東方幻常譚第三話
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東方幻常譚 The another memory 第三話「触合い〜Touch the heart〜」

 

 

 つい最近、幻想卿に出来た一軒の温泉宿がある。いつぞやの異変の際に、遥か地上まで湧き出た間欠泉のお湯を引いて、そのまま温泉宿として利用したものである。

 今でこそ温泉街として地上の人々が訪れたりもしてるが、異変の以前は規則―と言うか、地上の妖怪が地底に干渉してはいけないという考え方―のおかげであまり旧都が賑わう事は無かった。

 当然さとりが自らの能力で他人の思考に触れることもあまり無かった。

 しかし、今は違った。

「お燐、燃料の調達は終わったのかしら?」

「はい、終わりましたよ。後はお空に頑張ってもらえば完璧です」

「そう。じゃぁ番台お願いしてもいいかしら?」

「は〜い」

 さとりに言われたとおり、お燐は番台に上がって、客を迎える準備をした。

「もう少しでお客さんも入ってくるだろうから、しっかり対応して頂戴。私はお風呂の様子を見てくるわ」

「はい、分かりました」

 さとりが暖簾の向こうに消えてからしばらくして、お燐は番台の上で猫のように軽く伸びをした。

「ん〜・・・っと、さて、今日も頑張るかな!」

 暫らくもしないうちに、入り口の扉が開かれて、本日一人目の宿泊客が入ってきた。赤い一本角を額に生やし、手ぬぐいを肩にかけて豪快に歩いてきたその宿泊客は、番台の上にいるのが見知った顔だと分かり、挨拶代わりに手を軽く上げた。

「よぉお燐、今日はお前さんが番台か」

「こんにちは勇儀さん、ゆっくりしていってくださいね」

「もちろん。顔見知りのよしみで安く入れさせてもらってんだ。うんとゆっくりするさ。じゃぁ、後でいつもの頼むよ」

 番台のふちに小銭をチャリンと置くと、お燐にそう言付けた。お燐はその小銭をさらい上げると、「分かりました」と言ってゾンビフェアリーにお使いを頼んだ。

「でも勇儀さん。お風呂で飲みすぎて、のぼせて倒れたりしないで下さいね?」

「あっはっはっは!鬼に限ってそれは無いよ。それこそ湯船を酒で満たさないとな」

 もう一度大きく笑って、脱いだ服をかごに入れてから

「それでも足りないかもしれないな!」

 と言って、温泉に向かった。

 

 勇儀の頼んだ酒が到着するのとほぼ同じときに、小さな影が脱衣所に駆け込んできた。その後ろからは「こら!待ちなさい!」と大きな声が聞こえる。

 駆け込んできた影はお燐の予想通り伊吹萃香で、声の主は博麗霊夢だった。

「騒がしくてごめんなさいね。あいつ、言っても聞かないのよ」

「ここでこれなら、お風呂ではもっと騒がしいかもね。さっき勇儀さんが入っていったばっかりだし、お酒も今しがた届いたばかりだし」

 見るからに苦労している霊夢の様子を見て、お燐は笑みを浮かべながら霊夢にそういった。それを聞いて、霊夢は一段と疲れた表情になった。

「あいつ置いて、私だけ部屋に帰ろうかしら・・・」

「そのほうがいいかもね。番台が言うのもなんだけど」

 霊夢が脱衣籠をつかんで棚の前に立つころには、風呂場のほうから萃香と勇儀が笑いあう声が聞こえてきた。

「今から気が重いわ」

「・・・胃薬はサービスしとくよ?」

 

 「お燐、調子はどうかしら?」

 霊夢が入って暫らくしてから、さとりが様子を見に来た。

「・・・皆さん随分賑やかなのね。心の底から楽しんでもらえているようで何よりだわ」

 温泉から聞こえる楽しそうな“心の”声を聞いたさとりは、自らもうれしそうに微笑んだ。

「さとり様も入られては如何ですか?」

「え!?わ・・・私はいいわ。だいいち、お客様と一緒に入るなんて・・・」

「あれ?さとり様だ。一緒にお風呂入りましょうよー。頭洗ってくださいよ、頭」

 さとりが言い終わらないうちに、お空が脱衣所に入ってきた。

「お、お空!あなた仕事は?何でここにいるの!?」

「何かゾフィーちゃんが変わってくれましたよ?さとり様に言われたって」

 お燐の仕業ね、とさとりは内心思った。しかし、当のお燐の心を覗いても、悪気は感じられなかった。あるのは主に対する深い愛情。ただそれだけだった。

「はぁ・・・まぁいいわ。ならお言葉に甘えて入りましょうか」

「やったー!さとり様ありがとう!」

 さとりが温泉と脱衣所を区切る扉を開くと、当然のことながら湿気と熱気が体を包んだ。決して不快なわけではなく、むしろ心地よかった。今までちゃんと入ったことがなかったさとりは、改めて温泉というものに感動した。

「お、珍しいねぇ。さとりじゃないか」

「あらほんと。珍しいわね」

 温

泉に入ろうとしているさとりの姿を見て、その場にいる物達は口々に珍しそうに声を上げた。

「さ、早く入りましょうよさとり様」

「こ、こらお空・・・!押さないで」

 お空に急かされ、かけ湯もそこそこに、さとりは湯船に入った。今まで、自分で入った事の無かったそれは、さとりにとっても当然心地よかった。

「今まで、こうしてお湯に浸かったことが無かったのが勿体無いくらい気持ちいいわ」

「その気持ちいい温泉をあんたは私らに格安で入らせてくれてんだ。いつも湯船に浸かる度にあんた等に感謝さ。一杯飲んでおくれ。いつものお礼だよ」

 勇儀はそういうと、猪口の載ったお盆をさとりの前に差し出すと、その猪口に酒を注いだ。

「そうは言っても、私お酒弱いし、のぼせちゃいますよ」

「何、一杯ぐらいならなんとも無いさ。私が味わってる幸せをお裾分けさね」

 そういって、勇儀は自分の杯にも酒をついで、一気に飲み干した。それを真似るように、さとりも手に持った猪口に口をつけた。

 すっ・・・とアルコールの冷たさと熱さが喉を滑り落ちていく。温泉とはまた違った暖かさが、さとりの体を温めた。

「おいしい・・・」

「そうだろう。なんたって地獄の一等酒だからな。こんなときに飲むには最高さ」

「お前、一等酒たって、自分の贔屓にしてる酒蔵の酒ってだけだろぉ?」

 萃香にそう突っ込まれた勇儀は「そうとも言うな」と肯定した後に、大きな声で笑った。

「ふふふっ」

 そのやり取りと、二人の鬼の屈託の無い、純粋な心の声を聞いて、さとりも思わず笑みをこぼした。

「あ」

「お〜」

「へぇ」

 その場にいた者からは、それぞれ違う声が漏れたが、心の声はみな同じだった。

『あ、この子笑うんだ。初めて見た』

「私ってそんなに笑わないイメージありますか?少し心外です」

 今度は『しまった』という声で場が満たされた。それがまた可笑しくなり、さとりは再び笑みをこぼす。

「皆さんといると、気が楽になります。心を読んでも疲れないですから」

「私らがあんたを嫌いになるわけ無いだろうが。まったく・・・。さっきも言ったけど、感謝してるんだよ。いつもありがとう」

 さとりは、正直驚いた。その言葉もまた本心から言っていたからだ。いままで、他人からこんなことを言われたことなどなかったからだ。周りの他の皆の心も同じだった。

「い、いえ・・・こちらこそありがとうございます」

 上気した頬を隠すように、顔を半分湯船に沈めた。悪い気はしなかった。むしろ照れを隠すために顔を湯船に沈めたくらいだった。

「さて、それじゃぁ飲もうか!」

「え、えぇ!?私これ以上は・・・」

「堅いこと言いっこ無しだよ。ほら、まぁ一杯だけ!」

 そうやって鬼に酒を無理に勧められても、今はそう悪い気分ではないと、さとりは杯をあおりながら思った。

 

東方幻常譚第三話 了

 

〜後書きだと思ってたんです〜

 

 いやぁ、見返してみるとめちゃめちゃ短いですね。何も考えずに書いているとこんな事になってしまういい例ということで(キリッ

 と、いうわけで地霊殿でございますけれども、なんと言いますか、地霊殿の情景描写が、今書き溜めてある中で一番自分のイメージに頼って書いた気がします。まぁでも、それもいいよね!

 そんなこんなで第三話、お楽しみ頂けましたでしょうか?ただ今第一話の挿絵募集しておりますので、書いてやってもいいという方は、コラボレーションのページからお願いします。

 では、次回もよろしくお願いします。

説明
怒涛(?)の第三話です。お楽しみください。
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