R.I.P
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「ではまたご贔屓に。」

つくづく女とは面倒な生き物だと思う。結婚するにも指輪が二つ必要だと?ふざけやがって。どうせその後も式の為にドレスだの何だのに金が掛かるんだろ?金食い虫が……と腹の中でくすぶらせていたが、いざ自分が愛する女の為に準備しなければならないと気付いた時、渋る事なく金を湯水の如く使っていた。

値段なぞ見ず、ひたすらあいつに似合いそうなものを探す。そして指輪を渡した時の喜びようを想像してほくそ笑む、と自分のが考えてきた事とまるきり反対の状態に陥っているのだ。

──これを私に?G、ありがとう……嬉しい……。

ジョットは俺の幼なじみであり、恋人である。付き合い始めたのは十四だから、もう六年もこの関係に甘んじて来た。仕事のパートナーだけではなく、プライベートでもパートナーに……と思い始めたのは、甥っ子の隼人とジョットの親戚の綱吉が結婚すると言い始めたからだ。まだ十八の癖に何言ってやがると罵ってやろうとしたが、ジョットが素直に「おめでとう」と笑ったのでやめた。

……こいつも女だよな、結婚したいよな……?

ふと感じた。結婚したからといって何も変わらない。しなくても変わらない。ジョットも何も言わなかった。綱吉だってそんなタイプだ。言いたくはねえが、隼人と俺も似ている。なのにどうしてここまで差が出来た。

ジョットの立場、いや女の立場になって考えれば、関係が変わらねえなら結婚してた方が嬉しいだろう。正直そういうのは疎い。隼人と綱吉の結婚がきっかけとは言いたくねえが、指輪を買う決心をした。

だからとりあえず婚約指輪。今自警団は色々ごたごたしてるから式はすぐには出来ない。これだけでも約束させたかった。

 

店を出て、指輪が入った箱を改めて見てみる。指輪にこんなに金を払うなんて……。だがジョットが喜ぶ顔が見れると思えばあんな端金。

さて、後はタイミングだ。今は二人でボンゴレの屋敷に住んでいるが、大抵俺かジョットの部屋で同棲のような形で暮らしている。最近忙しいから寝る時間はバラバラ。朝なら多分いけるだろう。

………と思っていたのだが。

最高の日となるべきだったその日、ジョットは朝部屋に帰って来た。仕事が立て込んでいたと言う。眼には深いクマ。どうみてもプロポーズ出来る状況ではなかった。昨日は俺達オフだった筈では………とにかく飯を食わせ休ませなければ。

「仮眠する。二時間経ったら起こしてくれ。」

「二時間と言わずしばらく寝ろ。俺が変わりにやるから。」

「そうもいかん。今日は特別なんだ。同盟の会議、そのあと昼飯を一緒にするんだ。」

「いいから寝ろよ。」

「だから………。」

疲れで相当苛立っているのは眼に見えて解った。「駄目なんだ」と呆れた様子で言い、ソファへ向かう。

「ジョット………。」

抱き上げてでもベッドへ、と近付いた時だった。胸に仕舞っていた例の指輪が入った箱が床に落ち転がる。しまった、そんな台詞を言う暇もない。

「………なんだそれは。」

「いや、これは……。」

「私が仕事をしてる間にまた銀製品でも買ったか。」

その一言は、俺を苛出せるに相応しい言葉だった。

──誰の為にだと思ってんだ。

お前の為に選びお前の幸せを考えていたというのに。なんだその言い草はよ。お前に仕事があるなんて知らなかった、なら教えてくれても良かっただろう。手伝わさせてくれたっていいだろう。

「……ああ、そうだよ。」

箱を拾い、握り締める。

ほんの、意地悪だ。

……お前が、俺の為に困ればいいと思った。

「てめえじゃねえ女の為に選んだのさ。婚約指輪を。」

「!」

その時、ジョットの眼が大きく開き潤んだのが見えた。しかしすぐ背を向けられる。

「………だったら!だったら早くその女の元に行けばいい!」

涙声ではなかった。すぐさまジョットは離れ、部屋から出て行く。

俺が大いなる反省をしたのはそれからだ。

何て事を言っちまったのか。こんな事になる為に指輪を買ったんじゃねえ。将来を約束し安心させる為に言ったのに。

俺達はお互い気が強い性分で、こういう事態になるぐらい予想出来た筈だ。そうなったとしても、ここは俺が折れて指輪をこっぱずかしい台詞と一緒に差し出すべきだった。そうすればこんな……。

「くそ………。」

ここでまた、俺は間違いを犯した。すぐに追いかければ、次の日から始まる地獄を引き起こさずに済んだのだ。

「明日、もう一度………。」

 

 

 

翌日、俺は一つの抗争を治めるべく駆り出された。治安を荒らすあるファミリーの部下が朝方盗難事件を起こし、犯人を追い掛けるボンゴレの者と小競り合いになり争いに発展したという。午後二時を過ぎたというのにまだ銃声は響き続ける。

「無駄弾は使うな。当てるなら当てろ。」

正直俺はうんざりしていた。あんな事があってこの仕事かと。早くジョットの所に行きたかった。早く謝罪して、この指輪を渡して、それから───。

「G!」

俺を呼び捨てする、クソ生意気な部下に名を呼ばれた時には遅かった。

「!!」

背中と足に突き抜けるかのような衝撃と温かさ。激痛はその後だ。

しくった。女の事を考え油断し、銃弾を浴びるたあ何たる様。いつの間にか後ろを取られており、俺は的同然の如くそれを受けたのだ。情けなく地に膝を付け痛みに耐える。

「クソが……。」

「喋らないで下さい。」

部下が応急処置をしてはいるが、眼に見えて服が赤に染まっていきやがる。

畜生、ボンゴレの犬もここで仕舞いか。あっけねえ。今日こんな事になるなら、昨日の夜ちゃんとジョットに指輪を渡しときゃよかった……。

「あーあ、下らねえ人生だった……。」

好きな女にもプロポーズ出来ず終い。なんて野郎なんだ、俺は。

急激に体が冷えて行く。座っているのも辛く、仰向けに倒れただその時を待つのみ。最後くらいあいつの顔を……。

 

「死ぬな、G。」

 

刹那的、俺を覆う温かいもの。俺はこの温かいものを知っている。その声も………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと眼覚めた。場所は天国か地獄か。俺的には地獄だと思ったんだが……見覚えある天井、匂い。

「あぁ?」

間違いねえ、ここはボンゴレの医務室。何度も来てるから解る。上半身を起こしてみたが、体に痛みすら無い事に気付く。あんなに弾を受けたのに。胸を触っても包帯すら無かった。

あれは夢だったのか。

「起きたか?」

ボンゴレの専属医師シャマルがカーテンを除け俺の前に姿を現す。いつもと変わらずやる気のねえ顔だ。

「ボンゴレの右腕がだらしがねえ。鉛如きで倒れるとはよ。」

「俺ぁ人間だぞ、鉛ぶち込まれればそりゃ死ぬわ。……死んでねえけど。ジョットは?」

あの瞬間、確かにあいつの声を聞いた。多分助けられたんだ。……ほんっとに情けねえ……。

「どうした?」

俺が後悔に駆られている間、シャマルは眉間に皺を寄せたまま何も言わなかった。明らかにおかしい。何かあったのか、と問い詰めても「何も」しか返って来ない。

……今まで、俺がベッドに伏せってしまったりすると、ジョットはずっと側にいてくれた。前に風邪を引いた時だって。だが今は影すらない。

「……嬢ちゃんはしばらく出張に行った。」

「俺に何も言わずにか?」

「急用だ。……さ、ベッドから下りな。野郎を見る趣味はねえんだ。」

言われなくても出てってやらあ。ヤニも吸いてえしな……。

ベッドから下りながらいつもの癖で煙草を取り出そうとするが、ポケットは空。そして。

「あ……。」

あれが、無い。服についてる全てのポケットに触れたが、あった様子も無い。

「落としたのか……?」

なんて事だ。あれだけ準備したっつーのに。でもまあ、ジョットに渡してもいないただの指輪だ。また買えばいい。本人もいねえし……。

「おい。」

「あ?」

医務室のドアに手を掛けた俺に、シャマルは難しい顔をしたまま「注意」をしてきた。早く出てけと言った癖に。

「本当に、嬢ちゃんは出張だからな。帰って来るまで大人しく待ってろよ。」

この念の押しよう、変だと思わない方がおかしいだろ。あいつらしくヤバい仕事に首突っ込んでいるのか、どんなもんかランポウに吐かせてやる。その場は解ったとごまかし、医務室を後にした。

 

歩いて、ふと自分の体に違和感がある事が解った。嫌なものじゃない。むしろ運動してシャワーを浴びた後のような体の軽さ。今まで感じた事が無い爽快感がある。

なんだなんだ、俺は怪我しておかしくなっちまったのか?

 

 

**

 

 

………ジョットが未だ目覚めぬ眠りについているというのは、ランポウに聞いた。……出張でもなんでも無い。ただ自分の部屋のベッドで「眠っていた」。

「……どういう事だ。」

ジョットの頬に触れれば確かな温かみがある。それでも死んではいない、眠っているだけだと言われても信じられなかった。

「仮死状態というより時が止まっている、と言った方がいいかもね。」

ジョットの部屋に偶然いたアラウディは、呆れた素振りで俺に言う。こいつが言うんだ、間違いではない。でもどうしても俺は信じられない。

「まあ起きないなら死んだと同じだね。」

オブラードに包みもせず事実を刺される。俺が瀕死の重傷を負い、ジョットが眠りについた?

アラウディが調べたというのを聞くに、俺の怪我を治す為に生命エネルギーとも言える「大空の波動」を俺に流し込んだ。それで治ったのはいいが反動でこの状態になってしまったという。つまり俺は、ジョットのおかげで生き長らえたのだ。

「おかしいのは目覚めない事さ。波動なんて減ったとしても、時間さえあれば体の中で作られてゆく。現にもうこれの大空の波動は戻ってきている。」

「じゃあ、何故………。」

「精神の問題なんじゃない。目覚めたくないんだよ。」

その言葉で、あの朝の事が蘇って来た。

「何か知っているのかい?」

「いや……。」

嘘だ。俺が一番よく知っている。

……そのせいにはしたくない。どこかでそう思っている。だがこれは眼の反らしようがない事実だった。

俺は、ジョットに、「他に婚約者がいる」と言った。嘘を言った……。

「君が原因かな?」

「………。」

「簡単に肯定するなよ。」

アラウディ程の野郎なら解っていただろう。白々しく言うのは気に入らなかったが、反論出来る立場ではない。

ジョットはあの日、俺に怒っていたのに身を削ってまで助けてくれた。そしてそのまま、深い眠りについた……。

どんな気持ちでどんな夢を見ている?………想像するだけで、俺が死にそうだ。

「……じゃ、早く目覚めさせてよ。こんなのでも組織の長なんだから。仕事が進まないよ。」

アラウディがそう吐き捨てる。俺は、自然と床に膝が落ちるのを感じた。何にも、どこにも、力が入らない。頭の中で最後に聞こえたジョットの声が反響している。

俺は、ジョットの波動で生かされた。こんな俺を生かしてくれた……。

ふと、奴の顔を見る。安らかな表情をしていた。そして手を優しく握ってやる。温かで、俺がいつも安心する体温はそのままだ。……握り返してはくれない。

「指輪………。」

ならせめて、お前の為に買った指輪を填めてやりたい。されど、それは、無い。

「ジョット、………。」

「そういえばだけど。」

いつの間にかベッドに背を向け、ドアノブに手を掛けていたアラウディが気付いたように言う。

「………君は解ってたの?」

「……何が。」

「妊娠の事だよ。」

「………は?」

ジョットの顔をもう一度見る。………まさか。

「どうせ君の子だろ?」

奴の声が、遠くから聞こえた。足音、ドアが閉まり、取り残される。頭が真っ暗だ。思考が追い付かない。

ジョットは隠していた?子供が出来た事を。俺がこんなんだから、情けないから、言えないでいたんじゃないか……?プロポーズも出来ない人間。ジョットからしたら、俺はその場だけの軽い男に見えていたに違いない。

「ジョット、ジョット……!!」

ジョットの手を握るそれを両手に増やし、懇願する、いや謝罪するように強く握った。

お願いだ。目覚めてくれ、ジョット。謝らせてくれ。そして、言わせてくれ………。

何度も声を掛けたが、ぴくりとも動かない。反応してくれない。俺は泣いていた。涙を流せる立場ではないとは知っていたがどうしても、止める事が出来ない。

 

ジョットが目覚めたくない、拒絶しているのは俺なんだ。こんな俺がいるから、眼を覚ましたくないんだ…………。

 

 

**

 

 

 

「ランポウ、何をしている?薔薇を素手で握るなんて危ない。」

「プリーモに持ってってあげるんだものね。」

「そうでござったか……。気をつけて。」

「プリーモ、庭園の薔薇見ていつも綺麗だって言ってたから。……ずっと寝てちゃ、庭園を見る事も出来ないし。」

 

 

 

「ジョット、またランポウの馬鹿が薔薇を持ってきたぜ。今日は白い薔薇だ……。毎日毎日、庭園荒らしやがってよ……。庭師も困るだろうな。」

ベッドの端に座り、俺はジョットに話し掛ける。

一方通行な会話を、毎日毎日繰り返していた。もう一年は経ったのだろうか。俺達は一つ歳を取ったのに、ジョットは変わらない。時が止まっているからお腹の子も育たない。

……あれから、新しい指輪を買った。同じものだ。ジョットが目覚めた時、一番に渡せるように持ち歩いている。

──俺と結婚しよう、子供と幸せになろう。

前の俺なら、考える事も出来なかったベタな台詞。だがジョットが欲しかった言葉だろう。その言葉を言って、好きな服を買ってやって、食いたいもん食わせてやろう。

そんな事を毎日毎日毎日毎日毎日毎日考えている。でも目覚めない。ああ、解っている。解っているさ。ジョットは目覚めたくないんだ。傷付けた俺をひどく恨んでいるだろう。俺なんかがいるこの世界で暮らしたくないに違いない。

俺は眠るジョットに、今まで性格に甘え言えなかった言葉を囁き続けた。愛してる、好きだ、なんてもう数えられない程。……きっと届いていないだろう。こんな俺の言葉なんざ、全部嘘だと思われて。仕方ない。そういう接し方をしてきた。恋人とはいえ、俺達は家族のようなもんだったから。

だからって大事な事を伝えなくてもいい言い訳にはならない。どんなに心を知った相手でも、言葉にしないと何も伝わらない事を、俺は学んだ。

「……体、拭くか。」

ふと温めたタオルと湯を持ってきたのを思い出し、俺はジョットをベッドから起こした。

華奢な体を隅々まで拭き、新しい下着と服を着せるのは俺だけが出来る仕事。誰にもやらせない。

ジョットのクローゼットには、俺が毎日のように買ってくる服が並んでいる。こいつに似合うだろう、女らしいワンピースやドレス。長い眠りに入る前にやるべきだった、数々のプレゼントを今更捧げている自分が本当に卑怯で情けなくなる。

「………可愛い。」

手慣れた一連の流れ終えて再びベッドに寝かせてやってから、頬に口付ける。唇にはしない。起きてから、ジョットがしたいと言ったらすると決めた。俺を許してくれたら、その時に。

 

 

**

 

 

「…………起きなよ。」

真上から降ってきたアラウディの声に、俺は意識を浮上させた。まだ部屋の中は暗い。声で辛うじて奴だと解った。

「……てめえどっから……。」

あの日からずっと、ジョットが眠る部屋にあるソファで寝ていた。俺がこいつから離れたくないと、勝手にしてるだけ。

鍵は必ず閉めているのに、アラウディがいた事には驚いた。

「そういうのはどうでもいい。……君、本当に馬鹿なの?」

「あ?」

奴がベッドに首をやる。まさか、と思った。

起き上がりベッドに寄れば──。

「──………な………。」

布団が捲れ、空っぽのそこ。起きたんだ。ついに。ついに。

「ど、どこに……?!」

「知らないよ。僕だってさっき擦れ違っただけだ。」

「何だと?」

仕事が今終わり、ボンゴレの屋敷に戻った奴は、暗闇の中、ジョットらしき人間と擦れ違ったと言う。信じられなかったが、金髪と背丈を見てこの部屋に確認に来た。そして鍵が開いていたと。

「アラウディ!」

「………金は別途頂くよ。」

ボスがついに目覚めたともあり、奴もやるべき事は解っているようだ。金は掛かるが仕方ない。

俺と奴は、真夜中の屋敷を走り回る事となった。

 

月の光で怪しく光る花達。その中に人間が一人。亡霊のようだが、間違いないジョットだ。裸足のまま、俺が着せた白のワンピースのまま庭園の中に立っている。

「ジョット……?」

「!」

振り向いたその刹那、月光が金髪に透け輝き、この世に無い美しさを作り出した。その姿に幻かとも錯覚するが間違い無くジョットはそこにいる。我慢出来ず俺は薔薇を掻き分けながら走り寄った。勿論持ち歩いている指輪があるか、胸ポケットを確認しながら。

……ある。俺はもう間違わない。

「ジョット、ジョット!」

「寄るな。」

あと少しの所で制止を余儀なくされた。予想のうち。拒絶されるなど解っていた事。俺はそれでもジョットに近付かなければならない。今までと違う事をしないと、一歩踏み出さなければ何も変わらないからだ。

しかし奴の肩に触れた時、思い切り振り払われる。更にジョットは俺に背を向け走り出した。薔薇の棘が足、腕の白肌に触れ、薄く赤い線が作られていく姿に焦る。

「待て、ジョット!薔薇が……。」

金髪を追い、俺も体に僅かな痛みが走った。構わず大股で庭園を駆ける。

もう一度、掴んだ。小さな手。温かい。起きている。生きている。ジョットはここに、いるんだ。

「ジョット!」

力に任せ抱き寄せる。もう二度と離してたまるか。

「逃げないでくれ……、お前が嫌な事はしない。」

腕の中でもがくジョット。まず安心させたくて背中を軽くさする。次第に大人しくなる奴に俺の方が安心してしまった。

俺達はしばらく抱き合っていた。夜風が冷たく、せっかく目覚めたこいつが風邪を引くのではないかとも心配してしまう。おまけにさっき薔薇の棘で怪我した肌。血が滲んでいる所もあり、俺の不安要素は増え続ける。

「悪かった、ジョット……。俺、お前の事をひどく傷付けたよな……あれは………。」

「………やめろ。」

「あの言葉は、………。」

「やめろ!」

叫び、ジョットは俺を突き放す。聞きたくないと言わんばかりに。

違うんだ、ジョット。俺はお前が嫌だと思う事は何一つ言わない。絶対に。お前に謝り、そして宣言したいんだ。幸せにするって言いたいんだ。

すがるように再び手を伸ばしたその瞬間、ジョットは言った。俺の眼を真っ直ぐ見て。

「私は、お前と……、一緒にはいられない。」

眼を見開き、耳を疑う。待て、ジョットはまだ混乱しているんだ。勘違いしているんだ。それを解けば──。

「ま、待てってジョット。だってアレ─……、あれは嘘だ!解るだろ?俺ぁずっとお前を………。」

「………もう、お終いにしよう、G。」

頭が真っ白になるとはこういう事か。罵倒されるのではないかと覚悟していたが、真逆で、そして最も悪い事の顛末に思考が追い付かない。俺はここまで嫌われてしまったのか。許されない域にいたのか……。

「……だから。さようならG。」

ジョットがゆっくりと、俺から離れて行く。視界に入る薔薇より更に遠くへ行ってしまう。

追い掛けろ、何やってやがる。ジョットに結婚を申し込むと決意していたじゃねえか。

だが俺の足は動かない。庭園の中から抜け出せない。あげく膝が重力に従い地に落ちるのを感じた。

本当に、お終いだ。終わった。

ジョット、謝るから。何度だって謝る。俺を許してくれ。本当にお前が大事なんだ。もう遅いかもしれないが本当に。だから。だから……。

夜風で薔薇の花びらが散ってゆく。舞いながら落ちるそれより俺は劣る。

 

 

その後の事は、あまり覚えていない。アラウディに会ったような気がするが、確かではない。

ジョットの部屋に戻った頃には既に夜が明けていた。

奴が起きた事は屋敷中に広まっており誰もが喜んでいる。俺のその一人なのに、なんだこの喪失感は。俺は何を失ったんだ。

呆然と立ち尽くしていていると、雨月が入って来て何か言っている。召集?守護者?緊急?ジョットが呼んでいるなら行こう。

俺はもうジョットのただの部下。それだけが存在理由になってしまったのだから。

引っ張られるまま執務室に向かうと、ジョットがいた。当たり前か。ここもお前の部屋だからな。もう俺が贈った服は着ていなかった。今となっては懐かしい、気難しそうなブラックスーツとマントを付けている。ああ……、そうだ。これがお前の本当の姿なんだ。

俺が勝手に押し付けた願望なんて邪魔だったろう。

 

「さて………、集まったな、諸君。今まで迷惑を掛けた。私はこの通り元気だ。失われた一年を埋める為みんなの力を借りたい所だが、………私はここを出る。後継者は決めていない。つまりだ、…………ボンゴレを解散させようと思っている。」

 

 

**

 

 

私はあの日、仕事が朝まで掛かって憔悴していたのにも関わらず、昼にはまた外せない会議があって疲れきっていた。それでも自分の部屋に帰って、Gの顔が見たかった。

でもあいつの胸からその指輪の箱らしきものが転がった時、疲労からなるストレスが最高潮に達してしまった。あいつは獄寺と同じで銀製品が好き。私が仕事に溺れている間そんなものに夢中になっていたのだと勝手に思い込み、あの発言に至る。Gが怒るのも無理はない。

他に婚約者がいるなどという言葉は嘘だと解っていた。奴は覚えていないと思うが、昔酒の席で私と喧嘩になり酔いに任せ同じような事を言った。されど翌朝、当時私が欲しがっていたネックレスを買って気まずそうに「……悪かった」と渡してきたのである。

だから私も、次の日になれば何らかの方法で仲直り出来ると思っていた。

そこに割って来たのが突然の争い事だ。Gが現場に向かったと聞き、私もすぐさま向かった。超直感が働いていたのかもしれない。こういうものは嫌な時に一番反応する。

だが遅かった。私がGを見つけた時、真っ赤な血を流しぴくりともせず血に伏せていたのだ。

昨日の事が蘇る。何故、私は。何故、どうしてあんなひどい事を言ってしまったのか。後悔だけが私を包む。涙が溢れそうになったが、そんな事をしていたらGを二度と声を交わす事が出来なくなる。

嫌だそんなの。嫌だ。私は感情に任せ走り寄る。どうしたらGは助かる?どうしたら……。

混乱する中、ある一つの方法が浮かんだ。それはあまり好まれない、いや倫理に反する方法だ。消えゆく命を助けるには、それ相応のものが必要。今捧げられるのは、私の命。私の持っているもの全て。私は躊躇いなく、Gに触れた。

これを贖罪にしようとは思っていない。許してなどと言わない。だが私の全てでGが蘇ってくれるだけで良かった。

「死ぬな、G。」

Gの体に波動を送り込む。みるみる傷は治っていった。反対、自分の体が段々と重くなってゆくのを感じ息切れをしだす。これでいい、これでGが、助かる。

意識が朦朧となる程波動を流せば、Gの体には傷一つ無くなった。周りにいた部下達が体を支えようとしてくれたが、私はいらんと言い立ち上がろうとする。しかしうまくいかず、Gの上に倒れ込む。

その時だった。あの指輪を見つけたのは。胸ポケットに固い箱。間違うわけがない。虚ろな意識の中、それを、取った。

他の婚約者──いるわけがない。でも、あの時の私はまともな判断が出来なかった。「もしかしたら」の可能性を感じ、その箱を握り再び立ち上がる。

 

そのうち他の守護者達が駆け付け、抗争を治める事を命じGを任せると私は正気なふりをしてそこを去った。ふらふらと、一歩一歩必死に歩き屋敷へ向かう。最早気力だけだった。

やがて限界が来る。そこは屋敷の薔薇庭園。重力に逆らう事も出来なくなり、私は薔薇の海に飛び込んだ。箱が手から滑る。転がり、私の手の届かぬ場所に行ってしまう。視界の中にはあるのに、掴めない。だが無数の薔薇の下で静かに佇むその姿に安心した気持ちもあった。

これで、簡単には見つからない。Gは、私の知らない、婚約者とかいう人間に指輪を渡せなくなる。醜い私の感情が生み出した意地悪。困ればいいと思った。ただ、それだけ。

「ざまー……、みろ……。」

視界が徐々に狭くなる。箱がぼやける。

死を覚悟した。ブラックアウトし、次目覚めた場所は地獄だろうと予想したが残念ながらかすりもしなかった。

 

意識を取り戻したのは私の部屋だろう場所。人の声でわかった。暗闇の中で、声だけが聞こえる。

ああ、なんだ、生きていたのか。人間らしく安堵する。起きてみよう、………体が動かない。石になったようだ。私は生きながらに死んだのか?

でも、外部の声は聞こえる。どうやら私は眠っているらしい?何を言う、起きているぞ。聞こえるぞ。声を出す事も出来ない。

……アラウディが言っている。私には目覚めたくない事情があると。遠くにGの声も聞こえた。

目覚めたくない?私は私の体なのに解らない。目覚めたくないだなんて。そんなわけ………。

はっと、あの箱が脳裏に浮かぶ。Gが用意した、誰かに渡す筈だった指輪。私はそれを勝手に奪い投げ捨てた。

………なんだ、解っていたじゃないか。

こんな私を、Gが愛してくれるわけがない。自分勝手な私など。それを認めたくなくて、起きたくないんだ。

 

そしてその時から、暗闇の中で、Gの声が何度も何度も聞こえてきた。起きていた頃には、なかなか言ってくれなかっただろう甘言。聞いてるだけで恥ずかしかった。

その中で、Gは私に何回も詫びていた。泣いていた時もあったかもしれない。

……G、お前は悪くないんだ。悪いのは私。私がお前に合わせる顔が無いんだよ。だからお願いだ。私じゃない「婚約者」に指輪を渡して、幸せになってほしい。

Gが私に愛を囁く度そう祈った。長く掛かれば、長く私が寝ていれば、いつか私を捨ててくれると思ったのに。

一年、Gは私を愛し続けてくれた。こんな私にそこまでする必要があるのか?お前の大事な指輪を、私は奪ったんだぞ。

 

 

**

 

 

「マジか。」

妊娠検査薬を買ったのは眠る前のこと。病院に行く暇が無かったんだ。

それが示したのは、妊娠。私はGの子を身籠もってしまったのだ。ああー、そうだなあ、考えてみれば心当たりはある。何より奴が避妊をしたがらないし。

深夜の洗面所、私は途方に暮れた。奴は今出張中。帰って来るのは三日後だ。

「さて、どうするか……。」

恋人同士という自覚はあったが、まさか結婚を考えてはいまい。Gはそういうの好きじゃなさそうだ。子供が好きというのも聞いた事が無い。

いやいやいや、大事なのは私がどうしたいかだろ。勿論生みたい。この子は私の子だ。何があろうと守ってみせる。それにGが賛同してくれるかどうか………。

私はその三日間で深く考えた。告げて仕方無く「結婚しよう」と言われてもお互いよろしくない。堕胎しろと言われたら別れる。考えるだけで恐ろしい。

どうにか、この子が何事もなく世に出られる方法はないか。正直、マフィアとなってしまった今のボンゴレは継がせたくない。

……という事は。私が適当な理由でボスを退任し、どこか遠くへ行けばいいのではないか。妊娠が明るみになる前に。そうだ、それがいい。

「……持病が悪化した……、知り合いが呼んでいる……、うーん、なんかうまいのが浮かばないな………。……ボンゴレ自体を解体するか……?いやいやいや。」

 

 

 

眠っているうちに妊娠はばれ、Gにも知られた。アラウディから告げられた時、どんな表情をしていたのだろう。怖い。面倒臭そうな顔をしたんじゃないのか。ただでさえ色んな事で迷惑を掛けたのに。

何より、指輪を勝手に捨てた時点で私にはGと一緒にいる権利は無くなった。

眠っていた期間は考えるいい時間になり、ボンゴレを離れようと決める事も出来た。

その決意をした時である「体が動いた」のは。私はついに目覚めたのだ。

一年ぶりに見た自分の部屋。何も変わっていなかった。起き上がりベッドから下りると、私は見た事も無い女らしい服を着ていた事が解る。毎日着替えさせてくれたのは知っているが、これはGが買ってきてくれたのだろうか。

違和感を覚えつつ、暗闇を見渡した。何という事、よりによって深夜に起きてしまったのだ。

ふと、ソファに眼がいった。窓からの月光で、深い赤が光っている……。まさかと、近付いてみればやはりG。ずぅっと、こんな所で寝ていたのか?

「あ………。」

その美しい寝顔を見た時、指輪の事を思い出す。触れてはいけない。そんなの許されない。

覚悟はしていた。だが謝らなければ。指輪を、返さなければ。

私は裸足のまま、すぐ部屋を出た。ぺたぺたと音が響くが誰かが気付く様子もない。薔薇園、薔薇園………。

ふと誰かとすれ違う。闇ではっきりとは確認出来なかったが、人である事は間違いない。メイドだろうか、いや今は指輪を探さなければいけないんだ。

 

一年前の事を思い出しながら、私は薔薇を掻き分け箱を探す。棘が肌に当たって痛い。気にするな、気にすればもっと痛む。

だがうろ覚えの記憶で匣が見つかるわけが無かった。庭師が見つけ捨てた可能性もある。

………涙が出てきた。相手が誰であろうと、私は人の覚悟の証を捨てたのだ。自分がそんな事をされたら、絶対に許さない。

Gに謝りたい。謝って、どこかへ消えたい。Gに軽蔑されるぐらいなら、身を隠してどこかで暮らしたい。

でもどちらにしろ軽蔑されるに決まってる。あんな事言ったんだ。私は何もかも、戻れない、返せない場所にいる………。

「ジョット………?」

後ろから、奴の声が聞こえた。

 

 

**

 

 

悪くない選択だね、とアラウディは言った。

「………そうか。」

「もうこんな暴力集団、解散した方が街の為さ、……と言いたい所だけど。」

仕事の報告書を机に投げ、アラウディは言った。

もう私は以前のような状況に戻り、一年の空白など無かったように仕事をこなしている。

ボンゴレは解体する事についてうだうだ言う奴もいたが適当に黙らせた。今の仕事はそんな部下達の就職先斡旋だ。

そんな私を奴は笑う。

「自分の為だろ?」

アラウディの言葉が私の胸を抉った。この男には何も隠せない。考えている事が見透かされている気がする。

「そう見えるか?」

「見えるね。腹の子の為に逃げるんだろ、君は。」

「………当たってるな。」

「愚かだ。」

「なぜ?」

「……勘違いも甚だしいんだよ、君は。」

「勘違い?」

書類から顔を上げると、視線を反らすようにアラウディは机の前から離れ接客用ソファに座りそっぽを向いた。

私は奴が言っている意味が解らない?私が勘違いだと?Gとした喧嘩の事か?いや、アラウディがそんなの知っている筈が無い。

状況が掴めない私に奴は続けた。

「……… あれは毎日毎日、君の部屋のソファで寝ていたよ。起きればすぐに君の体を拭いてやって、髪をとかしてさ。服だって君に似合いそうなのを勝手に選んで買ってくる。それも何着も。仕事が終わったら真っ先の部屋に行って他愛もない話をする。酒もやめたみたいだね。……そしてソファに寝る。…………その繰り返しさ。同じ事を、一年間。僕なら発狂してるね。狂気の沙汰だよ、あんなの。でもあれはやめなかった。君にずっと詫びていた。君の腹の赤子にも話し掛けていたよ。」

アラウディが言いたい事は、すぐに解った。

いいや、本当は自分で解っていたんだ。でも、それは、Gの怪我を治したから、そのお礼でやっているんじゃいかとも思っていたんだ。Gは義理堅いから。

「………僕はそういうのには疎いけどさ、………こういうのが愛と呼ぶに相応しいと思ったね。」

「……もういい、アラウディ。もういい………。」

書類に、パタパタと雫が落ちた。押さえきれない。

どうしてGを信じようとしなかったのか。私は、何という、何という………。

「君、あれだけ尽くして貰って何も思わないだなんて、相当高尚な精神を持ち合わせいるみたいだね?羨ましいよ。」

G、私はお前が好きだ。お前も私を好きだと何度も言ってくれた。

……その気持ちを私は無碍にしているのだ。自分が傷つかないように。Gを理由にして、私は逃げている。アラウディはそれを見透かしていたんだ。

「君が何に怒ってるかは知らない。……もう許してやれば。」

「怒ってなど。」

「君がそう思ってなくても、彼はそう思うんじゃない。主観で物事を判断するのは君達小動物の悪い癖だ。」

………私は、何も。何も怒っていない。Gが"そう"思い込んでいるのなら、私はなんて女なんだ。……最低だ。

「……すまない、アラウディ。」

「はぁ?僕は仕事に支障が出るのは避けたいだけさ。小動物は小動物なりに生きればいい。僕に迷惑を掛ける事無くね。」

「……そうする。」

顔の見えないアラウディに、心の中で感謝をした。ありがとうなど言っても「言われる筋合いはない」などと言われてしまうだろうし。

そのまま私は執務室を出た。

スーツを脱いで、Gに会いに行こう。

 

 

 

「……………ヌフフ、貴方もお優しい。」

「……失せなよ。」

 

 

 

 

目覚めた時、自室のクローゼットに見た事が無い服ばかりで驚いた。他人のものを開けてしまったかと思う程に。

フリルが多く、女らしい服。ワンピース、ドレス、アクセサリー。……昔、私が欲しいと言った事がある服も。Gが買ってくれたのだろうというのはすぐ予想出来た。

私はその、欲しいと言った服を取る。スーツをベッドに投げ捨て、鏡を見ながら身に纏う。

髪とかし、少し身を整えて。

「………よし。」

ボスではない自分。人間、女、そして、母親。

まだ膨らんでもいない腹を撫で、私は決意した。この子が苦しい思いをしないように。最善の未来を望む。

鏡から離れ、ドアへと向かう。Gは一年も私の側にいてくれた。その愛、どこに疑う所があろうか……。

詫びつつノブを掴み、ドアを開ける。

「!」

「…………………あ。」

開けたその真ん前に、Gが立っていた。同じくドアを開けようとしていたのか、手が腰のあたりで浮いている。

「G!」

「ジョット………。お前、どこかに行くのか?」

何故ここにいたのかという問題をよそに、着飾った私を見て奴は不安げな顔をした。私がどこぞの男の元へ行くとでも思ったのか。そんなわけなかろう。

私はお前の所へ行こうとしていたんだ。

「いいや。お前を探そうとしていたんだ。」

「………。」

何故?という顔。言わなくても解って欲しかったが、今の私達には難しい。でも焦る気持ちは無い。非常に、心は穏やかだった。

「G、私はお前に謝らなければならない事がある。」

「お……俺もだ!あのな、ジョット……。」

身振り手振りまで始めたGを諫め、唇に人差し指を押し当ててやる。……まず、私から。

「私な、お前の大事なものを………、指輪を、取ったんだ。」

「え?」

「それを薔薇園に捨てた……。本当にすまない。お前が誰かにそれをやると勝手に勘違いして……。本当にすまない。……ごめんなさい。」

誠心誠意、頭を下げようとするが残念ながらGに阻まれ抱き締められた。目覚め、薔薇庭園で抱かれたきりだったから、私も嬉しくなり背中に手を回す。奴の肩が震える。

「……そんなの、いい。」

「ちゃんと……謝りたかった。お前の大事なものだったから……。」

「いいっつってんだろ。それに……ここにある。」

一度離れ、Gは自身の胸ポケットに手をやった。そこから出てきたのは、私が捨てたと思っていた指輪の箱。Gが拾ったのだろうか。

驚いている私に、向かって、その箱を開けた。途端輝く銀の指輪。

「………こんな事、言えた質じゃねえが……。これはお前の為に準備してたんだ。……お前に渡したくて……、悪かった。あんな事言うつもりじゃなかったんだ。本当に……。」

「もういい。私がお前の心も知らずひどい言葉を言ったせいだ。」

「違う!」

また悲しそうな顔をするG。そんな顔をしないでくれ。見たくない。お前の悲しい顔は見たくないんだ。

「私はお前が好きだ、G。だから、その指輪を渡すであろう人間に嫉妬してしまったんだ……。」

「ジョット………。」

全て正直に話そう。それが答えだ。やんわり笑うと、Gが突然、片膝を床に下ろした。そして私の左手を取る。

「………改めて言わせてくれ。……俺と結婚しよう、ジョット。幸せにする。お腹の子も。絶対に後悔はさせない。」

「後悔など……。」

同じく膝を落とし、Gの右手を両手を握る。少しだけ、震えていた。

私が断るわけないだろう、G。私はお前が世界で一番大事なんだから。

「…………愛している、G。こんな私だが、……よろしくお願いします。」

それを宣言した途端、再び胸に抱かれた。痛いくらい。あ、そうだ……。

「G、指輪………。」

「!わり、ジョット、もっかい……。」

慌ててGは私の左手を取る。すぐに指輪を箱から抜き、ゆっくりと、薬指に通されていった。

ああ、なんて……。幸せとはこういう事を言うのか。長い長い時間が掛かってしまったような気がする。

輝く指輪を眺め、自然と涙が溢れた。次から次へと流れて止まらない。

「す、すまねえ……。」

「何で謝るんだばか……。もう謝るのはお仕舞いだ。」

ふと見ればGも泣いていた。いい大人が廊下でわんわん泣くなど何事だろう。仕方あるまい。それだけ私達は遠回りをしてしまったのだ。

 

 

**

 

 

 

「雨月!見てこれ。たっかそうな指輪!」

「おや、本当に高そうだなあ。買ったのか?」

「ううん!薔薇庭園で拾ったんだ!半分埋まってたけどね。」

「なんと持ち主は一体誰でござろう……、ん?指輪の内側に………。」

「あ。」

 

 

 

 

庭園に沿って造られた小道を、俺はジョットと歩いていた。今日はオフだからどこへ行ってもよかったのに、こいつは屋敷で薔薇を見たいと言う。

「あんまり無理するなよ。体に触る。」

「お前な、少しは運動しないと駄目なんだぞ。」

眼に見えて膨らんで来た腹を見る度、本当に父親になるのかと実感する。悪童と呼ばれた俺達も親になれちまうもんだ……。

庭園の中にある東屋まで行くと、メイドが茶を用意して待っている。ジョットが好きな甘いものも並んでいた。

「G、私はあそこで休んでいるから……いいぞ?」

「何がだ?」

急に立ち止まって言い出し、俺は一瞬何の事を言ってるのか解らなかったが、ジョットの唇を指差す行動で理解する。煙草か。

「いいぜ別に。つか禁煙してんだけど。」

「!そうだったのか?」

当たり前だろうが、と溜め息。変な事に気い使いやがって。妊婦がいるのに煙草吸う馬鹿がどこにいる。いつから、とジョットが聞いてきたが、思い出せばこいつが眠りについた時から吸ってない。そういえば。

「やれば出来るものだな……。」

「お前な……。いいから行くぞ。」

指輪が光る左手を引き、東屋や向かう。メイドは紅茶を入れ俺達を確認してから、奥に下がった。

「ううん……太りそう。」

「馬鹿、今は太っていいんだよ。」

テーブルに並べられた甘い菓子達を嬉しそうに眺めるジョット。食欲はあんまり変わってねえし健康って言えば健康か。

向かい合って座ると、ジョットは早速フォークを手に取った。大好物のケーキを一口ずつ、えらく上品に食べるその姿を眺める。

こんな姿をずっと見る事が出来たらどんなに幸せか。……あんな一年はもう真っ平ごめんだ。

ふと、俺は忘れていた事を思い出した。

「ジョット、式はいつにする。」

「え!?」

綱吉達もジョットが眠っていたおかげで先延ばしになっていたし。女の夢なら叶えてやらなきゃなんねえだろう。

だがジョットは、顔を真っ赤にし首を横に振った。

「い、いや、私は式はいい……。」

「なんで。」

「色々大変だし。」

「ボスとしては大変だろうな。だが俺の妻として、なら軽い式でもいんじゃねえか?身内だけでよ。」

「妻!」

いちいち顔を赤くすんのはやめろ。戸惑うフォークでケーキもぐちゃぐちゃだ。

子供が生まれた後でもいい、いや、組織を抜けた後でも……抜けれるかどうかはわかんねえが。

「………G。」

「あ?」

「なんでそんなに優しいんだ?私が眠ってる間に何かあったのか?」

恐る恐る聞いてくるジョット。そうだよな、こいつの中の俺は、眠る前のあの無神経な俺だもんな……。

「違えよ。別に普通だろ。お前が好きだからこうなんだよ。」

「だから!そういうの!」

あんなプロポーズをしたのにまだ言うか。これが本当の俺なんだ、って事を解らせるには時間が掛かりそうだ。

そういうお前こそ、すっかり女らしくなりやがって……発情してるこっちの身にもなれと叫びそうになったがやめた。

「あ。」

するとジョットが、俺の更に後ろに眼をやった。振り向けばランポウと朝利が近付いて来ている。オフだっつーのに。何か起きたのか。

「ジョット!元気?」

「元気だよ。」

ランポウがすぐジョットの側に寄って来た。子供が出来てからというもの、こいつは前よりも更に甘えたがりになった気がする。

そいつはジョットに任せ、俺は朝利と向き合った。「何か起きたか?」と。そしたら奴は飄々と返して来やがった。

「いいや。お二人が見えたものだから。ぜひお邪魔しようかと。」

「……あーそうかい。」

「ジョット?お腹触ってもいい?」

「いいぞ。ランポウの妹のようなものだからな。」

「えへへ、俺様にもついに手下が………。」

「アルノ川に流すぞアホ牛。」

……ランポウとデイモンだけには懐かない事を願う。一睨みし牽制してから、撫でるのを許可してやった。

「しかし、Gも父親でござるか。不思議なものだな。」

「何が言いてえ……。」

「他意は無い。」

別に、なるべくしてなっただけ。俺がジョットの事を愛しているからこうなった。それだけの事だと。朝利も解ってるくせに。白々しい。

「あ、そういえば先程こんなものをランポウが拾ったよ。」

「?」

朝利が袖から出したもの、それは間違いなく「あれ」だった。ジョットも驚いている。

………指輪が入った箱だ。泥だらけだが、それは俺が買ったもの。

「G?」

「いや、あの……。」

「Gは無くしたと思い込んでもう一回同じのを買ったのだろう?」

「そうなのか?!」

ち、こいつ余計な事を。ジョットがしなくてもいい焦りをしてるじゃねえか。いいんだよもう。過ぎた事なんだよ。

「なんで言わんのだG!馬鹿!」

「いやもういーって………。」

結局それはただのきっかけだったんだ。本当に、ただの。

 

 

 

俺とジョットは、しばらく経ってから小さな教会で式を上げた。呼んでもいねえ奴等まで来て五月蝿く賑やかなもんになっちまったが、まあジョットが笑ってたから許せたもんだ。

そしてすぐにボンゴレを抜けた。俺とジョット、増えるだろう家族で、人が少ない所で今は暮らしている。

何に怯える事無く、安らかに眠れる場所で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Gプリ♀、シリアスめ。獄ツナ♀もいます。
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