ダンジョンキーパー(六)
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 森林の樹海。それこそがこのダンジョンを一言で言い表せる表現である。

本来は単に大きな御山を中央に抱く広大な森であり、入り込んでも磁石さえあれば容易に出ることができる。しかし、セノミの大鳥居から入った場合だけは別だ。

薄暗い霧が立ち込め、右を見ても左を見ても同じような大木ばかりが見え、磁石も回転し続けるだけで役に立つことができなくなる。また、セノミではやかましいほどと感じられた虫の鳴き声も止み、なにか禍々しい、異様な視線と気配ばかりが辺りを支配していた。

冒険者にとっての唯一の目印は、鳥居から入って正面に見える御山と夜の星だけであり、これをもって現在地と方角を推し量ることを余儀なくされるのである。

鳥居を潜ったナルサワはすでに異界の雰囲気で足がすくんでしまうのを感じていた。

小さい頃に両親に連れられ、何度か修練と称して連れられたことがあったが、両親の死以降はまったく足を運んだことがなかった。

ここが両親の死んだ場所。

思い出したくなくても思い出してしまう自分に情けなさを感じていると、不意に後ろから湿った何かを突きつけられた感触がして、びくりと震え上がってしまった。

「なにをしておるナルサワ。ポウの匂いはこの先じゃぞ。さっさと進まぬか」

 慌てて振り返りランタンの光を向けると、いつの間にか本性を現して狛犬型となったコマが鼻を突きつけていた。

カラも同じく狛犬型となって鼻をひくつかせている。

「久しぶりに本性をだすとこの四足もなれぬな。のうカラ」

「ん」

 守り神としての本来の姿、狛犬型となった二人は、大きさとしては共に全長が2m近くあり、ナルサワの胸ぐらいまでの大きさを持っていた。先ほどから鼻と耳を忙しなく動かしては何かを探す仕草をしているが、ダンジョン内ではその鼻と耳で冒険者の居場所を特定することができるのである。

その守り神としての特性がダンジョン内を迷わずに移動することができる秘訣であり、ダンジョンキーパーをその職務に当たらせることができる要因でもある。

「無理はしないで」

 ふとカラは振り返り、心配そうな声を掛けた。その声と視線でナルサワは先ほどのカラのぬくもりを思い出した。

腰に差した真改国貞に触れる。

今は一人じゃない。そう思うことでどうにか足の震えは抑えることができた。

「大丈夫です。行けます」

「よし、その意気じゃ。ではカラ、続けて探索を頼んだぞ」

「ん」

カラが一歩進んでナルサワの前に出た。鼻を高く上げ、耳を激しく動かしてはポウの居場所を特定しようとしている。

やがて、ぴたりと耳の動きが止まった。

「かなり遠いけど……だいたいわかった」

「さすがカラは探し物が上手いの。わしはまだ方角しかわからぬぞ」

「ん。私が先導する……ナルサワは後ろを付いてきて」

「わかりました」

「では、我は殿を務めるかの」

 こうしてカラ、ナルサワ、コマの順でダンジョンを進むこととなった。

大木を抜け、時折現れる大猿のような生き物や危険な人食い植物を撃退し、急斜面を下り、沼を迂回してはポウの匂いをたどりダンジョンを歩き続ける。

すでに夜は明け、陽が東から南に近づこうとしていた。

途中休憩を挟みながら進むうちに、ついに3人はダンジョンの奥、御山の近くにまでたどりついたのだった。

3人の目の前には御山に開いた大口のような洞窟が暗闇を広げて待ち受けていた。

「この先から……ポウの匂いがする」

「この先……ですか」

 1メートル先も見通せない暗闇を覗くと、、まるでダンジョンに漂う瘴気はここから撒き散らしているのではないかというような思いにとらわれてしまう。

だが、ここで足を止めるわけにはいかないということはナルサワがよくわかっていた。

カンテラをかざすと、光に当てられたなにかがうごめくような気配を感じる。

それは気のせいだ、と心に唱え続けてナルサワは洞窟に足を踏み入れた。

その両隣を支えるようにコマとカラが並んで歩みを合わせる。

きぃきぃとコウモリの鳴き声に近い音が辺りに反響していた。今のところはそれらが襲い掛かってくる様子はないが、ダンジョンでは何が起こるかわからない。

気を引き締めながら歩くうち、水が流れる音が聞こえてきた。

湧き水があるのか、と思いながら音の方向をふと覗くと、鼻をつく匂いを感じた。

なにかが燃えたあとのような、つんとした匂い。そのの向きにカンテラを向けると、集められた木が燃えかすとなって残っているのが見受けられた。

明らかに誰かが焚き火をした跡であった。

「コマさん、カラさん」

「うむ。焚き火跡のようじゃの」

「近い……もうすぐ……」

 焚き火跡を調べるナルサワとコマを他所に先ほどよりさらに激しく匂いを嗅ぐカラは、不意に立ち止まると弾けるように2人のほうを向いて声を上げた。

「見つけた」

「本当ですか、カラさん!」

「うぬ。よくやったぞカラ!」

「こっち」

 湧き水の流れを滑らないように慎重に歩く3人。

数分も歩かないうちにナルサワの持つカンテラの光は洞窟のでっぱりを枕に横になる人物を照らし出した。金色の輝きを返すその髪の人物は、まさしくポウであった。

「ポウさん!」

 真っ先にナルサワはそばに駆け寄ると、かすかに開けられた口元に手を当てた。

瞳は閉ざされているが、口からは規則正しい息が吹きかけられ、大事はないことが確認できる。

ひとまず胸を撫で下ろすナルサワだったが、ポウは深く疲労しているのか抱き上げても目覚める様子はなく、服や縫い付けた鎧はボロボロに傷ついており、腰に差したメイスも血脂や泥がこびり付いていた。

「コマさん。彼女を載せられそうですか」

「余裕じゃ。おなごならさほど重くなかろう」

「わかりました。乗せますよ……」

 抱き上げたポウを優しくコマの背中に乗せる。

そのときだった。

「ん……」

 ポウが呻くような声を出すと、薄く瞳を開けた。

「ポウさん。気づきましたか」

「あなたは……ダンジョンキーパー?ここは……」

「まだダンジョンの中です。帰還予定日をすぎても戻ってこなかったので、あなたを迎えにきました」

 そう言ってポウの腕をコマの首に巻きつけるように置く。あとはコマが慎重に運べば特に落ちる心配はない。

だが、ポウはその腕を伸ばし、コマから降りようとしていた。

「ちょっとポウさん!?」

「お、おい……」

コマがバランスを崩し、ついポウを落としそうになってしまう。

横からカラが支えに入ってバランスを取り戻すが、なおもポウはコマから降りようともがいていた。

「ん……」

「おぬし無茶をするな。ろくに動けんじゃろ」

「大丈夫だ……そこの荷物を取りたいだけだ」

「荷物?」

 ポウの視線を追ってカンテラの光をかざすと、たしかにポウの物らしき袋が壁に立てかけられていた。

しかしその大きさはポウの身長に迫るほどに大きく、見るからに重そうな袋である。

とても救助者を抱えながら持って帰還できるほど余裕のある大きさではない。

「あれは……ぜんぶおぬしが集めたものなのか?」

「ああ。この3日間で手に入れられる宝はすべて取ってまわったからな」

「大きい……」

 コマとカラが呆れてしまっている。当然、ナルサワも同じ気持ちであった。

「だめです。あんなものを担いでいては、襲われたとき応戦できません」

「なんとしても持ち帰らねば……」

「無理です。そもそも3日目で帰られるように抑えていればこんなことにはならなかったんですよ」

「目の前に金目のものが転がっているのに、拾わずにどうしろというのだ」

「……とんでもない守銭奴ですね、あなたは」

「勝手に言え。なにを言われても、私はあれを持って帰る」

「ちょ、おぬしそんなに動くな、落ちるぞ!」

 なんとしてでもコマから降りようとするポウと、バランスを崩して倒れないように必死に抑えるコマとカラが揉みくちゃになってしまっている。その間、ナルサワはポウに対して気にかかっていた点を思い出していた。

(家に余裕は……)

「家のため、ですかポウさん」

 その言葉に、ポウはぴたりと動きを止めた。

 ナルサワの方に顔を向ける。その顔はまるで鬼のように牙を向いた形相であった。

「貴様、なぜそれを知っている」

「知りませんよ。あなたの言葉や行動から類推しただけです」

「……ふん」

 それだけ言うと、顔を逸らしてしまった。

 ポウがおとなしくなった隙にコマが体を地面に付けた。地面が近くなったのを幸いにポウは動かない体を這ってコマの体を降り、袋の方に近づいていった。

体を擦る音が洞窟の壁に響く。

しばらく沈黙を保っていたナルサワだったが、不意にポウを追い抜き、大袋を「よいしょ」と勢いよく担ぎ上げた。

「貴様……」

「わかりました。これは私が担いで持って帰ります。ただし、危険が迫れば躊躇無く捨てますからね」

「……」

 ポウは何も言わなかった。

ナルサワのそばにコマとカラが近づく。

「大丈夫なのか、ナルサワ」

「平気でしょう。ある程度は雑に扱っても人間みたいに文句は言わないですから。コマさんは彼女を、カラさんはカンテラで先導をお願いします」

「ん」

 袋を担ぐ際に地面へ置いたカンテラをカラは口にくわえ、出口へと向かっていった。

ポウは近づいたコマに乗り、落ちないように首に手を廻すとゆっくりと歩き出した。

そしてナルサワは大きな荷物を抱え、遅れないように付いていったのだった。

説明
ダンジョンキーパー本編の6です。あげる前に最終推敲として一読してますけど、なんか納得いかないですね。 小説を書くたびに「もっと上手く書けないのか」と反省。けどあまり描写を入れすぎるとこういったところにあげるには長くなりすぎるというジレンマが……。
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