【T&B】No road in long with good company.(旅は道連れ世は情け)【牛&炎】 |
「それにしてもあのタイガーにワイフがいたなんてねぇ……」
静かな夜だった。
行きつけのバーに客足は少なく、カリーナも最近はアルバイトを減らしたようで、ピアノは大きなインテリアになっている。
アントニオは毎日の習慣で寝酒を飲みに足を運んだが、今夜は隣に鏑木の姿がない。今ごろは、市長の息子に手を焼いていることだろう。
代わりに、隣の席にはネイサンが足を組んで座っていた。
「アナタ、知ってたの?」
「ああ、まあな」
鏑木との付き合いは長い。ヒーローとしての付き合いより、ずっと。
小さい頃からレジェンドを尊敬し、ヒーローを目指してきた鏑木を追うようにして、アントニオ自身もヒーローになった。
どんなにかポイントがなくても、アントニオにとっては鏑木は、ずっと一番のヒーローだ。
その鏑木が生涯を賭けて護ると決めた女性を紹介された日のことを、アントニオはずっと忘れない。
――護りきれなかった、と鏑木がつぶやいた夜のことも。
「ンもう、知ってたならどうして教えてくれなかったのよう」
傍らのネイサンに小突かれて我に返ると、アントニオはグラスに残ったウイスキーを呷った。
隠すような性質のものでもないし、聞かれればいつでも答えただろう。でも、わざわざ吹聴するようなことでもない。鏑木は最愛の娘と離れて暮らしているんだし。
それとも、ネイサンが本気で鏑木とどうこうなろうと思っていたのだとすれば、不親切だったのかもしれない。
隣でグラスの縁についた口紅を拭うネイサンの横顔は、とてもショックを受けているようには見えないが。
「……アナタは?」
カウンターに肘をついて、その先にぶら下げるようにグラスを揺らすネイサンが、こちらを見ずに言った。
「うん?」
「アナタだって、女が放っておかないんじゃないの? どうしてまだ一人でこんなトコロで飲んでいるのよ」
こんなトコロ、と言われたバーテンダーがグラスを拭く手を一瞬止めた。ネイサンが短く笑って、ウインクをひとつ飛ばす。
アントニオは空になったグラスを押しやると、今夜三杯目のウイスキーを注文した。
「そういえばお前、この間の話の続きはどうなったんだよ。なんて言ったか、……マッケンロー?」
「あら、聞いてたの」
ネイサンは長いまつげで装飾した眸を大きく瞬かせてアントニオを振り向いた。
いつもながら、大げさなリアクションだ。
腰をくねくねと振りながら、長い手足で大きく身振り手振りをして見せるネイサンは、常におどけているような雰囲気を感じさせる。
「視聴覚室で想いは遂げられたのか?」
新しく差し出されたグラスを受け取って横目にネイサンを見ると、ネイサンは手元のグラスに視線を伏せていた。
「相手はラグビー部の人気者よ。アタシなんて相手にされるわけないじゃない」
隣で、急に火が鎮まったようだった。
アントニオは思わず口を噤んだ。
炎が燃え盛れば周囲は熱くなり、明るくも照らす。
しかしそれがひとたび鎮火してしまえば――
「そんな風に言うの、お前らしくないな」
アントニオがグラスを合わせると、ネイサンは視線を上げて苦笑を漏らした。
「お前はいい女だよ」
「……当たり前じゃない、何言ってんのよ」
ふ、と息を吐くように笑ったネイサンがグラスを空ける。
火を灯すには燃料が必要だ。今夜のミス・ブランデーは少しばかり、度数が高いのかもしれない。
説明 | ||
牛角さんことアントニオとネイサンがバーでだべっているだけのお話。BD一巻特典CDが下敷きになってます。◆どうでもいいですけど、アントニオとネイサン書いてるとすっごく焼肉って感じですね。 | ||
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