ロッキンリスカ
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【ニートな姉さん】

 

姉さんは、一年前まで「家事手伝い」だった。

でも、一年前。

父と母が旅行先で生牡蠣にあたって死んだ。

だから姉さんは「ニート」になった。

 

僕と姉さんは、両親が残した貯蓄と保険金を食い潰しながら二人で暮らしている。

食い潰すといっても、食い切れないほど多額の遺産であった。

しかし、だからってこのままダラダラ暮らすわけにはいかない。

僕は高校を卒業したら就職するつもりだ。

姉さんは…

 

姉さんは、美人だ。

弟の僕が言うのだから、間違いない。

 

でも、ニートだ。すこぶるバカだ。

毎日、お昼ごろ起きては、「笑っていいとも!」をチェックする。

そして、夕方、僕が帰宅すると、姉さんはいつも言うのだ。

「笑っていいとも!が見れないなんて、あんたの人生、最悪だわね」

 

まったく、どっちが最悪だって話だよ。姉さん。

 

元家事手伝いのくせに家事が出来ない姉さん。

マルチ商法なんかにハマっちまう姉さん。

騙され泣いて、僕に金を借りる姉さん。

それでも、男にはモテる姉さん。

 

きっと、タモリだってグラサン外して怒るよ。姉さん。

 

今日こそ、姉さんに言ってやるのだ。

『駄目姉さん。遥かなる駄目姉さん。

あんたは駄目だ。虫以下だ。

ああ、怒るな駄目姉さん。駄目なんだから仕方がない。

ああ、泣くな姉さん。泣くならその前に…ハローワークへ行け!」

 

よし!シュミレーションは万全だ。

玄関開けたら実戦だ。

よし!開けるぞ!覚悟しろ駄目姉さん。

開けた!

うわ!駄目姉さんがお出迎えだ!

姉さん、どうした。幽霊みたいだ駄目姉さん。

一体、今日のテレホンショッキングのゲストは誰だったんだい!

すると、駄目姉さん。口を開いた。

「あ、おかえりい。どうしよう。これ」

 

姉さんの左手首は真っ黒だった。

真っ黒に見えるくらい、真っ赤な血液がダラダラとしたたり落ちていた。

 

僕は慌てて、救急箱を探したが、結局、マキロンと絆創膏しか見当たらず。

119番をダイヤルした。

 

真っ黒な左手首は僕の幻想だったらしい。

傷は浅かった。

一筋の血液が流れた跡が、姉さんの白い肌に道を作っているのみであった。

 

なんで、姉さん。何故、このような事をしたのだい?

手首に包帯巻いた姉さんは泣いて答えた。

「だってぇ、パパとママが死んじゃったのが悲しくてさあ」

 

姉さん。もう一年だ。

あれから、一年だ。

今頃になって、リストカットってさ、姉さん。

ポーカーフェイスタモリも眉をしかめるよ。

 

姉さんのリストカットは日常化した。

姉さんの左手首は赤黒い横線でいっぱいになった。

それを隠す為にと、僕はリストバンドをプレゼントした。

 

すると、姉さんはエレキギターを買った。

笑っていいとも!で、誰かが「バンドマンの定番はリストバンド」と言ったかららしい。

「でもお、このギターってば、音が出ないよ?あと、指が痛いんだぁ」

…仕方が無いので、僕はアンプとピックをプレゼントした。

 

まだ、コードも読めないくせに、姉さんはバンドを結成した。

メンバーはみんな女性で四人。

バンド名は、

【自傷癖】

 

まったく、ストレート過ぎるよ姉さん。

バンドって、ギターしかいないじゃないか姉さん。

ベースは、ドラムは、低音がいないんじゃ成立しないんじゃないの?

えっ、みんな、姉さんと同じ動機でギターを始めたの?

へえ、そう。

世の中には、姉さんみたいな人がたくさんいるのだねえ。

 

とりあえず、姉さんは【ニート】から【バンドウーマン】に変わった。

とりあえず、僕は【高校生】から【社会人】に変わった。

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【ロックな姉さん】

「今度、あたいのライブに来てよ。あたいのロックを感じてよ」

 

いつの間にか、姉さんの一人称が『あたい』になっていた。

それが、姉さんのロック感とやら、らしい。

 

僕は「ヨロシクカメラ」という誰もが知っている大型家電量販店に就職したてで、それどころじゃなかった。

姉さんのロックより、プラズマテレビを売る事の方が優先事項だった。

 

姉さんは精力的に活動しているみたいだ。

相変らず、リストカットも精力的だ。

 

「あたいのロックはローリングでストーンよ。ロックンロールよ」

初めてのGW戦線を乗り越え、気持ち的に余裕が出来、僕は、しつこい姉さんを黙らす為に【自傷癖】のライブへ足を運んだ。

今にも雨が降りそうな気配。そんな日だった。

 

シャツにジーンズというカジュアルな僕は、ライブハウスではとても浮いた存在だった。

 

モヒカン、はじめて見た。

ゴスロリ、はじめて見た。

全身ピアス、痛そうだ。

 

僕からしたら、変人博物館の様相だ。

どいつも家電量販店では見かけない奴らばかりだ。

となると、家電量販店はロックでは無いのだ。

 

変人満員御礼のライブハウスの照明が落ちる。

目の前のモヒカンが邪魔だ。

OP曲は、大塚愛の「サクランボ」

ドッと笑いが起こる。

やはり、モヒカンが邪魔だ。

「わーたしさくらんぼぉー」

「商業主義の手先が!」

モヒカンを揺らして前の男が叫んだ。

モヒカンを避けると、今度はゴスロリの縦ロールが邪魔だ。

猫の額ほどのステージをスポットライトが照らし、パイプ椅子に腰掛けた三人の女性を闇に浮かび上がらせた。

 

右から、【動脈】、【静脈】、【脊髄】だ。

それが、彼女達の名前なのだ。

時々、家に来ては、夜中下手なギターをかき鳴らして、朝方帰っていく。

君達のせいで、僕は寝不足の上、ご近所に頭を下げる屈辱を味わっている。

 

怨恨の視線を送る僕を知ってか知らずか、彼女達は「せーの」という小さなかけ声の元、傷だらけの腕を振り上げ、エレキギターを鳴らした。

 

程なく、場内は沈黙に満たされた。

当たり前であった。

彼女達は「禁じられた遊び」を演奏し始めたのだから。

 

物悲しい繊細なメロディが台無しだよ。動脈静脈脊髄。

ボルテージも急降下だ。

そんな事はお構いなしに、動脈静脈脊髄は時々間違えながらも気持ち良さそうに演奏している。

 

そういえば姉さんがいないなあ。

そんな事を思っていた矢先の事だ。

 

「インリン・オブ・ジョイトイを見習えええ!」

 

という金切り声と共に姉さんこと、【リスカ】がステージに飛び出して来た。

姉さんは、卑猥な薄手の真っ赤なワンピースを着ていた。

エレキギターではなく、拡声器を真っ赤なルージュに押し当てて、何かを叫びながら、動脈静脈脊髄の周りを駆け回る。

「オボべー」とか「グジュルペボルコー」とか「モブモブジョボベ」とか、なにを言っているか分からないよ。姉さん。

「M字開脚」だけはしっかり聞き取れたよ。姉さん。

 

これが、姉さんのいう「あたいのロック」なのかい?

こんなの、ロックじゃないよ。姉さん。

ただの馬鹿だよ。姉さん。

現に、オーディエンスはぽかんと口を半開きだよ。姉さん。

もし、馬鹿がすなわちロックなら、

僕は否定するよ。姉さん。

 

帰ろうと、自傷癖に背を向けたとき、演奏が止んだ。

ざわめく変人ども。

ふと振り返ると、汗まみれの姉さんが中央で微笑んでいた。

弟の僕が言うのも変だけど、男ならイチコロの、そんな淫靡な微笑だった。

 

照明の光を受けて、振り上げた右手がキラリと輝いた。

それは、カミソリの刃であった。

 

「それは駄目だ!姉さん!」

ぼくは、つい声に出して、変人の群れの先にあるステージに向かった。

もう少しで手がステージに届くところで、僕はモヒカンに胸倉をつかまれ、「お前は商業主義の手先だな!」と因縁つけられ、殴られた。

 

尻もちをつき、シャツに赤い模様を作る僕を、群れの隙間から姉さんが見下ろしていた。

 

姉さんは口パクで僕に告げた。

 

こ れ が あ た い の ロ ッ ク だ よ

 

姉さんは、カミソリを左手首にあてがい、すっと引いた。

 

溢れ出る血液に歓声と喚声が同時に沸いた。

一気にボルテージは上がり、リスカコールがライブハウスを埋め尽くす。

 

姉さんは、誇らしげに左手首を掲げ、それに応えていた。

 

それ以来、姉さんとは会っていない。

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【リスカな姉さん】

これは、リストカット常習者の姉を持つだけで、自傷した事も無い弟の個人的な考えであり、実際にリストカットを経験した事ある方は首を横に振るかもしれない。

読み流してしまって構わない。

 

リストカットは自殺行為ではない。

本当に死にたいのならば…もっと、失血に効率的な傷をつけなくてはいけない。

「手首を横に浅く切る」では効率が悪いのだ。

【ためらい傷】を故意に刻むのが、俗に言う【リストカット】である。

 

よく言われるのが、【死という解放への憧れ】、【その実、生に対する執着】、【および、出血によって、自分の生を確認する作業】

 

それもあるかもしれない。だけど、僕が姉さんを見ていて思うことは違う。

姉さんは【解毒】をしているのだと思う。

 

嫌な事や不安、トラウマなどのネガティブな要素が満杯になった時、その解放口として手首に傷をつけ、血液と共に外へと放出しているのではないのか。

 

【解毒作業】それがリストカットに対する僕の見解だ。

 

姉さんの場合、【毒】とは【両親の死】に他ならない。

両親は、旅行先で生牡蠣に当たって死んだ。

その旅行を、クロスワード雑誌の懸賞で当てたのが姉さんだった。

「両親が死んだのは、私のせいだ」

そう、思い込んで、親の死から一年の間【毒】を溜め込んだ結果、【解毒作業】に踏み切ったのではないかと、今にして思うのだ。

 

しかし、時代は変わった。

 

自傷行為はファッションになった。

 

女子高生の四肢はカッターナイフでつけた傷だらけ。

ファッション雑誌は、【リストカットをかわいく見せる着こなし】や【恋人同士の秘密の傷】などを、堂々と提唱。

リストカット動画がネットに氾濫。

リストカット献血の登場。

リストカット喫茶が秋葉原にグランドオープン。

造血作用があるらしいレバー類が、食肉業界に戦後史上最大の利益をもたらした。

 

すべては、リスカ…姉さんの仕業だ。

【自傷癖】は東京ドームを満杯にするメジャーな存在に成長していた。

ライブで行われる姉さんのリストカットパフォーマンスが世間に認められたのだ。

 

最早、リスカは若者のカリスマであり、それに合わせて、【自傷癖】もべーシスト、ドラマーをサポートメンバーに加え、若者の鬱屈をキャッチーに歌い上げるようになった。

どこに行っても、看板などで姉さんの顔を見る最悪な毎日だ。

 

僕はというと、相変わらずプラズマテレビの売り上げノルマに頭を悩ませている。

姉さん、僕だって父や母の死を忘れたわけでは無いよ。

クロスワードを解いたのは僕だしね。

ノルマが胃をキリキリさせる度に、何故か、両親の最後の笑顔を思い出して、涙がぽたぽた流れるんだ。

 

その点、姉さんはずるいよ。

ファッションだかで、「からっぽ」のまま自傷を繰り返す若者の傷口から、自分の【毒】を流しているのだから。

姉さんがリストカットを止めても、姉さんに憧れる数多の人間が手首を切る。

姉さんが知らない内に、【解毒】はされているんだ。

 

姉さんが死んだとしてもね。

【商業主義の手先】になった姉さんが僕を殴ったモヒカンに殺されてもね。

姉さんは神となって、若者に【解毒作業】を促すんだ。

ほんとう、姉さんはずるいよ。

 

売り物のテレビは笑っていいとも!のテレホンショッキングで、インリンに紹介された姉さんがリストカットをしている模様を映し出している。

「髪切った?」ならぬ「手首切った?」というタモリの冗談が爆笑を促していた。

 

それを背中に、僕は、テレビを売る。

これが、僕の【解毒作業】だからだ。

 

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