【腐】There is no teacher for love.(恋に師匠無し)【コテバニ】 |
「それでな、ドラゴンキッドがー……」
燦々と照りつける太陽。
平日昼間の公園には、未就学児を連れた親子や、老人の語らい、犬の散歩などで穏やかな時間が過ぎていた。
市長から預かった子供を無事――と言っていいものかどうか甚だ疑問だが――引き渡してから、アポロンメディアに向かう途中。
バーナビーの隣で、虎徹は上機嫌でドラゴンキッドの話ばかりしている。
要約すると、ドラゴンキッドが親のプレゼントの髪飾りをつけてきた、というだけの話だ。
それの何がそんなに喜ばしいことなのか、バーナビーにはわからない。
虎徹自身の親子関係に重ねているのだろう。そんなものをバーナビーが共有できるはずもない。
バーナビーには娘がいた試しがないし、――父親だって、遠い記憶の中にしかいない。
バーナビーがヒーローになることを知ったら、父親はどんな顔をして祝福してくれるだろうか、あるいは心配してくれるだろうか、そんなことを想像することすら難しい。
そもそも、父親が存命していたならヒーローになどなっていない。
だからバーナビーには、ドラゴンキッドの気持ちになることもできない。
「おい、聞いてんのか? バニーちゃん」
腰に手をあてた虎徹が、バーナビーの顔を覗き込む。
「聞いてますよ。それでいったい、僕はなんて言えばいいんです」
虎徹自身の話でもないのに、それは良かったですねなどというのもおかしな話だ。
とりとめのない会話なんて不毛で、時間の無駄だ。そして虎徹にはその無駄が目に見えて多い。
「……なんか、キゲン悪くねぇ?」
ハンチングの上から頭を掻いた虎徹が、歩調を緩めた。
バーナビーは速度を緩めずに公園の出口に向かう。
いつまた事件が発生するかわからなければ、会社で溜まっているだろうデスクワークは速やかに処理しておきたい。トレーニングとヒーローとしての出動時間以外では半分寝ぼているような虎徹とは、違うのだから。
バーナビーは心の内でそう不満を漏らしながら、知らず、歩くスピードを早めていた。
「おい、バニーちゃんって」
背後から虎徹がガニ股で追ってくる足音が聞こえる。
バーナビーは無視した。
何も相棒だからといって一緒に行動する筋合いはないのだ。
市長の小守りだって、虎徹が頼まれたのだし、ドラゴンキッドが子どもに好かれたのなら二人で済ませればよかったのだ。
バーナビーは必要なかった。少なくとも、誘拐犯の確保さえ除けば。
「何怒ってんだよ」
急に肩を掴まれて、バーナビーは勢いよく虎徹を振り返った。
「別に怒ってません!」
大きな声で言い返すと、公園内でくつろいでいる老夫婦がこちらを見た。
思わず、顔を伏せる。
「言いたいことがあるならちゃんと言えよ。言わなきゃわかんないだろ?」
完全に足を止められた。
振り返らせたバーナビーの両肩をやんわりと掴んだ虎徹が、身を屈めて顔を覗き込んでくる。
……これじゃまるで、聞き分けのない子供じゃないか。
バーナビーは掌をぎゅっと握ると、唇を何度か結び直した。
――心臓が
心臓が、強く脈打っている。
「……知ってたんですね」
慎重に言葉を発すると、少し、声が掠れた。
「え?」
案の定虎徹は聞き取り逃して、覗き込んだ顔を更に寄せてくる。
「知ってたんですね、子供がいること」
バーナビーが顔を上げると、虎徹がびっくりしたように顎を引いた。
「誰が。……あ、ロックバイソンか? あいつはだって、付き合いが長――」
バーナビーはまた長くなりそうな虎徹の話を聞かず、踵を返した。
三十分以内に会社に到着して、仕事に没頭したい。アポロンメディアでの業務は大して面白いとは感じなかったが、ヒーロー業の傍ら、スポンサー企業で働くことができるというのは有難いことだ。CEOにはよくして頂いている。本当に。
「おいっ、バニー!」
焦ったような虎徹の声が追ってくる。雑音だ。
最近、この中年お節介のハスキーな声を聞くと心臓がざわついていけない。
おそらく、今度はまたどんな面倒事に巻き込まれるのだろうと思うせいだろう。
大体、誕生日の時だって――
「待てよ!」
バーナビーの腕を強引に引いた虎徹が、声を張り上げた。
仕方なく足を止める。
また心臓が、ドクドクと跳ねている。
虎徹に掴まれた手首から脈を取られていないか不安になったが、きっと平気だ。虎徹はひどくお節介なくせに、驚くほど鈍感な男だから。
「さっきから一体何ですか、話なら歩きながらでも――」
「そんな、ヤキモチやくなって」
チチチ、と囀りながら、鳥が頭上を飛んでいった。
公園内を吹き抜けていく風が木々の葉を揺らし、バーナビーの頬を撫でていく。しかし、そこにのぼった熱を冷ましてくれるには足りないようだ。
「何、を――ヤキモチって、おじさん、馬鹿なことを」
「違うのか?」
違う、と即答できるはずの声が出てこない。虎徹の手を振り払えない。
おかしいな、不具合だ。そう言っても、これは生身の自分の体だから誰にも修理できない。
「ロックバイソンは付き合いが長いから、知ってて当たり前だ。でも、バニーちゃんしか知らないおじさんの情報もたくさんあるぞ」
歯を見せて破顔した虎徹が、引き止めたバーナビーの手に指先を絡めて公園の出口へ導いていく。
虎徹の歩調は緩慢で、会社に急ぐ素振りはない。しかし、バーナビーは虎徹の歩調に合わせて歩き出していた。
「例えばなー、……そうだな、うーん?」
調子のいいことを言った割には、虎徹はすぐに空を仰いで首を捻ってしまっている。
また考えもなしに、と呆れながら
バーナビーは半歩先を歩く虎徹の背中に、自分だけが知っている虎徹の話を教えようかどうしようか、迷っていた。
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9話後/恋心に対してちょっと子供なバーナビーと、鈍感なおじさんの話。 | ||
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