【オリジナル小説】空の欠片と、飛べない竜と。
[全10ページ]
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私は知らなかった。

 

こんなにも空が青く、海よりも澄み渡っていることを。

 

私は知らなかった。

 

こんなにも風が心地よく、心を穏やかにしてくれることを。

 

私は知らなかった。

 

大地から離れ、新しい世界へ飛び立つときの高揚感を。

 

そう、私は今。

 

空の欠片を、手にしている。

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風になびく草原に、いくつもの影が落ちていた。

大きく翼をはばたかせ、自由に空を駆ける竜たちの影が。

 

綺麗にシンメトリーを描く影達が、心地よさそうに地面を駆けてゆく。

まるで、私のことを誘うように、駆けてゆく。

 

もしも私が空を仰げば、その影の主たちを目にすることができただろう。

空を飛ぶことの喜びを、今まさに感じている竜たちを、見ることができただろう。

 

でも、私は顔を上げることは出来なかった。

ただひたすらに地面に目を向け、遠ざかってゆく影たちを見守ることしかできなかった。

 

その理由は、私自身にあったのだ。

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幼いころから、不思議に思っていた。

 

近所の仔竜たちが、翼を使う訓練を始めたというのに。

私の両親は、私にそれをさせようとはしなかった。

 

大人たちが仔竜たちを背にのせ、風と触れ合わせている時でさえ。

私の両親は、私を背に乗せてはくれなかった。

 

大人の竜が当たり前のように空を飛んでいるというのに。

仔竜が背の上で、嬉しそうにはしゃいでいるというのに。

 

私はただ、その光景を地面の上から眺めているだけ。

 

私が両親に嫌われているわけではない。

それは私自身が一番よくわかっている。

 

両親は、私に溢れんばかりの愛情を注いでくれた。

周りと同じように、いや周り以上に。

心の底から可愛がってくれていることは、よくわかっているのだ。

 

なら、何が理由なのだろうか。

 

そんなことは、すぐに解った。

幼い私の頭でも、解ってしまった。

 

でも、私はその理由を口にできなかった。

 

もしも、それを口にしてしまったら。

もしも、その事実を受け入れてしまったら。

 

私はきっと、両親に問いかけていたことだろう。

 

「どうして、私には"翼"が無いの?」

 

と。

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それから月日は経ち、周りの仔竜は立派に成長していった。

幼いころは心もとなかった翼も、今ではしっかりと風をつかんでいる。

 

大人たちも、そんな彼らの成長ぶりを見て、しきりに褒め称えていた。

これならもうすぐ、ひとりで飛べるようにもなるだろう、と。

本人たちもそれを実感し、お互い嬉しそうに将来のことを語り合っていた。

 

飛べるようになったら、何処へ行こうか。

飛べるようになったら、何をしようか。

 

穢れの無い、澄んだ瞳を輝かせて。

自らの心に広げた"空"という名のキャンパスに、想い想いの夢を描いていた。

 

そう、空を飛べること。

それが"大人"になるということ。

 

それが、私の村での掟だった。

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彼らの影を追い続けて、どれくらいの月日が経っただろうか。

 

とうとう、彼らが大人になる日がやってきた。

村中の大人たちが見守るなか、仔竜である彼らは自信ありげに翼を広げる。

 

空を見つめる、凛々しい横顔。

大地に落ちる、巨大な影。

そして、風と共に舞い上がっていく姿。

 

彼らはもう仔竜ではない。

彼らは、竜になったのだ。

 

帰り際、離れたところを歩いていた彼らの会話を耳にした。

彼らは数日の間に、村から旅立っていくという。

 

生涯の伴侶を見つけ、村へと胸を張って戻るために。

世界を知り、心を成長させ、種の繁栄に貢献するために。

 

彼らは風と共に、世界へ旅立つのだ。

 

でも私は、その中には含まれていなかった。

誇らしげな顔で、一列に並ぶ彼らの中に。

 

私は並ぶことができなかったのだ。

 

彼らの背中に在って、私の背中には無いもの。

大人である証。竜である証。生きるための証。

 

私は、その"証"を持っていないのだから。

私は、その"翼"を持っていないのだから。

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風になびく草原に、いくつもの影が落ちていた。

大きく翼をはばたかせ、自由に空を駆ける竜たちの影が。

 

はるか遠くに見える、山々の向こう側へ。

果てしなく続く、水平線の向こう側へ。

 

彼らは旅立ってゆく。

 

私には無い、その立派な翼をはばたかせて。

 

生まれ育った村のために。

育ててくれた、大人たちのために。

 

世界へ、旅立っていく。

 

その光景を目にした大人たちは皆、大粒の涙を流していた。

 

彼らの成長に感動し、喜びの涙を流す竜が居る。

彼らとの別れを惜しみ、哀しみの涙を流す竜が居る。

 

そして、私の背中に謝りながら、憐みの涙を流す両親が居る。

 

でも、私は泣けなかった。

 

旅立つ彼らを見ても、何も感じなくなっていたのだから。

 

そう、私は無くしていたのだ。

悲しみも、喜びも、怒りも、全て。

 

"翼"を無くした私は、"心"まで無くしていたのだ。

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彼らが旅立った後の村は、何も変わらなかった。

いや、大人たちがわざと、変わらないように見せていた。

 

大人たちは誰もが、悲しみを表に出さぬように。

いつも通りの生活を続けているように、振る舞っていた。

 

そんな、見かけだけはいつも通りの世界。

少し裏を返せば、別れの悲しみで溢れた世界。

 

その世界の中で、私は取り残されていた。

 

私だけが、何も変わらない。

私だけが、何も感じない。

 

私だけが、この世界から切り離されている。

そんな気さえ、していたのだ。

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昼と夜の狭間にある、夕闇に包まれた世界。

 

彼らの旅立った昼の世界でも、大人たちの悲しみに溢れた夜の世界でもない。

どちらの世界にも居られない、"私"だけの夕闇の世界。

 

そんなふたつの世界を淡々を眺めながら、私は筆をとっている。

 

竜になれなかった竜の想いを、絶やさぬために。

幼いころに失った心を、残していくために。

 

私は今、真っ白な紙にインクを垂らしている。

 

これは、誰かに詠まれるのだろうか?

これは、誰かの心に刻まれるのだろうか?

 

それは私にはわからない。

何も持っていない私に、できることがあるとすれば。

 

私の心に眠る、本当の想いを文字にするだけだった。

 

『生きた"証"であるこの本が、誰かの心に留まらんことを。』

 

そう、最後の言葉を書き終えて、私は家を後にした。

 

私は私なりに"証"を残した。

 

私はもう、仔竜ではない。

私はもう、立派な大人になったのだ。

 

ならば、私が行くべき場所はひとつ。

 

大人として、竜として、旅立つために。

 

私は、あの海が見える丘へと歩き出した。

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風になびく草原には、影一つ落ちていなかった。

仔竜たちのはしゃぐ声も、それを叱る大人の声も聞こえない。

 

この丘に居るのは、私一人だった。

 

私は白い本を携え、丘の真ん中にある木へ向かっていった。

幼いころは、あれだけ大きく見えた木も、今では簡単に登れそうだった。

 

白い本を木の幹に預けると、丘の先へと歩き始めた。

 

これまでの私は、あの木から先には進めなかった。

あそこから先は、"証"を持っていないと進んではいけない。

そんな感情が、私の中にあったからだ。

 

でも、今は違う。

昔は持っていなかった"証"を手に入れたのだ。

 

私の背中には、私の手で描いた"翼"がある。

例え、それが幻のインクで描かれていたとしても。

 

私にとっては、幻でも何でもない。

私の"証"であり、"翼"であることは、真実なのだ。

 

あれほど遠く感じていた空が、目の前にある。

手を伸ばせば届きそうなほど、近くにある。

 

私は、彼らに追いつくために。

 

今、一歩を踏み出そう。

 

恐れることは、何もない。

 

村のために、父のために、母のために。

 

私は大きく翼を広げ、果てしない世界へ飛び立った。

-10ページ-

私は知らなかった。

 

こんなにも空が青く、海よりも澄み渡っていることを。

 

私は知らなかった。

 

こんなにも風が心地よく、心を穏やかにしてくれることを。

 

私は知らなかった。

 

大地から離れ、新しい世界へ飛び立つときの高揚感を。

 

そう、私は今。

 

空の欠片を、手にしている。

 

最初で最後の、翼を広げて。

説明
今までとはちょっと違う書き方に挑戦してみました。彼(彼女)の最後は…。あなたの、想像のままに。
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