イカヅチノツルギ
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 深夜。見回りの警備班の人間が、科軍第三施設を歩いていた。

 あちらこちらの窓から明かりが漏れてはいるが、彼の歩いている13階は足下の歩行ランプのみだった。

 ワープポイントに差し掛かり、次の施設へ行こうと足を一歩踏み込んだ瞬間、バチッと白い光が青年の目の前に現れて……消えた。

 

 ──なんだ?

 

 首を傾げながら、再びワープマシンに乗り込もうとする。

 だが……再び、バチッと閃光が走る。

 青年は乗り込むのを止めた。

 この閃光──これとよく似た現象を、知っている。

 

 ──雷……?

 

 警備班の青年は不信に思いながら窓の外を見た。しかし、空は一向に曇っておらず、星が瞬いている。

 怪しさを感じた青年は、リストランプの明るさを最大に調節すると、さっき見回りを終えた廊下を再び歩き出した。

 一つ一つの室内を照らせど、怪しいものは何もない。

 しかし、時折閃光は青年の目の前に現れては消えていく。

 青年は、ワープポイントとは反対にある突き当りの階段までやって来た。

 その踊り場に……バチバチと青白い光をまとわりつかせている不可思議なソードを片手で持ち、構えている人影が見えた。

 青年は、目を大きく見開いて叫んだ。

「だ……誰だ! そこで何をしているっ?!」

 影は……にやり、と不敵に笑うとソードを高く掲げた。

 剣先から、ピシッと小さな電流が生まれる。それはすぐに真っ直ぐ上へと昇ると、青年の元に直下してきた。

「──っ……!!」

 抵抗もできないまま、青年は大きな雷に打たれ……倒れた。

 

 影はくつくつ笑うと、その場を静かに去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**イカヅチノツルギ**

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタがやったんだろ!!!」

 

 公安からやっと解放された蒼桐は、野蛮な出迎えに面食らった。

 目の前に、恐ろしい形相をした警備班の人間が立っていたからだ。

 

 

 昨夜、警備班の見回りの青年が、意識不明でメディカルラボに収容された……という情報を聞いたのは今朝方。

 警軍公安課の人間に、司令室に入ったと同時に呼び出され、今の今まで取り調べを受けていたのだ。

 しかし、公安の人間も蒼桐という人物をよく理解していたので、特にこれといってしつこく調べられはしなかったのだが……彼等は気になる事を言っていた……──

 

 ──いえね……火傷、してたんですよ。被害者は。しかもラボの人間に聞いたら、枝分かれの様な火傷の後があったらしくてね…。

 これは、雷に打たれた時の症状と同じらしいんです。

 室内で雷に打たれるなんて、バカな話早々ないでしょう?

 だから、まあ……蒼桐大佐の雷のフォースソードなら、なんて──話が上がっちまいましてね。

 

 申し訳なさそうに、公安の人間は苦笑いを浮かべていた。

 当然ながら、蒼桐はそんな深夜に科軍の施設に出向き、わざわざフォースソードを使った覚えはない。

 そう……フォースソードなど……蒼桐が使うはずがないのだ。

 もう何年も前に、封印してしまっているものなのだから……。

 

 

 それは公安の人間もよく知っていた。

 だから釈放されたのだ。

 蒼桐大佐が無闇にフォースソードを使うはずがない……と。

 だが……

 今、蒼桐の目の前に立っている警備班の人間は……それが信じられない様だった。

「あいつは今月結婚が決まっていたんだぞ!」

 目を潤ませながら、年配の男が蒼桐に詰め寄る。

「それが! ……いまだ意識が戻らねぇ! 脳に損傷があったら昏睡状態のままだって言うじゃねぇか! どうしてくれるっ?!」

 男の後ろでは……瞳を潤ませた女が立っていた。おそらくは……彼の言う所の婚約者だろう。

「てめぇのせいで……!」

 男は蒼桐が上官である事も忘れ、胸ポケットから何やら小さなボールを取り出した。

 嫌な予感が……する。

 

「大佐っ」

 

 茆(かや)の声が遠くからした。

 しかし──時、すでに遅し。

 辺りにチーズの腐った様な腐敗臭がたち込め、蒼桐の軍服にはカラフルな蛍光塗料がべっとりといくつも広がっていた。

「この野郎……てめぇのせいで、てめぇの……!」

 まだボールを投げようとする男を、女が必死に食い止めている。

「もう止めて下さい、関大さんっ」

「離せ! こんなモノ、いくつ投げ付けてもあいつの無念は……!」

 周りのざわめきもだんだんと大きくなり、流石の公安もぬっと顔を覗かせた。

 酷い、惨状である。

「……あぁ、大佐──」

 なんと声をかけたものか、と思案していると……蒼桐が、そっと振り返って小さく囁いてきた。

「説教垂れるだけにしてやってくれないか……」

 苦笑いを浮かべて、その場を離れようとした蒼桐の背中に……とどめとばかりに先ほどのボールより一回り大きいモノがヒットした。

「ナイスコントロール」

 公安の男は、思わず呟いた。

 

 

 

***

 

 

 

「クラックボールなんてものは、大体が水溶性なのでお湯で洗ったらすぐ落ちますよ」

「……この臭いも落ちるのか?」

 腐敗臭のせいで、段々鼻がおかしくなってきていた蒼桐は、司令室に着くなりすぐに軍服を脱ぎ出した。

「……そうですね。ルミノール反応も残ってしまいますし、もうお捨てになられては?」

 茆は蒼桐の私服とタオルをテキパキと用意しながら、応えている。目が見えない人間とは到底思えない早さだ。

 蒼桐はモノクル(片眼鏡)を外そうとして……それにも塗料が少しばかり付着してしまっている事に気付いた。これも買い替えなければ──

 はぁ、とため息をつくと塗料のついた軍服をダストボックスにつっこんだ。

「? 大佐、ゴミ箱につっこみました?そんな事したら一日中この臭いと過す事になりますよ?」

「??……ダストボックスごと後で捨てる」

 ジャケットも、その下の一繋ぎになっているインナーも脱いだ蒼桐は、シャツとズボンという出で立ちになった。

「脱がれましたか?」

 茆は尋ねるより早く、用意していたタオルと着替えを蒼桐に渡した。

「どうぞ、お早めに。軍服の方はシャワーを浴びられてる間に手配しておきますので」

「……うむ」

 別に悪い事は一つもしてはいないのだが…茆に微笑まれるとどうにも罪悪感の様なものが生まれてくる。

 口には出さないのだが……──めんどくさい事にまきこまれやがって。仕事も溜まってるのに……と、言われてる気分になってくるのだ。

 蒼桐はシャワー室へ向かおうと、そそくさと司令室の扉を開けた。

「大佐」

「……なんだ?」

「とんだ災難でしたね」

「あ、あぁ」

 引きつり笑いを浮かべると、蒼桐は廊下へと体を滑らせた。

 

──別に、オレが悪いわけじゃないぞ。オレが……。

 

 こうした運命を招いてしまう体質が悪いという事に、彼はまだ気付いていないようだ。

 

 

 

***

 

 

 

 0小隊の待機室には珍しく定員全員が揃っていた。

 特になんの依頼もない、穏やかな朝。

 

「なぁなぁ?、行こうよ、飛風?」

 先ほどから優香は何やら飛風にすがっている。

 向かいのデスクに座っている飛風は渋い顔だ。

「う?ん、どうしようかなぁ……。今日はこのままだったら定時で帰れそうだし──」

「んな事言わずにさ! 滅多にない大事件だぜ!」

 優香はMMのホログラムを飛風にかざした。

 それは報道課が作成した、号外の軍内新聞だ。

 そこには、昨夜……室内にも関わらず雷に打たれ、重症になった青年の記事が派手に載っていた。

「この真相を0小隊が調べずに誰が調べるよっ?!」

「……刑事班の人がやってくれるでしょ?」

 苦笑いを浮かべたままの飛風に、優香はむっつりと椅子に座り直す。そうして、自然と顔が隊長の酒光にいきかけたのだが……──

「おれぁ付き合わねーぞ」

 一刀両断されてしまう。

「なんだよなんだよ。もういいよっ。一人で調べてやるから」

 いじけだした優香を見兼ねて、飛風が仕方なしにフォローに入る。

「でも、雷って変な話だよね……。施設の中でだったんでしょ?」

「しかも! 昨日の夜は雲一つない空!」

 途端に生き生きし出した優香に、飛風はまた苦笑いを浮かべた。

「大方、バカな研究者が変な装置でも作ったんじゃねぇの?」

 欠伸をしながら、酒光はぼやく様に言ったのだが……はた、と思いとどまった。

「──そういやぁ……フォースソードの中に、『雷― イカヅチ―』ってぇのがあったよな?」

「! 何それっ?!」

 ぐるん、と隊長に向き直った優香の目はキラキラ輝いている。

「フォースソード。うちの軍で特殊な訓練を受けた者しか扱えない武器だよ。持ってる奴は滅多にいないが──そうか……。そういやうちの大佐様の称号、イカヅチの蒼桐だったな、確か──」

「そのフォースソードっていうので、室内に雷を発生させる事は可能なんですか?」

「いや、フォースソードにもいろいろあってな。大佐様が持ってるのは『雷』属性のモノだ。他にも『炎』や『水』『風』『大地』なんてもんもある。大佐のフォースソードなら、おそらく室内でも雷を発生させる事は可能だろう」

「じゃあ、蒼桐大佐が?」

 キラキラしていた優香は、急に渋い顔になった。

「いや、別に決めつけた訳じゃねぇが──そんな事する様な人じゃねぇし。ただ、公安に少しばかりの尋問は受けただろうな、きっと……」

 宙を見上げて顎をさすっている隊長を、優香は苦い表情のまま見つめている。

「すぐに減給減給ゆって、気に食わないけどさぁ……でも、やっぱ上司だし──疑われてるとなると、あんまいい気分しねぇな」

 ぷぅと、頬を膨らませていた優香は、机に顎をのせてしばらく何やら思案している様だった。

「決めた」

「? 何を?」

 

「真犯人を取っ捕まえてやる」

 

 火に油を注いでしまった事に、今更ながら気付いた飛風と酒光は、苦笑いで顔を見合わせた。

 

 

 

***

 

 

 

『いやぁ?、とんだ災難だったなぁ、蒼桐』

 

 何故か声が弾んでいる元上司に、蒼桐はひきつりながら「はぁ……」と、応えた。

 通信用MMのホログラムに映る松笆はにやにや笑っている。

 蒼桐は松笆に相談を持ちかけた自分を悔いた。

『取り調べ受けた上にクラックボール──早々ある話じゃあないよな、全く……』

「ほっといて下さい」

『そうか? なら、通信切るぞ』

「あっ! 待って下さい、枸橘(からたち)少将っ!」

 悔いたものの、ろくな相談もできないまま通信を切られたのでは、それこそ本当に後悔する事になってしまう。

 蒼桐は慌てて元上司を止めた。

『なんだ?』

「いえ、その……」

『何が、したいんだ?』

「それを……貴方に助言して頂こうと、思っていたのですが──」

 松笆は、一瞬宙を仰いだが、すぐに蒼桐に向き直った。

 

『お前、今回の件……自分は全く関わっていないのに、罪悪感みたいもの感じてるだろう?』

 

 あまりに的を得た言葉に、蒼桐は一瞬ドキリ、とする。

『お前の事だからな、どうせそんな事だろうとは思っていたが──』

「やはり、少将には……適いません」

 蒼桐はふぅと息をつくと、苦笑いで椅子に体を沈めた。

 言い当てられた事で少しだけ……気持ちが軽くなった様に感じる。

 しかし、ホログラムの向こうの松笆は苦い顔をしていた。

『まだ、後悔しているのか? 先の戦争での事を──』

「………──貴方に、そんな酷い怪我を負わせたのも、多くの人間を消したのも、この、私なので……」

 思い出したくない、過去。

 ずっと胸の隅に追いやっているのに、消え去る事はない、罪──

 

 あの時……蒼桐はフォースソードを制御しきれなかった。

 その為……多くの落雷が敵の陣営に降り注いだ。

 敵は、皆殺しにできたが……多くの仲間も、落雷による火災で、亡くなった。

 

『宝の持ち腐れだろう、それでは。いつまでフォースソードを眠らせておくつもりなんだ?』

「………」

 蒼桐は、何も…言えなかった。

 

 夢にまでみたフォースソードを手に入れる事ができた時の、喜び。

 そして──

 そのフォースソードで……たくさんの人間を傷つけ、殺してしまった事の、絶望。

 

 封印を、してしまう以外に……思い付かなかったのだ。

 そうして……未だに持つ事が、できずにいる。

「今回の事件は、確かに……私とは全く関係がありません。しかし、人為的に作られた『落雷』で人が傷付き、そして、私が疑われた──」

 他人事では、済まされない──そんな気が、蒼桐はしていた。

 しかし、だからと言って──

「私は、どうすれば、いいのでしょうか?」

 

『どうしたい?』

 

 松笆は、とても穏やかに……蒼桐に問うた。

『オレが答えを出しても、意味がないだろう。……考えろ』

「しかし……」

『まあ……たまには、「大佐」なんていう地位を忘れても、いいかもしれんがな』

 蒼桐は……狐につままれた様に、松笆を見つめた。

「少将……」

『おっと、キャッチだ。回線切るぞ』

「は、あ……はい、ありがとうございました」

『ああ、それからな』

「はっ?」

 

『オレはもう少尉だよ』

 

 

 

***

 

 

 

 闇夜の科軍第三施設。

 二つの人影が、ゆらゆらと13階の窓から浮かんでいる。

 

「……本当にこの階だけ静かだねぇ」

「飛風」

「真っ暗だよ」

「飛風っ、来る気ないんなら帰れ!」

「え」

 さっきから全く動く気配のない飛風に、優香はついにキレて怒鳴った。

「せっかく警備班の人間から依頼があったっちゅーに……。もっと0小隊として威勢よく歩かんかっ!」

「だって……こんなに暗くて静かだと、なんだか無気味でさぁ──」

 張り付いた苦笑いのまま、飛風はそろりそろりと歩を進めている。

 廊下の窓から垣間見える室内は、真っ黒く底知れぬ闇が広がっていた。

 優香は念願の落雷調査という事もあって、弾みながら廊下を歩いているのだが、飛風は暗い廊下に尻込みをしている。

「ねぇ……幽霊とかって事、ないよね?」

「あるかいっ!」

 

 警備班から依頼があったのは、昼休憩を終えてからの午後。

 問題のあった第三施設の13階だけは、警備の人間を行かせたくない──と、警備係を統括している少佐様が直々に依頼に来たのだ。

 0小隊なら、全ての権限が許されてる為、犯人を見つける事ができればしょっぴく事もできる。

 

 それに……何より、0小隊は、強い。

 

 優香にしてみれば願ったりだったが、飛風はどうにも乗り気になれなかった。

 真っ暗い中、得体の知れない何者かに襲われるかもしれない……というのは、腕に自信があったとしても、やはり、恐ろしい。

 飛風は優香の度胸(というか、恐い者知らずと言うか……)が少しばかり羨ましくあった。

 

「さて、確かこの辺──だったよな?」

 恐る恐る歩いていた飛風に合わせていた優香は、やっと辿り着いた階段の突き当りをリストライトで照らそうとした。

 その時──!

「どわっ」

 何かに、ぶつかった。

 無機質な物体ではない……これは──

 

「だっ、誰だっ?!」

 

 人だ。

 慌ててリストライトの明かりを最大にして照らす。

「よせっ」

 聞き慣れた、怒鳴り声。

 優香と飛風はライトに照らし出された人物を見て、思わず口をぽかん……と開けてしまった。

 

「た、大佐…?」

 

 バツが悪そうに突っ立っている蒼桐に、0小隊の二人は唖然としている。

「なんで、大佐が……」

「まさか、やっぱりアンタが……!」

 我に返った優香は、ホルダーからフィッシュ(この時代には珍しいリボルバー型の銃の一つ)を取り出して蒼桐に向けた。

「銃を降ろせ。事情は説明する」

 冷静に返してきた蒼桐を、しばらく優香は睨んでいたが……飛風がそっと彼女の腕に手を置いた。

「優香、話を聞こう?」

 

 

 

 

 

 

「んーなら、一言ぐらい連絡くれりゃいいでしょーがぁああ!!」

 

 憤慨しながら、優香は蒼桐に怒鳴った。

 大佐でなければフィッシュで一発どつきたい勢いだ。

「いや、すまん……」

「僕達が警備班の依頼受けたの、確かに報告しましたよね? なのに、どうして何も言ってくれなかったんですか?」

 飛風も心持ち不服そうに蒼桐を見遣る。

 なんとも複雑そうな表情で、蒼桐はぽつりぽつりと説明し出した。

「──茆に、悟られたくなくてな。確かにお前達に任せていれば良かったんだが……今回の事件は、どうしても私の目で確かめたかったんだ」

「確かめるって何を?」

「犯人を」

「つまり……大佐は濡衣を晴らしたいという、訳なんですね?」

「いや、少し、違う。落雷を人工的に作り出した人間を……許しておけない、と言った方が早いか」

 優香と飛風は顔を見合わせた。

「すまんな。私の気紛れだ。悪く思うな」

 苦笑いした蒼桐の顔は、暗がりの中、なんだか少し、切なげに見えたので……二人はもう何も聞くまいと決めた。

 その時──!

 

 バチッ

 

 三人の目の中に、閃光が走った。

 ハッと顔を上げる。……しかし、踊り場を照らせど誰もいない。

「現れやがったか……」

 踊り場へ駆け上がろうとした優香を、蒼桐がガッと腕を掴んで止めた。

「止めろ! 下手に動くな!」

「でも! 逃げちゃいますよっ! なまずは手っ取り早く捕まえないと!」

 蒼桐の手を振り切り、優香は踊り場にダダッと駆け上がった。

 

「……嘘だろ?」

 

 声が、した。

 踊り場から上の階段。確実に、人の気配がする。その人物は、下を眺めて少し呆然としている様子だった。

 右手には、青白い光をまとわりつかせているソードを持っている。

「コラァ! やっと見つけたぞ、なまずめぇええ!!」

 優香の声にハッと我に返った人物は、伸びてきた手に対して、とっさにソードを持っている手で自らを庇った。

 

「ぅぐぁあっ!!」

 

 犯人の腕を掴んだ瞬間──優香の悲鳴が、暗い研究施設に響いた。

「優香っ!!」

 飛風は慌てて優香の傍へと走り寄る。

 よろめく優香に触れると、軽くバチッと静電気が流れた。

「優香、優香っ!」

「くそっ、油断した……」

 倒れ込んでしまった優香を支える飛風の隣に、蒼桐が静かに立った。

 冷たい声音で、犯人に問いかける。

「貴様は誰だ?何故こんな事をしている……?」

「……ぁ」

 狼狽している犯人を照らし出そうと、リストランプをつけたのだが、犯人はものすごい勢いで階段を駆け上がってしまった。

「待てっ!」

 追いかけるが、真っ暗な14階。ランプで照らせど、犯人の姿は既に消えていた。

「……くそっ」

 舌打ちをした蒼桐に、下から「大佐?」と、なんとも情けない声が呼びかけてきた。

「優香、メディカルラボに連れて行きたいんですが……」

「すんません……」

 心配そうな飛風と、苦笑いの優香。

 蒼桐は小さく息をつくと、階段を静かに降りた。

 

 

 

 

 

 

「全く。だーから、無茶な事だけはすんじゃないよって、あれほど言ってんだろーが、バカ娘っ!」

「いてっ! ちょっ……怪我人だぞ、ばあちゃん!」

 

 メディカルラボの診療室。

 診察が終わった優香は、ウメさんにスッパリはたかれていた。

「まあ、大した事ないから良かったものの……電流のショックは下手すりゃ心臓止まっちまうんだからね!」

「だい、じょうぶ……なんですか?」

「コレ見たら分かるだろ? 大丈夫だ。ただ少し、筋肉が麻痺しちまっただけでね。時間が経てばすぐ良くなるよ」

 動けない優香は横になったまま、ウメさんにイーッと顔を歪ませた。

 そんな優香達を傍観していた蒼桐は、すっと立ち上がっておもむろに切り出してきた。

 

「……今回の件だが、0小隊には、外れてもらおうかと、考えている」

 

「はっ?! 何言って、んすかっ?! 今回はたまたまっ──!」

「優香、あんまり無理して喋っちゃダメだよ」

 起き上がろうとした優香を、飛風が慌てて止める。

「お前達は無茶をしすぎる。……電流の恐さをまるで分かっていない」

「次は、気をつける、からさ……」

 すがる様な優香の目を、敢えて見ない様に……蒼桐は踵を返した。

「とりあえず今回の件は、私個人に任せてもらおう」

 診療室を出て行った蒼桐を、残された0小隊は引き止められないまま……見送った。

「な、んだよ、チクショー……!」

 悔しそうな優香に、飛風が苦笑いでなだめる。

「しょうがないよ。きっと、大佐にも何か考えが──」

「それにしてはえらい執念を感じるがな……」

 聞き慣れた声に顔を上げると、酒光が立っていた。

「たいっ、ちょぉ──!」

「おまーっ、倒れたって聞いたから心配したぞ!」

 今日は酒光が宿直だったのだが、飛風からの連絡を受けて慌てて駆け付けたらしい。

 ぼさぼさの髪がいつも以上にぼさぼさだ……。

「大丈夫、なのか?」

「あぁ。心配ないよ」

 ウメさんが優香の足をちょん、と触ると「ダァーッッッ!」という悲鳴が聞こえてきた。

「おいおい、ホントに大丈夫なのか?ウメさん」

 苦笑いしながら尋ねる酒光に、ウメさんは麻痺してるだけだ、と呟いた。

「しびれ、きれてきたんですかね?」

「おそらくそうだと思うね。これさえなくなればもう動けるだろうよ」

「へぇ?」

 飛風の悪戯っぽく光った眼鏡に、優香は顔を引きつらせた。

「飛風……バカな考えは起こすなよ? よっ?!」

「起こす訳ないじゃないか、やだなぁ」

 ぽん、と飛風は優香の足にタッチした。

「やぁあめろってぇえぇええ!」

 しびれの感覚にもんどり打ってる優香、それを見てほくそ笑んでる飛風──そんな二人を見て、酒光はため息を吐いた。

「あんたも宿直室に戻ったらどうだぃ?」

「あぁ、はぁ……じゃあ──」

 確かに、こんな状態だったら戻ってもう一眠りする方が懸命だ。

 慌ててばたばたとやって来た自分がバカらしくなってくる。

「ぅあ、あ……ちょっ、たい、ちょぉ……」

 と、まだしびれの感覚が残ってる優香が呼び止めて来た。振り返る。

「なんだよ?」

「大佐の……事、聞きたいん、だけど──」

 険しい表情ですれ違った蒼桐。

 思い出して、酒光は渋い顔になった。

「何を?」

「何って、わけじゃないんだけどさ……やっぱ、なんか変、だったから──」

 

 変……──

 

 さっきまで一緒にいた優香達も、ダイレクトに何かを感じ取っていたのだろう。

 酒光はふむ、と呟くと再び優香のベッドに歩み寄った。

「変て、何がだ?」

「なんか……やたら、電流や雷についてこだわってるって言うか……さ」

「僕達に今回の依頼降りろって、言ったしね?」

 酒光は目を丸くした。

「降りろって、言ったのか?」

「0小隊には外れてもらうって」

「……そうか」

 酒光は顎に手を当てて、しばらく押し黙った。

 なんと、言おうかと考えて込んでしまったからだ。

 蒼桐に関して、自分も詳しくは知らない……。

 しかし、彼がフォースソードを封印してしまっている事と、先の戦争で何かあった事は確かなのだ。

 どう説明したもんかと悩んでいると、代わりにウメさんが口を開いた。

 

「トラウマ……みたいなもんかね」

 

「トラウマ?」

 優香と飛風はきょとん、としている。

「マーズ戦争で、アレはかなりの活躍をして今の地位を得たと言われてるがね──裏を返せばアレのフォースソードの制御がきかず、たくさんの人間を一瞬にして死に追いやっちまったからだと言われている──」

 ウメさんはシガレットを取り出して、口にくわえながら続けた。

 

「悔やんでるのさ、あの青二才は。だから……きっと、自分と同じ様な力で人を傷つけている輩が許せんのだろうよ」

 

 彼女の言葉は、やけにその場に……すとん、と落ちた。

 優香と飛風は目を見合わせて神妙な顔つきになった。

「どうりで、やっきになるわけだ……」

「うん……」

 しんみりしてしまっている二人に、酒光が声をかける。

「で、どうするよ?」

 優香はう?ん……としばらく唸っていたが、やがてぽつり、と呟いた。

「どうするもこうするも……今回の事が大佐のけじめみたいになるんだったら、あたし達が下手に手助けしても、とは思うしな──」

「大佐次第、だよね」

 

 こういう時、やたら物分かりのいい部下に、酒光は感心する。

 たまにガキでどうしようもない時もあるが、やはり筋はちゃんと通す。

 いい部下を持った、と思う。

 

「何ニヤついてんすか? 隊長ぉ」

「ん? 別にニヤついてねぇぞ?」

 緩くなる頬を押えもせず、酒光はえへらと笑ってみせた。

「ニヤついてるじゃないっすかぁ!」

「あ。優香しびれきれてきたんじゃない?」

 飛風が再び優香の足にぽん、と触れた。

「ぁあああああ!!!」

 診療室に、再びこだます絶叫……。

 

 やっぱりガキだ──

 

 酒光はにやついた顔を苦笑いへと変えた。

 

 

 

***

 

 

 

 無気味な紫色の煙がもくもくと立ち上っている研究室。

 蒼桐は、果たしてこれを吸い込んでも人体に影響は出ないものかと、しばらくそればかりを眺めている。

 マッドサイエンティストと謳われている人間が潜んでいる地下の研究室は、予想以上の妖しさで充満していた。

 

「で、結局の所オレを疑っておられる訳ですかな?大佐様は」

 研究を一段落させた鴟隈は、手に染み付いた化学染料を気にも止めずに蒼桐の方に向き直った。

 大きな研究用のテーブルを挟んだ向かいに座っていた蒼桐は、苦笑いでかぶりを振る。

「いや、そういう訳ではないのだが……ただ、フォースソードと同じ様なモノを、果たして作る事が可能なのかどうか……気になってね」

「オレならできそうだと?」

 皮肉たっぷりに口角を上げた鴟隈(しぐま)は、冷たくなってしまっているコーヒーを一口口につけた。

 そんな鴟隈を見て、蒼桐はどうしたもんかと小さくため息をついてしまう。

 気難しいマッドサイエンティストを怒らせないで、何か少しでも情報を得るにはどうしたらいいのだろうか……?

 眉間に皺を寄せて考え込んでしまった蒼桐を見て、鴟隈は苦笑いを浮かべた。

 少しだけ声音を優しくして説明を始める。

「フォースソードと同じモノを作る事ができるか──……答えは否だ。あんたも多少は知ってるはずだろう。フォースソードは特殊な鉱石、フォースを原料にして作られている」

 鴟隈は再びコーヒーを口につけると、テーブルの上で散乱していた紙切れを手に取って剣とおぼしきモノを描き始めた。

「いいか? フォースソードっていうのは、『自然の中に存在するもの』をフォースが取り入れて初めてカタチになって現れる。つまり……あんたが持ってる『イカヅチ』は、大気中にある陽電子と陰電子をフォースが取り入れてそこから電流の力が蓄えられ、変幻自在に操る事ができるわけだ」

 しかし──鴟隈はもう一つ剣を描いて説明を続ける。

「さっき言った様な操り方は、フォースがなければ成立しない。不可能だ──だから、人工的に電流を作り出すのならば……予め陽電子を充満させておいて帯電状態にしておく。そこから、陰電子を放てばいい。電流は陰電子から陽電子へと動く。踊り場に上っていたのはおそらくその為だろう。陰電子を放つとその場所で、一番高いものに落雷が落ちる。つまり……人間だ」

 そこまで言い終えた鴟隈は、ちらり、と蒼桐を見た。

 渋い表情のまま、蒼桐は小さく、呟いた。

「可能なんだな」

「……フォースソードの紛い物とやらを生み出す事をか?」

「……あぁ」

 

「可能だな」

 

 それを聞いた蒼桐は、カタン、と立ち上がった。

「ありがとう。踏ん切りがついた」

 一体なんの踏ん切りだ、と不思議に思ったが──鴟隈は敢えて聞かないでおく事にした。

「お役に立てて良かったよ──……オレの事、まだ疑ってるか?」

「最初から疑ってなどいないさ」

 少しスッキリした顔の蒼桐は、踵を返して研究室のドアに向かいかけた。

 と、振り返る。

「今度インスタントのコーヒーを山ほど送らせてもらうよ」

 そこまでいらない……と小さく呟きながら、鴟隈は手を振った。

 

 

 

 理屈では、成り立つ。

 落雷を作り出す事は、可能だ。

 では、一体誰が? なんの為に──?

 

「やはり、捕まえて問いただすか、或いは──」

 ぶつぶつ呟きながら、研究室を出た蒼桐は地上に出る為の階段を歩いてた。

 丁度地上に辿り着いた時、上から駆け降りて来た男が、蒼桐目がけてつっこんできた。

「! わぁっ!!」

 お互いの視線を合わせた所で、もうすでに遅く……男と蒼桐は、あわさる様に派手に倒れてしまった。

「す、すぃま……!」

「いや、こちらこそ。考え事をしていたからな。すまなかった。立てるか?」

「あ、蒼桐、大佐……」

 すっと手を差し伸べた蒼桐をま正面から見た青年は、みるみる顔を青くして叫んだ。

「あ、あああのっ!! すいません!! 申し訳ありませんでしたっ!!!」

 尋常じゃない謝り方に、多少面食らいつつ、蒼桐は彼の腕章を横目で確認した。

 

 ──赤。

 

 自衛隊の色だ。

 見る所青年は若い。入隊3年目──いや、2年目と言ったところだろうか。

 自分の直属の、しかも自衛隊総司令官殿にぶつかってしまったのだ。テンパって当たり前と言えば当たり前だろう。

 しかし……やはり青年はどこか、おかしかった。

「あ、ああ……の、ホント、申し訳……ありませんでしたっ……!!」

 青年はもう一度深く深く頭を下げると、一目散に蒼桐の前から離れて行った。

 蒼桐はしばらく顎をさすりながら青年を見送っていたのだが、ふと、青年が駆け降りて来た階上を見上げた。

 少しばかり上り、踊り場までやってきた時……ドアを閉めようとする一人の男と、目が合った。

 ウェーブのかかった黒髪に、赤に近い茶色い瞳。

 鋭い眼光は……蒼桐を一瞬だけ見遣るとすぐに伏せ、ドアを閉めた。

「……ふむ」

 蒼桐は、しばらく男の消えた研究室を眺めていた。

 

 

 

***

 

 

 

「あえ? 今っふか?」

 釘を銜えながら、快晴の空のもと──優香は科軍第三施設の窓の応急処置をしていた。

 丁度地下に通じる階段に面した所の窓だ。

 窓は見事に破損されていたし、階下を見ると地下の部屋が丸見えの状態だった。その周辺には扉だったとおぼしき残骸が散らばっている。

「ほっふねぇ……。あ、ちょっ、まっへくらはい」

 銜えていた釘を左手に持ち直すと、カンカンと熟れた音で、優香はとりあえずといわんばかりの板きれに釘を打ち込んでいった。

『……鴟隈か?』

 少々呆れがちな顔でMMの立体画面に映る蒼桐。

 優香はにはぁ……と苦笑いをして頷いた。

「一応の応急処置は。あー……もうこれで1158回はこの窓の処置してますよ」

『そんなに、なるのか?』

「いや、ニュアンスですけど」

 しれっと言った優香に、蒼桐は片肘で支えていた頭をガクンっと外した。

「もう扉に関しては業者頼みなんですがね。どんなに厚い扉でもこっぱ微塵っすよっ。この際二重でごっつい鋼鉄の扉にしてもらいたい所なんすが──」

 優香が一気にまくしたててきたので、蒼桐は苦笑いしつつそれを聞いていた。

 おそらく、彼女は本当にここの処置ばかりをやってきているのだろう。「二重の鋼鉄の扉」という打開策を思い付いてもおかしくはない。

 蒼桐は一度科軍の将軍クラスの人間に掛け合っておこうと、秘かに心に決めた。

「で、なんすか?」

『あ、あぁ。この後の予定は立て込んでいるか?』

「? や、この後は特に。報告書書きに戻ろうと思ってた所ですけども」

『そうか。では少し、行ってもらいたい所があるんだが──』

「は?」

 大きな雲が、ゆったりと優香の真上を通過していく。

 風が吹くと同時に、怪訝そうな彼女のツインテールもさぁっと揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

「だからさぁ?、いい加減こっちの班に移ろうよ、紅(べに)く?ん」

 

 なよなよしい男の声が、研究室の中から聞こえる。優香は『架空武器研究班』と書かれたプレートを確認すると、ガラガラと引き戸を開けた。

 小さな丸眼鏡をかけた猫背の男と、やけに赤い目をしている男が同時に振り返る。

 猫背の男はそれほどでもないのだが、赤い目をした男の白衣は少しばかり薄汚れていた。

 猫背の男が不満そうに眼鏡を持ち上げて口を開く。

「何? こっちは取り込み中なんだけど……」

 陰険な物言いにムッとした優香は直ぐさま上司の名を口にした。

「すいませんねぇ、蒼桐大佐の命令なもんで」

 若くして自衛隊を管轄している蒼桐については、よっぽど研究室にこもり、周りの全てをシャットアウトしている人間以外は大方認識はある。

 猫背の男は「なんで大佐が……」と顔をしかめたが、赤い目の男はくつくつと笑い出した。

 怪訝に思った優香は、まじまじとその男を凝視する。よく見ると、長い黒髪のせいで気付かなかったが、かなり、若い。

「成る程。貴女の腕章は赤色でしたね。大佐がよこしたとしてもおかしくはない」

 赤い目の男は、猫背の男を軽く睨んだ。

「班の合併までには後三日ある。それまでオレはここを離れる気はない。帰ってくれ」

「紅っ! いい加減にしてくれよ?! どうせここの研究班は元々三人しかいなかったんだ。後はお前だけなんだぞ?」

 

「たかだか三日だろう」

 

 声音は落ち着いていたが、赤い目の男から放たれる冷たい怒りのオーラは、猫背の男をびびらすには十分だった。

「ま、まあ、できるだけ早くな……」

 急速に萎んでいった勢いを早口で誤魔化すと、猫背の男はそそくさと研究室を去って行った。

 しばらく優香が、ぽかんと男を見送っていたら、穏やかな声が聞こえてきた。

「おざなりにして申し訳なかった。お嬢さん、どうかかけて下さい」

 振り返ると、赤い目の男は微笑んでいる。

 先程とは打って変わった態度に少々困惑しつつ、優香は「はぁ……」と苦笑いをして薦められたソファへと腰掛けた。

 

 

 

 

「それで? どういったご用件で?」

 優香の前にだけ置かれたマグカップ。

 揺れるコーヒーが男の顔を歪めて映し出す。

 彼の微笑みは、ただ優しいだけのものではない。

 どちらかと言うと挑発的で、何かを企んでいる様な笑い方だ。

 優香はコーヒーには手を付けず、紅と呼ばれていた男を真顔で見つめた。

「一体、ここではなんの研究をしてるんですか?」

 紅は目を丸くしたが、すぐさま肩をすくめて笑い出した。

「おやおや、これはこれは……また、単刀直入ですね。あの方がそう聞けとおっしゃったのですか?」

 蒼桐の事を「大佐」と呼ばず、敢えて「あの方」と言った紅に違和感を感じて優香は顔をしかめた。

「いや、大佐は行ってくれと言っただけで……これは単純にあたしが気になった事です。……何か問題でも?」

「いいえ。まあ、当然の質問と言えば当然ですよね」

 紅は簡易ソファからじっと、奥にあるドアを凝視しながら呟く様に言った。

「しかし──」

 優香もつられて見た薄青いドア。

 丸いノブで、大抵押したら開く。科軍の施設でならよく見かけるドアだ。

 しかし、彼の視線は異様なものを放っていた。

 優香は紅に向き直ると、再び訪ね直した。

「一体、なんの研究を……」

 言いかけた優香を、紅は人さし指を突き出して制した。

「今はまだ言えません。けれど、もうすぐ完成するんですよ。その時になったら、またいらして下さい」

「その時って……」

「残り時間は三日。追い出される前に、です」

 紅はまたにっこりと微笑んだ。

 彼の端正な笑顔は、少しばかりの無気味さを感じさせる。

 優香は顔をしかめた。

 科学者と言う人間は、どうしてこうものらりくらりとかわすのが上手い奴らばかりなのだろう。

 どうにも納得いかなかったが、蒼桐からはただ「行ってきてくれ」と言われただけだ。「調べろ」とは言われていない。

 大人しく、優香は立ち上がった。

「分かりました。んじゃ、三日後。また来ます」

 紅は少々驚いた顔をしていたが、すぐにまた張り付いた笑顔になった。

「そうですか。ありがたい」

 去り際に、紅は「大佐によろしく」と呟いた。

 どうしてそこまで蒼桐にこだわるのか、どうしても聞きたかったのだが……優香はそれも口にするのは止めておいた。

 

 紅い目の、無気味な研究者。

 蒼桐にやたら執着し、研究を隠す。

 

 これだけで、ほぼ答えを導き出せそうだったからだ。

 

 

 

***

 

 

 

 ──蒼桐は戦火の中にいた。

 

 

 閃く雷光と共に、地鳴り様な、まるで何体ものドラゴンが吠えたて合ってる様な……耳をつんざく雷鳴。

 目の前の宿営テントに、次々と落ちては炎を起こす稲妻。

 その炎によって火だるまになり、踊りながら死んでいく敵陣営の兵士の数々。

 雨の様に降る稲妻によって打たれ死んでいく同胞達。

 

 蒼桐は、手からフォースソードを滑り落としていた。

 膝ががくがく震え、崩れ……落ちる。

 

 

 おかしい。違う……!

 

 

 フォースソードのシュミレーションや、実践の訓練でもこんな事態にはならなかった。

 何故だ? どうして……?

 この地獄絵図は一体なんだ?

 

「蒼桐! 逃げろ!!」

 

 急に上官の声がして、一瞬我に返ると――彼の目の前には……テントの組木が炎と一体になって襲いかかろうとしていた。

 

 

 ──蒼桐ぃぃい!!!!

 

 

 自分を庇い覆う体。

 呻く声。

 轟く雷鳴。直下する落雷達。

 空ろな目で見上げたその人は……右半身を炎で焼かれながらも、微笑んでいた。

 

「お前の、せいなんかじゃない。立て、蒼桐」

 

 マーズ戦争での英雄。

 拝して止まない上官の、無惨な姿。

 蒼桐は、声を上げて、泣いた。

 

 

 

 

「大佐! 大佐!」

 茆の声に慌てて目を覚ます。

 仕事中にこんな失態をやらかした事はないのだが、しまったとがしがし頭をかいた。

「……すまない」

 気まずそうに呟いた蒼桐に、小さくため息をもらすと……茆は思いのほか、優しい声音で通信が繋がっている事を伝えた。

 MMの通話を押すと、渋い顔の優香が立体画面のホログラムに現れた。

『大佐』

 眉間にシワの寄った優香は、いつもよりも低い声だった。

 

『黒です』

 

 それだけで、全てを理解する。

「ご苦労だった」

 通信を切ろうとした蒼桐を、慌てて優香は止める。

『大佐!! あの……!』

「なんだ?」

 

 彼女の続けた言葉に、蒼桐はうっすら微笑んだ。

 興味本位だけではない、切実な、申し出。

 

 

 ──あたしらで何か力になれる事があるんなら……。

 

 

 蒼桐は静かに頷くと、また連絡すると告げて通信を切った。

 上官としてではなく、一人の人間として「助けになりたい」と、申し出てくれた部下。

 ありがたさで、胸が少し熱くなる。

 

「また……」

 

 いつのまにか目の前に茆が佇んでいた。

 慌ててハッと顔を上げる。

「また、何を企んでらっしゃるんですか? 0小隊を巻き込んで」

「企む? 別に何も企んでなど──」

「私にも、言えない事ですか?」

 怒っているのだろうか……と、バツが悪く茆を見つめると、彼は……悲しそうな顔をしていた。

「私に黙って危険な事だけはしないで下さい」

「別に、危険な事なんかじゃ……」

「私を、置いていかないで下さい、大佐」

 蒼桐は、少し悔しそうに唇を噛んだ茆を、驚いて見つめた。

 

「そうでなければ……私の存在価値は、どうなってしまうのですか?」

 

 声が震えている。

 蒼桐は静かに立ち上がると、そっと茆の肩を抱いた。

「すまなかった……」

 

 開け放した窓からカーテンが踊る。

 蒼桐は、茆に全て打ち明けた上で……危ない研究者を止める手立てを思索しようと考えていた。

 

 

 

***

 

 

 

 コツコツ、と足音がこだます薄暗い科軍第三施設の十三階。

 

 リストライトの照光を絞り、節目がちに歩く蒼桐。

 その手には──フォースソードが、握られていた。

 雷を作った犯人は、確実に、今日現れる。

 

 あの、踊り場に。

 

 静かに廊下を渡り終え、十四階へと続く階段を見上げる。

 蒼桐の目には、もうあの時に感じていた焦燥や、困惑は、消え去っていた。

 ふ、と見上げた踊り場に……予想通り、青白い光を放ったソードを持った男が立っていた。

「これはこれは……大佐自らいらっしゃるとは。光栄ですよ」

 最初に出くわした青年でない事は明白だ。

 青く淡い光の中、浮かび上がるのは──あの時、研究室へと消えて行った無気味な研究者だった。

「もう被験者は雇わないのか?」

「戦軍の人間はあまりに腰抜けが多すぎました。最後は私が……」

「お前が?」

 

「『これ』の殺傷能力を確認します」

 

 蒼桐はうっすらと微笑んだ。

「そうか……ならば、落としてみろ。私の上に──貴様のイカヅチを」

 紅は蒼桐が言い終わらないうちに、ソードを高く上げ……青く光る電撃を落とそうとした。

 

 バチッ──

 

 走る衝撃。

 しかし、それは静電気にも似た、ごく軽い程度のものだった。

「どうした?」

 蒼桐は余裕の笑みで紅を見据えた。

 一瞬たじろいだ紅は、一歩、下がる。

「悪いが、私は帯電などしていないぞ。この階に据えられていた、陽電子を大量放出する装置は全て0小隊に取り外してもらった」

 にやり、と口角を上げた蒼桐が一歩、踏み出す。

 

 

「終まいだ。貴様の狂った研究も、貴様も──」

 

 

 しかし、コツンといった音と共に、ボールの様なものが階段を転がり落ちてきた。

 それは蒼桐の足下で止まると、シューッと「何か」を噴射し出した。

 それは、目に見えない……もの。

「お終まいではないのですよ、大佐。これが、私が最終的に研究していたものです」

 蒼桐はキッと紅を睨んだ。

 自分を纏う「何か」……それは、すぐに察しがついた。

「陽電子を一つにまとめて、転がすだけで放出する。大佐、今まさに貴方は格好の獲物です」

 紅はうすら笑いを浮かべると、ソードを高々と上げた。

「終わりなのは貴方の方だ──研究者の誇り、至極の作品のフォースソードを操りきれず、暴走させたどころか、それを封印し……そしてのうのうと大佐という地位に君臨している。私は、貴方を許す事ができなかった」

「だからそんな『偽物』を?」

 

「うるさいっ!!! このポシトロン(陽電子)カプセルさえあれば、このソードはイカヅチの剣へと変わる!! 貴方が『イカヅチのフォースソード』を封印してしまった今──新たに作り上げるのが、私の使命だったのですよ!!!」

 

 それを聞いて、蒼桐はいたたまれない気持ちになった。

 何もかも──間接的ではあれ、自分が招いてしまった惨事。

 

 未だ意識の戻らない警備班の青年。

 泣きながらクラックボールを投げてきた年配の警備班員。

 涙を浮かべていた青年の婚約者。

 

 何が、無関係であろうか。

 全ては──

 

「そうか。全ては、私の中にある迷いや恐怖が招いてしまったものなのだな」

 

 蒼桐は、すらりとフォースソードを抜いた。

 全てに侘びを。

 悔やみきれない後悔を。

 イカヅチの剣(つるぎ)に、込める。

 フォースソードの柄の部分に嵌められたフォースが、光り出した。

「見せてやろう。貴様に、本物というものを──」

「撃てるはずがないっ!!! 貴方はもうフォースソードを持つ資格などないのですよっ!!」

 二人同時に、剣先から青白い光が放たれた。

 

 

 閃光──

 

 

 大きな衝撃が落ちたのは、紅の真後ろ……のみだった。

 彼の白衣の端が、焼け焦げて、灰と化している。

「そ……そんな、馬鹿、な──」

「貴様も科学者なら調べ済みなはずだ。イカヅチのフォースは大気中の陽電子と陰電子を『取り入れて』電流を蓄積させる。先ほどのカプセルの陽電子すら、フォースは取り入れた──そういう事だ」

「だ、だって、貴方は……フォースソードを、操りきれなかったはずだっ!!!!」

 悲鳴に似た声で、紅が怒鳴る。

 蒼桐はやるせない表情で、フォースソードを握りしめた。

「あの頃の、いや……今までの私には、覚悟が足りなかったのだろう。フォースはその気持ちの揺らぎを察して狂ってしまった」

 

 そうして──

 たくさんの仲間を失った。

 たくさんの仲間を、上司を、傷つけた。

 たくさんの人間を、殺した。

 

「悔しいが、貴様の様な奴が現れなかったら……私の覚悟は定まらないままだった」

 紅はヘタレ込んで、膝をがくんとついた。

「貴方の存在が憎かった。ずっと、ずっと……ずっとっ──!!!」

「すまなかったな……」

 

 暗い科軍の施設に、沈黙が落ちる。

 そうして、小さな嗚咽が……踊り場から漏れてきた。

 それを、蒼桐は切なく聞いていた。

 

 

 

***

 

 

 

 

「そうか。青年も意識が戻ったのか……」

 

『はい、さっき確認してきましたんで』

『お元気そうでしたよ』

 雲一つない青い空のおかげで、いつもより明るい司令室内。

 丁度メディカルラボを出てきた0小隊の二人から連絡があった。

 茆も出払っており、蒼桐は少しだけリラックスしてEB(電子ボックス)の画面を見つめていた。

『あ。そうそう』

「なんだ?」

『なんか……病室に居合わせたおっさんがさ、蒼桐大佐には悪い事したって言ってた』

 

 軍内新聞にて、紅の事が報じられた。

 蒼桐としては伏せておきたい気持ちもあったのだが、重体の人間を出してしまったのでそうもいかず──公安に引き渡すしかなかったのだ。

 おそらく、紅は軍を追われる事になってしまうだろう。

 

──自らが招いてしまった悲劇だというのに。

 

 蒼桐は、自分の事が「憎い」と言っては泣いていた紅を思うと……胸が痛んだ。

 

『大佐?』

「あ、あぁ。何よりだ。お前達の働きにも感謝する」

『でも僕達は今回、特になにも……──!』

 言いかけた飛風の口を塞いで、優香がらんらんとした目で画面いっぱいにドアップで映し出された。

『じゃぁじゃぁ! こないだの減俸の取り消しって可能っすかねっ?! 』

『ゆ、優香ぁ!!』

「それとこれとは別だろう」

 さらりと言ってのけた蒼桐に、優香は絶叫した。

『えぇぇえ!!! そらないっすよぉおお!!!』

「……まぁ、今月なんにも事を起こさなければ考えてやってもいいがな」

 くすり、と笑った蒼桐に優香と飛風は顔を見合わせた。

『よっしゃ! 残り半月! 大人しくするっ!』

『本当?? 大丈夫?』

『おうっ!』

 ガッツポーズを作った優香に、蒼桐は……改めて礼を言った。

 

「ありがとう。本当にすまなかったな」

 

 優香は目を真ん丸にした後、にっかり笑った。

『なんか、吹っ切れた様で良かったっすね!』

 

──全く、敵わんな。

 

 蒼桐は苦笑いをして画面の向こうに映る優香を眺めていた。

 が、穏やかな二人は急に一変する。

『ぎゃっ! 隊長からキャッチが!』

『僕も通信きた』

 0小隊は忙しい。

 雑用と笑われ様が、どんな仕事でもこなすのだ。

 蒼桐は初めて、0小隊の直轄の上司である事を誇りに思った。

『それじゃ、通信切り替えまっす』

『僕はクレーム処理に行ってきますね』

 切れた通信。

 ふぅ、と息をつくと──開け放した窓から爽やかな風が舞い込んできた。

「さて……──」

 蒼桐は体勢を直すと、報告書の画面へとEBを切り替えた。

 いつまでもくつろいでいたんでは、茆が戻ってきてしまった時にどやされる。

 

 ガチャ──

 

 まだ、聞き慣れない音。慣れない重み。

 仕舞い込んでいたフォースソードを、蒼桐は左腰へと差していた。

「今まで、すまなかったな」

 そっと柄に触れる。

 

 フォースソードは、主人のあるべき場所にいれる事を喜んでいるかの様に、その鉱石を輝かせていた。

 

 誇り高き、イカヅチのツルギとして──

 

 

 

 

 

end

説明
特殊な件の所持者だと言うのに、トラウマからそれを使えずにいる大佐。

けれど、

その剣に酷似した剣が現れ、けが人を出して?!
揺れ動く心の中、大佐が静かに立ち上がる。
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SF 軍人 大佐  

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