ピースプログラム1-3/36
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 パンの焼ける良い匂い。フライパンで踊る目玉焼きが二つ。

 

「…」

 

 少年はサラダを切りながら、昨夕の出来事を反芻していた。

いつものように学校帰りに公園によって、空を見ていたのだ。

そこに、空からにじみ出るようにあの女性が降ってきた。

ドジな彼女を助けたのが原因で、右手の発作が起こり、彼女の持っていた薬と不思議な呪文で右手が治った。

その直後、彼女は深く眠ってしまった。

 

「あの…おはよう」

 

 少年は長袖のシャツ、右手には包帯を巻いていた。薬草交じりの湿布がはみ出ている。

 

「ちょっと、痛む。長い事あんなだったから。今日医者に診てもらう」

「…そう」

 

 少年はテーブルを示し、おいてあった黒のマーカーをどかせて、焼きあがったトーストとサラダ、コーヒーの入ったカップを並べる。

 

「俺、田北雄二」

「あたしはリコリス…ここは?」

 

 リコリスは部屋の中を見回しながら尋ねる。

 

「俺の家。座りなよ」

 

 リコリスは雄二に勧められるまま席に着く。

 

「で、あんたはなんなの?」

「…旅人よ。色んな所を旅して歩いてるの」

 

 リコリスは上着の隠しの中からパスポートを取り出す。

赤いパスポートにさまざまな国の印鑑が押されていた。

 

「…」

「…ここ、ここと、ここも」

 

 雄二がいくつかの国の印鑑を示す。

 

「…この日付には存在して無い」

「…え?」

「…クリアボムで島ごと消滅…このパスポートを発行した国もね」

 

 雄二は無表情のまま。淡々と、言葉を紡ぐ。

 

「…今、西暦何年?」

「…2456年…でしょ…?」

 

 雄二は日捲りカレンダーを指差す、セブンセグメント文字は2486年を示していた。

リコリスは観念したようにため息を付く。

 

「…そうね…この年代なら世界多層論も一般的になってるはずですものね…」

「…」

 

 雄二はやはり無表情のまま、腕を組もうとしてやめる。

 

「あたしはこの世界の上の世界から来た人間よ。私の世界では魔法が科学と等価値」

「…」

 

 雄二は左手で頭をかく。

 

「嘘」

「え?」

 

 雄二は立ちあがり、日捲りカレンダーを一枚破って日付を改める。2456年だ。

 

「世界多層論は一昨日ゲイラー・グーデリネ博士が発表した」

「…」

 

 リコリスは言葉を見つけられないといった様子で、口を閉じたり開いたりしている。

 

「ただ、あの三つの国が存在してないのは本当」

「か…カマカケだったのね…」

 

 雄二は呆れとも驚きともつかない風情で頷く。

リコリスは泣きそうな表情になって天井を見上げる。

雄二は冷めてしまったトーストにバターを塗り、噛り付く。

 

「…目的、何?」

「…別の世界からみたこの世界と、実際のこの世界が違う理由を探る事。別の世界のこの世界への影響、その逆も」

 

 リコリスは言葉を放り投げるように言う。

 

「…この世界に足がかりは?」

「…無いわ。あたしの世界から持ってこれるものしか準備できないわよ」

 

 リコリスはコーヒーを口に運ぶ。

 

「腕の礼。ここ、使うなら使っていい」

「…私をどうこうするつもりは無い?」

 

 雄二もコーヒーを口に運ぶ。

 

「…あんた恩人だ」

 

 リコリスが不思議そうに雄二を見つめると、照れくさそうに顔を伏せる。

 

「…リコリスは花だ。名前違うだろ?」

 

 雄二はそれとわかるほど劇的に表情を消し、問いかける。

 

「ううん、リスティア・ライクーンでリコリス」

 

 雄二はとんとんと自分の頭を叩く。

 

「あ、そ。食えよ」

「…いただきます」

 

 雄二は二日前に発表されたという世界多層論をリコリスに仮定し、カレンダーを書き換えた。昨夕の状況を手元の情報で判断しようとして、行き着いた答えがそれなのだろう。リコリスは本来の目的である世界の調査の他に、雄二に興味を抱く。見た目は子供だ。左手だけつかう少々不器用な少年。華奢で、無表情。その姿は人形を連想させる。

 時代的に上流階級の建築、手入れの届いていない中庭、先ほど階段も見つけたので、二階建て。

一人で住むには大きすぎる家だ。聞きたい気もするし、ちょっと怖い気もする。

 

「…」

 

 雄二はリコリスがトーストをたいらげるのを待っていたように立ち上がる。

 

「…こっち」

 

 雄二はリビングを出ていく。追って部屋を出ると階段の下のドアの前に立っていた。

 

「…そこは?」

 

 雄二は問いかけに答えず、ドアをくぐる。

蛍光灯が照らす狭い通路はすぐに螺旋の下り階段になり、再びドアに行き当たる。

 

「うわ…」

 

 ドアの向こうは円筒状の部屋の最上部だ。高さは20メートルにもなる。

壁は全て本棚、部屋の中央を貫く螺旋階段。

一画には新聞を保管しておく為の棚の群もある。

 

「知りたいんだろ」

「うん。凄く助かるけど…」

 

 リコリスは言葉を詰まらせる。

雄二は無表情のまま、リコリスが言葉を紡げないのを後目に、階段を上がっていく。

 

「…俺は学校。半ドン、昼過ぎに帰る」

「わかった」

説明
小説というよりは随筆とか、駄文とか、原案とか言うのが正しいもの。
2000年ごろに書いたものを直しつつ投稿中。
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