いつか振り向いて思い出す
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「モヒカン、やめよっかな」

 

相変わらず俺の膝に頭を乗せたまま、不動は自分の前髪を持ち上げてそう言った。ロッカー室には、俺達以外の部員はまだ来ていない。今日はたまたまホームルームが早めに終わったのだ。俺はゆっくりと瞬きをして、不動が今言った言葉の意味を考える。こんな風にいちいち立ち止まって考えるから、会話の反応が遅いとか鈍いとか言われるのかもしれない。けれど、ボールと違って、誰かが言った言葉を拾うのには早ければいいという物でも無い気がするのだ。不動は珍しく返事を急かして来なかった。俺はのんびりと、「勿体ないな」と返す事にした。不動の目が、すこし丸くなる。

 

「勿体ない?やめるとしたって、スキンヘッドにはしねえよ」

 

「いや、毛髪の量の話では無くてだな……、不動のモヒカン、似合ってるし、格好良いから」

 

「ふうん」

 

「だから、勿体ない、って事だ」

 

よし、言いたい事は言い切れた。満足して一人頷くと、不動が僅かに口の端を釣り上げるのが見えた。何処か歌うように、不動はすらすらと喋る。

 

「具体的にどの辺が格好良い?似合ってるって?」

 

「……ん?えーと、そうだな…」

 

難しい、踏み込んだ質問になった。俺は頭をもう一捻りすべく、腕を組む。普段から思っている事だとしても、それをいざ言葉にするのはかなり難しい。相手が不動なら、なおさら。ひとつの誤解をする隙も与えず、余すところなく不動に伝えるには、どうすれば良いのだろうか。

しばらく間をおいて、俺はようやく喋り出す事が出来た。

 

「珍しい髪型だろう、それ」

 

「んー、ま、そうだな」

 

「あと、パンク、とか、ロック、というのだろうか…孤高な感じが不動の精神を良く表していると思うんだ、こう、不動の強さがよく出ているし、似合っているというのは、大体そういう意味だ」

 

「……ふん」

 

さっきまではばっちりと目を合わせながら話していたのに、不動は急に背を向けてしまった。太股の辺りに不動の吐息がかかって、すこしくすぐったい。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。不動の表情を覗き込もうとしたが、なかなか無理のある事だと気づいて途中でやめる。と、不動は急にくるりと振り向いた。視線は再び交わり、俺は安堵を覚える。

 

「しょーがねえなあ、じゃ、折衷案だ」

 

「?」

 

「モヒカンはやめる、けど、なんだ、お前の好きだって言うその精神は、忘れないでおいてやる」

 

「……あっ、俺は別にどんな不動も好きだぞ!」

 

「はーいはい、分かってるっつーの」

 

す、と不動の白い手が伸びて、俺の前髪をそっと払う。そういえば、不動はこの姿勢が好きだが、男の太股なんて大して柔らかくもないものが、果たして快適なのだろうか。まあ、好きならばそれで良いのだが。俺はそっと目を瞑る。不動の指が俺の瞼にそうっと触れるのが分かる。指がそのまま俺の頬をなぞって下りたところで、ピシュン、と自動ドアの開く音がした。

 

「…うわっ、何やってんだよ!」

 

「げっ、マジかよ!」

 

はっとして瞑っていた目を開くと、どうやら佐久間と辺見が入ってきた所だったらしい。二人とも何だか珍妙なものを見る目で、弁解の為に反射的に立ち上がろうとするも不動の頭が乗っている所為でそれは叶わなかった。辺見が場所考えろよこのホモ共!とかなんとか言いながら頭を抱えてしゃがみ込むと、後ろから来た寺門に急に立ち止まるんじゃないと注意されていた。

 

「…お前達も、仲が良いのはいいがTPOはわきまえろ」

 

「……う、うう、すまない…」

 

ここぞとばかりに注意され、反論はひとつも出てこない。俺はがくりとうなだれるも不動は涼しい顔だ。意地悪く微笑むと、「妬むならお前も恋人でも作れば?」などと嘯いている。寺門は僅かに紅潮しながら、「男の恋人なんかいるか!」と拳を握りしめていた。佐久間はそ知らぬ顔で既に着替えを始めている。そうしているうちにぞろぞろと部員達は集まってきて、俺と不動の二人だけだった部屋は、

あっという間に騒がしくなった。

 

不動はひょい、と俺の膝から頭を起こす。感じていた、確かにあった重みが消えて、俺はほんのすこし寂しいような、奇妙な気持ちになる。不動は俺の隣に座り直すと、にやりと笑って俺の傍に寄った。猫みたいだ、と思う。その仕草も、表情も。

 

「さっき言った事だけどよ」

 

「……ん?ああ、どうした?」

 

「こっからキレーに生やすにはかなり時間かかるだろ」

 

「…そうだろうな」

 

「見届けるには時間がかかるな」

 

不動の言葉を拾って、咀嚼して、自分の答えを選び取る。

遠回しなそれを正確に拾えるようになるには時間もかかったが、もう慣れた。俺は俺が望んで、そして不動も望んでいるであろう言葉を返す事にする。望んでいる、と信じたい。

 

「きっと傍にいる、その時まで」

 

不動はすこし驚いたような、微妙な表情だった。その後、すこしだけ泣きそうな顔をして、それからすぐに笑ってみせた。良かった、間違っていない。今の所はきっと、これで良いのだ。先の事なんて誰にも分からないのだから。だから、今は。

話し声が、衣擦れの音が、ロッカー室に響く。もう大分人数は揃っている。もうすぐ、いつも通りに部活が始まる。

それだけは確かな事で、でも、それでいい。

 

「今日も頑張ろうな、不動」

 

「……おー」

 

俺達は立ち上がって、歩いてグラウンドに向かう。不動はいつも俺よりすこし先を行こうとする。ふわふわのモヒカンが揺れていて、ふと、その後ろ姿に長い襟足を見た気がして、俺もすこしだけ笑ってしまった。

 

 

説明
不源の日じゃないですかー!ヤッター!
FFI終了後、帝国での二人。それにしても不動君、十年後はなんであんなにモッサモサなんですかね?
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不動 源田 不源 

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