので、森の動物達はみんなこの花が大好きでした。

 しかし、この花はおうさまの花です。

 おうさまの花は、森の中でいちばん強い動物のものになるのが約束でした。

 けれども、いちばん強くはなくても、ちからが強い動物は、この花を見たり、においをかいだり、ふわふわの花びらにさわってみたりすることが許されていました。

 はんたいに、ちからの弱い動物たちは、この花を見ることさえもできず、そのきれいなおうさまの花にあこがれていることしかできませんでした。

 

 さて、その森には、ちいさなうさぎが一羽おりました。

 うさぎはとてもちいさくて、ちからもいちばん弱かったので、やっぱりおうさまの花を見たことがありませんでした。

 けれども、うさぎはおうさまの花がとっても好きで、いちどでいいから見てみたいとずっと思っていました。

 しかし、どうしたってうさぎは弱いのでした。

「しかたないよ。ぼくたちは、ライオンやヒョウほど強くないんだから。強い動物しか、おうさまの花は見れないんだ。」

「ライオンやヒョウに頼んでみたら、おうさまの花のかれたのくらいはもらえるかもしれないよ」

 仲間のシカやリスたちはそう言いましたが、うさぎは諦められませんでした。

「でも、ぼくはおうさまの花が見たいんだよ。胸いっぱいに、そのかおりを吸い込んでみたいんだ」

「それじゃあ、強くなったらどうだい。ライオンやヒョウより強くなれば、おうさまの花はあんたのものになるかもしれないねぇ」

 カラスが黒い羽を震わせて、カラカラと笑いました。

「そうだ、ぼくは強くなろう。ライオンやヒョウより強いうさぎになるんだ。」

 みんなは、そんなことはむりだろうといっせいに笑いだしました。

「そうなったら、どれだけ愉快だろうねぇ!」

 カラスは羽を震わせました。

 うさぎは、その日から、強くなる特訓をはじめました。

 だれよりも早くなるように森じゅうを走り回り、ちからをつけるために練習をかさね、今よりずっと歯をかたくするために木をかじり、来る日も来る日もひとりで続けました。

 雨がふっても、風がつよくなっても、かみなりがなっても、冷たい雪がふっても、うさぎはずっと特訓をしつづけました。

 そして、そのかいあって、うさぎはずっと強くなりました。

 からだは倍も大きくなり、力はつよく、歯はいつもするどくとがって、そして誰よりも足が早いのでした。

 強くなったうさぎは、おうさまの花がある森の奥へむかいました。

 おうさまの花は、今はライオンがまもっていました。この森でいちばん強いライオンだったのです。

「なんだ、おまえは?」

 ライオンはいきなりやってきたうさぎに驚いて、そうたずねました。

「ぼくはこの森でいちばん強いうさぎだ。ぼくと勝負して、勝ったらぼくにおうさまの花を分けておくれ」

「うさぎ? うさぎだと?」

 ライオンはゆかいそうにのどを震わせて笑いました。それは笑っているのにまるでうなっているような、空気をふるわせるほど恐ろしい声でした。周りの動物たちや小鳥たちはみんな驚いて、あわててにげだしました。

 しかし、うさぎだけはじっとそこに立っていました。

「帰れ、ぼうず。おれはむだな殺しはしないんだ。おうさまの花なら、ほら、これをやる。だから自分のいるべきところに帰るんだ。」

 ライオンは、おうさまの花の枝をいっぽん、うさぎのほうへよこしました。枝にはつぼみのままの花と、美しくひらいた花がついていました。花からはとてもいいかおりがします。

 うさぎははじめて見るおうさまの花にうっとりとしながら、ライオンを見て言いました。

「だめだ、だめだ、ぼくはただおうさまの花がほしいんでない。ぼくはじぶんの強さをためしてみたいのだ。」

 ライオンは困ったやつだとためいきをつき、のっそりと起き上がりました。

「しかたない、相手になってやろう。だが、しんでもおれのせいではないぞ。おまえがえらんだことなのだからな。」

「ぼくはしなない。」

 うさぎがそう言うと、ライオンは大きなジャンプでうさぎにおそいかかりました。

 うさぎはさっとそれを横にとんでよけると、ぴょんっとはねました。

「なんだと!」

 あわてたライオンの上に、うさぎがちゃくちしました。ライオンが身をよじろうとしたときには、もううさぎはライオンの耳にかみついていました。

 ライオンは大きなひめいをあげました。うさぎはゆだんせず、ライオンの後ろ足にかみつきました。うさぎの歯は木をけずるくらいに強いのです。ライオンのうしろあしからは血がたくさん出て、ライオンはびっこをひきながら逃げていきました。

「やった、ぼくはライオンに勝ったぞ! おうさまの花はぼくのものだ、ぼくは世界でいちばん強いうさぎだ!」

 うさぎはぴょんぴょんはねて大喜びしました。

 

 このうわさはすぐに森じゅうにひろがって、うさぎは世界でいちばん強いうさぎだと森じゅうの動物たちにそんけいされ、うさぎがおうさまと呼ばれるようになりました。

 うさぎにまけたライオンと、ライオンの家族やヒョウたちは、みんな森から出ていってしまいました。

 それからのうさぎのくらしは、しあわせでいっぱいでした。

 おうさまの花のそばで眠り、朝はおうさまの花のかおりで目がさめます。

 おうさまの花のやわらかな花びらにほおをすりよせると、とてもふわふわとくすぐったいかんしょくがするのでした。

 森じゅうのみんなが、うさぎのためにご飯をよういします。

「おうさま、この木の実はとってもおいしいよ」

「わあ、ぴかぴか光ってきれいな実だね。食べるのもったいないなあ」

「へんなおうさま。そんなもの、まだいくらでもあるんだから」

「そうなの? それじゃぼく、食べよう」

「そうそう。いくらでも好きに食べていいんだから。だっておうさまだもの」

「おうさま、こっちも」

「おうさま、これも」

 フルーツや木の実などがたくさんのっているお皿を前に、うさぎは好きなだけ食べて、好きなだけ眠りました。

 しかし、うさぎはだんだんとフルーツや木の実に飽きてきました。

「もっと変わったものはないのかい? もう木の実やフルーツなんかいらないよ」

「それじゃあおうさま、魚はどうかな? いきのいいお魚だよ」

「ふぅん。どんな味がするんだろう、持ってきて。」

 初めて食べるお魚は、とても変わった味でしたが、何しろ木の実やフルーツにはあきていたため、そのお魚はすごくおいしい気がするのでした。

 それからうさぎは、毎日お魚を食べました。大きくてごうかなお魚じゃないと満足できません。何しろ自分はおうさまなのですから。

 うさぎはおうさまの花を摘みとって寝床にしきつめ、その上でごろごろとねころがったりしていました。そうすると花はすぐにぺちゃんこになってしまいますが、なに、また摘めばいいのです。

 うさぎはごきげんで、あいかわらず好きにくらしていました。しかし、しだいに川からお魚がいなくなってしまい、こまった動物たちは、こんどは小さなけものの肉を差し出しました。

「これも面白い味だなぁ。おい、つぎから食事はぜんぶこれにしてくれ」

 そうして肉を食べていったうさぎは、ますます力が強くなり、ますます好きかってに暮らすようになりました。

 そのうちに小さなけものもいなくなり、こまった動物たちは、少しだけ大きなけものの肉を出すことになりました。

「おいしい、おいしい、でも足りないなぁ。なあ、もっとないのかい」

 さからうとどうなるかわかりません。動物たちの出す肉はだんだんと大きくなっていき、しだいに動物のかずはへっていきます。

 おびえた動物たちは、一匹、また一匹と、少しづつ森から逃げ出しました。

 うさぎはそれを知るとおこって、森のいりぐちにたって、逃げようとする動物をみんな肉にしてしまいました。

 森からは動物がいなくなりましたが、うさぎはへいきでした。

 花はあいかわらずまっしろにうつくしく咲いておりますし、肉もたくさんあります。

「ああ、もう誰もいなくていいや。だってぼくはひとりでもごきげんだもの!」

 

 そして冬がきて春がきて、夏がきて秋がきて、また冬がきました。

 このころになると、肉はすっかりへってしまい、のこりがあとわずかになってしまいました。

 うさぎはなるべく腹がへらないように、一日じゅうおうさまの花の寝床にねころがっていました。むだなちからをつかうと、そのぶんお腹がへるからです。

 だんだんと寒くなってきました。うさぎは寝床で、たくさんのおうさまの花にうずもれながら、今日のぶんの肉を食べました。

 そうして、すっかりこまってしまったのです。

 肉は、これで最後だったのでした。もう肉はないのです。

 それでもうさぎは、しばらくの間、ひとりでそこにいました。

 まだだいじょうぶ、まだだいじょうぶ、とじぶんに言いきかせながら。

 それでも、何日もたつと、だんだんと腹はへってきました。もうじぶんではどうしようもないほど、お腹がすいてたまりません。

 うさぎは、ゆっくりと外に出ました。

 ずうっと昔、まだ小さなうさぎだったころを思い出して、うさぎは木や草やぶを探しました。しかし、今は真冬です。木の実も何も、ありませんでした。

 うさぎは川へ行きました。ひょっとすると、お魚がいるかもしれません。しかし川は凍っていて、中に何がいるのかもわからないじょうたいなのです。

 うさぎはますますお腹がへって、今にも倒れそうになりながら、ふらふらと寝床へ帰ってきました。寝床にしいていた花はもうしおれてしまっています。

 うさぎはふと思いついて、おうさまの花のところへ行きました。ひょっとしたら、おうさまの花が食べられるかもしれません。

 よろよろとしたあしどりでおうさまの花のところへ行きました。

 おうさまの花は、その白い花をふわふわとゆらめかせてそこにありました。

 うさぎはもうとびあがらんばかりによろこんで、おうさまの花にかじりつきました。

 すると、おうさまの花は口の中ですうっととけていったのです。

 そう、それは雪でした。

 うさぎは雪をかきわけました。おうさまの花の枝をほりだしました。が、おうさまの花は、すべて枯れて落ちていたのです。

 うさぎの目から、涙がこぼれました。

 次から次に、こぼれました。

 うさぎは泣きながら、ふらふらするからだをひきずって、寝床にむかって歩きました。

 うさぎは、今のじぶんが、小さなうさぎだったころよりずっと弱くなっているのを知りました。うさぎはもう走れません。うさぎはもう飛べません。おなかはぺこぺこで、がりがりにやせほそっています。

 うさぎは声を上げました。

 だれかに助けをもとめて、叫びました。

 ですが、うさぎの口から出たのは、わけのわからないへんなおとでした。

 うさぎは、ながいこと誰ともしゃべらないうちに、ことばも忘れてしまっていたのです。

 うさぎは泣きました。

 ひとりぼっちは、さびしい。

 ひとりぼっちは、さびしい。

 ひとりぼっちは、さびしい。

 誰かここにいてくれるなら、うさぎはもうじぶんの持っているものすべてをやったことでしょう。

 かえってきて。

 かえってきて。

 だれか、かえってきて。

 しかしうさぎは、寒い冬、冷たい雪のなかでひとりでした。

 やがて目がよく見えなくなり、足に力が入らなくなって、うさぎは雪のうえにたおれました。

 寝床はもう目の前です。うさぎはずるずるとはって、寝床に入りました。

 寝床ももうひえきっています。

 しおれた白い花は、まだよいかおりをただよわせていますが、うさぎはかなしくてたまりませんでした。

 ごめんなさい、と。

 うさぎはそれだけつぶやいて、目を閉じました。

 

 やがて、春がきました。

 雪がとけて、川の氷もとけて、木々がゆっくりと目をさましはじめます。

 うさぎは、しんでしまってからもずっと、寝床にいました。

 ずっと、じぶんのなきがらのそばで泣きつづけていました。

 木がみどりいろをとりもどし、草の花が咲いても、森には動物はいませんでした。

 おうさまの花も、もう花を咲かせません。

 うさぎはさびしくて悲しくて、泣いていました。

 しかし、ゆたかな木の実を食べに、遠くから小鳥たちがやってきました。

 ゆっくりと、ゆっくりと、リスやシカたちも、やってきました。

 森はゆたかな木の実とフルーツ、それにたくさんの魚が川にもおりました。

 一匹、また一匹と、動物たちは戻ってきました。

 しかし、おうさまの花は咲いておらず、世界でいちばん強いうさぎのすがたもありません。

 やがて、ライオンやヒョウたちも戻ってきました。

 いつかのライオンが、おうさまの花のそばにある、うさぎの寝床を見つけました。

 寝床の中で、うさぎは枯れてしおれたおうさまの花を両手にだきしめて、ひざをかかえて小さくなって、冷たくなっていました。

「かわいそうになあ、ひとりぼっちでいったのか。かわいそうになぁ」

 ライオンはうさぎのなきがらをそっと寝床から運んで、おうさまの花の枝のしたにうめました。

 

 寝床で泣いていたうさぎは、しめった土のにおいに、そっと顔をあげました。

 そこには、森が見えました。

 森は、みどりいろの木と色あざやかな花にあふれて、そこに、なつかしい動物たちがいました。

 みんな、うさぎのなきがらをうめた、花をつけないおうさまの花の木の前にいて、泣いておりました。

 みんなは、もどってきたのです。

 うさぎは、あまりにもうれしくて、にっこりと笑いました。

 すると、そのしゅんかんに、おうさまの花が笑うようにいっせいに白い花を咲かせました。

 ふわりと、あたりいちめんを包むようによいにおいがしました。

 

 そのあと、おうさまの花は、森のたからものになりました。

 動物たちは、強い弱いをかんけいなく、みんなこの美しい花を見に行き、かおりを胸いっぱいにすいこみます。

 おうさまの花は、ずっとずっとかわらずにうつくしく咲き続けていました。

 

 

説明
童話のようなもの。あえて漢字を崩してひらがな多めにしています。
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