佐天「ベクトルを操る能力?」第三章
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“お姉様”

((完全反射|フルコーティング))と名乗る少女は確かにそう言った。

佐天に弟はいるが妹などいない。

しかし、これほどまで自分と似ている他人がいるのだろうか?

ドッペルゲンガー?

佐天は、この科学が支配する街でそんな((非科学|オカルト))的なことをつい思ってしまう。

対して一方通行は、その女がクローンであることに瞬時に気が付いた。

 

 

一方「そのうち何かしてくると思ってはいたが、また趣味の悪ィ嗜好だな」

 

 

それに、思っていたよりも時期が早い。

一方通行は、何か動きがあるとすれば、佐天が反射を使いこなせるかどうかというレベルになってからだろうと考えていた。

それが、佐天と一方通行が親しくなってきたところを狙っての“((完全反射|フルコーティング))”の登場である。

そもそも、なぜ一方通行が佐天の能力開発担当に名乗り出たのかは、想像に難しいものではないだろう。

 

“スペアプラン”

 

かつて潰してしまった垣根帝督の代わりに、この少女がスペアプランに抜擢されるだろうと予測していたのだ。

自分は学園都市に非協力的な姿勢を取っている。

それなら、表で一方通行をメインプランに据えたまま、裏では佐天涙子という新しい可能性にかけてみるのも悪くない。

たとえ、失敗しても学園都市にはなんの痛手もないのだから。

 

そこで、一方通行は、佐天涙子の能力を開発することにしたのだ。

放っておけば、学園都市が、彼女を規定のレベルに到達させるために、どんな非人道的な実験をするか分かったものではない。

彼はこれ以上光の世界の人間を犠牲にはしたくなかった。

だが、第一位と言えどもできることとできないことがある。

打ち止めなど身近な者を守りながら、彼の目の届かない他人まで守るということは到底不可能だ。

それならば、佐天が自分自身を守る力を身に付けられれば、学園都市に食い物にされる可能性も低くなる。

また、そうすることによって、順調に成長しているうちは、相手も無理に攻勢には出ないと踏んでいた。

一方通行が、佐天涙子を成長させてくれるのならば、学園都市側としては失敗のリスクも低くなり、手間も省けるからだ。

だから、動きがあるのは、彼女が順調に成長し、ギリギリ確保できる時期。

つまり、反射を使いこなせるかどうかの時期になると思っていた。

 

だが、現実はそうではなかった。

どこで佐天のDNAサンプルを入手したかは知らないが、目の前には事実として、彼女のクローンが存在している。

確かにクローンを使った実験なら、オリジナルを使った実験とは違い、失敗しても何度もやり直せる。

ただ、超電磁砲のクローンである“((妹達|シスターズ))”は、オリジナルの1%にも満たない劣化版でしかなかった。

そうすると、佐天涙子のクローンでは、とてもではないが実用の域を超えることはできないはずだ。

 

 

一方「どォして、こいつをオリジナルに選んだ?」

 

 

今の佐天は、どんなに甘く見積もってもレベル3程度。

そんなレベルのオリジナルを元にクローンを作るなど、予算の無駄遣いに他ならない。

それとも、他に何か彼女をクローンにするだけの理由があるのだろうか?

 

 

完全反射「実験のためって聞いたけどね」

 

一方「なンの実験だ」

 

完全反射「たしか、『((原点超え|オーバーライン))シリーズ』だったかな?」

 

 

“((原点超え|オーバーライン))”

つまり、原点(オリジナル)を超えるクローンの製造。

はたして、そんなことが可能なのか?

 

 

一方「クローンは細胞が劣化しちまって、オリジナルを超えることはできねェはずだろ」

 

完全反射「ま、その通りなんだけどね」

 

一方「認めンのか?」

 

完全反射「うん。けど、能力はそうとは限らない」

 

 

“妹達”はオリジナルと同じDNAを使用して作成されているにも関わらず、その能力は相当劣化したものである。

つまり、能力の“種類”はDNAによって決定されるが、“優劣”はDNA情報に基づいて決まっているわけではないことになるのだ。

では、何によって能力の優劣が決定しているのだろうか?

 

 

完全反射「能力をつかさどるのは脳だからね。そっちを開発することにしたんだってさ」

 

 

その結果生み出されたのが、“((完全反射|フルコーティング))”という佐天涙子のクローン。

『能力のみ』オリジナルを超えた成功例であった。

 

 

完全反射「まあ、それもアナタのデータがいっぱいあったから、辛うじて成功したってことらしいんだけど」

 

一方「ってことは……」

 

完全反射「((身体|ハード))はお姉様が元だけど、((思考|ソフト))はアナタに近いんだよ」

 

 

まったくデータのないところから、オリジナルを超えるクローンが作れる訳ではないと、完全反射が説明を付け足す。

同じ能力であったからこそ、一方通行のデータが生きた訳だ。

 

 

一方「だが、それなら、なぜ俺のクローンを作らねェ?」

 

 

わざわざ、身体と思考を別々にする必要もないだろう。

そんなのは無駄な手間がかかるだけである。

 

 

完全反射「さあ? 男のクローンなんて作っても面白くないからじゃない?」

 

 

そんなことを言う研究者がいるのなら大笑いだ。

それはもう研究ではなく、ただの趣味としかいえない。

ともかく、さすがにこれ以上の情報は、このクローンからは引き出せないだろう。

 

 

一方「あァ、そォだ。重要なことを聞いてなかったな」

 

完全反射「ん? 何?」

 

一方「オマエの目的は何だ?」

 

 

こうして自分たちの前に姿を現した以上、何らかの目的があってのことだ。

いや、目的はもう分かりきったことか。

 

 

完全反射「そンなの、アナタと戦うことに決まってるじゃン」

 

 

完全反射の口調が変わった。

その返事を引き金に、ベクトル操作能力者同士の戦闘が始まる。

 

 

佐天「オリジナル?」

 

 

佐天は、未だに状況についていけていなかった。

だが、それも仕方ない。

いきなり自分の目の前に、自分と瓜二つの人間が現れたのだ。

冷静に対応できる方がおかしい。

2人は、そんな佐天を放置して話を続けていた。

“オーバーライン”や“クローン”などという聞きなれない単語が飛び交うが、頭に入ってこない。

 

 

一方「オマエは逃げろ」

 

 

一方通行のその言葉に、ハッと我に帰る。

明らかに今までとは空気が違う。

今までに感じたことがないほどピリピリとした空気。

これに比べれば、ポルターガイスト事件などお遊びの範疇だ。

真っ直ぐ前を見れないし、足も震えてしまっている。

 

 

完全反射「いやいや、お姉様に逃げられるのは困るンだよね」

 

佐天「え?」

 

 

なかなか逃げ出せずにいる佐天に、そう声がかけられる。

顔を上げると、完全反射と名乗る少女が細い路地から出てくるところだった。

街頭の下に立った彼女が、ますます自分にそっくりな、いや、自分と同じ顔をしていることに気づく。

 

 

完全反射「お姉様に危害を加えるつもりはないけど、第一位に逃げられるのは困るの」

 

一方「俺が逃げるだと? そいつは面白ェ冗談だな」

 

 

源流である第一位と、それを元に作られたクローン体。

どちらが上かなど問うまでもないだろう。

しかし、完全反射の余裕な態度は崩れなかった。

 

 

一方(まずは小手調べってところからだな。あンまり弱ェやつをいたぶる趣味もねェし)

 

 

わざわざ、本気を出す必要もない。

チョーカーのスイッチを入れると、路地から出てきた完全反射に対して、軽く小石を蹴った。

―――時速200km程度で。

当然、当たればただでは済まない速度だ。

しかし、完全反射は避ける素振りすら見せない。

 

 

完全反射「ねェ? もしかしてそれは舐めてンの?」

 

 

高速で飛ばされた小石は、彼女に当たると跳ね返ってきた。

ただ、その軌道上にいるのは一方通行ではない。

小石は、佐天の方に向かって反射されていた。

 

 

佐天「―――ッ!!」

 

 

佐天はとっさに両手を体の前に突き出し、反射を使用する。

それで防げたのは偶然だっただろう。

あと1秒遅ければ、あるいは、小石が両手のどちらかに当たらなければ、骨の1本や2本は折れていたに違いない。

わずかに回復しているとはいえ、さきほどまで開発を受けていたのだ。

もしかしたら、能力が発動しない可能性もあったかもしれない。

 

 

完全反射「あー、びっくりした。お姉様も反射使えるみたいで良かったよ」

 

 

心臓をバクバク言わせている佐天に向かって、完全反射が笑いかける。

彼女にしても、わざと佐天の方に向けて反射した訳ではなかったようだ。

その顔には、演技とは思えない安堵の表情が浮かんでいる。

そんな態度に疑問を持ったのは一方通行だ。

 

 

一方「解せねェな。なンでオマエがこいつの心配をする」

 

完全反射「だから言ったでしょ? 私の目的はアナタだけってさ」

 

 

クローン体というのは、オリジナルに対して友好的なものなのだろうか?

それは、多くの“妹達”を見てきた一方通行にも分からないことだった。

 

ともかく、彼女が名前の通り反射を使えるということは分かった。

それに、おそらく全身を反射の膜で覆うこともできるのだろう。

そうなると、物理的な攻撃でダメージを与えることは難しい。

となると、直接攻撃を仕掛けて反射の膜を突破するか、反射を使っていないときに攻撃するしかなさそうだ。

 

 

一方(反射同士がぶつかるとどォなるかなンて知らねェけどな)

 

 

今は、お互いにある程度の距離を保っている。

だが、そんな距離は一方通行にとっては、あってないようなものだ。

足元をベクトル操作すれば、一瞬で詰められる距離である。

 

 

一方「さて、どォなるかねェ?」

 

佐天「え?」

 

 

ゴッ!!というアスファルトが砕ける音がした瞬間、佐天と完全反射の視界から一方通行の姿が消えた。

あまりにも早いスピードで動いたため、目で追いきれなかったのだ。

2人が見失っている間に、一方通行は音速に届くような速度で、完全反射の死角に回りこんでいた。

 

 

一方(これで終わりだ、クソ野郎)

 

 

死なない程度に加減された一方通行の一撃が、完全反射に向けられて一閃される。

それに遅れて、一方通行が移動したことによって発生した風が吹き荒れる。

 

 

完全反射「!?」

 

佐天「きゃああっ!?」

 

 

完全反射はまったく対応できていない。

ならば、その一撃が命中するのは当然だった。

 

が、そこで、予測していなかったことが起こった。

 

一方通行の拳が、完全反射に触れた瞬間に止まったのだ。

もちろん、当たれば、余裕で気絶するような威力だったはずだ。

その証拠に、2人の間からすり抜けたベクトルが、衝撃派のように辺りに響き、地面に大きなクレーターを作っている。

どうみても、気絶では済まない威力である。

 

だが、正確には、完全反射には触れていなかった。

反射の膜同士が触れ合った途端、一方通行の動きが止まったと言うべきだろう。

それだけではない。

 

 

一方(こりゃどォなってやがンだ!?)

 

完全反射「ンなっ!?」

 

 

反射の膜がジワリジワリと削られる感覚。

2人の反射の膜は、接触することによって相殺されていた。

このままでは、触れ合っている反射の膜が2秒もしない内に消え去ってしまう。

 

 

完全反射「くっ!!」

 

 

まだ、何が起こっているかも分かっていない完全反射は、地面を強く蹴ると一方通行から距離を離すため横に飛んだ。

ただ、その移動速度も普通に蹴ったスピードで出せるものではない。

一方通行にはかなり劣るものの、一流の運動選手でも出せないであろう速度だった。

 

 

一方(なるほど。反射同士が触れ合うと相殺されンのか)

 

 

1人冷静に分析を始める一方通行。

あの感覚だと、反射の“強度”の弱い方が相手の反射に破られることになるだろう。

そういった意味では、完全反射の反射の“強度”と一方通行の反射の“強度”はほぼ同じだった。

それだけでも、クローンとしてみれば、いや、一方通行と同じものを持っているだけで驚異的である。

しかも、全身の反射もこなすなど、ここまで完璧にできていれば、レベル5間違いなしだ。

 

 

一方「軽いベクトル操作までできンのか。オイオイ、クローンじゃレベル5は作れねェって話じゃなかったか?」

 

 

遺伝子操作・後天的教育問わず、クローン体から超能力者を発生させることは不可能という予測が『((樹形図の設計者|ツリーダイアグラム))』から出てしまっている。

そのため、((量産型能力者計画|レディオノイズ))計画は破綻してしまったのだから。

だが、目の前のクローンはどうだ?

反射だけとはいえ、レベル5に匹敵する力を行使している。

((樹形図の設計者|ツリーダイアグラム))の演算が間違っていたとでもいうのだろうか?

 

一方通行が、うろたえていることを知ると、完全反射は笑みを浮かべた。

そんなことまで、バカ正直に答えてやる必要はない。

 

 

完全反射「さァ? どォだか」

 

一方「チッ!」

 

 

完全反射は、一方通行が反射の膜を一方的に貫通できないと知ってわずかに安堵していた。

予定外のことだったが、これなら作戦通りの展開に持っていける。

問題ない。

あとは、アイツが急に来なければ。

 

 

一方(クソッ! どォする)

 

 

対する一方通行は焦っていた。

佐天に授業をしていたせいで、バッテリーの残量がもう5分くらいしか残っていない。

遠距離攻撃はダメ、直接攻撃もダメとなると、相手が反射を適応させていない時に攻撃するしかない。

完全反射はどこまで反射を維持できるのだろうか?

 

 

一方「聞いてなかったンだが、オマエは何分反射を維持できンだ?」

 

完全反射「うン? 30分が限度かな」

 

 

あっさりと完全反射が答える。

だが、それも当然だろう。

一方通行の能力を使える時間と同じ時間反射ができるのだから。

嘘かもしれないとは思ったが、どちらにしろこちらはあと5分しか残されていない。

それくらいは優々維持できるだろう。

これでは攻撃を当てることはできない。

相手に攻撃手段がないとはいえ、佐天がいるので逃げることもできない。

つまり、八方塞がりだ。

 

 

一方(八方塞がりだァ? ンなことはねェ。クローン体ってことは、アイツは高くてもレベル4。それは間違いねェンだ)

 

 

つまり、どこかに弱点は存在する。

時間があれば、それを発見することができるだろうが、今はその時間がない。

一方通行は焦っていた。

だが、突然、完全反射は、現れたときと同じように何の前触れもなく踵を翻した。

 

 

完全反射「残念だけど、今日はもう終わりみたい」

 

佐天「え?」

 

一方「なンだと?」

 

 

明らかに相手が有利な状況だったはずだ。

彼女がここで逃げる必要性はまったくない。

 

 

完全反射「また会おうね、お姉様。じゃあねー」

 

 

手を振って、現れた路地裏へと足早に消え去る完全反射。

何が起こっているかまるで分からなかった佐天は、ただ呆然とするしかない。

帰り道に突如登場して、一方通行と一度交錯したかと思ったら、すぐに逃げたのだ。

しかも、その人物は自分と同じ顔。

訳が分からず、一方通行の方を見るが、彼の顔にも困惑の色が浮かんでいた。

目的がまるで分からない。

 

 

一方「俺と戦えたから満足ってかァ?」

 

 

そんなことありえるのだろうか?

とそのとき、立ち去った完全反射と入れ替わる形で2人に近づいてくる人物が現れた。

コツコツと大きな足音を立てて歩いてくる。

この時間のこの道は人通りがほとんどない。

それに、こんな場面での登場である。

コイツは関係者に違いない、と一方通行は、身構えたのだが、

 

 

番外個体「どうしたの、これ?」

 

佐天「み、番外個体さんですか。た、助かったぁー」

 

 

その人物は((番外個体|ミサカワースト))だった。

思わず、佐天から力が抜ける。

一方通行はなにやら不可解な顔をした後、チョーカーのスイッチを切った。

 

 

一方「どォして来た」

 

番外個体「そりゃ帰ってくるのが遅いから、迎えに行って来いって言われてさ。ミサカだって女の子なのに1人で出歩かせるとか差別じゃないのかな?」

 

 

けけけ、と番外個体が笑いながら答える。

この様子では、完全反射のことは見ていなかったのだろう。

でなければ、一方通行の焦った顔を見て、大笑いしているはずである。

となれば、聞くことは1つ。

 

 

一方「((原点超え|オーバーライン))シリーズってのに聞き覚えは?」

 

番外個体「あるよーん」

 

佐天「はい?」

 

 

番外個体が即答する。

いつもの一方通行をバカにしているような顔を浮かべている。

教えてほしけりゃ土下座しろという表情である。

もっとも、説明されずとも、一方通行には見当はついていたが。

 

 

一方「オマエがその((試作体|ファーストサンプル))ってところか」

 

番外個体「……ちぇっ。そりゃアナタじゃ気付いちゃうか」

 

 

一方通行の確信めいた物言いに、あっさりと折れる番外個体。

今までの“妹達”とは、異なるレベル4というスペックを見れば推察はつく。

完全反射は、そのデータも元に製造されているのだろう。

これで、彼女につながる手がかりは見つけた。

あとは、弱点を分析し、こちらから赴いてそのふざけた計画ごと潰してくるだけだ。

そこで、やっと一方通行は1人取り残していたことに気がついた。

 

 

佐天「な、何がどうなってるの?」

 

 

そう。佐天涙子である。

彼女は見事に置いて行かれていた。

これから起こる波乱の中心人物でもあるに関わらず。

 

 

あの後、黄泉川のマンションまで引き返してくると、一方通行の部屋に通された。

番外個体はリビングにいる((打ち止め|ラストオーダー))の様子を見に行ったようだ。

 

 

佐天「どういうことか説明してもらえますか?」

 

 

開口一番、佐天は一方通行にそう尋ねた。

分からないことはたくさんある。

自分とそっくりな少女のこと。

彼女が何者か知っている様子だった一方通行。

そして、それに関係していると思われる番外個体。

どれも1つに結びついているような気がする。

 

 

佐天「何か知ってるんですよね?」

 

一方「……あァ」

 

 

一方通行は難しい顔をすると、佐天から視線をそらす。

真実を話すべきかどうか迷っているらしい。

知ってしまえば、闇の世界に足を踏み入れることになってしまう可能性も高い。

誰も彼も御坂美琴のように、光の世界で踏みとどまれるとは限らないのだ。

 

 

一方「聞いちまったら引き返せねェかもしンねェぞ?」

 

 

それでも聞きたいか? と暗に問う。

知らなかったなら話す必要はない。

だが、もう知ってしまったのだ。

クローニングされた本人が知りたいのならば、黙っている訳にもいかないだろう。

 

 

佐天「それでも、何も知らないままじゃいられないです」

 

 

そんな脅しをかけるような一方通行の問いに、佐天涙子は迷わず返答した。

アレには、自分が関わっているのだ。

目をそらすことは簡単だが、それではレベルアッパー事件のときから何も変わっていないことになってしまう。

 

 

一方「いいンだな? 真実を知って、元の世界に戻れるとは限らねェぞ?」

 

佐天「……それでもです。私のせいで誰か傷つくのはもう嫌なんです」

 

 

一方通行が光の世界の住人を傷つけたくないように。

結局、佐天涙子に能力の使い方を教えたのは間違っていたのだろうか?

そんなことをしていなければ、完全反射などと呼ばれるクローンに会うこともなかっただろうし、そもそも一方通行という人物にも会わずに済んだ。

関わることによって、さらに危険性を上げてしまっただけではないのか、という疑念が一方通行の頭の中に渦巻く。

 

 

佐天「いいえ、後悔なんてしてません。能力が使えなかったら、もっと危険なことになっていたかもしれませんよ?」

 

一方「……そォか」

 

 

確かにそうだ。

一方通行が、佐天を保護しないからと言って、学園都市が黙っているとは限らないのだ。

下手をしたら、クローンも生み出され、佐天まで生命の危機に陥っていたかもしれない。

それなら、本人を守ることができた代わりに、あのクローンができてしまったと考えるべきだろう。

どちらにしろ、自分と同じ能力を得てしまったことで、佐天の運命も決まってしまっていたのだ。

そこまで来ているなら話すしかないだろう。

力を付けて学園都市から身を守る力を得るか、学園都市の計画そのものを潰さなければならないのだから。

 

 

一方「アイツはオマエの複製体、つまりクローンだ」

 

佐天「そう……ですよね」

 

 

戦闘中にあれだけクローンという言葉が飛び交っていたのだ。

あのときは、冷静になって考えることもできずにいたが、今になって考えれば理解できる。

あれは佐天涙子自身。

何から何まで自分と同じ人間なのだ。

映画などでよく見るシチュエーションだったが、まさか自分がその実体験をするとは思わなかった。

あのクローンは、本人との入れ替わりなどを画策したりするのだろうか?

 

 

一方「それはねェから安心しろ」

 

佐天「え?」

 

 

どうやら考えていたことが口に出ていたらしい。

一方通行は言葉を続ける。

 

 

一方「クローンってのは、肉体的には確かに一緒かもしンねェが、中身はまったくの別物だ」

 

佐天「そうなんですか?」

 

番外個体「そうだよ」

 

佐天「……番外個体さん?」

 

 

いつの間にか、番外個体が佐天の後ろ側に立っていた。

リビングに行ったのではなかったのだろうか?

しかし、今はそんなことより聞かなければならないことがある。

 

 

佐天「……なんでそう言い切れるんですか?」

 

番外個体「だって、ミサカもお姉様のクローンだもん」

 

佐天「!?」

 

一方「…………」

 

 

頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

クローン?

番外個体さんが?

彼女の言う『お姉様』というのは、御坂美琴に間違いない。

つまり、自分より先にもクローンの計画というものがあったということになる。

しかも、知り合いである『御坂美琴』という人物を中心として。

 

 

佐天「そ、そんなこと御坂さんは一言も……」

 

一方「よく考えてみろ。オマエは自分のクローンがいるなンて友達に言ったりするか?」

 

 

初春を相手に想像してみる。

どのようにクローンがいると初春に説明すればいいだろうか?

いや、説明できない。

そもそも、するべきではない。

自分だけではなく、初春まで巻き込んでしまう恐れがある。

 

 

佐天「そ、それじゃあ……」

 

一方「あァ。御坂美琴のクローン計画は実在した。打ち止めもそォだ」

 

番外個体「他にもいっぱいいるけどね☆」

 

 

頭がクラクラしてくる。

しかし、それならば、なぜ自分が?

御坂美琴はレベル5だから、クローンを作るのにも一応説明はつく。

彼女のクローンなら、相当の力を持っていると考えてもおかしくはない。

だが、自分にはそこまでの強い力を持っていない。

ならば、なぜ?

 

 

一方「俺と同じ能力だからだろォな」

 

佐天「え?」

 

 

全ての元凶は、佐天涙子ではなく一方通行。

これは、学園都市最強の超能力者が存在することによって巻き起こされた騒動の1つなのだ。

佐天が選ばれたのは、同じ能力を持っていたから。

ただそれだけだった。

 

 

一方「オマエも運がねェな。俺と同じ能力だったばっかりによォ?」

 

番外個体「でもさ、それならなんでアナタのクローンじゃないの?」

 

佐天「そ、そうですよ」

 

 

そこが腑に落ちない。

なぜ一方通行のクローンを作成せずに、佐天涙子のクローンを作ったのか。

そこには何か理由があるはずだ。

一方通行には、その理由に心当たりがあるのだろうか?

 

 

一方「推測だがな。アイツらの目的は“((原点超え|オーバーライン))”なンだよ。オリジナルを超えることが目標なンだろ」

 

 

オリジナルから劣化したものしか作れないとされているクローニング技術。

そこから、オリジナルを超えるクローンを作り出すという計画。

体細胞は劣化しても、それを能力で補えれば、結果としてオリジナルよりも価値があると言えるのではないか?

おそらく、計画発案者はそう考えたのではないか、というのが一方通行の推測だった。

 

 

佐天「そんな……」

 

番外個体「なるほどねえ」

 

一方通行「今度はこっちが質問する番だ」

 

佐天「え?」

 

一方「オマエに聞きたいことは1つ。自分のDNAを提供した覚えはあンのか?」

 

 

いくらクローニング技術が進歩しても、元がなければ作成することはできない。

その最初の1歩には、必ず佐天が関わっているはずなのだ。

そうでなければ、“((完全反射|フルコーティング))”などという個体は生まれていない。

 

 

佐天「い、いえ、ありません」

 

一方「髪の毛1本、血の1滴でもありゃ十分なンだ。能力を得てからのことを思い出せ」

 

佐天「え? 血の1滴……?」

 

 

それなら、心当たりはある。

能力が発覚した次の日に血液検査をやった。

それ以外には考えられない。

 

 

一方「なるほど。オマエは知らずにDNAマップを提供してたって訳か」

 

佐天「は、はい……」

 

 

よし。

それで聞きたいことは全部聞き終わった。

それなら、((書庫|バンク))に正式に登録されていることはないだろう。

そちらは研究所ごと潰してしまえば問題ない。

あとは……。

一方通行は、今度は((番外個体|ミサカワースト))の方に視線を向けた。

 

 

一方「次はオマエの番だ。“((原点超え|オーバーライン))シリーズ”に関して知ってることを全部話せ」

 

番外個体「別にいいケド。でも、大した情報はないと思うよ? 計画の目的も知らなかったぐらいだし」

 

一方「オマエが製造された研究所くれェは知ってンだろ?」

 

番外個体「知ってるよ? でも、まだノコノコとそこにいるとは思えないんだけど」

 

 

それでもいい。

なにか手がかりになるようなものがあれば、それで十分だ。

1つあれば、芋づる式に手がかりが引っこ抜けるはずである。

問題は、あの“((完全反射|フルコーティング))”という佐天涙子のクローンだけだ。

 

 

佐天「何か作戦はあるんですか?」

 

一方「あン? 俺を誰だと思ってンですかァ?」

 

番外個体「白いモヤシでしょ? あひゃひゃひゃひゃ」

 

 

一方通行には、完全反射の弱点を既に分析できていた。

なぜあの時気が付かなかったのか、というほど単純な作戦である。

であるが故に気がつかなかったのかもしれないが。

 

 

一方「でもまァ、さすがに何体もでてこられると厄介な相手かもしンねェな」

 

 

一方通行1人では、1対1を相手にする作戦しか取れないのだ。

数によっては、相手を無力化する前にこちらのタイムオーバーが先にやってきてしまう。

 

 

番外個体「その心配はしないでもいいと思うけどね〜」

 

一方「なンだと?」

 

 

気楽そうに番外個体が言う。

ということは、あの完全反射1人を相手すればいいということになる。

しかし、なぜそんなことを知っているのだろうか?

 

 

番外個体「簡単な話。クローンを作るより簡単で時間がかからないのに、一気に戦力増強できる研究が進められてるからね」

 

 

代わりにお金はすごくかかるから研究費はほとんどそっちに持っていかれちゃったんだけど、と番外個体が付け足す。

クローン技術による能力者生産よりも効率的な研究。

そんなものがあるのだろうか?

 

答えを知ってしまえば、明快なことである。

その研究とは、((駆動鎧|パワードスーツ))を始めとする『兵器の開発』だった。

兵器であれば、ある程度反乱も制御でき、能力者でなくとも扱える。

それこそ、簡単に戦力が強化できるのだ。

ファイブオーバーを始めとするオーバーテクノロジー満載の兵器相手では、多少強化したクローンなど相手にならない。

そう。

“((完全反射|フルコーティング))”という例外を除けば。

 

 

一方「つまり、アイツはクローン推進派の尖兵って訳か」

 

番外個体「そうだろうね」

 

 

そういうことなら、1度戦闘をしただけで引き返したことにも説明がつく。

本当に、“((完全反射|フルコーティング))”は戦いに来ただけなのだ。

あくまで、戦闘データの収集が目的だった。

つまり、一方通行や佐天涙子の殺害や拉致を目的としていた訳ではないことになる。

たしかに、あれだけの成果が出れば、兵器開発に傾いた天秤を戻すことができるかもしれない。

当初の目的であるオリジナル超えも達成させるとは、なかなか凄い研究者がそこにいたものである。

 

 

佐天「でも、そんなのって……」

 

 

そんなことのために、あの子は生み出されたのだろうか?

だったら、あまりにも寂しすぎる。

誰かの利益のためだけに生み出されたなんて。

 

 

番外個体「ま、その辺はミサカも似たようなもんだけどね」

 

一方「とにかく、今日の話はこれでお終いだ。オマエらはさっさと寝ろ」

 

佐天「はい?」

 

 

えっと、私も?

いきなり話を打ち切られたことよりも、そんなことが気なった佐天涙子であった。

 

 

午後11時。

一方通行の部屋は、異様な雰囲気を出していた。

 

 

一方「行くぞ?」

 

佐天「は、はいっ!」

 

 

部屋の中に居たのは、佐天涙子と一方通行の両名。

既に番外個体は自室へと戻っている。

2人はあることを試していた。

身構える佐天に、ゆっくりと一方通行の指が近づいていく。

 

 

一方「ンっ」

 

佐天「うわっ……」

 

 

触れられた途端、思わずそんな声が漏れてしまう。

その触れられた部分だけにある明らかな違和感。

いや、ただ触れられただけでは、こんな声は出さない。

佐天は、一方通行が触れているところから力が抜けていくのを感じていた。

今まで感じたことのない感覚が佐天に流れる。

 

 

佐天「うぅっ……」

 

一方「もォちっと耐えろ」

 

 

今にも限界に達してしまいそうな佐天に厳しい命令が飛ぶ。

辛くはないが、これ以上は堪えられそうにはない。

一方通行の力が強すぎるのだ。

 

 

佐天「あっ。ダメっ……」

 

 

その瞬間、ギュッと一方通行の指が強く肌に押し付けれらる。

それは、佐天が一方通行の前に敗北したことを意味していた。

 

 

番外個体「な、何やってんのー!!」

 

打ち止め「あ、あなたって人はー!!」

 

 

バターン!! というけたたましい音と共に、その異様な雰囲気の部屋に番外個体が突撃してくる。

その後ろには、当に眠っている時間のはずである打ち止めの姿もあった。

なぜか2人は顔を真っ赤にしている。

それは、怒りか羞恥のどちらなのかイマイチ判断がつきにくい顔色だ。

 

 

一方「あン?」

 

佐天「え?」

 

 

驚いたのは、部屋に居た一方通行と佐天だ。

特に、佐天はいきなりの2人の乱入にビクッと体を震わせる。

位置的に、ドアに背を向けていたので仕方もない。

 

 

番外個体「あれぇ?」

 

打ち止め「んんー?」

 

 

部屋に入った2人は、佐天と一方通行の様子を見て、頭にたくさんのクエスチョンマークを浮かべた。

てっきり一方通行の部屋の中で、とても口に出しては言えないようなことをしていると思ったのだ。

しかし、その割には2人とも着衣はしっかりとしている。

 

 

番外個体「っていうか、レイプされてた訳じゃないのね」

 

佐天「れ、れい―――ッ!?」

 

 

口に出しては言えないようなことを、サラッと言う当たりは彼女らしいと言うべきか。

ただ、中学1年生の佐天涙子には少々刺激の強いワードだったようだ。

入ってきたときの2人と同じくらいくらい顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 

 

打ち止め「うんうん。ミサカはあなたのこと信じてたよ、ってミサカはミサカは内心とは真逆のことを言ってみたり」

 

一方「ホンネ出てンぞ」

 

 

それに目も泳いでいる。

とことん嘘をつけない子である。

口調でも、行動でも。

だが、それでは2人は何をしていたのだろうか?

 

 

番外個体「何をしてた訳?」

 

 

番外個体と打ち止めが部屋に入り込んだときは、手を取り合っていた。

ただ、それは恋人同士のようなソレではなく、手相を見る占い師のような雰囲気だった。

正直、手相を見ていたのでなければ、何をしていたのか分からない。

ちなみに、一方通行が占い師で佐天が客である。

 

 

一方「反射同士をぶつけてたンだよ。こいつは実際に体験してみせる方が説明しやすかったンでな」

 

 

一方通行は佐天に完全反射との戦闘を解説していたのである。

あの移動と攻撃で、どのベクトルを、どれだけ、どの方向に使ったのかということを。

その最中、一方通行の攻撃が静止し、衝撃波が発生した部分を説明するのに、実際に実演した方が早いという流れになった訳だ。

さっきまで会話は、手に反射を張った佐天に一方通行が反射をぶつけていただけである。

声だけ聞いていた番外個体と打ち止めが勘違いしてしまうのも仕方ないだろう。

特にエロいことをしていた訳ではないのである。

 

 

佐天「結局、こっちの反射は壊されちゃいましたけどね」

 

 

手をひらひらと振りながら答える佐天。

分かっていたことだが、反射の強度が強い一方通行の方が打ち勝った。

それに、触れられた部分の佐天の反射は強制解除されてしまったが、一方通行の反射は生きたままだった。

2つの水流が正面からぶつかったときに、強い流れの方に飲み込まれるようなものなのだろう。

これも新しい発見だ。

 

 

一方「そォなると、やっぱりあのクローンは別格だな」

 

 

たとえ強度が弱くても、反射同士がぶつかると攻撃に込めたベクトルは衝撃波となって霧散してしまう。

そうなると、全身を反射できない佐天にはその衝撃波のダメージが通るが、反射を全身に使える完全反射には通用しない手になる。

これは既に実証済みだ。

だがそれでも、一方通行と強度が互角というのは改めて驚異的だった。

攻撃手段が全て無効化されてしまうのだから。

 

 

佐天「でも、反射が相殺されるのって不思議な感覚ですね」

 

一方「そォだな」

 

 

言葉では言い表せない妙な感覚。

精神が削られるという言葉で理解してもらえるだろうか?

多分難しいだろう。

これは、反射を使えるものにしか分からない感覚なのだ。

 

 

一方「ともかく、そンなところだな」

 

佐天「ありがとうございましたー」

 

 

これにて今日のレッスンは終了。

初めての夜間の部だったが、なんというか……、

 

 

佐天「パジャマでってのも妙に緊張感がないですねぇ」

 

一方「まァな」

 

 

佐天は番外個体のパジャマを拝借していた。

少々大きいのだが、芳川のサイズでは小さかったのだ

小さいよりは大きい方がいい。

胸の話ではなく。

 

 

打ち止め「終わったなら、サテンお姉ちゃんはミサカたちと同じ部屋に行こう、ってミサカはミサカは袖をグイグイ引っ張ってみたり」

 

番外個体「そうそう。そこのモヤシに襲われる前にね。あひゃひゃ」

 

佐天「お、襲うって……」

 

 

相変わらず、番外個体の一方通行に対する悪意は止まることがなかった。

そのように作られたのだから仕方ないのだが、1人だけそんな事情を知らないものがいる。

もちろん、佐天涙子である。

佐天には、どうして番外個体がそこまで辛辣な態度を取っているのかよく分からない。

どうしてなんだろう?

 

 

番外個体「さ、こんなところにいないでさっさと寝よ」

 

佐天(ん? あ、なるほど)

 

 

そんな態度にピンと女の勘が働く。

番外個体が毒づくことを止めない理由は何なんかを考えた末に、佐天は1つの可能性に思いついた。

しかし、それをここで問いただすわけにもいかない。

なにせここには一方通行がいる。

ともかく、今はこの部屋から退散することにしよう。

 

 

佐天「それじゃ、私たちはもう寝ますね」

 

打ち止め「オヤスミなさい、ってミサカはミサカはあなたとの別れを惜しんでみる」

 

一方「オゥ。オマエらはさっさと寝ろ」

 

 

そう言って、3人は一方通行の部屋を後にした。

この時点で、午後11時30分である。

夜はまだ始まったばかりだ。

 

 

打ち止め「じゃあサテンお姉ちゃんはここね、ってミサカはミサカはお布団を敷いてあるところを指差してみるー」

 

佐天「うん。ありがとー」

 

 

2人の部屋に案内され、リラックスする佐天。

正直なところ、未だに一方通行の前では緊張してしまう。

イチイチ睨まれるのだから仕方ないといえば、仕方ないのだが。

 

 

番外個体「それでさ。こういうときってどんな話すればいいのかな?」

 

打ち止め「分からないかも、ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

 

 

ドサッと自分のベットに腰掛けながら尋ねる番外個体に、打ち止めが応答する。

このように、自分の部屋に他人がいるという時点で、彼女たちにとっては非日常なのだ。

そもそも、友達というものが初めてなので、どう対応すればいいのか分からない、というのがホンネだ。

こればかりは、ミサカネットワークにも情報がない。

 

 

佐天「ふっふっふー。教えて進ぜよう!!」

 

番外個体「ん?」

 

 

しかし、相手はノリと高いテンションで日々を過ごしている佐天涙子。

佐天にとっては、相手を自分のペースに巻き込むことなど簡単なことだ。

その相手が、知り合いのクローンだろうと火星人だろうとお構いなしだ。

一方通行を除けば。

さて、その佐天涙子が2人に提案した話題は、

 

 

佐天「もちろん、こういう時には恋バナだーっ!!」

 

打ち止め・番外個体「恋バナ?」

 

 

つまり、佐天は番外個体の一方通行に対する態度をそう解釈したのである。

小学生男子が好きな女の子をイジめたくなるというアレである。

 

 

打ち止め「恋バナって何なのかな、ってミサカはミサカはサテンお姉ちゃんに言葉の意味を尋ねてみたり」

 

佐天「恋バナって言うのはねぇー」

 

番外個体「うん?」

 

佐天「好きな人のことを話したりするガールズトークのことなのさー!!」

 

打ち止め「好きな……」

 

番外個体「……人?」

 

 

おやおや? 思ったよりも反応が薄いなー。

女の子なんだから、そういう話も好きかと思ったんだけどねえ?

あー、でも、御坂さんとはそういう話したことないかも。

 

 

打ち止め「ミサカはね、あの人のことが大好きなんだよ、ってミサカはミサカは大胆告白!」

 

佐天「あの人って一方通行さん?」

 

打ち止め「うん!」

 

 

おおぅ。

無邪気な子供だこと。

私は打ち止めちゃんくらいのときには、もう素直じゃなかった気もするなぁ〜。

 

 

番外個体「ミサカはそういうのよく分かんないカモ」

 

佐天「あれ?」

 

 

あれ、読み違えた?

むむむ。

もしかして、私の勘って大して役に立たないんじゃない?

 

 

番外個体「そもそも、『好き』ってどういうコトなの?」

 

佐天「え?」

 

 

改めて聞かれると難しい。

これって哲学?

いやいや、概念じゃなくて、どんなものかを教えればいいんだから……

 

 

佐天「一日中その人のことを考えちゃったり、ついつい目で追いかけちゃったりしたりするっていうのは良く聞くかも」

 

番外個体「ふ〜ん?」

 

打ち止め「うんうん。分かるかもってミサカはミサカは肯定してみる」

 

 

私自身、恋した経験なんてないからなぁ……。

知らないものを教えるって結構難しいかも。

 

 

番外個体「それじゃ、ミサカがあの人のことをどうやってからかおうか一日中考えたり、何かマヌケなことしないかついつい目で追っちゃうのも恋?」

 

佐天「え、ええっと……」

 

 

どうなんだろ?

やっぱり、小学生男子的なアレですか?

うん、もうそういうことにしておこう。

 

 

佐天「Yes!! それは、もう恋に間違いない!!」

 

番外個体「ま、マジで?」

 

 

ノリで言ってみたけど、案外満更でもないんじゃない?

つーか、強く肯定しすぎたかも。

ドンマイ、私☆

 

 

番外個体「これが恋ね〜。なるほどー、てっきりこの感情は憎悪だと思ってたよ」

 

 

いやいや、世の中にはヤンデレっていうのもあるらしいし、間違ってないよね?

大丈夫、大丈夫。

でも、なんか怖いことブツブツ言ってるからスルーで。

 

 

打ち止め「なんか違うと思うんだけど、ってミサカはミサカは口を挟んでみる」

 

佐天「じゃあ、打ち止めちゃんはどう思う?」

 

打ち止め「恋っていうのはもっと甘いものだと思うの、ってミサカはミサカは気持ちを抽象的に表現してみる!」

 

 

イメージは確かにそんな感じかも。

甘いとか、甘酸っぱいとかそんな感じ。

 

 

打ち止め「それで、好きな人のことを考えただけで胸がドキドキして、気持ちがいっぱい溢れてくるの!」

 

佐天「なるほど、なるほど」

 

 

経験者、打ち止めは語る。

胸がドキドキして、気持ちが溢れるかぁ……。

先生に怒られたときのアレとは違う感覚なのかな?

……全然違うか。

 

 

打ち止め「そしてあの人にも好きになってもらおうって、いっぱい頑張ることができるの! ってミサカはミサカは胸を張って答えてみる!」

 

佐天(う……。カワイイ……)

 

 

御坂さんも小さいときはこんな感じだったのかな?

というか、一方通行さんすごい愛されてるなぁ。

少し妬けちゃうかも。

 

 

打ち止め「それで、サテンお姉ちゃんはどうなの? ってミサカはミサカは尋ね返してみる」

 

佐天「ええっ!? 私?」

 

番外個体「そうそう。言い出しておいて、自分だけ言わないってのはなしだよね?」

 

 

そ、そんなこと言われても……。

ど、どうすれば……。

 

 

佐天「え、えーっと、私はまだ良く分からないかな? あんまり深く関わった男の人とかいないし……」

 

番外個体「そうなの?」

 

打ち止め「じゃあ、サテンお姉ちゃんの初めてはあの人なの?」

 

佐天「え?」

 

 

う、うーん……。

言われて見れば、一方通行さんくらい深く関わった人はいないかも?

でも、そういうことは考えたことなかったなー……。

 

 

佐天「そうかも」

 

打ち止め「じゃあ、サテンお姉ちゃんもミサカと一緒だね、ってミサカはミサカは喜んでみる」

 

佐天「ええっ!? いや、私はそこまでのレベルじゃ……」

 

 

というか何故喜ぶ。

1対2だからって有利になったりはしないんだよ?

いや、私は一方通行さんが好きって訳じゃないけど。

でも、確かにあの人への気持ちは普通の男の人とは違うかも。

どっちかっていうと『恋』っていうより『憧れ』とか『畏怖』って感じだけどね。

ここから変化していくものなのかな?

 

―――そんな風に楽しくおしゃべりしながら、激動の1日は幕を閉じた。

 

 

-2ページ-

???「うおあああああああっ!?」

 

佐天「―――ッ!?」

 

 

完全反射に出会った翌日の朝。

私は、いきなりの謎の悲鳴(?)によって起床させられた。

というか、睡眠状態から無理やり覚醒させられたと言うべきだろうか?

さきほどの絶叫は、まるで谷にでも落とされたかのような感じだ。

誰の声だったのだろう? いや、何が起こったのか?

 

 

打ち止め「ふぁ……。もう、朝?」

 

番外個体「うーん……」

 

佐天「ええっ!? リアクション薄っ!!」

 

 

この2人はまだ寝ぼけているのかもしれない。

あんな絶叫で平然としていられる訳が……。

って、なんで打ち止めちゃんと番外個体さんがうちにいるの?

ええと、昨日は確か……

あ、そういえば、黄泉川先生のところに泊まってたんだっけ。

今のは黄泉川先生の声だったかもしれない。

 

 

打ち止め「早く起きないと次はミサカたちの番になっちゃうよ、ってミサカはミサカは注意を促してみる」

 

佐天「そ、壮絶な目覚ましですね」

 

 

まだ寝ぼけているらしい番外個体さんが、寝ぼけ眼でこちらを向いてくる。

一方の打ち止めちゃんは、もうすっきり目覚めているらしい。

どうやらこの子は朝に強いみたいだ。

私も朝に弱い方ではないが、さきほどの絶叫のせいでまだ心臓がドキドキ言っている。

なんとも体に悪い起床としか言いようがない。

寿命が縮む。

というか、そんなことされてて、自分で起きない黄泉川先生も凄いけど。

 

 

携帯を見て時刻を確認すると午前6時半。

いつもの私と比べると随分と早い起床だ。

 

 

佐天「いつもこんなに早いんですか?」

 

打ち止め「そうなの。ヨミカワが学校に行かなくちゃいけないから、ってミサカはミサカはうんうんって頷いてみたり」

 

 

パパッと着替えた打ち止めちゃんが、その場でくるりと回る。

袖なしのワンピースにYシャツを羽織るだけという、外に出るにはちょっと寒そうな格好だ。

もっとも、家の中にいる分には、大丈夫だろう。

私もさっさと着替えてしまおう。

 

 

打ち止め「じゃあミサカはお先にー、ってミサカはミサカは食卓に向けて猛ダッシュー」

 

 

ドタドタと駆けて行ってしまった。

この様子じゃ、あの子は一日中あのテンションっぽいな。

ん? そういえば、朝ごはんって誰が作ってるんだろ?

やっぱり、黄泉川先生?

 

 

佐天「……あれ?」

 

 

考え事をしながら着替えをしていると、番外個体さんがボーっとベットに座っているのに気づいた。

番外個体さんは朝に弱いのかな?

まさか目を開けたまま2度寝してるとかじゃないよね?

 

 

佐天「番外個体さん?」

 

番外個体「え? あ、うん。大丈夫」

 

 

うーん。

反応は返ってきたけど、まだ少しボンヤリしている印象。

何か変な夢でも思い出しているのかな?

妙に顔が赤い気がする。風邪かな?

 

 

佐天「体調でも悪いんですか?」

 

番外個体「え? いや、その……」

 

 

しどろもどろになる番外個体さん。

なんだかはっきりしないなぁ。

気になるので続きを聞こうとしたとき、ガチャリとドアが開いた。

 

 

一方「オマエらはいつまで寝てンだ?」

 

番外個体・佐天「「え?」」

 

 

一方通行さんが部屋に入ってきたのだ。

思わず、番外個体さんとハモってしまった。

私はいまだ着替え中である。

上はもう身につけた。

スカーフはまだ巻いていないが、そんなことはどうでもいい。

問題はスカートだ。

スカートはまだ膝の位置にある。

 

 

一方「朝飯できてっからさっさと支度しろ」

 

 

だが、一方通行これをスルー。

リビングの方へと杖をついて歩き去ってしまった。

何の反応もなかった。

もしかして、私は女の子として見られていないのだろうか?

……まあ、別にいいですけどぉ。

なんだか釈然としない。

 

 

番外個体「…………」

 

 

それよりも、番外個体さんの方が重症だ。

なんだか余計、顔が真っ赤になっている気がする。

 

 

佐天「おはよーございます」

 

 

着替えを済ませリビングに入ると、打ち止めちゃん、黄泉川先生が食卓についていた。

朝食は、納豆と味噌汁のようだ。

私の分もきちんと用意されている。

一方通行さんは、少し離れたソファーの方に座ってテレビを見ていた。

 

 

打ち止め「おはよう! ってミサカはミサカは元気いっぱいに挨拶してみたり!」

 

黄泉川「おう、おはようじゃん」

 

 

挨拶を返してくれる2人。

それにしても、黄泉川先生はケロッとしている。

警備員だけあってタフなのかもしれない。

いや、こんな起こされ方をしているからタフなのだろうか?

 

 

一方「番外個体はどォした?」

 

 

私の方を一瞥してそう尋ねてくる。

この人から挨拶がないのは予想通りだが、もう少し社交的にしてくれてもいいんじゃないかと思う。

 

 

佐天「なんでも、食欲ないから朝ごはんいらないそうです」

 

一方「ハァ? 食欲がねェ?」

 

黄泉川「あの子が? 珍しいじゃんよ」

 

 

そう言って番外個体さんは布団を被ってしまったのだ。

これ以上私に聞かれても答えられることなどない。

強いて言えば体調が悪そうだったということくらいだろうか?

もしかしたら、お腹を出して寝ていたのかもしれない。

 

 

黄泉川「いってきまーす」

 

打ち止め「いってらっしゃーい、ってミサカはミサカは元気良くヨミカワを送り出してみる〜」

 

 

結局、番外個体さん抜きで朝食が済むと、黄泉川先生は慌しく出発した。

私が起きるくらいの時間に出発って、先生も大変だなぁ。

これでアンチスキルの仕事までするって言うんだから、どんだけ体力あるんだか……。

って、そうだ。

私は今日何すればいいんだろ?

 

 

佐天「今日は能力開発はどうするんですか?」

 

一方「ンなことやってる場合じゃねェだろォが」

 

 

ごもっともです。

まず、やらねばならないことは、私のクローンの問題を解決すること。

今日はこれから昨日言っていた手がかりを探しに行くのだろう。

番外個体さんがその場所を知ってるって話だったけど……。

 

 

佐天「ドキドキしてきたぁ……」

 

 

気分は決戦前。

巨悪と戦う映画やマンガの主人公になった気分。

出発前に能力の確認を―――

 

 

一方「ハァ? オマエは留守番に決まってンだろォが」

 

 

そんな幻想をブチ殺されました。

まあ、一方通行さんの言うことは正論ですけど。

私が行っても、人質になって足手まといになるのが関の山だしね。

昨日もそうだったし。

でも、やっぱり少しは心配だよね。

 

 

佐天「1人で大丈夫ですか?」

 

一方「オイオイ。オマエは誰の心配をしてるンですかァ?」

 

佐天「で、でも……」

 

 

第一位だって無敵じゃない。

実は、昨日の夜、一方通行さんのバッテリーの話を聞いてしまっていた。

「バッテリーがなくなると、能力が使えなくなる」というのが打ち止めちゃんの話だ。

元々そうではなかったらしいのだが、何が原因でそんなことになってしまったのかは教えてくれなかった。

いろいろあったのかもしれない。

 

 

一方「オマエはここにいりゃ安全だ」

 

佐天「え?」

 

一方「オマエは大人しくしてろ」

 

 

そう言い残して、マンションを出て行ってしまった。

後に残されたのは、打ち止めちゃんと私だけだ。

芳川さんと番外個体さんは部屋に篭りっきりだし、どうすればいいんだろ?

 

 

打ち止め「サテンお姉ちゃん、ゲームでもしよっか、ってミサカはミサカは提案してみる」

 

佐天「うーん……」

 

 

どうしよう?

やはり自分もこの件に関わっているだけに、一方通行さん1人に任せっきりというのもなんだか悪い気がする。

確かに戦闘面では役に立たないが、他の部分で役立てることがあるのではないか?

情報収集とか。

昨日は周りに誰もいなかった気がするが、目撃者もいるかもしれない。

どっち方面に逃げたかだけでも分かれば、きっと有益な情報になるだろう。

よし。

それなら、やることは1つだ。

何事もチャレンジあるのみ。

 

 

佐天「やっぱり、私も一方通行さんのお手伝いしてくるよ」

 

打ち止め「危ないかもしれないよ?」

 

佐天「でも、自分の問題でもあるし」

 

打ち止め「気持ちは分かるけど、ってミサカはミサカは……」

 

 

考えてなかったが、打ち止めちゃんまで着いてくるとか言ったらどうしよう?

御坂さんならいかにもいいそうなことだ。

さすがにこの子まで危ない目にあわせる訳にはいかないし……。

 

 

打ち止め「そらなら、ミサカも行く! ってミサカはミサカは大胆提案!」

 

 

やっぱり。

こ、こうなったら、

 

 

佐天「ほ、ほら! そしたら、番外個体さんの看病する人いなくなっちゃうじゃん!」

 

打ち止め「看病?」

 

 

体調悪いみたいだし、さすがに1人で放っておくわけにはいかない。

芳川さんは、いるかいないか分からないので数には数えません。

おそらく寝てるんだろうけど。

 

 

打ち止め「ううう……。きっとすごく危ないよ?」

 

佐天「大丈夫、大丈夫。この近くをちょっと見てすぐ帰って来るからさ」

 

 

その後、なんとか打ち止めちゃんを説得して、黄泉川先生のマンションを出ることにした。

私だって、危ないのはゴメンだ。

だけど、この辺りなら安全だって一方通行さんも言ってたしね。

昨日の場所は、徒歩数分のところだし、きっと大丈夫。

 

 

マンションのエントランスを出て辺りを見回すと、既に一方通行さんの姿は見当たらなかった。

昨日、番外個体さんから聞きだしていた研究所とやらに行ってしまったのかな?

私には教えてくれなかったけど。

 

 

佐天「ま、そんな本命の場所に行く気はないけどさ」

 

 

私にできることはせいぜい情報収集。

本格的な戦闘ができるほど能力も経験もない。

それなら、安全で身近な場所を探索するくらいだろう。

結局、こんなのは無駄足になるかもしれないがそれならそれでもいい。

身近なところには危険がないって証拠にもなるんだし。

地盤を固めなくちゃ、安心して眠れないもんね。

 

 

佐天「ん? そうだ」

 

 

そういえば、これからもう少しの間、黄泉川先生のところにお世話になるのかも。

どう考えても、一方通行さんの傍にいるのが一番安全だ。

番外個体さんはレベル4、打ち止めちゃんはレベル3、そして黄泉川先生は警備員でもあるわけだし。

でも、そうなるとやっぱり着替えは必要だよね。

いつまでも同じのを着てるって訳にもいかないし、番外個体さんのパジャマは少しぶかぶかだったから。

 

 

佐天「着替えを取りに帰るだけでいっか」

 

 

昨日のポイントは帰り道の道中だった。

つまり、それだけでも何かヒントがあるかもしれない。

いや、そこまで期待はしてないけどさ。

さっと行って帰ってくれば、往復で30分程度。

それくらいなら危険も少ないだろう。

多分。

 

―――その時の私はそんな能天気ことを考えていた。

学園都市の闇を知らなかったのだから、仕方ないといえば、仕方ないのかもしれないが。

 

-3ページ-

少しくらいなら外に出ても安全だ。

そんな考えはわずか5分で覆された。

 

 

完全反射「やっほー、お姉様」

 

佐天「え?」

 

 

昨日の現場に着いた途端、当の本人に遭遇してしまったのだ。

いやいや、ちょっとあっさり出て来すぎじゃない?

それに、手がかりどころか本人の登場って。

 

 

佐天「くっ!!」

 

 

よし、能力はちゃんと使える。

両手だけだが、反射を適応させて私のクローンに相対する。

どう考えても勝ち目はないが、今は朝方だ。

夜に比べれば、人目も全くない訳ではない。

あまり騒ぎを大きくしたくないだろうし、それだけの時間を稼げればなんとかなるはず。

しかし、ボーっとしていた時間は短かったが、なぜ攻撃してこなかったのだろう?

 

 

完全反射「私はお姉様と戦う気はないよ」

 

佐天「はい?」

 

 

私の心情を察したのか、両手を上げ、ひらひらと振りながらそんなことを言う。

確かに敵意は感じられないが、本当だろうか?

どちらにしろ、あまり抵抗できる余地などないのかもしれないが。

 

 

完全反射「1回お姉様とお話してみたかったんだよねー」

 

 

ニコリと人の良さそうな笑顔を向けてくる。

私の顔で。

なんだか、本当に自分が2人いるのではないかという錯覚に陥りそうだ。

 

 

佐天「は、話?」

 

完全反射「そうそう。私って研究員の人と以外話したことなかったんだよね」

 

 

逃げ切れるだろうか?

いや、昨日の一方通行さんとの戦いを見ても、常人のスピード以上を出せるベクトル操作をしていた。

反射しかできない私が逃げ切れるはずもない。

とすれば、できるのは時間かせぎくらいか。

こちらが根を上げる前に相手が諦めてくれればいいんだけど。

 

 

完全反射「だから、そう身構えなくてもいいって。危害を加える気はないんだしさー」

 

佐天「昨日あんなことしておいて、それは難しいんじゃ……」

 

 

あんなことというのは、もちろん石を飛ばしてきたことや一方通行さんとのバトルのことだ。

あれに明らかな敵意があったことには間違いない。

 

 

完全反射「ん? 昨日は、第一位には攻撃したけど、お姉様には危害加えてないよね?」

 

 

石は反射しただし、と付け加える。

確かにその通りかもしれない。

でも、なんの目的で一方通行さんと戦ったのか?

そして、なんの目的で私に接触してきたのかも気になる。

まさか、本当に話をしに来ただけなのだろうか?

 

 

完全反射「うーん……。そこまで警戒されると若干へこむなぁ」

 

佐天「うぇっ!?」

 

 

私のクローンにしては、妙に繊細なところもあるものだ。

いやいや、私も繊細ですよ?

一方通行さんが私の下着にまったく反応しなくてへこんだし。

……まあ、ほんのちょっとだけだけど。

それにしても、私が落ち込んでるときってこんな顔してるのか。

 

って、なんだかこれじゃ私が悪人みたいじゃない?

むしろこっちが被害者だと言いたいのに……。

う〜ん。

完全に信用する訳じゃないけど、うまくいけば何か情報も拾えたりするかも?

 

 

佐天「じゃあ、ちょっと話すくらいなら……」

 

完全反射「そうこなくっちゃ!」

 

佐天「切り替え早っ!?」

 

 

いきなり満開の笑顔になった!?

もしかして、ハメられてる?

まあ、私から取れる情報なんてたかが知れてるか。

 

 

完全反射「じゃあねえ……」

 

 

何を話したものかと、話題を探しているらしい。

しかし、今まであんまりこの子を見てる余裕なんてなかったけど、本当に私そっくりだ。

自分でも分からないくらいかも。

それに顔だけじゃなくて、身長とか髪質とか―――

 

 

佐天「あ、胸は私の方が大きい」

 

完全反射「ええっ!? いきなり何っ!?」

 

 

目測だが、この子は私よりも一回り小さい気がする。

能力では勝てないかもしれないけど、スタイルでは勝った。

 

 

完全反射「やっぱり大きい方がいいのかな……」

 

 

なんか良く分からないけど、また落ち込んじゃった。

私って外からみたらこんなに浮き沈みが激しいのか。

 

 

完全反射「番外個体は第三位より胸が大きいのに……」

 

佐天「ははは……」

 

 

どうしたものだろう。

なんだかまともに会話もしてないうちにいじけてしまった。

というか、私もそこまで大きい方じゃない。

固法先輩のとか見ちゃうとねえ……。

 

 

完全反射「私もお姉様くらいあったら……」

 

佐天「あの、さ」

 

 

ちょっと気に掛かることがある。

落ち込んでいるところ悪いんだけど、

 

 

佐天「その『お姉様』ってのは止めて欲しいかも」

 

完全反射「そう?」

 

佐天「私には合わないから」

 

完全反射「他の((妹達|シスターズ))はオリジナルのことをそう呼んでるって聞いたんだけどね」

 

 

確かに御坂さんなら『お姉様』というのも問題ない。

むしろぴったりだ。

何せ、あの人は正真正銘のお嬢様。

白井さんにもそう呼ばれているし、本人もそれを受け入れている。

それに比べて、私は一般庶民な訳だし、『お姉様』なんてかしこまった呼ばれ方したら違和感しか感じない。

なんだか全身がむず痒くなる。

 

 

完全反射「じゃあ、なんて呼ぼうかな?」

 

 

そもそも、これって本当に姉妹の関係なのかな?

良くわかんないや。

 

 

完全反射「姉妹ってことでいいんじゃない? さすがに母親というのはヤでしょ?」

 

佐天「そりゃそうだけど」

 

 

((私|オリジナル))から生まれたのだから、そういう捉え方もできるのか。

この年で母親ってのもなんだかな……。

クローンってことは、正確には「私」なんだよね?

んー、双子みたいなものって捉えればいいか。

私が先に生まれてるから、私がお姉さん。

 

 

佐天「じゃあ、姉妹ってことで」

 

完全反射「オッケー。それで、何て呼ぶかなんだけどさ」

 

佐天「うん?」

 

完全反射「何か希望とかあったりする?」

 

 

私が決めろ、と?

まあ、自分のあだ名を自分で決めるよりはマシかもしれない。

 

 

佐天「そうだねぇ……。無難に『お姉ちゃん』とか?」

 

完全反射「『るいねえ』とか『姉さん』とかもオススメかな」

 

佐天「うーん……」

 

 

というか、なんでこんな話してるんだろ?

なんだか昨日から混乱しっぱなしな気がする。

能天気に話してるけど、正直この状況に私の頭が着いていってないだけかも。

つい1週間前までは、普通に初春と学校通ってたのに……。

そうだ。

冷静に考えれば、分からないことだらけじゃない?

この子の目的はなんなのかとか。

呼び方で頭を悩ませている場合ではない気がする。

 

 

佐天「本当は何しにきたの?」

 

完全反射「ん? 何って、本当にお話をしにきただけだよ?」

 

佐天「それだけ?」

 

完全反射「そう。それだけー」

 

 

昨日は確かに、言ったとおりのことだけをしていった。

一方通行さんとの対決。

お互いにかすり傷もなく、まさに手合わせといったところだった。

では、今日も本当に話をしにきただけ?

良く考えてみるとおかしい。

なぜわざわざ私が1人のところを狙ってきたのか?

それは、たぶん一方通行さんと鉢合わせないようにするためだろう。

昨日の今日だし、あの人の性格からしても絶対に戦闘になる。

ならばおかしくはないか?

……いや、おかしい。

この子は、一方通行さんと私のペアなら勝てると思っているはず。

私を人質にして、チョーカーの電池がきれるまで粘れば勝てる、と。

一方通行さんに秘策があることは知らないのだ。

そうすると考えられることは2つ。

「本当は反射が30分持たない」か、「私に別の用があったから」ということになる。

 

 

完全反射「ん? そんな難しい顔しちゃってどうかしたのー?」

 

佐天「……本題は?」

 

完全反射「え、もう? もうちょっと世間話ってやつをしてからにしようと思ったんだけど」

 

 

つまり今までのはお遊び。

鎌をかけてみたけど、やっぱりこの後に本命があるみたい。

でも一体なにを……。

 

 

完全反射「ま、いっか。今日は、お姉様に第一位と第三位のクローンたちの過去を教えてあげようと思ってきたんだよね」

 

 

世の中には知らない方がいいことはたくさんある。

これから聞く話はその1つだった。

 

 

佐天「絶対能力進化計画……?」

 

完全反射「そ。レベル6を生み出すために行われた実験」

 

 

聞いた話は、信じられないような内容だった。

学園都市には、レベルが0から5までの6段階しかレベルはない。

しかし、レベル5のさらに上、『レベル6』という能力者を作ろうとした実験があったそうだ。

ここは科学の街、学園都市。

そんな実験もあっても、全然おかしくない。

ただ、その方法というのが問題だった。

『超電磁砲のクローンを2万回通りの方法で殺す』

殺す?

打ち止めちゃんや番外個体さんを?

それも2万回も?

そんなの正気の沙汰じゃない。

 

 

完全反射「で、その被験者っていうのが、」

 

佐天「……一方通行さん」

 

完全反射「うん、正解〜」

 

佐天「そ、そんな」

 

 

おめでとうとばかりに拍手をされる。

けれど、そんな音は私の耳には届いていない。

この子の目的だとか、そんなことが吹き飛んでしまった。

それほどのショックな話だ。

今の私の頭の中は、一方通行さんのことと、殺されたであろう御坂さんのクローンのことで、頭がいっぱいになってしまっている。

 

 

完全反射「これがそのデータ。まあ、見ない方がいいと思うけど」

 

 

信じたくはなかったし、信じられなかった。

だが、彼女の語った言葉は無常にも事実だった。

手渡されたレポートがそれを証明していた。

 

 

佐天「うっ……」

 

 

最初の数ページをめくっただけで吐き気がこみ上げてきた。

そこには、生々しい実験の記録や進行状況などが文字やグラフで記載されていた。

特に、殺害状況や時刻などの隣の欄に『完了』という簡潔な文字がずらりと並んでいるのが目についた。

その単語がこれほどまでに恐ろしいと感じたことはない。

レポートの目次によると、後半には写真が付記されているらしいのだが、とても見る気にはなれなかった。

それを見てしまっては、吐き気どころでは済まなくなる。

どうしてこんな実験が許可されていたのだろうか?

 

 

完全反射「結果としては、実験は1万ちょっとのところで断念・破棄されたの」

 

佐天「は、破棄?」

 

 

打ち止めちゃんや番外個体さんが生き残っているのはそういうことか。

どういう理由かは知らないが、実験が中断された。

これは喜ぶべきことなのだろう。

だが、1万という数のクローンは殺されている。

学園都市最強の超能力者、一方通行によって。

 

 

佐天「……なんでこんなもの私に見せたの?」

 

完全反射「それは、『一方通行』っていう人間のことを、お姉様が何も知らないみたいだったからだよ」

 

 

あの男のことを教えてあげようと思ってさ、となんでもないように言う。

確かに、私は一方通行さんのことはほとんど知らなかった。

知っていることといえば、第一位の超能力者であるということくらいだ。

『絶対能力進化計画』などという言葉は聞いたことすらない。

その内容も、外に漏れてしまえば学園都市という存在自体が危うくなるほどのものだった。

そもそも、なぜ一方通行さんはそんな実験を引き受けたのか?

通常の価値観をもっていれば、そんな実験を引き受けるはずがない。

しかし、あの人は引き受けた。

“最強”の能力者から、“絶対”の能力者になるために。

そこにはどんな思いがあったのだろうか?

 

 

完全反射「少しは分かってもらえたかな?」

 

 

吐き気は未だに治まらない。

この子の意図はなんなのだろう?

警戒すべきは自分ではなく、一方通行さんであると言いたいのだろうか?

私の既存の価値観が大きく揺らいでしまっている。

疑心暗鬼に陥ってしまいそうだ。

 

 

完全反射「ま、そんな訳だから、今後一方通行には近づかない方がいいよ」

 

 

確かに話を聞いていればそうだろう。

今までは優しそうな一面して見えていなかったが、裏ではそんな実験をしていた人物なのだから。

そもそも、あの人はなぜ私なんかの能力開発をしてくれていたのだろうか?

そんなことをしているくらいなのだから、統括理事からの命令なんていくらでも無視できるはずだ。

では、なぜ?

分からない。

あの人の目的は?

 

 

佐天「一体、誰を信じれば……」

 

 

誰かに相談?

できる訳がない。

誰がこんなことを信じてくれるだろうか。

いや、御坂さんなら事情を知っているかも?

……ダメだ。

きっと御坂さんは、一方通行さんに恨みを持ってる。

一方通行さんの名前に過剰に反応していたのは、これが原因だったのだ。

御坂さんに相談しても、冷静に判断できるとは到底思えない。

つまり、自分で判断しなければならないということになる。

こんな混乱した頭で?

だが、なぜ一方通行さんは悪者という結論がすぐに出せないのだろうか?

これだけの事実があるというのに。

何かが引っかかっている気がする。

 

 

完全反射「私の話はそんなところかな」

 

 

伝えたいことは全て伝えたという顔をしている。

きっと私の顔は酷いことになっているのだろう。

鏡を見なくても分かる。

 

 

完全反射「私の役目は果たしたことだし、そろそろお別れだね」

 

佐天「え?」

 

完全反射「これからまた第一位のところに行かなくちゃならないからねえ。できれば戦いたくはないんだけどさ」

 

 

彼女の目的がまったく掴めない。

私を混乱させることが目的?

ならば、それは大成功といえる。

今の私はどうしようもないほど混乱している。

 

 

完全反射「じゃっあねー。お姉様♪」

 

佐天「あ……」

 

 

そんな私を置き去りにするように、昨夜と同じように路地裏に消えていってしまった。

これから一体どうしよう?

一方通行さんに連絡する?

自分の携帯をポケットから取り出し、『一方通行』という連絡先を見据える。

昨夜、携帯の番号を聞いておいたのだ。

しかし、どうしてもかける気にはなれない。

実験の内容は知らないフリをしてでも、私のクローンが向かったことくらいは伝えるべきだろうか?

……いや、やめよう。

そんなことをしなくてもあの人は負けないだろう。

それに、まだ自分の気持ちを整理できていない。

こんな状態でまともに話せるとは思えない。

そう思い、ポケットに携帯を戻した。

 

 

佐天「一方通行さん……」

 

 

ひとり言は、誰にも聞かれることなく、路地裏に吸い込まれていく。

黄泉川先生のマンションに戻る気分にはなれなかった。

 

-4ページ-

 

一方「チッ。ハズレか」

 

 

午前10時。

佐天が完全反射に出会ってから2時間が過ぎたころ、一方通行は番外個体の言っていた第7学区の研究所に足を踏み入れていた。

その研究所自体は稼動していたのだが、番外個体の言っていた研究チームは既に撤退した後で、精密機械を取り扱っている企業が代わりに入っていた。

だが、そんなこともお構いないなしに、一方通行は力ずくで乗り込んで調べさせてもらうことにした。

しかし、そこまでしても成果はなかった。

まったくの0だ。

元からあったというパソコンを調べてみても、クローンの「ク」の字も出ない有様である。

 

 

研究員「も、もうよろしいでしょうか?」

 

一方「邪魔したな」

 

 

そう言って、研究所を後にする。

去り際に、一方通行が出て行くのを見てホッと一息ついているのが見えた。

そんな反応をされるのも仕方ないかとわずかに苦笑する。

本来なら誰もいないような時間に無理やり押し入ったのだ。

文句の1つも言われなかっただけ僥倖だろう。

もっとも、一方通行に文句が言える人物など限られているのではあるが。

 

 

一方(これでまた振り出しに戻るか。他に手がかりもねェし、これからどォするか……)

 

 

考えられる選択肢はいくつかある。

その中でも有力なのは、完全反射を探すことだろうか?

土御門の情報網を使うのが最も手っ取り早い。

 

 

一方「アイツに借りは作りたくねェンだけどな」

 

 

そんなことをブツブツいいながら、携帯を取り出す。

すると、ちょうどそのとき携帯が着信を知らせた。

あまりのタイミングの良さに覗かれているのではないかと辺りを見回すが、もちろん、金髪のアロハ男などいない。

人通りもほとんどないような場所にいるのだから間違いない。

では、誰からの電話だろうか?

改めて携帯を確認すると、発信主は佐天涙子であった。

 

 

一方「あァ?」

 

 

佐天からの連絡ということに一方通行は眉をひそめる。

確かに昨日この番号を教えた。

だが、黄泉川のマンションにいるならば、打ち止めが電話をかけてきそうなものだ。

それを遮ってまで、佐天が電話をかけてくるとは想像しにくい。

あるいは、打ち止めが佐天の携帯を借りて電話をしているのかもしれない。

出れば分かるだろう。

 

 

一方「ン?」

 

 

そこで一方通行の動きが止まった。

先ほどは気が付かなかったが、前方に佐天が立っていたのである。

横道から出てきたのだろうか?

しかし、電話をかけている素振りは見えない。

いや、そもそもここにいること自体がおかしい。

 

 

佐天(?)「……」

 

 

こちらが気が付くとほぼ同時、佐天はカツンとなんの前触れもなく小石を蹴り飛ばしてきた。

一方通行は、その攻撃を軽く首を横に動かすことで回避する。

そこをビュンと風を切る音がするほどのスピードで小石が通過していく。

昨日の一方通行のに比べれば威力は大したことはない。

だが、今のは間違いなくベクトル操作による攻撃だ。

 

 

一方「完全反射か」

 

完全反射「正解〜」

 

 

佐天涙子のクローン『((完全反射|フルコーティング))』。

探していた手がかりが向こうから姿を現してくれた。

これで、手間が省けた。

あとは情報を引き出すだけだ。

 

一方通行がチョーカーのスイッチに手を伸ばす動作が2人の戦闘が始まる合図となった。

 

―――佐天からの電話は、そこで切れた。

 

 

先に攻勢に出たのは、完全反射だった。

佐天のときとは違い、碌な挨拶もなく、最初から敵意に満ち溢れている。

そんな彼女は、地面を強く蹴るともの凄いスピードで突っ込んできた。

しかし、そんなことはチョーカーのスイッチが入ってしまえば関係ない。

 

 

完全反射「ハッ!!」

 

 

女子のものとは思えないほど鋭いミドルキックが飛んでくる。

だが、回避する必要はない。

既に、チョーカーのスイッチは入っている。

お互いに反射を使っていれば、相手の攻撃も自分の攻撃も届かない。

それを確認するかのように、鋭い完全反射の蹴りが腕に当たると、まるで一時停止したかのようにピタリと静止した。

それと同時に、例の反射の膜を削られる感覚が体中を駆け巡る。

正直、これはあまりいい気分ではない。

完全反射もそう感じたのか、軸足で地面を軽く蹴って後方へと距離を取った。

10mほどの距離を取って2人が対峙する。

 

 

完全反射「ちェっ。ちょっと遅かったか」

 

一方「オマエじゃ俺は倒せねェよ」

 

完全反射「そォかな? バッテリーが切れた後なら、タコ殴りにできると思うンだけど?」

 

一方「分かってねェな。その前に決着がつくって言ってンだよ」

 

 

佐天は勘違いしているようだったが、一方通行に秘策などない。

それほどに明確な弱点が完全反射には存在する。

それに、今の一連の動きで相手の能力のタネも割れた。

 

 

一方「オマエは自分で生み出した運動ベクトルしか操作できねェンだろ」

 

完全反射「へェ? もう気づいたンだ?」

 

 

移動にしても、石を飛ばすにしても、余計な動作が1つ多い。

地面を蹴ったり、石を蹴ったりというように。

一方通行が同じことをするのに、そんな余計な動作をする必要はない。

 

 

完全反射「でも、それだけじゃ戦況は変わらないよね? お互いに攻撃が届かない訳だし」

 

一方「確かにそォだな」

 

 

相手の攻撃が届かないように、一方通行の攻撃も完全反射には届かない。

反射が相殺しあって、攻撃に込めたベクトルが霧散してしまう。

強度がより高ければ一方的に攻撃することもできるのだが、完全反射の強度は一方通行とほぼ同じであるためそれもできない。

前回はそこで手詰まりになってしまった。

 

 

完全反射「あははっ! どォするの? 今日はお姉様もいないし逃げる?」

 

一方「逃げる必要なンてねェな。オマエは弱点だらけだからな」

 

完全反射「……ふ〜ン?」

 

 

“弱点”という言葉にも、完全反射の余裕な態度は崩れない。

彼女にしてみれば、攻防には意味がないのだし、大人しく話を聞いて時間を潰すだけ。

一方通行が自ら時間を潰してくれるのなら、それに乗るのは当然だろう。

だが、そんな完全反射の顔色が次の一言で豹変する。

 

 

一方「オマエ、物理現象しか反射できねェンだろ?」

 

 

“強度”、“範囲”、“種類”の3つが同時に完璧にできるということは、レベル5に認定されるということに等しい。

しかも、完全反射はそれを30分も維持できる。

もし、本当に一方通行と同レベルの反射をそこまで維持できるならば、レベル5に認定されてもおかしくない。

だが、((樹形図の設計者|ツリーダイアグラム))の演算結果では、クローンによるレベル5の製造は不可能とされている。

目の前のクローンもそれに漏れないはずだ。

それならばどういうことか?

簡単なことだ。

“強度”と“範囲”が完璧ならば、“種類”が未完成ということになる。

拳を受け止めたり、石を反射させたところを見ると固体の反射はできている。

となれば、おそらくだが気体、液体の反射も可能。

いや、それしかできないと言った方が正しいのかもしれない。

つまり、完全反射は爆弾1つ、あるいは、スタンガン程度のもので倒せるのだ。

 

 

一方「昨日の退却の理由は、番外個体の奴が来たからなンだろ?」

 

完全反射「……」

 

 

昨夜の明らかにおかしい退却のタイミング。

あれは、電気を反射できない完全反射が、番外個体を視界に捉えたからだったのだ。

その問いに完全反射は答えない。

しかし、先ほどまでの余裕な態度は既に消え去り、動揺しているように見える。

 

 

完全反射「フフッ。それが本当だったとして、アナタにそンなことができるのかな?」

 

一方「あン?」

 

完全反射「アナタの目的は情報収集でしょ? そンな攻撃してきたら、私は間違いなく死ンじゃうよ?」

 

 

一方通行は電気を使える訳でもなく、炎を操つれる訳でもない。

その辺りは、適当に電線を引っこ抜けばいいだろうが、相手を戦闘不能にさせる程度にベクトルを分散させるのは意外と難しい。

戦闘中となれば、そんなことに演算をしながら戦える訳がない。

ほんのわずかな弾みで殺してしまうこともありえる。

かといって他に使えるものは、手元にある拳銃が1丁のみ。

完全反射相手には、まだ100円ライターの方が役に立つかもしれない。

 

 

完全反射「それを知ってたなら、((最終信号|ラストオーダー))でも連れてくれば良かったのに」

 

一方「いやァ? ンな必要もねェよ」

 

完全反射「え?」

 

 

完全反射の勝利条件は、30分という時間を潰すこと。

対する一方通行は、殺さないように注意しつつ、戦闘不能にすることだ。

お互いに攻撃が届かないという状況の中、これだけのハンデがあって、なお、一方通行は笑みを浮かべている。

同じ能力を持っているとはいえ、完全反射はレベル4程度。

その程度の相手に、2度も不覚を取る訳がない。

彼女の目の前にいるのは、学園都市最強の超能力者なのだ。

1度した失敗は、2度繰り返さないのが、第一位たる所以である。

 

 

完全反射「一体、どォするつもり?」

 

一方「簡単なことだ」

 

 

そう言い終わるか否かというタイミングで、一方通行は完全反射との距離を詰めるために足元のベクトルを操作した。

目に見えないようなもの凄いスピードで一気に後ろまで回りこむ。

昨夜と同じく、完全反射はまったく対応できていない。

 

 

完全反射「!!」

 

 

やっと反応したときには、一方通行は完全に完全反射の視界から消えていた。

一方通行がテレポートでもしたように見えたはずだ。

そんな完全反射に向かって、音速というスピードで移動した副産物である突風が吹き荒れる。

もっとも、反射を適応させているのでなんの影響もない。

では、一方通行の狙いは?

 

 

一方「これで終いだ」

 

 

完全反射の後ろまで回った一方通行は、ベクトル操作もしていない拳を振るった。

当然、反応できていない完全反射は避けることができない。

一方通行の拳は、背中の真ん中辺りに命中した。

いや、正確には当たっていない。

反射によって、攻撃は完全反射に触れる直前で静止している。

そして、お互いに接触することで反射の膜が相殺されていく。

 

 

完全反射「何をするつもりだったか知らないけど、残念だったね」

 

 

やっとのことで、後ろに回られたことに気づいた完全反射が、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

完全反射にダメージは通っていない。

だが、安心するのはまだ早い。

そんなのは一方通行も承知である。

ここまでは、ほぼ昨夜の再現。

違うのはここからだ。

 

 

完全反射「え?」

 

 

気がついたときには、完全反射|フルコーティング)は膝を地面についていた。

何をされた?

頭がクラクラする。

背中に触れられてはいるが、攻撃は完全に止めたはずだ。

では、なぜこんなことになっている?

分からない。

 

 

一方「オマエと俺で違うのは、攻撃に使う『ベクトル操作』のレベルだ」

 

 

背後から一方通行の声が聞こえる。

意識がもうろうとして、うまく聞き取れない。

自分は今何をされているのか分からないのが怖い。

一方通行は、そんな完全反射に構わずに続ける。

 

 

一方「反射の強度は俺と同じレベルだった。俺もオマエも、触れてる部分は完全に反射が消えちまってるからな」

 

 

そうだ。

それならば、ダメージがあるはずがない。

ただ、触るだけでここまでの状態になるはずが……、

 

 

完全反射「ま、まさか……」

 

一方「そォだ。オマエも俺のデータは見てンだろ?」

 

 

血流操作。

外からの攻撃ではなく、内的な攻撃。

一方通行は、触れただけで血流、生体電気などの操作が可能なのだ。

それによって、妹達の命を奪ったこともある。

それを応用して、貧血のような状態にしているという訳である。

しかし、今更気が付いたところでもう遅い。

完全反射は、もう振り向くことすらできなくなっていた。

それから数秒も触っていると、完全反射の意識が落ち、ドサッという音と共に地面に倒れこんだ。

一方通行の完勝である。

 

 

完全反射「んっ……」

 

一方「起きたか」

 

 

完全反射が目を覚ます。

一方通行は、缶コーヒーを飲んでいた。

おそらく、近くのコンビニで買ってきたのだろう。

どのくらい気絶していたのだろうか?

 

 

一方「まだ30分も経ってねェよ」

 

 

時刻は10時半。

戦闘が5分程度で終わってしまったため、20分くらい気絶していたことになる。

正直、一方通行は、あまりにあっさりとした決着に拍子抜けしていた。

血流操作への対策も練っていると思い、いろいろ考えてきたのだが、それも無為になった。

あまりにも舐められたものだ。

 

 

完全反射「あー、ああ。私の負けかぁー」

 

一方「さっさとオマエの知ってる情報を吐け。そォすりゃ痛めに遭わずに済む」

 

 

脅しつけるような言葉をちらつかせる。

未だに((完全反射|フルコーティング))の目的が見えないため、若干焦っているのかもしれない。

だが、悪い芽を早めに潰しておくに越したことはない。

 

 

完全反射「私の知ってる情報って言ったって大したことは知らないよ?」

 

 

これ以上抵抗する気はないようだ。

だが、少々無抵抗すぎるのが気に掛かる。

念のため、チョーカーのスイッチに手をかけておくことにする。

これならすぐに能力が使える。

敵がコイツ1人とも限らない。

 

 

完全反射「まあ、もう気づいてると思うけど、昨日の戦闘は私のデータを取るためだったんだよね」

 

一方「それで?」

 

完全反射「お偉いさんは割と満足してたみたいだよ?」

 

 

それはそうだろう。

一方通行と拮抗できたというだけでもすばらしい成果だ。

戦闘自体は短い時間だったが、それだけの価値はあった。

だが、一方通行に目を付けられるというリスクを考えると、はたして釣り合っていると言えるだろうか?

それに、それだけが目的とも思えない。

あまりに裏がなさ過ぎる。

 

 

完全反射「まだ聞きたいことはある?」

 

一方「知ってることは全部話せって言わなかったか?」

 

完全反射「そうだったね」

 

 

昨日のことは分かった。

では、今日の戦闘の目的は?

まさか本当に、彼女を作った研究員が、一方通行に勝てると思って送り出した訳ではあるまい。

それは楽観視しすぎというものだ。

 

 

完全反射「今日の目的はねぇ、」

 

 

なぜ、ここまであっさり話す?

意図が読めない。

今日の目的ということは、昨日とは違う目的があるということだ。

では、昨日と今日で違うことはなんだ?

一方通行が完全反射に勝利したこと?

いや、そこじゃない。

 

 

完全反射「時間稼ぎっていうやつかな」

 

 

佐天涙子がここにはいない。

 

 

完全反射「実験のためにお姉様を捕獲するから一方通行を食い止めろ、って無茶言うよねぇ?」

 

 

思えば、完全反射が登場したのは、佐天から電話がかかってきたときだ。

あまりのタイミングの良さに違和感を持たなかったのか?

答えはイエス。

電話をかけてきた本人が目の前にいるという違和感の方が強烈だった。

より強い違和感に、小さい違和感が覆い隠されてしまった。

 

 

完全反射「お姉様がアナタに連絡しなければ、わざわざ戦う必要もなかったんだけどね」

 

 

電話をかけてきたのが30分前。

それだけあれば、痕跡を消して逃走するには十分な時間だ。

つまり、この20分をまったくの無駄に過ごしてしまった。

完全反射がぺらぺらと話しているのは、もう役目が終わったからなのだ。

 

 

一方「クソがァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

ゴンと音が出るほど強く、近くの壁に拳をたたきつける。

行き場のない絶叫が、むなしく人気のない道にこだました。

能力を使っていなかったため、拳には血が滲んでいる。

だが、そんなことはどうでもいい。

自分のせいで、佐天涙子は学園都市の闇に引きずり込まれ、連れ去られてしまったのだ。

誰かの手のひらの上で弄ばれたという屈辱よりも、そんな展開も考えていなかった自分に激怒していた。

しかし、今更悔やんでももう遅い。

“佐天涙子は連れ去られた”

それは揺るがしのない事実であった。

 

 

―――そしてこの3日後、一方通行は、佐天を発見すると同時に最悪の相手と戦うことになる。

 

 

                                    第三章『Overline(彼女の目的)』 完

 

 

第四章『Real Ability(最悪の相手)』

 

 

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第三章『Overline(彼女の目的)』
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