鉄パイプと一握の灰 |
鉄パイプを握りしめ、振り下ろすたびに骨の砕ける感触がする。それは重く、深くどこまでも沈み込んでいってしまいそうな、陰惨な感覚だった。
それを何度か繰り返しているうちに、獲物は動かなくなった。生きることへの執着心絶えぬまま倒れた躯には、絶望と苦悶と強者への羨望と、幽かなぬくもりが残る。
躯はじきに、蝋のように白く濁るだろう。鼻を引きちぎる悪臭のするこの路地裏で、ごみにまみれてゆっくりと腐っていく。それが天国か地獄かさえ、死せるものにはわからない。なぜなら彼の魂は、すでに現世には存在しないからだ。感情の残り香のような表情も、捨ておけばこの場所のにおいに紛れて消えてしまうだろう。
返り血にごわごわと錆びついたコートの襟を手繰り寄せ、灰色の吐息を吐きだす。
わずかに黒と白で構成された路地裏を一歩外に出れば、目に痛いほどのネオンの光が、人々の喧騒が、迎えてくれる。しかし、そんなきらびやかなものはここには届かない。
生きるために穢した右手は黒いままだ。洗っても洗っても黒いままだ。
コートも血に錆びたままだ。新しく手に入れても、体から黒い染みが滲み出てきてコートを穢す。鉄パイプも同じだ。いくら新しく拝借してこようと、黒い染みのついた、ぼこぼこの鉄パイプになる。変えても変えても同じだ。殴れば殴るだけ鉄パイプはへこみ、傷が増え、記憶を刻む。鉄パイプの記憶からは逃げられない。今日も、これからも。
コートのポケットからライターを取り出して、咥え煙草に火をつける。ビルの合間に切り取られた空に、吐息よりも白く見える煙を見送りながら、昨日殺された友を思う。
彼は生きるために、死ぬまでいくら殺してきたのだろうか。殴られて、投げ落とされ、川に浮いていた彼は、何に記憶を宿して、何におののいて生きてきたのだろうか。
それとも、すべてを諦めてしまっていたのだろうか。今となっては知るよしもない。彼はもう、水の冷たささえ伝えることはできないのだから。
煙草の吐き出す白い煙が、風に散らされて正体を無くす。
無機質に沈んだ躯に向かって、火がついたままの吸い殻を吐き捨てた。背中の上に乗った小さな火種は、青白い光を放って躯を焼き始めた。
吹き出した血も、コンクリートをひっかいて剥がれた爪も、鬼のように振り乱された頭髪も、みんながみんな、青白い光に呑まれた。それはまるで、怨みを燃やしているかのように見えた。彼の怨み。彼への怨み。
記憶が、燃えている。彼の記憶が燃えている。青い焔は、気味が悪いくらいに美しい。
やがて、躯があった場所にはさらりとした灰だけが残された。青い焔はいつの間にか消え去って、ほんの一握りの灰だけが、躯の代わりに残された。
それをかき集めて、ポケットの中の小瓶に流し込む。星を砕いた砂のように細かで艶やかな灰は、黒と白の単調極まりない世界の中で、わずかに七色の光を帯びていた。その輝きを何度見ただろう。その輝きを手にするたび、記憶は増えていく。
鉄パイプは知っている。生きるためにあがいた日々を。
一握りの灰は知っている。死んだ誰かの記憶を。
鉄パイプの傷は増えた。灰はいつか、両手に余るだろう。
その「いつか」が訪れることを望み、またおののく。
鉄パイプを引きずる残響が、いつまでも色のない路地の中をのたうちまわっていた。
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