潮騒 |
――森、海いこっか、海――
深山森が、箕輪かなえに誘い出されて海まで出たのは6月。
梅雨の晴れ間の日のこと。
いつものように当然のような顔をして、かなえは森の部屋に入り込み、ややうろたえる森に対して言ったのが冒頭の台詞。
「あたしね、海見るの好きなのよ。東京の海ってまだ見たことないし」
「はあ、そうっすか」
「だから森、今度の日曜、つきあいなさい」
かなえの言葉は常に命令調だ。
「あんたの好きにしなさい」という言葉にすら裏には「森ならこうするだろう」という、揺るぎない自信のようなものが溢れている。
何故かそれに逆らえない自分の不甲斐無さに呆れつつも、心の奥底で彼女に読まれていることに安堵している部分に戸惑ったりもする。
「準備できた?」
「こっちはいつでも出られますよ」
「じゃ、行こうか」
普段はめったに着ないノースリーブのワンピースに、薄手のジャケットを着たかなえは、玄関で軽くサンダルの踵をコツコツ鳴らす。
肩から少し大きめのバッグを下げ、傾いた華奢というよりは痩せぎすの体がますますアンバランスに見えた。
「本当に弁当作ったんですか?」
「あたしだってお弁当くらい作れるわよ」
瀬尉クン程じゃないけどね、と小さく付け加える。
「海には俵型のおむすびと、玉子焼きって決まってるのよ」
また、自信満々に宣言するかなえ。
「森は玉子平気だよね、好き嫌いないのはいいことだ」
一人、満足げに頷く。
バスと電車を乗り継ぎ、復興しつつある東京を眺めながら海に着く。
日の光が反射して、目が痛いほど真っ白な人工渚。
「水、思ったほど汚くないわね」
「そうですか?」
人一倍鼻の利く森には、潮の香りが強すぎる。
「何か言った?」
いえ、と呟きながら、嬉々としてビニールシートを広げるかなえの手伝いをする。
「御馳走様でした」
「はい、御粗末様」
遅い昼食になってしまった弁当を片付けて、かなえはのびをする。
「暑くないですか? その格好」
「え? うーん、そうでもないわよ。日焼けするのは嫌だし」
かなえさんはもう少し日焼けした方がいいんですよ、という台詞が喉まで出かかって、森は小さく息を詰める。
「ちょっと水に浸かってこようかな?」かなえが唐突に、サンダルの止め具を外して立ち上がる。
「え、水に入るんですか?」
慌てて少し腰を浮かすと、かなえが笑っていった。
「大丈夫、足だけ、ね。タオル持ってきたし」
そう言うと、サンダルを足にぶら下げたまますたすた波打ち際まで歩いて行ってしまう。そして無造作にサンダルを放り出すと、あっというまに海水に足を浸けてしまった。
「外海じゃないから、波が穏やかなのね」
濡らさないようにワンピースの裾を少しつまみあげながら、呟く。
人工的に固められた砂が、少し痛い。
「もっと暑くなったら、みんなで来るのもいいかしらね……」
ふり返って、ビニールシートの上でぼうっとこっちを見ている森に手を振る。
「帰ろっか」
「そうですね」
持って来たタオルで足を拭いてしまうと、することもなくなった二人はそう言って、立ち上がった。
(結局何しに来たんだろう……)
渚には片付けをする二人以外、人影はない。
「かなえさんが」
「なに?」
「かなえさんが、水に入ってる間、カモメ、見てました」
「ふぅん?」
かなえが周囲を見回す。
人影が全くないかわりに、カモメはかなりの数がうろうろしている。
「……あいつら、目つき悪いっすね」
しばらくの沈黙のあと、たまりかねたように吹き出したかなえが言った。
「そうね、あいつら三白眼よね」
「ただいま」
「ただいま」
帰りがけに食事を済ませ、かなえの部屋の前に立つ。
「今日はありがと」
「いえ」
「いつも迷惑かけるわね」
「……そんなことないですよ」
「この間のお礼もまだだったし」
上目遣いで森を見る。
「目、つぶんなさい」
いつもの命令調。
おとなしく、目を閉じて直立不動の体制になる。
それが可笑しいのか、しばらく聞こえるくすくす笑い。
「……お礼のキスくらいしてあげなきゃね」
「え……」
ほんの一瞬、唇に載る、潮の香りと、冷たくてやわらかい感触。
「じゃね、おやすみ」
あっさりそう言い放ち、勝ち誇った笑みで部屋に入る魔女。
「あ……」
立ち尽くす森。
しばらく呆然と立ちすくんだあと、のろのろと自分の部屋に向かう。
「……」
翌日、森は初めて熱を出して、学校を休んだ。
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我侭で狡い年上のお姉さんに翻弄されるかわいそうな高校生の話。 | ||
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