リント×レンカの詰め合わせ |
●ヘアスタイル
痛い痛い、痛いって言ってるじゃない、なんでそんなに見てるのよ。
譜面の内容なんて、全然頭に入ってこない。だって、彼がさっきからめちゃくちゃ見てくるんだもん。
目を合わせたら負ける気がして──何に負けるのかというのは、自分でもよく分からないんだけど──気を紛らわそうと努めると、どうしても楽譜をめくる手が早くなった。
(ああ、もうだめだわ)
じっくり読んでるふりをすればよかったのかもなんて、今更思ってもあとの祭り。
逃げ場をなくしたわたしは諦めて──声をかける。
「リント。譜読みしなくてもいいの?」
「……俺、ちょっと気になることがあるんだけど」
まさか「だろうね」とは言えなかったので黙って聞いていると、よっぽど触れてほしかったのか、冷静ぶったその奥に、きらきらと、期待のようなものがちらつく。こういうときって厄介なんだ、うん。
身構える私など意にも介さず、彼は右手に持っていただけの楽譜をテーブルに置いて、ずいと身を乗り出してきた。
「レンカさ、前髪邪魔じゃない?」
「は?」
「俺のヘアピン貸してやるから、ちょっと付けてみろよ」
「ええ……いいよ別に、これがわたしだし……」
「うるさい。可愛い顔してんだから、見せなきゃ損だぞ。いいか、顔は武器だ」
「ちょ、ちょっと」
いいと言っているのに、彼はどこからか櫛まで取り出す。見慣れた白のヘアピンが、いくつか銜えられている。
「ねえ……前髪留めるだけにしては、なんか」
「やっぱ、ちょっと髪いじらせて」
記憶によると、当初は三人掛けのソファに、一定の距離を置いた状態で座っていたはずなのだけれど──いつの間にか右側にはたっぷり余裕があって、わたしはこれ以上どうにもならないところまで追い詰められていた。
いや、追い詰められている。今もなお。
「リント、狭いって」
「んー、やっぱ隣に座ってちゃやりにくいなあ」
「せま……」
「レンカ、向かい合う方がいい? なんなら俺の膝の上でもいいよ」
「ちょ、おま」
「せっかく長い髪なんだから、色々やってみればいいんだよ」
「聞けやあああ」
これは参った、他ならぬ「鏡音」同士の会話が噛み合わないなんて由々しき事態だ。
「……リント」
「なに?」
「わたし、まだ「いい」とも言ってないんだけど……」
「なんだよ、今日はやけに細かいな。どーせ拒否なんてできないくせに」
そんなに自信たっぷりに微笑まれてしまったら、どうしても打ち砕きたくなってしまう。
けど、彼の言うことは正しい。わたしが彼を本気で拒んだことなど──少なくとも今のところは、ゼロだ。
「はいはい、どうぞ好きにしてください、リント様」
「だからレンカってスキ」
「ああ、そうですか」
「……んー、ツインテールは初音ミクとかぶるか……やっぱポニテ……なあ、どっちがいい?」
「──リントが似合うと思う方」
「……なんだよ、いきなり可愛いなお前」
「……やっぱなんでもない忘れて」
「照れるな照れるな……これ終わったらぎゅーしてやるからっ」
「いい! いいです遠慮します!」
「素直じゃないなー……お、やべえレンカ髪さらさら! うおお」
「……うるさいよ……」
自分じゃない誰かに髪を触られるのが、こんなに落ち着かないことだったとは知らなかった。
現在のわたしは、さっきよりも、更に機嫌良さそうに、鼻歌まで歌っている──そんな彼の、膝の上、だ。
●体重
「レーンーカっ」
「ふぎゃ!」
最近のリントは、わたしを呼ぶついでにぐいぐいポニーテールを引っ張ってくる。
びっくりするし、地味に痛いからやめてくれと主張してるんだけど、今日も彼が聞き入れてくれる気配はない。前にこの髪型を推したワケって、実はこれだったんじゃないかと疑ってしまいそうだ。
「普通に呼べばいいでしょ!」
「だって、なんか引っ張りたくなるんだよ、それ」
「じゃあ、ツインテールにすればよかった……」
「ツインテールは、二本まとめて掴んで、後ろからぐいってやりたいなあ」
「引っ張る前提で考えんなし」
「あはは」
背後に回った彼はどうやらポニーテールで三つ編みを始めたらしい。笑顔一つで丸め込まれるなんて、わたしもつくづく甘い女だ。
「それで? どうしたの」
「んーと……忘れた」
「おいおい……」
「すっげーどうでもいいことだった気がするんだけど」
そのどうでもいいことのために、髪を引っ張られるこっちの身にもなってほしい。
「あ、思い出した!」
「いたたた! 痛いってばリント!」
「おっと、ごめん」
言ったそばからすぐこれだ。今のは本当に痛かった。
「っもう……──!?」
そんな中でも即刻、彼の右手を制したわたしを、誰でもいいから褒めてほしい。
わたしの腰をしっかと掴んだリントが、「ちっ」と声に出して言った。
「……なにすんの、リント君」
「えっと……リフトアップ?」
「いやいやいや……どうしてそうなった」
「レンカって体重どのくらいかなーと思って」
「そんなの教えるわけないでしょ!」
「だろ? だから、実際に持ち上げてみてだな」
なにをそんな、自信満々に語ってるんだ。どうしてうちの相方は、こうもデリカシーがないんだろう。
わたしはこれでも女の子なのに。
「わたし、重いから持ち上げられないよ」
「そんな細い体して何言ってんの、お前」
「……!」
「細い」、「軽い」などといくら唱えたところで体重が減ることはないけど、リントは見え見えのお世辞しか言えないようなタイプだから、褒められると素直に嬉しい。
──いいや、ここでほだされては思う壺だ。自分をしっかり持て、わたし。
「だめったら、だめ。そういうリントだってめちゃくちゃ細いじゃない。ふらつかれたらわたし、絶対ショックだし!」
「大丈夫だって、男子なめんな!」
そりゃ、ミク兄くらいになったら、わたしなんて軽々と持ち上げてしまうんだろうけど──相手がリントとなると、まだまだ不安だ。
けれども、そのくだらない危惧は、彼の何かに火を点けてしまったらしかった。
「よっこらせ」
回された腕に気を取られている間に床は遠くなって、片手でわたしを担ぎ上げたらしいリントの、超いい笑顔がすぐ横にあった。
声を上げる寸前に玄関の開く音を拾って、やばいと思う。何がやばいのかはよく分からないのだけど。
これって謎シチュですよね分かります。
まっすぐに部屋に入ってきた長兄(そういう位置なのだ)は瞬きこそしたものの、戸惑うような素振りは全く見せなかった。
「おかえりミク兄!」
「ただいま、今日は何してんの?」
「レンカがさあ、俺は非力だから絶対持ち上げられないっていうんだもん!」
「リント。ちょっと落ち着け」
こっちはこっちで興奮しすぎだが、あっちはあっちで落ち着きすぎだ。
恐らく引き攣った顔をしているだろうわたしを見てから、ミク兄は楽しげにリントに呼びかけた。
「俺なら姫抱きにするかな、うん!」
●嫉妬
……カチ、カチ。
カチ……カチカチ、カチ。
ガンガンと叩きつけるような音。検討は付いていたものの、そっとそちらを窺う。
食い入るようにパソコンの画面を見つめるリントが、机の上でマウスを弄っていた。
音は「いつも通り」、苛立ちに任せて何度も何度も机とそれを接触させて生まれるものだ。
お察しの通り、この光景はよく見られることなのである。
「リント、マウス壊れるよ」
「……大丈夫だし」
スピーカーから聞こえてくる、鏡音リン・レンの歌声。
開いているのは恐らく、ボーカロイドにとって最大手の活動場所である動画投稿サイトだろう。
そんなに苛立つなら見なければいいのに、なんて、とっくに言い飽きてしまった。
それに、リントの気持ちも分かるのだ。わたし達は亜種と言っても根っこはボーカロイド。
歌は好きだし、生き生きと活動する商用を見て羨ましいとも思う。しかし、鏡音リント・レンカはまだまだ知名度も低いのである。悔しいけれど。
「くそう、いいなあ!」
軽快な曲調がブツリと途切れて、乱暴にノートパソコンが畳まれた。この扱いが良くないのか、最近不調気味なことなんて彼はきっと知らない。
「うーん、そーだね」
「レンカもやっぱり歌いたい?」
「まあ、少しは」
「少し!? 少しなの!?」
「わたしは……自分より、リントが歌う機会があればって……」
リントの歌声は明るくて、伸び伸びしてて、他の鏡音リントよりも「リン」の色がよく出ているように思う。こっちまで歌いたくなるっていうか、なんていうか。元気になれる。わたしは。
「わたし、リントの歌聴くの、好きだしさ」
「──ななな、なんだよっ……それ、その、えぇっ?」
「どんなリアクションなのそれ! そんなびっくりすること!?」
「うあー、照れる……」
ぐしゃぐしゃと前髪を掻き回して、必死に口許を隠してるけど目がにやけてますよ、リントさん。
そんなに嬉しそうにされると、こっちまで恥ずかしくなってくる。
あれ、おかしいな、わたし、一度も言ったことなかったっけ?
「うん、でもやっぱり俺は、ソロよりツインボーカルがいいなあ、レンカと」
「ミク兄は?」
「ミク兄も歌いたい。でも、まずはレンカと。だって鏡音だもん、俺」
照れ笑いしながらこんな台詞は反則だと思うんですよ。
自分が聴き専で、言うほど歌わないことを自覚しても、ちょっとその気になっちゃうくらいのパワーはあるわけで。
夢見るように「ミク兄はいいなー」と、うちのグループの中で一番知名度の高い人物を羨むリントが、いつになくキラキラして見えた。かっこかわいいってこういうことだろうか。
ええい、静まれ心臓! 消え去れ乙女フィルター! 柄でもないのにこんな!
「ていうかさ、レンカは歌もだけど、衣装? PVとかって可愛いの多くて、着たところ見てみたい」
「……誰か絵師さんに頼んで下さい」
「え、やだそれ何系の発想?」
「だってわたし達そんな機会ないですし」
「うー、ミク兄を起用してるプロデューサーから声とかかかんないかなー」
リントは落ち着いて、再びパソコンを開く。飛んだのは某イラスト投稿サイトのようだ。
おいちょっと待てどうしてお気に入りタグに「鏡音レンカ」があるんですかねえちょっとリントさんねえ!
「レンカ絵、もっと増えないかなー」
今度こそ堂々とにやけながら、うきうきとマウスを滑らせる。
(あの、リントさん)
ひとつだけ。分かってないなら出来るだけ早く。
……気付いて、それは。
明らかに「わたし」じゃない、他所の鏡音レンカです。
「画面見てにやにやしないで」
「え? なんで?」
……ええい、静まれ、ジェラシー。
●就寝
深夜だというのに、心臓は日中よりよっぽど活発に活動していた。
まったく眠れる気がしない。リントと過ごす夜はいつもこうだ。
それを分かった上でなお甘やかす、わたしの愚かしいことったら、本当に救えない。
ホラー番組を見た彼が泣きそうな顔をして部屋へ来たのは、もう四時間も前のことになる。
さて――現在は、と言えば、ものの見事に熟睡である。
頑なにわたしの手を放そうとしないことが、当初の怖がりようの唯一の名残だ。
怖くて眠れないと泣き付いてきたくせに、リントはさっさと夢の中に潜ってしまった。
一人は怖いけど、二人なら問題なく眠れるんですね分かります。
……人の気も知らないで。
たとえばこういうとき、わたしは不安になる。
自分は本当に異性として、リントの対象に入っているんだろうか? なんて。
だって普通は好きな子と一緒に寝たら、もっとドキドキもだもだするもんじゃないの?
現にわたしは、ギンギンに目が冴えているというのに、この安らかな寝顔ときたら。
「……ていうかちょ、こっち寄りすぎ」
いつからか、わたしの背はぴったり壁についていた。
うーんと唸って、リントの手が布団を引き上げる。
ころんともう半回転すれば、とうとうわたしは身動きの余地すらなくなった。
押し返してやればいいんだろうけど、そのままベッドから転げ落ちそうな気がしてできない。
――それ以上に、今のわたしには、リントに触れる勇気がない。
規則正しい寝息を立てる彼の、伏せた睫毛は長く、肌なんて女の子よりも白い。
微かに触れる髪は柔らかい。
こんなものがすぐ目の前にあって、暢気に眠れるわけがないじゃないか。
どきどきと打っていたはずの心音は、いつの間にかばくばくに変わっている。
顔、体は、火のそばにいるときよりも、もっと熱かった。
リントがもう一度寝返りを打ってくれれば、無作為の頭突きになるだろう。もう、それで昏倒でもさせてくれないものだろうか。
そんな願いも虚しく、彼は時折言葉になりきらない寝言を言っては、眠りを堪能しているだけ。なんとも半端だった。
「リント」
名前を呼ぶと、繋がれた左手がちょっと握り返された気がした。
「二人はきついわ……この場合、サイズ関係なさそうだけど」
右半分、大きくスペースが余ったベッドに、独り言が漏れる。
時計の針がまた一周して、カチリと音を立てた。
「……眠くない、なー」
「……こら」
「ひえっ!? 」
「なにまだ起きてんの」
ほんの少し、意識を移したその一瞬のこと。
タイマーでも付いてるんじゃないかと疑うほど正確に、深夜二時。
彼は、重そうに瞼を持ち上げて、わたしを凝視していた。
「お、起きた、の」
「今、目が覚めた……もっかい目ぇ閉じたらまた寝れる……」
言葉の通り、リントの声は今にも寝息に変わりそうな弱さだ。
「レンカは、眠れないの?」
「うあ、うん、まあ、ね。ていうかリントよく寝れるね」
「なにが……?」
「その、わたしと同じ布団で」
「ばかやろー、レンカと一緒だから熟睡できるに決まってんだろー」
空いていた手が、わたしの髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。
なにこの人、今の一言で二十四時間戦えるんですけど。
「ほら目を閉じる。夜更かしは美容の大敵だぞ」
「わ、わかったってば」
「うんうん、おやぐみぃ」
最近、内輪で流行っている挨拶を口にして、リントはぴたりと口を閉ざした。
少し置いて、聞こえてくるのは再びの寝息だけ。
「……」
言われるままに目を閉じているわたしの世界は真っ暗だ。
心臓は、相変わらずうるさかった。
「……眠れ、ない」
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I need you! *現時点で執筆したリトレカSSを全部まとめてみました *性転換亜種ものです。ご注意 *サムネは嫁に頂いたイラストを使用してます |
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