古泉一姫のHIRO |
小学六年生編
いつの頃だっただろうか。正義のヒーローが出てくるアニメを暇があればよく見ていたのは。
困った時、自分の身に危険が及んだ時、一人ぼっちになった時、来てほしい時にいつでも来てくれる、そんな存在。
悪の組織から世界を守るかっこいい存在。どんな時にも挫けず、恐れず、勇敢に立ち向かうそんな存在。
そんな存在に、私はなりたかった。
だけど今は……こんなザマだ。
今の私は、昔憧れたヒーローには遠く及ばない……そんな存在。
この世には私が幸せになる要素など1ミリも有りはしない。自分に幸がないのにそれに追討ちをかけるように嫌悪するような、不幸な事ばかりが身の回りで蔓延っていることに私はうんざりしている。
もはや既に生きていくことには飽き飽きしている。両親に命令されるように頑張ってはいるが、これ以上向上させてどうするのかと度々感じるようになった学力、正直動く事が好きではないのに嫌々やりながら上達していったスポーツ。小学六年生になってからは前以上に無駄に格段に向上している気がする。
私はとある兵庫の小学校に通っている。今は朝の登校の最中だ。季節は外に出るのが億劫になるような寒さの冬。
校門を通過していくと、隣のクラスの女子三人が楽しそうに雑談をしながら歩いていた。
私はその女子三人を追い越そうとする。
「うわぁ、あの子もしかして隣のクラスの……」
後ろでひそひそと私の事を何か話しているようだ。
下らない、ほっとこう。
…………
放課後。
私はクラブには所属していないので、帰りの挨拶を終えるとすぐに家に帰るのだ。
これは生徒用の玄関での出来事だ。
「痛っ」
上靴を履いた途端、刺されるような痛みに襲われた。すぐに脱いで靴の中をよく見てみると複数の画びょうが置かれていた。白い靴下が赤い液体によって薄く滲んでいた。
「はぁ……またか」
血のついた画びょうを一個ずつ取り去り溜息をつく。
ご存知の通り、いわゆる『いじめ』というものを受けている。いつから受けたのかは覚えていない。小1の頃からかもしれないし、幼稚園に入学してすぐだった気もする。それからずっと現在進行中でこの状態だ。
教科書の落書きや仲間はずれ、清掃の押し付けなどは日常茶判事で、酷い時は今朝学校に登校する時も似たように下駄箱に大量のごみくずが入っていたり、体育の時は体操服を隠されて手持ちに一着も残っていなかったので担任の先生に頼んで貸してもらったこともある。給食のときはご飯やおかずがよそってある皿を全部ひっくり返されて、挙句の果てに残り物をよそおうとするとお前には食わせる飯は無いと全部ゴミに入れられたことだってある。おかげでその時は空腹で辛かった。
来年から中学受験があるので忙しい時期である。今は下校中なので画びょうなんて仕掛ける時間なんていくらでもあったに違いない。ただし、重要なのはこの中学受験中で平然と人を傷つけることができる同年齢の輩がいることに恐怖さえ感じるということだ。
ただ、このような状況をただ自分自身で悩んでいたわけではない。担任や私の両親に相談もしたのだ。
しかし担任の教師は初めから完全に見て見ぬふり、いじめる側を黙認した。一応相談を持ちかけた事はあるが、私にはお前は弱々しい、だからいじめられるのだ、お前は強くなれなどまるで説得力のない説教をしているだけ。
両親に至っては学校や塾、習い事に関することしか話したりした事がない。それは確か幼少期に、親に『命令』されて始めた学習塾、家庭教師、スポーツクラブからだったかもしれない。言うまでもないが、ここでも私は親の言われるがまま行動したに過ぎない駒であった。そのせいだろうか、学校での成績は常にトップをキープ、スポーツでも同じ学年の連中と比べればできる方だとは自分でも思っている。
だが、これらの恩恵を両親に感謝しようとは微塵も思わない。……何故? 両親とは物心ついたころから主従関係のような立場でしかなく、言われた事は何でもしなければならない状態だった。自分だって、やりたいことがある。言いたい事がある。しかし、両親は今まで私の願いをことごとく消し去ったのだ。頼んでも「知るか」「そんなことする暇があったら勉強しろ」 ただそれだけ。必死に懇願したときは思い切り顔を叩かれたこともある。
その頃から塾や習い事に通っていたことと、それ以外での外出する事が禁止となっていたのもあり、友達と遊んだりすることが全くなかった。だからいつも暇な時は一人でままごとをしたりや絵本を読んだり……大好きな特撮もののテレビ番組を見ているようになった。そのような記憶しかない。
このような親子の関係でどうして尊敬などできようか。余談だが、現在私が受けているいじめについても「いじめられるのはお前が弱いからだ」の一点張り。担任の教師の言っている事とほぼ同様である。正直話にならない。
結局、上が何も言わないために加害者側は善悪の区別もつけることができなくて、ただ己が楽しみたいがためにいじめという行為を実行するのだ。
勿論、自分にも分があるというのも承知している。度の高そうな眼鏡をかけ、いつもオドオドしていて鬱々した顔をしているのだろう。分かっているのだ、自分で自分を泥沼にはまらせて今にも飲みこまれようとしているのも。
そういう意味でいえば、私をいじめる子たちがとても羨ましく感じる。友達がいるとか楽しそうとかそういう事ではない。相手を傷つけようが何をしようが、自分の欲求を満たすためだけに行為に走っている、あの姿。周りを気にしすぎる自分にとっては羨望なのだ。……自分が被害者であるにもかかわらずに、だ。
・・・つまらない。つまらなすぎる。
この世はつまらないことばかりなのか。
このような他人に踏みにじられながら一日一日を過ごしている。このまま中学、高校、大学、社会人……と階段式に上ってしまうのだろうか。
それだけは嫌だ。この六年間でも精一杯なのにこれ以上はもう耐えられない。
何でもいい。変化がほしい。私自身を変える劇的な変化が。
半ば本気で天に届くように強く願った私だが、まさか本当に今までにない劇的な変化が訪れたのはその日の帰り道でのことであった。
そう、現在その「変化」の真っ只中に私はいる。
顔にピアスやらタトゥーやらを自らの身体に施している男たちが私の周りを囲んでいる。その数は五人。
いかにも不良と思われる男たちはニタニタしながらじわりじわりと私に近寄ってくる。
どうしてこんな事態に陥ってしまったのか。
原因は誰でもよくあることだ。帰り道でいつものように鬱々した気分で歩いていると、前方に人が歩いてくる事に気がつかず思い切りぶつかってしまった。ぶつかった相手は足を押さえて必死に痛みを堪えているようだった。私が相手の足を踏んだからだろうが、そこまで強く踏んでいないのに何故?靴に違和感を感じたので靴底を確認してみると、先程仕掛けられていた画びょうが靴底を貫通していた。これが原因だったのか。ということは……。
相手の男が起き上った時の顔が今にも血管から血が吹き出そうなくらい怒りに飲まれていたのを覚えている。
私は逃げた。直感どころの話ではない。あの男の顔は謝れば済むような様子ではなかったのだ。
ここで馬鹿な事をしてしまった。早く自宅へ帰ろうといつもは通らない近道である狭い裏道へ逃げ込んでしまった。通った事がほとんどないため今どこにいるのかわからなくなってしまった。そして裏道を出た先は、見知らぬマンションなどの建物の建設地帯だった。
後ろから男が追ってくる。早く逃げなきゃ。次は右の道を……え? 行き止まり?周りを見てもよじ登れそうなところは無く、壁があるのみだった。
今一度通った道を戻ろうと後ろを振り返ると、既に先程の男が通路をふさいでいた。逃げ道を完全に断たれたのだ。
それだけではない。それからすぐに四人ほど男の仲間かと思われる集団がぞろぞろと集まってきた。
恐い。声など途切れ途切れにしか出せなくなっている。本当の恐怖というのはこの事を言うのだろうか。逃げようにも両足ががくがく震えて逃げる事が出来ない。そうでなくても逃げ道などないのに。
これから何をされるかは想像ができない。むしろ想像なんてしたくないのが本音だ。まず浮かんだのが彼らに性的な暴行を加えられることだ。そしてその痛みに耐えられず、自分が暴れたら彼らが私を撲殺してここから遠く離れた森の奥に埋め捨てるかもしれない。もしくは、コンクリートに埋めて海に沈められるかもしれない。被害妄想が激しいと言われるかもしれないが、実際にそのような事件は存在するのだ。あり得ない話ではないのだ。以前に似たような事件をニュースで聞いたことがあるが、どれも吐き気がする位嫌な事件だ。
そのようなことを想像してさらに頭が真っ白になった私はこの時点で完全にアウトだろう。周りには人の気配など皆無、あるのはただの壁のみ。私は絶望しか考えられなかった。
そのせいだろうか、私の中で一本の糸が切れていった。この状況だというのに何故か今までの焦りや混乱が消え、微笑む余裕すらできてしまっている。それはもはや諦めに近いものだった。
……もう、ここで終わってしまってもいいかもしれない。こんなにも精神的に耐えられない状態にさらに追討ちをかけるかのように現在の様な襲われてもおかしくない状況なのだ。これが終わっても、その次にはまた同じことが待っているかもしれない。それならば、楽になった方がましだろう。
私は男の集団が近づいてくる前に舌を噛み切ろうと決意した。じり……あと三〇m。じり……あと二〇m。そろそろだ。歯と歯の間に舌を挟む。恐怖を胸にしまって歯に力を込めた時。
「うがっ!」
男が悶え苦しみ始めたのを始めに、ドミノ倒しの様にその集団が股間を押さえて地面に屈していく。この様子から、彼らが何らかの多大なダメージを受けた事がうかがえる。
逃げるのなら今がチャンスだ。だが、気持ちは吹っ切れたはずなのに体の方はまだ以前の恐怖を覚えているのか、震えた足が自分の命令を聞いてくれない。
ここで、自分の立ち位置から数十m離れたところに人がいることに気がついた。見知らぬ少年だった。男なのに黄色いカチューシャをかけている変わった男の子だった。
彼は私が気付くと、人差し指を口に当ててニカッと笑った。
「あっれ〜? お兄さんたち、何してんですか〜? さっきから股間ばかりいじっちゃって、溜まってんですか〜?」
人をあざ笑うかのように指差しながら声を出している。その声で男たちはようやく気づいたらしく、怒りの矛先が私から少年へと移り変わった。
「この糞ガキが!」
男たちが一斉に少年に向かって走り出す。それでも少年は不敵に笑い、むしろ挑発的な態度を保ち続けている。
……駄目だ。いくらなんでも彼は男たちには敵わないだろう。高校生以上の男が五人、それに比べて少年は一人。全く歯が立たないのは目に見えている。
あの自信はどこから来るのだろうか。
「なんだ、こんな簡単に引っかかっちまうのか。お兄さんたち、少しは学習した方がいいよ?」
笑っているような呆れているような、器用に二つを合わせた顔で彼が言ったと同時にだ。男たちの頭上に巨大な金属製の器が落ちてきたのだ。男たちはそのまま倒れて動かなくなった。
恐る恐る男の近くに寄り落ちてきた器を調べてみると、よく洗濯等で使うごく一般的の金だらいだった。もちろんそこまで重くは無いのだが、一般に使われているものと比べてサイズが大きいことと、かなりの高さから落ちてきたので気絶するくらいのダメージは受けたのだろう。
誰だかは知らないが、助けてくれた少年にお礼を言わなくちゃ。そう思い彼の方に振り向くと既に彼はそこにはいなくなっていた。
私は急いで彼のあとを追った。さっきまで震えて動かなかった足が嘘のように動いてくれる。…左に曲がる。いない。…右に曲がる。やはりいない。……お願い、間に合って。
気がつくと、見慣れない広場へ着いた。砂場や滑り台があるので公園のようだが、所々にパルプや鉄板などの建設用の道具が積んであった。元々ビルを建てる場所に公園を設置したのだろうか。それともその逆か……。
ふとブランコを見るとゆっくり、ゆっくりと弧を描くように漕いでいる少年の姿があった。
……よかった、間に合った。
しかし、その姿は先程の不敵な笑みをしていた時とは比べられないくらい哀愁に満ちた表情をしていた。
「何やってんの? 早く逃げた方がいいんじゃないの、また襲われるぞ?」
彼が私のことに気がついて声をかけてきた。やはり声に張りがない気がする。
「あ、貴方に……お礼を言いたくて。……さっきは、ありがとう」
「なんだ、そんなことかよ。いいよ別に、大した事じゃないし」
またつまらなそうな感じで言い、再びブランコを漕ぎ始める。
私も隣にあるブランコに乗り、一緒に漕いでいく。彼は何も言わず漕ぎ続ける。
「あの、聞きたい事があるんだけど」
「ん? なんだ?」
「貴方は、今が楽しい?」
「……なんでそんなこと聞くわけ?」
「ちょっとね。人生相談ってやつかな。話、進めるね」
自分がおおよそ六年を超える年月の間いじめを受けてきた事、親や先生ともずっと平行線をたどってきた事、子供らしい遊びをほとんどしてこなかった事等を彼に明かした。
「私は全く楽しいとは思わなかった。さっきだって、貴方が助けてくれなかったら、きっと……」
「ふーん。俺とはまた違うけど、似たようなものだな。……最近、俺もそう思うようになった」
彼は上方を見上げる。徐々に暗くなっていくオレンジ色の空を眺めながら喋り始めた。
「あんたさ、自分がこの地球でどれだけちっぽけな存在なのか自覚した事あるか?」
「え?」
「俺はある」
彼は私を見ずに、オレンジ色の空をまだ眺めていた。彼の瞳は全く動く気配がない。
「ここ最近のことだ……忘れはしない」
今まで自分はクラスの中で一番特別な人間で、楽しい事、面白い事をしている充実した日を送っていると思っていた、だが実際はそうではなく地球上の数十億もの人々のたった一人であることをとある野球場で痛感した。自分が今まで面白いと思ってやっていたことが全部意味を成さなくなった。周りにいる人間も今までの出来事も、皆ありふれたもの。そう思った時から何もかもつまらなくなった。だから、
「だから俺は周りとは違う事をやっている」
「そっか。それで、どんなことをやってるの?」
「この世界にまだ見つかっていない生物とか、この世の不思議を暴く事」
「えっと、その生物って?」
「宇宙人、未来人、異世界人、あとは……超能力者かな?」
宇宙人や未来人や異世界人はよくSFで登場する未確認生物だから分かるが、何故超能力者なのだろうか? 今だって超能力者は嘘か真か分からないが実在はしているのだ。
もしかして、私と同じ……。
「あの、もしかして特撮ものの番組とか好きなの?」
「な!? どうしてわかったんだ!?」
彼はブランコを大きく漕いで高くジャンプ、見事に華麗に着地。そしてゆっくり漕いでいる私のところへ?マークがついているかのような顔で寄ってくる。
まさか正解するとは思わなかった。超能力といえばそれしか思い当たるものがなかっただけなのだが。
「お前……まさか、超能力者か!?」
「まさか。普通の一般人よ」
「なんだ、つまんねぇの」
こんなに真面目に残念がる人は初めてかもしれない。普通なら彼の様な周りとはかけ離れた事を話題にすると偏見の目で見られたり、場合によっては私の様にいじめられる可能性があるのだ。
だが、私は彼をとても面白い人だと思った。衆人がより好むものに流されて生きている人よりも明らかに活き活きとしていると思うのだ。
「あ〜あ、やっぱねぇのかな。この世の不思議なんて」
「私は、あると思う。貴方も、あるって思い続けていたらいつか、きっと見つかると思う」
私は声にいつもよりも強く力を込めて彼に自分の気持ちを伝えた。これは同情でも憂いでもない、自分の強い気持ちだ。
「本当か!? 本当の本当にか!?」
彼が身を乗り出し、私の肩を掴みながら揺らすので喋る事が出来ない。しかも強く掴まれているので離れることもできない。
あの、顔が近いんだけど……。ていうか今ブランコに乗っているから危ないよ……。
「よし! そうと決まったら今すぐ探さなきゃな! まずは手始めに近くの丘からUFOを呼び寄せる事から始めるかな!」
そう言った時の彼の表情には憂鬱な色は一切なく、まるでひまわりの様な明るさに満ち溢れていた……ように見えた。
「じゃあな! お前も負けんなよ!」
まるで彼は台風だ。突如何の前触れもなく周りの大木をなぎ倒したかと思いきや、すぐにピタッと風や雨が止まった。その巨大な勢力は中心の目によって息を潜めていたのかもしれない。そしてまた何の前触れもなく草木を襲い、強大なパワーで過ぎ去っていくのである。
彼は私のことなんか構わずにこれからのことに胸を膨らませているのだろう。多分、目の前にはその事しかないはずだ。それでも私は嫌な気分には不思議とならなかった。これも、あの彼の笑顔の効果だろう。
「うん! 貴方も見つかるといいわね!」
私も腹に目いっぱい空気を吸って声とともに思い切り吐きだした。おそらく出した事がないであろう。それもあの、見た者全てを巻き込んでしまうひまわりの様な笑顔のせいだろう。自分の意志ではなく自然と顔が綻びてしまうのだ。
私は彼が見えなくなるまで見送った。見えなくなってもひたすら彼の跡を目で追った。悪の組織から私を助け正体も明かさずに立ち去る正義のヒーローに力いっぱい手を振るように
説明 | ||
ブログからコピペです。今でもハルヒ性転換が重要あるかは分かりませんが、楽しんでいただけたら幸いです。古泉は、もっと積極的になるべきだと思うんだ | ||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
1078 | 1066 | 0 |
タグ | ||
涼宮ハルヒの憂鬱 ハルヒ性転換シリーズ 古泉一姫 涼宮ハルヒコ | ||
to-raさんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |